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症候群-追放王子ト亡国王女-
ページ:2
「ちょっと待ちな劉邦!あたいらにお礼くらいしないと帰さないよ!」
男より男前な呂稚に追い掛けられるが、劉邦は塀を飛び越えて逃げ…


ドスーン!!

「ぎゃあ!?劉邦大丈夫かい!?」
れなかった。派手に塀にぶつかってしまったのだ。
「またかよ劉邦〜。お前は本当に運動オンチだよな!」
「あたいより駄目だからね!」
「っ〜…、」
ぶつけた顔面を真っ赤に腫らして鼻血を流して悔しそうに目を瞑る劉邦だった。



































「晩御飯に遅れちゃう!」
「優れた軍人育成の為の実験被験体?」
「7歳までの子供なら男女問わないらしい」
「被験体として軍に子供を売れば、私達低所得者達じゃ一生働いても稼げない金額の報酬が月々貰えるそうだ」
「でも子供の生命の保証はされないようだ」
「…?」
自宅へ帰る道中。村の大人達が真剣な顔で何やら話をしている脇を、まだ幼い劉邦は首を傾げながら通り過ぎて行った。
































李宅――――――

北京や上海等の富裕層と同じ国の人間かと思う程貧しいこの葵花という村に在る劉邦の実家。家の明りが窓の外から洩れている。だがおかしい。両親・祖母・兄7人の11人家族の劉邦の実家に、両親と祖母以外の大人達の影が窓に浮かんでいる。
――上海の叔父さんと叔母さん…?でも今日は旧正月でも何でも無い日なのにおかしいな――
違和感を抱きつつも、玄関の扉を開ける。
「父様、母様。ただい、」
「8人も子が居れば1人くらい親孝行させると思って」
「嗚呼、李さんの家は特に貧しいからそれが良さそうだな」
「私達貧困層じゃ一生かけても得られない金額を、1人子供を売っただけで毎年支給されるならこれ以上ない最高な話じゃないか!」
「じゃあ誰を売ろうか?」
「毎回捕まるか見つかって満足に盗人も出来やしないし気弱な劉邦を売ろう」


ドスン!

「…!?劉、劉邦帰って来ていたのかい!?」
愛する両親の一言にショックで腰が抜けた劉邦が玄関に尻餅を着いた音でようやく劉邦に気付いた両親と祖母、村の大人達が振り向く。
「あ…あぁ…」
劉邦は顔を真っ青にして放心状態。だが流したい筈の涙はショック過ぎて出てきてくれない。
「おや。この子が劉邦君ですか」
見知った大人達の中に1人。見慣れない赤い服を着たスキンヘッドで初老の男性が居た。男性だというのに声が女性の様に高く、雰囲気もどことなく女性らしい。
「では先程の契約に承諾致します。行きますよ、劉邦君」
男性は幼い劉邦をひょいと軽々抱えると家を出て行くから、まだ自分の身に何が起きたのか分からない劉邦は目を泳がせて困惑。
「劉邦君。御家族に最後の御挨拶をなさい」
「あ…あぁ…」
「おやおや。それどころではありませんでしたか。致し方ないですねぇ」
こんなにも自分は心が抉られてしまいそうな程辛いのに。最後に見た自分の家族達はこれから訪れる幸福が待ちきれんとばかりに幸せそうな笑顔だった事がまた、幼い彼を地獄へ突き落とすのだった。































8年後―――――――

「劉邦!劉邦よ!訓練場の的を壊してはいけないと何度言われれば分かるのですか貴方は!」
あれから時は経ち8年。禁忌の投薬や人体実験を行い、強化軍人を育成する"人間兵器育成施設"。年を重ねた故に年老いた官宦が息を切らして追い掛ける相手は、黒い長髪を後ろで一つに束ね身長の高い少年劉邦。気弱で運動がてんで出来なかった8年前の彼からは想像もつかないポーカーフェイスで凛とした立派な少年に成長していた。
「的が柔いのだろう」
「貴方達強化された人間の攻撃にも耐えられるよう強硬に作らせた鉄の的ですよ!?それを全て真っ二つににするのは貴方だけです劉邦!戦場ではその力存分に発揮して構いませんが、訓練では力を抑えなさいと言…劉邦!?何処へ行ったのですか劉邦!」
この頃から投薬の効果で劉邦は他人の目にも止まらぬ速さでの移動が可能な身体能力を身に付けていた。
忽然と姿を消した劉邦を、辺りを見回して探す官宦の背後から頭の後ろで腕組みをしてケラケラ笑いながらやって来たのは劉邦の幼馴染みの張。彼の家もまた劉邦同様貧しい為、同時期にこの施設へ売られたのだ。
「官宦まーた劉邦に振り回されてんのかよ」
「張!あの子の友人なら貴方からも伝えなさい!昔の様な素直な貴方に戻りなさいと!全く。世話の焼ける子に育ってしまいました!」
「けど昔の気弱なあいつじゃ軍人としてもこの施設の人間としてもやっていけないんじゃねーの?それにこの施設って強化人間育成が目的だろ。なら今のあいつのままの方が施設の趣旨に合っているんじゃねーのかよ」
「ひねくれ者の性格に育成した覚えはありません!」
「ははっ」
「あ!待ちなさい張!貴方からもあの子にですね、」
「ひねくれ者の性格ねぇ」
くるっと背を向けて去ろうとする張を呼び止める官宦。張は顔だけを官宦に向ける。
「こんなクソな施設へ親から売られりゃ誰だってそうなるっての。官宦あんたにゃ一生分かんねぇだろうけどな」





























施設内廊下――――


カツン、コツン

無機質で暗く誰も居ない廊下を1人歩く劉邦。
「劉邦」
呼び止められ、歩みを止める。振り向きはしないが。
彼を呼び止めたのは呂稚。呂稚も8年前、劉邦と張と同時期にこの施設へやって来ていたのだ。
「何だ」
「あんたすっかり8年前の面影が無くなったねぇ。女のあたいに鼓舞されてばかりで気弱でてんでどんくさかったあんたが今じゃこの施設のトップクラスで中国軍の将来有望株だってさ。ははっ。人生何があるか分からないね笑っちまうよ」
「呂稚」
「何だい劉邦」
劉邦がようやく振り向く。
「先日官宦から聞いた。お前は何故この施設へ自ら志願した」
呂稚は劉邦と張や他の子供達と違い、8年前何と自らこの施設へ入る事を志願したのだ。呂稚の家は貧しいながらも両親が彼女を施設へ売るなど考えもしなかった。なのに両親の反対を押し切り、まだ幼い7歳の彼女自ら施設へ入ったのだ。
「訳の分からない薬品を身体中に投薬され惨たらしい訓練や実験を人体に繰返し行われる非人道的施設へ自ら志願するなど、お前は官宦達と同等の脳の造りをしている様だな」
「あたいが官宦達と同じ頭のイカれた奴だって言いたいのかい?!冗談じゃないよ!あんなナヨナヨしたツルッパゲジジィと同類扱いされる覚えは無いね!」
劉邦の言っている言葉の意味を少し履き違えている彼女に溜め息を吐けば、劉邦は背を向けスタスタ歩いて行ってしまう。だからハッ!とした呂稚が彼を再び追い掛ける。顔を赤らめ辺りに自分達以外誰も居ないかキョロキョロ気にしながら。
「ま、待ちなよ劉邦!あたい今日はあんたに話があって」
「戦闘機搭乗訓練へ向かう。お前と世間話をしている時間は無い」
「少し!ほんの少しだから!」
「断る」
「〜〜!本当に今のあんたって奴は昔の素直なあんたと取り替えたのかと思うくらいだね!分かったよ!どんくさかったあんたが身体能力が優れる様になってもあんたは別の分野でまだどんくさいから単刀直入に言う!8年前あたいがこんな非人道施設へ志願したのは親にこの施設へ売られたあんたの事が心配だったからだよ!それくらい言われなくても自分で気付きな!そ、それにいい加減もう一つの事にも気付きなよ!あたい!劉邦あんたの事がすすすす、す…す〜すー…、」


バタン、

「あ"ーー!!人の話は最後まで聞きな馬鹿劉邦ー!!」
訓練場の鉄の分厚く重たい扉を閉めて去ってしまった劉邦にまだ大声で文句垂れ流しの呂稚の声は、分厚い扉越しでも少し小さくではあるが劉邦にちゃんと聞こえている。扉の向こうにはまだ呂稚が居る扉に背を預け、暗い室内で1人下を向いている劉邦の顔が耳まで生まれて初めて赤く染まっていた。





























15年後―――――

「凄いね。お次は国際連盟軍で母国の代表かい」
中国軍本部。黄色の中国軍軍服を着ている呂稚の前を、黒いスーツに片手にはキャリーバッグを引いた劉邦が廊下を歩いている。
「ははっ、本当笑っちまうよ。子供の頃のあんたを見ていただけじゃ誰が予想できたかな。あんたがこんなに出世頭になるとはさ」


カラカラ…、

彼が引くキャリーバッグのタイヤの音。
「…劉邦。あたいの何が嫌だった?」
珍しく神妙な面持ちで悲しそうに問う呂稚にも一切振り向かず歩みも止めない。
「あたいの気に入らなかったところ…教えてくれないかい。あたいはあんたより馬鹿だしがさつだから真面目なあんたはそんなあたいに嫌気が差したのかもしれないけど、あたい改善するから」


カラカラ…

キャリーバッグのタイヤの音だけ。
「…劉邦。これくらい教えてもらえないと困るよ。何であたいと離婚したんだい?」


カラカラ…

やはり同様に。
「国際連盟軍代表になったって事はこれからは本部が在るアメリカ在住になるんだろう?でもたまには中国にも帰って来て顔くらい見せておくれよ。劉、」


バタン、

無機質な扉が閉じられ、扉の向こうから聞こえる彼の足音とバッグのタイヤを引き摺る音が遠退いていく。
「うっ…劉…邦…うぅ…」
男勝りで勝ち気で。官宦達から全身に激痛が走る投薬をされても。過酷な訓練を受けても。惨たらしい実験を受けても。絶対に見せる事の無かった彼女が初めて頬に涙を伝わせていた。
































アメリカ合衆国、
国際連盟軍本部――――

外出中のアメリカ代表が戻って来るまでの間…と会議室前廊下のソファで1人待たされている劉邦。

『…劉邦。あたいの何が嫌だった?』

思い出す呂稚の言葉にポツリ呟く。
「禁忌を犯す人体実験施設へ他人の心配をして志願する奴を嫌になる筈が無い」
ここ数年、劉邦の体には異変が起きていた。それはこれまで受けてきた投薬や人体実験による後遺症なのだろう。突然吐血をしたり正気を保てなくなり発狂する事が増えた。だが彼はそれを官宦や呂稚、張、誰にも話さなかった。己が己でなくなっていってしまう様な恐怖を1人抱え込む。自分の右手の平を見つめる。
「人間の姿をした兵器より、人間らしい人間の方が良いだろう。…優しいお前には」
「随分と暗い顔をしておるのうお前」
突然隣から声が聞こえた。それは自分が誰かに話し掛けられたという事くらい分かる。だが、親愛の両親や家族に売られ、施設ではモルモット同然の扱いを受けてきた彼にとって呂稚と張以外の人間は信じられないから軍務以外関わらないと決めてこれまで生きてきた。血の繋がった家族にすら裏切られたのだから他人なんて信じられる筈が無いし興味すら示さない。だから今も、話し掛けてきたやたら馴れ馴れしい見知らぬこの人物に返事は返さない。
「隣に腰掛けても良いか?」
「ああ」
「そうか。ありがとう。どっこいしょっと」
隣に腰を掛けた人物の体重でソファが少し沈む。だが相変わらず劉邦は隣の人物に見向きもしない。
「む…。む?お前もしや国際連盟軍中国代表李・劉邦か?」
「!」
驚いた。この人物が下から顔を覗き込んできたから。これでは他人と関わらないをモットーとして生きてきた彼も関わらざるを得ない。銀色の綺麗なショートヘアをした人物の猫のようにつったピンク色の瞳に自分だけを映されてしまっては。



















この人物は劉邦のスーツ左胸に付けている中国国旗バッジを見て彼の素性に気付いた様だ。
「何故私の名を」
「配られた資料があったじゃろう。まさかお前目を通しておらんのか?」
「日程にしか」
「はぁ。これだから最近の若造は」
ヤレヤレと首を横に振り溜め息を吐くこの馴れ馴れしい人物に普段ならば興味も関心も起きる筈が無いから見向きもしないのだが、今日の劉邦はこの人物を見ている。
一方、この人物はドンッと自分の左胸を叩いて母国の国旗バッジを彼に得意気に見せる。
「イギリス…」
「そうじゃ。国際連盟軍イギリス代表ロゼッタ・ブルームズ・ブリテン。これから共に戦い、平和を導いていこう。今日からお前は私の弟分だ。よろしくな劉邦!」
――戦うのに平和を導く、か。支離滅裂な人だ――

『今日からお前は私の弟分だ。よろしくな劉邦!』

――そして極めて馴れ馴れしい――
そう心の中で呟きつつも、劉邦本人は気付いていないが彼の顔が珍しく穏やかに笑んでいた。






























5か月後、
国際連盟軍本部会議室――

「国際連盟軍中国代表になりお前の両親はさぞ喜んだじゃろう」
今日は本部会議室でロゼッタと劉邦の2人は事務仕事だ。


ザァーッ…

雨音が、向かいの席に座る彼女の声を掻き消す。
「そうですね」
「何じゃその在り来たりな返事は。まあ良い。それが劉邦じゃからな」
ロゼッタの方は見ず黙々と書面にペンを走らせる。
「あいつは」
「む?」
「小国といえどあの若さで国際連盟軍代表ですか」
「実家が名家らしいな。それ故上層部から直々の御指名らしいのう」
「そうですか」
「何じゃ何じゃ?劉邦お前クールに見えて案外負けず嫌いか?」
テーブルに身を乗り出しニヤニヤするロゼッタにも劉邦は下を向いて黙々とペンを走らせたまま。
「案ずるな!お前も代表として充分若いからな!」
「生まれながらの身分でですか」
「む?」
「あのような奴でも努力もせず生まれながらの身分に頼るだけで一国の代表になれるのですね」
「劉邦」
「はい」
顔を上げたら彼女の瞳に自分だけが映っているのに、彼女の瞳は此処に居ない誰かを見ているし、自分を映して怒っているからせっかく彼女の瞳に自分だけが映っていても今日はちっとも嬉しくない。
「そう言ってやるな。あいつはあいつなりに頑張っているのじゃから」
「…甘いんですね」
「む?今何か言、」


バーンッ!!

「やっべー!傘忘れた!ずぶ濡れじゃん…って姐さーん!兄さーん!今日は本部で仕事だったんすねー!」
「チッ」
「兄さんそれ俺に対しての舌打ちじゃないっすよね!?土砂降りの雨に対しての舌打ちっすよね!?」
黒いスーツで雨に打たれずぶ濡れのバッシュがドタバタやって来たかと思えば、室内隅に置きっぱなしの紺色の傘を手に取ると2人に敬礼をして部屋を出て行く。
「お疲れ様でーす!ん、じゃまた明日!」


バタン、

嵐の様に現れ嵐の様に去って行ったバッシュが階段を駆け降りて行く足音が遠退きやがて聞こえなくなると、室内はまた外からの雨音とペンを走らせる音だけとなる。



















ガタッ、

「ロゼッタ姉さん?」
突然立ち上がった彼女を見上げて首を傾げる劉邦。彼女は資料を手早く鞄へ詰めると室内の扉を開けて出て行こうとする。
「よ、よし。今日の仕事は終わったし私は帰るとするかな!劉邦お前はまだ残るのか?」
「はい。仕事がまだ終わっていませんので」
「そうか」
「ロゼッタ姉さんと同じで」
「なっ?!何をわけの分からん事を!私は今日の仕事は終わったぞ!劉邦あまり仕事をやり過ぎても体に毒じゃ。早目に切り上げろよ。また明日な。お疲れ様」
「お疲れ様です」


パタン、


タタタタ…

彼女の足音が遠退いていく。


カシャン…、

何を思ったか立ち上がった劉邦は室内のブラインドに右手を入れてブラインドにできた隙間から窓越しに外を見下ろす。
土砂降りの中、駐車場への道を傘も無しに追い掛けてくるロゼッタに気付いたバッシュが振り返り、先程会議室へ取りに来た紺色の傘の中へ彼女を入れてやり、2人並んで談笑し歩いて行く姿が劉邦の瞳に映っている。


カシャン…、

ブラインドから右手を引き抜く。
「お前もこんな気持ちだったのか…呂稚」









































時は戻り、現在―――――

すっかり客は劉邦ともう1人カウンター席に腰掛けた客の2人だけとなった閑散としたバー。
「帰る」


バタン、

ワインを飲み干して札をカウンターに置くと劉邦はバーを出て行った。
「今の人。まだ若いだろうに随分と辛辣な表情をしていましたねぇ」
ふくよかな中年男性のバー店主が、1人となったカウンター客の茶髪で初老の男性に世間話をする。


カラン…、

ウイスキーの氷を鳴らして飲み干す男性客は紳士な笑みを浮かべた。
「今は若者には世知辛いですからね」
「何処も戦争戦争ですからね。未来も希望も持てない気持ちも分かりますよ。いつ何処で戦争が起きるか分からないですから。先日なんて同盟国と謳いながらイギリスがアンデグラウンドを攻撃しましたし。お客さんも道中お気を付けて」
「御忠告感謝します。お酒、美味しかったですよ」
ニコッ。笑顔で礼を言いベージュのトレンチコートを羽織って帽子をかぶる見た目も内面も紳士な男性客は代金をカウンターに置いてバーを後にした。


カランカラン…、

「ありがとうございましたー」





























町中の小さなホテル―――


ボフッ、

バーを出て劉邦が向かった先は先程の砂浜ではなく、小さな町に1軒しかない町中の小さなホテル。空室だらけだから飛び入りでも宿泊ができたこの部屋のベッドに身を沈める。戦闘機内で寝泊まりしてばかりいたから久々に感じる布の軟らかさに息を吐く。己の過去やロゼッタの事を思い出したら、元より顔すら合わせたくないバッシュの元へ更に戻りたくなくなったからこうしてホテルへ宿泊をした。
母国はあの様だし、国際連盟軍本部が在るアメリカへはプライドが邪魔をして絶対に戻りたくはない。ならばこれからどうするか。どうするべきか。天井を見上げても答えは出ず。
「……。人為的強化を施す人間兵器を育成し世界屈指の軍事大国を造ろうとしたというのにその情報を敵国に奪われる。非人道的行いに走った貴様らへ下った天罰だ官宦」


スー…スー…

そう呟くと劉邦は無意識の内に眠ってしまった。普段ならいつ何処から敵が襲ってくるか分からないから睡眠など不要と考えていた彼も人間兵器と呼ばれ続けていたがやはり人間。久し振りのベッドと温かなホテルの部屋という戦地を忘れさせてくれるこの空間に安堵したのか今まで隣り合わせていた死との緊張感が解けて眠ってしまった。


































海岸砂浜―――――

「スー…スー…」
焚いていた火も消え、真っ暗な砂浜で抱えた膝に顔を伏して眠ってしまっているバッシュ。こちらも劉邦同様に交戦をしていない国へやって来たからか安堵して今まで隣り合わせていた死との緊張感が解けて眠ってしまった様子。


ザッ…、

そんな彼の背後から1人の人影が忍び寄っている事など、すっかり戦地を忘れ夢の中な彼は気付きもせず。
「……」
人影がバッシュの前に立つと、彼へ右手を伸ばした。


ガシッ、

「起きろ」
左肩を掴み軽く体を揺する。
「ん…」
「起きろ」
「ぁ…兄さ…、…!!」


バッ!!

寝ぼけ眼で捉えた人物が劉邦ではない事に気付いたバッシュの脳が一瞬にして目覚める。バッ!と咄嗟に下がり、この人物と距離を取れば拳銃を構えた。しかし。
「交戦の意思は無い」
ベージュのトレンチコートと帽子に初老で茶髪の紳士なこの男はそう言いながら両手を挙げた。しかしバッシュは眉間に皺を寄せて警戒を続ける。構えた拳銃も下ろさない。
「…誰だあんた」
「其処の岩にかかっている2着の軍服。森林内に着陸させてあった2機の戦闘機。君は国際連盟軍中国代表かアンデグラウンド元代表だな」
「…!あんた民間人じゃねぇな!この国に軍隊は無い。なら何処の誰だ!名乗れ!」
バッシュの荒げた問いには答えない男は、彼が着ている黒いシャツの腕部分に記されているアンデグラウンド国旗を見つけると自分の顎の髭を撫でながら頷く。
「黙ってないで答えろよ!」
「そうか。君が…」


カチャッ、

引き金にかけた手に力を込める。
「次答えないなら俺はあんたを、」
「君がバッシュか。先のイギリスアンデグラウンド侵略戦争ではすまなかった」
「…!?何でそれを…!」
バッシュが目を見開き呆然とする一方で男は帽子を取ると、切なそうな表情を浮かべて一礼。
「私はイギリス軍大将ウィルバース・ジェイド・ワトソン。ロゼッタの古くからの軍友だ」































バチバチ…、

ウィルバースの煙草のライターの火で再び薪に火を焚いた。火を挟んで左にウィルバース、右にバッシュが腰掛ける。笑みを浮かべているがどこか哀愁漂い申し訳無さそうなウィルバースと、未だ彼を警戒して右手には拳銃を持ったままのバッシュ。
「悪いが君達の足取りを調べさせてもらいこの島へやって来た」
バッシュは眉間に皺を寄せた警戒心剥き出しの表情でウィルバースを見て黙り。
「女王陛下が君達を殺そうと目論んでおられるからな」
「女王…エリザベス女王生きて…!?」
「ああ。先の大戦時ルネの捕虜となった陛下だったが先日自ら御帰還なさってな。御帰還するやいなやすぐに君と李君の名を挙げて殺害を目論んでいたよ。…おっと。すまなかったね。陛下の話題はよそうか」
バッシュが酷く睨んでいる視線に気付いたウィルバースはやはりどこか申し訳なさそうに彼に対しての罪悪感を感じている笑みを浮かべている。
「その件で私は陛下から君達の足取りの調査を頼まれた」
「!」
バッシュがキョロキョロ辺りを見回して立ち上がる。
「安心したまえ。陛下は此処には居ない」
「信じられるかよ!」
バッシュは拳銃を構えて辺りを忙しなく見回したまま。
「陛下は今このリザノワ諸島から離れたパイル公国にいらっしゃる。私が伝えた。君達がパイル公国に居ると」
「ざけんな!そうやって俺達を安心させておいてその隙にこの島に居るエリザベス女王に殺させるつもりなんだろ!!アンデグラウンドをあんな目に合わせたあんたらを信じられるかよ!今此処で俺があんたを!!」
「なら君はどうして私を撃たずに今こうして私と会話をしている」
「…!そ…それは…」
「私が軍友と言ったからではないのか。ロゼッタと」
「…!!」


パァン!

放った銃弾をウィルバースはあっさり避ける。
「ずりぃぞあんた!!姐さんの名前を出して俺の警戒心を解いたんじゃねぇか!!」
「そうだな。君とは殺し合いではなくこうして話がしたかった。だから悪いがロゼッタを出汁に使わせてもらった」
「ざけんな!!そうやってあんたらは死んでからも姐さんを駒扱いすんのか、」


ザッ…、

何とウィルバースはバッシュの前に膝ま着いた。これには怒り心頭だったバッシュも目を見開き、拳銃を構えた手の力も弛む。
「なっ…?!」
「先の大戦で起きた部下トーマスの捏造やアンデグラウンド王妃との件など全て知っている。ロゼッタが成そうとしていた事に大将の私が気付けず彼女を見殺しにし。女王陛下の暴挙を私が止める事ができなかったせいで君の国の平和や国民の尊い命を奪ってしまった。全て大将である私の責任だ。こうして君には話が…いや、ずっと謝罪がしたかった。本当にすまなかった」
「っ…!謝ったって何も戻ってこねぇんだよ!!今更謝るくらいなら最初から気付けよ!!するなよ!!」
「本当に…」
「あんたらにぶっ飛ばされた地域も!国民も!軍人も!建物も!動物も!平和も!俺の親友も!もう何も戻ってこねぇんだよ!!」
「本当にその通りだ。すまなか、」
「謝んなよ…」
「…?」
今まで散々目を見開き怒鳴り散らしていたバッシュが下を向き蚊の鳴く様な声になったから、ウィルバースが顔を上げる。バッシュは震える程、両手拳を強く握り締めていた。


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