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症候群-追放王子ト亡国王女-
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キィン!!

赤と青の火花がぶつかり合う互いのサーベルから激しく散る。その人工的眩しさは遥か遠くまで戦争の光として届いていた。


ガーッ、ガーッ、

ノイズ混じりにヴィヴィアンからの通信が繋がれば、嫌そうに仕方なしに通信を開く劉邦。耳に付けた無線器のイヤホンを押さえる。
「へぇ。アジア諸国にしては良い機体を持っているんだね。欧米諸国だからって調子に乗るのはそろそろ傲慢な時代になったのかなぁ?」
「…ご託はいい。大人しく…食らえ」
「…?」
突然後退していく劉邦の機体に、ヴィヴィアンは首を傾げる。
――間合いをとった…?ミサイルか?砲撃か?何故…。取敢ず間合いをとらなければ自機に被害が及ぶ攻撃な事は確かか――
その考えはどうやら正解らしい。劉邦機はヴィヴィアン機から離れてすぐ機体下部つまりミサイルの発射口を開いたのだ。ニヤリ。不敵な笑みのヴィヴィアン。
「はっ!さすが僕。そんな稚拙な攻撃手段僕には全てお見通しなんだよ!!」
繰り出されるミサイルを回避するべくヴィヴィアン機はぐん、と劉邦機の図上高くまで上昇。


キィン!

サーベルを繰り出す。劉邦機目掛けて。
「はーあ。全然楽しめなかったよ中国代表。…ま。初めから君には期待をしていなかったけどね!」


ドンッ!!

「んなっ…?!」
しかしその時。機体下部からは何も発射されず、代わりに劉邦機の胸部から突然放たれた物は鉄製の網。
「しまった…!!」


ガクンッ!

迂闊だった。その網は一瞬にしてヴィヴィアン機を捕らえた。網で滷獲されたヴィヴィアンは機内でありとあらゆる手段で網を振りほどこうとするが、無駄な足掻き。
「くっ…!発射口を開いたのはミサイルを発射させると見せ掛ける為だったのか!!」


ガーッ、ガーッ、

通信と共に劉邦からの映像通信も繋がった。ヴィヴィアン機のモニターに映る白いヘルメットをかぶった劉邦の姿。
「今戦は楽しめなかったようだな。私には初めから期待をしていなかった、と」
「!?」
「その言葉そっくり返そう。悪童王子」
「っ…!!」


ガンッ!!


ガーッ、ガガーッ、

ヴィヴィアンは劉邦が映るモニターを思いきり拳で叩いた。そのせいでモニターは歪み、強制的に通信が解除される。



ダァンッ!

怒りに震える拳で機内の壁を叩くヴィヴィアン。
「くっそ!連盟軍如きが!僕になめた口を利くな!連盟軍を発足しなければ1人では何もできない非力のクセに!!」
その時。ヴィヴィアン機のミラーに映った。後方から劉邦を追い掛けてやって来た赤と黄色の戦闘機が。隈のできた据わった瞳で機内を見渡すヴィヴィアン。
「…そうだ。僕は変わるんだったね…。今まで全て都合の悪い事は他人のせいにしてきた…。そうか…この戦闘が楽しめなかったのは中国人のせいじゃない…。全て僕のせい…。そっかぁ。なら僕自身がこの戦闘を楽しくなるよう施せば良いんだ…」

























ガーッ、ガーッ、

「兄さん!」
「劉邦!」
追い掛けてきたバッシュの赤の機体と呂稚の黄色の機体が通信を繋げる。
「お前達何故来た」
「何故来たじゃないよこのバッカ!!本国に帰ろうって言ったのにルネの王子を1人で勝手に追い掛けて行ったのはあんただろう劉邦!?」
「っ…、呂稚。通信の際はマイクから口を離せと何度も言わせるな」
「はい?!何か言ったかい劉邦!?」
「いや…何も…、」
「…!に、兄さん!!」
「どうしたバッ、…!!避けろ2人共!!」
背後に滷獲しておいたヴィヴィアン機が赤くギロン!と光った為、慌てた劉邦達が体勢を整えようとする。だが…
「呂稚!!」
「え、」


ドンッ!

サーベルごと網を破き、そのまま真っ直ぐ飛行したヴィヴィアン機の速さに回避し切れなかった呂稚の機体は、ヴィヴィアン機のサーベルに真っ二つにされた。
「劉、ほ…」
「呂稚ぃぃい!!」
呂稚機に手を伸ばした劉邦機が呂稚機の爆風に巻き込まれてしまうから、バッシュ機が劉邦機を呂稚機から引き剥がす。


ドン!ドンッドンッ!!

「あははは!そうだよ、そうなんだ!人生は全て自分次第!楽しくするのもつまらなくするのも全ては自分次第なんだ!」
次の標的劉邦機とバッシュ機目掛けて飛んでくるヴィヴィアン機を前にしても呆然としている劉邦機にバッシュが通信を繋げる。
「兄さん!兄さん!!」
「…な…、呂、稚…」
――こんな兄さん…姐さんの時以来…――
藻抜けの殻な劉邦には何を言ったって無駄だろう。バッシュは劉邦機を掴むと、そのまま急上昇。
「へぇ。雲に隠れて逃げる気なんだ?そんなのつまらないでしょ?君達も軍人なら分かるでしょ?戦うなら楽しまなきゃって!!」
雲の中へ隠れたバッシュ達を雲をサーベルで切り裂いて追い掛けるヴィヴィアン。


ドンッ!

「砲撃?…ルネか!」
しかしヴィヴィアン機スレスレに放たれた黄色の光。機体ごと後ろを向けば、遠くには海に浮かぶ戦艦からこちら目掛けて飛んでくるルネ軍戦闘機が見える。レーダーが捕捉した敵機12機。ヴィヴィアンは舌を出す。
「連盟軍の奴らはどうでもいっか。僕の本来の敵は君達ルネだからね」
カタカタカタとキーボードを素早く打てば機体の背中から繰り出される発射口。2つの発射口がルネ軍に向く。


ドンドン!!

真っ赤な光の砲撃がルネ軍を迎撃。
「アハハハハ!!捕まえてごらんよ!低能な王の犬でしかない軍人の君達が!この僕を!!」

























































同時刻、
弥彦山――――――


ドンッ!ドン!!

「きゃあ!」
「あ、嗚呼…嗚呼…私達の村が…」
「後ろは見ちゃ駄目!前だけを見て進むのよ!」
海からのルネ軍の砲撃により、背後から真っ赤な光を感じた日本人達。堪らず後ろを振り向けば、山の梺自分達がたった先程まで居た村が火の海と化していた。夢であってほしいその現実に次々と腰を抜かしてしまう人達を大柄な河西が担いでやり、山を登って行く。
「はぁっ、はぁっ…熱いよぅ…お母さん、お水が欲しいよ…」
「我慢しなさい…」
砲撃による熱が離れたこの場所にまで充満する。夏の暑さとは全く違う息苦しくて焦げ臭い独特の熱さに男児が堪らず母親に催促するが、軽く流されてしまった。子供の方が体温が高い為、喉の乾きが大人より早いのだ。その時。男児の前に差し出された竹筒の水筒。
「ほら。飲んで良いよ」
「えっ」
「お、王子!そんな事をなさらないで下さい!」
水筒を差し出したのは、先頭を歩く慶司。
「僕はもう王子ではないですよ。地位を捨てましたから」
「いえ!そうだとしても皆さんが我慢しているのにこの子だけ水分を摂らせるわけにはいきませんから…」
「子供は大人より体温が高い分、水分補給が必要だと習いましたから。はい」
「いいの?けーしさま」
「良いんだよ」
「王子…!」
「ありがとうっ!」
母親は周りに平謝りするものの、大人達は笑顔で「構いませんよ」と言ってくれていた。























「けーちゃん。取敢ず山頂まで避難する?」
「いえ、山頂では上空のルネ軍に見つかりやすいです。騒ぎがおさまるまで中腹にある防空壕に避難させましょう」
「防空壕があるの?知らなかったわぁ」
「第三次世界対戦時の地図に防空壕の場所が記されていたのを見ました」
「なら一先ず安心ね!」
「では皆さん。もう少しの辛抱です。登りま、」
「…!!」
「どうかされましたか、マリーさん」
パッ!と挙動不審に後ろを振り向いたマリーの異変に気付いた慶司。
「どうかされ、」
「遠くから…人の話し声が聞こえましたわ…」
「なっ…!?」
「私には聞こえなかったけれど…」
「わしもじゃ」
「あたしも」
マリー以外は聞こえていないようだ。
「気のせいよ」
河西の一言。しかし。
「あ、あの…私も聞こえました…」
酷く遠慮がちに最後尾から聞こえた総治朗の声に一斉に振り向く。慶司の鋭い目と目が合ったら、パッと反らす総治朗。
「そうねぇ…この爆音であたし達には聞こえていなかったって可能性は高いわねぇ。しかも最後尾に近い2人が言うんだからそうなのかも」
「どうします慶司さん…。取敢ず近くの雑木林に隠れませんこと?」
「…山を登る時しかも真っ暗な夜。足下に注意して登りますよね」
「けーちゃん?どういう事それ?」
「防空壕まではまだ距離があります。それまで隠れる場所に良い案があります」
「よく分からないけど、けーちゃんのその良い案乗ったわ!」
「ありがとうございます!」
さて、と踏み込んだ時。
「あ、あの申し訳ありません殿下…」
「…何。新田見君」
総治朗が手を挙げる。慶司の分かりやすい態度の変わり様に梅は胸が痛い。
「私も一つ提案があるのですが…」
「……」






























一方のルネ軍――――


ザッ、ザッ…

「ふぅ…こんな大荷物で山に登らせるなんざブーランジェさんは鬼畜か」
「それも俺ら下っ端の仕事」
「悔しかったら昇格しろっつー事かぁ」
「ったく。日本人共め、俺らに気付いて山に逃げやがって」
「灯りが点いていたから旅館に行ったけど中は藻抜けの殻だったしな」
「おーい!さっさと出てきやがれジャップ共!どうせ逃げたってお前らの敗北は変わらねぇんだよー」
「つーか占領されている時点で既に負けているんだけどな」
「ははっ!そりゃそうだ」
























「くっ…!」
やはり先程マリーと総治朗が聞いた声は正解だった。山を登ってきた数人のルネ軍人達の声だったのだ。
ルネ軍に馬鹿にされ、拳を握り締める慶司。彼らを見ている慶司達が何処に隠れているのかというと…ルネ軍人達が今まさに登っている頭上の大木の上に息を殺して身を潜めているのだ。これは慶司が先程言っていた"良い案"。
「山を登る時しかも辺りが真っ暗な夜。足下に注意をして登るから、奴らは頭上には注意がいきません」
「けーちゃんの案さすがだわ。分かりそうで分からないもの」
頭上でヒソヒソ話す河西に頷く慶司。皆息を殺して頭上からルネ軍人達を見下ろしている。早く去ってくれるよう。そして、隙をつければ…
「エミリー我慢して下さいね」
ヒソヒソ声でエミリーの口を塞いで泣くのを我慢させるマリー。隣にはジャンヌ。その後ろにはやはり浮かない暗い顔をした総治朗。
「つーかダイラー将軍が自殺ってあれマジかよ」
「ああ。だがなお前、それ国民には言うなよ。軍だけの極秘なんだと」
「はいはーい、っと」
ルネ軍人達は暢気に喋りながら過ぎ去って行く。このまま何事も無く過ぎ去って行ってくれれば、まずは第一の危機は免れる。皆が内心安心した。その気の弛みから、マリーが少しだけ体勢を変えて動いた時。


カンッ、


「…!!」
「痛って、何だ?」
マリーの足元にあった小石にマリーの足があたり、小石が下を歩いているルネ軍人の1人の頭に運悪く命中。その軍人が懐中電灯を上へ向けながら頭上を見上げた。
「…!!おい!お前ら!ジャップ共が居たぞ!頭上だ!!」
「何っ!?」
「くっ…!」
懐中電灯に照らされた其処には、頭上に隠れていた慶司達の姿が。見つかってしまった。
慌てるマリー達や民間人を総治朗が誘導して、慶司と河西が頭上から飛び降りてルネ軍人達に刀で斬り掛かる。
「ぐあああ!」


カラン!

ルネの懐中電灯を破壊させれば、暗闇にすっかり目が慣れた慶司達には都合が良い。その隙に斬り掛かる2人。
「何をやっている!!」
「駄目だ!灯りが無ぇ!ぐあああ!」
「馬鹿者!灯りが無くとも敵の武器は刀のみ!こちらには…」


ガシャン!

「…!!」
ルネ軍が構えた拳銃を見た途端、慶司と河西の顔色が青ざめる。
「拳銃があるだろう!」
「させるかああああ!!」
「なっ…!?」


スパン!!

「ぎあああああ!」
「じゅ、准尉!?」
拳銃を持ったルネの右腕ごと慶司が斬り落とせば血を噴いて倒れたルネはそのまま崖下へ転落。やはり、暗闇に目が慣れている慶司達の方が少しだけ有利かもしれない。腕ごと斬り落としたルネから拳銃を奪った慶司。
「くっ!調子に乗るなよジャップがああああ!!」


パァン!パァン!!

「ぐあっ!」
「河西さん!!」
乱射するルネ。河西は左腕を撃たれてしまったようだ。こうなると拳銃を持ったルネ5人VS慶司と河西とでは不利だ。


パァン!パァン!

先程奪った拳銃でルネを撃ちながら河西を抱えて取敢ずこの場から逃げる慶司。
「逃げたぞ!追え!」



























その頃の梅達――――

「銃声…!?慶司さん達に何が…!」
「大丈夫ですよ梅さん」
「総治朗さん…」
梅の肩に手を置く総治朗。梅は辛そうな表情をして総治朗に寄り掛かる。
一方…。
「申し訳ありませんでした…!わたくしが…わたくしが動いたせいで足元の石が下に居るルネ軍に落下して…!」
「大丈夫よ!マリー様貴女のせいじゃないわ!」
顔を真っ青にしてガタガタ震えるマリー。先程の自分の失態でルネに気付かれた事を相当気に病んでいるようだ。ジャンヌがすかさず励ましてやっても、マリーの目は泳いでいる。
「ジャンヌの言う通りですのよマリーさん。こういう時は誰のせいなんて野暮な事は言いっこ無しですわ」
「梅さん…」
「そうですよ。気に病まないでくださいね」
「新田見さん…」
「マリー様のせいじゃないの。全ては、こんな戦争を仕掛けたルネのせい。全てルネのせいよ。でしょ?」
「ジャンヌさ、」
「そう。全てルネのせい…」
「?」
ジャンヌ達の会話を民間人達が聞いていたようだ。民間人達が会話に入ってくる。しかし、下を向いているから表情が見えないが。
「ほらね!みんなもこう言ってくれて、」
「全てはルネのせい…。だからルネ王子を匿う慶司王子と親しいお前らとルネ王子の妻子もルネ同然だぁあああ!!」
「…!!」
発狂すると民間人達は隠し持っていたナイフや、辺りから引っこ抜いたであろう木の枝や石をジャンヌ達に向かって投げて襲い掛かってきたのだ。咄嗟にジャンヌ達の前に出た総治朗。しかし刀ムラマサは抜刀せず、鞘にしまったまま民間人の攻撃を受けていく。鞘のままなのに適格で素早いその動きはさすが軍人というべきか。


キィン!キィン!

「梅さん!」
「は、はいっ!」
「申し訳ありません!皆さんを連れて此処から突き当たりの出水がある裏の茂みへ逃げて下さい!」
「で、でも女子供だけでは危険でしょう!?」
「その出水には先程私が敵の進入を防ぐ施しをしておきましたから安全です!」
「で、でも…」
「お願いします!すぐ駆け付けますから!」
「…!分かりました。ではすぐ必ず来て下さい。待っておりますよ!」
梅は「さあ、早く!」とジャンヌ達を連れて指定ポイントへと駆けて行った。
「待ちやがれ!」


キィン!

総治朗が前に立ちはだかる。
「くっ…!お前も同じだ総治朗!!王子は身分を捨てたと言ったが、結局は口だけじゃねぇか!!日本を占領したルネの王子を匿っていたんだぞ!?それでも日本人かお前らはあああ!」
「皆さんの仰るお気持ちは私も殿下も充分分かります!けれど今は、」
「今は仲間割れしている時じゃねぇってか?はっ!誰が仲間だ!残念だったなお前ら。俺ら民間人は河西さんを筆頭に企てていたんだよ」
「…!?」
「慶司王子達お前らを殺して俺ら民間人が天下をとる、ってな!」
「なっ…!?」
「だってそうだろう!?身分を捨てたっつったってやりたい放題している慶司様にゃあ皆腹が立ってんだよ!結局は慶司様の言いなりだ。王族の言いなりになってまた痛い目に合うのが目に見えていたら、王族をぶっ潰して俺ら民間人がどうにかしなきゃって思うのが普通だろーが!大体今時時代遅れなんだよ何処もかしこも!王政なんてもんは庶民の反感を買うだけだろーが!」
「くっ…!」
「死ね!暴君の配下共め!!」
民間人達のナイフが一斉に総治朗に向けられた。


ドクン…!!

その時。総治朗の鼓動が奥深くで全身を震わす程鳴った。
――なっ…これはあの時と同じ感覚…!駄目だ、ここで意識を手放したら僕はまたあの時と同じ過ちを犯、し…――
右手は勝手にムラマサを抜刀していた。


キィン!

「はっ、調度良い。長年封印されて飢えていたところだ。血ぃ、名一杯吸わせてもらうぜ!!」




































その頃の慶司――――

「はぁっはぁ…大丈夫ですか河西さん!」
河西を担いで雑木林の奥まで逃げてきた。近付いてくる爆発音にかき消されたお陰でルネを撒けた。
「うぅっ…」
「河西さん腕から血が…!!」
慶司は担いでいたリュックサックからすぐに包帯を取り出す。河西は撃たれてそこに心臓があるかのようにドクンドクンする腕を押さえながら笑む。
「あ、ありがとう…けーちゃん…」
「喋らないで下さい!傷口が開いてしまいます!」
「うふふ…良かったわ…けーちゃんがついていてくれて。…けーちゃんと2人きりになれて…!!」
「え、…!!」
河西の怪我をしていない右手に握られたギラッ!と光ったモノに気付いた慶司は…


キィン!!

「ぐっ…!!」
「うふふ、さっすがけーちゃん。反射神経良すぎ。ダメじゃなぁい。ここはおとなしくあたいに刺されなきゃあ!」
咄嗟に抜刀した。河西が繰り出した刀と慶司の刀とが至近距離でぶつかり合う。しかし河西のあの屈強な体格に付け加えて腕力だ。慶司は押されていて、刀を持つ両手がプルプル震えている。歯を食い縛って堪えているようだが。
「河西さん!」
「どうして?なんて言わせないわよーん。だって今説明したじゃない!?」


ドンッ!!

「がっ!!」
刀にばかり集中していたせいか、河西が空いている手で慶司の首を掴み、大木の幹に背を押さえつけた。ギチギチ締まる首元。眉間に皺の寄った慶司の顔がみるみる青くなっていく。
「けーちゃん。来世では庶民に産まれてきたら痛い程よーく分かるから大丈夫よ。あたいらの気持ちが。じゃあ来世で会いましょうね!」


ギラッ!

河西が振り翳した右手の刀に慶司の姿が映る。
――河西さん達民間人の気持ちを僕は何も分かっちゃいなかった…でも僕はこんな中途半端では終われないんだ…!使命を全うするまでは…!!――
「かかかか、河西さぁあん!!」
「!?」
背後から茂みを掻き分けて大声上げ駆けてきた民間人に河西はルネだと思ったのだろう。ビクッ!としてその拍子に慶司から手を離してしまう。慶司はその隙をついて河西から身を離す。
「あ!待ちなさいけーちゃん!あっ!」
河西が背後から狙ってきたが、慶司が河西の刀を取り上げる。河西はチッ!と舌打ち。そんな河西を無視して、今駆けてきた民間人に駆け寄る慶司。民間人の頬には返り血が付着しているし腕には今出来たばかりの切り傷がある。





















「どうかされましたか!」
「ひぃ、ひぃい!」
「ちょっとぉ!あんたのせいであたいの計画台無しよ!腰抜かしていないで何か言ったらどうなの?!」
「ばば化け物だ!ありゃ化け物だぁあ!刀から紫の光が放たれて、そしたら人が変わったみてぇに目ぇ光らせて俺らに斬り掛かってきたんだ!女子供見境無くだ!」
「ルネですね!何て卑劣な!」
「違げぇ!あれはルネより恐ろしい生きもんだ!新田見総治朗だよ!!あいつが刀で化け物みてぇに俺らに息をつかせる隙すら与えず斬り掛かってきたんだ!!河西さんの言った通りに新田見総治朗達に襲い掛かったら!」
「なっ…!?」
「そうちゃんが!?」

『うん…だって慶司君。これが神社の脇の雑木林に落ちていたんだ。まるで隠すように…』

ヴィヴィアンのあの言葉を思い出した慶司。
――いくら民間人が反逆してきたからといって…!?…心の奥底では半信半疑だった。だってあの優しい新田見君が…。でも河西さん達も田村さんとラヴェンナさんが亡くなった日、1人で神社へ行く新田見君の姿を見たと言っていた…。やっぱり新田見君は…!――

「ぜ、全員…ですか!」
「梅様と異国人の女達は新田見総治朗がおかしくなっちまう前に逃がしたからどうなったかは分かんねぇ!その後だ!刀取り出してからおかしくなっちまっていた!民間人は逃げてこれた俺以外は恐らくもう…!」
「くっ…!河西さん!貴方のお気持ちは分かりました。全て僕の責任です。新田見君の件も…!ここは一旦休戦してまずは新田見君を抑えてからでないと河西さん達にも危害が及ぶ可能性が、」


ドスッ、

「え…」
「あ"…、か、さ、いさ…ん…、」


ドサッ…、

「!!」
逃げて来た先程の民間人1人が突然口から血を吐き、白目を向いて倒れた。その光景がやけにスローモーションに見えた。倒れた民間人の背後。暗闇に映える緑色の着物を着た人物が立っていた。ゆっくりゆっくり2人が視線を上げていくと…
「に、新田見…君…?」
語尾にハテナを付けざるをえない程、其処に立っている狂気の笑みを浮かべた返り血まみれの彼は本当に自分の親友なのか分からない程別人のようだった。


キィン!

咄嗟に河西の前に出て刀を総治朗に向ける慶司。


ポタッ、ポタッ…

刀ムラマサに付着した血を滴らせながら瞳孔の開ききった総治朗が一歩一歩ゆっくり歩み寄ってくる。
「新田見君!止まれ!!」
「血…まだ足りねぇ…足りねぇんだよまだこのくらいじゃあ…」
「聞こえないのか!止まれ!!」
総治朗はムラマサを振り上げた。
「くっ…!!」
慶司も踏み込み、意を決して刀を総治朗へ振り上げる。


スタッ、

「なっ…!?」
何と総治朗は慶司の頭上を跳び越えると…
「…!!しまった!河西さん!」
「ひ、ひぃい!!」
振り返り咄嗟に河西の方へ駆け出す慶司。しかし。
「ハハハハ!生き血頂くぜ!!」


スパン!!

「っ…!!」
崖下へ斬られた河西の首が勢い良く転がっていった。
「アッハッハハ!!楽しい!楽しいぜこの感覚!何百年振りだろうなァ人を殺るこの感覚!!」
「新田見ィイ!!」
「あァ?うるせぇよお前」


キィン!!

目を開ききり、総治朗に襲い掛かる慶司。両者刃を交える。
「何をやっているんだ君は!!」
「だから金切り声出すんじゃねぇよ。うるせぇっつってんだろ」
「ヴィヴィアンや河西さんから聞いた時は半信半疑…いや、心の底では君を信じていた!!君が、あの優しい君がそんな事をするはずが無いと!!田村さん達を殺めるはずが無いと!!」
「嗚呼、その事かよ」
「その事だと!?君は人の命をその程度にしか思っていないのか!!いくら反論されたからと言って彼らは民間人だ!向こうが刃を向けたって、僕達には彼らを殺める事は絶対に許されないだろう!!彼らを捕らえれば良かっただけじゃないか!どうして殺める事しか思い付かなかったんだ!これじゃあ、争いの連鎖はいつまで経っても絶ちきれないじゃないか!!分かっているのか!!」
「ギャーギャーうるせぇなぁ。こいつはな、死にたくなかった。ただそれだけの理由なんだよ。その意思に反応して俺が出てきてこいつのお望み通り生かしてやった。自分を殺そうとしてくる民間人共を殺してな」
「こいつ…?俺…?な、何を訳の分からない事を言っているんだ!真面目に話せ!!」
「充分真面目に話してるよ。よっ、と!」
「!!」


タンッ!

総治朗は後ろへ下がると木の上へジャンプして木の枝に立つ。慶司は見上げる。




















「遊んでいる刻じゃないだろう!!今すぐ降りてこい!!」
総治朗は紫色の光を放つ刀ムラマサを赤い舌で舐める。
「俺はこの刀ムラマサ」
「ムラ…マサ…?だからさっきから何訳の分からない事を、」
「妖刀村正に因んだ刀ムラマサがこの俺の事だ。村正と同じで俺ムラマサも、おとなしかった人間はムラマサを手にした瞬間から人が変わったように人間に無差別に斬りかかる。それが妖刀と呼ばれる俺だ。こいつは俺を扱いきれず、俺に呑まれちまっている。だからほら。口調も表情も普段の弱々しいこいつとは別人だろ?だって今お前が見ているこいつはこいつじゃねぇ。俺ムラマサだからだ」
「…大体は把握した」
「おぉ。そりゃ物分かりの良いガキだ」
「お前の身勝手なせいで新田見君は意思に反して殺めたくない人達を殺めてしまっているんだな!」
総治朗の姿をしたムラマサは肩を竦める。
「何も聞いていなかったのかぁ?だから言っただろ。俺はこいつの意思に反応して出てきた。"死にたくない、生きたい。こいつらを殺してでも生きたい、死にたくない"って意思にな。そうでなきゃ何百年も封印されていた俺が外へ出られっこねぇんだよ。言っただろ?普段おとなしかった人間がこの刀を手にした瞬間凶暴になるって。よく言うじゃねぇか。普段おとなしい奴程何を考えてるか分からねぇってな。ここまで邪悪な心じゃなきゃ俺は外へ出られねぇ。それがムラマサなんだよ」
「そ、んな…、嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ!!お前が新田見君の体を乗っ取ってやった事じゃないか!!」
「はぁ…。だからなぁ」
慶司は頭を何度も何度も横に振る。
「嘘だ嘘だ嘘だ!!新田見君は、僕の知っている新田見君はそんな人じゃない!!」
「じゃあ本人に聞いてみろよ」
「え、…!!」
フッ…、とムラマサの意識が飛ぶと総治朗の体がふらついて木の枝からそのまま下へ落ちてきた。慌ててキャッチする慶司。


ドサッ、

「新田見君!」
返り血まみれで目を瞑り反応の無い総治朗。
「新田見君!新田見君!」


ドンッ!ドン!

遠くからは容赦無く戦争の音が近付いている。
「新田見君!」
「うっ…」
「…!!新田見君!!」


ピクッ…、

瞼が揺れてゆっくりゆっくり目を開いた総治朗の真っ暗な視界が開閉する隙間から、親友の嬉しそうで心配そうな顔が見えた。
「あ…、で…殿、下…?」
「新田見君!良かった…!気が付いたんだね!」
「殿…、…!!」


バッ!

「に、新田見君?!」
ハッ!とするとすぐに起き上がり、慶司から離れた総治朗。下を向いた彼は酷く震えていた。その意味をすぐに理解した慶司は優しくてどこか憂いの表情を浮かべて立ち上がる。






















「…大丈夫だよ。聞いたんだ。君の体を乗っ取っていた刀から。全て」
「…っ、」
「…ごめん。僕が新田見君に冷たく接していたよね?あれは…田村さんとラヴェンナさんが亡くなった日、河西さん達が新田見君1人で神社へ行く姿を見た事。ヴィヴィアンが新田見君の血塗れの着物を見つけた事…。それを聞いて、田村さんやラヴェンナさんを殺めたのが新田見君だと疑っていたから」
「う、疑…う…?殿下…刀から聞いたのでしょう全て…。なら何故…?私です…紛れもなく私なんです…田村さん達や…さっき民間人の皆さんや河西さんを殺めたのは…」
「違うよ…。その刀のせいなんでしょ…。その刀のせいで新田見君は体を乗っ取られて殺めたくもない人達を殺めた…。"こいつの意思に反応して殺った"だなんて刀は馬鹿げた嘘を吐いていたけどね」
「……」
慶司は総治朗へ歩み寄り肩に手を置く。
「けれど周りはそんな話信じちゃくれないだろう。体は新田見君なんだから、新田見君が殺ったと思われる。…僕がその罪を背負うから大丈夫だ。戦禍に巻き込んだのは元を正せば僕達日本王室なんだから。…人がたくさん亡くなったのにこんな事を言うのは不謹慎だけれど、僕は安心したよ…新田見君はやっぱり僕の知っている新田見君のままだった。だって、優しい新田見君が思うはず無いもんね。他人を殺してまで自分が生きたいだなんて」
微笑み掛ける慶司。
「行こう。ルネがすぐ其処まで来ている。梅姉様達の元へ早く行かなきゃ」


スッ…、

「…?」
下を向いたまま総治朗は、肩に置いた慶司の手を放す。
「新田見君?」
「殿下はよく出来たお人ですよね…」
「え?」
「日本が戦禍に巻き込まれたのは日本王室のせいだから…これからは民間人の立場に立って戦いの果てに平和を築こう…。河西さんがさっき殿下を襲っても、殿下は自己防衛の為にしか刀を使わなかった…。こんな出来た人もいるのに、私は…俺は…」
「に、新田見君…?」
「申し訳ありません殿下…」
「新田見君本当にどうしちゃったの?早く姉様達の元へ行かないと」
総治朗は静かに顔を上げた。力強い眼差しで慶司と向き合って。その瞳に薄ら涙を浮かべて。
「本心です。誰かを殺してまで生きたかった…死にたくなかった…。これは私、新田見総治朗の本心なんです」
「…!!」


ドンッ!!

遠くで聞こえたルネ軍戦艦の砲撃音と重なった。慶司が総治朗の首を掴んで木の幹に彼の背を打ち付けさせた音と。


























「本当なのか…」
「はい…」
「それは本当なのか新田見君!!」
一瞬にして鬼の形相となった慶司の上がる怒鳴り声に総治朗は消え入りそうな声で…しかしその涙を溜めた瞳でしっかり慶司の目を見て応える。
「くっ…!!…僕は…僕は知っている…新田見君は優しい…だからよく心配させないように嘘を吐く…。新田見君が嘘を吐く時は決まって目を反らすんだ…。でも逆に、本当の事を言っている時は真っ直ぐ目を合わせてくるんだ…今この時のようにっ…!!」
「……」
「どうして知っているか君には分かるか!?どうして僕が君の癖を知っているか君には分かるか!?」
「いえ…」
「どうしてそんな事も分からないんだ…」
慶司は顔を上げた。怒りに満ちているのに瞳が揺れていた。
「親友だからなんだよっ…!!」


ドンッ!!

突然総治朗は慶司を押し退けると、慶司の後方へ駆け出した。すぐさま慶司が後ろを振り向く。
「っ!?新田見君待て!何処へ行、」
「見つけたぜぇ!敗戦国日本の王子様よォ!!」
「ルネ!?」


ドドドドド!!

慶司の前へ飛び出した総治朗は両手を大きく広げた。茂みから現れた1人のルネ軍人が持ったマシンガンに自ら当たりに行った。慶司の前に立ちはだかる壁となる為。慶司を守る壁となる為。
「新田見君!!!」






























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あきゅろす。
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