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症候群-追放王子ト亡国王女-
ページ:2
「勿論ですとも!!至急軍を送りましょう!!」
「言っておくが、奴に気付かれぬようにしろ」
「ははは充分承知しておりますとも!そうだ!では終戦後、勝利の美酒を共に味わおうではありませんか!ねぇ代表!」
「断固断る」
「ははは!つれないですな。ではまた後程!」


ブツッ!


ツーツー……


ガッ!!

通話終了直後、劉邦が着ている浴衣の胸倉を締め上げたのはバッシュ。眉間に皺を寄せてつり上げた目は恐ろしい。だが、そんな彼をいつもの冷めた目で見返す劉邦の目はそれ以上に恐ろしい。
「兄さんあんたって人はやっぱり…!!」
「やっぱり?何だ。私は貴様の考えに賛同したなど一言も言っていない。米軍に要請してやると言った。私達連盟軍の利益になるように」


ドンッ!

胸倉を締め上げたまま劉邦を強く押せば彼は窓に強く背を打ち付けるが、至ってポーカーフェイス。しかしバッシュの怒りは増すばかり。
「何をそこまで腹を立たたせる必要がある。日本の王子の恩?そんなものたった2日前会ったばかりの人間に対し強い思い入れなど無いだろう」
「あんたはどうしていつもそうなんだよ!!会ったばかりとか何10年もの知り合いだとか、そうじゃねぇだろ!!あんたはあいつらに命を救ってもらったんだ!あんたは今こうして生きているからそんな事が言えるんだよ!あいつらが居なきゃあんたは手遅れで死んでたんだ!今こうして喋る事も息をする事もできていなかったんだぞ!分かってんのか!!」
「声を荒げるな。黙れ。奴に聞こえ、」
「黙るのはあんただろ!!ジェファソンさんも姐さんもあんたのそういう非情な性格を笑って許してたけど俺は許せねぇんだよ!あんた言ってたよな。俺の事いつもヘラヘラ笑って世間知らずだからずっと嫌いだった、って。俺だって、人の気持ちこれっぽっちも分かんねぇ血の通ってねぇ冷酷なあんたの事がずっと嫌いだったんだよ!!」
「はっ、それがどうした」
「っ…!」
最後目を見開いて何かを言おうと口を開き欠けたバッシュだったが口を閉じて歯をギリッ…!と鳴らす。劉邦の胸倉から手を放せば背を向けて…


バタン!!

用意された部屋の障子戸が外れそうな勢いと強さで戸を閉めて部屋の中へ入っていった。
「ふぅ…」
劉邦は皺になった胸元の布を直すと、静かに階段を降りて行くのだった。





























































翌日の夕暮れ、
弥彦山登山口――――

「1人でコソコソ何しているの総治朗君?」
「!!」


ビクッ!

青年にしては甲高い声に呼ばれて挙動不審に体を震わせるのは登山口脇暗闇の雑木林の中で何かをしていた総治朗。肩を震わせて恐る恐る後ろを振り向けば、小豆色の夕焼けに照らされて不気味なくらいにっこり微笑んでいるヴィヴィアンが1人で立っていた。
総治朗は慌てて自分の背後にあるモノを自分の体で隠すが、ヴィヴィアンは容赦なく彼の体を退かせて背後にあるモノを見た。其処には、先日総治朗が殺めた田村達の遺体と、オレンジ色の美しい髪のラヴェンナの遺体。ヴィヴィアンの顔はみるみると切なく染まり、首をゆっくり何度も横に振る。
「そん…な…、ラヴェンナ…田村さん達…何でこんな事に…。ハッ…!まさか総治朗君…君が…?」
口を左手で押さえ顔を青くするヴィヴィアンに、総治朗は首を横に大きく振って手を大きく広げて全身で否定する。
「ち…違います!!ヴィ、ヴィヴィアンさん!あ、貴方じゃないですかラヴェンナさんをこ…殺したのは…!」
「僕…?僕のせいにするの…?」
「だ、だってあの日…!」
「ふふふ…はは…あはははは!!」
腹を抱え後ろへ仰け反りながら突然笑い出したヴィヴィアンに総治朗は顔を真っ青にさせたまま。ヴィヴィアンは真っ赤な瞳に総治朗を映して歯茎が見えるくらい笑う。
「そうだよ、僕だ。ラヴェンナを殺したのは僕だ!」


ドン…、

木の幹に総治朗の背を打ち付けてヴィヴィアンは笑う。
「だってあの日、総治朗君も此処に居たもんね?田村さん達を殺してたもんね?!」
「っ…!!」
「あの時僕が其処の雑木林の中でラヴェンナを殺していた所を君、見てたよね?だって僕と一瞬目が合ったもんね?すぐに反らしたけど、やっぱり見られてたんだぁ。良かった!君は誰にも言ってないけどいつ喋られるか分かんないからね。ずっと、いつ口封じしようかなぁって機会を待っていたんだよ?」
「っ…!」
総治朗は腰に身につけている刀ムラマサを反射的に握るが、その上にヴィヴィアンの手が重なり、抜刀を阻止する。
「大丈夫だよ。とって食べたりしないから。ただこの事を内緒にしておいてねって言いたかっただけ。総治朗君の事も内緒にしてあげるから。だって僕達同じだもんね。自分の幸せを脅かす存在を消した者同士」
「っ…、」
「ラヴェンナはね。僕との子供が欲しい、ってしつこく迫ってきたんだ」
























時は遡り
一昨日―――――

「知ってる?神社で願い事をすると良い事があるらしいよ」
陽も暮れてきたあの日。マリーには気付かれぬよう神社へやって来ていたヴィヴィアンとラヴェンナ。物悲しい夕陽のオレンジが2人を染める。
「どんな良い事があるんだ?」
神社というものを初めて見たから不思議そうに首を傾げて目の前に在る神社を眺めているラヴェンナ。彼女は自分の背後に居る彼が自分の首に音も無く両手を伸ばしている事を知らない。
「なぁ。一体どんな良い事があるんだ?ヴィヴィアッ…!」
後ろを振り向いた時。
「ギャア!ギャア!」
烏達が不気味な鳴き声を上げて一斉にバサバサ飛び立って行った。夕陽のオレンジに染まった苔の生えた石段に映る2人分の影。彼が彼女の首を両手で締め付けている真っ暗い影。
「うぐっ…あ"っ…かはっ…ヴィ…アッ…、」
白くなっていくラヴェンナの顔。とても苦しそうで口の端から滴れる唾液がヴィヴィアンの顔に雨の如くポタポタ滴るのに、彼は悪魔さながらに白い歯を覗かせて笑っている。
「君もフランソワや皆と同じだねラヴェンナ。都合の良い時は僕に愛想を振り撒いて、都合の悪い時は僕を邪険に扱う。君の婚約者になった頃は僕の事をあんなに邪険に扱っていたのに今更どういう風の吹き回しかな?あの頃君が僕を毛嫌いしていたから、君のご機嫌とりができない僕は父上からよく叱られたよ。その上ルネがライドルに侵略しようとしていた事に君が気付いたせいで、僕は散々な目にあった。まあ結局ルネが勝利をおさめたけどね」
「っあ"…かはっ…あ"…」
ヴィヴィアンは右手だけを放すと撫でるようにラヴェンナの左頬に手を添える。
「君だって分かっていたんでしょ。君はマリーの代わりでしかなかった事くらい。君は僕の事が好きだと今更言ったけど、本当に好きならその人の幸せを願うのが普通だよね。でも君は、僕の幸せがマリーと共に居る事だと知りながら邪魔をしようとした。結局君は僕の事が好きなんじゃない。自分の事が一番好きなだけの我儘なお姫様だったんだよ」
「う"…あ"っ…ヴィ…ヴィ…ア、ン…」
瀕死の状態ながらも彼女は震える右手を彼の首へ伸ばす。


ピタッ…

彼女の細い指先が彼の首にほんの少し触れた時。彼は哀しい赤の瞳で微笑んだ。
「僕の事が本当に好きなら僕の幸せの為に死んでよ」
石段に映っていた2人分の黒い影の内、髪の長い方の影がビクッ!と動いてすぐ力無く下へ落ちた。
「ほら。これで僕は幸せ。好きな人が幸せになってくれて君も幸せでしょ?良かったね。これで僕も君も幸せになれたよ。ばいばい、ラヴェンナ…」































現在――――

「やっとマリーと和解ができた時に。婚約者の頃は僕の事を毛嫌いしてきたくせに何を今更って感じだよね。だから僕は、マリーと共に生きる僕の幸せの為に消したんだ。総治朗君は?慶司君達と一緒に居たいから死にたくないから、田村さん達を消したんだよね?自分の勝手な都合で」
「違う!俺は!!」
目を強く瞑り声を裏返して叫ぶ総治朗。しかしヴィヴィアンは目を三日月のようにして優しく微笑む。
「大丈夫だよ〜。良い子を振る舞う必要なんて無いよ。誰だって自分が一番大切なんだ。自分の道を邪魔する奴を消すなんて、人間である以上仕方ない。強欲なのは総治朗君だけじゃないから安心しなよ。僕だってそうだし、慶司君だって同じ。人間はみーんな強欲な生き物なんだ。だからそんなに自分を責める事は無いよ」
「貴方は間違っています!」
刀は抜かず鞘にしまったままの状態でヴィヴィアンに向けた総治朗に、ヴィヴィアンはキョトンと目を丸める。
「ご、強欲な人間の性を仕方ないでまとめてしまったら皆自分の欲望のままに従ってしまう…だ、だから仕方ないなんて言い方はおかしいと思います!責める事は無いなんて言い方もおかしいと思います…!」
「ふぅん。総治朗君は自分が犯した罪で自分の事を相当責めているみたいだったから、僕がせーっかく励ましてあげたのに。まだ良い子振るんだ」
「っ…!?」


キィン…!

ヴィヴィアンが懐から取り出したナイフの刃に夕陽の色が反射して光る。刃は隙間無くぴったり総治朗の首にくっ付く。総治朗は冷や汗を伝わせる。ヴィヴィアンは一筋の汗を頬に伝わせて笑う。
「田村さん達も言っていたけど総治朗君。君、ちょっと察しが悪いよ。君はただ僕の事を誰にも喋らなければ良い。ただそれだけの簡単な事じゃないか。難しく考える必要なんて何も無いよ。それと…いくら刃を出していないからって次、僕に刃を向けたら二度と慶司君達に会えなくさせちゃう…かもね!」
満面の笑みの彼とは裏腹に、総治朗は俯き肩をがっくり落としてその場に力無く崩れ落ちてしまった。そんな彼を横目で見る。
「大丈夫だよ。総治朗君が犯した罪は僕しか知らない。安心して。僕も内緒にする。そうだね、指きりげんまんしようか」
俯いたままの総治朗の右手の小指を持ち上げる。
「指きりげんまん嘘吐いたら針千本飲ーます。指きった!よく知ってるでしょ。昔、咲唖から教えてもらったんだ」
「……」
無反応な彼を其処に1人残して背を向け、夕陽を背にして立ち去って行くヴィヴィアンは安心した息を吐く。
――口封じしておいて良かった。ああいう生真面目な子は喋るか、誰にも言えずに抱え込むかのどっちかだからな――
「はっ。この僕に向かって抜刀しようだなんて命知らずの低能が」







































同時刻、
母屋縁側――――

「わあ…綺麗だね」
ジャンヌと並んでアンネが感動するのも頷ける美しい夕陽。縁側に腰を下ろして眺める2人はとても穏やかな表情。アンネは縁側に日記帳を広げて、早速この美しい夕陽を描き出す。幻想的な空の色が映るジャンヌの水色の目の色が夕陽の小豆色に変わっている。
「あの頃は綺麗な夕陽をこんなに穏やかな気持ちで見れる日が待っているなんて思ってもいなかったなぁ」
"あの頃"…脳裏では、ルネベル戦争の惨劇とその後ヴィヴィアンと国を転々としていた記憶が蘇る。
「諦めなければ何でもできるって本当かもね」
今はまだこれから先の事は考えず、ただ今この瞬間の幸せを噛み締めるジャンヌだった。



























母屋1階の部屋―――――


ドン!

「それは本当かヴィヴィアン…」
暮れてきた夕陽の光すら射し込まない真っ暗な室内。テーブルの上の湯飲みが中のお茶ごとひっくり返っても気にならないくらい鬼の形相をした慶司の視線の先には、座布団に腰を掛けたヴィヴィアン。ヴィヴィアンは切なそうに視線を落として頷く。
「うん…だって慶司君。これが神社の脇の雑木林に落ちていたんだ。まるで隠すように…」
畳んでおいた総治朗の白い羽織を差し出せば、慶司の背筋が凍り付く。真っ白い羽織が真っ赤に色を変えていたから。
――本当はこれ、総治朗君が居ない隙に総治朗君の部屋の押し入れから見つけ出してきたんだけどね――
震える両手で羽織を手にする慶司の瞳が酷く揺らいでいる。
「最近総治朗君これ、着ていなかったもんね…。あ…そういえば田村さん達とラヴェンナが居なくなったあの日から、」
「それ以上言うな!!」
「……」
声を荒げた慶司にヴィヴィアンは動じないのに、慶司は消え入りそうな声で「悪かった…」そう謝罪した。
「新田見君が1人で神社へ行った所を民間人の人が見たという話を河西さんから聞いている…」
「え…?」
羽織をテーブルの上に広げて俯きながら話す彼に、ヴィヴィアンは不思議そうにする。…だがその事は既に知っている。先日慶司と河西達がこの話を話しているところを廊下でこっそり聞いていたから。
「それって一体どういう…」
話し途中にも関わらず慶司は立ち上がり総治朗の羽織を畳んで押し入れの中へしまうと、戸の前に立って出て行こうとする。だが其処で立ち止まり顔だけをヴィヴィアンに向けた。黄色の瞳は据わっていてとても恐ろしかった。
「言わなくても分かるだろう」
背を向け戸に手を掛ける。
「ラヴェンナさんも恐らく…。…悪かった。僕の友人のせいでこんな事になって」


カタン…、

返事もさせず戸を閉めて出て行った慶司の足音がだんだん遠ざかり、やがて聞こえなくなる。


カツン…コツン…

ヴィヴィアンは座って俯いたまま肩を震わせ、腹を抱える。
「はは…あははは!成功だ!さすが僕!これで僕の思い通り!何もかもが僕の思い通りなんだ!そう、何もかも…!」
言葉に勢いが無くなりまた俯けば、少ししてからテーブルに顔を伏せる。
「違うだろ…これじゃあ今までと同じだ…。マリーに誓っただろ…頑張るよ、って…」
美しいものは儚い。夕陽はすっかり落ち、闇のように真っ暗となった室内で灯りも灯さずテーブルに顔を伏せたまま。
「ゴホッ、」
少し咳をする。と…
「ゴホッ、ゴホッ…!?」
突然噎せ返り、すぐおさまるだろうと思っていた咳が止まらなくなるから呼吸をする隙が無くて息苦しくなり、伏せていた顔を上げて喉を押さえる。
「ゴホッ!ゴホ!!」
ようやくおさまった突然の咳。呼吸を整えるが、あまりにも酷い咳だった為口内が仄かに血の味がするし、余程苦しかったのだろう彼の口端から唾液が滴るから手で乱暴に拭う。
「っ…、ゴホッ…何、だ?風邪?疲れてるのかな…」
テーブルに両手を着いて立ち上がり、静かに部屋を後にした。









































1階奥の中庭――――

「ふふ、花火なんて子供の頃以来だわ」
総治朗の部屋の中庭に屈んで線香花火をするのは梅と総治朗。チラ…、と彼に顔を向けるが彼は心此処に在らず。何処を見ているのか分からない光の無い瞳をしていて目の下の隈が酷い。理由は知っているから、梅は締め付けられる胸の痛みを唇を噛み締めて堪える。


ちゅっ、

「…!」
「ふふ、驚きました?」
彼の左頬にキスをすればやっとこちらへ顔を向ける彼に梅が微笑む。だが一応微笑んでいる彼は口は笑っているのに目が笑っていない。顔色が真っ白。だが、敢えてそこに触れない梅。心の中ではとても心配しているけれど。
「綺麗ですね、線香花火」
「ええ…はい…」
「総治朗さんは子供の頃花火はしました?」
「はい…妹と…」
やはり心此処に在らずな返答ばかりだが、梅は必死に我慢する。
「まあ!私花火が大好きなのです!これからも一緒にたくさんしましょうね」
「はい…あ、」


ポトッ…、

総治朗の線香花火だけが地面に落ちてしまい、地面に移ったオレンジ色の炎が音も無く静かに消えて地面に焼け焦げた跡がついた。

しん…

それを境に沈黙が起きてしまったから、梅の鼓動がドクンドクン…と嫌なくらい大きく鳴って怖くなる。だから我慢できなくなり思わず口を開いた。
「あの、総治朗さ、」


ドン!!ドン!ドン!!

「ハッ…!」
「きゃあ!な、何事です!?」
静寂に包まれ鈴虫の鳴き声しか聞こえなかった夏の夜空に響いた爆発音。そこまで近さを感じないが、地面が微かに揺れた為総治朗に寄り添う梅。2人は星一つ見えない闇夜を見上げる。足元には、驚いた衝撃で手を放してしまった梅の線香花火が落ちている。
「な、何の音です?まさか…敵襲…?あ!総治朗さん!?」
梅の言葉が耳に届いていない総治朗は立ち上がると下駄を脱ぎ捨てて縁側から室内へ駆けて行くから慌てて追い掛ける梅。
「ま、待って下さい!」
刀ムラマサを右手に掴み腰に身に付けて障子戸を開いて駆け出そうとした。
「総治朗さん待って!」
「…!梅、さん…」
梅に後ろから抱き付かれた事でようやく梅の声が耳に届いた彼はハッ!と我に返り、顔を向ける。爆発音はまだ遠いが、止む気配は無い夜。
「私も行きます!」
「…梅さんは此処で待っていて下さい」
向き合い、少し屈んで梅の背丈に合わせて目線も合わせて梅の細い肩に両手をそっ…、と添える。梅は"でも!"その言葉を出したい衝動に駆られるが、彼に我儘を言いたくなくて飲み込む。
黙った梅の肩から総治朗がそっ…、と手を放していけばそのまま背を向けて彼は真っ暗な廊下に溶け込むように駆けて行ってしまった。
































一方の慶司――――

「くっ…!ルネか…!」
爆発音を聞き付けて一番に外へ飛び出した慶司の瞳に映る景色は遠くの空が赤い。炎が見える。爆発音も心なしか近くなっていく。此処まで届く焦げ臭さに鼻を腕で隠した時。


ゴゴゴ…

「!?」
地鳴りのような大きな音が聞こえてきたと同時に辺りの木々が風に大きく揺れ、慶司は吹き飛ばされそうになる体を足を踏張って堪える。大きな地鳴りにも似た機械音に目をゆっくり開いていけば驚愕して目を見開く。目の前に着陸した黄色の3機の戦闘機。胴体には中国国旗が描かれている。こちらには旧式の機体しかないのに…いや、それ以前に何故彼らがこんな秘境の地に…?
――まさか…!――
劉邦とバッシュの顔が浮かんだ慶司は眉間に皺を寄せて抜刀する。


キィン!

「遅かったがまあ良いだろう」
「!」
背後から聞こえた低い声に慶司の目がつり上がり鬼の形相となる。劉邦が後ろに立っていたから。
「兄さん待って下さい!」
更にその後ろからは劉邦を追い掛けてきたバッシュ。2人の姿を瞳に映した慶司が次にとった行動は勿論…


ガッ!

「ぐっ…!!」
「落ち着け。今更足掻いたところでもうどうにもならないだろう」
何と、振り上げた慶司の刀を劉邦は包帯ぐるぐる巻きの右手で刃先を掴んで阻止したのだ。


ポタ…ポタ…

案の定、彼の右手から滴る真っ赤な血。2人の足元にだんだん赤の大きな血溜りができていく。
「やっぱり裏切ったな!!」
「当然だ。ガキでも分かる誘いに乗る貴様らが悪い。まあジャップ相手には良い案だったか。上出来だバッシュ?」
後ろに居るバッシュに目を向けてそう言う劉邦の次にバッシュを瞳に映した慶司は劉邦から刀を放すと、真っ先にバッシュ目掛けて刀を振り上げる。つまり、劉邦に背を向けてしまったという事。頭に血が昇った慶司は"敵に背を向けてはいけない"そんな基本も忘れてしまっている。劉邦は容赦なく懐から取り出した拳銃を慶司の頭部に向けて構えたから、バッシュはハッ!とする。
「お前達はやっぱりルネと同じだ!!」
「危ねぇ!!」


パァン!

「うっ…、…!?」
一瞬何が起きたか分からなくなった慶司が目を開けば、自分を庇ったが為に右肩を赤く滲ませるバッシュが目の前に居て驚愕する。だがすぐに刀をバッシュに向ける…なのに慶司の両手は震えていた。























「何の真似だ!裏切ったくせに庇うだと!?これもまたどうせ演技なんだろう!この隙に僕を殺す魂胆なんて見え見えだ!!」
「痛ってぇ…。若、大丈夫だったか?」
「だからそうやって演技をしたところで僕は騙せない!!」
「はは、超大丈夫って感じだな」
「おい。何をしている貴様」
聞こえてきた冷たくて低い劉邦の声に、バッシュは命中してしまった肩を押さえながら振り向く。劉邦は酷く機嫌が悪そうでまだ慶司に…いや、慶司とバッシュに銃口を向けている。
「恩を返す素振りを見せたら私は貴様を撃つと言ったはずだ」
「もう撃たれてますけどね」
「…分からず屋のガキだ。まあ良い。これはバッシュ貴様が自ら望んだ最期だ」
ぐっ…、構えた引き金に劉邦が手の力を込めた時。

『バッシュを…たの、んだ、ぞ…』
『弟の国を守ってくれ』

「っ…!!」


ドクン…!

彼の心を揺らがせるかのようにジェファソンとロゼッタの言葉が脳裏で鮮明に響いて蘇るのは神の仕業か、それとも…。
構えた拳銃を持つ劉邦の右手がガタガタ震え出す。ギリッ…!と歯を噛み締める劉邦の異変に気付かないバッシュは吹っ切れたかのように作り笑いを浮かべて、
「俺は恩を仇で返すくらいなら兄さんに撃たれる最期で構わないっす」
と言うから余計腹が立つ。それは彼に対してではなく、引き金を引けない己に対してなのかもしれない。
「っ…、貴様は何も分かっていない…」
「そうっすね。兄さんが言う通り俺は世間知らずの馬鹿だから」
「そうじゃない…私が貴様を撃ちたくとも撃てない理由を何も分かっていない…!」
「え?何が、」


ゴツン!

「え"!?」
シリアスな場面が一転。3機の中国戦闘機の内、1機から降りてきた1人の小柄な女性が劉邦の頭を背後から思い切り殴ったのだ。劉邦はガクッ、と体勢を崩す。そんな光景を目の当たりにした慶司とバッシュは声を合わせて「え"!?」と目を点にする。一方の劉邦は殴ってきた相手にたまらず発砲する…かと思いきや、後ろを向いて呆れた溜息を吐くだけ。
劉邦を殴った且つ、後ろにある中国戦闘機を操縦してきた小柄な女性は呂雉だ。腰に手をあててまるでうるさい母親さながらに劉邦をガミガミ叱るが、当の劉邦は外方を向いて溜息ばかり。
「劉邦あんた今何をしようとしていたんだい!」
「呂雉お前には関係無、っ…、」


ゴツン!

「関係無いわけあるかい!劉邦あんたが馬鹿な事を言い出すから、あんたの居場所をレーダーで探してやってあんたの我儘通り戦闘機2機オートで持ってきてやったってのにあんたは今どうして人殺しをしようとしていたんだい!?その白い髪の子はあんたの部下だろう?!あと其処の着物の子は日本人じゃないのかい?!」
「だからだ。この地は我々中国軍が占拠する。そうなれば生かしておいては反乱を起こしかねない日本の王子は消す必要があ、」


ゴツン!

本日三度目の拳骨を食らう劉邦に、さすがのバッシュも慶司も口が開いたまま唖然。
「まーだそんな事をぐちぐち言ってるのかい!?それじゃああんたが大嫌いな宦官と一緒だね!張が最期に残した言葉をもう忘れたのかい?!中国と日本がいつか和解できる世界を作ってくれ。そう残してくれたじゃないかい!」
「…!」
呂雉のその言葉に慶司が目を見開く。一方、胸倉を掴み上げてくる威勢の良い彼女に劉邦は外方を向いてばかり。
「それは張の個人的考えであり、私はそんな世界を望んでいない。忘れたのか呂雉。我々の祖先は過去にジャップ共から菌の実験台にされ、女子供は弄ばれ侮辱され続けてきた。そこに人権など存在しなかった。それを今許して友好関係を築けと言うのは呂雉貴様も張も非国民同然だ。まさかそんな昔話いつまでも気にしているな、と言うんじゃないだろうな」
「ああ言うよ!でもね、あたいはそんな無責任な意味で言うんじゃないよ!そうやって前を向けないから戦争が無くならないんだって言いたいんだ!日本だって米国に黒い雨を降らせられた。それを今も憎しむ人がいたって仕方ない。当然さ。けど、だからと言って日本はまた米国との戦争を起こしているかい!?違うだろう!憎しみで争いを起こしていたら、また国民が血を流すんだよ!あたいはその繰り返しを早く断ち切りたいんだ!本当に心の底から母国が好きならもうこんな争いはやめよう。宦官は今、ルネの捕虜だ。劉邦。あたいと一緒にルネを追っ払ってもう一度国を建て直そう。日本も返してあげよう。やられたらやり返してばかりいたら何も始まらないんだよ」
「…勝手にしろ」
呂雉の手を振り払うと劉邦は機体へと歩いて行ってしまうから慶司はハッ!として彼を追い掛ける。だがバッシュが止めに入ろうとする。
「待て貴様!まだ話が、」
「悪かったね君」
「…!」
慶司の前に立ったのは呂雉。目を垂れ下げて優しく微笑む彼女に心が揺らぎそうになるが、拳を握り締める。
「其処を退け!僕はそんな甘い言葉に騙されない!」
「そうかい。じゃあこうしたらあたいが日本と和解したい気持ちをちょっとは信じてくれるかい?」
「なっ…!?」


チャリン…、

何と呂雉は中国軍戦闘機3機の内、1機の戦闘機の鍵を慶司の右手に握らせたのだ。慶司は開いた口をパクパクさせて言葉が出てこない。





















一方呂雉は慶司の後ろに立っているバッシュに顔を向けて、オバサンさながらに彼の背中を笑いながら豪快にバシバシ叩く。
「あんた劉邦の部下の子だろう?えぇと…」
「あ、バッシュ。アンデクラウンド代表っす」
「そうそう!バッシュね!劉邦から話はよく聞いているよ!今時の生意気で頭の悪い若造だけど、負けん気だけは人一倍だってね!」
「それ、貶してんすか…」
「あっはっは!まあまあ!気にする事無いよ!あの人ああだけど、あの人が他人の話をするなんて今まで無かったからね。何だかんだ言って連盟軍の人達の事を気に入っているんだよ!」
「俺以外の人の事は気に入ってたと思いますけどね。ていうか、中国軍の人っすか?兄さんとどんな関係が…」
「あたいかい?あたいは中国軍大尉呂雉!劉邦の元嫁さ!」
「え"え"え"!?兄さん結婚してたんすか!?」
「劉邦から聞いていなかったのかい?あの人ウブだからねぇ〜!」
照れくさそうにピンクに染まった頬に右手を添えて左手でバッシュの背中をバシバシ叩く呂雉。その時。


カッ!

弥彦山の向こう海岸沿いから一筋の白い光が辺り一帯を照らした直後…


ドン!!ドンッ!!

「っ!?」
「くっ…近いね…!」
さっきまでまだ遠いと思っていた爆発音が山を越えた向こうの海岸から聞こえ出したから、迫り来る危機に鼓動が大きく鳴る。
「ルネ軍…!!」
頭上を旋回していった1機の黒い機体をしっかり捉えた慶司は、震え出す己の体を拳を強く握り締めて何とか堪える。一方のバッシュと呂雉はルネ機を見ていなかった様子。
「ルネかい!?」
「若!ルネだったのか!?」
「じゃあ早く此処から脱出しないと!日本人の坊や!その鍵を機体に差し込んで…あ!ちょっと!何処行くんだい!?」
呂雉の話も尻に聞かせた慶司は旅館へ走って戻って行く。旅館へ入る際、顔をバッシュと呂雉に向けた。
「僕には守らなければいけない国民が居る!この鍵は有り難く貰っておく!中国軍の女性、アンデクラウンドのバッシュ。お前達2人が言ってくれた言葉を胸に、僕は日本を守る。だから次会う時…友好関係を築く時までに死ぬな」
力強い眼差しで口は笑みながら敬礼した慶司は2人の返事は待たずに旅館へ戻り、姿を消してしまった。
「若!おい!」
「バッシュあんたは連盟軍の仕事があるんだろう?」
慶司を追い掛けようとしたバッシュの服を後ろから引っ張る呂雉。
「あたいと劉邦は今からルネ軍に占拠された母国へ向かうよ」
「え!ルネが中国に!?」
「手伝ってくれないかい?良いだろう?」
慶司の分の機体1機を残して劉邦と呂雉は2機の中国機に乗り、バッシュはジェファソンがくれた自分の機体に乗って赤い日本の空を西へと飛び立って行く。バッシュは名残惜しそうに日本を見下ろしていたが。
「劉邦!?あんた何処へ行くつもりだい!?」
「兄さん!?」
すると突然、2人の列から反れて猛スピードで戻って行った劉邦が乗った機体。呂雉が通信を繋げても劉邦が通信を開いてくれないからイラ立っていると…
「ちょ、何やってんだいバッシュあんたまで!」
案の定劉邦を追い掛けて戻って行ったバッシュの機体に、呂雉は額に手をあてて深い溜息。
「はぁ…これだから男ってのはお子様なんだから!」












































旅館の外―――――


ドン!ドンッ!

「ルネ…やっぱりか…」
灯りが点いていては此処に人が居ると敵に教えているも同然。だから敵に見つかるのを防ぐ為、旅館の灯りを全て消して全員を旅館の外へ出させた慶司。外は焦げ臭さがさっきより増している。
「うわあああん!」
「エミリー大丈夫ですよ。パパとママが居るでしょう」
鼓膜が破れてしまいそうな爆発音に泣き喚くエミリーを抱きながら耳を塞いであげてあやすマリー。その隣には、ガタガタ震えて日記帳を抱き締めるアンネの耳を塞いであげるジャンヌ。灯り一つ無い真っ暗な外…のはずなのに、遠くからの戦火の炎で昼間の明るさとは違った生々しく赤く染まる空が明る過ぎる。
「それで、その戦闘機を日中友好を築きたい中国軍の人がくれたの?」
「ああ。だけど、それ以外僕達の戦力は旧式の日本軍戦闘機数機と…ヴィヴィアンお前が先日のルネと中国の抗争で奪取してきたルネ軍戦闘機しかない」
「じゃあ慶司君はその中国機に乗って、僕はルネ機に乗って今から一緒に戦いに行こうか」
「それは駄目だ!」
「え?どうして?」
キョトンとして首を傾げるヴィヴィアン。
「僕は民間人の皆さんをまず弥彦山へ避難させる。その後に戦闘機で参戦する!」
「そう。分かった。じゃあ僕が先行部隊ね」
「ちょっとヴィヴィアン!あんた簡単に言うけど、マリー様とエミリーちゃんを残していって心配じゃないの!?」
話を割って入ってきたのはジャンヌ。ヴィヴィアンは立ち止まり、ジャンヌを見てからマリーに顔を向ける。するとマリーがジャンヌの前に立って微笑むから、ジャンヌは目を丸める。
「大丈夫ですわ。不安が無いと申してしまったら嘘になってしまいますけれど…。ヴィヴィ様を信じて待っています」
「マリー様貴女…」
ジャンヌがあの日マリーに"ヴィヴィアンを信じてあげて"と言った言葉をマリーが覚えていてくれた事にジャンヌは驚きつつも微笑む。
「分かったわ!ヴィヴィアン!あんたが帰ってくるまで私がマリー様とエミリーちゃんを守っててあげるわ!ラヴェンナも探して見つけ出しておいてあげる!」
「そう。それは頼もしいね」
にっこり返事するヴィヴィアンはラヴェンナの事も全てを知っているのに…何も知らないかの如く笑顔で振る舞う彼に、総治朗は恐ろしさを感じていた。
























「では皆さん、僕の後について来て下さい。河西さん申し訳ありません。皆さんを先導するのを手伝ってもらえませんか」
「合点承知!けーちゃんの頼みとあれば!」
バチン!と河西からのウインクを苦笑いで回避する慶司だった。
「山の奥へ進めば進む程暗いですから足元には気を付けて下さい。急ぐ気持ちは分かりますが、ゆっくり行動しましょう」
「あ、あの、殿下…!」


ピクッ…、

後方から聞こえた中学生の頃から聞いていた声に慶司は反応するが、振り向いてはやらない。声を掛けたのは総治朗。
「私は何をすれば宜しいで、」
「新田見君。ちょっと僕の隣に来てくれるかな」
「…!は、はいっ!」
今まであからさまに自分を避けていた慶司に必要とされた為、生き返ったかのように目を輝かせて喜ぶ総治朗。隣の梅も、彼の顔を見上げて自分の事のように喜んでいる。総治朗が梅を連れて慶司の隣に立った瞬間。


ぐっ、

「け、慶司さん?!」
「!?」
梅の右腕を引っ張り自分の方へ引き寄せる慶司。そのあからさまな態度は確実に梅を総治朗から引き離している。
「で、殿下…?」
「梅姉様に近付いて殺めようったって、僕には全部分かっているんだよ新田見君」
「…!!」
決して顔も体も向けてはくれず酷く冷たい言葉を吐き捨てる慶司。総治朗は目を見開く。一方梅は慶司の黒い着物に爪を立てて必死に否定する。
「な、何を訳の分からない事を仰っているのです慶司さん…!総治朗さんが私の事を…?どうされたのです慶司さん!どこか具合が悪いのですね…!?」
「もう大丈夫です梅姉様。皆さん行きましょう」


ザッ、ザッ…

山道を歩いて行く慶司や梅達の話している会話の意味を理解している…いや、全てを慶司から聞かされた為知っているのだろう。後ろに続く日本人民間人達は、其処で1人呆然と立ち尽くしている総治朗の脇を通り過ぎる際。まるで汚いモノを見下す視線を彼に向け彼を避けながら、慶司達の後に続いて山道を登って行った。


ぎゅっ…、

腰に括り付けた刀ムラマサの柄を震える右手で握り締める総治朗は俯き、唇を噛み締める。そんな彼らの会話の内容や彼らが総治朗に対して冷たい態度をとる理由がさっぱり分からないマリーとジャンヌとアンネはオロオロと心配している。見て分かる程ガタガタ震える総治朗に声を掛けたのはジャンヌ。
「総治朗君…大丈夫…?」
「…じょ…ぶ…です…」
消え入りそうな声で返事をし一礼をすると、彼女らの前を1人で歩いて行った。
「どうされたのでしょう新田見さん…」
「……」
ジャンヌの脳裏には昨日の朝、心此処に在らずで酷く思い詰めた顔をしていた慶司の姿が思い出されていた。































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