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症候群-追放王子ト亡国王女-
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チュンチュン…

雀の囀りと障子戸の隙間から室内へ射し込む陽射し。夏という事もあり、早朝にも関わらず陽射しは強く暑い。薄ら汗ばむ体で寝返りを打つ梅が陽射しの眩しさに目を閉じて「うーん…」と唸っていると左肩にポン、と手が乗った。眠い目を渋々開けて後ろへ寝返りを打つと寝呆け眼のぼやけた視界がだんだんはっきりしていき、肩を叩いた人物の姿がはっきりと映る。
「おはようございます。もうすぐ朝食のお時間ですよ」
「〜〜!お、おはようございます総治朗さんっ!」
「よく眠れましたか?」
「ええ!充分過ぎるくらい!」
「それは良かったです」
意外にすぐ近くに居た総治朗を梅の瞳がしっかりはっきり捉えれば瞬時に布団の上に正座した梅は顔を真っ赤にして頭をペコペコ何度も下げるから、よく分からないけれど彼も同様に何度も頭を下げた。梅は自分の口に左手を添えて、彼から目を反らす。


ドクン、ドクン…

高鳴る鼓動と妙な冷や汗をかきながら。一方の彼はそんな梅とは対照的に、笑っているのに瞳は何処を見ているか分からずもの寂しい雰囲気。目の下にできた隈も誰が見ても分かる程。
「あの…昨日はすみませんでした…。もう一度よく考えてみたのですけど梅さんの気持ちはありがたいんです。でも私と居ると梅さんまで共犯者に思われてしまうから、その…。私は梅さんとお付き合いしてはいけないと思うんです」
その言葉に、火照っていた梅の顔もすっかり冷め神妙な面持ちに切り替わると同時に昨晩の血に濡れた彼の白い羽織を思い出す。一瞬身震いがして不安に押し潰されそうになったが梅はぎゅっ…と唇を噛み締めて顔を上げる。
「総治朗さん」
「はい…」
「せ、接吻までしておいてやっぱりお付き合いはやめましょうって何ですの!?あ、あまりにも無礼でしょう!!」


ビシッ!

指まで差されて言われたら神妙な面持ちも一変。一瞬にして総治朗は顔と耳まで真っ赤にし冷や汗を流して目をぐるぐる回して、正座をしたまま肩を上げて畳にばかり視線を向けていて梅とは一切目が合わせられない。
「あ、あれは梅さんから…!」
「わ、私のせいにするのですか!貴方は殿方でしょう!女性のせいにするなんて!!」
「え!いや、そういう意味じゃないんですけど…というかもうこの話題勘弁して下さいっ!すっごく恥ずかしいんで…!」
真っ赤な顔を隠すように両手の平で覆う彼を、梅がクスッと笑う。
「ふふっ。でもそういうところが総治朗さんらしくて素敵ですわ。わたくしの方こそすみませんでした」
「い、いえ。こちらこそすみません…」
























「あら?」
はらり1枚。彼の着物の懐から畳の上に裏返しで落ちた小さな1枚の写真。それを手に取って見た梅は目を丸める。
「これは妹さんですか?」
「え?」
ようやく顔から手を離した彼が梅に目を向ける。梅は彼の妹『亜実』がピースをして白い歯も覗かせて笑う写真を見ていた。
「そうです」
「おいくつですの?」
「8つです」
「まあ!とても可愛い盛りですね」
「はい。私と亜実は父親が違うので…。亜実の父親は母のお腹の中に亜実が居る時に別れてしまったので亜実は父親というモノを知らないのです。だから私が兄であり父親であり…そうなれたら良いなと思っていたのですけど…」
梅から返してもらった写真を見つめる彼の瞳はとても愛しむようでそれでいてどこか寂しい。この瞳は儚過ぎてあまり見たくない。きっとこの後に彼が発する言葉は、田村を殺めた自分はもう妹に顔向けできない…という内容の物だろう。だから梅はわざとこの話をこれ以上させないように出る。現実から目を背けるのだ。
「私も是非お会いしたいです。妹さんに」
彼はパッ!と顔を上げて嬉しそうに笑う。
「本当ですか?亜実も喜びます。梅さんだけでも亜実に会ってあげて下さいね」
その時彼の肩越しから何気なく中庭に目を向けた。
「…!!」


ビクッ!

梅が顔を青くし肩を震わせた光景それは、窓の向こうに広がる美しい中庭日本庭園に無数の真っ黒い烏達が居てこちらをジッ…と見ていたのだ。梅は言葉が出なかったが、彼女が妙に肩を震わせていたので不思議に思った彼は首を傾げる。梅の視線の先を見る為、自分の後ろにある中庭に顔を向けた。だが其処にはいつもの美しい中庭が広がっているだけで、あの烏達は忽然と姿を消していた。
「あ…あら!?あの烏達は一体…」
「…?どうかしましたか梅さん」
「い、いえ…何でもありませんの…」
「?」

































母屋1階廊下――――

「良かったじゃない!おめでとう!」
母屋1階廊下の曲がり角。梅と立ち話をしていたジャンヌは梅からの嬉しい知らせを自分事のように喜んで梅の肩を叩く。
「私の手伝いなんて要らなかったわね!」
「そんな事無いわ。ジャンヌが背中を押してくれたお陰よ」
「まったまた〜!で!どっちから告白したの?!」
「うーん…どっちからっていうか…」
「てかさ!昨日梅の侍女の人がずっと梅の事探していたんだけど、昨晩梅が総治朗君の所に居たって本当?!ヒューヒュー!」
「なっ…!そんなんじゃないわよ!茶化すのはおやめなさい!ま、まだそのキス止まりだし…!」
「え"!?まだじゃないわよ!昨日付き合って昨日もうキスって何やってんのよ!日本人が恥ずかしがりって噂は嘘じゃない!」
「え?何その噂!?…でもまあ…色々あったのよ。ええ、色々…」
「?」
たった今まで興奮状態だった梅もあの現実を思い出したら突然目線を下げてしゅんとしてしまう。
――あの事があったから私は今総治朗さんとお付き合いできたわけで…。しかもあれは私が一方的にした事だし…。総治朗さんは優しいから断れなくてせがまれるままに受け入れてくれただけで…。本当は総治朗さん、私の事を何とも思っていないんじゃないかしら…?――
突然黙り込んでしまった梅にジャンヌは首を傾げる。
「どうしたの梅?」
「梅さん」
「…!総治朗さん!」
背後から声が聞こえれば、梅のさっきまでのしゅんとした表情は何処へ。パァッ!と明るい顔をして振り向けば其処にはこちらへ歩み寄る総治朗の姿がある。板張りの廊下をギシギシ鳴らして歩き梅の隣に立つとジャンヌに一礼をするから、お辞儀の習慣が無いジャンヌもつられて一礼をする。
「梅さん。朝食の準備ができましたよ」
「分かりました!じゃあまた後でねジャンヌ」
梅がジャンヌに手を振り総治朗はまた一礼をすると2人は背を向けて廊下を歩いて行った。
「いいなぁ〜幸せそう」
「へぇ。ああいうのに憧れるんだ」
「んなっ…?!勝手に人の背後に立たないでよ!気持ち悪いわね!」
後ろを振り向けば、いつの間にか立っていたヴィヴィアンが居たからジャンヌは嫌そうに顔を歪めて一歩離れた。
「そういえば君の夢。お嫁さんになりたいんだっけ?」
「ちょっと!何笑いながら言ってんのよ失礼ね!で、できればってだけよ!」
「そうだね。君を嫁がせるなんて相当忍耐強い人じゃなきゃ無理だろうからね」
「どういう意味よ!」
顔を真っ赤に染めて怒鳴るジャンヌの脇を笑いながら通って梅達が歩いて行った方をヴィヴィアンが歩いて行くから、ジャンヌは首を傾げる。この先は皆が食事をとる広間なのだ。
「…?あんた朝食は離れで食べるんじゃないの?」
「マリーは昨夜のラヴェンナの件で体調を崩したから、今エミリーと一緒に離れで寝ているんだ。だから起こさないように僕は母屋へ来ているってわけ」
「……。大丈夫なの?マリー様達から離れていて…」
"ラヴェンナ"その名を聞くとジャンヌも珍しく神妙な面持ちになる。だがヴィヴィアンは相変わらず軽い調子。
「平気だよ」
「そんなの保証できないじゃない!ラヴェンナだって…。…っ!何処行ったのよラヴェンナ…!」
立ち止まり俯いてしまったジャンヌに、ヴィヴィアンも足を止めて彼女に顔を向ける。ぎゅっ、と握り締めた彼女の拳は小刻みに震えていた。












































同時刻、
母屋1階廊下――――

朝食をとる為広間へ向かい1人で廊下を歩く慶司。

『やましい事が無ければ自分が呼びに行った、って言えるんじゃない?でもそうちゃんは自分が神社へ行った事をあたし達に言わないの』
『だから万が一の時はあたしに任せてちょうだい。けーちゃん貴方には酷(こく)過ぎるわ。親友を討てだなんて言わない。だからその時はあたしがそうちゃんを…』

「くそっ…!」
下を向き眉間に皺を寄せ歯を食い縛り、血管が浮き上がる程拳を強く握り締めたまま曲がり角を曲がった時。


ドン!

前方不注意。反対側から角を曲がってきた人とぶつかってしまった。慶司はぶつけた額に手を添えてゆっくり顔を上げる。
「ごめんね!大丈夫だった?」
其処にはぶつかった相手ジャンヌが立っていた。その隣にはヴィヴィアン。大して痛くないというのに酷く心配してくるからジャンヌから慶司は目を反らして、
「大丈夫です。僕こそすみませんでした…」
元気の無い声でそう言うとまるで2人を避けるように脇を通って行ってしまった。そんな慶司の元気が無い理由を知っているヴィヴィアンはただその背をジッ…と見つめて見送る。すると、ヴィヴィアンの前を1人の人影が通り過ぎていった為ヴィヴィアンは目を見開く。
「待って慶司君!」
ヴィヴィアンの前を通り過ぎた人影の正体であるジャンヌが慶司の右腕を後ろから掴むが、彼は背を向けて黙ったまま。だから心配をしたジャンヌが彼の脇から覗き込むように顔をひょっこり覗けば、彼は驚いてギョッ!と目を見開き頬を薄赤らめる。
「なっ…何ですか」
「何ですかじゃないわよ!何かあったの?元気無いじゃない」
「……。別にいつもと変わりありませんよ」
「嘘!」
「え?」
彼にビシッ!と右手人差し指を差すジャンヌ。
「嘘よ。咲唖もそうだったけど、慶司君は咲唖に似てる。心配かけたくない事があるとそうやって笑うの。ねぇ。何かあったの?昨晩の事?」
「いえ、本当何でもないんで…大丈夫です」
慶司はジャンヌの腕をそっ…、と放して歩き出してしまうから、ジャンヌは彼の前に立って両肩をがっちり掴んでこれでもかという程掴む。そんな彼女らしい強引なやり方を後ろから見ているヴィヴィアンは呆れて鼻で笑っていたけれど。
「何かあったなら口にしなきゃダメ!私は咲唖の時みたいに二度と同じ鉄は踏みたくないの。だから何か悩んでいる事とか不安な事があるなら言って!誰かに聞いてもらったり口にするだけですっきりするものなの!慶司君は咲唖みたいに1人で抱え込まないで。お願い!」
目を反らしたい程(と言っても慶司は反らしているが)慶司の目を見つめてくるし両手をギュッ!と握ってくるものだから慶司は変な汗をダラダラかいて顔は勿論、耳まで林檎のように真っ赤。


ポン、

慶司の右肩に手が乗る。嫌味なくらいとっても笑顔のヴィヴィアンの手が。
「じゃあ邪魔者はそろそろこの場を去る事にするね」
「は、はあ?!ヴィヴィアンお前は何を訳の分からない事をっ…!」
「慶司君!私の目を見て!しっかり!!ほら!溜め込んでちゃ病気になっちゃうわよ!」
「え、えええっ、ぼ、僕はあのっ、そのっ!!」
「後は2人でごゆっくりどうぞ」
「ほら、慶司君!」
「〜〜!!すみません!!僕にはそのっ…色々辛いんですこの状況!も、もう無理ですっっ!!」
「あ!ちょっと!慶司君!?」
ヴィヴィアンとジャンヌの間に板挟みでついに耐えきれなくなった慶司はジャンヌの手をと放せば、2人の脇を通って廊下を駆けて逃げて行ってしまうのだった。





















「おかしいわ。やっぱり何かおかしい。あんなのいつもの慶司君じゃないわよ」
「あははは」
「!?ヴィヴィアンあんた何で笑ってんの?!人が悩んで苦しんでるのよ?!…ああ、あんたはそういう冷酷な性格だったわね!」
「いや、ベルディネ。君のお陰で慶司君少しはその悩み事から解放されていたみたいだよ」
「はぁ?どこがよ!あんなになって逃げ出すくらい辛かったのよ!?辛いです、って言ってたじゃない!聞いてなかったの?!」
「あれは別の意味の"辛い"だと思うんだけどなぁ」
「呆っきれた!やっぱりあんたはとことん人の痛みが分かんない奴ね!」
「ベルディネ」
「何よ!!」
呼ばれて、目尻をピクピク動かして振り向くジャンヌ。
「良かったね。君にも春が来そうだよ」
「はぁ?今は夏じゃない。何言ってんのよ」
「いや、別に?嗚呼もうこんな時間なんだね。せっかくの朝食が冷めてしまわない内に行かなきゃ」
いかにも貴公子張りの作った笑顔で微笑み掛けてくるヴィヴィアンの前を「ふんっ!」と外方を向いて広間へ歩いて行くジャンヌだった。

































朝食後――――

「ふぅ〜お腹いっぱい!あら?慶司君は?」
アンネの手を引いて満腹のお腹を擦りながら着物姿で広間から出てきたジャンヌが辺りを見回す。
「慶司お兄ちゃんならご飯食べてすぐ出て行っちゃったよ」
「そう…」
――やっぱり心配だわ…――
「アンネ。先にお部屋で待ってて。私ちょっと慶司君と話したい事があるの。いい?待ってられる?」
「うんっ!昨日書き忘れちゃった日記を書いて待ってるね」
「良い子ね!」
頭を撫でれば、出会ったばかりの頃とは別人なくらい血色の良い顔色と唇の色をしていてそして子供らしい笑顔のアンネが見れたからジャンヌの胸の奥が暖かくなった。
パタパタ足音をたてて去って行くジャンヌの事を、広間から出た総治朗がどこか哀しそうに見ている。
「殿下、もしかして…」


ギュッ…!

隣で梅が彼の左手を自分の両手で握り締める。
「大丈夫ですよ、総治朗さん…」
そんな2人の事を少し離れた所から腕を組んでただジッ…、と見ているヴィヴィアンが居た。


































縁側――――――

「くそ…!くそっ!!こんな浮ついた事を考えている場合じゃないだろうしっかりしろ僕!!」
さっさと朝食を済ませて広間を後にした慶司は今、日本庭園の美しい中庭に面した縁側に1人胡坐を組み腰を下ろしていた。自分の頭を抱えて下を向いているその顔は真っ赤。目を強く瞑っている。総治朗の真相やこれからのルネや中国との事そしてこれからの日本の未来を考えなければいけない。なのに、それらを考えようとすればする程ジャンヌの事が頭から離れなくなる浮ついた自分が恥ずかしくて同時に情けなくなって、腰に身に付けている刀を思わず引き抜く。


キィン!

「こんな僕は日本男児失格だ!!こんな浮ついた僕が日本を独立させ尚且つ建て直せるわけがない!!そうなれば最後の手段は…!」
引き抜いた刀を両手で持ち刃先を自分に向けてすぅっ…と息を吸い、目を瞑った。


ガシッ、

「!?」
「何思い詰めてんだよ」
刀を誰かに取り上げられハッ!と目を開けば、隣にはいつの間にやって来たのだろうバッシュが立っていた。
「か、返せ!」
取り上げられた刀へ慶司が手を伸ばせば、ひょいひょいと刀を取らせないようにしてくる彼にカチンとくる。
「返せと言っているだろう!」
「なら、今やろうとしてた事もう一生やろうなんて思わねぇって言うんなら返してやるよ」
「っ…、」
「自分が駄目な奴だとかどんなにいつも明るく振る舞ってる奴だって誰だって思うって。だからってそこで自分から逃げ出したらマジで駄目な奴で終わるんだよ」
「くっ…お前のような異人に説教をされるなんて屈辱だ!」
「ならもうお説教されねぇようにするって言えるか?」
「くっ…、分かった…」
蚊の鳴くような声でしかも下を向いて言ったが確かにそう言ったから、バッシュは笑顔で刀を返す。
「ほらよ」
「ふんっ!」
差し出したら乱暴に奪い返す慶司にバッシュは隣で胡坐を組んで座り、笑う。























「ははっ、お前本っ当素直じゃねぇのな」
「悪かったな。生まれつきの性分だっ!」
「だろうな。さっきだってあの茶髪の子に素直に好きですー!って言えなかったしな!」
「っ!?」


バッ!!

勢い良くバッシュの方を向いた慶司は目が泳いでいて顔は真っ赤。
「なななな、何を訳の分からない事を言っているんだお前はっ?!」
「ははは!声裏返ってるし!」
「べべべ別に裏返ってなんていないだろっ!!」
「なあ、若。お前あの子の事気になってんの?ぶっちゃけ好きなの?」
「ニヤニヤするな!気色悪い!!それに何だその変な呼び方は!」
慶司は顔を見られぬよう下を向くが肩がプルプル震えているから、バッシュは面白がってとことんからかう。後ろに仰け反りながら後ろに両手を着いて。
「イーじゃん。だってお前日本の大将なんだろ?だから若、な!」
「別に僕は…!」
「今はまだ此処は安全地帯だけどどうせまたすぐ戦闘になるんだから今の内に告っとけよ!そんで、少しでも一緒に居られりゃイーじゃん!」
「だから僕は断じてそんな浮ついた事を考えてなんていない!!」
勢い良くバッシュの腕を振り払い顔を上げる慶司は明らかに怒っていて顔が真っ赤なのだが、赤い理由の半分は恥ずかしいといった感じがする。バッシュは瞬きをしてからいつもの調子で笑うから慶司は調子が狂ってしまう。
「何だ!お前はいっつもそうやってヘラヘラ笑って!少しは真面目になったらどうなんだ!」
「はは、そうだよな。よく言われるよ。まあさ、一緒に居られる時くらい大事な人に素直になっておいた方が良いぜ。一生一緒に居れるなんて保証無いんだからさ」
「?」
静かに立ち上がるバッシュは雲一つ無い快晴の夏空を見上げた。憂いを含んだ瞳で。
「惚れた女の事は何があっても守れよ。もしもその女が自分の敵になったとしてもだからな」
「…?お前はさっきから何を言って…」
「あ!そうそう!若の好きな茶髪の子って名前何て言うん?」
珍しくしんみりしていたかと思えば、パッ!とこっちを向いたバッシュは180°切り替わっていつもの笑顔に戻っていたから、慶司は彼のさっきの言葉の意味が分からないままだった。
「え。ああ、あの人の名前はジャンヌさんといって…って!!好きとかそういう事じゃなくてだな!!そ、それよりお前!アメリカ軍から戦闘機を要請できたのか!?」
「OK!おーいジャンヌ!若がお前と2人っきりで話したい事があるんだってさー!」
「え?!は!?ええ!?」
居もしないジャンヌの事をバッシュが手を大きく振って呼ぶから、最初は不思議に思っていた。だが背後でミシッ…と床の軋む音がしたから後ろを振り向けば、何と其処にはジャンヌが立っていたものだから慶司は目を見開き顔と耳とにかく全身が真っ赤。漫画のキャラクターのように汗がひっきりなしに流れている。




















ガシッ!

バッシュの肩を掴んで大きく揺らす慶司の目は恥ずかしさでぐるぐる回っている。
「おおおおいっ!何勝手な事を言っているんだお前は!!それに気安く呼び捨てするな!ジャンヌさんに失礼だろ!少しは礼節を弁えて、」
「慶司君!やっと話してくれる気になったのね!」
「え?!あっ、ジャンヌさん?!」
キラキラ目を輝かせ嬉しそうに慶司の隣に腰掛けるジャンヌとの距離が30cmも無いからドキドキしてしまう慶司が後ろへジリジリ下がるが…


ドンッ!

「わ?!」
「じゃ!後は2人で仲良〜くな☆」
後ろからバッシュに背中を押されてしまい、危うくジャンヌに倒れかかるところだった慶司は遂に堪忍袋の緒が切れてバッシュの方を振り向く。だが既にバッシュはこの場から去っていて姿は無かった。
――うう…!どいつもこいつも余計な事ばかりして!これだから欧米人は節度が無いんだ!そ、それに僕は別にジャンヌさんの事はそのっ、そのっ…!姉上の御友人で、姉上が助けてあげてくれって言っていたからであって別にそういう気は…気は…!!――
「慶司君風邪ひいてるの?」
「ふえっ?!な、何でですか!?」
顔を覗き込まれ、びっくりして思わず後ろへひっくり返りそうになったが何とかセーフ。
「顔真っ赤よ!ついでに耳も!」
「〜〜っ!!べべべ別に!元気ですよ?!」
「嘘よ!手がこんなに熱いじゃない!」
「〜〜!!」
――これだから欧米人は!!どうしてそう恥ずかし気も無く他人の手を握る事ができるんだ!?――
慶司の右手を両手で包み込むようにぎゅっ!と握ってくる彼女に、慶司は倒れる寸前。目は渦巻きのようにぐるぐる回りっぱなし。





















「きっと疲れているのよ。戦ってばかりじゃない。まだ17歳なのにたくさんのものを背負って体も心も疲れているのきっと。だから、悩みとか不安な事があるなら打ち明けて良いのよ。私は大切な人をもう失いたくないわ」
「…!」
切なそうに目を細めるジャンヌを見ていたら、彼女が自分の手を握ってくれた意味を履き違えている自分の愚かさを痛感して情けなくなる。顔から赤みの引いた慶司は再び真剣な顔付きに戻ると、ジャンヌの両手をそっ…と放す。彼女はやはり切なそうに顔を上げて見つめてくる。慶司は緑が美しい中庭に顔を向けた。
「お心遣い感謝します。でも僕は本当に悩み事や不安な事はありませんから…安心して下さい」
「だからそうやって咲唖みたいに笑わないで!咲唖がたくさんの事を1人で抱え込んでいた事に私は気付けなかったから今度は…慶司君を同じ目に合わせたくないの!」
「ありがとうございます。でも、もし本当に悩み事や不安な事があったとしても僕は日本男児…。女性に打ち明け甘えるような事は自分が自分で許せないので、それだけは曲げられません」
咲唖によく似ている笑顔で微笑み掛けられたら、ジャンヌはもう何も言えなくなってしまった。
「慶司君あのね、」
「ジャンヌさん。僕からも一つ、質問をしても良いですか」
「え?うん。良いわよ!何でもこいよ!」
ドン!と胸を叩く彼女に、ははっと笑う慶司。
「ヴィヴィアンと共に行動をしていて恐くはありませんか」
「え…」
予想もしなかった問いにジャンヌは唖然。どんなに見つめても慶司は中庭に顔を向けていてこっちを見てはくれない。
ジャンヌは視線を下げて目を泳がせている。
「私は…あいつが私の母国を滅ぼしたルネベル戦争の指揮官だったって知った時からずっとあいつの事が憎くて…同時に恐かった…。あいつは平気で嘘を吐くし、嘘の笑顔も嘘の演技も得意で、いつも人を見下して嘲笑っているから本当のあいつが分からなくて恐いと思った事もいっぱいあった。…でも1人になった私と一緒に行動してくれたしあいつはあいつで陰があって…な、何て言うのかな。放っておけないの!おかしいわよね?あいつにはマリー様が居るし、あいつは私の国を滅ぼした奴なのに。…信じてみたいの。ベルディネを再建させるって言ってくれた言葉を。平和の為に自分を変えるって言った言葉を。ま、まあ!どっちも実行してくれなかったらあんな奴、私が後ろからバーン!って銃で仇討ちしちゃうんだけどね!」
肩を上げて頬を薄らピンクに染めて話すジャンヌに顔を向けても彼女が自分の方に顔を向けてはくれなかったけれど、慶司は優しく微笑んでいた。
「良かったです」
静かに立ち上がった慶司は中庭に背を向ける。ジャンヌが彼を見上げるが彼はこちらを向いてはくれず。
「でももしもヴィヴィアンがまた嘘を吐いた時は安心して下さい」
「え?」
そう言い残して後ろは振り向かず去って行った慶司。昼間なのに暗い廊下の奥へ姿を消してしまった。1人になったジャンヌは慶司が残した言葉の意味が分からず首を傾げる。ふと空を見上げたら、雀が群れをなして飛んでいく姿が海のように澄んだ水色の瞳に映った。
「綺麗な空…」








































離れ―――――

「マリー」


カタン…

離れの引き戸を開けてやって来たヴィヴィアン。マリーはエミリーと一緒に布団で寝ているところだったが、彼の声に目を覚ますと寝呆け眼に彼を映す。
「ヴィヴィ…様…?」
ヴィヴィアンはマリーの傍に腰を下ろす。エミリーは寝ているから、口の前に人差し指を立てた。
「具合は良くなった?」
「は、はい…」
「少し、君と話しがしたいんだ。良いかな?」




























離れ中庭――――

母屋の中庭より幾分狭い日本庭園を前に、縁側に腰を下ろす2人。やはりマリーはまだ警戒しているようでヴィヴィアンの隣に1人分のスペースを空けて腰を掛けている。
「マリー。今までたくさん辛い思いをさせてごめんね」
「……」
「僕は君に酷い事を言ったし酷い態度も見せた。君が嫌いな嘘を今までずっと吐き続けてきた。本当ごめ、」
「ヴィ、ヴィヴィ様はいつも同じ事を仰っていますわ…!」
「え?」
マリーに顔を向けるが彼女は下を向いたまま。肩を震わせていた。
「そうやっていつもいつも謝ってまた同じ事を行ってまた同じ言葉で謝ってまた残酷な事を行って…その繰り返しですわ…!」
「…そっか。そうだね。そうかもしれない。いや、そうなんだろうね。言われているマリーがそう言うんだからそうなんだ。本当…ごめんね。あはは。どうしよう。やっぱり同じ言葉しか出てこないよ。心から謝っているのに、今までたくさん嘘を吐き過ぎたせいでこの謝罪もマリーに嘘だと思われても仕方ないね。僕自身どの自分の心が本当でどれが嘘なのか分からないよ。自業自得だね」
口は笑っているのに俯いた彼の声がどこか擦れていたから、マリーはハッ!として急に不安になって彼の方を向いた。
「慶司君と話したんだ。これからはもう私利私欲の為に戦うんじゃない。平和の為に戦って話し合って解り合うんだ。本当はマリーが望む争いの無い解決法も考えたけどそれは無理に等しいからまた戦う事になるけど、ごめんね。でも極力話し合いで解決できる方向に持っていくように頑張るから」
「……」
「信じてほしいとか、また好きになってほしいって言っているんじゃないよ。もう信じてもらえない事も好きになってもらえない事も分かっているよ。あはは駄目だ。これじゃあまた演技してるって思われちゃうね。同情してほしいんでしょ?って思われちゃうね。本当駄目だな、僕は。兄上の事や皆の事を低能だ低能だって言ってきたけど、一番大事な人にすら信用させてあげられない僕が一番低の、」


ぎゅっ…、

彼の右手をマリーの暖かい両手が包み込むように握り締めた。彼は俯いたまま。彼女は澄み渡る青空を見上げたまま。






















「御存知ですか、ヴィヴィ様」
「……」
「嘘を吐くよりも演技をするよりも、女性の前で涙を見せる男性の方がかっこ悪いんですよ」
「っ…、ごめ、」
マリーは静かにヴィヴィアンの肩に寄り添う。目を瞑った彼女はとても穏やかに微笑んでいた。
「やっとヴィヴィ様のかっこ悪いところが見れましたわ」
「…?」
「ヴィヴィ様はいつも強くてかっこ良くて余裕の表情を浮かべていらっしゃったので心配でした。だってご自分にまで嘘を吐いてしまったらご病気になってしまいますもの。これからはわたくしにはかっこ悪いところ見せて下さいね。あ。でもヴィヴィ様が宜しければのお話なのですが…。…ヴィヴィ様?」


ぎゅっ、

握り返してきた彼の右手。マリーは彼の顔を覗き込むが前髪で隠れていて見えない。
「マリーは勘違いしているよ」
「え?」
「僕は泣いてなんていないよ」
「また嘘を吐きましたわ。泣いていらっしゃいましたよ」
「だから泣いていないってば」
「ふふっ。そういう事にしてあげますわっ!」
今度はマリーが握り返してくれた手。
「ヴィヴィ様のそのすぐ嘘を吐いてしまう癖。これから一緒に直していきましょう」
「…!本当?これからもまた一緒に居てくれるの?」
ヴィヴィアンがやっと顔を上げる。彼らしかぬキョトンとしたような驚いたような顔をして。
「もうっ!ヴィヴィ様お忘れになられたのですか?貴方が魔王になるならわたくしがなると言いました。ヴィヴィ様とわたくしは夫婦なのですから、相手の悪い所を自分の悪い所として受け止めて改めていきましょう」
「マリー言うようになったね」
「え…え?も、申し訳ありませんわたくし出過ぎた真似をしてしまい…」
ヴィヴィアンは優しく微笑みながら首を横に振る。
「うんうん。違うよ。そういう意味じゃないよ。マリーが心から僕と向き合ってくれるようになって嬉しいよ、って意味だよ。ずっとどこか距離を感じていたから。僕がそうさせていたのかな?…マリーに会えて本当に良かった。僕みたいな低能を見捨てずにここまで付き合ってくれる人は、世界中何処を探したってマリーだけだね」
「ふふふ。本当にそうですわっ!」
えっへん!と両手を自分の腰にあてて微笑む彼女に目を点にした後楽しそうに笑うヴィヴィアン。後ろに仰け反って、廊下に両手を着く。
「マリーの作った人形の説明を一晩中聞ける人も世界中何処を探したって僕だけだと思うけどね」
「まあ!ヴィヴィ様ったら!」























「はは、何かこういう感覚は生まれて初めてだな」
廊下に背中から寝そべって頭の後ろに腕を組む。見上げた空が彼の赤い瞳に映る。
「え?」
「腹を割って話せるって言うのかな?そういう感覚の事だよ。そういえばマリーとはあまり喧嘩をした事が無かったね。マリーが僕に合わせてくれていたからかな。これからは僕に遠慮しないで何でも言ってね。あとその、様付けで呼ぶのも…え?何?」
ふふっ、と微笑みながら隣で座ったまま顔を覗き込んできたマリーに、ヴィヴィアンは寝そべったまま首を傾げる。マリーはヴィヴィアンの左目の下を自分の人差し指でなぞる。
「やっぱり泣いていましたよ。ここに、涙の痕がありますわ」
ヴィヴィアンは目をぱちくり瞬きをしてから笑って目を瞑る。
「はは。マリーには僕の嘘を隠せないね」


チチチ…

雀が飛ぶ青空の下。廊下に寝そべりながら空を見上げている彼の隣にスペースを空けずぴったり隣に寄り添って縁側に腰掛ける彼女。
「ジャンヌさんが仰っておりましたの。両親の仲が良い事が子供にとっての幸せでもある…って」
「へえ。ベルディネもたまには良い事を言うんだね」
「ヴィヴィ様?」
「はいはい。ごめんね、言い過ぎました」
「だから…これからもずっと仲良しで一緒にいましょうね」
ヴィヴィアンは静かに目を閉じる。
「そうだね」


ザァ……

爽やかな風が吹き抜けて木々の葉達が擦れ合う音しか聞こえないほんの束の間の刻がゆっくりゆっくり…無情にも流れていく。










































母屋2階廊下――――

「姐さん…」
「おい」
「…!!」


パタン、

用意された2階の部屋の廊下の手摺りに寄り掛かりながら携帯電話の画面を哀しそうに見ていたバッシュ。背後に現れた劉邦に呼ばれると、今まで見ていた写真を隠すように携帯電話を慌てて閉じるバッシュ。だが彼が見ていた画面の写真は劉邦にしっかり見えていた。バッシュは見られた事に気付いていないが。画面に映っていた写真は仲睦まじく映っているバッシュとロゼッタ。
「に、兄さん…何すか?」
「……」
「兄さん…?」
「知ってはいたが、やはりか…。それならあんなに可愛がっていた理由も納得できるが」
「え?な、何の話してるんすか?兄さ、」
「バッシュ。米軍に要請はしたのか」
「え、あ…戦闘機出してくれってやつ…っすか?」
携帯電話をズボンのポケットに片付けながら、劉邦と向き合う。
「そうだ」
「え。だってあれ、俺が勝手に言った事だから兄さん猛反対してたじゃないっすか」
「その事は聞いていない。要請したのかどうかという事を聞いている」
「……。しましたけど…」
「断られたんだろう」
「っ…、」
バッシュは視線を下へ向ける。
「当然だ。…電話を貸せ。私が米軍に要請してやる」
「え!?」
まさかの一言にバッシュは顔を上げる。差し出された劉邦の右手と彼の顔を不思議そうに目を丸めて交互に見る。
「だって兄さん俺の事を反対して…」
「いいから早く貸せ。時間が無い」
「は、はい…」
――もしかして考え直してくれたのかな――
淡い期待を抱きつつもやはりまだ不思議そうに目を丸めているバッシュは、隣で廊下の窓に背を預けて電話が繋がるのを待っている劉邦の事をキョトンと見ていた。
























「こちらアメリカ軍総司令部パトリック」
「国際連盟軍中国代表、李 劉邦」
「おお!これはこれは中国代表ご無沙汰しております!お国があのような状況下で電話とは…。はっはっは。さすがは李代表。余裕綽々ですな」
「ふん。ルネに足元を掬われた貴公も随分余裕だな」
「ははは…相変わらず李代表は手厳しいですな。で?ご用件は何でしょう。まさか、母国の危機故我々に援護を要請するとか?」
「そんな屈辱を味わうくらいなら死んだ方がマシだ」
「ははは、相変わらずで…」
電話の向こうでアメリカ軍司令官が青筋をたてている姿は見えなくとも、声色で充分分かる。
「今現在私が居る場所は日本国。詳しい場所は通話終了後データを送信する」
「…?李代表、仰っている意味が…?」
「気付かれぬよう戦闘機数機で来い」
「…李代表。いくら連盟国とはいえ、我々アメリカ合衆国は貴国の友人でも部下ではない事を勿論ご存知ですよね?」
「そんな心情剥き出しの口調をした己を後悔するだろう。私が居るこの場所に今、ヴィヴィアン・デオール・ルネが居る」
「!!」
バッシュの目が見開き顔が青ざめる。一方、アメリカ軍司令官が電話の向こうでガタッ!と立ち上がる音が聞こえた。
「ななな、何!?それは本当ですかな?!」
「己の目で確かめれば良い。私の国からも数機援軍を呼んだところだ。不本意だが、奴を捕らえ我々連盟軍の成果とするのはどうだ」


ゴクリ…

司令官は目を輝かせて身を乗り出す。



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あきゅろす。
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