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症候群-追放王子ト亡国王女-
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「きゃ…っんん!!」
上げようとした悲鳴は人為的に止められる。何故なら、梅の背後から彼女の口を両手の平で覆い塞いだ総治朗が居るから。口をモゴモゴさせて全身を捻らせながらも、後ろに居る総治朗の方に首を向ける。
「…!」


ビクッ!

すぐ其処真後ろで自分の口を塞いできた彼のオレンジ色の瞳は開ききっておりとても彼とは思えない鬼の形相で睨み付けていたから、大きく体を震わせた梅はさっきとは異なる意味の大粒の涙を溢れさせると力無く膝から崩れ落ちてしまった。


ガクン…、

目を見開いて放心状態で両手を畳の上につく梅の涙がポタポタ零れて畳を濡らしていく。一方の総治朗は羽織を手に取るとると押し入れの中へ投げ込みガタン!と音をたてて襖を力強く閉じるから、その音にすらビクッ!と肩を震わす梅。
総治朗は据わった瞳で梅を見下ろしてから彼女の隣に片膝を着いて座る。一方の梅はガタガタ震えているから彼女の両肩にそっ…と手を置くが、梅はその手を振り払い、目を見開いて彼を見る。
「総治朗さんこれは…?これはどこかお怪我をなさった時の血ですよね?総治朗さん…黙っていないで答えて下さい総治朗さん…!」
浴衣にしがみ付き声を裏返らせる梅と目を合わせてから総治朗はその視線を窓の方へ反らしてしまう。何も喋ってはくれないが、否定もしてくれない。その仕草こそが彼の返答なのだろう。だから梅は全身の力が抜けてしまった。
「そん…な…総治朗さんが…そんな事…」
その時。昨日、ムラマサを手にしていた総治朗の姿が梅の脳裏を過る。

『普段物静かな人も村正を手にした途端、人が変わったかの様に凶暴な殺人鬼へと変貌してしまうのです』

その言葉も蘇りガタガタ震え出す梅を横目に総朗は話し出す。





















「田村さん達は殿下を酷く恨み、殺そうとしていました。だから…っ!?」
その時。総治朗の脳裏で自分とムラマサが5人の首を払い落とした光景が生々しく甦る。当時は一体何が起きたのか分からず手が勝手に刀を引き抜いてからほんの数秒間記憶が飛んで…気付いたら血塗れの刀と田村達の死体が目の前に転がっていたから、今初めて自分とムラマサが起こした惨劇の場面を脳裏で見たのだ。


ガクン!

「!?」
突然その場に膝から崩れ落ち体を大きく震い出す総治朗の異変に、梅は戸惑いつつも声を掛ける。
「総治朗…さん?」
「…っだ…」
「え…?」
「田村さん達は…殿下を殺そうとしていたから…。いや…それだけじゃない…俺は、俺はただ死にたくなかっただけだったんだ…それだけの為に田村さん達を…」
震える自分の体を自分で抱き締め俯き震える総治朗の普段からは想像できない擦れた声に、梅はどんな言葉を掛ければ良いか分からない。
「亜実を…」
「亜実…?妹さんの事ですか?妹さんは今どちらに居らっしゃるのですか…?」
「ルネ…」
「え…」
「ルネの軍事工場に…強制労働をさせている、と先日の交戦で…ルネがそう言って…」
「先日の?…!!」
そこで梅の脳裏ではあの日ルネ軍と中国軍の抗争に介入し、帰投した総治朗が発狂していた様子がセピア色に甦る。
「総治朗さんのお父様やお母様は…?」
彼はただ無言で首を横に振るから、梅は彼の背にそっ…と手を添える。添えた手に彼の大きな震えが伝わってくる。
「亜実は…亜実は俺が守ってやらなくちゃいけないのに俺はっ…自分のエゴで田村さん達を…。亜実の元へ今すぐ行かなきゃ…でも俺は田村さん達を殺したから…」
「妹さんに会いたかったのですね…」
総治朗はゆっくり顔を上げる。真っ青で目は虚ろ。情緒不安定。
「殿下を殺そうとしていたからというのもそうだけれど一番は…一番は亜実に会いたかった…だから死にたくなかった…本当はただそれだけだったんだ…。だから俺の事も殺そうとした田村さん達を…でも俺は軍人で田村さん達は民間人なのに俺は軍人の力で田村さん達民間人を殺…」
梅は正面から総治朗をふわり包み込むように優しく抱き締める。彼の肩に顔を埋めて切なそうに眉間に皺を寄せる。それでも総治朗はただ目を見開きカチカチ歯を鳴らし、目を見開いてガクガク体を震わせるだけ。

























「…誰にも言いませんから…私はさっき見た事を誰にも言いません…。だから安心して下さい…」
「うっ…うぅ…でも俺は…」
2人顔と顔を向き合う。
「妹さんに会いたいのでしょう…?」
「でも田村さん達にだって家族は居た!そんな事考えなくても分かる事なのにっ…!」
梅は唇を噛み締める。彼女の表情からは明らかに戸惑いが見受けられる。揺れているのだろう。慶司を殺そうとしていたとしても同じ日本人しかも民間人を軍人の力で殺した彼。妹に会いたいが為に民間人を殺した彼。裁かれるべき彼。
梅は目を瞑り歯を食い縛ると顔を上げて目を開いて、彼の両頬に自分の両手を添えて静かに上げさせる。彼の虚ろなオレンジ色の瞳に梅が。彼女の不安気な瞳に総治朗が映る。
「うっ…うぅ…俺は…」
「大丈夫です…。私は絶対に言いませんから…周りが敵だけになっても私だけは総治朗さんの味方でいますから。だから…妹さんに会いましょう、必ず…」
「でもそれだと梅さんにまで迷惑が…!んっ…!」
彼女は目を瞑り、彼の唇に自分の唇を重ねる。瞬間彼は目を見開いて驚くが、まるで彼女に身を委ねるように目を徐々に閉じていく。彼女の口紅の苦い味がした。どちらからともなく唇を離すと、熱っぽい目をして黙って見つめ合い、再びどちらからともなく口付けを交わす。
青白い室内の灯りで障子戸に映る2人の黒い影は唇が離れてまた口付けを交わし、また唇が離れては口付けを交わす事をまるで慰め合うかのように何度も繰り返していた。これが善であるか悪であるかを痛い程分かっていても今この瞬間を生きたいが為のエゴに侵され、それに従うがままに生きるのだった。例えそれが誰かの亡骸の上だったとしても。














































同時刻、
母屋3階とある一室――――

オレンジ色のぼやけた小さな灯りだけが灯る室内。掛軸を背に胡坐を組む神妙な面持ちの慶司。
彼を中心に左斜め前には険しい顔付きの河西と、右斜め前には切なそうに目尻を下げる小町。小町は自分の左胸に手をあてて悲痛な思いで2人に話す。
「で、でも証拠が無いじゃありませんか…!」
「声。大きいわよ小町ちゃん」
「…!申し訳ありません」
「悲しいけれど、さっき言ったでしょう?民間人の女性達がさっき見たってあたしにこっそり教えてくれたのよ。エミリーちゃんだっけ?あの子が見つかった後旅館を出て1人で弥彦神社へ向かうそうちゃんの姿をね」
「でもだからって何故それだけで新田見さんが田村さん達を手に掛けたと言い切れるのですか…!」
「嘘を吐いていたじゃないそうちゃん。けーちゃんが"誰か田村さん達を呼びに行ったんじゃないの?"って言った時そうちゃんは黙っていたわ。やましい事が無ければ"自分が呼びに行った"って言えるじゃない?でもそうちゃんは自分が神社へ行った事をあたし達に言わないの」
「っ…」
そこまで言われては、米粒程の奇跡を待っていた小町も納得せざるをえなかったのだろう。もう何も反論できなくなってしまう。
――それでは梅様がお可哀想…!――
梅から総治朗への想いを相談されていた小町だからこそ最後の最後まで彼を信じていたのだが、もう言い返せない。
























俯く彼女を横目で見てから河西は慶司に顔を向ける。彼は俯いているから前髪で隠れた目元は見えないが、口元は唇を力強く噛み締めているのが見えた。
「けーちゃん…理由は分からないわ。でも、もしもそうちゃんが田村さん達を手に掛けていたとしたら理由がどうであれ、そうちゃんをもう仲間とは呼べない。あたし達の敵よ。こんな時に内輪揉めなんて避けたいし何よりそうちゃんは女将の息子だからあたしにとっても家族同然の存在。だから避けたい事だけど…」
「……」
「だから万が一の時はあたしに任せてちょうだい。けーちゃん貴方には酷(こく)過ぎるわ。親友を討てだなんて言わない。だからその時はあたしがそうちゃんを…」
「僕が討ちます」
「けーちゃん…!」
「慶司様…」
慶司は声を張り上げて力強く言うと自分の両太股にぐっ、と手を着く。まだ下を向いたまま。
「何があったかは分からない。けど、軍人の力で民間人を殺めたのだったら彼は平和の道を阻む存在。日本人じゃない。非国民だ」
「けーちゃん無理しないで。ここはあたしが…」
「河西さんお気遣い感謝致します。けど、もし彼が本当に田村さん達を殺めたのなら…」
慶司は立ち上がり、顔を上げる。腰に括り付けた鞘の中から刀を引き抜くと目の前には誰も居ないのに突き出す。まるで裁くべき相手が其処に居るかのように。銀色の刃に映る慶司の眉間には皺が寄っていて酷く恐ろしい顔をしていた。
「親友だからこそ僕は新田見総治朗を討ちます」




















慶司達の会話を部屋の外の廊下の影が映らぬ曲がり角から盗み聞きをしていたヴィヴィアンはその会話内容に、裂けそうな程口角を上げ白い歯を覗かせて微笑んでいた。
























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あきゅろす。
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