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症候群-追放王子ト亡国王女-
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日本――――

オレンジ色のぼやけた灯りが照らすのは露天風呂から見える小さな庭。鹿威しがカコン、と音をたてる。懇々と沸く温泉からたつ湯気。湯槽の外に出ている肩にお湯をかける水音。長い髪を頭上に団子のようにまとめた梅はここ数ヶ月振りの穏やかな表情を浮かべる。まだこの地が戦禍に巻き込まれていないからだが、油断はできない。だが、湯に浸かり心身の疲れを癒しているこんな時くらいそんな事は忘れたいのだろう。
「そういえば貴女は以前京都の都城に来ていましたよね?」
梅の隣で湯に浸かるジャンヌに話掛ける。ジャンヌはすぐ「はい」と言えず、それより先に脳裏では自分を日本へ亡命させてくれた今は亡き親友咲唖の笑顔が浮かんでしまった。


しん…

短時間ではあるものの沈黙が起きてしまったから、梅がこちらの顔色を伺っている事が見なくても分かる。ジャンヌはすぐ笑顔を作り、顔を向けた。
「はい」
「まあ。やっぱり!ベルディネ王国のお方ですよね。ええと、お名前は…」
「ジャンヌです。ジャンヌ・ベルディネ・ロビンソンです」
「そう、ジャンヌさん。私の事は梅と呼んで下さいな」
「え、でも私がさん付けしてもらってるのに…」
「あら。ではお互い敬称略致しましょうか?ね?ジャンヌ」
ふふ、と笑むその笑顔はまるで友人と接するような暖かさ。ジャンヌも釣られて顔が綻ぶ。
「そうね、梅!」
「学校に通っていた頃を思い出すわ。今日から私の友達になってくださる?」
「勿論よ!」
「ありがとう」
それからは殺伐としたこの時代の事も忘れて19歳の少女同士らしい会話が弾んだ。

























それから2人の微笑ましい笑い声が途切れると、梅は口元は笑んでいるのに切なそうな瞳で夜空を見上げた。とても静かで穏やかな刻なのに星一つ見えない…墨で塗り固められたような夜空が広がっている。
「私…慶司さんにどう思われているか不安なの」
「慶司君?」
ジャンヌが顔を向けても梅はただ空を見上げる。
「咲唖さんと慶司さんは本妻方で私は側室方の子供。でも、女系家族の宮野純家で私のお母様が男の子を授かったわ。それに慶司さんと同い年の私の弟信之はこう言ったら慶司さんには申し訳ないけれど、軍人として優れていたの。慶司さんよりうんと。咲唖さんと慶司さんのお母様は病弱で妃としての公務もままならないから私のお母様が代わりに務めていたわ。だからお父様はお母様や側室方の私達姉弟に良くして下さって…。だから逆に本妻の凛様や咲唖さんと慶司さんには辛くあたっていたわ。目に見えるくらい。…私もそうだった」
「え…」
「…宮野純慶吾」
「…!」


ドクン!

その名にジャンヌの心臓が深い所で鳴る。震える唇を強く噛み締めた。
「戦争が本格的になってきた頃、日本国内での戦闘に慶吾さんが現われるようになったわ。彼はいつも日本の勝利に大きく貢献してくれた。けれど素性を語らず私達のお祖父様の名を名乗り、戦闘後すぐに姿を消す。彼を讃える一方で、今は味方のようにしているが実は彼はスパイなのではないか?と疑う者達も出てきた。だから私は他国の王室と親しい咲唖さんに"スパイ宮野純慶吾を連れてきたのは貴女ではないの?"と責めていたわ。…でも本当はそんな事どうでも良かった。同い年の普通の子達のように街で友達と遊ぶ事のできない王室での暮らしからくるストレスを咲唖さんにぶつけていただけだったの。…今更慶司さんにこんな事は言えないし、貴女も信じてはくれないわよね」
自嘲して言う彼女の瞳は星一つ見つからない空と同じ寂しさが漂っている。梅は目線を下へ落とす。


カコン…、

鹿威しが音をたてた。























「それなのに咲唖さんは私に文句の一つも言わずそれどころか笑顔で優しく接してくれた。勿論私の弟と妹達やお母様にも。私、本当はただ単純にそんな咲唖さんの事が羨ましかった。無意識で皆に別け隔てなく優しく接する事ができるんだもの。私には意識してもできない事だわ」
「…咲唖に言っていた事を慶司君が聞いていたから…慶司君にどう思われているか不安なの?」
「ええ、そう…。慶司さんは私が咲唖さんに悪態をついている事を私に面と向かって抗議してくる事は何度かあったから…でもそれが普通の反応よね。でも今はお父様もお母様も武藤将軍も信之も菊も霞も日本も…咲唖さんも亡くしたこんな状況だから…。慶司さん本当は私の事が嫌だけれど仕方なく私に優しく接してくれているんだわ。ほら、慶司さんって咲唖さんに似て責任感が強いじゃない?今頃、圧倒的不利な状況だと分かっていても日本を取り戻す為に身を擦り減らして敵と戦っている…自分は日本の王子だから、って」
再び夜空を見上げた彼女の視線の先にはこの広い同じ空の何処かで敵と刃を交える慶司が居るのだろう。
「ごめんなさいね。咲唖さんのお友達の貴女にも私のせいで辛い思いをさせたわよね」
まるで逃げるようにタオルで身体を隠しながら立ち上がり風呂からあがろうとする彼女の細い背中を力強い眼差しで見つめてジャンヌは口を開く。
「間違いは誰にでもあるわよ。機械だって間違える。それなら私達なんてもっと間違える。人間なんだから」
「え…」
ピタッ…。湯槽から上がって足を止めた梅が顔だけをこちらへ向ける。
「それを悔い改めるか改めないかで分かる。梅はちゃんと悔い改めてくれている。きっと慶司君にだってその思いは伝わっているわ」
「でもこの事を慶司さんには言っていないわ。ジャンヌ貴女にしか打ち明けていないのよ?だからまだきっと…」
「本当に嫌いな人の事を此処まで連れて来ないわよ。それに異母姉弟とはいえ血の繋がった家族でしょ。いくら酷い事を言って啀み合ったって、家族の事を本気で嫌いになんてなれないわ」
「そう…かしら…。その"家族"が慶司さんに無理をさせているんじゃないかしら…。私は咲唖さんのように戦う事もできないお荷物だから」
「慶司君から聞いた話があるわ」
「え」
「慶司君と日本の人達がルネ軍に捕われて次に中国軍に捕われた時、梅が"慶司さんに手を出すな"って敵に向かって声を張り上げてくれたって」
「でもそんなもの…」
「声を張り上げただけ?普通は敵を前にしたら言えないわ。自分が殺されるかもしれないじゃない。それも省みずそう言ってくれた事を慶司君は自分が不甲斐ないばかりにとは言いつつも嬉しかった、って私に話してくれたわ。だから梅が改心してくれた事は伝わっているわよ」
笑顔でジャンヌがそう言えば、梅は黄色の瞳から大粒の涙をポロポロ流して肩を上下にひくつかせる。湯冷めしてしまうから…と理由を作ってもう一度梅を湯槽へ入るよう勧めれば、彼女はまた湯に浸かる。手で拭っても追い付かない涙が溢れて湯へと落ちていく。ジャンヌが頭を撫でてくれる暖かなその手が今は亡き梅の両親と重なり、涙は更に溢れる。
「日本はまだ死んじゃいないわ。慶司君達が戦ってくれているじゃない。それに梅だって慶司君の為に戦った。私みたいな帰る場所の無い部外者が言うのも何だけど、私も日本の為に頑張るから。私に優しくしてくれた梅や咲唖や慶司君の母国は私の母国と同じくらい大好きだから」
「うっ…うぅ…ありがとうジャンヌ…」
ようやく顔を上げて笑ってくれた梅。まだ薄ら残る涙の跡もすぐ消えてくれるだろう。彼女に負けないくらいの笑顔を返すジャンヌだった。
































「そう。日本では女性が戦場へ赴く事が禁じられているから、きっと咲唖さんはお祖父様の名をお借りして戦場へ出たのだと思うわ。殿方として」
涙の跡もすっかり消えて穏やかな刻が2人に再び訪れる。
「へぇ。そう言われてみればそうよね。他の国は女の軍人も居るけど日本は居ないわ」
「でしょう?戦場へ赴く殿方を大和男子と慕い、帰りを待つのが私達大和撫子の務めなのよ」
「ヤマト?うーん、難しい話は私には難解だわ…」
「外国の方には難しくて当然よ。ふぅ。だいぶ身体も暖まったわ。もう少ししたら上がろうかし、」


ガラガラ…

梅の言葉を遮るかのように引き戸が音をたてて開く。2人がそちらへ顔を向ける。
「あ…」
遠慮がちで蚊の鳴くような声。2人同様長い髪を頭上で団子のようにまとめたマリーが入って来たのだ。しかし彼女は2人と目が合うと申し訳なさそうに慌てて脱衣場へ戻ろうと引き戸を閉め欠けるから…
「平気よ。人数多い方が弾むもんでしょ。ガールズトークってのはね!」
ウインクをして言うジャンヌの横で梅は「がーるずとーく?」と首を傾げていたけれど。
一方のマリーはやはりまだ躊躇している。けれどジャンヌの明るくて優しい笑顔を見たら、何度もペコペコ頭を下げながら湯槽に入る。しかし2人から距離をとっていたけれど。こっちを向かないし俯いて無言の彼女の事が心配そうな梅。調度2人の真ん中の位置で湯に浸かっているジャンヌは梅に話を振る。
「そうだ!梅って好きな人はいるの?」
「ええ?!な、何を言い出すのジャンヌ貴女!」
「私はね〜…いないわ!はいじゃあ次、梅の番!」
「何の?!」
「何のって好きな人言う番に決まってんでしょ!ほら、言った言った!」
バンバン肩を叩いてくる人間など梅の周りには今まで1人も居なかったから動揺するも、この何気ないやり取りこそが"友人"というモノなのだと気付いたら自然と笑みが浮かんだ。梅は腕を組んで頬を赤らめながらツン!と外方を向く。
「そ、そんな事!いないのに言えと言われたって言えるわけないじゃない!」
「そうなの?何だ。つまらないわね」
「つまらないって貴女…!」
「ま、仕方ないわね。気になる人ができたら私に言って!協力するから!」
白い歯を見せて笑顔そしてブイサイン。普通の友人同士のやり取りさえ、梅には初めて触れる世界。ジャンヌのブイサインと自分の右手を交互に見ながら真似をして笑顔でブイサインを返す梅。ぎこちないけれど。






















満足そうなジャンヌは次にくるりと左に身体を向けてマリーの顔を覗き込むように首を傾げる。だが距離があるし彼女はまだ俯いているから表情一つ分からない。彼女からは負のオーラすら漂う。
「マリー様も良かったら私達と一緒に何か喋らない?何でも良いわよ。他愛ない会話で大歓迎!」
「い、いえ…わたくしのような人間がお2人とお話をするなんて事…」
蚊の鳴くような声…いや、それ以下だろうか。途切れ途切れだから余計聞き取り辛い消え入りそうなマリーの声。ジャンヌと梅は顔を見合わせて切なそうに眉間に皺を寄せる。
「ヴィヴィアンとは仲直りした?」
「…!」
ジャンヌの直球なその一言にマリーはビクッ!と身体を震わせる。一方の梅は「それは禁句だ」とばかりの青い顔。しかし当のジャンヌは至っていつもの調子。
「あら?まだしてないの?」
「ジャ、ジャンヌ!ちょっとその話題は…!」
「良いのよ梅は心配しないで!だから、」
「わ、わたくしとヴィヴィ様はもう婚約者でも何でもありませんから…!!」
ようやく話したマリーの声は酷く震えて裏返っていた。


しん…

沈黙が起きたから、梅は目を細めてやはり切なそうにマリーを見つめて口を開く。
「あの、マリーさ…」
「彼はお兄様や母国に裏切られました…。でも…だからと言ってルネに対抗する必要なんてありません…!彼はっ…彼はお兄様達を見返したいが為にたくさんの罪無き人を殺めてきました…!それも平然と…!何も悪いと思っていないのですわ…!勿論今も!だ、だからわたくしはそんな彼を許せません…!わたくしと彼はもう無関係です!お、お2人もどうか彼とだけは関わらないで下さ、」
「本っ当そうよね。マリー様の言う通りだわ」
「え…?」
ジャンヌからの予想もしなかった返答にマリーは勿論、梅も顔を上げる。ようやく上がったマリーの顔は酷くやつれていて目の下にある何重もの隈は見ていて痛々しい程。
「あいつ、自分が世界で一番天才だと思ってる。その上プライドがやたら高くてナイーブだから本っ当扱い辛いわよねー。人に嫌味を言ってくるクセに自分が言われたら被害者ぶって落ち込むの。マリー様が怒りたくなる気持ちすっごく分かるわ!」
「え、あ、あのっ…」
「最初はルネに逆らったって殺されるだけだとかうじうじしてたクセに、自分の戦略だか何だかがちょーっと成功しただけで天狗になって。今度はルネと対抗する為に弱い者いじめ。本当馬鹿よ。才能があるのにそれを戦いに注ぎ込むから争いの火種を生む。果ては国際…なんちゃらに入らせる程マリー様に心労をかけて!そうなんでしょ?」
「え、あっ…はい…。で、でもわたくしも…国際連盟軍平和維持部の人間として彼と同じ…人を殺めた人間ですわ…。だからもう…」
「その罪も全部背負うからこれからはマリー様と平和の為に戦うんだって」
「え…」
子供が親から聞いた言伝を伝えるかのような言い方でニコッと微笑むジャンヌにマリーは呆然。頭上にハテナマークが浮かぶ。一方の梅はジャンヌが言いたい事を察したのだろう。ふっ…、と微笑んだ。
「あ、あのジャンヌさん…?一体何を仰っているのですか…?」
「慶司君と決めたそうよ。これからは地位や名声を捨てる。自国の領地拡大の為や、自分の力を誇示したいなんて馬鹿な考えも捨てる。これからは争いを無くす為に戦うんだ、って。いつか人間が争いじゃなく話し合いだけで分かり合える世界になりますように、って。だから今のあいつはもう今までの戦争狂とは違うし、自分がしてきた事を充分悔いている。マリー様の事を一番悔いていたように思えたけどね」
震え出す唇をぎゅっ…!と噛み締めるマリー。ジャンヌの口調が優し過ぎるから涙腺が弛む。身体も小刻みに震え出す。そんな時ジャンヌの左手がマリーの右肩にそっ…と触れた。マリーは顔を上げる。
「すぐに許せるなんて思ってない。私だってあいつの許せないところまだまだある。…うんうん、いつか許してあげてなんて強制はできない。でもどうか、悔いている事だけは頭の片隅で良いから覚えていてあげて。きっとこれからその思いを形で表してくれると思うから」
視線を泳がせ唇を噛み締めて身体を震わせ…。声を出したら溢れてしまいそうだからマリーはただコクンと1回頷いた。でもすぐにポロポロと涙が溢れてしまったから、ジャンヌは優しく頭を撫でてあげた。

























「マリー様が泣く事じゃないわ。あいつにはこれからきっちりと、今までの悪業以上の慈善活動をしてもらわなくちゃね!」
「大丈夫よマリーさん。慶司さん達もついているし」
「そうね!梅の言う通りだわ。それにほら。オカマのおじさんとあと慶司君の友達のえーと、何ていう子だったかしら?」
「総治朗も居るからね」
「そう!それ!総治朗君…え?総治朗?」
「あ"っ」
梅のその呼び方にジャンヌが気付くと同時に梅自身も気付いてしまい顔を林檎のように真っ赤に染めてダラダラと汗をかく。
「え…あー…そ、そうだったの?付き合っているなら私の協力も何もないわよね!そうね!そうよね!」
「ち、違うわ!本っっ当にそんなんじゃないの!ただ私が侍女の小町と話している時そう呼んでいるだけで本人の前ではそんな呼び方で、できるわけないじゃないっ!!」
「ははーん。そういう事!分かったわ!ならやっぱり私の協力は必要ってワケね。任せて!」
「だ、だからそういうのじゃなくてただ単にそう呼んでたってだけよ!別に貴女が思っているような感情なんてこれっぽっちも抱いていないわ!!」
「総治朗〜総治朗〜」
「っ…!ちゃ、茶化さないでちょうだい!」
「そんな真っ赤な顔で言われても説得力無いわ〜?ねぇ、マリー様?」
笑いながらマリーの顔を覗き込むが、まだヒクヒク泣いてばかり。
「わ、わたくしはヴィヴィ様と同じですからお2人とお話する事は許されな…ふぇっ?!」
「うじうじしてたら本当にあいつと同じになるでしょ!これから2人まとめてうじうじ夫婦って呼ぶわよ!ほら笑って!笑ってた方が得でしょ!」
「うぅ、ふぇっ〜」
マリーの両頬を引っ張っていれば最初はメソメソしていた彼女も今では笑顔が浮かぶようになった。まだどこか申し訳なさが抜け切れずにはいたが、此処へ来た当初より遥かに彼女らしさが戻りつつあった。









































































アメリカ合衆国――――

先日ルネの襲撃を受けて倒壊した本部から場所を移した新国際連盟軍本部。ニューヨークの高層ビル内。新たに就任した国際連盟軍アメリカ代表の50代男性は、側近と部下をこの室内に呼んだ。代表はビルの窓から眺める。太平洋方面へと飛び立つ1機の赤色をしたアメリカ軍戦闘機を。
「しかし弱りましたな代表。戦艦のディスクを中国代表が持ったままとは」
側近が後ろに立ち話掛けても、新代表は外に体を向けたまま。
「アンデグラウンドの子供が言うには、ルネに奪われる事を予測したジェファソン代表から中国代表が事前にディスクを預かったらしいですが…まさか中国軍の手に渡るような事にはならないと良いですね。イギリスの件もありましたし」
「中国代表がそう目論んでいたとしても、アンデグラウンドの小僧は意地でもディスクを取り返してくるだろう。虫酸が走る程根が生真面目な奴だからな」
「確かに。しかしあんな子供1人の為にアンデグラウンド軍時と同じ性能の戦闘機をアメリカ軍に作らせたなんて。軍事費による支出が過去に例の無い程膨大なこのご時世に…まったく。ジェファソン代表は何をお考えになられていたのでしょうね」
「はっ、その天罰が下ったのだろう自業自得だ。今後は私が代表だ。安心しろ」
「お供します代表!」























































ルネ領日本、
東京―――――――

中国軍の山吹色の戦闘機とルネ軍の黒い戦闘機とがあちこちで青い火花を散らす。
「きゃあああ!」
「ルネ軍と中国軍!?」
「何でも言う事を聞くからこれ以上私達の国を荒らさないで…!」
火の粉は民家に飛び、一瞬にして焼き尽くす。既に倒壊した建物の瓦礫の上を裸足で駆ける日本人の足からは真っ赤な血が流れる。それでもその痛みなんて可愛いものだと思えるのは、此処がまた戦場と化してしまったから。
「人様のモノを横取りしようなんざ大国のする事じゃねぇぞ!大国としてのプライドも捨てちまうくらい領土に飢えてんのか中国軍!」
「くそっ…!圧される!」
挑発的な1機のルネ軍と交戦するのは一般兵とは異なる青色の機体を操縦する中国軍パイロット張 偉(チャン ウェイ)31歳男性。大国同士とはいえ、ルネ軍に圧されている。敵のサーベルが張を圧倒。場所が高台だから後ろには錆びれたガードレール。その下には街が広がるから、ガードレールを越えて落ちたら確実に死ぬ。
「くそ!こんなところで死んだら宦官の野郎、あの世まで俺を怒鳴り付けてくるぞ!」
「ぐだぐだ独り言言ってる余裕があんならちょっとは攻めてみろよ!」
「っ…!!」
ルネ軍がもう1本の新たなサーベルを繰り出し振り上げた。張は歯を食い縛りミサイル発射体勢に移ろうとするが、モニターにEMPTYと表示される。それはミサイル残量0を意味する。
「温存しておくべきだったか…!」
「サヨナラだ泥棒猫共!」
「くっそおおおお!!」


ドンッ!!

「なっ…!?」
張が死をも覚悟した時。何処からともなく一筋の光が射し込みそれがルネ機に命中すればルネ機は炎上。


ドガッ!ドガッ!

直後、それを発射した1機の朱色の戦闘機が現れると、無抵抗のルネ機をサーベルで滅多斬り。フロントガラスの向こうに見える朱色の戦闘機に向かって張は笑顔を浮かべ口を大きく開けて呼んだ。
「劉邦!」
しかし、そう呼ばれたパイロットは張と通信もとらずさっさと飛び去って行ってしまうのだった。
「何だよあいつ。無愛想なところは死ななきゃ治んねーみたいだな!」








































関東方面――――――

此処でもまた一般兵とは異なる緑色の中国軍戦闘機2機がルネ軍2機と交戦中。2VS1という事もあってか、だいぶ圧されている。中国軍パイロットは長い黒髪で左右の目に赤い花のペイントをした29歳には見えない童顔の女性。名を呂雉(リョチ)という。


ダァンッ!

華奢な容姿に似合わぬ力強い蹴りで機内を思い切り蹴り付ける。八つ当たりだ。
「くっそ!どうしておとなしく引き下がらないんだいあんたら!これじゃあ次の燃料補給に間に合わないじゃないかい!…っ?!しまった!」
文句垂れ流しの余裕なんてなかった。1機を相手にしている隙にもう1機が背後にまわったとレーダーがモニターで知らせてくれた。
「挟み撃ちなんて汚いじゃないかいルネ!」
1機を蹴り付けて遠ざけたその隙に、先程呂雉の背後へまわったルネ機の方を振り向く。互いにサーベルを振り上げればあとは振り落とすのがどちらが早いかで勝敗が決まる。
「大人しくくたばりな悪党共!!」


ガッ!

「!?」
どちらが先に振り落としたか。正解はどちらも振り落とせずに終わった…だ。何故なら1機の朱色の戦闘機が、交戦する2機の間に割って入りルネ機をサーベルで滅多斬り。突然現れたその朱色の機体を一目見て呂雉はハッ!と目を見開く。だが、朱色の戦闘機に助けられたというのに眉間に皺を寄せて機内を殴り怒りを露にする呂雉。
「その機体…劉邦かい?!何勝手に人の獲物横取りしているんだい!!こんな雑魚にあたいが殺られるとでも言いたいのかい!」
「お前は後ろの敵を殺れと言いたいだけだ」
「ムッ…分かったよ!」
朱色の機体パイロット劉邦からの音声のみの通信に不服そうに顔を歪めつつも、この敵を劉邦に任せて自分は先程蹴り付けて遠ざけたもう1機のルネ機と戦う。


ドン!ドンッ!

劉邦と呂雉がルネ機2機を始末した。





















ガー、ガガッ、

するとノイズが聞こえてきて通信が繋がった瞬間劉邦の機内に彼女の怒鳴り声が響く。
「劉邦あんた今まで何処をほっつき歩いていたんだい!?こっちは防戦一方だったってのに今更来て謝罪も無しかい!?」
ヘルメット越しでもキーン!と耳鳴りがするからヘルメットの上から両耳を押さえる劉邦。
「静かにしろ。私はお前と違って身体がいくつあっても足りない程の仕事量なんだ」
「何だいその言い方!その性格じゃああたいの後釜なんて見つかっていないんだろうねぇ〜?」
「作戦プランを変更する。今、全部隊に映像通信で送る」
「話を逸らすんじゃないよ!あ〜分かった分かった!やっぱりあたい以上の嫁なんて見つからなかったんだろう?何てったってあたいは完璧な嫁だったからね!だからってあたいはあんたとよりを戻す気なんて無いからね!」
「今送った新たな作戦通りに動け」
「無視かい!!あぁそうですか分かりましたよ!で。何で急に作戦変更す、」
「呂雉!!」


ドンッ!!

「っ〜!危っぶない!」
劉邦の力強い声に呼ばれて呂雉の機体レーダーが新手の敵を1機補則。直後2機目掛けて3発砲撃されるも、劉邦と呂雉は左右に分かれて回避。直後、呂雉は劉邦機の元へ駆け寄る。
「何だいあの機体は!グレーの機体?!ルネ軍じゃないようだよ!」
「だから作戦変更の指令を下した」
「じゃああの機体は…!」
その時、攻撃してきた敵機の側面部を捉えた2人。随分と攻撃を受けた痕が目立つし決して新しいとは言えない敵戦闘機側面部に描かれた国旗。白地に赤い丸が描かれている。




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