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症候群-追放王子ト亡国王女-
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カチャッ、

劉邦は銃を構える。だが逆にジェファソンを盾にされてしまった。冷静沈着な彼の顔に初めて動揺が見えれば、ブーランジェはとても楽しそうに微笑む。
「素敵ですよ。敵が苦痛に歪む顔は何にも変えられない。そう。どんなに美しいダイヤよりも素敵だ」
「くっ…!」
「りゅ、ほ…っぐ…」
「おや?何故撃たないのですか?嗚呼そうでしたね。私がアメリカ代表を盾にしているから私を撃てないのですね?ではその間にこちらが先に殺ってしまいましょうか」


パァン!パンッ!

「劉邦!!」
避けるがそれでも数発は劉邦の肩と腕を擦る銃弾。
「はっはっは!悲しいですねぇ辛いですねぇ。敵が目の前に居るのに手出しができない。その上アメリカ代表も私達の手の中。無理する事はありませんよ。ただの一般兵の貴方1人がどう足掻いたって、全てが我らルネの手の内」


パァン!

「あ"っ!!」
次こそ両脚と左腕に命中。ガクン…とその場に崩れ落ちる劉邦のだらんと垂れ下がる左腕。
「もういい!やめろ劉邦!私に構うな!お前はバッシュを連れて此処を出ろ!」
「おやおや。お優しいのですねアメリカ代表。代表の優しさに素直に従ってはどうです?黒髪の貴方。ではそろそろ行きましょうか」
「っぐあ"…!」
ブーランジェは16階に突入した自分の戦闘機の元へジェファソンを連れて去って行く。どんどん遠ざかるジェファソンの背中。

『たかが連盟国相手に援護し、何故そこまで感情移入するのですか。彼らは身内でも仲間でもありません。所詮他国の人間に過ぎないのですよ。イギリスのように我々もいつか裏切られたらどうするのですか?』

その時劉邦の脳裏で宦官のあの言葉が鮮明に蘇る。
――ディスクは此処へ来るまでに代表から私に渡された。代表に万が一があってもルネに渡らぬよう…。そうなれば、代表が持っていると思っている奴らは戦艦を奪取する事は不可能。…そうだ。私も母国も他国の援護にまわる柄ではない。戦艦を奪われなければルネにはまだ太刀打ちできる。それに代表の代わりなどいくらでもいる。私が命を張る理由など何処にも無い…――
劉邦はふらつきながら壁伝いに立ち上がると、去って行く2人に背を向けてしまう。内ポケットから例のディスクを取り出す。


ポタ、ポタ…

撃たれた両脚と腕から滴る真っ赤な血。
――所詮国際連盟軍など身内でも仲間でもない。ただの国同士の集まりに過ぎない――





















背を向けたままブーランジェとは反対方向を歩いて行ってしまう劉邦の事を首だけを後ろへ向けてチラッ…と見たブーランジェが鼻で笑う。
――危ないところでした。もう私の拳銃の銃弾はゼロ。生かして逃がすのはとても惜しい。ですが任務は遂行されました。代表を一度機内へ置いてからメッテルニヒ君とアンジェリーナ様の元へ向かいましょう。ふふ…将軍が自害してからというもの、事は私にとって上手く運びますね――


タン、タン…

階段を降りて行く。遠ざかる劉邦の背を、首を掴まれ捕らえられながらもジェファソンは苦しそうに顔を歪めつつやっとの事で口を開き、すぅっと息を吸い込んだ。
「お前達は生きろ!平和な世界を創れ!私とロジーの分まで幸せにならなかったらあの世から殺しに行くからな!!」
「…!!」


ドクン…!

劉邦の心臓が深い所で大きく鳴った。


ギュウッ…!!

「っぐあぁ…!」
ジェファソンの声は辺り一帯に響いたがすぐブーランジェによって首をきつく締め付けられてしまい、ジェファソンの顔から色が抜けていく。
「捕虜は捕虜らしくおとなしくしていてもらえませんかアメリカ代…何っ!?」


ドッ!!

ブーランジェが後ろを振り向けば、いつの間に。去って行ったはずの劉邦が真後ろに立っていて、ブーランジェの大脳が危険信号を送るより早く劉邦が振り上げた右脚。しかし咄嗟に顔を右へ避けた為回避できた。それも束の間、劉邦は再び脚を振り上げながら右腕で首を狙って突こうとしてくるので、ジェファソンを奪い返されないようにするのは勿論、攻撃を受けないようにしなければいけない為手一杯のブーランジェ。弾切れで銃の使えない彼にとって劉邦の並外れた身体能力は脅威。
「り、劉邦やめろ…!」
「貴方は馬鹿ですか!代表がせっかく気遣って貴方を逃がしてやったにも関わらず未だ私達に立ち向かってくるなんて!」
その言葉に劉邦は珍しく笑った。鼻で。
「…はっ。そうだな。私自身自分がよく分からない」
「何を言っているのですか貴方は!」
――もう両脚は使い物にならないはず!なのに!くっ…!これでは私の方が不利になる!――
一方の劉邦は右足をバネに跳び、ブーランジェの顔を蹴り付けた。


ドスッ!

「う"あ"!」
顔面直撃で目の前が一瞬見えなくなったブーランジェはジェファソンから手を放してしまった。
――この隙しかもうない!――
劉邦はもう一度ブーランジェを蹴り飛ばし、万が一に備えて階段下へ叩きつけるように蹴り落とした。


ドスン!!






















「う"っ…!」


ドサッ、

音をたてて階段踊場に転がったジェファソンに駆け寄る。
「ったた…相変わらず手荒だなぁお前は」
「これ以外どういう方法がある」
「はは、確かに。助けてくれてありがとな。嬉しかったよ」
「別に私は…。それよりまごまごしていられない。この隙に外へ出る」
「了解だ」
ぐっ、とジェファソンの両腕を引っ張り立たせてやった時。劉邦の肩越しに見えた1丁の銃口がジェファソンのブラウンの瞳に映る。銃口は劉邦の背後から彼の後頭部に向いていた。ジェファソンは血相を変えて目を見開く。
「劉邦!!」
「え、」


パァン!パァン!

裏返った声でそう叫び、劉邦を壁側へ投げ飛ばす。彼の後ろへ飛び出して彼を庇う為に両手を広げたジェファソンの身体に一瞬にして無数の穴があいていく。そこから噴き出す赤黒い液体。
ジェファソンに投げ飛ばされた衝撃で、ジェファソンの真後ろで尻餅を着いている劉邦の顔に赤黒い液体が飛んでくる。


ビチャッ!ビチャッ!

「代、表…」
劉邦を銃弾から庇う為わざと彼を投げ飛ばしたのだ。劉邦を庇う壁となって両手を広げたまままだ目の前で立っているジェファソンの背中を呆然と見ていたらジェファソンがゆっくりこちらに顔を向けて笑った。額に空いた銃弾の痕から血を流して。
「連盟、軍なんて…赤の他人…だ、と言っていたお、前…が…身体…を張って…私を"…助けてくれだ…礼…だ…。っを…頼…んだ、ぞ…」


ドサッ…

背中から力無く階段へ転げ落ちたジェファソンを前にしたら言葉は出ないしピクリとも動けない劉邦は、ただただ呆然とするしかない。






















「どう、しよう…撃ってしまった…だって…僕は黒い髪の男を撃とうとした…なのに…代表が黒い髪の男を庇うなんて…思ってもいなくて…。どうしよう…陛下しか殺しちゃいけないアメリカ代表の事を僕は撃ってしまった…!撃って…しまったんだ…!」


ガクン、

震えて崩れ落ちたのは今まさにジェファソンを撃ってしまったメッテルニヒ。本来劉邦を撃ったはずだったのだが、彼を庇ったジェファソンを撃ってしまった予想外の出来事に恐しくなる。先程劉邦に殴られ少しの間戦線離脱していたメッテルニヒ。大将が危機迫る状況に直面していた為メッテルニヒは己に鞭打って劉邦を狙ったのだが…想定外。
一方の劉邦は目を見開いたまま其処でピクリとも動かないジェファソンの事をやはり呆然と見ているだけだった。
「何を…何をやっているんだ貴方は…。連盟軍など…ただの他人に過ぎない…。己の命よりも尊いモノなど無い…だろう…」
「はーあ。何やってんのよバカメッテルニヒ!さっさと帰るわよ!あたし用事あるんだから!」
「!!」
突然背後から少女の甲高い声が聞こえて振り向けば、放心状態のメッテルニヒの腕を強引に引きながらこちらへズカズカやって来るアンジェリーナが居た。同時にようやく起き上がれたブーランジェがジェファソンの遺体を担いで階段を駆け降りて行くではないか。劉邦はすぐさま立ち上がるが…
「邪魔よ、あんた」


パァン!

「ぐっ…!」
メッテルニヒの銃で発砲したアンジェリーナの銃弾が劉邦の脇腹に命中すれば劉邦は階段に転げ落ちる。そんな彼の脇を走り去りながらアンジェリーナは口に手をあてて笑った。
「ぷっ!御愁傷様。じゃーね♪」




























ゴオォッ!

彼らが去っていき、すぐ下の階から戦闘機2機分の飛び立つ音が聞こえてから。さっきまでの銃声が嘘のように静まり返った此処で、撃たれた脇腹を押さえる劉邦の右手に赤が付着する。歯をギリッ…!と鳴らした時。


カツン!コツン!

後方から1人分の足音が聞こえてくる。痛みに顔を歪めてよろめきながら壁伝いに立ち上がれば、引き金に手を掛けてようやく顔を上げる。
「に、兄さん…!?」
「っ…!」
敵かと思っていたその足音はバッシュのものだった。血が付着した剣を2本持って現れた彼からあからさまに顔を反らせばヨタヨタと階段を降りて行く劉邦。そんな重傷の彼を見ていられなくてバッシュがすぐに手を貸す。
「兄さん大丈夫っすか!腹から血が、」


バシッ!

無言で払われる手。しかしそんな態度とは裏腹に劉邦は壁伝いでも上手く降りれず、終いには1段踏み外してしまった。


ガクン!

「っ…、」
「兄さん!」
彼の事を許せない劉邦。だがもう振り払う力も無くて今は意識を手放さないように集中する事だけで精一杯。だから、本当は振り払いたいが彼の手を借りて歩くしか術は無くて。
「はぁ…はぁ…」
「兄さん無理しないで下さい!ゆっくりで良いんで!」
「っ…、はぁ、はぁ…」
「あの兄さん!ジェファソンさんが居ないんす!いつもの会議室は21階だからきっとまだ取り残されているかもしれない。兄さんを救急隊に渡したら俺、すぐ21階へ行きますから!心配しないで下さい!」
「っ、だ…」
「え?何て言ったんすか?あの、」
劉邦は顔を上げて鬼の形相で睨み付けた。まるで敵と対峙しているかのような殺意すら感じたからバッシュは思わず物怖じしてしまう。
「黙っていろ!私に関わるな!貴様の顔など一生見たくない!」

『たかが連盟国相手に援護し、何故そこまで感情移入するのですか。彼らは身内でも仲間でもありません。所詮他国の人間に過ぎないのですよ。イギリスのように我々もいつか裏切られたらどうするのですか?』
『連盟軍なんてものは所詮赤の他人でしかない』
『連盟、軍なんて…赤の他人…だ、と言っていたお、前…が…身体…を張って…私を"…助けてくれだ…礼…だ…。っを…頼…んだ、ぞ…』

脳裏で蘇る言葉達。劉邦は目を見開くと震える唇を強く噛み締めた。

『今日から貴方は情を持たない軍人という名の戦闘機兵器・李 劉邦です。分かりましたね?』

「あああああ!!」
「兄さん!?どうしたんすか兄さん!?」
頭を抱えてガクン!と崩れ落ち俯いたまま今にも殺されてしまいそうな声で発狂する劉邦の叫び声が、外からのサイレンをも掻き消した。




































一方のブーランジェ達―――

戦闘機1機にブーランジェとメッテルニヒ。もう1機にアンジェリーナと一般兵が搭乗している。
「無い!?」
機内で声を上げた上官にメッテルニヒはビクッ!と反応。
「ど、どうかしましたか大将」
「…迂闊でした。ディスクは恐らく先程の黒髪の男性が持っています」
「え…!という事は…」
ブーランジェは額に手をあてる。
「代表のジャケットの中などを隈無く探しましたがそれらしき物は一切見付かりませんでした」
「そ…そんな…」
2人の会話はアンジェリーナが乗る機体にも通信として繋げてある為筒抜け。一般兵に操縦をさせているその後ろで顔を手の上に乗せて機嫌が悪そうに溜息。
「やっぱりメッテルニヒはどうしようもない子ね」
場面は戻ってブーランジェ機内。
「ど…どうしましょう大将…今からでももう一度取りに…!後方に敵反応!?」


ビー!ビー!

レーダーが感知したのはアメリカ軍戦闘機ざっと10機。攻撃してくる気配は無いが威嚇だろう。
「大将…!」
「くっ…!仕方ありません。戦艦は諦めましょう。今彼らと交戦をしてせっかく得た代表まで手放してはなりませんからね。メッテルニヒ君。直ちに帰投を」
「り、了解」
ルネ軍戦闘機2機は遠くの空へと姿を消した。



























その一方―――――

「きゃあああ!」
「直ちに避難しろ!」
燃え盛っていた上階から順にゆっくり崩れていく国際連盟軍本部。野次馬達を必死に誘導して遠くへ少しでも遠くへ逃がす警官達。そんな中アンナだけはまだ其処で立ち尽くして崩れていく本部を呆然と見上げているから、警官の1人が彼女の肩を掴んで連れて行こうとする。
「君も早く此処から離れなさい!次期に全壊する!」
「お父…さん…」
「早く!あっ!待ちなさい君!」
警官を振り払ったアンナは黄色のテープを潜り、崩れていく本部へ飛び込もうとする。まだ崩壊は15階だがすぐに全壊するだろう。警官が追う。アンナが本部1階へ足を踏み入れた時、彼女の身体がふわっと浮き上がった。咄嗟に顔を上げれば中から走って出てきたバッシュがアンナを抱き上げていたのだ。
「バッシュ…!」
「この人を救急隊へ!早く!」
"この人"それは劉邦。アンナを追ってきた警官に劉邦を渡す。戸惑いながらも救急隊へ連絡をとる警官。4人は本部を出て少しでも遠くへ逃げる為走った。





















ぐったりしている劉邦を担架に乗せて救急車の中へ運ぶ救急隊員達。その一方でアンナはバッシュから飛び降りると彼のワイシャツを掴み、声を裏返らせて泣き叫んだ。
「お父さんは!?バッシュ!お父さんは何処?!」
「なっ…!?ジェファソンさんはもう本部の外へ逃げたって兄さんが…!」
チラッ、と劉邦を見るが彼は担架で運ばれている最中。ぐったりしていて反応が無い。バッシュは冷や汗を伝わせて警官に問う。
「あの!国際連盟軍アメリカ代表は…!?」
「君も早く避難したまえ」
「違う!俺はアンデ…あ…国際連盟軍アンデグラウンド前代表なんです!」
「何…!?」
「避難した人の中にジェファソン代表を見ませんでしたか!?」
「い…いや…本部から脱出できたのは全員本部一般職員だけで、今こちらも代表との連絡がつかない事が問題となっていたところで…」
「お父さん!!」
「あ!待ちなさい君!」
2人の会話で咄嗟にアンナが本部へと駆けて行くから警官が取り押さえる。しかし暴れて泣き叫ぶ彼女は手が付けられない。
「放してよ!お父さん!お父さん!!」
彼女の叫びも虚しく、本部は…
「離れろ!崩れるぞ!!」
周囲の人間達が叫んだ直後。32階もの超高層ビル国際連盟軍本部は瓦礫と灰色の煙を辺りに広げ、跡形も無く倒壊した。


ドォンッ…!

「お父…さ…」


ガクン…、

放心状態でその場に崩れ落ちるアンナ。警官達も呆然。バッシュは歯をギリッ…!と鳴らして自分の無力さをまた痛感した。
「どうしてよ…どうしてお父さんを助けてくれなかったのよ!!」
バッシュや警官や救急隊を涙で濡れた瞳で睨み付けた彼女の叫び声が周囲の悲鳴と同じくらい辺り一帯に響き渡った。その時。
「何だあれは!」
街の至る所にあるビルに設置されたいくつもの大型テレビの画面で流れていた国際連盟軍本部襲撃のニュース映像が歪んで砂嵐になった直後。ビルに設置された画面は勿論、世界中のテレビ画面に母国の国旗を背にしたルヴィシアンが映し出される。





















「何なんだあれは!」
「ルネにハッキングされたのか!?」
「でもどうやって!?」
「映像を消せ!早く!」
「全世界の皆さんご機嫌よう。私はルネ王国国王ルヴィシアン・デオール・ルネです。己の仕事を怠る神に代わり私は今日この日、悪を制しました」
「きゃあ…!」
彼が持ち上げて画面に映し出されたのはジェファソンの遺体。この映像に国民は顔が真っ青。手で口を覆う者や倒れてしまう者も。一方のアンナの両目を手で覆ってやるバッシュ。だが時既に遅し。彼女の涙で濡れた瞳はさっきしっかりとこの映像を脳裏に焼き付けてしまっていた。覆ったバッシュの手を彼女の涙が濡らす。
「アンナ!」
ショックで意識を失い、崩れ落ちたアンナ。
「我がルネ王国を悪と侮辱した。そして彼は大型戦艦という名の兵器を全世界に誇示した。彼の行動は恒久和平を目指す我が国としては怒りが込み上げ、いてもたってもいられなかった。彼らはあの新型の戦艦を使い、世界を武力で統一させようとした悪!私は裁かざるをえなかった…。このような結果になってしまった事を大変残念に思う。彼が人間らしい穏やかな心を持っていてくれさえすれば我々はきっと分かり合えていたであろうに…」


ブツッ!

そこでアメリカの各テレビ局によりようやく強制的に全ての映像が消されて本部襲撃のニュース映像に戻るが…
「っぐあ"あ"あ"!」
「兄さん!」
救急車のドアを閉める直前。突然藻掻き苦しみ出した劉邦に駆け寄るバッシュだが、隊員達に止められてしまう。
「君は別の救急隊員に手当てをしてもらいなさい」
「でも兄さんは俺達の仲間だ!」
「良いから。後は彼らに任せなさい」
「ま、待ちなさい君!」
「兄さん!?」
すると突然担架から飛び降りて救急隊員達を振り払った劉邦。大怪我を負っていて動けないはずなのにまるで無意識の内に身体が勝手に動いているかのように劉邦は無人のパトカーに乗り込み、アクセル全開で人混みの中を掻い潜り猛スピードで走り去ってしまった。
「追え!直ちに追え!」
「兄さん!!」
「君は下がっていろ!」
「っ…!」
警官に押されて行く手を阻まれてしまうバッシュ。劉邦を3台のパトカーが追い掛ける光景を立ち尽くして呆然と見ていた。
「兄さんどうしたんすか…。姐さんもジェファソンさんも兄さんも…俺をガキ扱いして皆於いていくなよ!」


ギュッ…!

握り締めた拳から血が滴る。倒壊した国際連盟軍本部ビルの瓦礫の山。それらによる煙がまだ蔓延する中、人々は泣き叫んだ。































































ルネ王国、
城内――――――


パァン!

「う…!」
打たれた左頬を真っ赤に染めて救護室の床に叩きつけられるメッテルニヒ。彼を冷めた瞳で見下ろすのはアンジェリーナ。彼を打った右手を揺する。
「姉…さん…」
「バッカじゃないのアンタ。アメリカ代表が黒髪の奴を庇うと思わなかったから発砲したら殺しちゃった?そんなのガキのゲームの世界でしか通用しないのよ」


ガッ!

彼の胸倉を掴んで額と額をくっつけるくらい間近にあるアンジェリーナの顔。魔女のように恐ろしい目をしているから思わず反らしてしまい目を瞑りガタガタ震える彼はまるで蛇に睨まれた蛙。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…!」
「王様の娯楽の為に代表を全世界の前で処刑する計画も大バカなアンタ1人のせいで台無しよ。それに、代表がディスクを持っているって言ったのはだぁれ?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…!」
「代表を連れて来れたから許されるとでも思っているんでしょアンタ。ぜんっぜんよ!代表は殺すし戦艦は奪取できないし!その上何?片目潰されてんの?全部アンタのせいなのにブーランジェ大将が降格させられたのよ!無能で屑なメッテルニヒあんたのせいで皆が被害を被ってんの!分かる!?」
「ごめんなさい、姉さんごめんなさいごめんなさい…!」
「…呆れた。アンタそれしか言えないの?幼児以下ね」


ドサッ、

放り投げるように彼の胸倉から手を放す。メッテルニヒは壁に背を打ち付けて上がる呼吸を整える為左胸に手をあてる。そんな弱々しい彼に対しアンジェリーナの怒りは込み上げる一方。
「ふん。本当使えない子。第一、ドリー家から勘当されたアンタと何でまたこうして顔を合わせてやらなきゃならないのよ。このあたしが!」
「ごめ…なさい…姉さん…」


ドンッ!

「ひっ…!」
部屋の扉をわざと乱暴に開けるアンジェリーナ。
「屑のアンタがあたしの双子っていうだけであたしにまでとばっちりがきたら堪らないわ。次失敗したらどうなるか。分かっているわよね?」
「っ…、はい…」
「はっ。どうだか」
背を向ける。部屋を出る直前顔だけを後ろへ向けた彼女は不気味なくらい笑顔だった。
「あんたなんて敵に殺されてさっさと死んじゃえばイイのに」


バタン!

メッテルニヒは俯く。昼間にも関わらず真っ暗な室内に、彼の荒い呼吸音だけが聞こえた。





























ルヴィシアンの自室――――

「国王様」
「ああ。東京駐屯地からの情報通り予定変更だ。兵を日本へ送れ」
「やはり中国軍が…」
「ああ。人様の領地を奪おうとして未だ我が軍に抵抗してくるようだ」
「なんて愚かな!」
「まあそうカッカするな。当初の計画とはズレたが、何れにせよこの私が国際連盟軍アメリカ代表をも裁いた映像を世界へ流す事ができた。世界中がようやく我々を恐れた。そうだろう、アマドール?」
「勿論でございます」
「では先日召集した民間人共の兵を日本へ送れ。軍隊経験の無い元民間人の庶民共も大量に送り込めば数内当たるだろう。奴らの代わりなど、幾らでもいる」
自室のカーテンを開けてルヴィシアンがテラスに出る。すると城へ行進してきたルネ王国市民のデモ隊が、ルネ軍によって無惨に虐殺されている景色が広がっていた。
辺りに上がる黒煙。ルネ軍陸上用歩兵型戦闘機達。倒壊した建物。城へと続く道に転がるデモ隊市民の遺体。ルヴィシアンは歯を見せてニヤリ笑う。そんな彼の後ろに立ち、惨い景色すら冷めた目で見下ろすアマドール。
「先日我が軍へ召集した庶民共の家族が王室へデモ行進した模様。直ちに軍本部の人間を城下町へ送りましたところ僅か20分で鎮圧完了。一方、召集され兵となった者達の方は逆らわずおとなしく軍本部で待機しているとの事です」
「では、私に刃向かった愚かな市民共は全て始末したという事で良いのか?」
「勿論です。国王様はもう何も気になさる事はございません」
「はっ、そうか。まあ私に従えない者はルネ王国の国民ではないからな」


シャッ!

カーテンを閉めて室内へ戻り、椅子に腰を掛けて頬杖を着き赤ワインをグラスへ注いだ。
「ではのんびりワインでも味わうとしよう」











































同時刻――――

「こんなのただの虐殺だ…」
救護室の窓から外を見下ろすメッテルニヒは震え上がる。戦闘機や銃で射殺されたデモ隊市民の遺体をまるでゴミを始末するかの如く次々とトラックの荷台へ放り込む軍人達。
「僕が軍人になったのはこんな物の為じゃない…皆を…国民を守る為…。陛下のご機嫌取りの為に僕は軍人になったんじゃない…」































































ルネ領日本、
新潟―――――――

弥彦山梺の旧温泉宿内とある一室。


ブツッ、

テレビの電源を切った小町。部屋には、畳の上で胡坐を組む慶司。腰には慶吾が使っていた日本刀がある。彼の後ろには日本の国旗日の丸が掲げられていた。彼の前左右には総治朗、梅、河西が座っている。小町は梅の後ろに正座をした。
「イギリスが連盟軍を強制脱退。アメリカ代表殺害。ルネ王国はデモ隊市民を虐殺」
河西の言葉に続き、総治朗が口を開く。
「現在東京はルネ軍と中国軍との領地奪い合いによる交戦が繰り広げられております。被害は拡大し、周辺の県…千葉、神奈川が現在戦場と化しており、在住の日本人が女子供もルネ軍により戦場へ強制的に出兵させられているとの情報です」
一方の梅は黙ったまま切なそうに慶司を見つめるだけ。障子戸から射し込む夏の太陽の日射し。この土地が彼らのエゴに飲み込まれてしまうのも時間の問題。慶司は胡坐を組んだ両太股に置いた拳に力を込める。
「此処に居れば今しばらくは無事でいられる。けどその間にも同じ日本人の尊い命が彼らのエゴに利用され、消えていく。だから僕は…」
慶司は懐から取り出した紅い額当てを額に当てて後ろで結ぶ。慶吾の額当てだ。腰に付けた刀を鞘の上から触れて、立ち上がった。
「これから東京へ向かう。日本人を守る為。分かり合う為」
河西と総治朗に体を向ければ2人は戦士の眼差しで、彼から声を掛けられるのを待っていた。
「申し訳ありません。河西さん。新田見君。一緒に来てもらえませんか?」
「当たり前よ!」
ムキッ!と力瘤を出す河西。
「是非お供させて下さい!」
力強い眼差しと笑顔の総治朗。慶司は哀愁漂う笑顔を2人に向けた。
「ありがとうございます」





















カポン…
鹿威しに魅せられる美しい日本庭園。縁側に立ちそれを眺める1人の青年。
「ルネ…」
「出動だ」
「……」
青年の後ろに現れた慶司。青年が振り向けば、慶司は1本の日本刀を手渡す。
「勿論戦闘機で赴くが、もしもの時に使え。河西さんと新田見君から特訓してもらったんだろう。期待している」
それだけ言うと、慶司はスタスタと去って行った。一方、手渡された刀を力強く握り締めた青年ヴィヴィアン。


















































中国―――――


ガタン…、

「おや」
真っ暗な部屋の扉が開かれる。宦官はパソコンを閉じてニタリ…と笑む。
来訪者は劉邦。脇腹の治療を終えたとはいえ普通ならば寝込んでいるはず。頭や身体のあちこちに包帯を巻き、長い髪は乱れて視線は虚ろ。呼吸を乱してよろめく。そんな彼に宦官は歩み寄り、彼の前に立つと笑む。
「予定時間より帰国が遅かったではありませんか。それにこの怪我」
「……」
「フフ、言わなくとも分かります。…が、ようやく決意したようですね。だから帰国したのでしょう。アメリカが今あのような状況であるにも関わらず」
「……」
「フフ、そうです。温室育ちの国際連盟軍の人間共はただの他国の人間…赤の他人です。親に売られた貴方を誰が育てて誰がここまで生かしたのです?」
「……」
「分かっていますよね劉邦よ」
宦官は劉邦の右手に1丁の拳銃を握らせる。通常のそれより重くて真新しい。
「貴方用に改良しておきました。さあ、お行きなさい」


バタン、

背を押して彼を部屋から出すと、宦官は部屋の明かりを点ける。奥のソファーで3人の別の宦官達が不気味なくらい微笑んでいた。
「いくら帰ってきたとはいえ、まだ油断できませんね。あの子は昔はあんなに情の厚い子では無かったはずなのですが」
「連盟軍代表に任命されてからですよねぇ。劉邦がおかしくなったのは」
「ホッホッホ。施設育ちで井の中の蛙の彼が陽のあたる別世界へ出たのです。環境は人間の性格を大きく変えるものですよ」
宦官はソファーに腰を下ろす。
「感情の薄い劉邦が連盟軍の各国代表に感化されるとは誤算でした。まあ良いでしょう。劉邦は子供達の中でも稀に見る逸材。朽ち果てるまで酷使しましょう。それこそが生きた兵器として訓練を受け育てられたあの子達にとって最高の最期でしょうからねぇ」
「ホッホッホ。感情を持たない機械のような人間が居れば良いのですけどねぇ」
























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あきゅろす。
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