[携帯モード] [URL送信]

症候群-追放王子ト亡国王女-
ページ:1




アメリカ合衆国ワシントン
国際連盟軍本部前――

近代的高層ビル国際連盟軍本部。すぐ隣には戦闘機格納庫が在る。
「これ以上は立ち入り禁止です!押さないで下さい!」
「ふざけないで!中で娘が働いているのよ!」
「どうなったの私のお母さんは!?」
本部最上階32階から上がる黒煙と燃え盛る炎は上がる一方で、下の階に影響は無い。だが唯一の問題は炎が上がる32階に大きな穴がぽっかり空いてしまっている事。まるでそこに何か大きな物が突撃したかのような跡。
手で口を覆い次々逃げ出す本部職員達。"keep out"の黄色いテープが張り巡らされた本部周辺で警官が両手を広げて野次馬達を入れまいと体を張って食い止めていた。辺りには救急車や消防自動車のサイレンや人々の悲鳴が響き渡り、隣に居る人間の声すら上手く聞き取れない。
「中へ入れろ!まだ俺の恋人が出てきていないんだ!」
「そんな所で野次馬を食い止めてばかりいないでさっさと私の妻を助けてこい!!」
「押すな!中へ入ればお前達も死ぬだけだ!これ以上被害を拡大させるな!」
遂には警官からの罵声が飛び、辺りは人間らしさが剥き出しになった罵声が飛び交う。
「何があったの?!」
「さぁ…。旅客機のエンジントラブルで本部に衝突したんじゃないかって話だけど…」
「まさかルネが関係して…」
「まさか…。ルネは私達に恐れをなして撤退したってジェファソン代表が言ってたじゃない。でも…」

























野次馬達の間を無理矢理割って入り先頭へ出てきたのはスーツ姿のバッシュ。鞄片手に本部を見上げて呆然。


ぐいっ、

その時自分の腹部辺りのワイシャツを引っ張られている感覚がして目線を下へ向ける。其処にはジェファソンの愛娘アンナの姿があった。昨夜会った時のジェファソンに似た底抜けに明るい笑顔は何処。今は大きな目から大粒の涙がボロボロ溢れていた。バッシュはすぐ彼女の肩を掴み、事態について問う。
「何があったんだよ!」
「知らないわよ!!あたしが知りたいくらいよ!これから学校へ行こうと思ってバスで調度前を通ったら物凄く大きな音がして…!ねぇ!お父さんは!?」
「え」
「お父さん!お父さん今日9時から会議だって!もうとっくに家を出たの!お父さん今日は帰りが遅くなるって言ったの!バッシュと劉邦を仲直りさせてやるんだって笑って仕事に行ったの!!」


ドクン…

昨夜のジェファソンの笑顔が不気味なくらい鮮明に蘇った。
「言ったじゃない!バッシュ昨日言ったじゃない!お父さんなら槍が降ってきたって1人で生き残りそうだ、って!!」
アンナはその場にガクンと崩れ落ちる。俯いた彼女の細い肩が震えていた。
「お父さんが帰ってこなかったら私とお母さんはこれからどうやって生きていけば良いの…?」
喚き声。罵声。人間の奥底に眠っている本心が剥き出しになったこの場所でアンナの泣き声なんて一瞬にして掻き消されてしまうはずなのに、バッシュにだけは此処にその音しかないかのようにダイレクトに聞こえてくる。
























「押すなと言っているだろう!お前達は死にたいのか!」
そんな時。自分の左斜め前で野次馬達を食い止める事に奮闘する1人の男性警官の腰に付いている1丁の拳銃が、バッシュの視界に飛び込んだ。
「そんな所で怒鳴っていないで俺の娘を今すぐ助けてこい警察共!」
「黙っていろ!これも警察官としての私の仕事で、あっ!?」
警官が野次馬と揉めている隙に。警官から拳銃を奪い取ったバッシュは黄色いテープの下を潜り、本部へと走って行く。警官は自分の拳銃が無い事に気付くと、バッシュの方を振り向いて怒鳴り声を上げた。
「待ちなさい君!!」
「後で返すって!」
拳銃を持った右腕を上げて背中でそう言えば、彼は本部内へと姿を消してしまった。一方の警官は顔を真っ青にして、野次馬達を背に本部を向いて無線を繋げる。
「こちら正面入口!民間人が1人本部内へと、うわっ!!」
「どうした?ど、」


ブツッ!

警官の無線機が足元に転がる。野次馬達に背を向けた為、1人の民間人男性がバッシュと同様にテープの下を潜ろうとしていたのだ。それを警官2人がかりで止めれば、次はまた別の人間が潜ろうとするから止めに入る。


ガシャン!

人混みに踏まれた彼の無線機が木っ端微塵になってもそんな事に気付きもしない程皆が血眼になって、まだ本部内に取り残されている愛する者へ叫ぶのだった。


ゴオォッ…!

その時。旅客機の飛行音とは少し異なる重みのある飛行音が上空から聞こえて、この場に居る皆が一斉に顔を上げた次の瞬間。


ドォンッ!!

「きゃあああ!!」
また何かが本部の今度は25階に衝突。炎は瞬く間に上がり、25階から32階までの階が一瞬にして煙を上げてガラガラ崩れる。
「また飛行機が突っ込んだのか!?」
「いやあああ!あの建物には私の恋人が働いているのに!」
罵声が泣き喚く悲鳴に変わっていく中でアンナは目の前で起きたフィクションのような光景に呆然。震える口を静かに開く。
「黒い…戦闘機だった…ルネ…軍…?」





































国際連盟軍本部2階――――


ドンッ!!

「う"っ!」
何かがまた衝突した二度目の大きな揺れにバッシュは壁に背を打ち付ける。傷が痛むが唇を噛み締め、拳を握り立ち上がる。長い廊下を走る間にも外からの悲鳴と、上階からは何かが崩れる音が聞こえてくる。この階は下の階というだけあって人気は無い。無事逃げたのだろう。しかし一応各部屋の扉を開けていき、中にまだ人が残っていないかを確認しながら走って行く。
「自力で逃げた人の中にジェファソンさんは居なかった!時刻は9時5分…きっといつもの会議室に居るに違いない!」
この角を曲がったすぐ其処にエレベーターがある。エレベーターから降りてくると中には本部職員男女合わせ5人の姿が見えたのでバッシュはホッ…と胸を撫で下ろして彼らに手を挙げた。
「おーい!大丈夫で、」


パァン!

「…!?」
悲鳴を上げる時間すら与えず。エレベーター脇の階段から降りてきた1人の人間が彼らの前に現われてほんの数秒。1丁の拳銃で本部職員5人が射殺された。5人の尊い命が奪われた瞬間だった。此処からでは射殺した人間の後ろ姿しか見えないが、赤ラインが入った黒いコートのような軍服姿。
「ルネ軍…!!」
角の壁から身を潜めて呟くバッシュは悔しそうにギリッ!と歯を鳴らす。一方のルネ軍人は外や上階からの騒音でバッシュには気付いておらず、階段を駆け上がって行った。
――チャンス!――
バッシュは姿を現してエレベーターに入ると、会議室がある21階のボタンを押す。エレベーターの扉が閉じていく。
「上へ行ったって死ぬだけよ、坊や?」
「!!」
少女の甲高い声。扉が後少しで閉じる時、扉の隙間から見えた1人の人影が扉目掛けて拳銃を向けた。エレベーター内な為後ろへ下がれないバッシュの瞳が捉えたのは、長い髪を後ろで一つに束ねたルネ軍服姿のアンジェリーナだった。


パァン!





































21階廊下――――


ドドドド!!

マシンガンを構えた1人のルネ軍人メッテルニヒが、逃げ遅れた21階の本部職員を次々と射殺していく。銃声が止めば、足元には目を見開いて生き絶えた本部職員の死体。頭や上半身からドクドク真っ赤な血が流れている。そんな彼らの血が普段穏やかなメッテルニヒの髪や頬にべっとり付着しているのを見て鼻で笑うのは、彼の所属するルネ領日本東京駐屯地部隊指揮官兼ルネ軍大将のブーランジェ。以前ダイラー部隊と共にアメリカへ攻め込んでいたが、彼亡き今、彼の部隊隊員も臨時で統率している敏腕。
軍人に志願したとはいえ根が心優しいメッテルニヒはどこか切なそう。そんな部下の細い肩にポン、と手を置くブーランジェ。メッテルニヒは振り向く。
「大将…」
「気に病む事は何もありませんよメッテルニヒ君。彼らは神を気取った悪魔。裁かれるべき存在なのですから」
「はい…」
ブーランジェは窓の外から眺めて満足そうに微笑む。自分達のこの行動に怯え騒めく人間達の姿を。
「ふっ…快感ですね。ではメッテルニヒ君」
「は、はい!」
「この騒動が我々の行動だと気付いたアメリカ軍は次期に始動するはず。その隙を狙い、私は隣接するアメリカ軍格納庫からアレを奪取します。メッテルニヒ君は姉上と共にアメリカ代表の捕獲を頼みましたよ」
「了か、…!大将危ない!!」
「!?」


ガシャアァン!!

ブーランジェが窓に背を向けた時だった。窓の外から1機のアメリカ軍戦闘機がこちら目掛けて猛スピードで飛行してくる姿を捉えたメッテルニヒ。メッテルニヒは血相を変えると、ブーランジェを庇う為に彼目掛けて飛び込んだのだ。


























パラ、パラ…

目の前には此処軍本部21階へ突っ込んできたアメリカ軍戦闘機1機。大破は免れているものの左右の翼は折れて飛行はできないだろう。目の前でエンジン音をたてて壁にめり込んでいるこのアメリカ軍戦闘機を前にブーランジェは、自分を庇い覆いかぶさっているメッテルニヒの肩を揺する。
「大丈夫ですかメッテルニヒ君!」
「うっ…平気…です…大、将…は…ご無事…ですか」
「ええ、貴方のお陰で。それよりメッテルニヒ君額から血が…!」
「ははっこんなの慣れっこです。よく…姉さんに殴られていましたから…」
寂しそうに何処を見ているのか分からない彼のその眼差しには戦闘狂のブーランジェも目が点。
「メッテルニヒ君、君は…」
「それより…!この機体…アメリカ軍の物…?」
額の血を腕で拭いすぐ立ち上がったメッテルニヒ。壁にめりこんだままエンジン音をたてているアメリカ軍戦闘機を見上げる。ブーランジェも立ち上がり、彼の後ろに立って見上げた。
「何故アメリカ軍の機体が此処へ突入したのでしょう…まさかイギリスのようにまた内部分裂ですか?」


ガタ、ガタ

すると機体のコックピット部分が中からガタガタ揺れ出した。すぐブーランジェの前に立ち銃を構えるメッテルニヒの眼差しはとても鋭いから、普段の垂れ目な彼からは想像もつかない。
「お下がり下さい大将」
「待ちなさいメッテルニヒ君。もしかしたらもう敵軍から戦闘機を奪取した姉上かもしれませんよ」
「…だと良いのですけれどどうも僕には嫌な予感しかしないんです…」
「それは一体…」


カツン…コツン…

アメリカ軍戦闘機に一歩一歩静かに歩み寄る。コックピットハッチはまだ開かないが、相変わらずガタガタ揺れている。中から現れる人間は敵か味方か…。メッテルニヒは機体に登り、コックピットハッチと思われるガタガタ揺れるハッチの前で銃を構えて待機する。ゴクリ…唾を飲み込むが…
「あ、れ…?」


ピタッ…

中からの揺れが突然止まったのだ。しかしここで気を抜いたら軍人失格。
――僕の気配に気付いたのか…?――
「ならばこちらから抉じ開けるまでだ!」
メッテルニヒが右脚を振り上げたと同時。


ガコン!

彼が近付くのを待っていましたとばかりにハッチが中から蹴り飛ばされ、吹き飛んできたハッチを瞬時に避けたメッテルニヒ。頬に汗を伝わせ銃を構えて引き金に手を掛けた。


ドッ!

「ぐああ!」
「メッテルニヒ君!!」
引き金をすぐ引けずにいたのは、中から現れた人間がアンジェリーナか否かを確認しようとしていたから。その隙をつかれ中から現れた人物に鋭利なナイフで思い切り瞼を切り付けられたメッテルニヒ。血が噴き視界が遮られよろめく彼に駆け寄るブーランジェ。
一方、機体の中から姿を現した人物は白いヘルメットをかぶっていて顔は見えないが、何と軍服ではなく黒のスーツ姿。アンジェリーナではないからルネ軍の敵だ。敵は目にも止まらぬ速さで機体から飛び降りるとブーランジェの脇を駆けて行こうとするから、ブーランジェは敵に銃口を向けて迷わず引き金を引いた。


パァン!

「なっ…避けただと!?」
敵は何とブーランジェの頭上を跳ぶ事で回避し、彼の後ろに回り込む。血相を変えたブーランジェが咄嗟に振り向くが…


パァン!パァン!

「っぐ!くそっ!」
振り向き様に真後ろしかも近距離で発砲されてしまった。運良く弾は命中はせずブーランジェの肩を掠めただけではあったが。
「大将!!」
切り付けられた右目を閉じながらも、敬愛する上官ブーランジェの元へ駆けて行くメッテルニヒが敵に発砲。


パァン!パァン!

「何者だ貴様!連盟軍の人間か!」
それでもやはり敵は普通の人間とは思えぬ身体能力と素早さで弾を回避し、メッテルニヒの頭上へ跳び上がる。負けておられずメッテルニヒも頭上に銃を構えるが…。


ドガッ!

「っあ"!!」
思い切り首を後ろから蹴られた。一瞬呼吸ができなくなりその場に崩れ落ちるメッテルニヒの心配をする余裕も無いブーランジェが擦った傷の痛みを押し殺し、敵に発砲していく。


パァン!パァン!

しかし敵は弾を回避し、追い付けない程のスピードで21階奥の廊下へと走り去って行ってしまった。






















「くっ…!あの身のこなしは軍人ですか!私は肉弾戦より愛機ルーブルで戦う方が得意分野だというのに!」
「うっ…。申し訳ありませんでした…大将お怪我は…」
「構いませんよメッテルニヒ君。それより早く姉上と合流する必要がありますね。いくらコーサ・ノストラの暗殺者であるとはいえ、姉上は女性。先程の敵と対峙しては危険です」
2人は立ち上がり、ブーランジェは此処へ自分が突入してきた戦闘機がある方へ。メッテルニヒは先程の敵が走って行った方へ。
「では私は今から次の作戦へ移行します。メッテルニヒ君は早急に姉上との合流を」
「了解です!」
力強く敬礼した部下に笑む。2人は互いに背を向け合い、各々の目的地へと走って行った。


































同時刻――――


ウー!ウー!

外からのサイレン。上階が崩れる音。21階廊下を走るヘルメット姿の人物は先程ブーランジェ達と対峙していた彼らの敵。この人物だけの走る足音が聞こえる。


ピタリ、

21階奥の【第2会議室】と書かれた扉の前に立てば、右脚で思い切り扉を蹴り開ける。


ガタァン!

壊れた扉。中には誰も居らず。3人分の椅子とテーブルの上に3人分の書類が置いてあり準備されているその様を見て呟く。
「既に外へ出たか…」
部屋を出ると、会議室隣にある階段を駆け降りて行った。
「大将に傷を負わせた仇…」
その後ろでメッテルニヒの影がユラリ…揺れていた事にヘルメット姿の人物は気付かなかった。
































同時刻、
20階廊下―――――

「はぁ、はぁ!ったく!何がどうなっているんだ!」
一向に繋がらない携帯電話に八つ当りをして、殺伐とした誰1人生存者がいない廊下を走るのはジェファソン。彼の自慢のグレーのスーツに付着している返り血は、此処へ来るまでに鉢合わせた1人のルネ軍人から自分を守ってくれた部下達の血。辺りには白目を向いて首から血を流す連盟軍職員達の死体がゴロゴロ転がっている。ジェファソンは目をぎゅっ…と瞑り唇を噛み締めた。
「くそっ!私が…私がルネを甘く見たせいで彼らの尊い命を犠牲に…!しかしこれだけは奴らに渡してたまるものか!これが奴らの手に渡った時アメリカは…いや、世界は最悪な結末で統一されてしまう…ルネ共に!!」
その時。


ザッ…、

「な、何者だお前!」
階段を降りようとした彼の前に現れたのは、21階から階段を降りてきたあのヘルメット姿の人間。ジェファソンは咄嗟に銃を構えて唾を飲み込む。しかし相手は両手を上げて戦闘の意志が無い事を表した。だがヘルメットをかぶっている顔の見えない相手だ。相手の人間の隅から隅まで全てを疑わなくてはこちらが持っていかれる。そんなご時世にはうんざりする。
「戦闘の意志は無い…か?はっ、ならばそのヘルメットを取ってみろルネ!」
すぐにヘルメットを外して露になった長い黒髪。ジェファソンは目を見開く一方で肩を落として安堵の息を吐いた。ヘルメットの下は劉邦の相変わらずな無表情だったから。すぐに銃を下ろすジェファソン。
























「はぁ…。何だお前か。寿命を縮めさせるな!」
緊張で引きつっていたジェファソンの顔に笑顔が浮かぶのとは対照的に、劉邦は至って無表情で無言。目すら合わせてこない所からジェファソンは察する。昨夜の事をまだ怒っているのだろう。取敢えずその件に触れている時間は無い。劉邦の前に立つ。
「しかし何故、会議に出るだけだというのにヘルメットをかぶっているんだお前は?」
「……」
「はぁ。そうか。まあ良いさ。ところで劉邦。此処へ来るまでの間にバッシュを見なかったか?」
劉邦は首を横に振る。
「そうか。あいつの遅刻癖に今回ばかりは救われたな」
「私は戦闘機を使い21階へ来た。19階から下の階の様子は知らない」
「何!?じゃあバッシュが既に此処へ到着している可能性もあり得る…ってお前!その戦闘機っていうのはまさか我が軍の物か!?」
「当然だ」
「ならばどうやってこの高層ビルへやって来た!?まさか…」
ジェファソンの顔がみるみる青くなるのも劉邦はお構い無し。
「突っ込んだ」
「うあああああ!何やっているんだお前はああ!!」
頭を掻き毟り叫ぶとジェファソンは劉邦の肩を両手で掴んで揺さ振る。
「何という機体を使ったんだ?!まさかステルス戦闘機じゃないだろうな?!」
「そのまさかだ。あれはレーダーに感知されにくいからな」
「だああああ!だからってお前はなぁ!!そうやって戦闘機を自転車代わりに使うな!通常の戦闘機だけで1機約100億!ステルス戦闘機となれば1機約200億はするんだぞ!?それにこのご時世だ!同胞が次々撃墜される中、1機とはいえその損失は大きな痛手となり不利となる!分かるか劉邦?!」
「また造れば良い」
「そういう問題じゃなーい!!」
「静かにしてもらいたい。敵に気付かれる」
誰のせいで騒がしくなったんだ!というセオリーな台詞は飲み込みつつ。ジェファソンは目元をピクピク痙攣させながら溜息を吐いて会話に戻る。
「…はぁ。そうだな。ルネがこの建物の中の何処かに居るんだったな…大声を出したら気付かれるよな」
「そうだ」
――このガキ!澄ました顔で!自分がやった事の重大さをちっとも分かっちゃいないぞ!!――
漫画の世界ならジェファソンの背後で怒りの炎が燃え盛っていただろう。
「代表」
「何だ?!」
目をつり上げ表情はおろか声まで怒っているジェファソン。
「恐らく奴らの狙いは二つ。貴軍の空上大型戦艦」
怒りを静めたジェファソンがようやく真剣な顔付きに戻る。
「ああ。私もそう思っていた」
「大丈夫なのか」
「はは。何、心配するな。戦艦を起動させるにはこのディスクが必要だ」
内ポケットから取り出した1枚のとても薄く小さい黒いディスク。得意気に笑みながら「すごいですね!」と誉め言葉を待つ彼を澄ました顔で見てすぐ背を向けてしまう劉邦。
「おい劉邦!代表すっごーい用意周到!さっすがー!とかないのか!」
「談笑している暇があるなら早急に此処を出る」
「はぁ〜。そうだな。そういう奴だったなお前は。了解だ」
劉邦を先頭に2人は故障して動かないエレベーターに舌打ちをして仕方なく階段を駆け降りて行った。




































18階廊下――――

「駄目だ。通じない」
廊下を走りながらジェファソンは携帯電話を閉じる。バッシュとの連絡は未だとれず。2人は走り続ける。
「あいつはカッとなると周りが見えなくなるからなぁ。心配だ」
「ガキだからだ」
「ほう?劉邦お前は人の事を言えないと思うぞ?」
「何だと」
「はっはっは!ジョークジョーク!そんな怖い顔をするな!」
「別に私はあいつがどうなろうが構わない。連盟軍なんてものは所詮赤の他人でしかない」
「はいはい。分かったさ。ところでお前さっきルネの狙いが二つと言ったな。戦艦という事は私も予想していたが、もう一つは何だ?」
「確定情報ではない」
「はは、良いさ。お前の予想を教えてくれ。当たっているかもしれないだろ?ならばすぐにそれの守備に移らなければいけないからな」
「…本当に分からないのか」
「だから聞いているんだろう?」
「…はぁ」
「何だそのあからさまな溜息は!!」
この状況には似合わぬやり取りをする2人の背後に迫る1人分の人影があるとは知らず、彼らは走る。
2人の背後に迫る人影の正体メッテルニヒは遠くから2人を見つめて、耳から口にかけて装着したイヤホン型無線機にそっ…と手を添える。
「戦艦はディスクが無いと起動しない模様です。はい。ディスクは代表が。どうしますか?…了解しましたブーランジェ大将…」










































同時刻、
本部2階―――――

「キャハハハ!皆みーんなバーカっ!あたしに楯突こうなんて自殺行為だって事も分からないんだもん!」
取り残された本部職員の救出に突入した警官達の血塗れの死体が辺りに転がっている。この階に10体並んでいる剣と盾を持った鎧像にも飛び散っている彼らの血。返り血を頬や髪に付けて2丁の拳銃をくるりと回して見せたアンジェリーナは、すぐ傍の壁に背を預けて力無く座り俯いているバッシュへ歩み寄る。楽しそうに嗤いながら。
彼女の持っている2丁の拳銃の内の1丁はバッシュの物。先の戦闘時に奪われたのだ。アンジェリーナは腰に手をあてて彼の顔を覗き込みながら銃の先端でバッシュの顎をぐい、と上げさせる。前髪で隠れた彼の顔は見えず。ポタ…ポタ…と血が口端から滴る。右脚が出血しているし、包帯を巻いた頭部も赤が滲んでいた。
「坊やスーツ姿からして此処で働いてる民間人?ダメでしょ〜民間人があたしに抵抗しちゃあ?銃を持っているからとか男だからとかあたしより図体でかいから敵うとでも思っちゃってたワケ?」
「……」
「キャハハ!あっれ〜?もしかして死んじゃった?ま、いーや。ねぇ。どうせ死ぬなら苦しみながら死んでよ。さっきあたしの右腕に傷を付けた罰としてさァ!」


ガッ!

「っあ"!!」
アンジェリーナはブーツの高いヒールで彼の右脚を何度も何度も思い切り踏み付ける。彼が痛みに目を見開いてもお構い無し。寧ろそれが狙い。
「あ〜!やっぱり生きてた〜!キャハハ!よく分かんないけど既に超怪我負って包帯だらけだったしその上、坊やさっきから右脚を引き摺っていたもんね〜?そこが弱点なんでしょ?民間人相手だからってあたしが見逃すとでも思ったの?ぶーっ!残念不正解!あたし軍人じゃないの。王様に謀反する民間人を暗殺する暗殺者!だから寧ろ民間人相手のお仕事の方がほとんど。分かる〜?だから坊やも王様の覇道を阻む連盟軍の人間だから殺されて仕方ないのよ?お分かり?」
「あ"あ"…!!」
「キャハハ!痛い?そうよね痛いわよねー?女に半殺しにされてプライドズタズタなのに身体もズタズタにしちゃってごめんねー?」
「アンジェリーナ様」
階段を降りてきた1人の男性ルネ軍人に呼ばれたアンジェリーナが止めれば、バッシュは力無くその場に崩れ落ちる。右脚の傷口が開き、血はやがて血溜まりとなる。




















「何?」
「はっ!メッテルニヒ少佐からの伝達事項です。現在ブーランジェ大将がアメリカ軍格納庫へ向かったのですが、例の戦艦はディスクが無いと起動しないとの事です」
「で?それが?」
「はっ!そのディスクを所持している人間と少佐が遭遇したとの事!その上調度良い事にディスクを所持している人間が国際連盟軍アメリカ代表との情報です」
「…!!」
バッシュの右手がピクリと動いた。
「へ〜。あの馬鹿メッテルニヒもやる時はやるのね。それで?あたしも其処へ行けって事?」
「大将もそちらへ向かっております。場所は18階」
「オーライ。じゃ、行こっかー。こっちも遊び尽くしたし。国際連盟軍アメリカ代表の首を国王様へのお土産にね」
その時。
「貴様らかテロリスト!」
「はぁ?」
駆け付けた警官4人に対して機嫌が悪そうに振り向いたアンジェリーナは部下に「先行っててイーよ」と言うが、部下は躊躇する。
「しかしアンジェリーナ様お1人では…!」
「あたしが弱いって言いたいの?」
敵に向けるべき恐ろしい眼差しを向けられ部下は言葉を飲み込むと敬礼をして、先に18階へと階段を駆け上がって行くのだった。ここでようやく警官達と向かい合うアンジェリーナだが…


カチャ、カチャ

「あっれー?どっちももう銃弾無いや。ねぇ、ちょっと待ってくれる?今さ弾補充するから」
暢気な笑顔。腰に括り付けた小さなポーチの中をゴソゴソ探る彼女の言う事など誰が聞くだろうか。警官達は一斉に引き金に手を掛けた。
「悪魔の頼みなど聞くものか!撃て!!」


パァン!パァン!

銃弾が飛び、辺りには灰色の煙が立ち込めてすぐ晴れるが…
「い、居ない!?」
死体はおろか、彼女自体が忽然と姿を消したから彼らが目を丸めていると…
「ひぃっ…!?」
1人の警官の首筋にギラリ光る剣の刃先が伝い、ツゥッ…と血が滴る。真後ろにはいつの間にかアンジェリーナが立っていて、並んでいる鎧像の剣を持っていたのだ。
「待ってって聞こえなかったの?坊や達」
「なっ、やめ…」
「人の事を悪魔って言うけどあんたらもあたしらと同じようなモンでしょう?」
「やめ、やめ…ああああ!!」


ビチャッ!ピチャッ!

4人分の血が彼女をまた赤く染め上げていく。





















ドサドサ積み重なる彼らの遺体。背中には剣で斬り付けられた大きな×印。そこから真っ赤な血が溢れ出す。


カシャン、

剣を腰に括り付けて腰に手をあてる彼女は溜息。
「あたし我慢弱い男ってキラーイ。生き急いじゃってさ。バッカみたい。どうせあたしに殺されるのよ。ふわぁ〜。じゃーさっさと馬鹿な代表の首を王様に持って帰ってアントワーヌとデートしよーっと」
全く緊張感が無く、弾の入ったポーチの中をまた手で探りながら階段を登って行く。
「!!」


ガッ!!

「へぇ坊やまだ生きちゃってたんだ?しつこい男もキライ」
物音一つしなかったのに気配を感じとった彼女が後ろを振り向けば正解。鎧像の剣を振り上げたバッシュが真後ろに居たから、こちらも先程の剣でぶつかり合う。ジリジリと剣から伝わる互いの力。しかしアンジェリーナは空いている左手でポーチの中の弾を探る。
「誰の首を持って帰るって言った!!」
「きゃー怖い顔。そんなしかめっ面してると、ブサイクが余計ブサイクになっちゃうわよ?」
「ジェファソンさんの元へは行かせねぇ!!」


ガッ!

渾身の力で圧されたアンジェリーナは後ろへ下がってしまい、同時に2人の間に少しだけ距離ができた。その隙を狙い、剣を振り上げて立ち向かってくるバッシュ。
「熱い男もキライ…。ふん。今時剣で殺りあうなんてあたしの分野じゃないわ。あたしにはコレがあるからね?」
アンジェリーナの左手が掴んだ弾が拳銃の中へおさまろうとするが…


ガッ!

「きゃあ!」


カラン、カラン…!

鎧像の腰から引き抜いたもう1本の剣を、拳銃を持ったアンジェリーナの左手目掛けて投げつければアンジェリーナが持っていた拳銃2丁共床に転がる。拾いに行こうとする彼女が隙を見せたところで剣2本を構えて、彼女目掛けて突く。


キィン!!

「っ…!」
しかしアンジェリーナが屈んで避けた為、2本の剣はそのまま壁に突き刺さった。無傷で済んだアンジェリーナだが顔が一瞬にして真っ青に染まったのが一目で分かる。初めて死を覚悟したのだろう。

















すぐに拳銃を拾おうと床を這う彼女だが、拳銃は2丁共バッシュによって蹴り跳ばされてしまう。
「何すんのよ!女相手に剣2本使うだなんて恥ずかしくないの?!」
「その言葉が出たって事はあんた今マジでやべぇって事なんだろ?」
「…!舐めんじゃないわよガキの分際で!!」


キィン!キィン!

突如鬼の形相へと切り替わった彼女は剣1本にも関わらず激しく攻撃してくる。彼女が2本使おうとしないのはやはり女性に剣2本は重た過ぎて満足に扱えないからだろう。一方のバッシュは2本。1本で攻撃を受け止めてもう1本で攻撃していけば、彼女の肩や腕から血が流れ出す。それでも顔を歪めない彼女を前にしたらバッシュの心の奥底が無性に痛んでしまった。
「…王の言いなりかよ」
「はぁ?!」
「王の言いなりになって人間殺して金貰って生きる…そんなんで良いのかよルネは!」
「何言ってんの?はっ、まさか坊や同情しちゃってんの?甘いわよねぇ。だからガキなのよ!!」


ドスッ!

「っ"…!!」
甘さは命取り。右脚を思い切り刺されてガクン…と崩れ落ちたところを狙ってくる彼女は歯茎まで見せて笑っていた。
「坊や、あたし怒らせてどうすんのよ!分かったぁ。死にたがりやさんなのね?オーケイ!じゃあご希望通りぐちゃぐちゃに殺してあげる!」
「っ…!うっせぇよ!」


カラン!カラン!

「きゃっ…!」
刃先が額を目掛けてきた寸のところでバッシュは彼女の剣ごと蹴り飛ばして体勢を整えれば形勢逆転。武器全てを凪ぎ払われた彼女にようやく焦りが見えた。
「死ぬのはあんただろ!」
「くっ…!」
ばつが悪そうに舌打ちをしながらもらしくないが彼女は丸腰のまま階段を駆け上がって行った。逃げたのだ。
「待てよ!!」
――くそ!側近がついていたとしても民間人…!軍人じゃないジェファソンさん達だけじゃルネには敵わない!兄さんが会議室へ先に着いていてくれれば良いけど…!――
不安と焦りが交差する。アンジェリーナを追ってバッシュも階段を駆け上がって行った。



































17階廊下――――

窓の外を見ながら走るジェファソンと劉邦。
「はぁ、はぁ。どうやらこれ以上の増援は来ていないようだな!奴らは本部襲撃が目的という事か!」
「…!!下がっていろ代表!」
「え、」


パァン!パァン!

何者かの気配を感じた劉邦が咄嗟に後ろを振り向いてジェファソンの前へ飛び出した直後2発の銃声。ジェファソンが彼の肩越しから覗けば、其処には灰色の煙が噴く拳銃の銃口を向けているメッテルニヒが居た。
「ルネ軍…!」
「すみませんが黒い髪の貴方。其処を退いてもらえませんか?ディスクは勿論、アメリカ代表には生きて我国へ来てもらわなくてはいけないのです。国王陛下だけが代表を裁く事ができるのですから」
「なっ…!?私が狙いか!?何を馬鹿な事を言っているルネ!王は神になったつもりか!?」
「ええ。陛下は神をも超越し、恒久和平を創ろうとしています」
「そんなものルネだけの恒久和平だろう!とことん頭の足らない連中だな!」


パァン!

「っ!?」
「母国を侮辱する事は許さない…」
ジェファソンを生きて連れていくと言った矢先発砲してきたメッテルニヒに2人は目を丸める。幸い弾は壁にめり込んだだけで済んだが。
「代表。しばらく黙っていて頂きたい」
「私のせいか!?」
「勿論だ。あまり奴らを挑発させるな…其処で下がっていろ。すぐに片付ける」
「お、おう…頼んだぞ」
劉邦は前へ出ると銃口をメッテルニヒに向ける。
「…民間人を殺すなんてアンジェリーナ姉さんみたいな卑劣な行為はできるだけ避けたいので、貴方はおとなしくアメリカ代表を僕に渡してもらえませんか?」
「先程の私の動きを見ても尚民間人扱いか?頭の足らない下等種族の集まりなんだなルネという国は」
「!!」


パァン!パァン!パァン!

始まる銃撃戦。ジェファソンは劉邦の後ろに隠れながら苦笑い。
「敵を一番挑発しているのはお前の方だろう劉邦」
「おやおやこんな所に居られましたか国際連盟軍アメリカ代表?」
「なっ…!?」


パァン!

「代表!!」
背後から聞こえた1発の銃声に劉邦が振り向く。そこを狙ってくるメッテルニヒの拳銃を蹴り落として更にメッテルニヒの首と腹部を思い切り蹴り付ければ、彼は呼吸ができなくなり血を吐きその場に倒れこむ。
「うぐっ…!」
メッテルニヒに追ってこられないよう手短に片付ければ、すぐ其処の階段から現れたブーランジェがジェファソンの首を掴み持ち上げて笑っていた。




[次へ#]

1/2ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!