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症候群-追放王子ト亡国王女-
ページ:2




4日後、アメリカ合衆国
国際連盟軍本部――――


「はっはっは!見たか!ルネは我々の戦艦に恐れをなして撤退したのさ!」
会議室のソファーの背凭れに背を預けて豪快に笑うジェファソンと議員達。
「いやあ、それにしても口だけですなルネという名の負け犬は!」
「口ばかり達者で、我々アメリカ軍の戦艦を見せられたら歯向かう言葉も出ずあっさり逃げるとは!はっはっは!ジェファソン代表の戦略通りですよ」
「まあ私もまさかこんなにも早くプライドの高いルネが撤退するとは思ってもみなかったが、結果オーライだな」
「しかし彼らは何故降伏を宣言しないのでしょう?」
顎に手を添えて、うーんと唸る議員達のカップにホットコーヒーを注ぐジェファソン。
「お高い自尊心が傷付くからじゃないか?」
「嗚呼なるほど!それでですか!」
「恐らくな」
彼らの笑い声が室内に響く。もう外からの戦争の音が一切聞こえなくなっていた。


コンコン、

「む?誰だ?」
「失礼致します。ジェファソン代表。アンデグラウンドからのお客様です」
「おお!来たか!今行く」
扉の向こうからの女性の声にすぐ反応したジェファソンは議員達に「ではまた今度!」と別れの挨拶もそこそこに、笑顔で扉を開く。
其処には、本部オペレーターの細い女性に連れられたバッシュが立っていた。頭部はまだ包帯を巻いたままで左頬は傷テープが貼ってあるが、松葉杖も必要無いから1人で歩けるまでに回復した。珍しくスーツをきっちり着て、包帯を隠す為なのか前髪を下ろしている彼に瞬きするジェファソン。
「…どうも」
「おお…!何だ。やれば真面目になれるんじゃないかバッシュ!こーんなに美人なオペレーターが案内してくれたんだ!此処へ来るまでにちゃんと口説けたんだろうなぁ?」
笑いながらポンポンと肩を叩いてやる。しかしバッシュの口は笑っているのに瞳は光を失っていて空虚だ。何処を見ているのか分からない。まるで別人のような暗い彼の様子に気付いたジェファソンは真剣な顔付きに切り替え、手を離す。
「…そうか。悪かったな」
「……」
くるり。ジェファソンは案内してくれた女性に微笑む。
「忙しいところをありがとうな」
女性は微笑むと、一礼をしてこの場を去る。同時にジェファソンもバッシュを案内する為、本部を出て行った。






































高層マンション――――

本部を出て車を15分走らせた所に建っている高層マンション。都心らしい近代的な造り。周辺はルネによる戦争の爪痕が生々しく残っていたが。
7階に着けばジェファソンは奥の706号室の扉の前に立ち、カードキーを差し込む。


ガチャ、

鉄の重たい扉が開かれると中は2LDKの部屋。劉邦が提案した通りジェファソンはバッシュをアメリカ軍に在籍させる事を条件に、あっさり受け入れてくれた。別に一文無しでは無いから生活費もこのマンションもバッシュが出す。簡単な家具は既に配置されていた。
キャリーバッグ三つ分の荷物を運ぶバッシュが右脚を引き摺っている事に気付いたジェファソン。
「どうした。脚、まだ治らないのか」
「いや…これは後遺症が残る、って医者から…」
「そうか…。無理はするなよ」
「無理くらいしますよ…ジェファソンさんとアメリカには助けられたんすから」


ガタン、

キャリーバッグをリビングに置き、屈んで中から早速荷物を出し始める彼の背を目尻を下げて見つめるジェファソン。
「そうやってがむしゃらになった所で良い結果は生まれんぞ。…おっと。私はまだ仕事が山のようにあるからそろそろ行くが、お前とは話したい事は山のようにある。時間ができたらまた来るから安静にしていろ。まあ、どっちみちもう戦争は終わったも同然だが」
「はい…」
替え玉かと思うくらい…いや、替え玉の方がもっと本人らしく演じられるだろうか。そのくらい別人なバッシュの気持ちも分かるが辛気臭い事はどうも性に合わないジェファソンは肩を竦めて、聞こえないよう溜息を吐くとこの場を後にした。






















バタン、

ジェファソンが去った室内で1人。バッシュは荷物を取り出していた手を止める。黒の携帯電話を取り出して、アンデグラウンド国王ロマンの電話番号に繋げた。


トゥルル…トゥルル…

【お客様がおかけになった電話番号は現在使われておりません】


ブツッ、

アナウンスの後すぐに切ると次に、ロゼッタの番号に繋げた。


トゥルル…

ロマンの時と同じ虚しいコール音が永遠のように繰り返される。
【お客様がおかけになった電話番号は現在使われておりません。お客様がおかけになった電話番号は現在使われて、】


ガシャン!

アナウンスの途中にも関わらず、携帯電話をタンスに投げつけた。嫌な音をたてて足元に転がる携帯電話を叩く…が、その手には力が込められていなくて、バッシュは座り込んだまま俯く。現実を突き付けられ、小刻みに震える肩。
「…で…何で俺は何も守れないんだよ…」
引き摺らなければ歩けない後遺症が残った右脚をギュッ…!とつねる。あの日ロゼッタに刺された右脚を。














































22:12――――

明かりが灯るマンションの前に1台の白く大きな乗用車が駐車してある。劉邦の車だ。
「良いですか劉邦。今後私の指示無しに勝手な行動は一切禁じます」
「分かっている。この前はただ、昇華の新たな性能を試したかっただけだ」
「いいえ。分かっていないから貴方は今回このような行動をとったのですよ?昇華の性能ならば、我々が占領しようとしているルネ領日本に滞在しているルネ軍を使えば良かったのではないですか?たかが連盟国相手に援護し、何故そこまで感情移入するのですか。彼らは身内でも仲間でもありません。所詮、他国の人間に過ぎないのですよ。イギリスのように我々も彼らにいつか裏切られたらどうするのですか?」
「その時は潰すだけだ」
「ならばもうこれ以上彼らに情を抱くのは絶対におやめなさい。貴方は1人の人間である以前に、李 劉邦だという事をしっかり自分に言い聞かせなさい」
「ああ、そうだな」
「まったく…。身体能力では貴方が一番勝っているというのに、人間性では貴方が一番扱い辛いですよ」
「日本には幾つ部隊を送っている」
「四つです。張 偉と呂雉に指揮をとらせています」
「それは同郷出身の私にも早く来いと言わんばかりの言い方だな」
「当然です」
「はっ…分かった。明日には此処を立つ」
「仏の顔も三度までですからね」
「ああ」


ガチャッ、

宦官との通話を切ると携帯電話を片付けて車から降り、マンションの中へ入る。ジェファソンから教えてもらった暗証番号を打ち込めばマンションの入口の扉が開き、エレベーターで7階へと昇っていった。






























7階―――――


ポーン

7階に着いたエレベーターのドアが開けば。
「あ」
タイミング良く其処でエレベーターを待っていたバッシュと鉢合わせる。だが、彼はすぐに目を反らした。
「…どうも」
「何処かへ出掛けるのか」
「いや別に…。部屋に居ても何か…気が滅入るだけだったんで」
「だから外出か?馬鹿が。代表に言われなかったか。安静にしていろと。すぐに完治させて軍で恩を返そうとは思わないのかお前は」
「…すんません」
呆れた劉邦は溜息を吐く。そんな彼の脇をスッ…と通りエレベーターに乗り込もうとするバッシュの肩を掴み、引き止める。
「言っただろう。お前がアメリカへ来たら話をしろと。何を隠している。イギリス軍から戦略を渡されたとは何の事だ?何故お前の父親も国の人間もお前を疑っている?…姉さんの事も何か知っているのか」
「……」
遠くから連盟軍本部の明かりが見える。車の走行音が聞こえてくるだけで静まり返っている。


バタン、

機械音をたててエレベーターは閉じ、下がっていった。一方バッシュは下を向いたまま。劉邦は眉間に皺を寄せてジッ…と睨むように彼を見ている。
「姉さんの遺体はまだ見付かっていない。…連絡もつかないが。お前が戦場で会っていないなら、姉さんは今戦に参戦しなかったと思うのが妥当だろう」
「姐さんの遺体なんて見つかるわけないっすよ…」
ようやく口を開いたバッシュはポツリポツリ絞り出すように言葉を並べていく。
「お前がそうやって希望を抱く気持ちは分かる。私も同じだ。恐らく姉さんは今頃母国に居て、」
「そうじゃない…。姐さんは殺されたんだ」
「…何?お前、姉さんの事は知らないと言っていただろう」
バッシュは顔を上げる。瞳は空虚なのに口は白い歯を覗かせるくらい笑っていた。
「俺が殺したんだ…銃で…パーン、ってさ…っぐあ…!!」


ドンッ!!

思い切り首を両手で掴まれてそのまま壁に背を打ち付けられたバッシュ。衝撃で噎せ返るバッシュを、戦場を駆ける時と同じ眼差しで睨み付ける劉邦。























「ゲホ!ゴホッ、」
「冗談も大概にしろ…」
「ははっ…冗談なんかじゃ…ないっすよ…。姐さんが俺にイギリスの戦略と…機体の弱点を教えてくれた」
「何故だ。姉さんは何故自軍を裏切った…」
「そんなの…知らないっすよ…。はっ、よく分かんねぇけど俺には…敵の戦略が丸分かりで好機だった…。日常で人を殺せば罪人…でも…戦場で人を殺せば英雄…。ましてやあのイギリス軍をぐっ、あ"…!」


ドガッ!!

頭を鷲掴みにされてコンクリートの汚い床に頭から押し付けられる。その強い力により、バッシュの頭部を巻いている包帯から血がじわり滲み出す。しかしそんなのお構い無しに劉邦は鬼の形相で珍しく声を荒げる。
「黙れ!!お前はそれでも血の通った人間か!!姐さんは開戦当日、私と代表にアンデグラウンドを…お前を助けるようメールを送っていた!お前に戦略を渡したのは、お前にエリザベス女王の悪行を止めてほしかったからなんじゃないのか!?何故それに気付かなかった!何故姉さんを殺した!?お前を一番可愛がってくれた人間を、どうしてそう簡単に手にかけられるんだ!!」
「っ…!ンなの…そんなの知るかよ!!俺はアンデグラウンドの軍人として殺しただけだ!それの何が間違っているっつーんだよ!兄さんは病院で"姐さんの居場所なら任せろ"っつったけど、裏切り者を助けてどうなるんだよ!姐さんの居場所を作るなんて端から無理なんだよ!裏切り者の姐さんを助けたって次は自分の身が危うくなるだけだろ!?だから俺は殺した!姐さんが俺にエリザベス女王の悪行を止めてほしかった?!そんなの…そんなの、姐さんが言ってくれなきゃ分かるわけねぇだろ!!」
「なんだその口の利き方は!」


ドガッ!ゴツッ!

最後、擦れたバッシュの怒鳴り声を掻き消すかの如く劉邦は彼の前髪を鷲掴み、ただひたすら殴り続けた。バッシュの口の中から血が流れて歯が折れる音もした。頭部の白い包帯が赤く染まり、ポタポタと赤い血が灰色のコンクリートに雫となって滴れる。それでも劉邦の手は止まらず、言葉にならない分、彼を殴り続けた。



ドサッ、

劉邦が手を離せば、彼は力無くその場に顔を伏せる。ヒュー…ヒュー…と微かな呼吸音しかもう聞こえてこない。口や頭や鼻から血がポタポタ滴れる。劉邦はその場に立って彼を見下ろしながら、手に付着した彼の血痕を汚い物を扱うかの如く壁で乱雑に拭う。
「お前は戦をゲームとしか思っていない…。殺めたって翌日にはまた生き返っていると簡単に考えている…だから姉さんに手をかけられたんだ…」
「……」
劉邦は震える拳を力強く握り締める。
「いつだって飄々として愛嬌で何でも事が通ると思っているガキのお前の事が私は初めから大嫌いだったんだ…!王と友人だからたかがそれだけの理由で王の側近や軍のトップや連盟軍代表に任命された。それなのに、責任を背負う役職ばかりで疲れるだの面倒だのと嘆く。這い上がる事の辛さや苦しみを何も知らず、周りに甘やかされ、のうのうと生きている温室育ちで貴族出のお前に何が分かる…!覚悟も無くただ周りに流されるがまま軍人になったお前と、軍人になる事しか許されなかった私とを同じ軍人として扱われるだけで虫酸が走る!」
「……」
「何とか言えないのか!」
無言の彼に怒りが増してまた胸倉を掴んだ時。


ポーン

調度エレベーターのドアが開く音がして、中からジェファソンが出てきた。
「な…何をやっているんだお前達は!?」
ドアの向こうの光景に唖然とするも、すぐ2人の間に入る。一方劉邦は舌打ちすると何も言わずジェファソンに背を向けてあと少しで閉じそうなエレベーターに乗り込もうとするから、ジェファソンが肩を掴んで引き止める。


ガシッ!

顔だけを向けてくる劉邦の眉間に寄った皺や戦場と同じ鋭いその眼差しにさすがのジェファソンも内心動揺してしまう。表情には一切出さないけれど。
























「放してもらいたい」
「待て劉邦。落ち着け。お前達、一体何があったんだ?」
バッシュの方を向いても俯いて立ち尽くしたままだし、劉邦はそんな彼を睨み付けるだけだから、ジェファソンは肩を落として深い溜息。
「はぁ。劉邦。お前がこんなにも感情的になるなんて一体何が…」
「代表。ロゼッタ姉さんの消息が不明な理由がようやく分かった」
「何!?それは本当か?ロジーは今何処に居るか検討はつくのか?」
スッ…。無言で劉邦が指差した先にはバッシュが居る。ジェファソンは目を大きく見開いた。
「こいつが殺した。だから姉さんはもう何処にもいない」


しん…

静まり返る。夏なのに、3人の間を通り抜けた夜風が酷く冷たくて身に染みた。一方のジェファソンは口元を引きつらせて苦笑い。
「は…はは…ジョークは止せ劉邦。バッシュがそんな事をするはずないだろう?」
「姉さんはこいつに自軍の戦略と機体弱点の機密事項を譲渡した。そして私と代表に、こいつとその国を守れと言った。姉さんの事だ。恐らくエリザベス女王の低能な悪行に耐え兼ね、委ねたんだ。こいつにイギリスを救うよう。それなのにこいつは姉さんの真意に気付かなかったどころか、渡された機密事項を好機と言い、姉さんに手をかけた!裏切り者と言った!!」
「熱くなるな劉邦。落ち着け。声がでかい」
「何故こいつが還ってきて姉さんは還ってこないんだ!こんな恩知らずで血の通っていない人間だと分かっていたならば私はこいつの救出などせず、姉さんの救出をした…姉さんを助ける事ができた!それなのにこいつは姉さんを殺し、自分を私に救出させて生き延びた!何故こんな奴が生きているんだ!!」
夜分だしすぐ其処には部屋が建ち並ぶマンションだ。感情的になった劉邦の罵声はこの階のみならず、上下の階にも響き渡っているだろう。























声を荒げたせいか少し呼吸を乱す劉邦の隣に立ったジェファソンは、ビルとビルの間から見える美しい月を切なそうに見つめる。
「…そうか。それでこれか」
「そうだ。だから私は!」
「劉邦。お前の気持ちは充分分かる。だが、こいつは自分の任務を全うした。ただそれだけの事なんだ」
「!?」
ジェファソンからの思いもよらぬ一言に劉邦はバッ!と彼に顔を向けて目が点だ。言いたい事は五万とあるのに、ショックで声が言葉となってくれない。一方ジェファソンは月に背を向けるとバッシュの肩にポン、と手を置いてから劉邦に顔を向けた。
「かつてイギリス植民地であったアンデグラウンドは現在の女王エリザベス20世の時独立し、それからはイギリスと同盟関係にある。しかし聞いた話によればアンデグラウンド王妃の側近にイギリス人の側近を置き、その側近が王妃と肉体関係を持ち、イギリスがアンデグラウンドの世継ぎにもイギリス人の血を交えようと目論んでいた事から彼らイギリス軍の真の目的が露呈し、今戦へと繋がったのだそうだ。同盟国でありましてや連盟軍の仲間である国の土地を常人ならば奪おうなど思わん。だが、それをやってのけたのだ彼らは。指導者がエリザベス女王であろうが誰であろうが、これはイギリスが犯した罪。ならば、アンデグラウンド軍人として裏切り者を殺める事は理にかなっている。…それが例え母国のやり方に納得がいかないとしても戦場へ一歩足を踏み入れている時点でロジーはイギリス軍であり、裏切り者であり、アンデグラウンドの敵であり…連盟軍の敵である事に変わりはないんだ」
「そうやって…そうやって代表までこいつの肩を持つからこいつが図に乗るんだ…!」
握り締めた劉邦の拳が震える。俯いているから前髪で隠れた目が見えないが、口は歯を食い縛り今にも爆発しそうな怒りを僅かな理性で堪えている事が一目瞭然。
「劉邦。もしもお前の母国がバッシュの母国と同じ状況だったらお前はどうする?いくら連盟軍代表同士で親交があったとはいえ、生まれ育った母国や自分の家族を殺しにかかる敵の中にロジーが混ざっていたならば…悲しい事だが、母国の人間ましてや軍人として手を抜けたか?」
「違う!そうではない!私だったら姉さんの真意に気付き、姉さんの生きる場所を作った!」
「作ったところでお前も国際連盟軍と中国の裏切り者になるし、母国や家族を見捨てた事になるぞ」
「ならば代表もこいつと同じだというのか!代表にとって姉さんは簡単に殺せるそんな存在だったと言うのか!!」
「待て。落ち着け。感情的になり過ぎだ。そんな事を言っているんじゃないさ。ロジーの事は大切な仲間だと思っている」


パシッ!

肩を掴んで引き止めようとするジェファソンの手を振り払えば劉邦は鬼の剣幕で2人を睨み、開かれたエレベーターの前で捨て台詞を残した。
「私には2人の考えは一生理解できない!」
静かに閉じたドア。ぐん、と機械音が聞こえてエレベーターは1階へ降下していった。



























再び静けさを取り戻すが、辺りに付着した血痕を見てジェファソンは額に手をあてて溜息。
一方、まるで別人のようにおとなしいバッシュが部屋へ戻ろうとしたから、行く手を阻むように前に立って持ち前の明るさで笑うジェファソン。
「晩飯。まだ食べていないだろう?調度聞きたい事もあるからな。すぐ近くに私の家がある。酒も飲ませてやるぞ。来るか?」
ぐいっと酒を飲む真似をしてみせても、やはりバッシュは俯いたまま。
「いや…いいっす」
「ほう。良い所出で坊っちゃんのお前が開いた傷口の手当てを1人でできるとは思えんけどなぁ?」
「……」








































22:50―――――

車で10分たらずの閑静な住宅街に広大な敷地に建てられた一際目立つ屋敷がある。ジェファソンの家だ。2階の窓から外へ洩れるオレンジの明かり。
「はい!でーきたっ」
2階のリビングでジェファソンの妻特製手料理を前にするジェファソンとバッシュ。彼の開いた傷口の止血と殴られた箇所の手当てを終えて手を叩くのは、ジェファソンと同じ焦げ茶色の髪を耳の下で二つ結びした女性。彼の愛娘で名をアンナといい、年は21歳。
「ありがとな」
「どうだバッシュ!アンナは看護学校に通っているから手当てだってこーんな簡単にできるんだぞ!」
「お父さん人前で親ばかを発揮するのはやめてよ!」
微笑ましい父と娘のやり取りにも無反応。俯いてビールのグラスに口をつけるだけの彼を見て、2人は目を見合わせた。空気を読んだアンナは「私お母さんの手伝いしてくる」そう言ってリビングを去り、1階へ降りて行った。

























カラン、

ウイスキーの氷が音をたてて溶ける。テレビも消した静かなリビング。
「本当は俺も兄さんと同じだったんです」
食事もそこそこに、ビールのグラス片手にやっと口を開いたバッシュの話に耳を傾ける。
「同じ?それはどういう意味だ」
「俺も姐さんの居場所を作ろうとした。姐さんがアンデグラウンドに戦略を流した事を王様と軍に教えていたから、いくら敵とはいえ姐さんはイギリス軍を裏切った。だから王様も軍も姐さんを受け入れてくれると簡単に考えていたんです。でもそれは無理な話だって事…そうしたら、逆に俺の居場所が無くなる事を姐さんは知っていた。姐さんは俺と王様を撃って…でも急所を外していた。それは、姐さんが俺を庇う為にわざと俺を挑発させて殺させようとしていたんだ…。そうとも知らず俺は、姐さんに挑発されてカッとなって…」
ガクガク震え出す両手をチラ、と見てジェファソンはウイスキーのグラスを置く。
「…そうだったのか。なら何故劉邦に嘘を吐いた。結果はアレだが…。ロジーに挑発されたから…と真実を言っていれば劉邦だって解ってくれただろう。自分で自分を不利な立場に追い込んでどうする」
「…言ったところで姐さんを殺したのは俺という事実は変わらないし…。何より、言ったら兄さんに許しを乞う言い訳にしか聞こえないから、そんな自分が許せなかっただけっす…」
「そうか…」
カラン…。また音をたてて溶ける氷。普段ならこんな小さな音は耳にも止まらないのにやけに大きく聞こえたのは、それ程室内が静まり返っている事を表す。ジェファソンは唸りながら伸びをする。
「そう気に病むな。戦争だ。仕方ない。悲しいのは皆同じだ。ほとぼり冷めれば劉邦だって元に戻るさ。本当に嫌いな人間には怒鳴らないからな」
「いや…兄さんは本気でしたよ…」
「ほら!そうやって暗い顔をするな!らしくないぞ!確かに今回は悲惨だったが、いつまでも引き摺るな。お前はただの民間人ではない。民間人を守る軍人だ」
励ましてやっても一向に顔を上げないし、自分の太股に乗せた両手の震えは増す一方。全て話を吐いたはずなのに何故だろう?ジェファソンは顔を覗くようにして首を傾げる。
「どうした?あ。怪我が痛むのか?なら帰るか?」
「俺は最低なんです…兄さんと話せる資格なんて無いんです…」
「はぁ。だから男ならシャキッとしろ!いつまでもそうやって、」
「俺は兄さんが姐さんを好きだって知りながら、姐さんに好きだって伝えた!姐さんに執着したばかりに軍人という立場を放棄して1人の人間として生きようとした馬鹿な俺を気遣って姐さんはわざと俺に自分を殺させたんだ…!」
声を上げてようやく吐き出した。ずっと喉に支えていた言葉。そうしたら身体に括り付けられていた岩が取れて軽くなったと同時に、罪悪感が一気に押し寄せてきた。
ジェファソンは目が点。しばらく口を開く事ができなかった。
「バッシュお前…」
「俺は卑怯だ…!姐さんも兄さんも大切なのに、兄さんの気持ちを知っていながら姐さんに好きだって伝えて…そして殺した…!悔やんだってもう何も戻ってこないのに、失ってから気付く事の無いようにってずっと思ってきたのに、結局俺は自分の事しか頭にない馬鹿野郎だったんだ…!!」


ドン!

悔しそうにテーブルを右手拳で叩いて俯く。右手の包帯からまたじわりと赤が滲む。
「兄さんだったら…。あの時姐さんの傍に居たのが兄さんだったらこんな事にならなかったのに…!俺なんかじゃなくて、姐さんの真意にすぐ気付いた兄さんがあの時姐さんの傍に居たら…!」
「…それは無理かもしれんぞ。裏切られ、いざ戦場で対峙すれば混乱して劉邦も気付けなかったかもしれない」
「でも!!」
「バッシュ。本当にそれが言いたい事なのか?」
「え…」
「1人で抱え込むなんてらしくないぞ。言いたい事を吐き出して全部空にして次に繋げろ」
ぐいっ、とウイスキーを飲み干すジェファソンは窓の外を見ていた。バッシュは唇を噛みしめつつも、静かに口を開く。
「口で言ってくれなきゃ分かんねぇよ姐さん…!」
テーブルをドン!と叩いて顔を伏せる彼の背をポン、と1回叩く。優しく…けれどどこか切なく笑むジェファソン。
「ロジーは意地っ張りなところがあるからな。意地でもお前に言いたくなかったのだろう。助けてほしい、と…」
「っ、ぐ…」
ぐすっ…鼻を啜る音がしてそれを隠す為か、腕で顔を拭うバッシュ。


























「俺には後にも先にも姐さんしかいないのに…」
「まだロジーに依存しているのか?ロジーはそうやっていつまでもうじうじする男は嫌いだぞ。忘れろとは言わん。けどな。お前にいつかまた大切な人ができてお前がその人と幸せになる事こそ、ロジーがお前を生かした理由だろ?違うか?」
ジェファソンは立ち上がると腰に両手をあてて、いつもの明るい笑顔を浮かべる。
「さあさあ、泣くのはやめだ!死んでからもロジーを困らせる気かバッシュ!」
顔をもう一度拭い、顔を上げた。
「っ…、そうっすね」
「仕方ない!優しい優しいジェファソン様がワインをもう1本あけてやろう!今日だけだぞ!」
「いやー、それは嬉しいんすけどおっさんと飲んでも全然楽しくないっていうか、ぐえっ」
案の定ジェファソンから鉄拳が頭に飛んできたからまたアンナの出番がやってきたのは言うまでもなかった。だがさっきは聞こえなかった2人分の笑い声がリビングから聞こえてくると、ドアの前で妻と娘のアンナが微笑んでいたそうな。


































AM0:02――――

ジェファソンが車庫から車を出してくる間、玄関の外で待つバッシュの隣にはアンナ。見送りだそうだ。
「ねぇ」
「え?」
顔は遠くにある車庫に向いているアンナに話し掛けられて顔を向ける。
「お父さん、戦争はもう終わったって言っているけど私心配なの。ルネって何を考えているか分からないじゃない。だからいつも不安なの。夢で出てくるお父さんはいつも笑顔で…でも私とお母さんから離れて1人で歩いていっちゃう。正夢じゃないよね?お父さんいなくなったりしないわよね?」
「大丈夫っすよ。ジェファソンさんなら槍が降ってきたって1人だけ生き残りそうっすから」
「良かった。私は彼氏も大切だけど一番は家族。お父さんが大好きなの。だからバッシュ。お父さんが困っていたら助けてあげてね。お父さんああ見えて聞き役ばかりで自分は抱え込むタイプだから。…じゃあねっ!」


バタン!

それだけを言いたかったから見送りに来たのだろう。アンナは言い終えるとさっさと家の中へ戻ってしまった。だからバッシュは苦笑い。
「バッシュって呼び捨てか…。ま、いっか」
「お、お父さんが大好き…彼氏よりお父さんが大好き…!!」
「げっ!ジェファソンさんいつの間に居たんすか!」
いつの間にか門前に車が停まっていて玄関の柱に隠れていたジェファソンが目をうるうるさせ、アンナが言った言葉を繰り返していたから、気持ち悪くてバッシュはドン引き。していたのも束の間、ガクガクと肩を揺すられる。
「聞いたかバッシュ!?今アンナが彼氏よりもお父さんが大好きって言ったよな?な!?」
「言いました言いました!つーか俺まだ怪我が完治してないんで!超痛いんすけど!」
「ん…?彼氏…だと…?!何ぃぃ!?アンナ、彼氏がいるなんて私に一言も言ってないぞ!大事件だ!おいバッシュ!お前さっきアンナと何を話していた!?まさか口説いたのか!?さてはお前がその彼氏か!!」
「はあ!?1分くらいしか一緒に居ませんでしたけど!明らか無理っしょ!」
「貴様!私の可愛いアンナに手を出そうったってそうはさせん!お前の部屋にステルス戦闘機で突っ込んでやるからな!」
「だから!俺、年下興味無いっすから!」
「き、興味無い?!興味無いってどういう事だ!私の可愛いアンナを興味無いなんてぬかすお前の部屋にはやはりステルス戦闘機で突っ込み木っ端微塵にするしかないようだな!」
「どっちにしろ俺は殺されるんじゃないっすか!」
ジェファソンの勝手な言い掛かりにムキになっているバッシュは、彼の忌まわしい記憶を忘れさせようとジェファソンがわざと話を反らしてあげていた事に気付いていただろうか?
――気付かれなければ私の勝ちだよな、ロジー?――


































マンション入口――――

「じゃあ明日9時から本部で会議だからな。遅刻するなよ」
「分ーかってますって!」
「どうだかなぁ?ま、身体を大事にな。早く治せよ。お前の腕には期待しているからな」


バタン、

ジェファソンが運転席のドアを閉めてサイドブレーキに手を添えるから、バッシュは慌てて車窓を叩く。気付いたジェファソンがすぐ開けてくれた。
「どうした?忘れ物か?」
「いや、あの。今日はありがとうございました。ジェファソンさんが励ましてくれなかったら俺マジやばかったんで」
「珍しいな、お前が礼を言うなんて。明日雨を降らせるなよ」
「何すかそれ!俺そんな風に見られてました?!ショック!」
「バッシュ」
「はい?」
「怒鳴ったり殴ったりしたが、劉邦は悪い奴じゃない。嫌ったりするなよ」
穏やかな笑み。バッシュは一度目を丸めるが、微笑んで敬礼して見せた。
「分かってます」
「そうか。なら良かった」
エンジンを蒸かす音がしてサイドブレーキをドライブに合わせれば車が動き出す。
「じゃあ明日の会議後はお前達に晩飯を奢ってやるから楽しみにしていろよ!」
手を振ってジェファソンは真夜中の住宅街を車で駆けて行った。暗闇に溶け込んで姿は見えなくなったが、遠くでジェファソンの車の音が聞こえる。その音が聞こえなくなるまで見送ってから道路に背を向けてバッシュはマンションへ入って行く。
「俺は幸せ者だ…」
自分にしか聞こえぬよう呟けば両手を力強く握り締め、顔を上げて前を向いて歩いて行った。
























































翌日8:42、
空港―――――

スーツ姿のサラリーマンがそれなりに居る空港内で、髪を下ろした劉邦も黒のスーツ姿で待合室のソファーに腰を掛けている。上に設置されたテレビのニュースを見ながら携帯電話で宦官と通話をしているようだ。
「おや。本当に帰ってくるのですね」
「ああ。代表2人に嫌気がさした。あいつらとは顔も合わせたくなくなったからな」
「おやおや。アメリカ代表とアンデグラウンド代表に失礼な態度をとらなかったのでしょうね?アンデグラウンドはともかく、アメリカを敵に回すような事は私も主席も極力避けたいですから」
「その心配は無い」
「そうですか。昇華の整備は整っております。帰国後直ちに日本へ向かって下さい」
「了解」
通話を切って携帯電話を閉じようとした時。1通のメールが届き、それを開いた劉邦は無表情で読む。ジェファソンからだ。
【会議後3人で飲みに行こう。私が奢ってやるから心配はするなよ!】


パタン

返事はせず、内ポケットにしまう。
「あいつと和解させようという魂胆が見え見えだな」
冷たく言い捨てて、出発時間までの間ソファーに腰掛けてテレビのニュースを見ているのだった。



























同時刻――――

「うっわやば!もう42分じゃん!」
案の定遅刻寸前でベッドから飛び起きて時計を見て慌てるのはバッシュ。カーテンの向こうから射し込む穏やかな陽射しに癒される余裕も無く、辺りを散らかしながらスーツに着替える傍ら髪を梳かす傍ら朝食代わりのゼリー状の飲み物をくわえる騒々しい朝。


シャッ!

カーテンを開き、お次は片手で歯を磨きながら黒の鞄に書類を詰め込むから皺になってそれをまた伸ばす事で逆に時間がかかっている。
「だーっ!くっそ!どの冊子も分厚過ぎるんだよ!省略しろっての!」
閉めたが少し浮いていて書類が入りきっていない鞄も気にせず、足元に散らかるジャージの上を踏み付けて玄関へと走る。
「あ"ーっ!スニーカーしかないし!革靴何処に片付けたっけ!?」
急いでいる時に限ってハプニングは多いもの。もう一度リビングへ戻り、散乱する荷物の中から靴を探す。
「超面倒くせー!やっぱり昨日荷物整理してから寝れば良かっ、」


ドンッ!!

「え?」
爆撃音とは違う大きな音が外から聞こえて、荷物を漁る手が止まる。


ウー!ウー!

何処からともなくサイレンが聞こえ出せば、それは次第に近付いてきて数も増える。マンションの廊下からも悲鳴が聞こえ出す。バッシュは立ち上がり窓の方へ歩き出す。すると…
「な、何だよあれ…!?」
見開かれた彼の瞳に映る光景。此処から15分車を走らせた所にある国際連盟軍本部の最上階32階から黒煙と真っ赤な炎が上がっている。まるで映画のワンシーンのようなそれは、哀しくも現実。

『ルネって何を考えているか分からないじゃない』
『じゃあ明日会議後お前達に晩飯奢ごってやるから楽しみにしていろよ!』

その時昨夜アンナが言った言葉が鮮明に思い出されてすぐ、ジェファソンの言葉と共に彼の屈託のない笑顔が浮かんだ。










































同時刻、
空港―――――――

「きゃあ…!」
「な、何が起きたんだ?」
テレビのニュース速報でたった今起きた、本部から火が上がる映像を見ていた客からは悲鳴が聞こえて空港ロビーは騒めき出す。言葉を失い手に口をあてる者や切なくて見ていられずに画面から目を反らす者。
劉邦の瞳にはその映像がただただ映っていた。



























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あきゅろす。
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