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症候群-追放王子ト亡国王女-
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ルネ王国―――

ルネ軍に隣接している監獄の中。真暗で雨水が滴る。


カツン…、コツン…

不気味な此処に2人分の足音が響く。ルヴィシアンとアマドールだ。
「陛下。この者を一体どうなさるというのですか?」
懐中電灯で其処を照らせば、エリザベスが汚らしい牢屋の壁に寄り掛かって気を失っている。ルヴィシアンは顎に手を添え白い歯を見せて微笑む。
「戦場カメラマンが売ってくれた映像に映っていた。今戦で機体の内部に更に別の機体を忍ばせているという奇抜な戦闘機。そして街一つを一瞬にして吹き飛ばす兵器。奇しくも我国の低能な軍事会社共では発明できなかった性能だ」
「その機体性能をこの者から吐かせるおつもりですか」
ルヴィシアンはマントを翻して出口へと歩いて行く。
「悪い事ではないだろう。弱小国家相手ではあったがあの兵器だけであれ程までの被害が及んだ。イギリスの性能に我国独自の性能もプラスすればあんなただでかいだけの戦艦など一溜まりもない。そう思うだろう、我が側近アマドール?」
「勿論でございます陛下」
「まあその前に、一つやっておかなければならない事があるがな」


カツン、コツン…


バタン!

2人分の足音がやがて聞こえなくなり、遠くから扉の閉じる重たい音がした。それと同時にゆっくり薄目を開いたエリザベスは傷だらけの身体ながらも音も無くユラリ…立ち上がった。














































ルネ城内―――――

光々と光る照明が、ルネ城広間の玉座で大股を広げて派手な椅子に腰掛けるルヴィシアンを照らす。赤地に黒十字の国旗を背にして。
「我国を侮辱した大国面をする国そして、我国の道を阻む愚かな国際連盟軍を殲滅する為に私達は立ち上がろうではないか!」
宝石があちこちに付いたマイクを片手に右腕を振り翳して声高らかに演説するルヴィシアンの映像はルネ王国全土で流れている。ルヴィシアンは左胸に手をあてて切ない表情を浮かべる。
「我国の発展を疎ましく思い悪と見なし、安宅も自分達が正義だと謳う国際連盟軍こそ真の悪!彼らは我国の…いや、世界平和を脅かす存在!私の愛する国民を出兵などさせたくはない…しかし、我国がやらなければ誰があの悪の組織を止める事ができるだろうか!?今こそ愛する者の為、愛する母国の為、国民には立ち上がってもらいたく思う!悪の巣窟へ愛する国民を送る事は私の意に反する事だがこれは神からのお告げ…。国民の皆にはどうか御理解して頂きたい。心配は無い。我国には常に勝利の二文字しかないのだから!」
「国王陛下万歳!国王陛下万歳!」
「ルネ王国万歳!ルネ王国万歳!」
演説に集まった貴族達からは、彼を讃え彼に賛同する声が響き渡る。しかしその一方で中流階級から下の人間達からは怒りの声が渦巻いていた。




























地方のバー――――

バー内での生中継を見ていた庶民。


ガシャン!

ウイスキーが入ったグラスにヒビが入る程強くカウンターテーブルに叩きつける中年男性。
「ふざけんじゃねぇ!何が愛する者の為愛する母国の為だ?!お前の本性なんざ1年前王室に逆らった民を殺した事で全て見抜かれているんだよ!」
「どうするよ。きっと家帰ったらルネ軍の奴らがいて強制連行だぜ?」
「そのまま見ず知らずの地で散るってか?」
「あんな腐った王のご機嫌取りだけの為に、今まで生きてきた50年間を無駄にさせられるのか?」
「そんなものの為に俺らは今まで這いつくばって生きてきたんじゃない!」


ドン!

傷だらけの拳でまたテーブルを叩く。
「でもどうするのよ。ヴィクトリアン第二王子が立ち上げたって噂の革命軍だって呆気なくやられたそうじゃない」
バーの女店主がカウンター越しから細い腕で頬杖つきそう言えば、男達はがっくり肩を落としてしまう。
「はぁ…。現実を突き付けるなよ…」
「そうだよ…。俺らが反乱したってあの軍隊には敵わないって事は分かり切った事なんだ」
「味方につけりゃあ心強いのに、敵になるとこんなにも恐ろしいもんだとはな…」
「でもおかしいわよ。軍は国民の安全を敵国から守る為のものでしょう?それがこの国じゃ、我儘独裁者のご機嫌とりの玩具と化しているわ」
「先代も血の気の多い戦争肯定派だったが、ここまで庶民を苦しめなかったのになぁ」
「やっぱり神なんてこの世には居ないんだろうな…」
皆、希望を失った瞳で酒を口にする。せっかくの酒だというのに味が分からなかった。


































ルネ城内――――

演説を終え、廊下を歩くルヴィシアンの周囲に家臣達が彼を煽てる。不気味なくらいにこやかな笑みを浮かべて。
「いやぁ!さすがです陛下!悪を制するそのお心意気!私共心打たれました!」
「まあな。神が制裁をしないのならば私がやるしかなかろう。恒久和平の為に」
それは誰の為の恒久和平であるかを知っていながら家臣達はまた彼を煽てるのであった。





























一方のアマドール―――

私用の為ルヴィシアンの元から離れて城内を1人で歩くアマドール。その時、正面の曲がり角を駆けてきた娘アンジェリーナと危うく正面衝突してしまうところで避けた。
「わっ!ぱぱびっくりさせないでよね!」
「それは私の台詞だ!アンジェリーナ!城内を走り回るなとあれ程言っただろう!万が一陛下とぶつかりお怪我を負わせてしまったらどうするつもりだ」
「はいは〜い。ぱぱは娘のあたしより王様の方が大事なのね〜」
後ろに手を組み口を尖らせる。しかしすぐに切り替えると何かを思い出したかのように「あっ」と声を洩らす。
「ねぇぱぱ!アントワーヌって今日何の仕事してるか知ってる?」
「アントワーヌ…ああ、バベットの事か。私は知らんぞ。あいつの監視はお前が引き受けただろう。だからお前が全てを把握しているのではないのか」
「うーん。そうなんだけど本当はこの時間に居るはずの第3会議室にも来てないんだって!」
「第3会議室にも…?何処にも居ないのか」
アマドールは胸騒ぎがした。
「そっ。どーこ行ったのかな?今日は午後から空き時間あるからあたしがデートに誘ってあげようと思って…あれ?ぱぱ何処行くの?ねぇー!ぱぱってばぁ!」
彼女の言葉など既に耳に届かない程頭の中が一瞬にして真っ白になったアマドールは城内を駆けて行く。冷や汗を頬に伝わせて。
























































ルネ領カイドマルド、
ルネ軍駐屯地――――

「はい。了解。ではこちらからもカイドマルド人を出兵させる準備を致します」


ガチャ、

受話器を置き、椅子の背凭れに背を預けて深い溜息を吐くのはヴィルードン。駐屯地の指揮を任され此処へ送られてまだ2週間たらず。そんな彼の隣には、此処ルネ領カイドマルドの総督を任されたヴィクトリアンが浮かない顔で腰を掛けている。彼の今日の仕事である書類に目を向ければ、まだ何一つ手を付けていない。言いにくそうにしながらもヴィルードンが声を掛ける。
「王子…申し訳ないっす。そちらの書類全て本日中に済ませて頂きたいんすけど…」
「……」
「王子…」
また無反応。かれこれこのやり取りを20分置きに1回は繰り返しているのだが、空虚な瞳の彼は口一つ利いてくれない。本国に居た頃の無邪気で明るい彼の姿はもう此処には無い。
――王子は心がとても純粋だ。何の面識も無いとはいえカイドマルドを植民地とし、彼らを戦闘要員としか考えていないルネの無慈悲なやり方に納得がいかないのだろう――
天井を見上げればヴィルードンの脳裏で蘇る記憶達。1年前再会した弟ダミアンとの対峙や、つい最近此処を占領した時に再会したエドモンド。映像だけではなく彼らの声までもが鮮明に蘇るから立ち上がると部屋の扉の前まで歩いて行く。何かしていないと、忌まわしい記憶達がどんどんリアルに再生されていく気がしたから。


ガチャ、

「!?」
ヴィルードンがノブを握った時。まだ回していないそれが勝手に左に回ったのだ。すぐにノブから手を離して顔を上げる。


キィッ…、

静かに開かれた扉の向こうに立っていた人物。それがヴィルードンの黄緑色の瞳に映る。
「お前は…!アントワーヌ・ベルナ・バベット…!!」
「アント…ワーヌ…?」
ヴィルードンの言葉に反応したヴィクトリアンが少しだけ瞳に光を取り戻して立ち上がる。一方、白い歯を覗かせてニヤリと微笑んだ思わぬ来客アントワーヌは自分の黒いスーツの懐に右手を触れる。
「お久しぶりです。暴君の玩具ヴィルードン・スカー・ドル」


カチャ…、

懐から取り出された拳銃の銃口が、ヴィルードンの額に向けられる。
「なっ…!?」
「やめるんだアントワーヌ!無意味な殺人はお兄様と同じ、」


パァン!!











































































アンデグラウンド王国
王立第2病院――――

あの戦闘から約2週間。被害はあるものの、都心部に比べたら少ない地方の此処王立第2病院内は医師や看護師が忙しなく駆け回る。院内を走ってはいけないだなんて言ってはいられない程に。
軍人は勿論民間人の怪我の治療にも追われている病院。幸い今のところ怪我の治療だけで済んでいるが、廊下には片腕を失った者や顔に大きな火傷を負った者に泣き叫ぶ赤ん坊など…戦闘が終わった今も爪痕は大きく残っている。
それは院外…つまり街にも言える事だ。病院周辺は無事のこの地方も然程攻撃を受けてはいないとはいえ、やはり焼け焦げた民家や建物や爆心地の跡が目立つ。外を出れば焦げ臭さが鼻を刺すし、敵味方どちらの物か分からない生々しい血痕や、原型を留めていない戦闘機の残骸があちこちで見受けられる為、負傷の少ない軍人やアメリカ軍からの応援で何とか復興に励んでいる状態。心配された医師不足も何とかアメリカからの応援があり救われてはいるが、やはりまだベッドと薬が足りていないのが現状だ。


























病院最上階6階個室――――

扉が開いている。室内から廊下へ射し込む暖かな日射し。其処に1人の人影が現れると、開けっ放しの白い扉を一応ノックする。


コン、コン

返事は無い。しかし此処から病室内の患者が見えるから、許可を得てはいないが室内へ入った来客。劉邦だ。黒のTシャツにジーンズという普段着姿の彼も頬に大きな傷テープが。そして右腕は包帯を巻いているが、幸い軽傷だ。
そんな彼の視線の先には、病室内のベッドに腰を掛けて窓の外を眺めるバッシュの後ろ姿がある。小鳥の囀りが聞こえて青々した木々の葉がそよ風に揺れ暖かな日射しが射し込む窓の外に広がる景色は、2週間前此処が戦場だった事が嘘のように穏やかだ。
相変わらず返事一つしないし顔すら向けないバッシュに溜息を吐きながらも、持ってきた見舞いの品の果物が入った茶色の紙袋をベッド脇の小さい台の上に置く。
ベッド脇に立った劉邦がバッシュを見れば、頭や首や右脚に包帯が巻かれて顔は分からなくなってしまいそうな程大きな傷テープがいくつも貼ってある。そして、見舞いを置いた台に寄り掛かるように置いてあるのは2本の松葉杖。劉邦が今まで見てきた明るく飄々とした彼らしさの欠片も無い。しかしいつまで経っても黙っていたって話は進まないから、劉邦は口を開く。
「災難だったな」
「……」
「人手不足の時に内部分裂をしていてはルネに足元を掬われるだけだというのに」
「……」
「お前は身体がまともに動かせるようになってから来いとジェファソン代表からの伝言だ。その身体で戦場へ来られては足手纏いになるだけだからな」
「……」
ガサガサ。紙袋の音をたてて中から真っ赤な林檎を取り出せば劉邦は護身用の折り畳み式ナイフをパチン、と開く。スルスルと簡単に皮を剥いていく。室内の洗面台にあった皿に林檎を盛り付けて皿ごと彼に差し出してやる。それでもやはり彼は首を窓の外へ向けたまま無反応だったから、諦めて皿を台の上に置いた。
























「…すみませんでした」
やっと口を開いたが彼らしくない蚊の鳴くような声だし、やはり顔を向けてこない。劉邦は顔を上げる。
「何がだ。戦艦や増援部隊を送ったのはアメリカ軍だ。我国は何も援護を送っていない。謝罪するならジェファソン代表に、」
「兄さんにも怪我を負わせて…すみませんでした」
ピタ…。劉邦の手の動きが止まる。しかし顔色一つ変えず。
「全くだ。無駄な怪我を負わせたなお前は」
「……」
「本来ならば私も母国も余所様に援護などしない主義なのだが、アンデグラウンドの援護に向かうよう頼まれたからだ。ロゼッタ姉さんに」
「…!!」


ビクッ!

劉邦の言葉にビクッ!と過剰反応するバッシュの肩と手。皺がつく程力強く毛布に爪をたてた両手が今も未だ小刻みに震えている。そんな彼の異変を見逃さない劉邦は視線を彼の震える両手に向けつつ、話を続けた。
「開戦当日、私とジェファソン代表の元にメールが届いた。ロゼッタ姉さんからの。それが無ければ私はお前なんかの援護にはまわらなかったが…。姉さんからの頼みとなれば仕方ないだろう」
「…っ、」
「バッシュ。お前は開戦前姉さんから何か連絡を受けて、」
「無いっす」
「…そうか。イギリスが同盟を破棄し、アンデグラウンドに攻め込んできたのは侵略王のあの女王が指揮をとったならば有り得なくは無い話だったが。姉さんが"アンデグラウンドを守れ"とメールを送ってきたところから考えると姉さんはこの戦に反対だったようだな。まあ常人なら当たり前の考えだが」
「兄さん」
「何だ」
「見舞い、ありがとうございます…」
「私の意志ではない。代表に様子を見てこいと言われたから来たまでだ。ところでバッシュ。戦場で姉さんの姿は見、」
「あの。俺すぐ復帰しますから」
「だからそういう考えがこちらにとっては迷惑なだけだと言っているだろう。私は今お前に姉さんの事を聞き、」
「そういえば兄さんの機体無事っすか?あの後エリザベス女王の機体と戦ったなら相当のダメージが、」
「…お前。姉さんの事になると話を逸らすよな」
「っ…!」


ビクッ…!

また挙動不審に震えたバッシュの肩。俯いていて顔は前髪で隠れているから、表情は此処からじゃ見えない。
























劉邦は溜息を吐く。
「お前の気持ちは分かる。いくら姉さんが反対していただろうとは言え、裏切られ攻め込まれたんだ。しかしそれをいつまでも引き摺るな。お前にはこれからやらなければならない事が五万とある。それに安心しろ。姉さんとの連絡はつかないが、遺体は見つかっていない。まだこの国の何処かに居たとしても、アメリカ軍とアンデグラウンド軍の人間には姉さんを見付け次第私に連絡するよう伝えてある。ここまで経って見つからないのであれば、軍隊と共に本国へ帰投した線が濃いが」
「そ、そうっすか。何だ…なら…安心したっす」
口元が笑んでいるのが見えたがやはりまだ肩の震えが止まらない彼に首を傾げる劉邦。
「だが、見つかったとしても姉さんは連盟軍には一生戻れない。母国に残るなら話は別だが、今回の母国の悪行に耐えかねた姉さんの生きる場所なら私に任せろ」


ドクン…

目が見開かれる。冷や汗が頬を伝う。劉邦のその一言にバッシュの脳裏で鮮明に蘇る光景。

『ロゼッタ姉さんとは結婚を前提にお付き合いして頂きたいと思っています』
『なら俺があんたの生きる場所を作ってやる』
『それが…駄目なんじゃ…私が居るせいでお前は…前へ進めない…母国すら…守れ…ない…』


ドクン…ドクン…

速さを増す鼓動。蘇る記憶にバッシュの呼吸が上がる。
「はぁ…はぁ…」
外からの小鳥の囀りに混じって彼の不規則な呼吸音が聞こえてきた為、劉邦は顔を覗くように首を傾げて声を掛ける。
「どうした。どこか痛むのか」
「バッシュ!」
「…!母ちゃん!?」
開けっ放しの扉から大きな声を出して勢い良く入って来たのは、茶色の髪を頭上で団子のように一つにまとめたふくよかな中年女性。走ってきたのだろう髪は乱れ、息が上がっている。彼女はバッシュの母親だ。ようやく顔を上げたバッシュが瞳に母を映す。一方の劉邦は無言でスッ…とこの場を立ち去って行くから、母は申し訳なさそうにしながら「あ…ありがとうね」と劉邦に軽く一礼をした。




























劉邦が病室を後にすれば母は堪えていた涙を溢れさせ勢い良く抱き付くから、バッシュの全身が悲鳴を上げる。
「痛ってえぇ!!」
「良かったよ!あんたが此処へ運ばれたって聞いて!」
「ちょ、痛い痛い!マジで痛いから!寿命縮ませる気かよ!」
「良かったよ、良かったよバッシュ…!」
「だから!人の話聞いてんのかよババァ!」
「ぐすっ…本当…あんたが生きて帰ってきてくれて…良かったよ…」
「…!母ちゃん…」
傷が痛むからと何度言ってもすぐ其処に居る母の耳には届いていない。やはりまだ太い腕に抱き付かれたままだから傷の痛みは増す一方。だがそれは我慢して、母を振り払う事を諦めざるを得なかった。いつも怒ってばかりの母が泣いている姿を初めて見たら、もう何も言えなくなった。
「隣の家の子が…ほら、あんたと同い年の。その子が出兵して戦死したって聞いて…あたしは後悔したよ。あんたを軍人なんかにした事…。ずっと心配してたんだよ…」
「そっか…。母ちゃん、実家は大丈夫だったか?」
「ぐすっ…ああ、幸いこっちの地方は襲撃を免れたからね。ベスも元気だよ」
「そっか…。軍事費を費やす為に民間人は最低限の食料しか配給されなくて都心だとペットは全部殺処分されてたから…だからてっきり…」
「そうだったのかい…。戦争だと人の心も貧しくなるねぇ…」
ティッシュで鼻をかみ、ようやく顔を上げた母は彼の頬に両手で触れる。其処に居る事を確かめるよう。
「よく顔を見せておくれ…嗚呼本当に良かった。どんなにバカ息子でも自分の子が一番の宝だと、改めて感じたよ…」
「私はそうは思わなかったがな」
「…!父ちゃん…!」
もう1人分の低い声が聞こえて2人が顔を上げれば、たった今病室へ入って来たバッシュの父親が其処に居た。
























銀色の短髪に、眉間に皺が寄ったいかにも頑固そうなスーツ姿で細身の父。強面なのはいつもの事だが、家族を犠牲にする仕事第一な父が見舞いに来てくれた事に少し心が温かくなった。だが…
「あ、あんた!今日仕事だったんじゃ…」
「部下に任せてきた。こいつに早急に言わなければならない事があるからな」
「父ちゃんありが、」


ゴツッ!

「きゃああ!」


ガシャン!

ベッド脇に立ってすぐ父はバッシュの左頬を思い切り殴ったのだ。衝撃で床へ落ちたバッシュ。腰を強く打ち付けた痛みに顔を歪める彼にすぐさま駆け寄る母が手を貸すが、借りずに何とか自力で上半身を起こす。だが全身が痺れる痛みに襲われるからベッドをよじ登るのも一苦労。そんな彼を腕組みをして見下ろす父の淡い紫色の瞳が冷た過ぎる。
「あんた!何て事するんだい!」
「黙れ。お前は何も分かっていないジュリー。そいつは国王陛下の側近でありながら陛下を守る事ができなかった。だから陛下はお亡くなりになられた。お前が力不足だった。ただそれだけのせいで」
「っ…!」
「それだけじゃない。そいつは今戦の開戦前、陛下と軍隊にある事を告げていた」


ビクッ!

バッシュは俯き、また肩を震わせた。
「あ、ある事…?」
母はゴクリ…と唾を飲み込む。
「イギリスから渡された今戦のイギリス軍の戦略内容を」
「ほ、本当なのかいバッシュ…?」
「っ…!それは…それは!!こんな戦はただの虐殺だと思って母国イギリスのやり方に不満を抱いたイギリス軍人が俺に自軍の戦略を渡して、母国イギリスの悪行を止めてくれっていう意味で!だから渡されたんだ!だから、」
「それがあっても我国はこの被害状況だった。渡された戦略というのは本当に我国に有利となる戦略だったのか?本当にそれはイギリス軍から渡された戦略だったのか?」
「な、何が言いたいんだよ…」
「お前はイギリス軍と内通しているんじゃないか?」
「…!?」
顔を上げて痛みに堪えながら壁伝いに立ち上がったバッシュが反論しようとするよりも早く母が立ち上がり、父の前に立った。目をつり上げて。























「あんた!どうしてそんな血も涙も無い事が言えるんだい!イギリス軍人に戦略を渡されたのは何でかは知らないけど、その内容を自軍に教えたならこの子が裏切ったなんて言えないじゃないかい!」
「言えない?はっ、よく言う。陛下はこいつの家に身を隠しておられた。しかし王妃の事を想った陛下が護衛部隊を振り払いシャングリラ宮殿へ向かわれた。だが、陛下と陛下を追い掛けてきた護衛部隊は宮殿内でイギリス軍の襲撃にあい、死亡。…私にそう伝えたのはお前だったなバッシュ」
「そう…だけど」
「なら何故、その場に居合わせたお前だけが生き延びている?」
「…!疑ってんのかよ…!」
「質問にだけ答えろ」
「っ…!敵の攻撃が本当…たまたま俺に当たらなかっただけなんだよ!嘘じゃねぇ本当だ!そしたらエリザベス女王が俺の前に現れてそこから戦闘に入って…!」
「はっ。見苦しい言い訳も大概にしろ売国奴」
「…!冗談じゃねぇ!誰が売、」
「いい加減にしなよあんた!言って良い事と悪い事の区別もつかなくなったのかい!?」


パァン!

「母ちゃん…!」
「黙っていろ庶民出の分際が。誰のお陰で貴族になれたと思っている」
血眼で夫に歯向かった母の右頬を打った父の左手。赤く染まる頬の母を冷た過ぎる瞳で見下す父がバッシュの瞳に映れば、怪我の痛みなんてものも忘れてしまう程の怒りが彼を支配していた。


ガッ!

「バ、バッシュ…やめな…」
右足を引き摺りながらも父の胸倉を掴み上げた彼の瞳が、エリザベスと対峙した時と同じ瞳をしていた。
「何だ」
「何だじゃねぇよ!俺の事をどう言おうがぶん殴ろうが構わない!けど、母ちゃんは何も関係ねぇだろ!庶民の何が悪いんだよ!生まれながら貴族のあんたの何が偉いんだよ!同じ人間に変わりねぇだろ!!」
「何だ親に対するその言葉遣いは。低学歴の庶民だからこの程度の事も分からないのかという意味で言っただけだ」
「ざけんな!勉強ができてもあんたみてぇな血の通ってない人間ばっかりだから戦は終わらねぇんだよ!あんたみてぇな非道な人間が庶民を馬鹿にする権利なんてねぇだろ!俺もあんたと同じ血の通ってない貴族だって言うんなら俺はあんたの爵位なんざ継ぐ気ねぇよ!」
「当然だ。継がせる気など無い。今日はお前を我がソーンヒル家から勘当させる為わざわざ見舞いへ来てやったのだ」
「なっ…!?」
"見舞い"をわざと強調して言った父のその言葉にバッシュと母の言葉が詰まる。


パシッ、

バッシュの手を軽く払い、皺になったスーツを澄ました顔で整える父。
「なっ…、あんた何勝手な事を言ってんだい…?この子を勘当って…」
「陛下をお守りする事ができず、国もこの様。ルネに攻め込まれる危険がある状態にも関わらず軍隊も壊滅寸前。果てには、今や敵国となったイギリスと裏で通じている可能性がある奴などソーンヒル家の人間ではない。それ以前にアンデグラウンドの人間ではない。目障りだ」
「くっ…!」
「あんた…!」
「陛下不在で世継ぎも居ないこの状況で国を仕切る事になるのは本来ならばお前のはずであったが、軍も議員もお前の今戦の行動に不信感を抱いている。勿論私も。今後、次期陛下が決まるまで議員である私が国を統率する事となった。よってバッシュ。お前は私が国外追放する。処刑されなかっただけ有り難く思え」
「なっ…!?だからってあんた…!」
「私が決定した事だ。反論は聞かん」
そう告げるとコツ、コツと足音をたてて扉の元へ歩いて行く。ピタリ…と足を止めれば顔を向けた。
「嗚呼。一つ言い忘れていた。勿論次の連盟軍代表も決定しているからな。お前はもう何も責任を負わなくてよくなった。良かったな」
鼻で笑いながら嫌味を言い捨てれば、足音をたてて病室を出て行った。
























廊下――――

父が廊下を歩いていると、病室のすぐ傍のベンチの隣にさっきまで居なかったはずの劉邦が壁に背を預け腕組みをして立っていた。前を通った時、彼を横目で見て父はまた鼻で笑う。
「見舞いの振りをして非兵中のこの国の領土を狙うつもりか中国代表」
「……」
「言い訳もできないか」


カツン…コツン…

足音をたてて去って行く父の背をいつもと変わらぬ眼差しでジッ、と見送る劉邦だった。






























一方、病室―――――

「バッシュ…父さんはあんな事を言っているけど、あたしはあんたを出したりなんてしないから安心しな」
「ありがとな。でも父ちゃんは本気だったよ」
「そんな事無いさ!ほら父さん短気だろう?だからついカッとなって…それで…」
バッシュは顔を上げて満面の笑みを浮かべた。
「こんな馬鹿を見捨てないで育ててくれた父ちゃんと母ちゃんの子供に生まれて良かったよ。今までありがとな」
久々に見た実子の笑顔なのにそれがまるで仮面にしか見えなくて、母は言葉が出てこなかった。其処で呆然と立ち尽くす母を病室の出入口まで背中を押してやりながら送るその姿はまるで、早く此処から去ってくれと言わんばかり。


バタン、

最後に笑顔で手を振っていたはずなのに、母にはこんなにも喉に支えるモノがある。閉じられた病室の扉の前で俯く母は肩を落として、劉邦の前を通った時に力無く一礼すると病院をトボトボ去って行った。

























「親子喧嘩は終わったか」


ピシャッ、

扉の開く音のすぐ後に閉まる音がして劉邦が再び病室へやって来た。ベッドに腰を掛けて俯いたバッシュは自嘲する。
「すんません…見苦しい所を見せて…」
「辛気臭い事は言うな。イラ立つだけだ。調度良い。人員不足のアメリカ軍ならお前のような人間でも引き取ってくれるだろう」
「俺が後でジェファソンさんに連絡…入れておくっす」
「当然だ。私は姉さんのように手取り足取りお前の世話をしてやる気は無い。それより、外へ出ていたから全ては聞こえなかったが…戻って来た時に聞こえた。お前がイギリス軍から戦略を受け取ったとは何の話だ」
「っ…」


ドクン!ドクン!

外に洩れてしまいそうな鼓動。
「お前は何も知らない素振りをしていたよな。ならば一体何を隠している」
「それ、は…」


バタン!

「…?」
突然会話を遮るかの様に病室の扉が乱暴に開く音がした。2人が一斉に扉の方へ顔を向けると、其処には見知らぬやつれた中年の女性が1人血眼で立っていて。女性が震える両手で握り締めている物をすぐ視界に捉えた劉邦が目を見開く。女性が握り締めている物それは銀色に光る鋭利な一本のナイフ。
「あ、あ…あんたのせいで夫も息子も死んだのよ…あんたの…せい…このっ…売国奴があああ!」
「!!」
奇声を発し、バッシュ目掛けて走り出した女がナイフを振り上げるが…


ドガッ!


カラン、カラン…

それはバッシュのベッド脇に転がる。衝撃で台上の見舞いの果物達が床に転がった。
「うっ…ぐっ…」
呆気なく劉邦に床にねじ伏せられた女は両腕を後ろで一まとめにされ、床に顔を伏せつつ唸る。そんな目の前の光景にバッシュの顔は真っ青。
「ど、どうかしましたか!…!なっ、これは…!?」
騒ぎを聞き付けた医師や看護師が飛んでくれば、目の前の光景に言葉を失う。すぐに警備員を呼び、劉邦は女とナイフを彼らに渡すが、女は暴れて奇声を発する。
「あいつがアンデグラウンドを売ったのよ!あんたらもそう思っているんでしょう!其処に居る中国人もそうよ!きっと隙を狙ってイギリスみたいにアンデグラウンドを侵略する気よ!連盟軍なんてものは名ばかりで、ルネを黙らせた後は領地の奪い合いをするに決まってる!連盟軍がいたって戦争なんてなくならないに決まってるのよ!!」


ガリッ、

「なっ…!?」
捕まるくらいなら…と思っての行動だろうか。女は自分で自分の舌を噛み切り、ガクン…と警備員にもたれかかる。自殺を図ったのだ。

























バタン、

医師達を外へ出して扉を閉めた劉邦が床に転がった果物を拾い、顔を上げる。其処には顔は真っ青で柄にもなくガタガタ震えるバッシュが居る。劉邦は取り乱さない。
「気にするな。戦続きで人間の心に余裕が無くなるのは当然だ」
「っく…」
「…これで分かっただろう。父親がお前を国外追放した意味が」
「え?」
顔を上げるが、劉邦は窓の外ばかり見ていたからバッシュもすぐ下を向いた。劉邦が言った言葉の意味は分からないままだけど。
「ところで先程の話だが」


トゥルル

病院内には不相応な携帯電話の着信音。劉邦のポケットの中からだ。すぐ電話に出ると会話を始める劉邦が何を言っているかなんて聞こえないくらいバッシュの脳裏では、たった今女が言った言葉と父の言った言葉とがぐるぐる渦巻いて自分を責める。
――売国奴…――
「バッシュ」
「は、はい!」
「私は先に戻らなければならなくなった。話はお前がアメリカへ来てからだ」
"話"それはイギリスとの事だろう。頷く事も返事をする事もできなくて、ただ劉邦から目を反らす事しかできなかった。
その一方で劉邦はさっさと病院を出て行く。


カツン…コツン…

彼の足音が遠ざかりやがて聞こえなくなると、静まり返った室内でバッシュは1人、皺がつく程毛布を握り締めていた。










































アンデグラウンド軍
本部―――――


カツン、コツン…

バッシュの父は暗い本部内を1人で歩く。彼の脳裏では先程の部下達の会話が蘇る。

『おいバッシュの奴の…聞いたか?』
『ああ。おかしいと思ったんだよ。いくらイギリス代表と親しいからって敵が俺らに大事な戦略を渡すか普通?』
『それがあってもこの様だったしな。陛下も…。バッシュがその場に居たんだろ?よく言えるよな。俺だったらその場に居ても陛下が死んだなら、自分は別の場所に居ました、って言うぜ』
『馬鹿だから嘘を吐けないんじゃないか?素直過ぎるのも仇だな。もしかしてあいつ本当に内通していたんじゃないか?イギリスと』
『だからわざと陛下が居る場所を敵に知らせたのか?でも何の為に…』
『何ってそりゃ、世継ぎの居ない王室の次の君主を狙ってじゃない?人間って恐いな。何を考えているか全然分からない…』


カツン、コツン…

本部内の暗闇に溶け込むように父は歩いて行った。






















































3週間と4日後、
アメリカ合衆国―――

「何だこれは…?」
「ルネ軍が撤退していく…?」
連盟国の中で最もルネからの被害を受けていたアメリカ合衆国の空に異常事態が起きた。しかしそれはこちらにとって喜ぶべき事態。
上空でルネ軍と対峙していたアメリカ軍パイロット達が乗る戦闘機機内のレーダーが感知していた無数のルネ軍を示す赤の点が、次々撤退していくのだ。降伏だなんて聞いていない。では何故?
「逃げる気か!」
「待て。追うな。こちらが攻撃を仕掛けては民間人への被害が拡大するだけだ」
上官に止められた好戦的な部下。異常事態の翌日。嘘のようにアメリカの空からルネ軍が姿を消した。


































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あきゅろす。
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