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症候群-追放王子ト亡国王女-
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「ヴィヴィ様!」
「!?」
「マ、マリー!?」
何て事だろう。この場に居た3人全員がダイラーだと思っていた矢先。扉を全開で駆け込んで来たのは国際連盟軍の白軍服を着たマリーだった。彼女は昔と変わらぬ穏やかで優しい笑顔。再会を喜ぶマリーのキラキラした瞳があまりに綺麗過ぎるから、ジャンヌは思わず自ら身を退く。
「ヴィヴィ様!」
ジャンヌとアンネには軽く一礼するだけでマリーはすぐにヴィヴィアンに抱き付いた。いつもと変わらぬ笑顔のマリーだがこんなに積極的であっただろうか?そう感じたのはヴィヴィアンは勿論、ジャンヌも同じ。しかしそれよりも、まさか突然こんな場所での再会にマリーを敵視していたヴィヴィアンでさえ瞳に光が少し射し込む。それでもまだ動揺しているけれど。
「マ、マリー…くっ…!」


パシッ、

「きゃっ…!」
振り払われてしまったマリー。唇を噛み締めてマリーを振り払ったヴィヴィアンの目はまた鋭くつり上がる。しかし実際はマリーとの戦いではなく自分自身との戦い。彼女とまた昔のように一緒に居たい自分…彼女は自分を信じてはくれなかったから敵対する自分…そんな彼の葛藤をマリーは見抜いているようで、振り払われた瞬間は呆然としていたがすぐにいつものあの優しい笑顔を浮かべる。目線を床に落としつつ。
「マリー…どうして僕が此処に居ると分かったんだ」
「先日…カイドマルド王国がルネに敗戦した時ヴィヴィ様の機体は恐らくこの辺りに流れ着くだろうと上官の方からお聞きして…。本当は…カイドマルド王国を不当に侵略したカイドマルドのルネ軍残存勢力の殲滅任務の最中だったのですけれど…わたくし…どうしても…」
「どうしてもヴィヴィアン・デオール・ルネを殺したくて任務を放棄してまで探しに来た。と?」
「ち、違いますわ!わたくしはっ…!」
「その辺にしてやりなさいよヴィヴィアン」
2人のすぐ傍で壁に寄り掛かり腕組みをしたジャンヌの一言。マリーは申し訳なさそうにチラ…とジャンヌの方を見るが、ヴィヴィアンだけは断固として見ない。




















「マリー様。貴女が国際…何とかに入隊したのは正解よ。ヴィヴィアンの悪行に耐え兼ね敵対した…。でも裏を返せばそれはマリー様がヴィヴィアンの事を心から愛しているからでしょ?」
「わ、わたくしは…」
「自分の愛してる人のやる事言う事全てを縦に頷くだけが正しいんじゃない。寧ろ間違っているわ。…だからヴィヴィアン。マリー様が国際…側についたのはあんたを裏切ったからじゃない。あんたの事を誰よりも好きだからなのよ」
「そんなの綺麗事だ」
「はーあ…。これだから男は。あんたねぇ!女の私が言うんだからそうなの!乙女っていうのはそういうもんなのよ!あんたのその空っぽの脳みそによーく叩き込んでおきなさい!」
アンネの手を引くとジャンヌはこの場を離れていく。もう下は向かずしっかり上だけを見ていた。隣を歩くアンネが心配して何度もジャンヌの顔を見上げてくるが、ジャンヌは言葉の代わりに微笑んで安心させた。
扉へ一歩また一歩近付いていくジャンヌとアンネの背をチラチラ申し訳なさそうに見ながらもマリーは静かにヴィヴィアンの両手をとった。ヴィヴィアンは下を向いて黙っているからとても恐い雰囲気を感じるけれど。勇気を出した。
「ヴィヴィ様…」
「……」
「ジャンヌさんの仰る通り…なのですわ…。言葉にすると上手く…言えなくて…。偽善者だって思われてしまいそうなのですけれど…わたくしっ…!」
涙を溢れさせたマリーが抱き付く。それを横目でチラ…と見るジャンヌは寂しそう。しかし歩みを止めない。
――私がどれだけ言葉を送ったってあんたには届かない。悔しいけどヴィヴィアンにはやっぱりマリー様しかいないのよ…――
扉のノブを握り締めた。
「幸せになりなさいよヴィヴィアン…」




















「いつからそんな三流の演技を身に付けたのマリー」
「え…?」
ヴィヴィアンの思わぬ一言にマリーとジャンヌの声が重なった。ジャンヌは歩みを止めてしまい2人の方を振り向くと、其処にはやはりまだ下を向いたままのヴィヴィアンとそんな彼の前でオロオロ挙動不審のマリーが立っている。
「ヴィ、ヴィヴィ様…?何を仰っているのかわたくしには…」
「ちょっとヴィヴィアンあんた!マリー様に何て失礼な事を言ってんのよ!」
我慢の限界。いくら悔しいとはいえ、やはり彼には彼女しかいないと心の底から思っているジャンヌは扉に背を向けてヴィヴィアンの元へズンズンと歩み寄った時。


ガッ!

「きゃあ!」
抱き付いているマリーの右腕を強引に掴んだまま乱暴に振り上げさせたヴィヴィアン。


カラン、カラン…

マリーの軍服右腕の袖の中から床へ落下したモノを前にして顔を真っ青にしたのはジャンヌとアンネとマリー。俯いたマリーのガタガタ震え出す細い肩。一方のジャンヌとアンネも衝撃的なこの光景に震え出す。マリーの袖の中から落下したモノそれは、鋭利なナイフ。
「マ、マリー様貴女…!」


バンッ!

「!?」
「見つけたぞ!ヴィヴィアン・デオール・ルネ!」
突然開かれ勢い余って噴き飛んだ扉の向こうには、ライフル銃を構えた白軍服の国際連盟軍平和維持部の若い男性軍人3人。その先頭に立っている強面の男は官長補佐であるルーイ。





















この光景を目の当たりにしたジャンヌの疎い理解力もさすがに察した。アンネを自分の方へ抱き寄せる。その一方で下を向いたままのヴィヴィアンとマリー。
「ヴィヴィアン!」
ジャンヌが駆け寄り、あと一歩でヴィヴィアンに触れるその瞬間。床に転がった自分のナイフを右手に取ったマリーが右腕を振り上げた。一方でルーイがスッ…、と静かに右腕を上げる。
「ヴィヴィ様!わたくしは貴方を…貴方を…!!」
「マリー!」
低く恐ろしいヴィヴィアンの声が最愛の人の名を呼ぶが、マリーの手の動きは止まらない。ナイフがヴィヴィアンに振り下ろされるまさにその時。ようやくヴィヴィアンの顔が上がった。笑顔だ。
「愛しているよ」
「えっ…」


ドスッ…!

次の瞬間。ナイフを持ったマリーの右手首を掴んだヴィヴィアンは彼女の手首を掴んだまま、ナイフを自分に思い切り突き刺した。
「っ、あ"…!」
これには、この場に居たヴィヴィアン以外の人間全員が驚愕。目を見開いたのは言うまでもない。腹部が赤く染まっていきナイフをゆっくり引き抜くと、マリーの右手首を掴んでいたヴィヴィアンの手の力が抜けて…


カラン、カラン…

生々しい赤がべっとり付着したナイフが床に転がる。


バタン…、

ナイフが落下するよりワンテンポ遅れて背中から仰向けに倒れたヴィヴィアン。一方のルーイは我に返るとまた右腕を上げてヴィヴィアンに向けた。
「い、今の内だ!今の内にヴィヴィアン・デオール・ルネを捕らえろ!ルネに見せ付けろ!」
「り、了解!」
まさかの展開に呆然としていた部下達に声を荒げて命令を下せば、こちらもワンテンポ遅れて部下から返事が返ってきた。
一方のマリーはというとガタガタ震えて目は見開ききっている。
「これで…満足だろ…マリー…」
「ヴィ…ヴィヴィさま…わたくしは…貴方を…」
「はは…」
「え…?」
ヴィヴィアンから聞こえてきた微かな笑い声。確かに彼は笑っていた。目を瞑って。
「何だかんだ言って周りにも自分の感情にも嘘を吐いてきた…こんなんだから兄上に濡れ衣を着せられるんだね…」
「ヴィヴィさま…わたくしはっ…」
「マリー…」
「え…」
瞑っていたヴィヴィアンの瞳が静かに開かれた。真っ赤なその瞳は、震えるマリーだけを映す。
「やっぱり僕には君しかいなかったんだよ…」
擦れて聞き取り辛い声を発した彼の頬に伝う光るモノをマリーは生まれて初めて見た。
























「お怪我はありませんかマリー官長」
ガタガタ震えるマリーに駆け寄るルーイ。一方の部下3人はヴィヴィアンとジャンヌとアンネにライフル銃を向けたので、我に返ったマリーが咄嗟に部下達の方を振り向く。
「待って下さい!撃つのではなくまず彼らを捕獲してから、」
「ぐ、あああ!」
「え…?」


ドッ!

悲鳴がした方をマリーがゆっくり振り向いた次の瞬間。
「ぐっ…お逃げ下さい官、」


ドサッ…

続くはずのルーイの言葉が途絶えると彼はマリーの目の前で崩れ落ちた。背中から血を噴き出して。ルーイが倒れた真後ろには、たったさっき自分で自分を刺して瀕死状態のはずなヴィヴィアンが立っていた。ドクドク流血する左手で赤がべっとり付着したナイフを握り締めながら。
先程マリーの右手首を掴んでヴィヴィアンが自分で自分を刺したのは腹部に見えたが、実は左手の甲だったのだ。その血が腹部に付着した為マリーをはじめとするルーイ達平和維持部の面々はヴィヴィアンが自分の腹部を刺したように見えたのだろう。だから、致命傷を負ったと勝手に思い込んでいた。派手に倒れた事も苦し気な断末魔も、全てはマリーやルーイ達平和維持部の気を緩ませる為の演技だったのだ。
「三流の演技には一流の演技で返さなくちゃ。ね」
ヴィヴィアンが今持っているナイフは、ヴィヴィアンを刺す為に自分が持ってきたものだとマリーの脳が理解する。
「くっ…!貴様よくもルーイさんを!!」
部下3人かヴィヴィアンにだけ向けてライフル銃を構えた為、マリーは慌てて彼らの方を向いた。
「待って下さい!彼を捕獲してから…きゃっ!」


ぐっ、

ナイフを投げ捨てたヴィヴィアンがマリーを強引に抱き寄せると、其処で倒れているルーイのライフル銃を奪い取り彼は平和維持部部下3人に向けて構えた。


ドドド!!

「っ…!」
ヴィヴィアンの胸に仕方なしに顔を埋めて目をぎゅっと瞑るマリーと、部屋の隅でアンネを抱き抱えて蹲り耳を塞ぐジャンヌ。この狭い空間に響く銃声を聞きたくない彼女達がようやく塞いでいた耳や瞑っていた目を静かに開くと…。
「み、皆さん…!!」
構えたタイミングは部下3人とヴィヴィアンとではほぼ同じだった。しかし、敵を仕留めるタイミングはヴィヴィアンの方がたった一歩早かったようだ。そのたった一歩の遅れが命取りとなる。

























「お前ら一般兵ごときが僕を殺そうだなんて思い上がりも良いところだね」
目の前で血溜りの中うつ伏せで倒れているルーイや平和維持部部下達を目の当りにしたマリーは目を見開き顔は真っ青。


パシッ!

するとマリーはヴィヴィアンの腕を振り払い、血がべっとり付着した先程のナイフを両手で握り、刃先をヴィヴィアンに向けた。しかし肝心の凶器を持った両手はガタガタ震えているし瞳も揺らいでいる。マリーの紫色の大きな瞳に映るのは、左腕から血をドクドク流して顔や髪や服にはルーイ達の返り血で濡れたヴィヴィアンの姿。


カツン、コツン、

そんな彼がマリーへと歩み寄る。彼らしくない哀し気な瞳で。つり上げて見開いた瞳のらしくない彼女へと歩み寄る。
「来ないで下さい!!」


ピタッ…

彼女らしくない怒鳴り声に言われた通り歩みを止めたヴィヴィアン。怒鳴ったって声が裏返っているしナイフを構えた両手も…いや、全身が異常なまでに震えていたから少し安心できた。マリーはもう取り返しのつかない自分のようにはまだ黒く染まっていないのだと。
「どうしてですか!どうしてルーイさんや平和維持部の皆さんを殺したのですか!わたくし達が間違っていると仰るのですね!」
「そんなんじゃないよマリー。ただ彼らは僕のシナリオにとって邪魔だから殺した。それ以上でもそれ以下でもないんだ。人を殺める理由なんて」
「それはわたくし達が間違っていると仰っているのと同じです!!わたくし達は間違ってなんかおりません!間違っているのは貴方の方です!だからわたくし達は貴方を…ヴィ、ヴィヴィアン・デオール・ルネを捕らえに来ました!間違っているのは貴方の方なのに何故ルーイさん達が殺されなければいけなかったのですか!わたくし達の考えが間違っていると言うのなら早くわたくしにも刃を向けなさい!」
「僕にマリーを殺せって言ってるの?」
「わたくし達を否定するならそういう意味でしょう!こ、婚約者だからとか昔の事なんて一切忘れ、敵としてわたくしと戦いなさい!!」
「最初はそのつもりだったよ。でもどっかの誰かに言われて気付いたんだ。僕は被害者であり加害者だ。だから…」
「皆さんの仇は官長であるこのわたくしがっ…!!」
意を決したマリーはナイフを振り上げた。
「僕のせいで変わり果ててしまったマリーを助ける、って」


カランカラン…

ガタガタ震えているマリーの両手なんてあっさりとナイフを振り払われてしまった。迷いがある相手の隙をつく事程簡単な事はない。足元には血が付着したナイフ。半狂乱なマリーを全身で受けとめたヴィヴィアン。しかしマリーは未だ尚暴れてヴィヴィアンから離れようと藻掻いている。
「離しなさい!わたくしが、わたくしがヴィヴィアン・デオール・ルネを!!」
マリーなのにマリーでは無い…まるで別人な彼女にはジャンヌとアンネも部屋の隅で蹲ったまま呆然。最初此処へ駆け込んできた時の笑顔も言葉も全てヴィヴィアンを騙し捕える為のマリーの演技だったのだと改めて気付いた時ジャンヌの胸が酷く痛み、呼吸が困難な程苦しくなった。























「離しなさい!!わたくしは貴方を…!」
「…ベルディネ」
「え…?」
暴れて発狂するマリーを抱き締めたヴィヴィアンに呼ばれてハッ!として顔を上げる。此処からじゃ彼の背中しか見えないから今どんな表情をしているのかなんて分からない。けれど彼のこんなに寂しい背中を見ていれば、見えなくても予想がついてしまった。
「外にマリー達が乗ってきた戦闘機があると思うんだ。それに乗って、行こう」
「行こうって…何処へよ!?カイドマルド王国はルネの領土になったんでしょ?私達にはもう帰る場所なんて…」
「…無理かもしれないけどまだ一つある。はは、それこそ君を利用してさ」
「はぁ?何処よそれ?あ!ちょっと!待ちなさい!」
何処へ行くかを明かさないまま、暴れるマリーを抱き締めつつ引き摺りつつ外へ出て行ってしまうから、ジャンヌはアンネの手を引いて追い掛ける。途中其処で倒れているルーイ達をチラ…と見てすぐ目を反らして。


バタン、

外へ出れば家のすぐ其処に国際連盟軍のシルバーの歩兵型戦闘機が5機。ジャンヌがそれらをまじまじ見上げていたら、ヴィヴィアンは未だ暴れるマリーを連れてその内の1機へさっさと搭乗してしまったから慌てて追い掛けた。ジャンヌも機内に乗り込めば制限人数2人のコックピットにさすがに4人はきつい。
「ほら」
ジャンヌは自分の水色のドレスの裾を引き千切ると、今も尚流血するヴィヴィアンの左手の甲に巻き付けた。























「離しなさい!ルーイさん達を殺めた貴方をわたくしが…わたくしが!!」
前後で並ぶ席の後部席にはコックピットのシートベルトでがんじがらめにして身動きがとれぬようにされたマリーがまだ暴れて声を荒げている。見開きつり上がったマリーの視線の先には、前部席で機内システムを調整中のヴィヴィアンの背。ヴィヴィアンの隣に無理矢理座ったジャンヌは、変わり果ててしまったマリーの事を切なそうに見つめる。
「ねぇ…」
「何?」
「マリー様、日本で会った時はこんな人じゃなかったわ…」
「粗方、婚約者だった僕がマリーに執着している事を利用して捕らえに来たんだろう。死んだと言われていてももし僕が生きていれば僕を捕えた国際連盟軍はルネに自分達の力を誇示できる。マリーは上層部に利用された囮だろうね。まあ、マリーもそれを承知の上でこの任務に参加したんだろうけど」
「マリー様をこれから…どうするのよ」
「僕が彼女をこんな風にさせてしまったんだ。責任くらいはとるよ」
ジャンヌの問い掛けに顔すら向けず目にも止まらぬ早さで手を動かしてキーボードを打って機内システムを起動させていくヴィヴィアンが案外冷静だったから、ジャンヌは怖くなる。
「責任って…。知ってると思うけど戦争であんな風になった人は手遅れよ…きっと。私のお母さんだって…」
「被害者面するな、あんたは加害者なんだ」
「え…」
ヴィヴィアンがようやくジャンヌに顔を向けた。
「君が言ってくれた言葉だよ。だから僕は決めたんだ」
「え?何を、きゃあ!」


ガタン!

機体が宙に浮き、発進した。フロントガラス越しに見える荒廃したバロックの草原が下に見え始める。機体が上昇しているからだろう。
「ちょ、ちょっと!揺れるんだけど!きゃあ!?」
何ぶん2人用の為、後部席にはマリー、前部席にはヴィヴィアンと膝の上にアンネを乗せたジャンヌが座っている為前部席はシートベルトがつけられない。
「きゃあ!」
その為、上昇していく機体の揺れに吹き飛ばされそうになりぐらっとふらついたジャンヌが何処か掴まる所がないか探していると…。


ガシッ、

「え」
手探りをしていたジャンヌの右手首をヴィヴィアンの左手が掴んだ。こんな状況下で不謹慎だが思わずドキッ!としてしまったジャンヌは咄嗟に顔を上げる。相変わらずヴィヴィアンは前方しか見ていないけれど。
「機体が揺れる度に叫ばれたら気が散るから」
だから自分の左腕に掴まっていろ…という事だろうか?その先を直接言ってもらえなかったし、言われたとしても彼らしくないから。
「…ありがとっ」
ジャンヌはただ自分の右手で彼の左腕に掴まっていた。





































「ベルディネの夢は何?」
「え?何よ急に」
しばらくバロックの紫色の空を飛行していた。マリーは叫び疲れたのか眠ってしまい静かな機内。突拍子もない且つ、彼らしくない質問を投げ掛けられたジャンヌは目をぱちくり。
「夢くらいあるだろ」
「あんたにそんな事を聞かれると鳥肌がたつわね。…私の夢は戦争の無い世界になりますように、って」
「無理だね」
「即答すんじゃないわよ!なら聞かないでよね!」
フン!と鼻を鳴らして外方を向くジャンヌ。
「そんな綺麗事じゃなくてさ。ベルディネ個人の夢を聞いているんだよ」
「私個人の?」
再びヴィヴィアンの方へ顔を向け直す。
「そうだよ。例えばさスポーツ選手になりたいとか大きな家に住みたいとか。努力次第で叶う現実的な夢」
言われてすぐジャンヌは思いついたようだが、頬を赤らめて外方を向いてしまう。
「人のを聞く前に自分の夢を答えなさいよ!」
「僕は無かったな」
「あっそう!つまんない人生送ってんのね!」
「小さい頃あったのかももう思い出せないし、そもそも夢なんてモノを多分考えた事が無かったと思う。ほら、答えたよ」
だから次は君が早く言えと遠回しに言われてジャンヌはムッとしながらも目線をヴィヴィアンから反らした。
「…さん」
「え?」
「お、お嫁さんになって白いウェディングドレスをき、着てみたいっていう夢よ!!悪かったわね!似合わない事言って!」
「僕はまだ何も言ってないけど」
「あんたならそう言い返してくると思ったから先に言ってやっただけよ!」
「でも別に僕は似合わないなんて思ってないよ」
「えっ…!」
「非現実的な夢だなぁって思ったけどね」
「ムッカつく!本っ当に性格悪いわね!あんたは世界一の性悪よ!」
「はは、世界一なんてそう簡単に得られるものじゃないから有難いね」
「…呆れたっ!」
もうこいつと喋るのも疲れた!と言いた気な態度でまた外方を向くジャンヌ。そんな彼女に膝の上でオロオロするアンネ。





















「アンネは?」
「え…」
「アンネは夢、ある?」
同じ質問を振られたアンネはジャンヌの方をチラ…と見てから顔を真っ赤にして答えた。
「わっ、わたしもジャンヌお姉ちゃんと同じでっ…綺麗なウェディングドレスを着たお嫁さんになりたい」
「アンネの夢は現実的だね」
「ちょっとヴィヴィアン!あんたそれどういう意味よ!」
すぐムキになるジャンヌにはヴィヴィアンもアンネも笑ってしまう。笑われて顔を赤くしたジャンヌは今度こそおかんむり。また外方を向いた。
「ところで!これから一体何処へ行くつもり?あんたにまだ人脈があるとは思えな、」
「ウェディングドレスか…」
「え?今何か言った?」
操縦しながらボソッ、と呟いたヴィヴィアンの一言がジャンヌは勿論アンネも聞き取れなかった。こんなに狭い空間で真隣に居るのに。もう一度「え?」と促してみたけれど相変わらず無視をされたのでこれ以上は聞く気が失せたジャンヌはまた外方を向く。一方のヴィヴィアンは操縦をしながら、機内のミラーに映る後部席で眠るマリーを見ていた。














































バロック海岸―――――

「…了解。お前はそのまま続けろ。私は奴を追う」
バロック海岸。戦闘機内で耳から顎にかけて付けた通信機の電源をOFFにしたダイラーの瞳には、飛び立って行く国際連盟軍の戦闘機1機だけが映っていた。
「私は暴君に媚を売り、我が身を守る為軍人になったのではない…」


































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