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First Kiss【完結】
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(side.Emily)


木楚学園――――

「待てってエミリー!」
「キャハハハ!鮎川超ノロマ〜!」
季節はすっかり秋も終わりに差し掛かった11月。
昼休み、鮎川から赤点補習の勉強を教えてもらってたんだけど、ぜーんぜん分かんなくて面倒くさいからエミリー、逃げてきちゃったの!本当は校内でマフラーするの禁止なんだけど、エミリーね超寒がりだからピンクのマフラーつけながら走る!このマフラーね、この前鮎川が買ってくれたの!良いでしょっ!
マフラーをなびかせながら廊下を走って逃げるエミリーを鮎川は追い掛けてくるけど、鮎川ってば本っ当運動オンチだよねぇ!走るの超遅いの!
だからエミリーが、曲がった角で待ち伏せしてやるし!
「はぁ、はぁっ…エミリー、つかまえたっ!」


ぎゅっ!

って、学校の廊下なのに人目も憚らず鮎川がエミリーをぎゅっとする。
「つかまってやったんだし!」
「はぁ!?」
「えへへ〜。彼方君大好きっ!」
エミリーも鮎川の腰をぎゅってして背伸びをして口を突き出せば、鮎川は周りを見てあわあわしながらもエミリーの頭を抱き寄せてキスをしようと口を近付けて…、
「昼間っからまーたやってるよあのバカップル!」
「むぅ!邪魔すんな冴!健!」
あーあ!せーっかくちゅーしてもらえそうだったのにぃ!
廊下を歩いてきた冴と健カップルに茶化されて邪魔されたし!
鮎川も我に返っちゃってハッ!とすると、顔を真っ赤にしてエミリーを引き剥がすの!ムカつくー!エミリーまた引っ付いてやるんだし!!























ぎゅっ!

「なっ…!?ちょ、おい!だ、だめだってエミリー!」
「彼方君好き好き大好き〜!!ぎゅーっして!」
「だ、だからっ!!」
「お前はエミリーの事が好きじゃないのかっ!」
「す、好きに決まってんじゃん!!」
「どのくらい?」
「こ、このくらいっ…?」
鮎川は両手を広げて、好きの大きさを表す。でもそれだけ?たったそれだけ?エミリーは両手をいーっぱい広げながら、ぐるんって1回転するもん!
「エミリーはこーんくらいっ!」
「俺だってこのくらいだし!」
「あ!2回転したなっ!じゃあエミリーはこーーんくらいっ!」
「3回転した!?じゃあ俺はっ!」
「はいはい。いい加減やめてくれませーん?そこの宇宙一バカップルさん達ー」
「なっ…!?し、城田!」
呆れておでこに手をあてて溜め息を吐いてる冴と健の後ろから、いつものにっこり笑顔で毒を吐きながら歩いてきたのはハル。
あれからハルは、竜二達の件に関わっていた事もあって停学を喰らってたの。でも2学期の中頃から停学明けして、また今まで通りエミリー達と一緒に居る。
いくら竜二に脅されていたって、ハルは竜二とつるんでいたし遊び人だから、エミリーはまだハルを全部許したわけじゃない。
けど、ハルは変わった。相変わらず裏がありそうなニコニコ笑顔で飄々としてはいるけど、悪い事に手は出さなくなったし、悪い奴らとつるまずに、毎日ちゃんと学校に来てる。





























で…。本当は名前も出したくない竜二と智のその後の話なんだけどっ。
竜二やその仲間の嘉納は今、少年院に入ってる。そりゃ当然だよね?
智は、知らないっ!エミリーは智と縁をきって、養子縁組からは外れたの。成人するまでは、国からの…何だっけ?えーっと。孤児を保護するお金を出してもらってるの!よく分かんないけどっ!
別に養子になったわけじゃないけどエミリーはあれから、ずっと鮎川の家で暮らしてる。本当は、ずーっとこのまま鮎川の家で一緒に居たい。でも…。エミリーは見ての通り頭が良くないから、進学もできないし就職も無理っぽい…。てか、卒業できるかどうかも危ういから赤点補習の勉強を鮎川に教えてもらっていたんだけどねっ!
だから、何もしないで鮎川の家に居るのは申し訳ないじゃん?だから、高校が卒業できたらエミリー…。
「エミリー」
「え?」


ポカッ、

「痛ったぁ!叩くな!エミリー様を!」
鮎川の奴ムカつく!
エミリーの頭ポカッ、て叩きやがったー!…本当は全然痛くないけどっ!
「あれ?てか、みんな何処行ったの?」
「エミリーがボーッとしてる間に教室戻ったよ」
「ふーんっ」
「エミリー。何考え事してたんだよ?」
くるっ。鮎川に背を向けるのっ。
「教えなーいっ!」
「はいはい」
































あ!そうそう!そして鮎川なんだけど。
鮎川は結局、大学進学を諦めちゃった。おじさんとおばさんに金銭面で心配はかけたくないんだって。あんなに頑張ってたのに可哀想…。
だから就職する事にした鮎川は就活真っ最中なの!この前1社受けて、今は結果待ちみたいだよ。
「エミリーさっき教えた数学。分かった?」
「全然分かんなーいっ!」
「おいおい…。それじゃあお前留年しちゃうぞ」
「彼方君に替え玉受験してもらおっかなぁー!赤点補習のテスト!」
「だからっ…、」
「鮎川。職員室に来い」
「え?あ、は、はいっ!」
んー?鮎川が担任に呼ばれてエミリーに手、挙げて職員室に行っちゃった。鮎川何したんだろ?職員室に呼ばれるなんてさっ。
エミリーは、窓際で身を乗り出して外の風にあたるの。寒いからやっぱやめよ…。
「エミリー」
「あ。大輝じゃん」
大輝がエミリーに声を掛けてきた。
「アン姉元気ー?」
「悪阻が酷くてな。エミリーや冴からのメールや電話を返せなくて申し訳ないと伝えてくれと言われたんだ」
「良いって良いって!エミリーと冴も、多分そうなんだろうなぁって思ってたし!だいじょーぶっ!」
この会話で大体分かったかなぁ?
そっ。ご察しの通りー!アン姉は大輝との赤ちゃんができちゃったから、高校は自主退学したの。夏休み中に学校に退学届け出したんだよ。いいなー!エミリーもママになりたーい!
んでんで!大輝とアン姉は晴れて結婚ー!だけど、やっぱり高校生だし結婚式とかは無理なんだって。アン姉はもう大輝の家に居るんだけど、所謂マタニティーブルー?ってやつらしくて、あのいつも冷静沈着なアン姉が情緒不安定みたい。
だから大輝から、エミリーや冴達にはしばらく会わせられないけど、アン姉の体調が良くなったら会わせるって言われたの。だから大輝以外はみーんな最近てか、ここ何ヵ月もアン姉に会ってないんだ。アン姉は色々ムカつく事もあったけど、やっぱり大好きな友達だから、エミリーちょっと心配なの…。
「アン姉不安だろうから、大輝がしっかり守ってあげてねっ!」
「ああ」
「よっ!パパ!」
「〜〜!」
キャハハ!からかったら顔真っ赤にしてどっか行ったしー!大輝マジウケるんですけど!






























「てかてかー!鮎川まーだー?エミリーをこんなに待たせるとかあいつ調子乗って、」
「エミリー!」
「やっと来たー!ばーかっ!」
鮎川が職員室から走って…ん?あれ?超笑顔なんだけど?何でなんで?
「はぁ、はぁっ、」
「超笑顔じゃん」
「え?マジ?」
「キモッ!」
「はぁ!?」
「キャハハ!てかさっき何で呼ばれてたの?」
また超笑顔なんだけど!だからー!その笑顔、ニコニコし過ぎでキモいって!なーんちゃってっ♪
「受かった!」
「何が?」
「就職、面接受かった!!」
「え!?え…、えぇええ!?本当!?」
「受かったよ俺!」
「鮎川おめでとう!!」


ぎゅっ!

ってエミリーが飛び付けば鮎川もぎゅーってしながら1回転してくれるし!わああ…!鮎川受かったんだ!受かったんだ!!
「超すごいじゃん!1社目で受かるとか!エミリー様がついてたお陰だしー!」
「俺が頑張ったお陰だし!」
「はあ!?鮎川のクセに生意気っ!」
とか言い合ってるけど、エミリーも鮎川も超超超嬉しくって、2人で抱き合いながら超満面の笑みなの!
「あ〜〜良かったぁー!就職氷河期とかいうから、50社くらい受ける覚悟だったからびっくりしたけどな!これで安心して過ごせるー!」
「ふふっ!じゃあじゃあ今日、エミリーがご褒美あげるねっ!」
「え?何なに?」
「なーいしょ!」












































午後11時35分――――


「はー!本当に受かったんだ俺ー!」
鮎川の部屋で床に、2人寄り添って座ってるの。
おじさんは入院中、おばさんは出張中で、鮎川の家にはエミリー達しか居ない。
鮎川の奴、まーだ合格の喜びに浸ってるって感じ?ま、そりゃそっかー。
「ッシャー!頑張るぞ社会人!」
「でも、良かった」
「え?」
「鮎川あんなに勉強頑張ってたのに行きたい大学行けなくなって可哀想だったから。でも、今まで勉強を頑張ってきたから今回の面接も受かったんだよ、きっと。鮎川の努力、ちゃんと報われたよ」
「エミリー…」
「だから、エミリーからのご褒美あげる」
エミリーから深いキスをして、それからエミリーから上着もスカートも脱げば鮎川の奴、初めてみたいに耳まで真っ赤にしてエミリーの手を掴んで制止させるんだよ!
「エエエ、エミリー!?なっ…ちょっ!?何やってんだよ!」
「ご褒美あげるって言ったじゃん!」
「で、でもお前そういう事をするのは怖いって言ってただろっ!」
そう。エミリーは竜二達から受けたあの日々の苦痛から、男に触れられるとあの日々がフラッシュバックするようになった。
鮎川にだけは触れられても平気。寧ろ、嬉しい。でも…キスもえっちも、鮎川にすらできなかったの。ずっと。4ヶ月くらい…かな?けど、今日は頑張ってみるの。鮎川は今まで我慢してくれたし、エミリーがもう怖い思いをしないようにこの4ヶ月間、エミリーに言い寄ってくる男達を追い払ってくれた。
それに…今日は鮎川が一生に一度の合格をした日なんだもん。
「怖くなんか…無いって言ったら嘘になる。でも今日は鮎川が一生に一度の合格をした日だし、今までエミリーにもう怖い思いをさせないように頑張ってくれた鮎川へのお礼でもあるの。それに…」
エミリーは、ツヤツヤしたグロスをたっぷり塗った唇で微笑みながら、鮎川の上唇をツン、と人差し指で押す。上目遣いでねっ!
「エミリーも彼方君の愛情がほしいの…」

































「あっ!彼方君っ!」
彼方君に抱かれた最初はビクッとしちゃって、だから彼方君も、
「やっぱりやめよう」
って言ったけど我慢して、エミリーは大丈夫って言った。エミリーの相手は、優しくて世界一エミリーを好きでいてくれる、エミリーも世界一大好きな人。なのに行為の最中、チラチラとあの悪夢の日々が過った。竜二や智の顔も過った。だから自然と涙が溢れたら、彼方君はぎゅっ…、てしてくれて、
「大丈夫。もう大丈夫だから」
って、抱き締めてくれた。だからもう怖くない。
貴方が居てくれれば、私にはもう怖いものなんて無いんだと確信できた。
「彼方君、かおっ…、」
「え?」
「彼方君のかおっ!見えないと不安になるのっ…!」
嗚呼、優しいね。やっぱり彼方君は。すぐ、
「ごめんね」
って言うとエミリーを彼方君の方に向かせる。
良かったぁ…。彼方君だ。今、エミリーに愛情をくれているのは、紛れもなく彼方君だ。
「彼方君の、かお見えたっ…」
「ごめん。エミリーを不安にさせて。怖かった…?」
エミリーは首を横に振る。
「ううん、怖くないけど、不安になっちゃった。でももう安心した」
両手でヴィン君の両頬を引き寄せてキスをする。心から安心できるの。
彼方君の全てを受け止めてからえっちが終わる。お互いの上がる呼吸音しか聞こえてこない深夜の部屋。








































「彼方君のばかっ…。また中にしたっ…」
「ご、ごめん。でも俺、責任とるし!」
「そういう問題じゃ…はぁ。でも、ま、いーや。彼方君はエミリーに赤ちゃんできても良いくらいエミリーを好きって事でしょっ?」
彼方君はとびきり優しい顔をしてエミリーにキスをする。
「そうだよ」
「じゃあ万が一の時責任とれよっ!約束しろっ!」
「分かってる。じゃあエミリーからも俺に約束して」
「何を?」
首を傾げるエミリーの左手薬指に、彼方君の指が触れる。
「これから先、一生。俺と一緒に居て」
「…ばーかっ」
「え!?無理…とか!?」
はぁ?エミリーからの返事なんて…一つしかないじゃん!
バフッ!って毛布を頭からかぶって、わざと彼方君に背を向けてやるし!
「エミリー!?」
「おやすみーっ!」
「ちょ、エミリー!さっきの約束の返事は!?」
「おやすみーっ!!」
そんな遠回しな言い方じゃ返事してやらないもん!もっとはっきり、直接言ってくれなきゃ!



















































(side.Kanata)


3月9日、
卒業式――――

「3年生の皆さんは今日、学友と3年間過ごしたこの学舎を巣立ちます。学生のままの人もいれば、社会人になる人もいます。学生と社会人とでは大きな違いがあります。まず、一つ目に―――」
「てか、校長の話超長くない?」
「そんなの今に始まった事じゃねぇだろ!」
「毎週の全校朝会でも長かったからくたくただったよね〜」
「ハル。お前は3年間で全校朝会には一度しか出ていないだろ」
「キャハハ!マジウケル!」
おいおいおい…!!
しん…と静まり返った体育館に、校長が話す声しか聞こえない中、人目も気にしないで最後の最後までいつもの調子だよこいつらは!相坂、永山、城田、喜多田、そしてエミリー。
静かな体育館だからこそこいつら5人の話し声が目立つ。校長が目尻をピクピク痙攣させてイライラしつつも、何とか堪えてるっぽい。今日は卒業式だし、今日くらいは怒らないでやるか…みたいな感じかな?
この大きい1台のストーブなんかじゃ全然暖まらない凍えそうな体育館に全校生徒が集まっている今日という日は、木楚学園3年生の卒業式。
3年生が一番前にクラスごとに椅子に座って、その後ろには2、1年生が椅子に座っているんだ。卒業式を経験した事なら大体、雰囲気分かるよな?
壁側には頭の禿散らかった見ず知らずの来賓達がズラリ並んでいて。その反対側の壁側には、お洒落した先生達が並んでいる。
俺は寒さでガタガタしながらも、3年C組の列に並びながらも、隣のB組の相坂達とのんきに笑ながら喋っているアイツを後ろから見ていた。
そっ…、と自分の左胸に触れる俺。


ドクン、ドクン…

嗚呼、ドキドキする。心臓が口から出そうとはまさにこの事だな。
もう付き合ってるのに。もう告白したのに。俺は今日、告白よりも「愛してる」の言葉よりも、緊張して勇気が要る言葉をエミリーに言うって決めたんだ。だから、頭の中でその予行練習ばかりを繰り返しているから、校長の話なんて全く聞いてない。


♪〜〜♪〜〜

卒業式らしい寂しげででも希望に満ち溢れたBGMと共に、俺達3年生は在校生の拍手に見送られながら、体育館を退場して行った。












































3年B組教室―――――

「お前達!くれぐれも俺より先に死ぬなよ!」
担任の先生が涙を目に浮かべて、不良ものドラマみたいに生徒にガッツポーズをして最後のホームルームが終わった。同時に、この3年B組も終わりの刻がやってきた。
「うおぉおお!大輝ぃぃい!」
「んなっ!?健お前飛び付くな!邪魔だ!」
「だってだって寂しいじゃんかよー!明日からもうこの学校に登校してこないんだぜ!?俺は専門学校、大輝とハルは就職だろ!?明日の朝からは今までみたいに教室でダベったりが無くなるんだぜ!?」
「あははー。健君ってば大袈裟だね。死ぬんじゃないんだし、専門学校と仕事が終わったら夜またみんなで遊びに行けば良いだけだよ」
「ハル!お前は分かってねー!高校生っていう、まだ将来を深く考えないで気楽に過ごせる楽しい日々が終わるって事なんだよ!俺らが今までみたいにサボったりなあなあでいったらクビになったりする!そういう世界に俺らは足を踏み入れたんだよー!うおぉおおー!超泣けるしー!」
「…おい。相坂。健の彼女ならどうにかしろ。この泣き上戸を」
「無理っ。放っておくに限るし」
「だね〜」
「お前らぁああ!!」
はいはいはい。卒業式の日でもあいつらはいつもとなーんにも変わらない超ハイテンションだ。
教室黒板の前で騒ぐあいつらを、俺は一番後ろ窓際の席で鞄に机の中の道具を片付けてあいつらを遠くから眺める。
教室では、あいつら以外のクラスメイト達も卒業アルバムにメッセージを書きあったり、ケータイで記念撮影をしたり。泣いてる奴もいれば、笑ってる奴も居る。そんな、悲しくも楽しい教室内でもやっぱり俺は、最後の最後まで1人なんだなぁ。




























「あ、鮎川ぁーっ!」
「え。あ…何?佐藤」
ボーッとしている俺の前に、卒業証書が入った筒を持った佐藤がやって来た。
「12時に!生徒会室に来なさいよー!」
「え?生徒会室って、あ!佐藤おい、待てよ!」
ダーッ!って、あいつらの間を割り込んで逃げるように走り去って教室を出て行った佐藤。
「何なんあのデブ!うちにぶつかったし!」
「まあまあ冴。今日は最後の日なんだし、そうイライラすんなって!」
ふと、壁掛け時計に目を向ける。
「11時40分か…」
何の用だろう?今じゃダメなのかなぁ?


ガラッ!

「みんなぁー!」
「エミリー遅いし!」
あ。ヒロインのお出まし…って俺、何クサイ事を言っちゃってんだよ!?
B組の教室の扉を開けて、涙ボロボロのエミリーが相坂に抱き付く。
俺もあの輪に入ろうかな、あ、でもやっぱりダメかな。あいつらは3年になったばかりの頃から仲良いしなぁ…なんて、遠くからあいつらを眺めながら考えていたら。
「みんな。卒業おめでとう」
「アン姉!?」
び、びっくりしたー!
私服で髪をおろした杏夏まで教室にやって来たんだ!エミリー達がびっくりしている様子からして、杏夏が今日来る事は内緒だった感じ?まあ、俺も聞かされていなかったから超びっくりしたけど。
相坂達だけじゃない、B組の全員が杏夏の登場に驚いているし、他クラスからもゾロゾロと集まる。杏夏ってやっぱり人気者なんだな。
マタニティ…何ていうんだっけ?ワンピースを着ているけど、誰がどう見ても妊婦さんだって分かるくらいお腹がぽっこりしている。
「アン姉来てくれたの!?」
「うん。大輝には、みんなには内緒にしててって言ったから」
「体育館で卒業式を見たいと言ったが、あの寒い体育館にこいつを長時間いさせられないからな。卒業式が終わった頃を見計らって教室に来いと言っておいた」
「うおー!すっかり妊婦さんじゃん杏夏!」
「本当だー。何ヵ月だっけ?」
「8ヶ月」
「もうちょいじゃんアン姉!」
「ねぇねぇー!アン姉、お腹撫でてもいい?」
「いいよ。エミリー」
エミリーは、子供が母親に甘えるみたいに杏夏のぽっこりしたお腹に耳をあてながら優しく撫でている。本当…エミリー、幸せそうな笑顔を浮かべるようになったなぁ…。
「音がする。動いてるのっ!?」
「うん」
「うちもうちも!」
「ふふ。彼方もそんな所に居ないでこっち来なよ」
「えっ!!」


ドッキーン!!

杏夏に手招きされて呼ばれたから意表をつかれて、あからさまにドキッ!とする俺があのギャル男ギャル集団の輪に入って良いものかオロオロしていると。
「あはは。鮎川君には本当はこっちに来てほしくないけど。杏夏ちゃん達が良いみたいだから仕方ないけど、こっち来て良いよ!」
「〜〜っ!!」
くっそー!城田の奴、最後の最後まで俺に悪態つきやがってー!!

























睨み付ける俺と、にこやかな城田との間に火花がバチバチ散る。
結局俺はこいつらの輪の中に入れてもらう。こんな日がくるなんて、高校入学したばかりの俺には想像もつかなかった事だよな…。
「彼方も卒業。おめでとう。あと就職も」
「え!?」
「大輝から聞いた。一発で受かったんでしょ。おめでとうメールできなくてごめん。体調悪くて」
「い、いいっていいって!今おめでとう言ってもらえたからそれだけで嬉しいし、痛ってぇえ!!」
なななぁ!?ちぎれそうなくらい右耳を引っ張られた!?誰にって、そんなの分かりますよね!?
「アン姉は人妻なんだぞっ!彼女の前で不倫する気かっ!」
「ち、違うし!そんなわけないだろエミリー!」
俺の右耳がちぎれそうなくらい引っ張っていたのは、勿論エミリー。
「ただ喋ってただけだろ!」
「彼方君デレデレしてた!」
「してないよ!」
「してたし!」
「していたら俺がぶっ飛ばす」
「えぇ"!?喜多田!?」
「はは。冗談だ」
喜多田は真顔で冗談を言うから、俺はいつも、寿命を縮められている…。
ガシッ!と、城田と喜多田の肩を組む永山。
「じゃーさ!ここはいっちょ、卒業記念に今から俺らで遊びに行きますかー!」
「いいねいいねー!うちカラオケ行きたい!」
「エミリーもー!」
「杏夏ちゃんは体調大丈夫なの?」
「うん。歌えないけど、みんなと一緒に座っているだけなら大丈夫」
「あとあと!プリも撮ろう!」
何か、俺は参加しちゃいけない雰囲気…かな?
エミリー達にバレないようこの輪の中から、ソーッと離れる。
「鮎川も来るだろ!」
「えっ…」
予想外だった。永山が満面の笑みで俺を誘ってくれたんだ。喜多田も、城田も(バチバチ火花がまだ散っているけど!)、相坂も、杏夏も…エミリーも。
俺の事を、笑顔で見ているんだ。だから俺は拍子抜けして、ボーッとしている。




























「彼方君が居ない打ち上げなんて、エミリー考えられないっ!」
エミリーにぎゅって抱きつかれて上目遣いでそう言われて…。
嗚呼、俺には友達ができたんだ。俺を遊びに誘ってくれて、高校生活最後の思い出を作ってくれる友達ができたんだと理解したら…。
「ちょ、鮎川お前!?何泣いてんの!?」
「うっ…、ぐすっ、」
だって仕方ないだろ!笑われるから、堪えたかったのに堪えきれずに泣いちゃったんだから!
「がり勉超泣いてるしー!」
「鮎川君そういうのキモいって!アハハッ!」
「鮎川。泣き過ぎだ」
「ふふ。優しいからね彼方は」
「うっ…、ぐすっ、だって俺…友達と呼べる奴がほとんどいなかったから…嬉しくて…ぐすっ、」
「はいはいはぁーい!彼方君男のクセに泣かないでくださーい?」
「っ、仕方ないだろエミ、」
「たとえそれが嬉し泣きでもね。エミリーは、彼方君が笑ってる顔が一番好きだから。笑お!彼方君!」
「エミリー…」
エミリーが優しく微笑んでそう言ってくれた。だから俺は、笑った。今までに見せた笑顔の中でもとびきり、最上級のやつを。
「うん!」
こいつらも笑ってくれた…よな?














































玄関――――――

「さーて!打ち上げ行きますかー!」
玄関でこいつらと一緒に靴を脱ぎながら…脱ぎ…
「あ"ーー!」
「鮎川君声、うるさいよ」
「ちょちょ、ちょ!待って!俺、友達と待ち合わせしてたんだった!」
「友達?」
「すぐ終わるから!待ってて!」
「鮎川君のクセに僕達に指図するんだー?」
「こらこら。ハル。いいよ。みんな、玄関で待ってるから」
「ごめん!」
パンッ!って顔の前で手を合わせてみんなに謝ると、俺は深緑色のマフラーをなびかせて超ダッシュで生徒会室へ続く階段を駆け上がる!!
「友達って。あいつ、友達居んの?」
「確かC組の眼鏡の奴とよく喋っているのを見た事があるな」
「ふーん」
「てかてかー!実はそいつじゃなくて!女子に呼び出されてたりしてー!?エミリーどうする!?」
「そんなわけないじゃん!あんな地味がり勉なんて誰も好きになるわけないし!キャハハ!」


コツン、

「痛いー!アン姉がエミリーの頭叩いたー!うえーん!」
「こらっ。エミリー。そういう言い方しないの」
「はーいっ」
「ん、じゃ。みんなで待ってやるかー」
「……」
「エミリー?」
「……」








































午前11時58分、
生徒会室前廊下――――

「はぁ、はぁっ!」
「鮎川君」
「雄大!?」
ビビったー!背後から呼ばれて振り向けば、其処には俺があいつらと友達になるまでの唯一の友達だった雄大が立っていた。卒業証書片手に。
「最近話してなかったな」
「全くです。君がまさか、ギャル男とギャルグループの仲間入りを果たすなんて。神様でも予想できなかった事ですよ」
「相変わらずキッツいなーお前は」
はははっ、って笑ってから…ちょっと起きる沈黙。
「鮎川君は就職したようですね」
「まあ、ね。雄大は県立柳大学だろ?あそこは超ハイレベルだから、入れただけで満足しないで入ってからも頑張れよ」
「ふん。生意気な」
「今までありがとな、雄大。あと…」
俺が手を差し出す。雄大は俺を見上げる。分厚い眼鏡のレンズ越しに。
「これからもよろしくな」
「ふん」
と言いつつも、雄大は握手を交わす。
「鮎川君の分まで。君が行きたかった大学で頑張りますから」
「…!!」
「それではっ」


タタタ…

逃げるように階段を駆け降りて行った雄大。雄大の足音が聞こえなくなると俺はまた、腕で顔を拭った。
「ぐすっ…、どいつもこいつも…良い友達過ぎるだろ…!」













































ガラッ、

「さ、佐藤!」
「あ…」
間に合ったー!
雄大と話していたけど、何とか12時ジャスト!
間に合った俺が生徒会室の扉を開けば、佐藤が1人で、生徒会室の椅子に座って待っていた。
「ごめん!待ったよな!?」
「そ、そうよー!女を待たせるなんてデリカシー無いわよー!」
「ごめんっ!えっと、用は…」
何?って聞くのも失礼かな?てか、マジで何の用だろう?…あ!もしかして、俺と佐藤がファンのバンドの話とか!?いや、でも此処でわざわざする意味が分からないしなぁ…。うーん?
「鮎川」
「え!何?」
「あたしあんたの事が好き」
「え!あ…あー…」


しーん…

や、やばい…沈黙…。
えっと…えっと…
「マ、マジですか…」
コクッ、と頷く佐藤は顔が真っ赤だ。いや、俺も真っ赤になる。でも…でも俺は…。
「ごめん!俺、」
「分かってるわよー。学校内でもあんなに堂々といちゃつかれたらねー」
「え…?」
佐藤はくるっ、と俺に背を向けて、生徒会室の窓の外を見下ろしている。
「華浦と付き合ってる。うんうん。分かってたわよー修学旅行の時からー。あんたも華浦も相思相愛。あたしの入る好きなんて無いって事くらいー」
「え…な、なら何で…告白…」
「何で?あはは。鮎川あんた野暮ねー」
「え、」
「あたしの自己満足。ただ告白したかっただけよー。返事は分かりきっていたけど…。あんたのお陰で修学旅行楽しかったわー。あとね。鮎川を好きになった佐藤っていう女が居た事を…覚えていてほしかっただけ」
「佐藤…」


バンッ!

「!?」
さ、佐藤が窓を叩いた!?
「ほらぁー!さっさと出て行きなさいよー!あんたにもう用事は無いのよー!」
「ご、ごめん!本当ごめん!でも俺も佐藤のお陰で憂鬱なはずの修学旅行が超楽しかったし、何より…す、好きになってくれてありがとう!また、バンドの話メールしたりしような!卒業おめでとう!」
俺は早口でそう言い、生徒会室を飛び出して階段を駆け降りて行った。
佐藤は最後まで俺に背を向けていたけど…。

































生徒会室―――――

「うっ…うぅ…ぐすっ…。伊藤…厚田…あんた達今から、あたしの失恋励まし会やるわよー…!ぐすっ…」
















































3年B組教室――――

「忘れ物無し…っと!」
生徒会室を出てから、一応念には念をって事でもう1回教室に戻って、机の中に忘れ物が無いかチェックしてるんだ。忘れ物無し!
「卒業、か…」
生徒が出はからっていて誰も居ない、しん…とした教室内で1人、教室を見渡す俺。毎日の授業風景が甦るようだ。
「明日からもうこの教室に…この学校に来る事は無いんだよな…。って!やばいやばい!あいつらを待たせているんだった!」
あいつらの事だ。ちょっとでも遅いだけで"あんながり勉おいていこうぜー"って言っちゃうんだろう、きっと。
窓際を向いていた俺は、くるりと廊下側を向く。
「あっ」
B組教室後ろの扉で1人、しかめっ面をして立っている人が居た。
「エミリー?」
返事はせずに、ズカズカと俺の方へ歩いてくるエミリー。え!?表情からしてエミリー超ご機嫌ナナメ!?俺はエミリーの雰囲気に押されて、誰も居ない教室の中へ押し戻される。
「エ、エミリー!?」
「誰に呼ばれてたの」
「へ?」
「誰に呼ばれてたの!あの雄大とかいう友達じゃないでしょっ!」
ぐえぇえ!!エミリーに青いマフラーを引っ張られるから、首が!首が!首が締まるっ!!
「ゆ、雄大だよ雄大」
「嘘つくな!」
「ほ、本当だって」
「彼方君が嘘ついてるかついていないかなんて、エミリー分かっちゃうんだぞっ!」
「う"っ…。ごめん…。雄大じゃないです…」
「じゃあ誰!?」
「さ、佐藤…」
「やっぱり…」
「え?」
エミリー今何て呟いた?
「告白?」
「えっとまあ…う、うん…」


しん…

えぇえ!?ち、沈黙が起きちゃったし!エミリーなんて下向いてるし!焦る!
「で、でも断ったから!」
「そんなの当たり前だし!!」
ひぃい!?エミリー超超ご機嫌ナナメなんですけど!?エミリーは下を向いて、自分の両手をグーにしてぎゅっと強く握り締めている。
「やっぱり…」
「え?」
「やっぱり彼方君は優しいから…。見た目は地味だし全然かっこよくないけどすごく優しいから…モテるんだよっ…」
「じ、地味で全然かっこよくはないけど、面と向かって言わなくてもいいだろ!てか、あいつら待たせてるから行こう!エミリー!」
「彼方君は優しくてモテるから、エミリーみたいな我儘で馬鹿な彼女なんてすぐ捨てられちゃいそうでエミリー、毎日不安なんだもんっ…!」
「……」
下を向いたまま、ピンクのマフラーに顔を埋めて隠しているけど、エミリーからは鼻を啜る音が聞こえるし、肩が上下に動いている。泣いてる…多分。いや、絶対に。
だから俺は、今日帰宅してから言おうと思っていた言葉を今、言おうと思う。その言葉は絶対にこいつを安心させられるだろうから。
「エミリーさ」
「何っ…ぐすっ、」
「エミリー。顔、上げて」
「やだっ!」
「大事な話があるから」
「やだったらやだ!!」
ふぅ。思わず肩をすくめちゃうよな。でもこういう子供っぽさや素直すぎるところに惹かれているのも事実で。
まあ、いいや、エミリーは下を向いたままの方が俺も緊張が解れて言いやすいだろうし。


























外からは卒業生のはしゃぐ声が遠くに聞こえる。エミリーが鼻を啜る音以外は音が無い、静まり返った室内。今までの記憶が俺の脳裏を駆け巡る。
孤児院でエミリーと初めて出逢った日の事。高校3年生の時にエミリーと再会した日の事。変わってしまったエミリーに騙されていた日の事。
エミリーが城田と付き合った事。エミリーは智さんという最低な奴の愛人だった事。エミリーと晴れて付き合えた日の事。
短期間でエミリーと別れてしまった日の事。杏夏と付き合った日の事。修学旅行での事。
竜二からエミリーを救いだした日の事。そしてまた俺はエミリーと付き合えた日の事。
杏夏、喜多田、永山、相坂、城田という、俺とは到底縁の無さそうな奴らが友達になってくれた事。
嗚呼、思い返せば全てが昨日の事のようだ。なんて言い方、年寄りクサイ?
こうして改めて日々を振り返ってみると笑っちゃうよな。俺は、いつもエミリーを想っていたんだ。































はぁ。どうしよう。今から俺は、エミリーにちゃんとあの言葉を伝えられるかな?就活の面接よりも緊張しちゃうな。なんて…。
「エミリーあの…まだ俺は社会人にもなっていないから将来が見えないんだけど、その…」
「ぐすっ…、何?言いたい事があるなら早くしろっ!」
意を決して俺は、すぅっ…と息を吸い込む。
「エミリー!鮎川絵美林になって下さい!!」






























Happy wedding ending!!!



















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