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First Kiss【完結】
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(side.Takeru)

「お待たせー!」
「よーっす!」
夏休み1日目の午後10時23分。
駅前でハルと待ち合わせした俺は、相変わらず遅刻魔のハルと他愛もない会話をしながら、光々とした駅周辺を歩く。
「珍しいねっていうか健君と2人で飲みするなんて初めてじゃない?」
「あー…あっ、そうかもな確かに。いっつも最低5人は居たからな!」
「だよねー。そうだ。今日は何処で飲みするの?確か健君、行きたい所があるって言ってたよね」
「そっ。ほら、あそこだよあそこ」
「え?」
俺が指差した先を、笑顔で向いたハルの顔から一瞬にして笑顔が消えた。まあ、そりゃそうだよな。だって俺が行きたい場所それは、竜二達の溜り場のクラブ。
バッ!と勢い良く俺に顔を向けたハルの焦りっぷりは超やばくて、この表情だけで、いかにこいつが竜二に逆らえず言いなりになっているのかが分かる。…っていうのも昨晩、あのがり勉…じゃなくて鮎川から聞いたからなんだけど。































昨晩―――

「って…それマジかよ?ハルが竜二の言いなりになっているってマジで自分から言ったのかよ!」
俺や冴、杏夏が目を点にして問いただせば、顔中絆創膏を貼った鮎川が頷く。
「よく分からないけど…"僕はみんなに見てもらえなくて変われたのに竜二にも監視されている毎日で…でもお前は何も変わっていないのにみんなに見てもらえて"とか…そんな事言ってたんだけど…」
俺と冴は顔を見合わせる。
「変われたって…何?」
「さぁ…。竜二ってハルが中学の時の先輩だろ?俺、ハルとは高校入ってから初めて会ったし」
「うちだってそうだよ!アン姉も大輝も皆そうじゃん!?てか、うちらの学年でハルと同中の奴いなくね?」
「ハル…竜二先輩達にいじめられていたのかな…」
「アン姉…」


































現在―――

杏夏が呟いたたった一言。けど、そのたった一言はまさにその通りっぽい。
ハルはクラブの扉の前に立ちはだかる。まるで、俺をクラブの中へ入れさせないように。竜二に怯えきっているこいつの顔があまりにも不憫過ぎて、柄にもねぇけど心が痛む。
「や、やめた方がいいって!こんな所じゃ全然飲めないからさ…あ!そうだ!僕超安い居酒屋知ってるよ!其処にしようよ」
「いや別に、金なら給料入ったばっかりだから心配いらないって!此処ならお前も仲良い竜二先輩居るから楽しめそうじゃね?」
「でも僕が金欠だからさ…此処はやめて別の場所、」
「いいじゃんいいじゃん。なんなら俺がおごってやっからさー」
「あ!ちょっと!」


ガチャ…、

ハルには悪いけど、無理矢理押し退けて扉を開けば。中からは超うぜぇくらいの音楽が大音量で流れてくる。
――エミリーを探したって見つからねぇならもう直接竜二に会いに行くしか方法はないだろ!――
そんな俺を、背後から服を必死に掴んで引っ張って此処から引き摺りだそうとするのはやっぱりハル。
「いいから健君!此処はやめた方が良いって!」
「ハル」
「何?別の店行ってくれる気になった?」
「お前がそんなに怯える先輩なら俺がさっさと縁、切らせてやるからな」
「え…」































ドガッ!

「きゃあああ!」
あーやっべ。ちょっとやり過ぎた?
クラブの中のソファーを思い切り蹴飛ばしたら、其処にいたギャル男とかアゲ嬢とか…つまり、竜二の仲間っぽい奴ら超目点にして驚いてるし。つーか、クラブ内の奴らの視線が一斉に俺に注がれてる的な?
案の定、俺の後ろに隠れて居るハルは顔を真っ青にして呆然。
「んだよてめぇ!」
ほらほら、そうカッカかすんなって。竜二の仲間の超いかつい奴らが、えーっと?4人がかりで拳を向けて俺目がけて走ってきた。俺は笑う。こいつらの拳が俺の顔面にあたる直前。
「お前ら全員、暴行及び強盗の容疑で署まで連行する!」
「…は?」
拳が俺の顔面スレスレで止まった理由、分かった?
クラブ中に沈黙が起きたのは、10人の警官が一斉にクラブ内へ入ってきたから。そして、今まさに俺をぶん殴ろうとしていた奴らの腕を警官が取り押さえたから。っつーワケ!
「健!ハル!」
続いてやって来たのが、警察に通報してくれた冴と杏夏と鮎川。
サツにさ、鮎川が昨日ボコられた事と大輝がこの前ボコられた事を話したら、サツも前々からこのクラブを警戒していたみたい。だから、調度ラッキーだったわけ。
「くっ…!別に俺ら何もしてねぇし!」
「じゃあそこのテーブルの上に乗っている袋に入った白い粉は何だ!」
「っ…!」
「うっげ。マジ?あんたら薬までやってたわけ?こりゃぁ大輝と鮎川をボコっただけよりも罪重くなるんじゃね?」
「黙れクソガキ!ぐあっ!!」
「黙るのはお前達の方だ!」
あーあ。サツに思い切り黙らされてるし!いつも強気なこいつらも、さすがにサツには手ぇ出せませんってわけだ。




























「健!竜二は?」
駆け付けてきた冴が声を掛けてきた。
「竜二?竜二なら…あれ?居ない…」
おい、マジかよ。せっかく竜二が居ると思って此処に来てサツまで呼んだってのに。
竜二は何処を見渡しても居ない。俺より先に目をつり上げた冴がめっちゃ鬼みたいな形相をしてハルの胸倉を掴み上げるから、杏夏がオロオロしていたけど。
「ハル!お前も竜二とつるんでたんでしょ!エミリーと竜二が何処に居るか分かるんじゃないのかよ!」
「っぐ…苦しいよ冴ちゃん。はは…何言ってんの?僕だってあんなにエミリーちゃんを心配していたでしょ?それなのにそんな言い方、まるで僕が…」
「がり勉が全部教えてくれたんだよ!昨日こいつ殴った時ハルが言った事全部!」
「…!!」
冴が指差した鮎川の方を、目を見開いたハルが見る。たちまちハルの目はつり上がるとギリッ、と歯を鳴らして鮎川を睨み付けた。
「くっ…!あれだけ言うなつったのに…!言ったんだね鮎川君…!」
いつも学校で見ていたハルらしくない。明るくて人気者で…そんなハルが何処か遠くへいってしまったようで、俺も杏夏も冴ももう怒鳴る気にもなれなかったのは、友達の変わり様がかなり…辛かったからなんだろうな。
俺は、ハルの胸倉を未だに掴んでいる冴の手を離す。
「ハル…」
「何だよ!健君達のせいで僕はもう終わりだ!此処が竜二先輩達の溜り場だって事が警察にバレて!僕はもう終わりなんだよ!今まで以上に竜二先輩や、その友達からパシリにされて…それだけじゃない!今回の事で殴られるだろうし、僕はもう、」
「だからそんなクソったれと縁を切らせてやるつっただろ!!」


しん…

俺の怒鳴り声がクラブ内に響き渡れば、サツでさえも黙っちまったからウケるよな。つーか、俺がこんなマジギレしたの初めてじゃね?冴だって呆然としてるからやっぱり初めてっぽいわ。
「…悪りぃ。けどさ、ハル。もうやめようぜ。ハルに何があったかとか昔のハルなんて分からない。お前は自分の事を話さないで、いつも笑っているから。…前、俺とお前と大輝とで竜二と会った時気付いてやれば良かったのにな…。お前が竜二にいいように使われてるって」
「は…?何だよそれ…僕は別に、」
「ごめん。友達なのにお前も辛かった事、気付いてやれなくて本当にごめん」
俺がマジでこんなに頭下げたのは初めてだぜ、きっと。頭を下げているからハル達がどんな顔をして俺を見ているかなんて分からないけど、まあ大体予想はつくよな。
頭を上げようとした時。頭上から聞こえてきたのは鼻を啜る音…つーか、泣き声か?これ。
頭を上げれば…これまた初めてだろ。あのハルが。女子に人気でいつも飄々としていて笑ってばかりのハルが、肩をひくつかせながらボロボロ涙を流して泣いていたから俺もさすがに目を見開いてビビった。





























「ちょ、ハル!?そんな泣く事なくね?!え、何これ!?在り来たりな漫画みたいな展開!」
「っ…ひっく…、どうせ友達なんて…本音も言えない…上辺だけのものだったし…。高校入るまでずっと…友達なんて居なかったから…これからもずっと…友達なんて上辺だけだと思ってたのに…うっ…」
「おいハル!お前キャラ変わり過ぎだろ!しっかりしろ!そんな弱っちぃ姿、学校のハルファンクラブ的な女子が見たらドン引きするって!」
なんて茶化しても、下を向いて必死に泣くの堪えているからさ。さすがにいつものハルとは正反対な姿だからビビったけど…。俺と冴と杏夏、そしてサツの顔に自然と穏やかな笑みが浮かんだのは言うまでもないだろ?
「ハル。せっかく夏休みになるんだしさ。皆でどっか出掛けようぜ。竜二なんかと縁切って。だからさ、エミリーと竜二の居場所を教えてくれるよな?」
ハルは言葉を詰まらせながらも口を開く。やっぱり下を向いたままなのは、まあそりゃそうだよな。
「うっ…、ひっく…、今日も同じ場所かは本当に分からないんだけど…先輩達はいつも、海岸沿いのホテルにエミリーちゃんを連れて…行ってた…」
「何て名前の所か分かるか?」
ハルは首を横に振る。
「けど確か1軒しかないとか聞いた事ある…」
「了解。よっしゃ、じゃあ皆で俺の車使ってそのホテルに…ってちょ、鮎川!?」
振り向けば、鮎川の奴、1人で血相変えてクラブの外へ出ようと駆け出していたんだぜ。
昨日ハルにボコられた姿で1人で向かおうだなんて、そんなの漫画の世界でしか成功しないっての!俺が追い掛けると、案の定冴が後ろの方で俺をでかい声で呼んでくる。
「健!」
だからさぁ。そんな心配そうな面、お前らしくないから!俺は白い歯見せてニィッと笑ってやる。キザ過ぎた!?
「だーいじょぶだって!お前らはサツに事情話して海岸沿いのホテルにサツを呼んでおけって!」
「うちらも行くし!」
「はいはい。でも冴お前も一応女の子だから、ここは俺ら男の子が頑張ってきますよー」
「なっ…!そういうところがキモいんだよばーかっ!」
冴の怒鳴り声を背に、鮎川に追い付いた俺はクラブの外に出る。目の前に駐車してある紺色の車が俺の車。





























「鮎川。それ俺の車だからお前も乗ってけ!」
「え!いいの?」
「当たり前だろ。だってお前エミリーの元カレなんだろ?」
やべ、茶化しただけなのにさすが鮎川。これだけで顔真っ赤にしてるしさ。俺はさっさと運転席に乗り込んで、鮎川が右側の助手席のドアを開いた時。
「鮎川君!」
鮎川を呼んだ裏返った程のでかい声。声の方を俺らが向けば、クラブの出入口にハルが立っていた。そんなあいつを、やっぱり鮎川はまだ良い顔しなくて眉間に皺寄せている。体はハルの方を向いているけど、目はあからさまにハルから反らしている。
「鮎川君!多分君は僕の事をムカついているだろうから、このままずっとムカつかれていても仕方ないと思ってる。けど!いつか…友達になってもらいたいと思っているから!」
うっそ。さすがにここまでくるとハル、キャラ変わり過ぎっつーか最早別人?
俺はチラ、と鮎川を見る。あーあ。眉間に皺を寄せたまま、まだ目を反らしているけど?
「…考えておくっ」
小さい声。でも、鮎川のその一言はハルに聞こえていたみたいだな。言ってすぐ鮎川は俺の車の助手席に乗り込む。ドアを閉める時。
「ありがとう!もし友達になってくれるなら、不細工な鮎川君は僕の引き立て役だからね!」
「はぁ!?」
ははは。やっぱりハルだ。いや、これでこそハルだ。口は悪い。確かに悪い。けど、車を発進させる直前。俺と鮎川が車窓越しに見たハルは、今まで見せた事の無かった心から満面の笑みを浮かべていた。…って俺、言い回し臭過ぎたか?
















































(side.Kanata)


バタン…、

永山の車に乗って約20分。
人気の無い深夜の海岸沿いにやって来た俺達。波音が遠くから聞こえてくるだけの真っ白な月明かりの暗い海岸沿い。
「此処か…」
永山が見上げるそれは多分、城田が言っていた…ラブホテル。確かに、1軒しかないからすぐ見付けられた。
車も駐車場へ入れれば何台か車が停まっていたから…居ると信じたんだ。
「とは言ったものの。部屋の中へは鍵がないから入れないし。な?」
中へ入った俺と永山。確かに…。でも…。
「出てくるのを待っていたらその間にもエミリーが…」
「かと言って、扉ぶっ壊せねぇだろさすがに」
「どうしよう…」
「ま、悩んでてもどうにもならないからさ。俺がまず2階探すから、お前は3階な。何かあったらさっき教えた俺のケー番に電話かけろよ!お前、怪我人なんだからさ」
「ありがとう」
じゃあな、って去っていった永山は、いつも教室でクラスの中心になっている時と変わらない笑顔だったから不思議で仕方ないんだ。
正直、嫌味を言われた事もあるからこいつらをまだ完璧に許せずにいる俺。だけど、こいつらとこんなに普通に話せる日がきて、ましてやエミリーを一緒に助ける事ができる日がやってきて…
「いや…喜ぶのはエミリーを助けてからだ」
ぎゅっ、と両手拳を力強く握った俺は、エレベーターで3階へと昇っていった。



















































(side.Emily)

最悪…そんな事を思う気力すら、もう今のエミリーには無いの。
今日もまた、何人か忘れたくらい男の相手をしてそれから今も竜二先輩…うんうん、竜二の友達の男の相手をしている。
笑えだとか言われて笑わなきゃ打たれるけど、もう作った笑顔すら顔に貼りつけられないよ。
ぼやける視線の先には、竜二と、さっきエミリーが相手してやった友達3人が床で胡座を組みながら煙草吸って、馬鹿みたいに大きい声で笑って喋ってるの。こんなのもう当たり前の光景だから、誰か早く助けてだとか、そういう希望すらエミリーは失った。


トゥルル…

「繋がんねぇな。何やってんだよあいつら」
「どうしたんすか竜二さーん!」
「んー?いつものクラブに居る奴らにさ。さっきから何回電話かけても繋がらねぇわけよ」
「マジっすか!竜二さんの電話に出ないとかどんだけ度胸ある奴らなんすか!」
「だよなーギャハハ!」
「あ。竜二さん俺明日バイト朝早いんで今日はここらで帰りますわ」
1人の超チャラい男がそう言って立った。竜二はまだ繋がらないっぽいケータイを耳に付けながら右腕挙げて、
「また抱かせてやっからな!こんな軽いアホ女だけど!」
ってエミリーを馬鹿にしてそいつに手を振った。





























先に帰るっぽい男は、エミリーが今、別の男を相手しているベッドの脇を通り過ぎる時。
「プッ!」
って馬鹿にして笑ってドアを開けて出て行った。そいつが出ていく時開けたドアがあと少し。ほんの少しで閉じる時。


ガタン!

「?」
部屋のドアが鉄特有の重たくてうるさい音をたてて勢い良く乱暴に開いたの。エミリーは勿論、竜二達もドアの方を向く。するとね、たった今出て行ったはずの男が部屋の前の廊下で仰向けに倒れていたの。鼻血出して。
「あ?」
「ちょ、何すかあれ…!俺、見てきますわ!」
不思議に思った竜二達。竜二の友達が立ち上がって、其処で倒れている男に声を掛けようとした時。


ガシャン!

「なっ…!?」
嘘。何?何なの?
いきなりその友達は頭をパイプ椅子で殴られて、廊下で倒れていた男の上に重なるように倒れこんだ。エミリーは目が点になる。
「んだよ…おい!出てこいや!俺のダチに何しやがんだよ!」
立ち上がった竜二と友達たち。その時、廊下からこの部屋へ駆け込んできた人物に、エミリーの目はこれ以上開けないってくらい見開かれたの。
「エミリー!」
「あっ…!」
彼方君、って続くはずの言葉が出てこなかった。だって、有り得ない。昨日もやっと会えたのに結局離れ離れになったから、現実はドラマみたいにうまくいかないんだ、って。エミリーはこのまま一生竜二達の玩具なんだ、って。そう諦めていたから信じられなくて。
今、目の前に彼方君が来てくれた事が本当に信じられなくて涙が溢れてきたから、今すぐ呼びたい名前も涙のせいで声が言葉になってくれなかったの。
エミリーはすぐに身体を捻らせて、今相手していた男から離れてベッドを這う。竜二達が逃がさない、ってエミリーを捕まえるよりもほんの一瞬早く彼方君がエミリーを抱き上げてくれた。久しぶりに感じた優しい人間の体温。彼方君の速い鼓動が聞こえてきたら余計、涙が溢れた。
「ざけんじゃねぇよガキの分際で!!」
ドラマみたいに再会を喜んでいられる暇は無かった。すぐに竜二達が、部屋にある椅子やテーブルを持ち上げて彼方君とエミリーにあてる為に振り回してきたから、彼方君は何とか避けて、傍にあったベッドの電気スタンドを竜二達に投げれば命中。その隙にエミリーは彼方君におんぶされて、急いで部屋を出たの。












































「はぁっ…、はぁ…!」
「彼方君あのっ、」
「鮎川!」
「永山!」
え?廊下を走っていたらエレベーターから降りてきた健と鉢合わせた。
何?彼方君は、健と一緒にエミリーを助けに来てくれたの?エミリーが彼方君と健の顔を交互に見る。
「待てや!クソガキ共!!」
最悪。竜二達がエミリー達を怒鳴りながら追い掛けてきた。
そしたら彼方はエミリーを降ろして、着ていた制服のブレザーとクリーム色のセーターを裸のエミリーに手早く着せてくれたから、エミリーも健も頭上にハテナを浮かべて首を傾げるの。彼方君はすごく真剣で、怖い顔をしてた。
「エミリーは先、永山と車に乗ってろ」
「え…」
「はぁ!?何言っちゃってんだよ鮎川!かっこつけんなって!せっかくエミリーを連れ戻せたんだから3人で車に戻れば良いだけの話だろ!」
「けど、警察が来るまでまだ時間がかかるから、その間に竜二達は確実に逃げる」
「どうせすぐ捕まるって!」
「けど!俺はあいつらに仕返ししないと気が済まないんだよ!」
「鮎川…」
怒鳴った彼方君はエミリー達に背を向けると、自分から竜二達の方を向いたの。もう少しで竜二達が追い付く。エミリーが彼方君の方へ駆け出す。
「彼方く、」
「…行ってろエミリー!」
「え!?ちょ、やだ!馬鹿!放せ!」
最悪!健に無理矢理引っ張られてエレベーターの中に押し込まれて勝手に1階へ降りるボタン押された!エミリーが出ようとするけど、ドアがほとんど閉まる。エレベーターの向こうでデビットは笑った。
「駐車場に停まってる紺の車!鍵あけて先待ってろ!すぐ行く」
あと少しで閉じるドアの隙間から車の鍵をエミリーに投げた健。エミリーがそれをうまくキャッチして顔を上げる。
「待ってよ!エミリーも、」


ガタン!

ドアが閉まった。
降りていく機械音しかしないエレベーターの中。俯いて、さっき彼方君が羽織らせてくれたブレザーをぎゅっ、って皺がつくくらい強く握り締めたの。
「っ…、元はと言えばエミリーが馬鹿だったからこうなって仕方なかったのに…なのに、エミリーは助けられて…」
力が抜けちゃって、そのまま蹲る。
「うっ…ひっく…エミリーは幸せ者過ぎるよっ…」
ポーンって音がして、エレベーターは1階に着いた。


















































(side.Kanata)

「だーから!怪我人の上、がり勉鮎川1人でなんて無理っつっただろ!」
情けない…情けないけど。俺のわがままに付き合ってくれた永山のお陰で、竜二以外の奴ら全員泡吹いて秒殺。…いや、殺しちゃいないけど!
俺はまた殴られた傷が増えたってのに、永山は掠り傷で済んでいるから、マジで強い…。
一方。あっさり殴られた仲間を前に、あの竜二が目を点にして呆然としている。俺は唇を噛み締めた。
「じゃ、後は任せたわ」
「え、あ…」
永山はあっさりそう言うと、頭の後ろで腕を組んでエレベーターの1階へのボタンを押した。すぐに開かれたドア。エレベーターに乗り、ドアが閉まる寸前。俺の方を見た永山はあの強気な笑顔を見せて、こう言ってくれた。
「後はお前次第だな、鮎川」


バタン…

閉じたドア。ぐん、とエレベーターが降りていく音だけとなった妙な空気漂うこの場所。すると…
「ギャハハ!」
「!?」
勢い良く後ろを振り向けば竜二が其処で、腹を抱えて爆笑していたんだ。俺は拳に力を込める。
「な、何だよ!何でこんな事をしたんだよ!お前にとってエミリーは何だったんだよ!今すぐエミリーに土下座して謝れ!」
「チッ…うるせぇガキだな」
「っ…!」
こいつを一発…いや、何発、何百発殴ったって、俺はこいつを死ぬまで一生許さないだろう。
だから意を決した。だから永山も力を貸してくれた。なのに、一対一になるとこんなにも俺の身体は恐怖に支配されて動かないなんて…情けな過ぎる。



























「お、お前!こんな事やってたって何も楽しくないだろ!どうして普通に生きれないんだよ!」
「はいはいはいはい。質問ばっかりなガキんちょですねー。…やっぱお前色々知り過ぎてるわ」
「え…」
「エミリーの事といい、ハルの事といい。だからさ、どうせサツに捕まんなら、一番事情を知っているお前だけでももう口が利けねぇようにしてやるよーん。って話」
「なっ…!ぅあ"っ!」
最悪だ。片手に吹かしていた煙草を投げつけられて、しかも運悪く火がついている方が俺の右腕に命中。ワイシャツの上からでもその熱が伝わるから、急いですぐ振り払ったけど、火傷した右腕が痛むから右腕を左腕で押さえた隙。
「てめぇみたいなひょろいガキ1人で俺に喧嘩売るなんざ、一生無理なんだよ!!」


ドガッ!!

「うあ"あ"!」
思い切り顎から蹴り上げられてその場にうつ伏せになった俺を竜二は容赦無く…そう、まるで殺す勢いで何度も蹴り上げてくる。
俺だって、このままじゃいられない。せっかく永山がくれた機会なんだ。何とか床に両手の平付けて起き上がろうとするんだけど、無理だ。情けない…超情けない!エミリーにあんな事をした奴を目の前にして、仕返しの一つすらできないなんて!
「っあ"!!」
「ギャハハ!死ねよ!てめぇが死ねば、今までの俺の事を話す奴も居なくなる!捕まったって俺の罪は軽くなって、どうせすぐ出てこれるからな!ギャハハ!」
「彼方君!!」
「あぁ?」
…嘘。嘘だろ…?あいつは今駐車場で、車の中で俺達を待っているはずだろ…!?
階段の方から聞こえてきた甲高いその声に、鬼の形相をした竜二が顔を向ける。エミリーが居た。階段を登りきった所で。
「エミリー!早く戻れよ!早く!」
「ははっ。おいおい。何だこりゃ?王子様が頼りねぇから逆にお姫様が助けに来たってか?…ハッ。笑わせんじゃねぇぞクソアマ!」
ヤバイ。
標的を変えた竜二は右手拳を振り上げて、エミリー目がけて駆け出す。エミリーは一瞬目を見開いてすぐ力強く目を瞑った。
「エミリー!!」
「え…」


ドサッ、

間一髪のところで壁になるようにエミリーに覆いかぶさった瞬間竜二に頭を殴られた俺はエミリーを抱き抱えたまま、すぐ其処の階段から転落。転落した鈍い音が少し遠くに聞こえた。
「彼方君!?彼方君何やってんの!?大丈、」
「ギャハハ!お姫様庇ってそのまま一緒にダイブとか!マジドラマチックじゃね!?つーかさ、お前ら2人、俺が今まで会った中で一番うぜぇわ。仲良く死ねよ」


コツ、コツ…

やばい。階段を降りてくる竜二の足音。けど、今落下した際挫いたのか折れたのかよく分かんないけど、右足が痛過ぎて起き上がれない!
けどエミリーを隠すように俺が覆いかぶさって強く抱き締める。竜二の右腕が振りあがった。
「少女監禁の疑いで署まで来てもらうよ、竜二君」
ゲームオーバー。神様は居た。
振り上げた竜二の腕を背後から掴んだのは警察官。間に合ったんだ。
5人の警察官の後ろには、ホッ…とした表情の永山も見える。
「ハッ…ざけんなよ…。何で俺がこんなクソガキ共に負けなきゃいけねぇんだ…」
あの竜二の言葉が、蚊の鳴くような声だった。




























「…君。彼方君」
「あ…エミリー!?大丈夫だったか!?ごめん、其処に階段がある事を忘れて、思わず…。痛いところないか!?」
俺に抱き締められたままのエミリーに呼ばれ、ハッ!と我に返った俺が向き合えば、相変わらず隈が酷くてやつれているエミリーの目からは今までずっと堪えていたであろう涙が溢れ出したんだ。
「うっ…うわああん!」
「え、あ、えっ!?どっか痛いのかエミリー!?どこだ?俺がドジったから、」
「違うよ馬鹿!本当に鈍感だぞ鮎川彼方!」
「ば、馬鹿!?なっ、別に俺は…!」
「でも…でもっ!彼方君に嫌われたと思ってたから…、ひっく…、すっごく嬉しかった…ありがと…。エミリーやっぱり彼方君を好きになれて良かったっ…」
「え!あ…うん…。つーか、嫌いになりたくてもなれないくらい…好きだし…」
「大丈夫だったかい君達」
あ。来てくれた警察の内1人の中年男性警察官が心配してくれたんだ。
「あ、ありがとうございます。俺は全然平気です。それよりエミリー…あ。この女の子が…」
「そうだね。大体の事情は通報してくれたお友達から聞いたけれど、君からの話も聞きたい。取り敢えず一旦、署まで来てもらえるかな。大丈夫。君は何も悪くないよ」
伸ばした警察官の右手がエミリーの肩に触れた瞬間。


ポン、

「いやあああ!」
「!?」
「エ、エミリー!?」
修学旅行2日目の朝を思い出させるエミリーの悲鳴に、俺は勿論、この警察官も竜二を連行していた警察官や永山も目を見開いて驚いた。
一方のエミリーは俺の胸に顔を埋めて目を力強く瞑って、狂った様に頭を何度も横に大きく振るんだ。
「だ、大丈夫かい君!?」
「エ、エミリー!?どうした?どこが痛いんだよ!?」
「やだやだやだ!怖い!男が怖い!!彼方君じゃなきゃ嫌なの!彼方君以外の男はエミリーに触らないで!!」
…竜二。俺はお前を死ぬまで許さない…なんて生温いものじゃない。死んでもお前を許さない。
何人も何人も、見知らぬ男にお前が無理矢理抱かせたせいでエミリーをこんな風にしたお前を、俺は死んでも絶対に許さない。

























































午前1時23分―――

あれから。警察に今回の事を話したら、エミリーが今こんな状態だから事情はいつになっても良い。取り敢えず、エミリーが正気に戻るまで警察の事情聴取はこいつには行わない事になった。
さっき杏夏からあった電話によると、警察署にエミリーの育ての親にあたる智と聡美が警察署からの電話でやって来たらしいんだけど…。
聡美だって過去にエミリーを傷付けた男だ。取り敢えず…1週間は俺がエミリーを預かる事になった。
本当は一生聡美なんかにエミリーを触らせたくもないし見せたくもないってのが本音なんだけど…。まだ学生の俺にそんな権限は無いから、取り敢えず1週間だけ、って事になった。
それから城田はクラブに駆け付けた警察官に、自ら俺を殴った事を告げてつまり自首して今、事情聴取を受けているんだって。
――あいつがまさかそこまで反省していたなんて…――
城田はどうなるんだろう。退学…になるのかな。…いや。あいつだってエミリーを傷付けたんだ!今回の事に直接関わっていなかったとはいえ、あいつだって!
取り敢えず俺も永山も杏夏も相坂も補導されたわけなんだけど…まあ、そりゃそうだよな。竜二達突き止める為つってもあんな時間にクラブに居たんだ。はーあ。補導くらいじゃ停学にはならないけど、警察に目をつけられたかな?








































「ねぇねぇ彼方君」
「ん?」
そうそう。今、俺の部屋のベッドで俺のジャージをパジャマ代わりに着て寝転がっているエミリー。俺はそのベッドの下で寝るつもり。
エミリーが寝るまでベッドの下で寝転がって本を読んでいたら、エミリーに呼ばれた。エミリーはこっちを見ている。
「足、大丈夫?」
あー…足ってのは。ほら、さっき階段からダイブした時右足首捻ったんだよな。今湿布貼りまくっているけど、引き摺っていたからエミリーがかなり心配してくれたし。
こんな夜中だから病院は明日行くとして。かなり腫れてるからもしかしたら…かも。まあ、階段から落ちて足だけの怪我ならラッキーな方だけど。
てか、エミリーは俺が覆いかぶさっていたから無事で何よりだ!
「ああ、足?平気だよ。さっきより痛くないし全然腫れてなかったし」
嘘。本当は超痛くて超腫れてますけど…!
「良かったっ。ねぇ彼方君。彼方君今、誰かと付き合ってる?」
「えっ。そんなわけないだろ!な、何で聞くんだよ」
「なんとなくだしー!」
「何だよそれ…」
「でもね、エミリー今好きな人が居るんだぁ」
「え…」
「でもエミリーね、まだ男が怖いから、その人の事が大好きでえっちもちゅーもしてほしいのに、大好きなのにえっちも怖いしちゅーも怖いし…」
「エミリー…」
笑顔なのにすごく寂しいエミリーの笑顔に胸が痛んだ。するとエミリーは寝転がったまま、俺に満面の笑み浮かべた。無理してる感が超あるけど。
「けどねっ!いつか絶対克服してそいつに告ってやるし!エミリー可愛いからその人に絶対オッケーしてもらえるよね?ね?」
「うん…そうだな。大丈夫だよ、エミリー」
毛布の間から覗くエミリーの小さい右手を両手でぎゅっ、としてやれば最初やっぱりビクッと震えたけど、最後、エミリーの方からぎゅっ、と握り返してくれたんだ。
「本当にありがとっ!地味ダサオタクな鮎川もやる時やるじゃん!」
「は!?全然ありがとうって気持ちが伝わらないんだけど!」
「うっざ!鮎川のクセにエミリーに逆らうなだし!寝不足だからエミリーねんねするっ!おやすみーっ」
「あっ!待てよエミリー!」
「はぁ?まだ何かあんの?早く寝ろばーかっ!」
「ば、ばかって!…まあいいや…。あ、あのさ。さっき言ってた好きな人って…誰?」
「直球で聞くな!デリカシー無いし!ばーかっ!」
「ご、ごめん!いや、今の気にしないで!うん、マジでごめん!」
「あっ!言っておくけどエミリーがさっきお前に好きになって良かったって言ったのは、幼なじみとしてだからなっ!」
「え…!わ、分かってるしそのくらい!別にそこまで自惚れてないから!つーか、俺だって今好きな人居るし!」
「えっ!嘘!?誰、誰!?アン姉!?」
「フラれましたーっ!」
「そうなの!?じゃあ誰!?教えろっ!」
「おやすみっ!」
「むむっ…!教えろバカーっ!!」
やっとやってきた夏休み。大好きなこいつがいる大好きなこいつと過ごせる、初めての夏休みが始まる。





























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あきゅろす。
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