First Kiss【完結】 ページ:1 (side.Daiki) 翌日――――― ピピーッ! 蒸し風呂状態の第一体育館に鳴り響くホイッスル。今は7時間目球技大会バスケの俺達3年B組の試合が終わったところだ。結果は圧勝。球技大会は3日間あるが今日の試合全て圧勝しているB組は、もしかしなくてもこのまま3学年のクラスの中で優勝するだろうな。 因みに。第一体育館のステージ側と出入口側とで男子、女子、とコートを分けて試合を行っている。バレーの奴らは隣の第二体育館で試合中だ。 この1コートで全学年全クラスが試合をやるからな。3日間もかかるんだろう。今日はもう試合が無い。 「大輝おっつー!」 パチン! 試合後。タオルで、吹き出す汗を拭っていた俺の背後からやって来てハイタッチをしたのは相変わらず明るい健。続いて、ハルのお決まりメンバーだ。 「いやぁさっすがだな大輝!パスなのにさ速過ぎて俺取れないかもー!って超焦ったし!」 「あはは!分かる分かる健君ちょー危ない時あったよね」 「見てるこっちがヒヤヒヤしたな」 「はー!?俺サッカー部だから腕は使い慣れていないんですぅ!」 「あははー負け惜しみ?見苦しいなぁー」 「ハルうっぜー!」 そんな会話をしながら残りの試合を見る為、体育館の端で胡座を組む健達。 「あれ?大輝何処行くん?」 「水飲んでくる」 「りょー解っ」 バタン、 「…ふう」 ボールが体育館の外へ出ないように…と、体育館の出入口の扉を閉める。決まりだからな。本当は閉めたくない。ただでさえ体育館は蒸し風呂状態だというのに。 廊下には体育館からの歓声が聞こえるだけで、人の気配がしない。俺は水道の蛇口を捻り、水をがぶ飲み。でもそれだけじゃやはり味気無いから。水道の左を曲がったところにある自動販売機へコーラを買いに行こうと蛇口を閉めてふと、顔を上げると。 「杏夏?」 自動販売機がある左角の方へ歩いて行った人影が一瞬見えた。その際顔は見えなかったが、目立つ金色の長い髪がなびいていて背格好からして杏夏だろう。 『まあさ!杏夏もそろそろ気付いて戻ってくるって!大輝は良い男だったなぁって!』 その時。ふと、俺の脳内で昨日健に言われた言葉が過る…いや、別に良い男だったと思われたいわけではないからな。ただ最近杏夏の奴、体調を崩したのか休みがちだったしその上、体育祭以降まともに話もしていないからな…ただ声を掛けようと思っただけだ! 俺は、タオルで汗を拭き取ってから歩き出す。 「…から!…でしょ!」杏夏…? 角の向こうから杏夏の…あいつにしては珍しい怒り口調のでかい声が聞こえる。何を話しているのかははっきりと聞こえないが。 とりあえず…杏夏の他に誰か居るのか?俺は歩みを続ける。角に差し掛かる。 「杏、」 「どうして!?どうしてそうやってあたしを避けるの!?」 「だから違うって!避けてなんかいないよ!」 「なら、何で昨日も今日も…放課後しばらく一緒に居れないなんて言うの…。杏夏の事嫌いなの?」 …嘘だろう。俺が角に差し掛かった其処目の前で繰り広げられていた光景それは。球技大会だからジャージ姿のカップルの口論。カップルそれは、鮎川と杏夏…。 そして今まさに鼻をすすりながら杏夏が鮎川に抱きついた…時、俺側を向いていた鮎川が俺に気が付けば、ビクッ!といつものように挙動不振になって目を見開いた。だからか、杏夏が鮎川からゆっくり離れて後ろを…俺の方を振り向いた。 久しぶりに目と目が合った杏夏の綺麗な水色の瞳に、俺が今だかつて見た事の無かった光る涙が浮かんでいたから…。だから…。 ドガッ! 「彼方!」 嗚呼。最悪だな俺は。 カッとなって頭に血が上って、鮎川から杏夏を引き剥がせば。つい、鮎川の左頬を思い切り殴っていた。一発。一発も二発も同じだな、殴ったものは殴ったんだから。昨日不良共に殴られて傷テープを貼っている鮎川の左頬が今の衝撃で更に腫れたのが一目瞭然。 嗚呼。最悪だな俺は。これじゃあニュースでよくある、元カノの恋人に逆ギレをする最低な元カレだ。こんな奴にだけはなりたくないと常日頃思っていたのに。杏夏はもう俺の彼女ではないのに。杏夏には鮎川という新しい彼氏ができただけなのに。…なのに心とは裏腹な言葉が俺の口から飛び出すばかりだった。 「彼方大丈夫!?大輝何するの!」 「杏夏お前泣いていただろ。泣かされたんだろ」 「違う!」 「違わないな。悪いが、会話が聞こえたんだ。どうして避けるの、と言っていただろうお前」 「大輝には関係無い!第一、あたしは今彼方と付き合っているんだから大輝は余計な口挟まないで!」 「挟むに決まっているだろ。お前に黙って鮎川は昨夜、ずっとエミリーを探していたんだからな。エミリーをまだ好きだから」 「えっ…」 …最悪だ。 鮎川は今はもう杏夏の事が好きで。エミリーを探していたのは、大切な幼なじみという理由なのに。俺は鮎川を悪者扱いしている。その結果、杏夏が鮎川に幻滅してくれれば良いと思っている…最悪な男だ俺は。 罪悪感に浸りながらも、やはりこの2人が付き合っている事に俺は納得できずにいた。何故かってそれは、鮎川は幼なじみだから…と言うが、こいつはまだエミリーに好意を抱いているようにしか見えない。だから杏夏を泣かせた…それが許せなくて、思わず手が出た。 俺の一言に呆然の杏夏の後ろで、打たれた左頬を拭うと立ち上がった鮎川が珍しくイラだった目をして、俺に声を荒げてきた。 「ふざけんなよ!昨日言ったじゃん!大切な幼なじみだからって!もうあいつへの恋愛感情は無いし、俺自身あいつに振り回されてもう付き合いたいだなんて思わなくなったから別れたんだよ!」 「なら何故その事を杏夏に言わなかった?」 「え…」 「素直にそう言えば杏夏だってエミリーの友人だ。一緒に探すだろうし何も隠す事じゃない。なのに杏夏と会えない理由を何故隠した?」 「…れ…それ、は…」 「それはお前がまだエミリーの事を、」 「2人共もういい加減にしてよ!!」 初めてだった。あの杏夏が声を裏返らせてまで怒鳴ったんだ。俺と鮎川に。さすがの俺も呆然としてしまうし、一方の鮎川も唖然。 怒鳴り声を上げたからか、上がった息使いが少し荒い杏夏は下を向いたまま。そんな杏夏の肩に手を添えるのは鮎川。今すぐにでもその手を振り払いたくなる俺は、まだまだ子供だと自覚してしまう…。 「ご、ごめんな杏夏、」 「やめて!」 「っ…、」 パシッ! 何と杏夏は鮎川の手までも振り払ったのだから、こんな杏夏を見た事の無い俺も鮎川も、情けないがどうする事もできず、ただ呆然。そんな静まり返った俺達とは正反対の騒がしい歓声が体育館の方から聞こえてくる。 「どうしてなの…。大輝はどうしてそんなに嫉妬するの…鮎川はどうして嘘ばかり吐くの…どうしてみんな仲良くできないの…」 「あ、杏夏…俺、」 キッ!つり上がった水色の瞳が鮎川を睨み付けた。だが、その瞳には止まる事を知らない大粒の涙が溢れていた。 「もう要らない!優しい嘘なら要らない!エミリーの事が好きなら、エミリーが一番ならそう言ってよ!あたしは二番で良いって言った!なら、正直に二番って言って!嘘で一番好きだなんて言われた方があたしはよっぽど辛いの!分からないの!?」 「あ!杏夏!」 立ち上がれば杏夏は俺を押し退けて、体育館とは逆方向の玄関へと続く廊下を駆け出す。涙を拭いながら。 俺の脇を通り過ぎ、顔を真っ青にした鮎川が追い掛けるのを、首を後ろへ向けて見ようとした時。 ドサッ! 「杏夏!」 「杏夏!?」 何も躓くはずの無い真っ平らな廊下の中心で、杏夏は突然崩れるように倒れこんだんだ。駆け寄る鮎川同様、俺も駆け寄る。我も忘れて。 「杏夏!どうした!?杏夏!?駄目だ喜多田!杏夏の顔も唇も真っ青だ…!」 「貧血か?とりあえず鮎川、保健室はすぐ其処だ。俺が杏夏を担いで行く。お前は保健の先生を呼んでこい!球技大会中は確か第二体育館に居るはずだ!」 「わ、分かった!」 さっきまでの啀み合いなんて風に吹き飛んでいったかのよう。鮎川は第二体育館へと駆け出し、俺は、ぐったりと目を瞑った杏夏を抱き上げて保健室へ入る。 すぐにベッドへ寝かせ、とりあえず体温計を探そうと背を向けた時。 きゅっ…、 本当に僅かな力。だが、後ろから俺の体育着の半袖シャツの裾を掴まれた感覚がして、後ろを振り向けば。 呼吸が乱れていて顔も唇も真っ青な杏夏が薄ら微笑んでいた。目には涙の跡を残しているのに、こんな時まで無理して笑むな。普段滅多に笑わないくせに…! 「…どうした」 「彼方…は?」 「…散々二股をかけられておいてまだ鮎川か。第一、さっき言っていた二番で良いって何だ。大体お前は…!…悪い。具合の悪い時にこんな事言って」 杏夏は黙って横に首を振るだけ。ばつが悪くなり俺が再度、体温計を探しに行こうとするが。 「…ねぇ…。大輝は今…付き合ってる子…居る?」 「何を言い出すかと思えば…。…いない」 「そっ、か…。じゃああたし、彼方に謝らなきゃ…いけなくなるかも…しれないね…」 「馬鹿かお前は。杏夏を寂しさ凌ぎに利用するようなあんな男に、何故お前が頭を下げなければいけないんだ。いい加減目を覚ませ」 もう付き合いきれないな。俺は今度こそ杏夏に背を向け、ベッドから離れると棚を手当たり次第開けて体温計を探す。案外簡単に見つかったそれを片手に、あと他は…とりあえず貧血なら安静にしているしか手段はないだろう。 杏夏が横になっているベッドへ戻り、カーテンを閉めて体温計を差し出す。だが杏夏は目を瞑ったまま、やはりまだ苦しそうにだが微笑んでいるから俺には意味が分からない。首を傾げた。 「熱。あるかもしれない。計れ」 「うん…」 「ここ最近ずっと欠席していただろう。風邪をひいていたのか何なのか分からないが。とりあえずまだ本調子じゃないんだろう。目をあけて体温を計れ、杏夏」 一向に目も開けようとしない杏夏。そこまで具合が悪いのか?しかし、なら何故微笑んでいるんだ…。 いい加減俺が痺れを切らしそうになった時、杏夏は口を開く。目は瞑ったまま。 「…まだ確かじゃないんだけど…大輝、ごめんね」 「お前が謝る事は何も無い。勿論俺に対しても。ほら、早く熱を計っ、」 杏夏の右手が俺の左腕を掴む。本当にか弱い力。そこから感じた体温。 「さっきからおかしいぞお前。早く、」 「あたしずっと月経がきてないの…」 「え…」 ガラッ! 「はぁ、はぁ。杏夏!先生呼んで来たよ!」 「彼方…!」 勢い良く保健室の扉が開いて息を切らした鮎川が戻ってくれば、杏夏は顔をそっちへ向けて、まだ青白い顔ながらも優しく微笑む。…が。それよりも… ――さっきのはどういう意味だ…?まさか杏夏…―― 「はい、どれどれ?あーB組の鈴さんね。あら。顔真っ青じゃない。ちょっと失礼するわよ」 保健の先生はふくよかな体格で俺を押し退けると自分の額に手をあてながら杏夏の額に手をあてて、うーんと唸る。 「熱は無さそうねぇ。貴女、昼食はちゃんと食べた?」 「はい」 「そう。でも貧血気味ね。唇まで真っ青だもの。今7時間目が始まったばかりだけどもうこの後放課でしょ?今帰るって言ったって、その貧血じゃまた途中で倒れるから。7時間目が終わるまで此処で横になっていなさい。そうすれば、時期に血圧も正常値に戻るわよ」 「ありがとうございます」 本当によく喋るな、この先生は。なんて感心していたら、またふくよかな体型にぐぐっ、と半ば無理矢理に押し退けられたが。 「あんた達どちらか1人で良いからついていてあげなさいね。また何かあったらすぐ呼びなさい。第二体育館に居るから」 「はい」 バタン、 先生は眼鏡をくいっ、と上げながらパタパタ足音をたて、保健室を出て行った。…それは良いが、今のこの状況はさすがに気まずいというか…空気が重い。杏夏が横になっているベッドの両サイドでただ立ち尽くしているだけの俺と鮎川。つまり、元カレと今カレ。 しかもさっきこいつを思わず殴ってしまったからか、鮎川は昨日のような態度から一転。また俺に対して挙動不振だ。あからさまに目を反らされている気がする…。 「…あっ、お、俺体育館戻るよ…!此処には喜多田も居るし…」 いや、それでこそ鮎川らしいがお前は杏夏の彼氏だろう。ここは気弱な性格だろうと、元カレの俺を追い払うくらいできないものか…。 だからまだこいつはエミリーの事が好きなんじゃないか?と俺は思ってしまうんだが。 「…いや。いい。俺が戻る。健達には水を飲みに行くとしか言っていなかったしな」 仕方ない。俺が歩き出せば、鮎川がしどろもどろしている姿が横目に映る。 ――本当ならもっと杏夏に話したい事がある。それに聞きたい事もある。さっきの話だ―― しかし俺はただの元カレだ。それに鮎川とは昨日、自他共に友人…になったわけだし。多分。 鮎川は女の扱いに慣れていないからか、こうして杏夏を困らせてはいるが、其処らのチャラい男よりは全然良い奴だからな。俺としても友人でいたいと思ったからこれ以上こいつと啀み合いたくもない。ここは俺が引こう。杏夏も止めないしな…。 バタン、 保健室を出て、ふと窓越しに空を見上げる。夏だからか、もう夕方だというのにまだ青空が広がっていて尚且つ太陽の陽射しも明るい。溜め息が出る。 「去り際、お大事にの一言でも掛けてやれば良かったか…」 大歓声のする第一体育館へ戻って行く。途中、保健室の方を振り返りながら。 ――月経がきていない…?もしかしたらあの貧血も…―― 「…だとしたら今度こそ俺は失恋…だな」 杏夏との思い出が、脳裏を駆け巡っていた。 (side.Kanata) 保健室―――― 「そっか…昨日そんな事があったんだ。だから大輝も彼方みたいに顔とか手、怪我してたんだね」 ベッドの隣。パイプ椅子に腰掛けた俺は、昨日の事を全て杏夏に話した。 杏夏は、赤紫色に腫れる俺の左頬を傷テープの上から優しく撫でてくれる。なのに、俺は俯いたまま。杏夏を見れない。だって、さっき喜多田に言われた言葉が脳内でずっと繰り返される。 …気付かされた。いや、気付いていた…。俺はまだ、エミリーの事が好きで好きで仕方がないって事に。 ――確かにあいつの言動は矛盾だらけで、どれが本当のあいつなのか分からない。だから疲れてしまった。けど…もう恋愛対象じゃない大切な幼なじみだとか、もう好きにならないからだとか、相談相手で良いだとか…全部俺自身を守る為の嘘。建前。エミリーを守れなかった自分を自覚したくなかったが為の、俺を守る為の嘘でしかなかった。綺麗事ばかり並べてきたけど本当の俺は、エミリーに対して相談相手で良いだとかそんな綺麗な感情じゃなくて、ただ好きだっていう汚い感情しか抱いていなかったんだ―― 自覚した途端、俺の情けなさを痛感。胸が締め付けられるような苦しさっていうか痛みを感じて、太股の上に乗せた両手拳を力強く握り締める。 ――言わなくちゃ。杏夏に言わなくちゃ。もう、駄目だ…俺はやっぱり…―― 「エミリーは何処行ったのかな…。彼氏の所なら良いけど…心配だよね」 「う、うん…喜多田ともそう言ってたんだ…」 「あたしも治ったら一緒に探したい。良いでしょう、彼方」 「う、うん…。あ、あのさ!杏、」 「彼方。別れよっか」 「え…」 保健室内。体育館からの歓声が遠くにだけど聞こえる。沈黙の保健室内。 別れを切り出した杏夏は相変わらず天井ばかり見つめていて。 一方の俺は別れを切り出されたのに…こんなにもすっきりした気持ちになっていたから、自分で自分が大嫌いだと再認識した。 「え、どういう…」 「まだ彼方の事好きだよ。大好き。やっぱり彼方の中であたしはまだ二番だったって事は悲しかったけど。でも、もう終わりにしよう。始めから分かっていたのにね。こんなあたし達は恋人でもなんでもないって事くらい…」 どう返事をすれば良いの?全く分からない。 杏夏の震える声を聞いたら、たったさっきまでの場違いなすっきりした気持ちは消え去っていて。改めて、俺が杏夏に寂しさを紛らわせていた事を自覚する。 「彼方にはエミリーがお似合いだよ。エミリーあんな態度しかとれない子だけど、彼方の事がすごく好きだよ。見ていて分かるもん。エミリーが彼方の事好きだって事も。彼方にはエミリーがお似合いだって事…もっ…」 「あ、杏夏…!」 どうしよう。杏夏は顔を毛布に埋めて声を押し殺して泣き出す。俺がどうしようもない馬鹿だから泣かせた。 でも今はもう、泣く杏夏を抱き締めてやる事もできずただ、立ち尽くしているだけ。傍から見たら優しさの欠片も無い最低な奴だけど…俺達にはこれが良い。だってここで上辺だけで抱き締めたって、お互い本心はもう分かっているんだから。 「っひっく…」 「ごめん…」 「うんうん…。謝らなくて…いいよ…あたしこそ…ひっく、二番で良いとか…エミリーのアドレス消してとか…言ってごめんねっ…」 「そんな事…」 「分かってたのに…彼方はエミリーしか見てない事…分かってたのに…ごめんね…」 「……」 嗚呼、駄目だ。謝るのは俺の方。断然、俺の方。 でも最低な俺は、ごめんだとかそんな在り来たりな謝罪の言葉しか述べられなくて…本当に馬鹿だ。勉強なんかより学ばなきゃいけない事が俺にはたくさんあるんだ、って事を思い知らされる。 「…ごめん。俺…杏夏と喜多田が言うように…俺…実はまだずっと…エミ、」 「謝らなくて良いから彼方。代わりに、おめでとうって言って…」 「え?」 何…?意味が理解できない。ただポカンと突っ立っている俺を余所に、杏夏は天井を見つめたまま話しだす。 「最近ずっと吐き気がした事とか…今倒れた貧血も、多分これの影響だと思うの…」 これ…?首を傾げる俺の事を、ようやく見た杏夏は優しく微笑んでいた。 「あたしね、お母さんになったかもしれない」 「え…」 (side.Daiki) 放課後、 3年B組教室―――― 「うっしゃあー!明日もバンバンぶっ倒そうぜ!」 「女子だってマジ勝ちまくりだしぃ!」 「じゃあ男女B組が優勝しちゃおっかー」 「ハル、ナイス!男女優勝目指そうぜ!」 一致団結…か?帰りの会も終え、おとなしい奴らはそそくさと下校していく一方。健の席に集まった俺達所謂ギャル男とギャル系は輪になって、今から明日の球技大会に燃えている。 俺はそんなあいつらを少し離れた場所にある自分の席から眺め、呆れた溜息。 ――まだ2試合しかしていないのにもう優勝の話か…―― まだあいつらは盛り上がっているからその間に。 窓際後ろから二番目の席で鞄に教科書を詰めて帰り支度をしている鮎川の元へ歩み寄る。…というかこいつまさか、毎日教科書を持ちかえっているのか…。さすがは学年首席。 「鮎川」 ビクッ。やはりまた挙動不振な鮎川は下を向いたままだが、肩があからさまに震えたな…。まあ、いい。 「杏夏の事だが…あれから具合は良くなっていたか」 「う、うん…」 「そうか。…さっきは言い過ぎて悪かったな。杏夏の彼氏なら今日一緒に帰って看病してやってくれ。あいつ、頑固なところがあるからな。エミリーの事は俺が今から竜二の通っている溜り場の店へ行くから安心しろ。じゃあ、」 「俺はっ…!保健室、行かないからっ…!」 「…何でだ」 またビクッとしたな。いや、それよりも。 行かない?という事は鮎川の奴、保健室で寝ている杏夏を於いて帰るという事か?…俺の中で再び怒りが灯り始めるが、ここは穏便にいくか…。 「杏夏の彼氏だろう。用があるのか分からないがエミリーの事は俺に任せろ」 「い、行かないから俺は…!」 「…鮎川。お前とは良き友人でいたいと思っている。…だからこれ以上ふざけた事を言うな」 「ふ、ふざけてなんていないし!杏夏が待ってるのは喜多田なんだよ!俺はそのっ…杏夏にフラれたからっ…!」 「あ、おい!待て鮎川!」 鞄を脇に抱え、そのまま逃げるように出て行った鮎川だが…。いや、それよりも… 「フラれたって…一体どういう事だ?」 だってあいつと杏夏は…。俺を呼ぶ友達の声が聞こえた気がしたが、身体は勝手に保健室へと向かっていた。 保健室―――― 「あ。大輝」 何故やって来たんだろう俺は…。 保健室へ入れば杏夏しか居らず、しかも杏夏はベッドのシーツを伸ばして今まさに保健室から出る準備を始めたところのようだな。 こっちに向けた顔にも笑顔が浮かんでいたし、何より顔色が元に戻っていた。さっきまでのまるで重い病人の杏夏はもう居なくて肩の荷がおりる。 「どうしたの?大輝も具合悪くなった?」 「いや。…杏夏。座れ」 え?とキョトンとする杏夏に、茶色のソファーに腰掛けた俺の隣にアンが座れるスペースを空ける。杏夏は首を傾げながらも其処へ座る。 俺は大股開いて両手を組みながら下を向いて言葉を切り出す。 「…鮎川と付き合っていたんだな」 「ごめんね」 「謝る意味が分からない。別に俺と二股かけていたわけじゃないだろ」 「優しいね大輝は。気付いていたくせに。あたしが大輝と別れる時あたしはもう彼方の事を…」 「フったんだってな」 「え…?」 鮎川の事を…。その続きなんて杏夏の気持ちなんて分かり切っているからこそ、杏夏本人から聞きたくなくてわざと声のボリュームを上げて杏夏の言葉を遮る。且つ話題を少し反らした俺は女々しいのか? 「鮎川がさっき言ってたぞ。お前に…フられたって」 すると杏夏は小さな溜息を吐き、目線を下に向ける。 「そっか…そうだよね。彼方もう言っちゃったんだ。なら大輝にも言わなくちゃいけなくなるね。まだ言う覚悟できていないのに」 「…言う覚悟?…何の事だ」 杏夏はまだ俺に顔を向けてはこない。…だから余計嫌な予感しかしない俺の案外ネガティブな思考に、自分で自分がイライラする。 廊下からは放課後とあってか生徒達の騒がしい笑い声が遠くに聞こえる。時間は進み、やがて陽も落ちてくる。エミリーの事も探らなきゃいけないしな…。杏夏の方を横目で見るが、相変わらず下ばかり向いている。 「…どうした。また具合でも悪くなったのか」 「大輝…。あたしの事嫌いにならないでね」 ――何を今更…―― 「…どうしたんだ本当に。今日はおかしいぞお前」 「大輝約束してね。今からあたしが何を言っても、どうか嫌いにだけはならないで。友達のままでも構わないからどうか…嫌いにだけはならないで」 「だからさっきからお前は何を言って、」 杏夏の両手が俺の左太股を着き、体重がぐっ、とかかれば、やっと顔を上げた杏夏が見つめてくる。でかい水色の瞳に今にも溢れんばかりの涙を溜めて。だから思わず、言葉を飲み込んでしまったんだ。 「ど、どうした。やっぱりお前まだ体調が万全じゃないんじゃ、」 「あたし大輝との赤ちゃんができたみたいなの…」 「なっ…、」 ガララ、 「居た居た!此処に居たよ大輝ー!!」 「!?た、健!」 こんな状況下で勢い良く保健室の扉を開いて半ば必死で飛び込んできたのは健。杏夏は、 「あ。健」 なんて至って平然にしているが…! 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