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First Kiss【完結】
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(side.Kanata)


「このモデルも超可愛いー。でもエミリーの方が可愛いけどー!」
「……」
「可愛いだろっ!?鮎川!」
「え!?あ、はい可愛いです…」
「お利口さんっ」
いや、待て待て待て!此処は救護室。
ベッドで横たわり熱にうなされている俺と、その隣のベッドでテレビのバラエティ番組を楽しそうに鑑賞中のエミリー。
…まるで、3日前に別れたカップルとは思えないこの至って平然とした状況に、熱にうなされながらも俺はかなり混乱している。
――てかそれよりもエミリー、どこが具合悪いんだよってくらい元気だし…――
3日前の別れ際、付き合っていた事は遊びだった、なんて言ったエミリーとは思えないくらい別人なんだ。寧ろ、付き合っていた頃のようなエミリーの普通な様子に疑問を抱いていたらエミリーはテレビの電源を切り、くるり、と俺の方に顔を向けてきた。
しかもそのままベッドの上を四つん這いしながら俺の方に近寄ってくるから俺はとりあえず寝た振りを決行!だって俺には今鈴がいるし、エミリーにこんな風に普通に接されたら…されたら…いや、もうエミリーと付き合えないと決めたじゃんか。
――ここでまたコイツを好きになったところで傷付くだけだ。…だけどエミリーはどうなる?俺の決意はどうなる?男遊びを辞めさせて、エミリーを普通の女の子に更正させる俺の決意は?…自分が傷付く事を恐れているだけのこの程度の奴なんだ俺は…――






















「ねーえっ!鮎川どっか痛いの?」
「え?」
あ、やば。寝た振りしてたんだった。目、開けちゃったよ。
エミリーは隣のベッドの上で座りながら、俺がかけている毛布をくいくい引っ張って聞いてくる。その時の顔がやけに近くて、彼女がいるってのに思わず熱とは違った意味で顔が真っ赤に染まった。けど不思議と、恋人同士の雰囲気は薄れていった。何でかは分からないんだけど…。
「あー…いや、大丈夫だよ。昔もあっただろ。身体あんまり丈夫じゃないからさ。環境が変わると身体がついていかないんだよ。ただそれだけ」
「ふーん」
「エ、エミリーは?お腹痛いんじゃないのかよ」
「もう治ったしー!」
ポンッ、って自分の腹を叩いて元気な事をアピールするエミリーがやけに笑顔だったから、つられてちょっと笑む。
すると、エミリーは突然ベッドを飛び降りてパタパタと足音たてて風呂場へ駆けて行くから、その後ろ姿を熱でぼやける目で追う。風呂場の方から勢い良く噴き出す水の音だけがする。
「ゴホッ!」
――あー…やばい。喉痛くなってきたし熱で頭が超痛い…――
薬、まだ効かないのかよ。さっきより微妙に悪化してきているけど俺は枕元に置いたケータイを取って開く。案の定、鈴から5件の着信と2件のメール。

【Date 05/27 21:34
From 鈴杏夏
Sublect 大丈夫!?
倒れたって聞いたんだけど大丈夫ですか(T^T)??
せっかくの修旅なのに(>_<)
先生にお見舞い行っちゃダメって言われたから行けないけど(ノД`)
治りますように(*^^*)】

【Date 05/27 22:12
From 鮎川彼方
Sublect ありがとう!
せっかくの自由時間なのに心配かけてごめんな(>_<)
あんまり身体丈夫じゃないからよくある事なんだけど(^^;
明日絶対治しますっ(^^)/
欲しい土産とか考えておけよ〜(^O^)】

【Date 05/27 22:16
From 鈴杏夏
Sublect (T^T)
そんなこと気にしなくていいよ(T_T)
明日一緒に出れるといいね♪♪
あのさ〜救護室にエミリーいるでしょ?】

…やばい。最後の文章だけ絵文字が無いところが…やばい。
俺がぶっ倒れた事は室長会議に出た奴がどうせまた笑いながら言い触らしたんだろうなぁって検討はついていたけど…。
























あ、そうか。鈴はエミリーや相坂と自由行動していたからエミリーが救護室に居る事が分かるのか。
いや、それよりどうしよう。俺は全くもって悪くはないんだけど、エミリーと一緒の救護室に居る事を鈴がイライラしている姿が容易に想像できる。
苦笑いを浮かべながら返信に困っていたら、風呂場の水音が止まると同時にエミリーがパタパタとこっちへ戻ってくる足音が聞こえてきたから、慌ててケータイを閉じて元の位置に戻して!それから毛布をかぶる!
――何だこれ!浮気を隠している男みたいじゃんか!別にエミリーとはもう別れたんだ!だから、俺が彼女の鈴とメールをしていようがコイツには何も関係無いし隠す事じゃないし!――
けどバレたくないのは何でなんだろう…。


ピチャッ、

「っ?!冷たっ…」
目を閉じていたら突然額に冷たい感覚がして目を開いたら、額の上に水で濡らした白いハンドタオル。
目線を少し移せばベッド横に立ったエミリー。水が並々入った洗面器を抱えていたから、それとエミリーを交互に見る。
「あ…ありがとう…」
我儘お姫様のエミリーが看病だなんて。ましてや俺に。驚いて目を丸めている俺。























一方のエミリーは床のカーペットに膝立ちすると、額に乗せてくれたタオルで俺の頬や首を拭き出すから更に目が点になる。エミリーらしかぬ優しい笑顔を浮かべているし…ていうか…
――妙に寂しそうな気がするのは気のせい?――
ポーッ、と見ていたら首を拭いていたタオルで思い切り顔面叩かれた。冷たいし痛いし!まあこれこそエミリーなわけだけど!
「デレデレすんな!」
「し、してないだろ!エミリーこそ何でこんな…看病とか…」
「別に鮎川とヨリ戻したいなんてこれっぽっちも思ってないんだからね!ただ…ただ…」
あ、あれ?あれ!?さっきまでエミリーらしさが戻っていたってのに、今またエミリーらしくないエミリーに切り替わったから混乱!
タオルをぎゅっ…!と手に握って俯き加減だから、俺は上半身を起こして顔を覗き込む。
「た、ただ…どうした?」
駄目だ、無反応。どうしよう。こういう時何て声掛けたら良いのか、女の子と滅多に接する機会の無い俺は分からない!
「ただ…」
「え…?」
「……」
「エミリー?」
「…何でもないっ!」
「え、ちょ、おい!」
そう言うと俺の額にタオルを乗せてさっさと隣のベッドに潜り込むエミリー。頭からすっぽり毛布をかぶっちゃって背まで向けちゃうもんだから、怠い身体に鞭打ってベッドから降りようとしたら。
「鮎川…修学旅行から帰ったら一切エミリーと関わんないで…」
くぐもった声。俺はベッドに腰掛けたまま。
「い、今更だろ?だって付き合ってた時でさえ学校で他人の振りしてって言ってたのに何で今更そんな事言うんだよ…」
「違うのっ!学校でなんて当たり前だし!でももう学校以外で会うのも禁止だし、エミリーのケー番もアドも全部消して!」
…何だよそれ。それって…。
俺は噛み締めた唇を静かに開く。真剣な、いつもより低い声で。
「確かに俺達は別れたよ。けどな何だよそれ。俺にエミリーの事忘れろって言ってんのか?」
「そうだしっ!大体鮎川がエミリーに別れてって言わせようとしたじゃん!それって、鮎川はまだエミリーの事が好きなんじゃん!だからこれ以上付き纏われたくないからいっそ忘れろって、」


バッ、

「な、何…!?」
我慢できない。俺はエミリーがかぶっている毛布を、構わず剥ぎ取る。案の定びっくりしたエミリーが俺に顔を向ける。けど俺は真剣な顔付き。























「小さい頃から変わんないよ」
「はぁ!?何が!」
「嫌な事があったから気付いてほしいのに言い出せなくて…構ってもらおうとする態度」
「…!違うし!ばっかじゃないの!?ていうか、エミリーの事全部知ったような言い方すんな!マジキモい!」
ベッドに横になりながら俺の脚に一発蹴りを食らわすと、また布団頭からすっぽりかぶって背を向けるし。でもお前は気付いてないよな。自分の怒鳴っている声が震えている事に。
エミリーが横になるベッドの脇で立ったまま声を掛けよう。返事はしてくれなさそうだけど。
「…家。どうすんだよ」
「…何がっ」
あ、返事してくれた。でもさっきより超震えた小さい声。ていうか…泣き声?
「寝泊まりどうすんだよって事。自分の家、家出したんだろ。彼氏はずっと泊めてくれる人なのか?」
「…先輩、家出てアパートで1人暮らしだしっ…」
「1人暮らしだろうが家族と居ようが、ちゃんとエミリーを泊めてくれる人なのかって事が聞きたいんだよ」
「……うん」
本当かよ…。やけに長い間とか小さい声が俺を不安にさせる。
腰に右手をあてて、エミリーには聞こえないように溜息。
一体何があったのかは分からないけど。今の彼氏とうまくやれていない気がする。イコールそれが原因な気がする。俺の勘が当たっているか分かんないけど。
「まあ…泊めてもらえているなら良いんだけどさ。じゃあさ。俺の家にあるエミリーの荷物どうする?」
いや、どうする?じゃなくて!持ち帰ってもらうだろ普通!鈴を家に呼んだ時とかどうするつもりだよ俺!…やっぱり未練たらたらなんだよなぁ。はぁ。超かっこ悪い。






















「…ちょっとずつ持って帰るっ」
「分かったよ」
早めにな、って言えよ俺!
あーやばい。しばらく立っていたからか、頭がまたガンガンしてきたから自分のベッドに座る。まだ、エミリーの方を向きながら。だってまだ話したい事がある。
「…あのさ。もう…その…二股とか援助交際とか…セフレとかそういうのやめろよ」
「……」
「前も言ったけど病気になったり…望まない妊娠とか…結構あるみたいだしさ」
「ウザい。何なん。さっきから偉そうにさっ…」
寧ろ俺から言わせたら、さっきから言葉と裏腹なその超泣き声の方が何なんだよ?って言いたいけど言わない。言ったらほら、もう絶対返事をしてくれなくなる事が目に見えているだろ?
「第一、エミリーはそこら辺のバカと違ってゴム付けさせてるから大丈夫だしっ…」
「それだけじゃなくてさ…」
「何っ!?鮎川のせいでエミリー具合悪くなったっ!」
「男は怖い人間なんだから、あんまり遊んでばかりいるとエミリーがいつか怖い思いをするだけなんだからな」
「……」
「…って俺が言える立場じゃないんだけど…ゴホ!ゲホ!」
やばい、また気持ち悪くなってきた。言いたい事はまだ山のようにあるけど今日はもう寝よう。明日まで体調不良を引き摺りたくないし。俺はベッドに入ると毛布をかける。


コンコン、

すると、扉をノックする音が聞こえてすぐ保健の先生が遠慮がちに入ってきたから、俺は咳き込みながらも上半身を起こす。エミリーは相変わらず頭からすっぽり毛布をかぶっているけど。






















「ゲホ、ゴホ!あ、先生」
「いいのよ鮎川君。寝ていてちょうだい。具合は良くなったかしら?」
「いや…」
「そう…せっかくの修学旅行なのにね。お友達も心配しているわよきっと」
――してませんって!寧ろ室長不在の504号室は今頃、俺への文句を言い合っているって…――
「でもいつものお薬を飲んだのなら少しは安心ね。あとは充分な睡眠をとることよ」
「あ、ありがとうございます…ゴホッ」
「それと…」
言いながら先生はエミリーの方に目を移す。毛布が膨らんだ場所を優しく揺する。
「華浦さん?具合はどうかしら?」
「……」
「あら…寝たのね」
「ああ…さっき寝ました」
「そう。なら安心ね。じゃあ先生達隣の部屋に居るから何かあったらすぐ呼びに来てね」


パタン、

扉が閉まる。
上の階からはドタバタいう足音や、何を話しているのかまでは聞き取れないけど騒がしい話し声がぼんやりと聞こえる。
俺は、枕元の電気スタンドが置いてある低い棚の向こうにあるベッドで、相変わらず頭からすっぽり毛布をかぶっているエミリーの方を向く。
「嫌な事があったなら言えよ。言えるようになった時で良いから」
返事が返ってこない事くらい承知済みだけどさ。
「…おやすみ、エミリー」


パチン、

電気スタンドの灯りを消して俺は毛布をかけて、熱で熱い身体のまま目を閉じた。
































(side.Emily)


午後10時46分―――

…お前はオヤジかってくらい煩いいびき。エミリーまだ眠れていないのにさ。鮎川の奴爆睡してるし。
毛布ずっとかぶっていたから暑いし息苦しかったっ!バフッ、って毛布を払う。真っ暗だけど鮎川の事とか部屋の中はそれなりに見える。
ベッドから降りてすぐ部屋の真ん中に投げっぱのエミリーのキャリーを開けて、下着とピンク地に赤のハートがたくさんついたパジャマを抱えてシャワーを浴びに行く。

























お風呂場の湯気で曇った全身鏡に映るエミリーの身体のあちこちにキスマークだったり赤紫色の痣がある。昨日と一昨日、先輩の後輩とか仲間に無理矢理抱かれた痕。
座り込んで身体中に付いたムカつく跡を何度も何度も、肌が赤くなるくらいタオルで擦るのに、ちっとも消えない。


バン!

タオルを全身鏡に叩きつければ、それは力無く床に落ちる。まるで昨日一昨日のエミリーのよう。身体を自分で抱き締めて俯く。泣きたくないのに涙がボロボロ溢れて止まらない。肩をひくつかせて泣くの。
「うっ…ひっく…。男が怖いなんて一昨日知ったし…まさかエミリーがされるなんて思って…ひっく…なかったのにっ…」
ふと、顔を上げる。
其処には居ないのに、エミリーだけには全身鏡に彼方君のあの優しい笑顔がぼやけて映っているように見えた。鏡にね、愛しそうに触れるの。
「彼方くん…彼方くん大好きだよ…。エミリー素直に言えないけど…気付いたらね…ぱぱよりもままよりも、彼方くんの事が一番大好きになってたんだよ…」
すると、全身鏡に映っていた彼方君の顔が先輩の悪魔の笑顔に切り替わるの。
「ひぃっ!」


ガタン!

其処に映る先輩は空想のものなのに。エミリーは頭を抱えて思わず、椅子から落ちる。
痛かったけど、そんなの痛くないと思えるくらい胸が痛いの。怖いの。身体はガタガタ震えるの。
「ぅっ…あ…エミリーが…エミリーが彼方君にいっぱい意地悪したからなの…?だから神様はエミリーに怒ってこんな…こんな罰を与えるの…?」
そこで鮮明に蘇るのは一昨日の先輩の言葉。

『お前がさ暴れんならそのがり勉君ボッコボコにしてやるから。何だかんだでアイツ金持ってたしなぁ!』

…大好きだから、だからもうエミリーに関わんないでほしい…。
だって、先輩達は口だけの奴らじゃない。本当に実行する。エミリーが暴れずに犯されていたって、エミリーがこれからも鮎川と関わっていたら、金と女にしか興味の無いあいつらは絶対鮎川をリンチしたり…エミリーをダシに脅して鮎川から金を要求するに違いない…。
ならさ、いっそ関わりを絶っちゃえば先輩だって鮎川の事を忘れるだろうし…だから…。























孤児院の時いじめられっ子で毎日が嫌で、消えちゃいたいって思っていたエミリーの元に…あの孤児院に彼方君がやって来てくれた事は偶然かもしれない。
けど、彼方君が居てくれたから孤児院の時エミリーは毎日が楽しかったし、暴力的な養父母に引き取られた時だって、智が聡美と籍を入れた時だって彼方君がエミリーを守ってくれた過去を思い出して、ずっとずっと頑張って生きてきたんだよ。
再会した時エミリーは、もう今の駄目なエミリーに染まっていたから、地味な彼方君の事が本当に嫌いだった。
せっかくいじめられないで逆にいじめる方の立場を築き上げたのに、彼方君と一緒に居たらエミリーはまたいじめられっ子に逆戻りする。そんなの絶対嫌だった。
けど、智に振られた時もそれからも、ずっとエミリーを気に掛けてくれた彼方君が気付かせてくれたんだよ。今のままのエミリーは孤児院の時エミリーをいじめていたいじめっ子達と一緒なんだ、って。
ヒーローと憧れていた頃だって、地味で嫌だと思っていた頃だって、大好きになった頃だって、どんな感情の時もエミリーの中を埋め尽くしていたのは彼方君なんだよ。
泣き顔のエミリーが映る鏡に、右手で触れるの。
「今度はエミリーが彼方君を守る番だからね…」
































午後10時29分―――

お風呂から上がればまだ煩いいびきかいてるし。エミリーが寝れないだろ!ってくらい大きいいびきかいてる鮎川の額に触れる。
「まだ熱いし…」
熱が高いからなのかな?分かんない。けど、身体が汗ばんでる。仕方ないから、電気スタンドが設置されている低い棚の上に置いた洗面器の中に入った、水に濡らしたタオルで鮎川の顔とか首とか。腕を拭いてやる。それでも起きないとか、どんだけ爆睡してんの?


ピピピ…

「37度5分…」
熱、結構下がってる。鮎川にしてみたら下がった方なのかもしれない。けどまだ微熱がある。
「おーいっ。明日のグループ行動どうすんのリーダァ…」
はぁ、って溜息吐いて洗面器をお風呂場に戻して電気スタンドの灯りを消してエミリーのベッドに入るの。


カチ、コチ、カチ、コチ
真っ暗闇の部屋に聞こえる時計の針の音。さっきまで煩かった上の階も、今じゃ静か。時を刻む速さは一定のはずなのに、今はやけに速く感じるよ…。
――明日なんてすぐに終わっちゃうんだ。明後日がきたら修学旅行は終わり。そしたら、エミリーには名前も知らない男達にヤられる毎日がまたやってくるんだ…――
身震いがした。
バッ!って毛布を蹴飛ばしてベッドから飛び降りて鮎川のベッドに潜り込む。鮎川はベッドの真ん中より左側で寝ているから、エミリーはちょっと空いている右側のスペースに入る。
ガタガタ震え出す身体。怖いの、恐いの。あいつらから逃げるように修学旅行にやって来た。けど明後日からまた…ずっと地獄の日々が続くなんて信じられない。信じたくない。
掻き消したいのに、昨日一昨日犯された場面とか声とか、気持ち悪い手が身体に触れてくる感触とかがリアルに蘇るから怖いの。エミリーがこんなに怖くて辛い事も知らず寝ている鮎川に抱き付く。
安心したけど、逆に、余計涙が溢れた。だって、明後日修学旅行から帰ったらもう他人になっちゃうんだよ?街でたまたま通り過ぎた人。それと同じくらい他人になっちゃうんだよ。鮎川は寝ているし、調度良いじゃん。どうせ他人にならなきゃいけないんだよ。だから…
「彼方君愛してるよ…」



























痛い。怠い。気持ち悪い。哀しい。
恋人達が愛し合うはずの場所で、男達の欲望を受け止めるだけの玩具のエミリー。
「おらよ」
ベッドの上で力無く横たわっていたエミリーの上に制服を投げられる。だからって着る気力も無い。
男達は、用が済んだら金と女の話しだけで盛り上がって、さっさと部屋を出て行く。でも最後、1人だけ部屋に残った男。先輩。竜二先輩は横たわるエミリーの空虚な瞳を、間近で見つめながら嗤った。
「お前はこれから一生俺らのオモチャなんだからな」



























(side.Kanata)

「いやあああ!!」
「エミリー!?」
翌朝5月28日。午前6時47分。
だいぶ熱が下がったから昨日入れなかった風呂に入っていた時だった。
さっきまで俺のベッドで(何でかは分かんないけど)寝ていたはずのエミリーの悲鳴が朝の静かな風呂場まで大音量で聞こえてきたから、俺は慌てて腰にタオル巻いたままっていう超アレな格好だけどそんな事どうにでもなれ!な思いで、風呂場を飛び出して部屋へ駆けて行く。
其処には、ベッドで頭を抱えてただひたすら狂ったように泣き喚くエミリーが居た。どうしたんだろうとかそう思うより先に身体が動いていて、エミリーの身体を揺する。
「いやあああ!」
「どうしたエミリー!?」
「いや!いやあああ!触んないで!!」
半狂乱になってベッドで暴れ出すエミリーの左腕で思い切り顔を叩かれたけど痛い…けど、そんなのどうだっていい!
とりあえずこのままだとベッドから落ちかねないから、恋愛感情とかそんなのじゃなくて、必死に抱き締めて抑えようとするんだけど。エミリーはただただ涙を溢れさせて泣き喚きながら腕で叩いてきたり、足で蹴って暴れるだけ。だからって、
「ああこりゃ手が付けられないから放っておくのが一番だよな」
なんて自分に良いように理由をこじつけて諦める俺じゃないからな!



















「エミリー!どうし、痛っ!」
「いや!いや!エミリーに近寄んないで!」
「エミリー!?怖い夢でも見てんのか!?」
「いや!いや!彼方君に何もしないでって言ってるじゃん!!」
「エ、エミリー…?」
どうやら悪夢にうなされているエミリー。え、だけど…え?俺…?
――俺に何もしないでって…?いや、ただの夢だけど…――
何だか夢とは思えないっていうか…いや、エミリーが今うなされているのは正真正銘夢なんだけど何て言ったら良いのかな?ただ夢の中で俺が何かヤバイ状況なんだろー、って思えない程エミリーが必死に叫んでいるから何か…悪寒がした。ドクン、ドクンと心臓が大きく低い音でゆっくり鳴る。
――な、何なんだよこの寒気は…あ、俺まだ微熱があるからか。そうだよな…?――
「うっ…ひっく…」
ハッ!として我に返る。
さっきまで泣き喚いていたエミリーが今は肩をひくつかせて悲鳴を上げずに泣いているからだ。
暴れも止まったし、恐る恐るエミリーの身体を揺する。身を屈めて顔を覗きながら。
「エ、エミリー…?」
「っひ、ひっく…」
まだ寝ているみたいだ。俺はエミリーの頭を撫でる。どんな悪夢を見ているかは分からない。けど俺が頭を撫でて少しでも悪夢から解放されれば…って無理な話かな…。
「ん…」
あ。半分くらいしか開いていないし寝呆け眼だけど、エミリーが目を開けたんだ。俺の顔に笑みが浮かぶのは当たり前。
「エミリー…?起きたか?」
「彼方くんっ…?」
らしくない幼い子供みたいなあやふやな口調で俺の名前を呼ぶエミリー。まだ半分寝ているのかなって感じ。けど、俺の名前を呼んでくれて、悪夢から解放されて、嬉しくて俺は満面の笑みを浮かべるんだ。
「そうだよ。エミリー」
「彼方…くん…彼方くんっ!」
突然ぱぁっ、と明るく笑顔を浮かべたエミリー。でもやっぱりまだ半分夢の中なのかな。やけに赤ちゃんみたいな喋り方だし何より…俺の首に腕をまわしてぐいぐい引っ張ってくる。ちょっと首が痛いけど、エミリーが悪夢から解放されたみたいで本当に安心した。
…心の奥底では、さっき感じた悪寒が消えないけど。























「彼方くんっ!彼方くんっ!」
「はは、ちょ、痛いって」


コンコン、

「どうかしたの!?鮎川君!華浦さん!」
「すごい悲鳴だったぞ!どうかしたのか!」
あ。扉をノックする音の後すぐに扉の向こうで、保健の女の先生と学年主任の男の先生の慌てた声が聞こえてくる。さっきのエミリーの悲鳴を聞き付けてすっ飛んできたんだろうな。
「あ、大丈夫です!」
何て言ったところで信じちゃくれないし、生徒に万が一の事があったら先生達的にもヤバイからな。ガチャ、と外から先生が部屋の鍵を開けて扉を開けた音がした。調度その時だった…。
「彼方くんっ」
「え?」
「助けて…」
「え、っ…!」
「何があった!鮎川、華う…、」
勢い良く扉を開いて呼吸を荒げて部屋へ飛び込んできた学年主任と保健の先生の言葉が、詰まった。
だってそりゃそうだろ…ベッドで横たわるエミリーの上に乗る形の俺に、まだ夢の中のエミリーがキスした瞬間だったんだから…。
「っ…!エ、エミリー!何やってんだよ!」
勢い良くエミリーを振り払うけど、そんな俺は学年主任からの鉄拳を思い切り右頬に食らい、床に叩きつけられる。


ドスン!!

唖然と、打たれた右頬を押さえる俺の緑の瞳に映るのは、校内でもトップ3に入る恐い学年主任の怒った姿。
いや、先生絶対誤解してるよね!?よりによって風呂途中で飛び出してきたから俺、腰にタオル1枚の姿だから絶対誤解してるし!!ていうか、保健の先生顔真っ赤にして目を反らすなってば!!
「あ、あの別に俺は!風呂に入っていてえっとあのその、そ、そしたらエミリー…あ!華浦の叫び声が聞こえてだからこんな格好で!決してそういう事をしようとかじゃ、」
「何やってんだはお前の方だ!鮎川!!」
「痛だだだだ!」
学年主任からの一本背負いを食らい、身体を思い切り床に叩きつけられる病み上がりいや、まだ病み中の俺…。最悪だ…!!







































「エーミリー!!お前もう腹痛治ったかぁ!?」
1階、ロビー。
朝食を済ませた俺らが集合すれば、エミリーの周りにはいつだって友達が集まる。そんなアイツのことを、離れた場所から見ている俺なんだけど。
――あれは寝言?夢にうなされていたからあんな事言ったんだ…よな――
助けて、って。
ただ夢にうなされていただけだって済ませてしまえば何て事ないんだけど何か…引っ掛かるんだよな。別に、これといって心当たりなんてものはないんだけど。…なんて、ロダンの考える人状態の俺の視界にふと、入った白のカーディガンに下は水色と黒のレースがついたワンピース姿の…鈴!
やっば…。昨日あれからメール返信してないし!てか、ケータイすら開いてなかったから…って今更だけど、ケータイを開けば…。あーあ…昨日着信10件にメール5通。そして今朝、着信5件にメール3通…。
やばい、やばい。エミリー達の所に居る鈴だけど、其処から俺の事をめちゃくちゃ睨んでる!誤解しているよね絶対!エミリーと一緒の部屋だったから、ってたまたまだし本当に!キスだってあれはただの事故だし!って自分に言い聞かせないと…!
こんなに生徒が居る場所で、ましてやこれから各グループでタクシー研修だから、鈴と話せる時間は無い。だから慌ててメールを打っていたら。


ドン!

「痛っ…!」
「あはは。ごめんね鮎川くーん。ボーッとしているもんだから置物かと思っちゃったよ」
――城田!!――
メールを打とうとしたら左肩に思い切りぶつかってきた超超嫌味な奴城田!ギャル男特有のぶかぶかしただらしない格好してさ!ムッとして睨むけど、城田は壁に背を預けて笑う。楽しそうに。



















「君が昨日倒れたせいで僕も健君も大輝君も、修学旅行をちっとも楽しめなかったんだよ?室長の仕事がまわってきたんだからね」
「…ごめん」
口では謝罪しつつ、口調や態度は怒り調子の俺。
「別に?ただ今日はちゃんと雑用係は雑用係らしくしてくれればいいからね」
「…っ!ふざけんなよ!第一お前が勝手に俺に室長押し付けたんだろ!」
…あ。やばい。
たったさっきまで賑やかだったロビーが、俺のたった一言で怒鳴り声でしん…、と静まり返ってしまった。先生達はまだ集まっていないから注意される事は無いんだけどそれよりも苦痛な事…それは、此処に集まった3学年全員からの冷たい視線。鈴は除くけど…。
やばっ、って顔を青くしていたら、金髪で髪をワックスでたたせたギャル男3人と性格悪そうなギャル4人(内1人が相坂)が案の定俺を取り囲む。後退りしそうになる自分が大嫌いだから、ぐっ、と足を踏張る。…ってうわ!?胸倉まで掴むかよ普通!?


















「っ…!」
「なになーに?がり勉お前さぁ。マジ調子乗ってんじゃねぇの?」
「せっかくの修旅だってのにさぁ。朝から気分悪くさせんなよなぁ!」
「っ!何だよどいつもこいつも!いっつも俺の事を一方的に悪者扱いすんな!お前らだって普通に考えて分かんだろ!外見だけで人をいじめて楽しいのかよ!」
「お前がキモいがり勉なんだから仕方ねぇんだよ!」


ドッ!

「…っ!」
「きゃああ!」
胸倉を掴んでいたギャル男に思い切り右頬を殴られ、そのままぶっ飛んで壁に背を打ち付ける俺。超ダサい…。口の中も切れたのかな、血の味がするから気持ち悪い。
生徒達は悲鳴を上げつつも、ただの野次馬でより一層近寄って見てくる。
そんな中、鈴が俺の方に駆け寄ろうとしている姿が目に入って思わず、止めようと咄嗟に立ち上がる。だって、ここでまた俺を庇ったりしたらコイツ、今度こそハブられるから。
「鈴、」
「こらお前ら!何をしている!」
グッドタイミング。話し合いを終えた先生達が調度やって来たんだ。
するとギャル男達は舌打ちして、ばつが悪そうに壁を蹴って、列に戻る。
「お前らまた喧嘩か!」
「は?ちげーし」
「つーか何でまず俺らから疑うワケ?臭ぇんだよハゲ」
「なっ…!教師に向かって何だその言い方は!」
あーあ、荒れ過ぎだよ朝っぱらから…って、全部俺が原因?って感じで生徒からの白い目で見られているけど無視して、打たれた右頬を撫でながら立ち上がり、B組の列最後尾に並ぶ。
――学年主任からも同じ箇所を殴られて今も殴られて痛過ぎだっての…――
はぁ、って溜息。
「がり勉なんだからおとなしくしていればいいのにねー」
「アイツ、変に逆らってくるからムカつくんだよな!」
「面白がられているだけとも知らずにね!」
無視だ、無視。周りから聞こえてくるノイズなんて無視だ。でも力強く握り締めた俺の両手拳が怒りに震えていたけど。
…っと。列前方に並んでいる鈴が顔だけを俺の方に向けて心配そうに首を傾げていたから、不安にさせないように歯まで見せて笑って見せる。うまく笑えていたかな?


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