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First Kiss【完結】
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――エミリーは結局、男に依存する事しかできない軽い女だって事を見透かされていそうで怖い。鮎川だけじゃ物足りない駄目な女だって事を…――
なのに。なのに鮎川は笑った。頼りない優しい笑顔で。
「なら、安心したよ」
嘘だ…絶対嘘だ。鮎川は頭が良いから絶対気付いている。
気付いているはずなのにどうして怒らないの?叱ってよ。お前みたいな軽い女はおかしい、って。そうしてくれなきゃエミリーどんどん抜け出せなくなる。真面目な鮎川にはどんどん似合わない駄目な女になっていく。


しん…

静まり返った沈黙。俯いたままのエミリーは静かに口を開くの。
「鮎川…抱いてよ」
「え…」
そう。こうすれば良いんだよ。今、鮎川がエミリーを抱く。今のミリーの身体中には竜二先輩からのキスマークが残っている。それを見た鮎川は遂に怒る。エミリーを叱る。
…エミリーはやっと止められる。男に依存してばかりの駄目な自分を自分で止められるようになる。…はずなのに。























「…ごめん。無理だ」
…え?今何て言った?無理?無理って言った?
エミリーはゆっくり顔を上げる。今度は鮎川が俯いていた。寂しそうに。
「…どうして?」
「学校だろ。先生にバレたら…ほら。やばいし」
「そうじゃない。鮎川そう思ってない。別に今此処でなんて言ってないもん。今からホテル行こうよ。鮎川の家行こうよ。エミリーの事好きなんでしょ?ならどうして無理だなんて言うの?」
「何言ってんだよ…俺は別に…」
「…ムカつく!言いたい事があるならはっきり言ったら!?男でしょ!」
「……」
「っ…!鮎川みたいなキモい男に抱いてほしいなんて言ってくれる優しい女なんてねぇ!エミリーしか居ないんだよ!?」
「…うん」
何で?何で何も怒ってこないの?エミリーが鮎川をわざと怒らせるような事を言っても何で怒ってこないの?寧ろ、それに比例して何で悲しそうに俯くの?
「…エミリーの事飽きたの?」
すると、今まで俯いていた鮎川は目を見開いてバッ!!と勢い良く顔を上げた。その瞳がとても必死で、とても悲しそうだったの。
「そんな事あるわけ無い!一生無い!俺はエミリーの事が大好きだから!」
「じゃあ抱いてよ!大好きなんでしょ?なら何で躊躇うの?」
「っ…大好きだから、一番大切だから…」
かっこ悪い。また俯いて言葉を詰まらせてる。かっこ悪い。
























エミリーはぐっ、って鮎川の右腕を引っ張っる。同時に、エミリーは自らピンクのセーター、次にワイシャツを脱ぎ捨てる。それらが教室の床に落ちて露になるのは、首筋や胸元に付いたたくさんの赤い跡。竜二先輩からのキスマーク。
それを無理矢理にでも鮎川に見せた途端、鮎川は目を見開いた。けどそこまで驚いていなかったのはきっと…分かっていたから。エミリーがテスト期間の1週間、鮎川の家に泊りに行くのをやめたり、メールも電話もしなかった間に、他の男と一緒に居た事を分かっていたからなんだろうね。
でもすぐ目を反らすから鮎川の前に立ってわざと抱きついて顔をぐっ、って向かせようとするけど頑固として顔を向けようとはしない鮎川。
「鮎川は何とも思わないの?エミリーの身体中キスマークだよ?鮎川のじゃないよ?」
叱ってよ。そんな悲しそうな顔してないでほら、早く!
エミリーから鮎川にキスをする。顔を背けているから、首筋とか。ネクタイも緩めて、ワイシャツのボタンも第3ボタンまで外してエミリーから鮎川にキスをする。挑発。























「っ…、」
「ねぇ早く抱いてよ。4歳からエミリーの事が好きなんでしょ?その子から誘われているんだよ?この前みたいにしてよ」
抱いてほしいんじゃない。叱ってほしいだけ。
誘発するのに、鮎川はやっぱりいつまで経っても悲しそうに顔を歪めて反らしているから。
「…いいよ。エミリーが勝手にする」
自分の椅子に腰掛けた鮎川の足元に屈んでベルトを外した時。ようやく鮎川が動いた。でもそれは、ベルトに触れたエミリーの両手を掴んだだけ。エミリーがゆっくり顔を上げる。
「…やっとその気になった?」
「違っ…」
「じゃあ抱い、」
「エミリー!その…お願いがある…」
「お願い?」
男のクセに震える声で、相変わらず俯いて言う鮎川。エミリーは鮎川の足元で屈んだまま顔を上げてジッ…と見るの。鮎川の事を。
「言い辛そうだね」
「…っ、」
「分かるよ。鮎川は小さい時から、言いたいけど言いたくない事を言おうとする時俯いて口をモゴモゴさせるんだよ。エミリーね、全部分かるんだよ」
「…じゃあさ…。俺が今言おうとしている事…分かる?」
それとこれとは意味が違うじゃん、って言おうとしたけど、ややこしくなるからやめといた。
エミリーは自嘲する。
「お前ただの男好きかよ。男なら誰でもいいのかよ。浮気した事を彼氏に見せびらかしてんじゃねぇよ、噂通り本当に軽い女だな。俺の事をキモいキモい言っているけど、誰にでも抱かれるお前の方がキモいんだよ!…って言いたいんでしょ?」
あーあ。これって叱ってほしい言葉じゃん。罵られる事なんて大嫌いだったはずなのに。鮎川には罵られたって構わないし、いっそ罵ってほしい。鮎川だからこそ罵ってほしいの。叱ってほしいの。だって、大切じゃない人になんて叱る事も無いじゃん。






















でもさ、エミリーがここで鮎川に叱られたら。それは、鮎川がエミリーの事を大切に思っているんだよ、っていう証明になるでしょう?
肩を小刻みに震わせながらもゆっくり顔を上げていく鮎川に、叱りの言葉を期待するエミリー。なのに…
「エミリー…俺に言ってよ…。別れてほしい、って」
「え…」
どうして?どうして!?
視点の定まらない瞳で、ガタガタ震える身体と声でそんな事言われたって分かんないよ。分かんないよ…それって何?それって…。エミリーは思わず立ち上がって、鮎川の肩を掴んでそのまま壁に背を押しつけるの。力強く。


ガンッ!

押しつけられた時、一瞬鮎川が咳き込んでいたけど気にしない。気にする余裕無いよ。
「どうして!?どうしてそんな事言うの!エミリーが他の男に浮気している事知ってるんじゃん!なのに、何で怒らないの?!何で別れてほしいってエミリーに言わせようとするの!?エミリーを傷つけたくないから鮎川からは別れて、って言わないの?そんなの優しさじゃないじゃん!エミリーを叱る事が優しさじゃん!!」
「言われたよ。友達にも同じ事…言われたよ。でもエミリーを一度襲った俺なんかがエミリーを叱る権利なんて無いんだよ…!」
「そんなのもう忘れたし!ねぇ、お願いだから鮎川…彼方君。エミリーを叱ってよ」
――そして聞かせてよ。エミリーの事が一番大切なんだよ、って――
エミリーが鮎川の顔を覗き込む。微かな期待を抱いた赤の瞳で。けど…
「俺にはもう分からない…エミリーが分からないんだよ…」
夢を見ていたんだ。エミリーは。愚かな夢を。
そうだよ。男に依存しているエミリーが浮気をして、他の男に抱かれた。その事を鮎川にエミリー自ら教えて。叱ってもらったらエミリーは目が覚めて、更正したエミリーを鮎川が受けとめてくれて…エミリーと鮎川はずっと幸せでいられる…そんな愚かな夢を見ていたんだ。























当たり前だよね…自分の彼女から浮気してましたー、って言われても、そんな彼女を更正させて愛していきたい!なんて思えるはずないよね…。エミリーが鮎川だったら絶対できない。
…甘えてた。エミリーは甘えてたんだ。鮎川は優しいから。鮎川はエミリーの事が大好きだから。何をしたって許してくれる。愛してくれる。
…そんな神様みたいな人間いるわけないのに。ううん、そんな人間は逆に神様なんかじゃないよ悪魔だよ。
相変わらず俯いたままの鮎川。エミリーは床に脱ぎ捨てた自分のワイシャツとセーターを着て、立ち上がる。化粧品を片付けて鞄を肩に担いで…椅子に座ったままの鮎川の前に立って見下ろす。静かに息を吸い込んだ。
「何本気にしちゃってんの?エミリーがあんたの事を本気で好きになるとでも思っていたの?遊ばれているだけだったのに気付けなかったんだねぇ可哀想な鮎川。だからさ、エミリーとの事全部忘れてよ。エミリーが好きって言った事も。手を繋いだ事も。キスした事も。抱いた事も…同じ指輪をはめた事も。何もかも全部…忘れてよ」
言い捨てて、それから鮎川の顔なんて見ずに背を向けたまま教室を出ようとした時。
「…短い間だったけど楽しかったよ。…今までありがとう…華浦」


バタン!

扉を力強く閉めて、教室を飛び出した。

































玄関―――――

「っはぁ、っう…うっ、」
嫌だ嫌だ。靴箱に寄り掛かりながら、ボロボロ大粒の涙を流すエミリーはケータイのメールボックスを開いて鮎川への送信メールも鮎川からの受信メールも一斉に削除するの。
だって、全部無かった事にすればいいじゃん。真面目な鮎川と、遊び人なエミリー。初めから釣り合わない事なんて分かっていたじゃん。
無かった事にすれば、明日からまた、今までのエミリーに戻れて今までの鮎川に戻れて平和な日々を送るだけじゃん。苦しい思いとか辛い思いなんて、これっぽっちもしなくていいじゃん。
"アイツ今日元気無いな"とか、"体育の短距離走でビリで可哀想"とか、"優しくて超性格良いのに友達もできないで、寧ろキモいとか言われて何で嫌われるんだろう"とか、アイツの事で悩んだりしなくていいじゃん。
「彼方君のお嫁さんになったらおじさんとおばさんに良く思われるようにしなきゃとか、彼方君の会社の人に会ったら良いお嫁さんだねって言われるように頑張らなきゃとか悩まなくて…よくなる…じゃんっ…」
ズルズルと、その場に膝を抱えて座り込んで顔を伏せて、泣くの。
「うっ…ひっく…うっ…うっ、」


ポン、

その時。エミリーの肩に乗った大きな手。涙でぐしゃぐしゃの顔を上げたら其処には、竜二先輩の顔があった。
「どうしたんだよ。そんなに泣いて。ほら、行くぞエミリー」
魂の抜けた空虚なエミリーの腕を引っ張る先輩に連れられるがままに、車に乗り込んだ。

















































(side.Kanata)


午後10時32分――――

「うまくいくと思ってたんだけどな…」
誰も居ない真っ暗な夜の公園。チカチカ点滅する外灯の下、ベンチに腰掛けた俺と鈴。でも、間に人が1人分座れるスペースを空けて腰掛けている。
俺が呼んだんだ。最初、ずっと電話をかけても留守電だったから諦めればいいのにな。諦めれきれずずっと電話をかけていたらやっと出てくれた。結局、今までモデルの撮影をしていたから電話に出られなかっただけだったんだけど。
疲れているにも関わらず近くの公園に鈴を呼び出した。理由はまだ言っていないけど、エミリーと付き合っていたんだけど今日別れた…それだけ言った。だから何?って話だろうけど、俺が鈴を呼んだのはそれはただ…ただ…
「悔しいけど、エミリーは可愛いし。何よりあたしの大切な友達だから応援していたよ。鮎川とエミリーが付き合っているんだろうなって薄々気付いていたから」
「たった1週間と3日だよ。笑えるよな」
自嘲してみるけど、逆にかっこ悪いよな。
そんな俺の右隣に座る鈴は、真っ暗な空を見つめている。
「…でもまたヨリ戻せる。鮎川もエミリーもお似合いだと思、」
「無理だよ」
鈴の言葉を遮る。鈴は、
「え?」
と呟きながら目を丸めて俺の顔を覗き込んでくるけど、俺は太股に置いた両手拳を力強く握り締めたまま下を向いて、口早に言うんだ。
「信じていたけど信じている振りを続けようとしたけど、もう無理なんだよ!俺と付き合っているのに何で他の男と付き合ってんだよ!抱かれた痕を俺に見せておいて俺に叱ってくれとか、意味分かんねぇんだよ!始めはそういうアイツの男癖の悪いところを更正させたいって思っていたけど、俺はそんな事ができる程出来た人間じゃねぇんだよ…!!」
最後、声をくぐもらせながら力無く言ったら、鈴が優しく抱き寄せてくれるから一瞬驚くんだけど、傷心の俺はすぐ身を任せて彼女と抱き締め合う。
「俺超調子良いよ…。鈴の事フっておいてさ…。こんな…」
「うん。調子良いかもね」
「だよな…。鈴さ、喜多田と最近仲戻ってきただろ。…ヨリ戻したの?」
「うんうん。前より仲は戻ったけど。あたし、まだ鮎川の事も好きだから。迷い中」
「…誘ってんの?天然なの?」
「さあ?」
余裕って感じで笑いながら俺の背中を撫でながら鈴は言う。
「鮎川はさ」
「何…」
「慰めてほしいの?」
風がザアッ…と吹いた。木々の揺れる音に掻き消されそうで、でも掻き消されないように俺は返事をした。
「うん…」












































(side.Emily)

22時32分、駅前――――

「次は35歳サラリーマン…。また年齢と写メ詐欺だったら、絶対倍の金額奪ってやるし」
真っ赤な口紅、ピンクのアイシャドウ、丈の短くて胸元が開いたピンク地に黒レースのキャミソール、真っ赤なハイヒール…金髪に近い茶色に染めた髪を盛ったエミリー。
駅前でケータイ片手にうろつくエミリーを、鼻の下を伸ばしながらジロジロ見てくる男達や嫌悪の眼差しを向けてくる女達。でもそんなの気にしない。
あれから竜二先輩とまあそれなりに遊んで、ばいばーい、した。
エミリーは待つの。今日4人目の援助交際の相手を。今まで以上に派手なメイクや服や髪で着飾って。



















そんな時ふと、足元でキラリと光るモノが視界に入ってきたから。足元を見れば…
「指輪…」
あの日。アイツと喧嘩してアイツを裏切って、竜二先輩に抱かれたあの日。人混みに紛れて無くしたはずの指輪が足元に落ちていた。はめていた時より幾分シルバーがくすんでいたけど。
それを拾い上げると、目を凝らしてまじまじと見る。


ガコン、

「ごみはごみ箱に捨てなくちゃ…ね」
くすんだシルバーの指輪をごみ箱に捨てた時。
「エミリーさんかな?」
来た。今日4人目のカモ。ヨレヨレの茶色のスーツ。白髪混じりの髪。鼻の下を伸ばした男。
たばこの臭いが臭い。かっこよくもない男の腕に抱きついて、エミリーはピンクや紫のネオンが光る夜の街へと溶け込んでいった。





























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