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First Kiss【完結】
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(side.Emily)

…遅いっ。
昼休みに生徒会室で1人待ち惚けのエミリー。冴達には昨日と同じ作戦で何とか切り抜けられたから良いんだけど。
「もう15分は経ってるし!何で来ないのー!」
椅子に座ったまま足をばたばたさせてテーブルに顔を乗せてうなだれる。だって超不機嫌。彼方君の奴、まだ来ないんだもん。
「お昼は毎日一緒に生徒会室で食べようなって言ったのは何処のどいつだよ!」
ぷくってほっぺを膨らませながらケータイを取り出して電話をかける。トゥルル、って繋がるまでの音がやけに長く感じる。


ガラッ!

「エミリー!はぁ、ご、ごめん遅くなった…はぁ、はぁ」
生徒会室の扉が勢い良く開いてすぐ、息を切らしながらやって来たのは彼方君。エミリーはケータイを切って、ブレザーのポケットの中に片付けるの。右手に購買の白いビニール袋を持った彼方君はエミリーの隣の椅子に座る。けど、相変わらず下を向いて苦しそうに息切らしてんの。どんだけ走ってきたの?マラソン完走した後の人みたいなんだけど!


























まーいいやっ!
ビニール袋の中からお目当ての苺サンドを取り出して、次に苺オレの紙パックにストローさしながら話し掛けるの。
「彼方君遅ーい。エミリー1時間くらい待ったし」
「っはぁ、ごめん。でも1時間も待ってないだろ」
「そのくらい長かったって言ってんの!ばーかっ!」
「はは…」
頭良いクセにこういうところが超鈍いから時々イラッとくる。けど、そんな小さなイライラも彼方君なら許せちゃうのはエミリーがずっと探し続けていた人だから。…多分っ。
「そうそうー。彼方君あのねホムペできたんだよー」
「……」
「…おいっ!」


バシ!

「…あ!ど、どうした?」
…ジーッと見る。
だって彼方君、ブレザーのポケットの中から出した1枚の白い紙を溜息吐きながらボーッと眺めてばっかりで、ちっともエミリーの話を聞いてくれないんだもん!だから背中を叩いてやったの。
慌てて顔を上げた彼方君は、エミリーがホムペを作った話とか本当に聞いてなかったっぽい。エミリーは、彼方君がさっきから眺めている紙を覗き込む。
「なーに見てんのっ?」
「あ!これは、その!」
――何これ?――
覗いたんだけど、何か変な数字が書いてあったり棒グラフが書いてあったりでよく分かんなーい。彼方君が慌てる理由も分かんないから、首を傾げる。
「彼方君何これ」
「え…えーとその…」
出た。彼方君は何か言いたい事があるのに言い出せない時いっつも、えーととか、あの…とかその…って、オヤジみたいな単語を入れてくんの!
気にしないで紙を一通り見て目に飛び込んできた名前にちょっと目が見開く。エミリーの、ね。
「県立柳大学…目標達成率?」
県立柳大学って…よく分からないけど、超レベル高い所じゃないの?てか彼方君やっぱりがり勉じゃん!達成率が紙に書いてあるんだけど、達成率87%だって!合格圏内なんじゃない?



























「こんな紙エミリーのクラスまだ配られてないしー。てか彼方君すごくない?マジ頭良いんだけど!ま、でも彼方君は卒業したらエミリーの旦那になってお仕事するから関係無いもんねー」
エミリーが笑いながら顔を上げた時、次に話そうとしていた話題の言葉を飲み込んだ。…だって彼方君、下を向いたままでちっとも笑わないし、唇噛み締めてる。
「彼方君どうしたん」
「…あのさエミリー!」
何なに?そんな改まっちゃって意味分かんない。
エミリーは笑いながら彼方君の顔を覗き込むけどやっぱり下を向いたままだし。
「キャハハ!何なに彼方君。緊張し過ぎじゃない?何かあったの?」
「…っ」
「…彼方君?」
おかしい。やっぱりいつもとおかしい。いつもおかしいのは天然だからだろうけど、そういうのと違う。何か…違うの。
「彼方、」
彼方君はバッ!と顔を上げると、唇を噛み締めてさっきの達成率が書いてある紙エミリーに見せた。すごく真剣な瞳なのに、どこか不安そうだし。
「エミリーごめん。俺本当は高校卒業したら県立柳大学に進学したいんだ」


しん…

…沈黙。は?意味分かんない。だって昨日エミリーが言った意見に賛成してたじゃん。…もしかして、おとなしい彼方君の事だから本当の事を言えず、昨日はエミリーに流されていたってワケ?






















エミリーがキョトンとしている間にも彼方君は途切れ途切れに、だけど目はしっかりエミリーの目を見て話し出す。
「その…本当は昨日エミリーが言った事を否定したら…嫌われるんじゃないかって不安で…。でもやっぱり俺どうしても県立柳大学へ行きたいんだ。中学の時からずっと行きたいって思っていて…俺の夢で」
「……」
「き、昨日はっきり言わなくてごめん。本当に…ごめん。エミリーの事大好きだし大切だけど…受験勉強に集中したいから2人で夜遊びに出るのは週に2回くらいだとその…嬉しい…んだけど…」
エミリーが相変わらず黙っているし冷めた赤の目で見つめるから。ほらね、彼方君焦ってる。さっきまでの真剣な瞳は何処へ行ったの?今はいつもの気弱な瞳をエミリーから反らして慌てているのが丸分かりだけど?
「あ…家は勿論俺の家にずっと泊まってて良いし!た、ただ勉強したいから遊びに出るのは2回くらいが良いかなーって…」
「……」
「お、俺絶対県立柳大学に入って卒業したら絶対一流の企業入るから!エミリーに何でも買ってあげられるように頑張って稼ぐし不自由無くさせたいから!だからその…お願い…します」
深々頭下げるし敬語でお願いする彼方君。震えてた。
「…分かった」
「え?あ、ありがとうエミリー!」
咄嗟に顔を上げた彼方君の超嬉しそうな笑顔。息まで吐いて安堵してる。本当にお前って心情が顔に表れるよね。
「マジでありがとうエミリー!俺頑張、」
「ごっめーん。クラスの友達に呼ばれたからエミリー教室戻るねー」
「え…」
椅子をテーブルの下に片付けたエミリーは、鮎川が買ってきてくれた苺サンドイッチを紺色の鞄に入れてケータイ見ながら立ち上がるの。お昼を一緒に食べずにエミリーが出て行こうとするから、鮎川がポカーン…とエミリーを見ている?そんなの気付いているよー。でもわざと無視すんの。
そのまま生徒会室の扉に手を掛けた時。ガタ、って椅子の音がした。背を向けているから見えないけど、多分鮎川の奴が焦って椅子から立ち上がったんじゃない?その時のアイツの表情なんて見なくても予想がつく。
「エ、エミリーごめん…」
「何がー?」
「いや、その…」


バタン!

言い欠けていた?そんなの気にしないよ?エミリーはそのまま生徒会室を出たの。ケータイ片手に階段を降りるエミリー。
「…マジムカつく」
薄いケータイが折れるんじゃないかってくらい、握り締めた。



































6時間目―――


ヴヴヴ、

…まただし。
教室で数学のテスト勉強?中にこれで3通目。鮎川からのメール、マジうざいんだけど。
ブレザーのポケットの中からケータイ取り出して机の下でそれを開く。

【Date 05/13 16:11
From 彼方
Subjec ごめん!
エミリー何回もごめん
もしだったらこの前行きたがってた店でも良いしどっか行きたい所あったら言って!(>_<)】

意味分かんないし。さっきは夜遊びに行くの週に2回くらいにしろって言ったクセに。言った傍から何なの?ただエミリーに嫌われるのが怖くて焦っているだけでしょ?メールの打ち方でも分かっちゃうけど。
どれだけエミリーの気を引こうとしたってダメ。行きたい所へ連れて行く?欲しい物を買ってあげる?そんなの逆効果だよ。エミリーが欲しい言葉をコイツは何一つ分かってない。
元はと言えば、アンタが優柔不断なせいでエミリーを怒らせたんでしょ?気付いているんだかいないんだか分からないけど。
昨日はエミリーが言った卒業後の計画に賛成したんじゃん。ならさぁ。
――俺が優柔不断で俺が自己中でごめんって謝るのが先なんじゃないの?――
パチン!メールの返事はしないでケータイを閉じてポケットの中に戻す。その後も授業中何回もまたバイヴが鳴っていたけど、エミリーは1回も開けなかった。






































放課後――――

「エミリーまたねー!」
「ばいばーい」
クラスの友達にやる気無いバイバイしてから教室を出る。他のクラスも授業が終わったっぽくて、廊下には下校しようとする子とか部活のユニフォーム着た子が歩いている。
エミリーはすぐケータイを開いて、竜二先輩にメールを打つ。階段降りながらメールを打って、玄関の靴箱にやって来る。
まだ授業が終わったばっかりだからか、靴箱にはエミリーしか居ないし。1番乗り?
――鮎川に見つかる前にさっさと帰ろーっと――
靴箱の小さいドアを開けながら、まだ竜二先輩へのメールを打っていた時。
「エ、エミリー」
…鮎川に呼ばれた。同時に、竜二先輩へのメールを送信し終えたからパチン!ってケータイを閉めてローファーを履きながら呟く。
「…最悪」
「え?」
ウザいウザい!
超小さい声で呟いたから聞こえていないハズなのに、エミリーの独り言にまでいちいち反応すんなっ!マジキモいし超イライラするから、無視して背を向けてローファーを履いた左足の踵を床にトントンして玄関を出ようとすれば、少女漫画みたいな展開。
鮎川はエミリーの鞄の肩に掛ける部分を後ろから引っ張るから、ムカついて後ろを振り向いて睨んでやる。
「何!」
「大学行きたいって言ったの怒った?なぁエミリー!」
「当たり前じゃん!でもそれだけじゃないし!」
「え?な、何?」
「勉強したいから遊ぶの週2にしろって言ったり、放課後行きたい所行こうとか欲しいの買ってあげるとか、どっちなん!そうやってご機嫌とろうとするの超ムカつくんだけど!」
「っ…ごめ、」
「それだけじゃないけどさぁ、お前本当に優柔不断でこっちがイライラするの!そういうの優しいって言わないの!分かってるの!?」
もう無理。顔を見てるだけでムカついてきた。
ムカついている理由は、本当は昨日1回賛成したのに、今日やっぱり大学行きたいからって理由で反対した事を謝らなかったからだけなのに。もう今ムカついている理由は、エミリーと結婚しないで大学を取ったからになってる。






















何か全部ムカついてくる。大好きなハズの優しい笑顔もイライラしてくる。
限界だから、鮎川が掴む鞄の手を振りほどいて背を向けて玄関出たのに、アイツまだ追い掛けてくる。だって足音がするんだもん。でも背を向けたままにするもん。
「ごめんエミリー。本当にごめん」
「ただ謝れば良いと思ってんの?」
「違う。そうじゃなくて俺、女の子と付き合うのはエミリーが初めてでだから、どうすれば喜んでもらえるかとかどうしたら仲直りしてもらえるとか分からなくて…でも俺出来る限りエミリーの事幸せにしたいしだから、」
バッ!て勢い良く後ろを振り向いたら、眉毛を垂れ下げた不安そうな顔があった。けどそんなので同情したりしない。寧ろムカつく。
「そんなのお前の都合じゃん!お前の初めての彼女だからとかエミリーには何も関係無いじゃん!そうやって言い訳するのもやめて!」
今度こそ背向けて玄関飛び出すの。走り出すの。もう顔見てるだけでムカつくから。
「ま、待てよエミリー!」
「あんたなんて大嫌い!」
振り向いて声を裏返らせて叫んだ言葉。ヴィンの顔は見ずに下を向きながら言ったからアイツがどんな顔していたかとか分からないけど、予想がつくから別に良いし。














































「っはぁ、はぁ…。疲れた」
何でエミリーがこんなに走って学校出て行かなきゃいけないの?
学校から少し離れた住宅街で立ち止まって、呼吸を整える。後ろ見てもアイツはもう追い掛けてこない。ホッとして笑みが浮かぶし。
――さすがにここまで追い掛けてきたらストーカーで訴えてやるし!――
良かったーって呟きながら、竜二先輩と待ち合わせの駅前まで1人で歩く帰り道。ざあっ、と風が吹いて緑色の木の葉が音をたてる。
「…!」
よく分からないけど、無意識の内に後ろ振り向いちゃったの。自分でも分からないけど。
別に後ろには、誰も居ない住宅街の灰色の細い道路が永遠と続いているだけ。
「…変なの」
すぐ前に向き直って歩いて行く。オレンジ色の夕焼けが顔を見せ始めた1人の帰り道を。








































午後10時53分
駅構内ゲーセン――――
ここら辺で一番の不良で高校を中退して現在フリーターで黒の半袖シャツ羽織った金髪でピアス両耳に超いっぱい空いた竜二先輩とゲーセンで遊んでるの!因みに、先輩とは中学も高校も違うけど高2の時パラパラやりに行ったクラブで知り合ってから仲良くなったんだよー。
エミリー的には付き合ってはいないけど、まぁ何回かえっちしたし、色々買ってくれるし外見もギャル男だから、鮎川みたいに人目を気にしなくて良いし!それに先輩は明らかにエミリーの事が好きだからエミリーからはわざと告らないし!だって、好きな女の子に振り向いてもらおうと必死な男って何でも言う事聞いてくれるから使い易いじゃん?
でも付き合うとなると悩んじゃうかなー?だって付き合っちゃうと付き合う前よりおごってくれなくなりそうじゃん?男は好きにならせて付き合うまでの過程が1番楽しいじゃん?キャハハ!





















ゲーセンのユーフォーキャッチャーで、エミリーが大好きな猫のぬいぐるみのにゃんにゃん(本当はメリーっていうんだけど!)を先輩が一発で取ったんだよ!
ガコン、って音たてて取り出し口に落ちた抱える程大きいにゃんにゃんのぬいぐるみを渡してもらったから、エミリー超ご機嫌だし!
「きゃー!ありがと先輩!」
「楽勝楽勝!」
「誰かさんと違って一発で取れたし!」
「ん?」
「うんうん。何でもないっ!ねぇ先輩次プリ撮ろうよ」
「おー、プリクラとか俺久々だわ」
「キャハハ!マジ?彼女と撮らないのー?」
「マジマジ。俺、エミリー一途だから今年の冬くらいから誰とも付き合ってねぇよ」
「えー!エミリーモテモテなんですけど!キャハハ」
はいはい。そんなの顔を見てればとっくの昔から気付いてましたーってね!エミリーはケラケラ笑いながら、先にプリクラの機械の中入る。
後から入ってきた先輩がお金を入れてくれて、機械から高い声がして。えーっと。まずはテーマ選択しなきゃね!画面を手で押そうとした時。


ドサ、

エミリーの鞄が床に落ちた。さすがにびっくりしちゃって目が見開く。だって、いきなり先輩に後ろから抱き締められたんだもん。その間にもテーマが自動的に決まっちゃった音が機械からした。
「え?え?何なに先輩?エミリーマジびっくりしちゃうんだけど」
「…エミリー。俺と付き合えよ」
いつもチャラチャラした先輩が妙に低い声で真面目に言うから、笑顔が引きつる。後ろから抱き締められているから、顔は見えない。余計困惑。




























『背景色はピンクに決定!じゃあ撮るよー!』
「…あ!ほら!先輩が冗談言ってるからプリ撮っちゃうじゃん!マジウケるん、」
『3、2、1、』


パシャ!

フラッシュ音がしてまたすぐに撮影を知らせる機械からの声がしたけど、エミリーはそれどころじゃないし。見開いた目が閉じない。竜二先輩に抱き締められながらキスされた。どいつもこいつも、えっちの時しか形だけのキスをしてこなかったのに。このキスは何か違う…多分。
振り払おうと少し抵抗するけど、無理。先輩の筋肉質な腕は、エミリーの小さい手じゃとても振り払えない。そうこうしている間に口内に舌が入ってキスは深まる。えっちは慣れているけど、キスは慣れていないの。
だからエミリーは苦しくなって壁に背を預けるけど、まだキスが続くからこのまま先輩に身を委ねちゃおうかな…なんて思って目も熱っぽくとろん、としてきた時。

『エミリー、愛してる』
「…!!」
何で何でなの!?脳内でリアルに蘇って響いた鮎川の言葉。それと同時に、先輩の顔にアイツの気弱そうな優しい笑顔が重なる。
「…っ!ケホッ、」
先輩は何も悪くない。悪いのは、こんな時までエミリーの脳内に邪魔してくるアイツなのに。精一杯の力をこめて先輩を振り払っちゃったから先輩は、ははは、って笑いながら、下を向くエミリーの顔を覗き込んでくる。強気な優しい笑顔で。
「はは、ごめんごめん。苦しかった?」
「…別にっ!」
ふんっ!って外方向くエミリーの事を笑うなっ!また無理矢理顔を先輩の方に向けられるから、口を尖らせる。不機嫌そーうに。
「プリ終わっちゃったじゃんっ!」
「あ、マジだ。もう1回撮れば良いじゃん」
「…別にもう良いしっ」
不貞腐れたエミリーを呆れながらも笑う先輩からまた、キス。左腕を掴まれて引っ張られてゲーセンを、そして駅を出る。
































もう夜の11時をまわっているけど、明るいネオンと騒がしい駅前。
背の高い先輩の大きな背中がアイツに重なるからエミリーはそれを掻き消そうと必死に首を横に振る。
そしたら、先輩がこっちを向いた。掴んだエミリーの左手首を掴む。するとキラリ、と光ったソレに、エミリーの心臓がドクン…!と1回大きく鳴る。ソレは左手薬指にはめられた銀色の指輪。鮎川とお揃いの指輪。
「…エミリーお前、彼氏居るんだな」
「…居ないっ」
先輩の眼差しが真剣で、だから怖くて直視できないからわざと俯く。賑やかな人混みの声達に掻き消されそうなエミリー達の会話。
「嘘吐くなよ。ハルから聞いたぞ。最近素っ気ないからエミリーに彼氏ができたんじゃないか、って」
――何アイツ…勝手に喋んなって感じ…。ハルだってどうせエミリーの事を遊びとしか思っていないクセに。偽善者じゃん。ムカつく…――
「何処の男だよ。指輪までするなんて、お前らしくないだろ」
「…っ、」
「なぁ。エミリーの事をそんなに本気にさせる奴は何処の男だよ。せめて学校名くらい教えろよ」
スッ…。先輩が外そうとして指輪に触れたから、エミリーは反射的に目を見開いて先輩の手を振り払う。その時。


パシッ!

「…あ!やだ最悪!」
外しかけていた指輪は、エミリーが先輩の手を振り払った勢いで薬指からスルリと簡単にすり抜けてそのまま人混みへ落ちていっちゃったの。
鮎川からの指輪なんて別に探す価値なんて無いのに、人目も気にせず座り込んで人混みを掻き分けてまで必死に指輪を探すなんて、エミリーらしくない…。
「嘘、最悪!何処…?」
探しているのに、眉間に皺を寄せて少しイライラした表情の先輩に左腕を掴まれて強引に人混みの中を引っ張りながら走って行く。だからエミリーは後ろばかり振り返りながら走る。指輪、結局見つかってないし…。
「そんなのいいだろ」
「何…」
「指輪。俺が買ってやるから要らないだろって意味」
「…うん」
でもまた後ろを振り返ったの。










































(side.Vincent)

時は少し戻って午後5時32分。
「…ただいま」
帰宅して挨拶はするけど俺にしか聞こえないような声。俺自身もうまく聞こえないくらい。
家の軋む廊下を歩いてそのまま階段を登って、部屋に籠って勉強をしようそう思って歩いていたら、リビングから目をつり上げて出てきたおばさん。多分、今朝帰らないでエミリーとホテルからそのまま学校に直行した事を怒っているんだろうな…って分かっちゃっているけど。
「彼方君!今朝帰ってこなかったのは、またこの前の女の子と居たからなのですか!」
「…うん」
おばさんは頭を抱えて深い溜息。けど、俺は相変わらず俯いたまま。
























おばさんは一昨日、俺の家に泊まったエミリーの態度っていうか派手な見た目が気に入らないらしい。おじさんの方は心が広いからかあんまり俺の事を気に掛けていないからかは分からないけど、エミリーの事を悪くは言わない。
事の発端は一昨日の朝。突然出張先から帰ってきたおじさんとおばさんにまあ色々見られてしまって。その後は気恥ずかしくて、顔を下ばかり向けている俺の隣の席で、平然とまるで自分の家かのように朝食を食べて朝のテレビ番組を見ながら笑っているエミリー。
リビングのテーブルと4つの椅子に俺、エミリー、おじさん、おばさんの4人が座った何とも奇妙でお通夜みたいに静かな朝食。
エミリーは相変わらずな態度だし、何より化粧が濃くて(いつもだけど)ピアスもたくさんつけた明らかにギャルなエミリーを、生真面目なおばさんが快く思っていない事は一目瞭然だ。おじさんは呑気な声色で「明るい子だねぇ」なんて簡単に済ませていたけど…。
「はぁ…。あの子とはお付き合いしているんですね?」
「…まあ、うん」
さっき大嫌いとか言われたけど。別れるって言われてないからまだ信じていて良いよな…って、自分に言い聞かせて。






















「やめなさい。彼方君とあの子では環境が違います。外見だけではありません。一昨日の朝食の席での態度の悪さ」
「……」
「あの子の進路は?」
「…分かんない」
「進路も明確ではないような子と一緒になっていたら後々困るのは私ではありません。彼方君貴方自身なのですよ。だからあんなチャラチャラした子とは付き合いをやめ、」


ドン!

思わず壁を右手で力強く叩いてしまった。案の定おばさんは目を見開いて驚く。
「うぜぇな!人の彼女を馬鹿にしてんじゃねぇよ!」
「待ちなさい彼方君!」
階段を駆け上がってバンッ!と部屋の扉を乱暴に閉めて、鍵も掛ける。扉に背を預けたままズルズルと座り込む。
「…分かってる。本当はおばさんは俺の為を思って言ってくれている事くらい分かってる…」
そこで、さっき怒鳴ったエミリーの顔も思い浮かぶから、顔を膝に埋めるんだ。
「分かってる…エミリーが言いたい事も分かってる…。一度良いよって言っておいて後からやっぱり嫌だとか…それなら最初から断れば良いのに、嫌われたら嫌だからって目の前の事しか頭に無くて…。俺の優しさなんて自分が傷つきたくないだけなんだって事とか…全部分かってる」
女々しくて、勉強も友情も家族も恋愛もうまくできない不器用な自分が大嫌いだ。蹲る俺なんかを気にも留めず、時間はただいつもと同じ速度で経過していくのに、今日はやけに遅く感じた。


















































(side.Emily)

現在の時刻午前2時25分。ラブホの一室。
先輩は隣で寝ているけどエミリーは結局寝れない。寒いから毛布に包まる。先輩に背を向けて。
駅前から離れて、あれから先輩に告られた。人混みを抜けた夜の公園で。でもお願いをしたの。
「エミリーを幸せにしたいならフリーターはやめて正社員になって。そしてエミリーの夢はね。学校卒業したらお母さんになりたいの。お願いきいてくれるなら…良いよ」
付き合っても…。
そう言ったら、先輩はエミリーを抱き締めてただ一言「ああ」と言った。抱き締められながら感じた。
――どうせ口だけ――
エミリーと付き合いたいからそう返事しただけ。どうせ叶えようとも思っていない事くらい分かり切ってる。けど良いや。エミリーより大学進学を優先するような奴なんかより、良いや。
だって先輩となら付き合っている事を隠さなくて良いし堂々としていられるし。
先輩は誰かさんと違って優柔不断じゃないからエミリーがイライラする事も無いし、週に2回しか遊べないなんて堅苦しいルール無いし。
テーブルの上からケータイを取って開く。メールが5通。着信ゼロ。メールはクラスの友達から4通、冴から1通。
胸を撫で下ろすの。だって午後の授業の時みたいにアイツからしつこい程のメールは着てないから。1通も。
さっきまで指輪をはめていた自分の左手薬指を右手でなぞっていたら、目頭が熱くなる。意味分かんない。ボロボロ涙が溢れる。泣き声が洩れないように毛布を噛み締める。
「っひっく…分かってるもん…。彼方君にだって夢がある事くらい…。勉強しなくちゃいけないからあんまり遊べない事くらい分かってるもん…。でもエミリーはもうそんな普通の女の子じゃいられないから駄目なんだもん…」
本当に愛してくれるのは先輩なんかじゃない。彼方君の方なんだって分かってる。
けど、彼方君と付き合っているのにまたこうして先輩の告白をOKしたり簡単に抱かれるエミリーじゃ駄目なんだもん…。

『あんたなんか大嫌い!』

彼方君に言ったあの言葉。些細な事で怒るのはエミリーの性格だから仕方ない。けど…。
「嘘でも、大嫌いなんて言わなきゃ良かったっ…」
彼方君に会いに行きたい。でも会いに行ったところで変わらないのは、付き合っているにも関わらず先輩の告白を了承して先輩に抱かれた事実。
些細な事で怒った事に罪悪感なんて今まで感じた事は無かったのに。二股も三股しても罪悪感なんて今まで感じた事無かったのに。こんなに胸が苦しくなるのは初めてだったのは何でなの?…気付いているけどね…。









































翌朝―――

「じゃあ今晩また、な」
「…うん」
先輩の白い大きい車で校門の前まで送ってもらったの。別れ際車内でキスをして車から出てドアを閉めれば、先輩がクラクションを1回鳴らして、朝っぱらから煩いくらいのエンジンを音たてて走っていったから、登校してくる生徒達が好奇の目でエミリーを見てくるけど平然とした顔をして校門から入った時。
「…あ」
…校門左側から青の自転車に乗って、調度今登校してきた鮎川が呟く。目が合ったからエミリーが反らすより先に、アイツから反らしたし。
まるで逃げるように猛スピードで自転車小屋まで漕いでいく鮎川の遠ざかる背中を見ながら、左手薬指に触れたの。
――先輩が送ったところ見てた?その後に校門に入ってきたから見てないよね?でも遠くから見られてたかも。…どうしよう――
「エーミリー!おはよ!」
「え?おはよ…」
「はぁ?元気無くない?お前が元気無いとか明日雪降らせるなって!もう5月だよ!?」
笑う冴に声を掛けられたエミリーはいつも通り朝B組の教室に来て冴の席に座って、エミリーの周りを囲む友達たちとお喋り…は本当はしたくなかった。だってB組には鮎川が居るから。
























エミリーらしくないけどアイツに罪悪感を抱いちゃうから、わざと自分のクラスのC組の教室に居たのに、冴達がB組の教室まで無理矢理連れて行くから来ちゃっただけだし…。
冴や他の子達が超盛り上がっているのが聞こえるけど、何のどんな話題なのかは頭に入ってこないの。チラッ…って窓側後ろから2番目の席を見た。鮎川の席。みんな自分の席を立って友達と喋ったり騒いでいる朝の教室で、鮎川たった1人だけ自分の席に着いて受験勉強してるっぽい。
確かあれ、受験対策のテキストだった気がする。分厚いテキストを真剣な目で見ながら空いている右手でノートに解答を書き込んでいる。
――あいつ、指輪してない…――
エミリーが鮎川と付き合っている事をバレたくないから学校では指輪していないんだろうけど。
…最悪。指輪の事を思い出したら気分悪くなってきた。
「あっれ?エミリー指輪どうしたん?」
「え…」
「あ。本当だ。昨日見せびらかしてたじゃん指輪!他校の超イケメンのタメの新しい彼氏から貰ったんだ!って!」
あーもう。うざい。どうして触れてほしくない時に限って指輪の話題に触れてくるの?友達のギャル達はお構い無しの大きい声で聞いてくる。
"他校の超イケメンのタメの新しい彼氏"
それは、エミリーが昨日みんなに指輪を見せびらかした時に言った架空の彼氏。地味な鮎川がエミリーの彼氏だなんて言えないから。
でもみんなが今言った架空の彼氏の事を聞いて鮎川がどう思ったか気になるから、鮎川の方を向こうとするけど、エミリーの周りを囲む友達が壁になって見えないし。
「え…うんうーん…忘れてきただけだし」
「とか言ってー!また新しい彼氏ができたから指輪を捨てたとかじゃないのー?」
「…!違うもん!勝手な事言わ、」
「良かったねエミリーちゃん。竜二先輩と付き合ったんでしょ昨日から」
「…!!」
エミリーの言葉を掻き消したのは、今登校してきたばかりのウザい男ハル。
――こいつ、先輩と同中で親しいからってマジウザい…!――
ニコッて愛想良い笑顔を向けられるけど、エミリーはコイツを睨み付ける。
「えー!マジかよ!ハルお前いつの間にフラれたんだよ!」
「んー?最近、かな」
――エミリーの方を見ながら言うな!しかもフっても別れようとも言ってないのに勝手に別れた事にしてるしコイツ!別に、さっさと別れて良いような男だから良いんだけど、こういう上から目線が一番ムカつくだけなんだし!――






















エミリーがハルを睨み付けていたら、後ろから冴が抱き付いてきた。ニヤニヤしてるし!
「冴重いっ!」
「何なに〜?エミリーやっぱり新しい彼氏できたんじゃん!だから指輪捨てた的な?」
「違うもん!先輩となんて付き合ってなんかないし、指輪捨ててなんていないし!」
煩い煩い!鮎川に聞こえちゃうじゃん!みんな黙ってよ!…だからって鮎川と付き合っている、なんてみんなには言えないエミリーは最悪…。こんなに自分の事を嫌になったのは初めてなの。
「あはは!なーにムキになってんの?」
「良かったねエミリーちゃん」
クス、って微笑みながらそう言ったハルを睨み付けた。
――コイツ、もしかして…―








































「エーミリー。購買行かない?」
お昼休み。授業が終わったエミリーのクラスに財布片手に迎えに来た冴とアン姉。でもお昼は…。
「エミリー今日いいやー」
「マジ?ダイエットしたって効果無いぞーっ!」
「はぁ!?黙れだし!」
「あはは!じゃー後でB組来てよー」
「うん…」
冴とアン姉は喋りながら…って言っても、ほとんど一方的に冴が喋っているだけなんだけど。2人して購買行っちゃった。
騒がしい教室を出て、隣のB組の教室を後ろの出入口から覗く。
――居ない…――
窓際後ろから2番目の席は机の上に何も乗っていなくて超綺麗。けど、鮎川は座ってない。
教室を見渡すけどやっぱり居ないし…まさか。
教室に背を向けてあそこへ行こうとしたエミリーの背中を叩く大きな手。…振り向くと嫌いなハルの顔。
「…何」
「良かったねエミリーちゃん。竜二先輩と付き合ったんだって?」
「…別にハルには関係無いじゃん!」
手を振り払って背を向けたら囁かれた。エミリーにしか聞こえない小さい声で。
「エミリーちゃんの彼氏なら、さっき生徒会室に行ったよ?」
「…っ!」
やっぱりコイツ知ってたんだ。エミリーが鮎川と付き合っている事。
いつ何処で知ったかは分からないけど、コイツ超性格悪いし!!


バンッ!!

ハルを叩いて教室を飛び出していった。
――…あ。どうしよう。ハルに否定すれば良かった。鮎川と付き合ってない、って…――
何で否定しなかったんだろう。今までのエミリーなら真っ先に否定していたのに。否定する事すら忘れていたのは何で?































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