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First Kiss【完結】
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だからだから、ここでバトンを落とすなんてもっての他。超が付く程足の遅い奴へバトンが渡った瞬間…悪夢が訪れる事間違いなし…。
――ヤバいヤバいヤバい超ヤバい!何で何で!?俺の予想ではもっとこう2〜3走者分くらい差がついていて、何かもう追い越すにも追い越せないし追い越される心配も無い…みたいな?だから周り的にはつまんない展開だけど、俺的にはホッ!一安心!ってなるハズだったのに!!――
あああどうしよう!もう13走者目にバトンが渡ったし!
想定外の展開に、前向きな解決策も気持ちも見当たらなくて、ただただパニック状態の俺の足は勝手にグラウンドのレーンへ入っていて鼓動は不規則に超高速でドクドクドクドク鳴るから、あまりに激し過ぎて身体まで鼓動に揺さ振られる。
周りの大歓声さえ今の俺には何も聞こえない。緑色の瞳に映るのは、徐々に徐々に俺へ向かって走ってくる同じクラスの13走者目の男子喜多田。ヤバいヤバい!本当にヤバいから生きている心地なんてしない!
結果が目に見えているからこそ、嫌で嫌で目の前の事に押し潰されそうな俺の顔が引きつる。
「エミリー青軍優勝したいなぁ」
「!?」
な、何!?独り言か!?
あともう20mくらいでバトンが渡る距離って時に隣のレーンから聞こえてきたエミリーののんきな独り言か!?今はそんなのどうだっていいハズ。そんな事に気を散らせてる余裕は無いハズ!なのに、今まで周囲の大歓声すら耳に入ってこないくらいテンパっていた俺に、エミリーのその独り言だけ耳に入ってきたってのがちょっと不思議だけど!



















あー!もう!ヤバい!バトン渡そうと喜多田が手を伸ばしてるし、しかも最悪な事に僅差だけど喜多田の奴、他のクラスより1歩分リードするなよ馬鹿!!俺がそのリード分を持ち堪えられるわけないだろ!!
えっと、顔を後向きながらちょっと走りながら右手を後ろに出して…バトン受け取る準備して…それからそれからー!!
「だから頑張ってよね、鮎川?」
「え…」
「鮎川!」
「あ!はいっ!!」
ヤバッ!じん、と痺れるくらい喜多田力強く呼ばれて、尚且つ力強くバトン手渡されてそれからそれからえーっと!何かよく分かんないけどバトンが渡る直前、エミリーから応援されたような!?都合の良い幻聴が聞こえたから、とにかく遅いなりに死に物狂いで頑張る事にします!
…なんて宣言しましたが14走者の奴らが足速い気がするのは俺が遅いだけでしょうか!?
くそっ!せっかくリードしてたってのにその差はあっという間に縮められて、寧ろ俺だけ接戦の列に飛び抜けて後ろにいるんだけど!他の奴らの背中を見ながら走ってる今のこの状況マジヤバくないか!?
相変わらず周囲の大歓声は騒音にしか聞こえないんだけど、きっと、いや絶っっ対青軍の奴らやB組の奴らは俺に対して
「遅ぇんだよ鮎川!」
とか、
「あの3年だけマジ足引っ張ってんだけど!」
とかキレて罵声を上げているんだろうなくそ!マジかっこ悪いだろ俺!
だからって、これでも口の中血の味がするくらいマジで死ぬ気で走ってんだけど、前を走る奴らとの差なんて縮まるどころか開くばかりなんだよ!






















なんだよ、なんだよくそ!振り付けだけじゃなくて、こっちの練習もやっておくべきだった!
『青軍1歩リードで1位です!2位に赤軍!』
「エミリー!」
「華浦先輩がんばー!!」
何か周囲が騒がしいけど無我夢中で走ってる俺には周囲が何を叫んでいるかは全く分からないけど唯一分かる事は、俺より遥か前を走っている僅差の他の14走者の中で、人一倍小さいクセに、男子も負かすくらいぶっちぎり1位で走ってる青軍のハチマキを頭にりぼん結びした奴がエミリーって事。
『青軍C組速い!リードしてます!あと少しで次の走者にバトンが渡ります!2位の赤軍、3位の白軍も頑張って下さい!』
くそ!15走者目の女子因みにギャルがイライラしながらバトンを待っているのが見えてきたけど、他の奴らとの差は一向に縮まらないし!
そんな間にも、俺の遥か前を走っている集団の中でも頭三つ分くらい飛び出して走ってるエミリーがもう、カーブに差し掛かった。


ドスッ!

「っ!!」
え、何、何?
走りながらも前方で起きた光景に、目が点の俺。何を叫んでいるかは分からないけど周囲がいや、グラウンド中がどよめいたのは確信できる。だって…
『あーっ!青軍C組転倒!大丈夫でしょうか!その間にも赤、白、ピンク軍が次々と同着で15走者にバトンを渡していきます!』
実況の2年生が何か超叫んでいるっぽいけど聞こえない。
その間にも、俺が15走者目のギャルにバトンを渡そうと手を伸ばした時1レーンで仰向けに転んでいた青軍の女子エミリーが視界に入った途端、呆然…。
「鮎川!!」
「あっ!はいっ!」
15走者目のギャルに急かされて。ギャルは超イライラしながら俺からバトンを無理矢理奪うと、舌打ちしながら猛スピードで走って行った。
…と、同時に。其処で転んでいたエミリーがバッ!!と起き上がって、土だらけで膝や腕から血流しながらも、15走者目の男子にバトンを手渡した。真っ赤な大きい両目から大粒の涙を流しながら。
「赤軍のー!健闘祈ってエールよーい!」
「白軍いけーっ!!」
やっと周囲の歓声が何を叫んでいるのか分かってレーンから出た俺。…の傍には、顔を伏せたエミリーと、心配して駆け付けた教師や同じ青軍のギャルやギャル男達。
遠くからだけど、エミリーの右腕と両膝から流れる真っ赤な血。せっかくの可愛い衣装も、転んだせいでグラウンドの土だらけ。今すぐ駆けて行って手当てしてあげたいし「大丈夫か?」って声を掛けてやりたいのに、エミリーの周りに集まったエミリーの友達たちがまるで、俺を寄せ付けない壁のように立ちはだかるから、駆け寄れない。
















「エミリー大丈夫!?」
「マジ大丈夫かよエミリー!保健室行けって!血、やべぇって!」
「大丈夫か華浦。今先生と保健室に、」
「誰も来んなっ!!」
周りからの優しさを振り払ったエミリーはそう泣き声で暴言を吐くと校舎の方へと駆けて行った。顔を伏せたまま。
「何なん!エミリー態度悪くない!?」
「ちょっと…なぁ?せっかく俺らが心配してやってるってのになぁ?」
「つーか、せっかく1位になれそうだったのにあいつがコケたからビリじゃん!」
「B組は!?」
「B組はあのがり勉生徒会長だから!」
「じゃあ青軍2組全滅じゃんかよー!はぁあ。俺せっかく2人越したのにさー!」
そんな雑音発する奴らの脇を、俺はただ無心で駆けて行った。校舎の方へと。
































(side.Emily)

「はぁ、はあ…!」


ドン!

「っ…!」
最悪!保健室行こうと校舎内走ってたら擦れ違った女子3人とぶつかったし!ウザいから言い返してやりたいけど、今はそれどころじゃないから無視して保健室行こうとしたのに…
「ぶつかっといて何もナシとか。やーっぱお前、調子乗ってね?」
最悪!ぶつかった相手は、エミリー達と仲の悪いF組のギャル達のうちの2人だったし!リーダー的存在の金パで超盛ったケバ過ぎて可愛くないコイツ『嘉納 美佳』に右腕掴まれて痛い!
…嘉納は昨日鮎川とラブホ行こうとしてた奴…。その後ろに居る茶髪のケバいギャルの名前は、須藤。
嘉納はエミリーの背中を壁に突き付けると、可愛くない付け爪した汚い手でエミリーの顎持ち上げてキモいくらい微笑んでくる。けどエミリーは目を反らさない。寧ろ睨み付けるの。
「久々じゃーん?まさかあのあんたがこんなに、ねぇ?」
「…ウザい」
「あははっ!いつの間にそんなにイメチェンしちゃったん?あーそっかぁ高校デビューってやつ?あははっ!本当にそういう奴いるんだ?外見繕ったって、内面なんてそう簡単に変えられるもんじゃないのに!」
「…っ!」
ウザいウザい!消えろ消えろ!やめてよ小学校と中学校の忌々しい記憶なんて蘇らせんなっ…!一刻も早くエミリーの前から消えてよ早く!





















「小中の時みたいにまた遊んであげるからね。あたしらのお人形さんのエミリーちゃん?」
「汚い手で触んな」
「…っ!調子乗ってんじゃねーよ!」
ぐっ、て力を込めて今より一層壁に背中突き付けられて超痛いけど、睨み続ける。だってもう昔のエミリーは捨てたんだもん。…ヒーローなんて居なくたって、もう何も怖くないんだもん。
嘉納の汚い腕振り払ってそのままダッシュで保健室へ走って行くの。案の定、嘉納と須藤が怒鳴りながら追い掛けてくるけど、途中で先生に見付かったっぽいあいつらは先生に
「体育祭中校内でサボるな!」
って怒られてそのままグラウンドへ強制連行されたし!キャハハ!ザマーミロ!柱の陰から隠れて嘉納達が怒られている後ろ姿見てるんだけどマジウケるし!あいつ本っ当に小学校から馬鹿だよねぇ?
そのまま立ち上がって、痛い足引き摺りながら保健室までの静かな廊下を1人で歩く。みんなの声がグラウンドの方から聞こえる廊下を1人で歩く。独りで歩くとあの頃を思い出しちゃうからヤダ。
嘉納はエミリーと小学校から中学校まで同じクラスだった最低な女。神様は、エミリーの事嫌いなの?ってくらいあいつとはずっと同じクラスだった。まるで逃れられないかのように。
あいつは小学校の1年生から強気でいつもクラスを仕切って学級委員をやりたがる奴で、持ち前の強気な性格で友達さえも恐怖で支配するような最低な奴。…そんな最低な奴のターゲットだったのがエミリーなの。

『お前マジ暗いしキモいから!何で学校来んの?消えちゃえば?』

「…っ!」
やだやだやだ。あいつの声が脳内で蘇ってリピートされる。頭を両手で抱えても抱えても、あいつの声が嘲笑い声が消えない。
――何でどうしてまたあいつと巡り合わせたの神様!何でどうして智と引き離したの!エミリー悪い子じゃないのに!何でエミリーばっかり…!――
「何でエミリーばっかり嫌な思いしなきゃならないの!」




















あいつらの為に泣きたくなんかないのに。
さっき転んだ事も思い出したら込み上げてきちゃうソレを堪えられなくなりそうで、血が滲むくらい唇を噛み締める。エミリーもう泣かないもん。エミリーもう…
「エミリー」
「…!」
咄嗟に振り向いた。けどすぐ其処に居た奴の顔見たらムカついてきて、早歩きで保健室入ってわざとガンッ!て音をたてて保健室の扉を閉めた。


ガンッ!!

「エミリー大丈夫か」
なのに…なのにどうして凝りもせず追い掛けて保健室に入ってくるの。どうしてそんなに諦めが悪いの鮎川は!
鮎川に背を向けたまま長椅子に座りながら怪我した右腕に包帯を巻こうとするんだけど、右が利き手だからなかなか巻けない。包帯が床に転がっていくから余計ぐるぐるしちゃって巻けなくてイライラするし、さっき転んだ事とか嘉納とか智の事を思い出したら、イライラしてるのに涙が溢れてきて超超ムカつくっ…!
包帯を滲ませる雫が一滴、二滴と増えていく。その包帯がふわ…っと浮いたかと思えば、くるくるとすんなりエミリーの右腕に巻かれていく。だからエミリーは咄嗟に顔を上げて睨み付けた。エミリーの右腕に包帯巻くお節介な男鮎川の事を。




















「キモいからやめろっ!」
「はいはい。あんまり動くなって傷口開、」
「もうエミリーの前に現れんなっ!」
バシ!って鮎川の手を振り払うの。息が上がるのは、ムカつくから。みんなみんな全部全部ムカつくから!!
一瞬呆然とした鮎川だけどすぐ、はは、って笑ってまた包帯巻き出す。そういうのがイヤなの!
「やだ!触んなっ!」
「手当て終わったら消えます」
そうやってお節介するなっ!
「終わる前に消えろっ!」
「はは、エミリーって本当に喜怒哀楽激しいよな」
「黙れ!死ねっ!」
そうされると…





















(side.Kanata)

「…なっちゃうじゃん」
「え?」
右腕の包帯を結び終えたのと同時にエミリーが下向きながら何かボソッ、と呟いた気がするけど…。顔を見ても全く無反応だから、俺の気のせいだったかな?
じゃあさっさと手当て終わらせてグラウンドに戻るとしますか。エミリーのご機嫌がこれ以上斜めにならない内に。
両膝の血をまず拭き取って傷スプレーの口を傷口に向けた時。


ゴツッ!

「〜っ!」
「やっ!エミリーそれ、やだっ!」
〜〜っ、ありえないだろ!思い切り膝で顔を蹴られた俺はエミリーの膝が鼻に直撃。超痛くて顔を歪める。
「痛っ!何だよ、」
「シューするやつ凍みるからエミリーやだっ!」
「…?シューするやつ?」
え、何それ?頭上にハテナを浮かべる俺。でもその正体がすぐに分かったのは、眉間に皺寄せたエミリーが俺の右手にある傷スプレーを睨んでいたから。
――シューするやつって傷スプレーの事?――
…ちょっと呆然としてから俺は思わず…
「…プッ、」
「!?」
「あはは、凍みるってエミリー、ははは」
ヤバい。幼少の時から変わってない。傷口に吹き掛ける傷スプレーが凍みるから嫌いなところ。子供過ぎて可愛くて。だからって笑うつもりないんだけど。
思わず笑った俺の事を、顔を真っ赤にして目をつり上げながら蹴ってくるけど、それを俺が避ければエミリーのイライラ度は上がる一方。けど、足が痛いからあんまり立ちたくないのか、座ったままギャーギャー怒鳴ってくる。






















「黙れっ!お前調子のんなっ!マジウザいから!」
「ははは、ごめんごめん。でもエミリー昔と変わってないから。ははは!」
「〜〜っ!ウザいウザいウザーい!」
地団駄するけどすぐにおとなしくなったから…アレ?って感じだけど、これで膝の手当てやりやすくなったし、まあいっか。相変わらず口、尖らせているけどね。
「…何で鮎川なの」
「相坂達まだリレーの順番が来てなくて待機中だから仕方ないよ」
「…他の奴ら来ないとかムカつくしっ」
「友達が心配してくれてたのにエミリーがあんな事を言うから自業自得だろ」
「はぁ!?鮎川お前最近マジ調子乗ってるし!エロ本の事言うからなっ!」
「はいはいすみませんでした、っと。はい。終わったよ」
手当てを終えた俺は立ち上がって救急箱の中身を片付け始める。エミリーと背中合わせで。
普通なら、エミリーがあんなに派手に転んだんだから友達が心配して保健室に連れて行ったり駆け付けたりするんだろうけど。エミリーの場合、心配してくれた友達たちに「来んなっ!」って何でか分からないけど意地張っちゃったから誰も心配して来てくれないワケで…。
まあそれは、広く浅く付き合っている友達はそんなところで、仲の良い相坂達ならエミリーの性格を分かり切っているからそんな事言われても駆け付けるだろうけど、今はリレーの真っ最中だから誰も来てくれないんだと思うんだ。エミリーはそれがムカつくのか、さっきからおかんむりで口を尖らせてばっかり。





















『これで27走者にバトンが渡りました!』
沈黙の保健室にグラウンドからの放送委員2年生の実況が遠くに聞こえてくるって事は、まだリレーは終わってないんだな。あーあ、俺のせいでB組…てか青軍ヤバそう。あんなに差を開かれたから縮められないだろうな…はぁ。
戻ったら黙って軽蔑の眼差しを向けられるか、胸ぐら掴まれて怒鳴られるかのどちらか…。どっちにしろ嫌だな。はぁ…って溜息吐いたところで救急箱の片付け終わり。
チラ、と後ろのエミリーを見るけど、椅子に座ったままの後ろ姿。俺はグラウンドへ戻る為、保健室の扉に手をかける。
「じゃあな。保健の先生には俺が手当てするって言っておいたから。あ、でも他の生徒は俺がエミリーの手当てした事は知らないから安心しろよ」
「……」
相変わらず無言な小さい背中を見てはは、って小さく聞こえないように笑う。






















「…お大事に」
扉を開けようと、エミリーに背中を向けた。
「…幹部の打ち上げ無くなったぽい」
「え?」
扉を開く直前。そう口を開いたエミリーの方を咄嗟に見るけどエミリーは背を向けて椅子に座ったまま。
――幹部?打ち上…ああ。応援団幹部の打ち上げか。体育祭後やるのが定番って感じらしいから、それの事か――
疎い俺も結構すぐ気が付いたからすごくね?
…なんてなー。でも何で急に中止になったんだろ?あんなに騒がしい奴らだから打ち上げやらないとか考えられないよな。
「そうなんだ。まあ俺はどっちにしろ出れないけど」
はは、って自嘲するけど実は結構虚しいんだからな?まあ幹部のギャル男とギャル達とは仲良くないけど一応、一!応!幹部の俺だけ誘われないのって正直ショックだから。まあ、そんなもんだって分かっているけどね。
早めに出ないとエミリーの友達と鉢合わせたらヤバいからな。今度こそ、って感じで再度扉に手をかけた。
「それだけかっ!」
「え!?」
バッ!って立ち上がったエミリーが俺の前まで歩いてくると、両頬を風船みたいに膨らませて睨んで見上げてくるから俺は呆然。目が点。
「え…っと…」
頭を掻きながら目を反らして考える。エミリーは何を言いたいのか。何で怒っているのか俺にはさっぱり分からない。
なのに、その間にエミリーはスタスタとさっき座っていた椅子にまた座るから、余計分からない。扉の前でただ立ち尽くしていたら、ボス、ボス、って椅子を叩きながらエミリーがこう言った。背中を向けたままだけど。
「座ってっ!」
「っ…うん」
…何かなんか…最近…てか、昨日辺りから神様が俺の味方してくれているのは気のせい?それとも神様がエミリーにエミリーが俺に優しくなる魔法でもかけたの?って感じだ、最近のエミリーは。
嬉しいよりも先に驚いちゃって目が点になりながらも緊張しながらも、エミリーとの間に1人分が座れるスペースを空けて椅子に座ればギシ、って軋む音がした。


しん…

それからしばらくそのまま沈黙だから余計訳分かんなくなって、緊張しながらチラッ…とエミリーの事を横目で見るんだけど…エミリーはただただ、窓の外に広がる木々の新緑が綺麗な中庭を見つめているだけ。だから視線を元に戻す。
――えっと…幹部の打ち上げが無くなって…で、それだけかっ!って…―
どういう意味?
駄目だ!俺には女の子の考えている事が分からない。うーん、って唸りながらまだ考え続ける。























「…鮎川のせいだから」
「え?」
「青軍が負けたら鮎川が足遅いせいだからっ!」
いきなり何を言い出すのかと思えば…。ここはリレー話題を引っ張ってエミリーのご機嫌斜めを解消した方が良さそう?かな。
「だよなー。本当にごめん」
ギシ、って天井を見上げて後ろに腕付きながら言う。チラッとエミリーを見るけど、相変わらず真正面の中庭ばかり見てるその瞳はなんか…ちょっとイライラしてる?はっきり分からない表情だけどとにかくご機嫌斜めな事は確か。
「てかさ、エミリー超足速いよな!男子より速いとかやっぱりエミリーすご、」
「エミリーがコケたから青軍負けるって言いたいんだろっ!」
「え!?ち、違うって!」
「絶対そうだし!だからわざと遠回しにリレーの話題出したんだしっ!」
やっと顔を向けてくれたかと思えば勘違い…てか被害妄想だよエミリー!
目をつり上げてぷんぷんしながらまた頬を膨らませてジィッ、と睨んでくるエミリーに半ば呆れちゃうけど…。よっぽど転んだ事が悔しかったんだろうな。体育祭大好きっぽいし…。そう思ったら何かすごく可哀想で何かすごく守ってあげたくなって、優しく微笑んだ。相変わらずエミリーは眉間に皺を寄せた怖い顔しているけど。
「…何っ」
「エミリーは気にしなくていいんだよ」
「はぁ?何をだし!」
「辛い事があったら全部俺に吐き出していいからあんまり抱え込むなって事」
「…!」
リレーで転んだから自分の軍が負けたらどうしよう不安だよ…って事を、遠回しだけど俺に言っているんだろ?俺の自惚れじゃなきゃ多分、そう…かな。





















チラッてエミリーの事を横目で見たら、エミリーは両手を太股の上でぎゅっ…!と握り締めながら目を泳がせていた。さっきまでの怒った顔は何処。今は別人のように、不安げな表情を浮かべている。大きい目がうるうるしている。どうしたんだろう?不安になる。
「エミ、」
「エミリーがコケたから負けたらどうしよう…」
蚊の鳴くような震える小さい声。昔にも聞いた事のある声色だ。不安な事があって相談してくる時のエミリーのあの声。
「エミリーのせいで最後の体育祭負けたらどうしよう!」
「!」
ちょ、えっ、えっと!待って待って!こっちに顔を向けたかと思えば、大粒の涙をボロボロ流しながらそんな事言われたって!どうすればいいの俺?だってエミリーがこんな姿を見せるなんて幼少の頃以来だから分からないよ!
もしかしたらまた騙されて…いや!ンな事は無いだろ俺!疑うな!疑われたって良いけど、もう絶対エミリーの事だけは疑うな!例え騙されていると確信していても!
えっとそのあの、って俺がしどろもどろしている間にエミリーは両手で顔を覆ってうわああん!って泣き出しちゃうから、あーもう!どうしよう!?
立ち上がってエミリーの前であわあわしながらもエミリーと目線を合わせる為に屈むけど顔は見えない。てか、こんなに近付いて大丈夫かな?またキモいとか近寄るなとか言われないかな?不安だ…!
「だ、大丈夫だよ。な?まだ午後の部あるし挽回できるって…」
「うっ、ひっく、リレーは得点超高いから無理だしっ…ひっく、」
「で、でもそのほら…まだ競技はあるわけで…」
「説得力無いし!うわーん!」






















どうすればイイの俺!?いや確かに説得力無いよな。午後の部あるから大丈夫だってー、って言ってエミリーが
「うんそうだね!」
って納得するわけないし…。だからって俺は神様でも魔法使いでもないから今から青軍に得点をプラスする事なんて…できなくないよ。
閃いた俺は目を見開く。いや、超高得点はあげられないけど、ほんの少しだけプラスできる。それは神様でも魔法使いでもない俺にもできる事。99.9%無理に近いんだけどね…。
俺はエミリーの前に屈んで顔を見上げる。相変わらず両手で覆った顔を見せてはくれないけど。
「高得点とまではいかないし無理に近いんだけどさ。俺、青軍が勝てるように頑張ってみるから」
「…何、をっ?」
しゃっくり混じりの泣き声がちょっと可愛い。
「午後の部最終競技3学年100m走、俺、絶対1位とるから」
やばい、ちょっと決まった?カッコヨク決まったんじゃないか?いや、それは100m走で1位をとってからなんだけど!いや実は青軍の為ってかエミリーの為なんだけど!
なーんて自惚れていたらエミリーがバッ!!と勢い良く顔を上げて俺の顔目の前に人差し指突き付けてきて…って、ちょっ、人を指差しちゃ駄目なんだぞ!?





















「はぁ!?嘘吐くな!鮎川みたいなノロマが1位!?夢でもあり得ないから!」
いや、確かに。ごもっともです…けど!俺も反撃します!
「そ、そんなのやってみなきゃ分からないだろ!夢でもあり得ない事があり得るかもしれないなんて誰にも分からないじゃん!もしかしたら俺以外全員コケるかもしれないじゃん!」
「あーっ!お前エミリーがコケた後でよくそんな事言えるなっ!」
「え!あ、いや、そういう意味じゃないから、な?エミリーがとかじゃ…」
「罰として体育祭終わったら夕食おごれっ!」
決め台詞を吐いてぷい、っと外方を向いて椅子から飛び降りたエミリーが保健室を出て行こうと扉の前に立ち、手をかけたところで気付いた。
――え?夕食おごれって…それって、それって!――
カァッー!と全身が大火事になる。ドキドキがヤバい。心臓が今にも飛び出しそう。
保健室の扉の前で立ったまま背を向けてるエミリーとのこのビミョーな沈黙。どうしよう。心臓の音、エミリーに聞こえてる?いや、そんな事より!どうしよう。夕食何処行きたいの?とか何食べたいの?とか色々聞きたい事あるし、エミリーの友達にバレないように待ち合わせとかしなきゃだろ?待ち合わせ場所何処にする?とか。
あ!その前に、何時頃待ち合わせする?とかとかとかとか!!いっぱい決めなきゃいけない事あるけど、今を逃したらエミリーは相坂達の元にずっと居るだろうから話し掛けられないし、2人きりなのは今だけだし…。
やっぱりここはアレを聞くしかないよな?でも、嫌だとか言われないかな?でも、でも…あー!もういいや!そんな先の事ばかり考えていたら駄目だって!
緊張するけど、小さく息を吸って話し掛けようと口を開いた。
「エミリー!」
「鮎川!」
『お疲れ様でしたー!これで午前の部の競技全て終了です!』
「!」
ビ、ビビったー…!
グラウンドから2年生の放送委員女子のはつらつとしたアナウンスが先にこの沈黙を破ったから思わずビクッとした俺。
…ん?てか、俺が話し掛けようとエミリーの名前を呼んだ時、エミリーも俺の名前を呼ばなかった?気のせい?何か、かぶってたからよく聞き取れなかったんだけど…。






















なんてモタモタしていたら、エミリーは扉を勢い良く開けたから…まずい!俺は慌ててエミリーの右肩を掴んで振り向かせる。
「あ!待てよ!」
「〜〜!何っ!つーか触んな変態!」
パシッ!音をたてて思い切り手を振り払われたのは仕方ない。慌て過ぎた俺が悪い!
相変わらずツンツンして口を尖らせたエミリーは外方向いているけど、まあそれはいつもの事だし。…って事で幹部衣装のズボンのポケットの中から俺のケータイを取り出す。とエミリーがチラッ、とそれに目を向けた…かな?
「あ、あのさ!夕飯何処行くか決めなきゃだけどあいつらが居る前で俺と喋りたくないだろうからメール!メールで決めよ!な?」
ケータイ持ちながら早口で話すのはさっきの放送でも分かる通り、午前の部の競技が終わった。イコール相坂や鈴やエミリーの友達たちが心配して保健室へやって来るだろうからその前に急げ!ってやつ!
けどエミリーは俺のケータイを口を尖らせたまま見ているだけだから、俺の気が焦る一方。
「あ、駄目?アドレス教えてくれ…ない、よな!はは、ごめんちょっと調子乗り過ぎた!ごめんな?」
エミリーが終始不機嫌そうに黙ったままだから、頭を掻きながらヘラヘラ笑うけど俺、本当は超落ち込んでいますから…!!もしかしたらさっきの
「夕食おごれっ!」
も自惚れ過ぎた俺の幻聴だったんじゃ!?なんて内心超パニック状態。






















そうこうしている内に、校内へ戻ってきた生徒達の賑やかな声が玄関の方から聞こえ出すから俺は勿論、エミリーもビクッとしてしまう。
「あ、ごめん!その、色々と!じ、じゃあ午後の部も頑張ろうな!あと脚お大事に!」
早口で言いながら、誰か来る前に!って保健室を出ようとしたまさにその時。エミリーが背伸びをして俺のケータイをひょいっと取るから目をギョッとさせる俺。
一方のエミリーは、自分のピンクのケータイを取り出すと俺のケータイとエミリーのケータイの赤外線を向けてる。
「え、あ、エミリー!?」
「……」
玄関の方から迫ってくる生徒達の声。通信中の赤外線通信。
どちらが早いか!って感じで、玄関の方とエミリーの方交互にあわあわしながら見ていたら、通信が終わったのかエミリーは、ぐっ、て俺のケータイを押し付けるとくるりと背を向けてすぐ保健室から駆けて行った。パタパタと足音たてて。
























エミリーが駆けて行った方を呆然と見ていたら、ケータイから着うたが大音量で流れ出したから、ハッ!と我に返らざるを得なくて、慌ててケータイの画面に目を向けたら受信メールが1通。送信者名は…
「エミリー…!」
ヤバい!やっぱりさっきエミリーがやっていた赤外線通信って、エミリーが俺のケータイに自分のアドレスを送ってくれていたって事!?しかも早速メールとかとか…!ヤバい!マジで嬉しい!
自分でもキモいくらい有頂天の俺がすぐさまメールを開けば…

【Date 05/11 12:13
From nyan-nyan-@xx.xx
Subject(=・ω・=)
ぇみり〜でUゅ(^з^)-☆
今日打ち上げ中止tニ"〜〜(T^T)
どっかでおごって!みωナよレニ会ゎナよレヽ遠レヽトコがレヽーのヽ(*`Д´)ノ】

「…ヤバい、ヤバいくらい可愛い…!」
そして俺、ヤバいくらいキモい!
けどけど!頬をつねったりひっぱたいてみるけど超痛いから、これが夢じゃないって確信した俺が自分でも分かる程顔を真っ赤にしながら天高らかに1人でガッツポーズしていたところを保健室の先生に見られたのは、ダサい俺らしいお決まりの展開ですね…!
「てかてか!アドレスが"にゃんにゃん"って超可愛いから!」





























































(side.Emily)

【Date 05/11 12:15
From alive_0331-@xx.xx
Subject 鮎川です!
アドレスありがと!打ち上げ残念だったな↓↓
俺で良いならよろしく(^^;エミリー行きたい所あったら言ってな(^O^)脚無理すんなよ!】

「…残念とか言いつつ鮎川の奴、絶対ラッキー!て思ってるし!調子乗んなばーかっ…」
「…?何か言った?エミリーちゃん?」
「べーつにぃ?」
エミリーの前を歩くハルがこっち振り向いて聞いてくるけど、軽くあしらうの。あれから保健室を出ていったら、玄関に集まっていた冴とハル、健、大輝、そして仲直りでもしたの?アン姉のいつものメンバーを見つけたからエミリーが駆けて行けば冴が抱きついてくるからウザかったけど、皆エミリーの事を心配してくれてたみたいだからちょっと嬉し…って、エミリーは心配されて当たり前だしっ!!




























それから3―Bの教室でお弁当。
その時、パンをモグモグさせた冴がエミリーに話し掛けてきた。エミリーはお弁当も余所に、相変わらずケータイをいじっているけどね。
「エミリー、結局今日の打ち上げ駅前のディシーズになったんだけどOK?あそこならエミリーの好きなスイーツもあるし良いんじゃね?ってさっき皆で話してたんだけど、」
「あーっエミリー無理ー」
「は!?何ソレ!無理って、お前行かないって事!?」
冴汚いしー!驚いたからパンが口から落ちてるよー?
冴や健達からのキョトンとした眼差しを向けられてもエミリーね、相変わらずケータイに夢中なんだもん。
「エミリーちゃんが一番打ち上げ楽しみにしてたのに。僕残念だなぁ」
「だよねぇ!エミリー居ないとつまんないんだけど!そんな大事な用事入ったん?」
皆の視線がエミリーに注がれるのが分かる。


ピッ、

最後のメールを送り終えてケータイを閉じたエミリーは、B組の教室窓際後ろから2番目の席で1人で購買のお弁当を食べてるアイツを見ながら冴達に返事する。
「大事なんかじゃないしー?」
その後すぐ、窓際後ろから2番目の席で1人で購買のお弁当を食べてる鮎川のケータイが、鳴った。

【Date 05/11 12:31
From エミリー
Subject ぁ〜い(*'-')♪
U"ゃぁみωナよがぁωま行かナよさそ〜ぅナよ西ビルのバィキングレニするぞッッo(`^´*)放課後ゎ〜せーとかレヽUつで待ち合ゎせレニゃぁ♪(=・ω・=)
100m走ぜっ〜たレヽ1位とれよッ(*゚▽゚*)
























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あきゅろす。
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