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First Kiss【完結】
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(side.Kanata)

「明日体育祭だねー」
「うちらぜってー優勝するし!」
「てかアレ…」
「マジだ。昨日のじゃね?」
既に4時間目の授業が始まろうとしている10分休憩中。賑やかな校舎へ入れば、玄関で体育祭の話題をしていた同学年のギャル達からの冷ややかな視線とヒソヒソ話を受けつつも、気付いていないフリをして覚束ない足取りで自教室へと向かう。
…嗚呼やっぱり。皆一昨日の事を知っているんだ。でもどこから情報が流れた?…まあいいや。そんな事どうでもいい程の状態の俺は、窓際後ろから2番目の席に着く。
周囲は、俺の頭に巻かれた包帯や頬や口元の傷テープ、紫色に腫れた瞼を見てヒソヒソ話をし出す。俺が教室へ入って行く直前まで明日の体育祭の話を馬鹿みたいに浮かれ話していたクセに。
…まあいいや。そんな冷ややかな視線とか陰口なんて慣れっこだし、やっぱり気力が無いから、鞄を机の脇に掛けてから机の中に教科書達を突っ込む。
「…おはよ」
「…ああ、おはよう」
本当はこんな素っ気ない挨拶したら相手に嫌がられる事も嫌われる事も分かっている。けど、今の俺には…。
俺に朝の挨拶をしてくれたのは前の席の鈴。
身体を俺の方に向けて顔色伺うようにするその姿にひどく罪悪感を抱いてしまうけど…仕方ないんだ。罪悪感ってのはその…今朝、鈴とは登校しなかった。一応断りのメールは送ったんだけどさ。鈴が心配そうな目をして、俺の顔を覗き込んでくる。
「初めてだね。鮎川が遅刻だなんて」
「うん…」
「4時間目から6時間目まで明日の体育祭の予行練習だって」
「うん…」
「5時間目に応援練習があるんだけど踊り覚えた?」
「うん…」
「…鮎川。あたしの話聞いてない?」
「うん…」
「……」
嗚呼。鈴が俺に何か話し掛けてるっぽい。けど、ぶっちゃけ何を言っているのか全く頭に入ってこない。何て言うんだろ。鈴が話す内容は左耳から入って右耳へ抜けていってしまう。すっごく申し訳ないんだけど、今俺はそれどころじゃないんだ。何故なら…






















「鮎川。目の下に隈があるよ。ちゃんと睡眠とって、」


ヴヴヴ、

あ、まただ。帰らなきゃ。ブレザーの右ポケットに入れた俺の青のケータイが震える音に鈴はビクッとしていたけど。
一方の俺はスッ…、と音も無く立ち上がる。ケータイを開かなくても誰が俺の事を呼んでいるか分かる。いや、正しくは、その人は俺の事なんかお呼びでないんだけど…。
今入れたばかりの教科書達を鞄の中へしまうと、そのまま教室後ろの出入口から歩いて出て行こうとする。まるで魂の抜けた人間のように。まるで操り人形のように。そんな時だった。
「鮎川!もう帰っちゃうの?」
俺の右肩をがっちり掴んで呼び止めた鈴の声がでかくて、教室中の生徒達の視線が一瞬にして俺達に集まる。普段の俺ならそんな羞恥に堪え切れなくなるハズなんだけど、今の俺はそれさえもどうだっていい。そのくらい今の俺を縛るモノがあるから。
引き止めてきた鈴と向き合う俺の顔がやつれていたんだろうな。鈴は水色の目をギョッとさせて驚いたけど、すぐに真剣な眼差しを向けてくる。
「ねぇ。何かあった?大した事無いって言ってたけど怪我した時脳に何か影響あったんじゃない?ねぇ鮎川今日、変だよ。鮎か、」
嗚呼ごめん。本当ごめん。でももう行かなきゃ。あんな状態のアイツを独りになんてできないよ。
鈴が俺を呼ぶ声を背に受けながらもそのまま教室を後にした。俺のせいで鈴は相坂達からハブられたのにな。なのに、それでも俺の脚は自分の家へと向かっていた。ただひたすら。








































辿り着いた俺の家の木製の扉を開いて右にある階段をゆっくり、ゆっくり一段一段踏み締めて登っいく。
おじさんとおばさんは今月は海外に赴任しているから、独りのハズの家に昨日から思わぬ来客が来ているんだ。本当は両手をあげて喜びたい来客なのに、今はそれどころじゃない。
唾を飲み込んで意を決してから俺の部屋のドアノブをゆっくり、まわした。


キィッ…、

軋む音がしてすぐ開かれた扉の向こうからテレビゲームの騒がしい音がする。
「エミリー…」
俺が呼べば、俺の部屋で胡座をかいてテレビゲームをしていたエミリーは、すぐゲーム機の電源を落とす。来客の正体それはエミリー。さっきケータイで俺を呼んだ正体もエミリー。
昨日智さんから衝撃の事実を聞かされて以降、気が狂ったエミリーが俺に頼んだお願いそれは…

『鮎川が智になって?』

最初はそれがどういう意味か全く分からなかった。けど、今となったら"何でもしてやる"なんて言ってしまった自分を酷く後悔しているんだ。























今朝退院してから、エミリーは当たり前だけど智さんと聡美さんと3人で住んでいた自分の家にはもう一生帰らないと言い、自室の私物を両手いっぱいに持って俺にも持たせてそれから…何故かは分からないけど、俺の家にやって来た。あんなに俺を嫌悪していたんだから、てっきり城田とか他の男の所へ行くものだと思っていたんだけど…
――それはそれで超嫌なわけだけど!――
とにかく。エミリーの私物が散らかる俺の部屋。俺が1歩部屋へ足を踏み入れた時、バッと勢い良く立ち上がったエミリーが自分のピンクのエナメル鞄の中から取り出して俺の目の前に差し出した物は、ピンク色の箱に入った市販の染め粉。
左が濃い茶色で右は金髪に近い明るい茶色。前エミリーが染めていた髪色と似ている感じかな。
てか、染め粉が何?俺が目を丸める一方コイツは気味が悪い程微笑むんだ。その笑顔は、あのブラックデートの日見せてくれたとびきりの笑顔だよね…。
「エミ、」
「染めて」
顔は笑っているのに冷たく言い放たれた言葉。
え、でも2箱も?てかどっちも違う色だろ?駄目だ。昨晩からエミリーの考えている事が全く分からない…。だからってここで俺が不安そうな顔をしたらコイツをもっと情緒不安定にさせるだけだから、微笑むんだ。苦笑いになってるかもしれないけど…。
「あ、ああ。そういう事な。で、どっちの色にするの?」
「は?お前も染めてよ」
「え、何で…」
ちょ…意味分からないって。目が点になる。
不安にさせないようにってさっき思ったばっかりだけど駄目だ。何かなんか…エミリーの満面の笑みからは嫌な予感しかしない。
すると、エミリーは濃い茶色の染め粉が入った箱を愛しそうに頬で撫でた。
「濃い茶色は…智と同じ髪の色…」
「…!」
まさかまさかまさか。そういう意味だったのか?昨晩言ったのはそういう意味だったのかよ?
全身の血の気が引く。けど、一方のエミリーはギロリと赤のその瞳で俺を睨み付け。なのに真っ赤に塗られた唇だけは笑っていた。
「彼方君は頭イイからエミリーが言いたいコト分かるよねぇ?」
コイツが昔の呼び方をする時は、絶対良くない事が起こる前兆。
けど、これは昨晩俺がつい言ってしまった言葉を信じたエミリーが言っているだけの事。嫌だとか言っちゃ駄目だ。だって…俺が何でもしてやる、なんて安易に言ってしまったのがいけないんだからさ…。エミリーに悪気なんて無い。無い…これっぽっちも…。
俺はやっぱりヘラヘラ笑いながら染め粉を受け取っちゃうんだ。
「あ…あはは…勿論分かってるよ。じ、じゃあ俺の前にエミリーの染めてあげようか」
「エミリー後で良い。いいから早くあんたからやって。早く智になってよ」
力強い語尾から感じ取った。
――こんなに近くに居るのに。エミリーの瞳に俺の姿はこれっぽっちも映っていない…――




























「キャハハ!やっぱりエミリーこの色の方が似合うし!」
ツン、と鼻を指す染め粉の臭いが充満する室内。ピンクのラインストーンでデコった手鏡で右から左から、自分の顔を眺めては見惚れるエミリー。金髪に近い明るい茶髪になったエミリーがバッ、と俺の方を向いた。
すぐとびきりの笑顔を浮かべるエミリーのその赤の瞳に映っているのは、確かに俺なのに俺じゃない。生きている心地すらしないのに俺はまた、何も苦にしていないかのようにヘラヘラ笑ってしまうんだ。最悪。
エミリーは両手を口の前で組んで目をキラキラ輝かせて、俺の顔を覗き込んでくる。真っ黒な髪から濃い茶色の髪へと変わった俺の顔を…。
「智、智!ねぇ智だよね?其処に居るのは、エミリーの大好きな智だよね?」
苦笑いしか浮かべられないよ。言葉が声になるわけないじゃんか。
なのに、そんな俺の気なんて知らないエミリーはギロリと睨む。その時だけ赤のその瞳に映っているのが確かに俺だと分かってしまうのが嫌で嫌で嫌だ。
「違う。今のところ、智なら笑顔でエミリーの頭を撫でてくれるの」
まるで演劇の芝居をやっていて、監督エミリーの感に障る演技をした役者鮎川の様。



















どうして俺は智さんじゃなかったんだろうって思ってしまう。俺もあの人みたいに…いや、学園の男子達みたいにかっこ良くて明るかったら少しでもエミリーの瞳に映る事ができたのかな。
「あとね、智は眼鏡してないから眼鏡外して。あと次。智はワイシャツをきっちりズボンの中になんて入れないし腰パンしてるから。智は黒の鞄だし、前髪は切り揃えているしケータイは黒で、趣味は読書なんかじゃなくてスポーツ観戦だし、部屋はこんなに片付いていなくてもっと散らかっているし。あ、あとベッドはシングルじゃなくてダブルだし、唯一違うところは智はもっともっとかっこ良いから!今すぐ智になってよ!!」
まくし立てながらだんだんと怒鳴り声になっていくエミリーは、最後にドン!と部屋の白い壁を右拳で力強く叩いた。
…分かった。今エミリーが言った事をすれば智さんになれるんだよな。エミリーが、元の明るくて元気な女の子に戻ってくれるんだよな。
でもそれを全て実行したところで俺は智さんにはなれないし、それに何より…
――大好きなエミリーの手で俺を抹消させられるくらいなら死んだ方がマシだ――
「どうしたの。早くなってよ。エミリーのお願い通り、智になってよ。ねぇ、早く」
噛み締めた唇から一滴の血が顎を伝ったのが限界の合図。


バン!

「ちょっと!約束したじゃん!お前から言ったんじゃん!エミリーの為なら何でもしてやるって!」
勢い良くドアを開いてエミリーの怒鳴り声を背に受けながらも階段を駆け降りて家を飛び出した。何処へ行くのか?そんなの俺も分からない。誰も分からない。ただ、14年間も愛した人を嫌いになりそうで恐ろしくなった事だけは、はっきりと分かる。
















































(side.Emily)

意味分かんないよね。お前から言った事じゃん。エミリーの為なら何でもしてやる、って。エミリーはそれに従ったまでなのに、何で逃げ出すの?馬っ鹿じゃないの!
智のじゃない鮎川のベッドに仰向けになって、ピンクのケータイをいじる。冴とか応援団幹部の仲良い女子から何10件もメールが着てたり着信がある。ハルからもあったけど、こんなの削除してやった。…一番欲しい人からの連絡は無い。
みんなに返信したって根掘り葉掘り聞かれそうだから、具合悪かったって事にして明日登校しよーっと。明日は体育祭だしね。あ、アイツ全然踊れないのに、あっという間に明日が体育祭本番とかマジウケるんだけどー!
しばらくこの家に居る事にするから持ってきた全ての私物。本当はヤダよこんなキモくて地味な男の家なんて。でも、他の男の家とかホテル転々するより都合良いじゃん?鮎川はエミリーの事が好きだから3食与えてくれるだろうし、お風呂も寝場所もオッケー。お金使わなくて良いしね。
「さーてとっ。お部屋改造しちゃおーっと」
私物が入った紙袋を逆さまにすれば、雪崩みたいに床へ落ちてきたぬいぐるみとか化粧品とか服達。
家を無くしたエミリーは鮎川の部屋を自分の部屋に改造しようと、まずはこのキモいくらい難しそうな本が並ぶ本棚から本達を掻き出すの。だって化粧品とぬいぐるみ置くスペースに調度良いかなーって!キャハハ!
ドサドサ雪崩落ちてくる本達の中で、1冊の紺色の本が開かれた状態で足元に落ちてきたから自然とそれに視線がいく。驚いた。すぐさま拾い上げるの。
「これ…!」
その本に挟まっていたのは、この前のブラックデートで撮ったプリクラ。そしてもう1枚のくしゃくしゃになって色褪せた古臭い画用紙には、子供がクレヨンで描いたらくがき。
それには、青の服を着て剣と盾を持った男の子の絵。いかにも幼稚園児が描いたって感じの、目と鼻と口の位置が揃っていなくて腕が体の脇から飛び出しているって感じの…そんな何の変哲もない1枚の画用紙を持つ両手がぷるぷる震え出すの。
こんなくだらない見覚えある絵、興味無いし!ってぐしゃぐしゃに丸めて、部屋の隅にあるゴミ箱目がけてぽーいするの。やったー!入ったー!さーてとっ。お部屋改造再開再開!





































ボーン、ボーン

「……」
午後7時を知らせるリビングの振り子時計の音が静かな家中に不気味に響き渡る。
鮎川のベッドに寝そべって、大好きなくまさんのぬいぐるみぎゅーってしながらテレビのバラエティー番組見ているんだけど…何か妙に静かでちょっと怖い…かも。
『続きまして本日のゲスト!姫系スタイルで今話題沸騰中の歌手ディアナちゃんです!』
「やーっ!ディアナじゃん!ラッキー!この番組見てて良かっ、」


ヴヴヴ、

「ひゃあ!」
ちょっ、何なのもーっ!せっかくエミリーが大ファンの歌手ディアナが出てきたって時にタイミング悪い!ケータイのバイヴが鳴って超焦ったし!枕元に放り投げておいたピンクのケータイを手に取るけど…
「あれ?着信無いし?」
何で何で?エミリーのケータイ開いても電話もメールも着信無し。でもまだあのウザいバイヴ音が聞こえる。…もしや。
そろり…、と恐る恐る音がする方を向けば、やっぱり。部屋の中央にあるテーブルの真ん中でまだウザい音たてて振動してるのは、アイツが置き忘れていった青のケータイ。
「つーかアイツに電話する友達なんていんの?」
アン姉とか?マジキモーい!でもエミリーイイ事閃いちゃったもんねー!ニヤリ、って真っ赤な唇で笑うの。
「アン姉以外の奴だったら勝手に出ちゃおーっと!」
キャハハ!他人のケータイ勝手に出るのってやってみたかったんだよねぇ?ルンルンでケータイを手に取ってー、とりま電話かけてきた奴の名前チェック。…むむ?
「店…長?」
『店長』画面にはただそれだけ表示されてんの。店長って…バイト先の?
そんなおっさんが相手なら出る意味無いしー。だってお堅そうじゃん?もっとさー中学時代の友達とかからだったら面白かったのになぁ!って思いながらも…え、ちょっと待って!同じ機種だからいつものクセでボタン押しちゃったから電話に出ちゃったんだけどー!
「や、やばっ!切らなきゃ、」
「鮎川君!?どうしたんだい!?」
「〜〜っ!」
やーっ!超キンキンする!店長らしきおっさんの声が大きいし少し怒ってるって感じ?煩過ぎて右目瞑っちゃうし!早く切らなきゃ!
「何かあったのかい!?君がバイトの時間になっても来ないなんて!」
「えっ…」
…何?アイツ、今バイト行ってないの…?






















あれから…お昼過ぎだったっけ?お昼過ぎに家を飛び出した意味分かんない鮎川が帰ってこないまま時間は午後7時をまわっているの。
――バイトに行ってない?じゃあ何処行ってんのあの馬鹿…――
その時ふと、今日のアイツが飛び出して行く直前のやつれた顔が脳内に過ったの。瞬間、意味分かんないくらい全身に寒気がした。
「鮎川君?どうしたんだい鮎川、」


プツ、

エミリーから一方的に電話を切ってまた、ベッドに寝そべってテレビを見る。
ヴヴヴ、ヴヴヴ、ってまたずーっとさっきの店長から電話がかかってきてるっぽい。いい加減ウザい。電源を切ってやった。
『ディアナちゃんには幼少時代から親しかった幼なじみがいると聞きますが?』
『はい!そうですね。男の子なんですけどよく意地悪されていた私を庇ってくれたすごく良い子なんです』
「ディアナいじめるとか馬っ鹿じゃないのっ!」
『へぇ?で、最近路チューが目撃された噂の彼氏はその子の事でしょうか?』
『え!いや、その…あっ…そう、かもですっ…』
『きゃーっ!』
「……」
『すごいですね!幼少時代からの幼なじみとお付き合いだなんて本当に珍しいですね!』
『はいっ…もしも彼が私の前から姿を消してしまったら私はもう歌う事ができません。それくらい私にとって彼は大切な幼なじみであって大切な私だけのヒーローなんです』
「…!」


ブツッ!

テレビの電源を消した。


















ドクン、ドクン…

何…何?ディアナが出てるテレビ消すとかあり得ないし…。でも無意識のうちに手が勝手に電源を切っていたの。
今度こそ時計の秒針が刻む音だけになった静かな家に響くのは、不規則に大きい音をたてる心臓の鼓動。咄嗟に、紙袋に入った私物の中から漁りだすの。昔つけていた日記帳を逆さまにしたら、落ちてきた1枚の画用紙。
色褪せていて古臭い四つ折りのそれをゆっくり開けば…さっき鮎川の部屋から出てきたやつと似たような絵が出てきた。クレヨンで描いた決して上手いとは言えないその絵には、ピンクのリボンを2つ髪につけたピンクの服を着た女の子が描かれている。

『もしも彼が私の前から姿を消してしまったら私はもう歌う事ができません。それくらい私にとって彼は大切な幼なじみであって大切な私だけのヒーローなんです』

「…!」
脳内で呪いみたいに繰り返される、さっきディアナが言っていた言葉。エミリーは頭をぶんぶん振ってうずくまって両手で耳を塞ぐの。その声を今すぐ掻き消したいから。
「違う違う!違うの!エミリーはっ…!」


ピーポー、ピーポー、

「…!サイレン…?」
遠くの方からだけど、鳴り響きだした救急車やパトカーのサイレンがだんだん近付いてくる。まだ遠いけど。その時、鮎川の部屋で見付けた絵とエミリーの日記帳に挟まっていた絵が重なった。







































(side.Kanata)

俺は今何処を歩いていて今何処へ向かっているんだろう。今此処に居るのは俺なの?
普段なら来もしない夜の繁華街。黄色やピンクの煌びやかなネオンが光る背の高いビルが立ち並ぶ街中の交差点の信号が青になったから渡る。
夜だってのに、夏休みじゃないのに、街中には制服を着た高校生ばかり。他は大人なのか中退なのか、年齢がいまいち分からないギャルやギャル男達がそこら中の店の前で馬鹿みたいにでかい声出してたむろってる。
そんな誘惑だらけの街中に馴染むはずが無い普段の俺。けど、今は周囲から変な目で見られる事もなく街に馴染んでいる。




















ふと、立ち止まってファーストフード店のショーウインドウに映る俺を見る。空虚な緑の瞳で。
初めて染めた濃い茶色の髪。切り揃えられた前髪。初めて剃った妙に細い眉毛。眼鏡は、外した。右耳と左耳に空けた穴に光る銀色のピアス。上から2つ空いたボタンのワイシャツ。
鎖骨辺りに光る銀色のネックレス。上には黒のジャケット。下は腰パンした黒のズボン。裾を引き摺るくらい長い。力無い右手に持ったブティックショップの紙袋の中に、乱雑に丸められた制服と学生鞄。今すぐにでもその紙袋を捨ててしまえるくらい乱雑に。
――これを捨てたら今までのダサい俺は捨てられるんだ…――
ショーウインドウに映る俺らしくない…けど、確かに俺は、城田や永山、喜多田達みたいないかにもギャル男で結構様になっている…かも。服装とか髪型を少し変えただけで人間結構変わるんだな…。
でもやっぱり、ショーウインドウに映る俺は誰かに似ていた…いや、似ていないと意味が無いんだ。だって、髪型もピアスの位置も服装もわざと似せたんだから。
「エミリーが一番大切な人…智さんに…」
























俺という人間を消されたくなくて家を飛び出してきたのに。エミリーの事が嫌いになってしまいそうだから、家を飛び出してきたのに。矛盾した俺は、結局自らの手で、エミリーが望む智さんになろうとしている。
――だって、それでほんの少しでもエミリーに見てもらえるのなら…――
結局のところ、エミリーの為とか言いつつ、自分の為なんだ。自己中もいいところだよな…。
今日は帰りたくないな。てか明日は体育祭じゃん。こんな今更な高校デビューを俺みたいな地味な奴がして行ったら、逆に笑い者だよな。外見はいかにもチャラくなれたけど内面は早々簡単には変えられないから。
今は何時だろう…?ケータイを取り出そうとジャケットのポケットに手を突っ込むけど…あ、そうだった。確か家に置き忘れたんだった…。
「バイトも無断欠勤して…こんなに別人になって…明日から俺、どうやって生きよう…」
全部自分のせいなんだけど。そんな時だった。
「ねぇねぇ君、1人ぃ?」
「え…」
甘い声に呼ばれて後ろを振り向けば、其処には今のエミリーみたいに金髪に近い明るい茶髪を盛って巻いた露出の激しいキャミソールを着たギャルが1人立っていた。
目の周りはアイライン…だっけ?超真っ黒。本当の目はどれ?ってくらい。そんなギャルが話し掛けてきて改めて思ったんだ。本当に俺は今までの俺じゃなくなったんだな外見だけは…って。だって、今までの地味でがり勉な俺にこんなギャルが近寄る事はおろか、嫌悪されるだけだったのに。
「こんな夜になーんか淋しそうじゃん?」
「いや、別に…」
「何なに?何か超落ち込んでね?失恋したっしょー?」
「…!」
「きゃはは!やっば図星?」
やめてほしい。淋しいとか落ち込んでるんじゃなくて、元からこういう暗くておとなしい性格なだけなのに。ギャルは俺の右手首をぐっ、と掴んで背伸びして顔近付けてきたから咄嗟に反らせば、クスクス笑われる。
「あたしもさぁさっき彼氏と別れたんだよねぇ」
「……」
「寂しいから一晩だけ。ね?」
普段の俺ならそんな危険な世界へ足を踏み入れようとも思わないし誘われもしないのに。どうせ後戻りはできないしどうせ一番好きな人とは一生結ばれないなら…一晩くらい道を踏み外したって良いよな?
…だからってやっぱりエミリーの事は諦められないけれど。でも、こうでもしないと忘れられないから。エミリーの事…。
俺はギャルが掴んできた左手を握り返す。
「…いいよ」































「その彼女とはどのくらい付き合ってたのー?」
「…付き合ってない」
「マジ!?じゃあ片思いで失恋!?超ショックじゃん!じゃあえっちも御無沙汰って感じぃ?」
「…まあ」
ギャルに左腕を組まれて、紫やピンクのネオンが光る大人の道を歩く。
「じゃあ今日はあたしが満足させてあげるからぁ」
本当は嘘。俺は女の子と付き合った事も無い。だから、そういう事をした事も無いのに見栄を張るんだ。自分を繕うって、身体がガチガチに強ばるくらい超キツイ。
そのままピンクの看板が目立つラブホの前まで歩いてきた。初めては好きな女の子とが良い…なんて女の子みたいな願望はあったんだけど、それは一生無理だから…。だから、今会ったばかりの名前も知らない女を抱こうと思ったのは、エミリーを忘れたいから。諦めたいから。
――昨日あんなに堂々と本人に宣言したってのに…。だってエミリーがあれ程智さんの事を愛していたなんて知らなかったから――
いつまでも諦めない事は一見かっこ良いように見えるけど、その実態は過去に縋る事しかできない、かっこ悪い姿なんだ。




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