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First Kiss【完結】
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「…ごめん」
「うんうん。あたしこそしつこいよね。ごめん。…体育祭頑張ろうね。でもあんまり無理しちゃ駄目だから」
「あ…そっか体育祭…。はは、ただでさえ振り付け覚えてないってのに、明後日体育祭とかマジヤバいな」
「大丈夫。あたしが教えてあげる」
はいはいはーい!あんたら付き合っちゃえば?てか付き合え!ってくらいチョコみたいな甘い会話が聞こえてくるから、エミリーは両手で両耳塞ぐの。それでも聞こえてくるからあんまり意味無いけど。だって、他人の幸せなんて喜べない。ましてやエミリーを襲ったような奴の幸せなんて…。
会話も終わったっぽいしやーっとこの狭い空間から解放される!
「じゃあね」
「うん。わざわざありがとう」
「…日曜楽しみにしてるね」
「あ…うん」
日曜?楽しみにしてる?それに対する鮎川の照れ臭そうな返事?
あ、そっかー!デートね!はいはーい!がり勉2人で仲良くデートしてきてくださーい!なんならそのまま付き合ってくださーい!って感じだしねー。いいから早くアン姉帰っ、


ちゅっ、

会話の後すぐに聞こえた音に一瞬、エミリーの思考が止まった。甘いキスの、音…。
「〜〜!?」
「…あたし本気だから。エミリーが可愛いのも鮎川がエミリーしか見えていないのも泣きたいくらい分かってる。けど、悪いけど…エミリーは鮎川には絶対振り向いてくれないよ…」
バタバタ、って逃げるように駆けて行くアン姉の足音。






















もーう!ベッドの下とか超狭ーい!腰とか痛くなっちゃったし!
アン姉の足音が遠ざかっていったのを確信してからふうっ!て息吐いて、ベッドの下からはいはいしながら顔を出した時。
「…そんなの誰かに言われなくたって自分が一番分かってる…」
…ブラックデートの日初めて見たあの怒った顔の鮎川が居て、少しびっくりした。だってあんな一言言われたくらいでそこまで怒る?普通?
シーツに皺がつく程握られた両手が小刻みに震えている鮎川は、エミリーがもうベッドの下から出てきた事に…あ、やっと今気付いた。
ハッと我に返ってエミリーの方に顔向けたから、エミリーはぷい、って外方向く。
「あ…エミリーごめんな、長々と…」
「べーつにー!」
くる、って背を向けて、鞄抱えてヒール鳴らしてさあて!何処お出掛けしよっかなー!なんてワクワクしながら病室の扉のノブに手をかけた時。
ポン、って右肩を叩かれて振り向いたらいつの間に!?すぐ真後ろに鮎川が立っててびっくりしたし!つーかキモいから近寄んなっ!またぷい、って外方向くもん!
「何?キモいんですけど」
「あのさエミリー。先に謝っておく。ごめん」
「はあ?」
深々頭下げちゃって何?そういう意味不明な行動も相変わらずキモいし!
頭下げたままの鮎川を見てハッ!としたエミリーは、両手で自分の身体を守るように隠す!
「何!?お金貰ったって鮎川なんかとえっちしないからね!」
「違う!そんなんじゃない!」
バッ!ってすぐ上げた顔付きはすごく真面目で…でもどこか寂しそうだったのは何で?意味分かんない。



















エミリーがキョトンとしてたら、鮎川は目を泳がせながらも何かを決意したのかエミリーを見てきた。こいつの緑の丸い瞳にエミリーだけが映っているのが見える。
「さっきエミリーは諦めて、って言ったけど俺もう無理なんだよ」
「は?何が?」
「エミリーを一生守ってくれる夫ができた事とか今までの俺ならヘラヘラ笑いながら良かったな、って言っただろうけど、本当は全然喜べないし、学校でも城田とか他の男子と話してるエミリーを見て何事もない顔をしてたけど本当は超ムカついてた。でも俺があいつらみたいにかっこ良くて明るい男子になる事なんてできないし…でももう無理なんだ」
「はあ?意味分かんない。何が無理なの?」
「エミリーの事諦めるなんて無理な男になっちゃったんだよ!」


しん…

静まり返った室内には、大声張り上げた鮎川が呼吸を乱す音だけ。でもそこにすぐ別の音が加わる。エミリーの笑い声がね。
「くす…はは…キャハハ!」
「…っはあ、…何だよ…」
「キモいキモいマジキモいんですけど!お前漫画かドラマの見過ぎなんじゃない?そんな事言われたエミリーが少しでもドキッとするとでも思った策略?今時そんな純粋な人間いませんよ鮎川くーん?」
ヒラヒラーって手を振りながらあっかんべーして病室の扉をバタン!ってわざと力強く閉めて出て行ったの。
髪を指に絡めて廊下をヒールをカンカン鳴らしながらイライラして歩くエミリー。看護師さん達から見られたって気にしない!
「ああいう奴が一番ムカつく。今時そんな純朴な恋愛なんてできるわけないじゃん…!」








































午後9時57分――――

「っはあ、はあ!やっば!」
あれから竜二先輩とか男子の先輩達と遊んでたら智から
『今何処にいる?病院で待ってるから』
ってメールがきてたし!しかも午後8時30分くらいに!超気付かなかった!ヒールで走るのって超疲れるーっ!髪ボサボサになりながらも、病院に飛び込んで階段を駆け上がる。鮎川の病室がある4階。
駆けていけば、4階一番奥にある鮎川の病室の扉から廊下に漏れていた部屋の黄色い明かり。
やっとだね、やっと智と会えるんだね。ちょっと出掛けちゃったけど、智に言われた通りエミリーちゃんと鮎川の傍に居てあげたよ?だから、ご褒美くれるよね?


ガラッ、

「智!会いたかっ、」
「おお!遅かったなエミリー!何処出歩いてたんだよ!」
「エミリーちゃん久しぶりね」
「…た…、」
え…何で…。
智に会えるから楽しみだから張り切って勢い良く扉を開いたのに…。
扉の向こうで待っていた光景は、最低最悪なものだった。ベッドで上半身起こしている鮎川。その隣でパイプ椅子に座っている聡美の肩を支えてやっている智の初めて見るとびきり幸せそうな笑顔…。身体中が震え出す。聞きたい事はたくさんあるのに言葉が声になってくれない。
…見ないでよ。あんたのそのおっとりしたお嬢様みたいな笑顔一番嫌い。大嫌い。何で聡美も居るの…何で何で…。
「いやあ鮎川君だっけ?無事でよかったよ本当」
「あ…ありがとうございました…本当に…。あの、治療費と入院費は退院したら届けに行きます…から」
「いいっていいって!子供なんだからそういう気遣いしちゃ駄目だろ?」


ドン!

いい加減にしろ!
エミリーが壁を左拳で力強く叩けば鮎川と聡美レイチェルはビクッてしたけど、智は相変わらず能天気な笑顔浮かべているだけ。
「エミリー!今日はお前に話したい事があってさ!」
くいくい、って手招きされてムカつくのに、足が勝手に智の隣まで歩いて行っちゃうから最悪。神様勝手にエミリーの足を動かさないでよ!
不機嫌なエミリーは苛立った目付きで鮎川をチラ、っと見ればハッ!としてすぐ目を反らすし。意味分かんない何?何で反らすの?
「どうしたエミリーご機嫌斜めか?」
「…別に」
エミリーがご機嫌斜めな事を知ってるのに、どうしてそんなにニコニコしていられるの?どうして…



















智は其処で、能天気な顔をして座っている聡美の細い肩を抱き寄せて微笑んだ。エミリーには見せた事の無かったとびきり幸せそうな笑顔。
「何、」
「エミリーお前、お姉さんになるからな!」
「…!」
やだやだやだ。何それ笑わせないでよ。笑わせないでよ……知ってたよ?
智が聡美の事だけを女として見ていた事。でもさ…でもさ、エミリーも居るんだよ?それなのに…
「聡美な、赤ちゃんできたんだ!」


ドサッ、

「エミリー?」
落ちた鞄の音。
まるで魂の抜けた人形の様なエミリーを前に、智は首を傾げて顔を覗き込んでくる。でも視界に入った聡美がエミリーから申し訳なさそうに目を反らしたあの顔が一番ムカついた。
――こいつ、エミリーと聡美の関係を知ってたの?――
「エミ、」


バシン!

「…っ」
思い切り力を込めて智の右頬を叩いた。智は下を向いて痛がる。そんなブ智を心配して声を掛ける聡美。
「さ、智さん大丈夫ですか…」
「痛ってぇ…、何だよエミリー!お前だって他の男達と付き合ってんだろ!俺だってその中の1人に過ぎないクセに何ムキになってんだよ!」
「…!!」
返したい言葉はたくさんあるハズなのに、声が出なかった。怒鳴りたいはずなのに、もっともっとひっぱ叩いてやりたいはずなのに、エミリーの赤い瞳からはボロボロ大粒の涙が流れるだけ。
唇を噛み締める。血が出そうなくらい。これくらい全然痛くない。

























泣きたくなんかないのに!どうして怒鳴りたいのに声が出なくて、どうして泣きたくないのに涙が溢れるの!!
「エミリー?」
「エミリーちゃん…」
「智さんすみません。帰ってもらえませんか」
「え…」
その時だった。
聞いた事あるのに聞いた事ないような…そんな力強い声が室内の雰囲気を、一瞬にして変えたの。
智と聡美はバッ!と声の主の方を振り向く。其処には俯いた鮎川が、居る。
「あ…悪かったな鮎川君。嫌なとこ見せちゃって、な…」
「…助けてくれてありがとうございました」
「いやいや全然、」
鮎川は顔を上げた。またあの目、してた。怒ったあの恐い目…。
「でもすみません。お願いですから、早くエミリーの前からいなくなって下さい」
「なっ…!?」
何アイツ…何ヒーロー面してんの…ほら…ばーか…。智は優しそうな顔して案外短気なんだよ?
「鮎川君、君は命の恩人に対して、」
「早く帰れって言ってんだろ!もう一生エミリーの前に現れんな!」
「っ…!くそガキ…!」
「さ、智さん!帰りましょう、ね?お腹の中の赤ちゃんの為にも…」
「…チッ!」
聡美が何とか宥めたけど、あんなに怒った恐い智をめて見たから目を丸めて呆然とした。…ううんそれよりも恐かったのは鮎川の方…。
ガン!って足で扉を蹴ってさっさと出て行った智の後を、聡美がエミリー達にペコッて申し訳なさそうに頭下げてパタパタと追い掛けて行った。


























静寂が起きる。
いつの間にか涙は頬の上で蒸発して乾いていた。
開いたままの扉の方を呆然と立ち尽くしていたら鮎川の小さい声がエミリーを呼んだ。さっきの怒鳴り声とは別人のようないつものオドオドした頼りないあの声で…。
「…あの人だったんだな…智さんって…」
「…それだけ?」
「え…ぅぐっ!?」
「それだけ?それだけ!?赤の他人のお前が余計な口挟むんじゃねぇよ!!どうしてくれんの!一生智のお嫁さんになれなかったのに、これじゃあもう一生智の恋人にもなれない!これじゃあもう一生智と口利けなくなったでしょ!何でいつもエミリーの人生に入ってくるの!!」
ベッドの上で上半身起こしていた鮎川の上に飛び乗って、こいつの細い首を掴む。苦しそうに顔を歪めてるとか知らない。エミリーの苦しみはこんなもんじゃない!!
悪魔みたいにつり上がったエミリーの赤の瞳に映る鮎川は小さい時と何一つ変わらないヒーローを偽ったただの偽善者だ。
「…かはっ…!エミリ、」
「…本当なら昨日と今日エミリーは智と2人きりになれたのに…そこにお前が邪魔した…」
「っ…!ミリー、」
「キャハハ…愛人扱いのエミリーと智の関係に驚いた?そんなエミリーを可哀想だと思った?…そんな事知ってるし!それを承知でそれを我慢するくらい…あんたがエミリーを諦められないみたいに、エミリーは智を諦められない女なの!だから智とは一生結ばれなくたって身体だけの関係でも何でも良いから、エミリーは智と一緒に居たかったの!なのに!なのにお前が!鮎川お前がエミリーが築き上げた人生ぶち壊した!これからエミリーはどう生きていけばいいの!?」
ボロボロって、また意味分かんない涙が溢れ出した。
そしたら自然と、鮎川の首を掴んでいた両手の力が抜けた。鮎川は何回も何回も辛そうに呼吸をしてる。そんな鮎川の上に重なりながら顔を近付ける。まだ涙は止まらないからエミリーの涙が鮎川の顔に降り注ぐ。まるで土砂降りの雨のように。
「…抱いてよ」
「…っ、え…?」
「いいから抱いてよ…」
「何…言ってんだよ…」
「お前がエミリーと智を引き離したんだから責任取ってよ…エミリーが智の事忘れるくらい…抱いて」
「ちょ…!?」
涙は止まらない。寧ろ勢いを増す一方。
上に羽織ってたカーディガンを脱ぎ捨てて、その下に着ていたピンクのキャミを床へ脱ぎ捨てる。
誰でもいい。誰でもいいからどうかお願い。あの人の優しい声、大きい手、優しい笑顔を忘れさせて。一刻も早く。そう…
「智なんて居なかったかのように忘れさせてよ…!」
戸惑う鮎川の首筋にエミリーからキスをする…けどやっぱり無理だよ。視界を涙が邪魔する。込み上げてくる哀しさが邪魔する。
「っ…うっ…さと、る…うぅ…」
ギシ、ってベッドの軋む音がして上半身を起こした鮎川にぎゅっ、て優しく抱き締められたのに、あるの手とか体温とか優しい顔が智に重なって離れない。





















鮎川は床に散らばったエミリーのキャミとカーディガンを着せてから何度もエミリーの頭を撫でた。埋めた鮎川の広い胸板から振動となってエミリーに伝わる鼓動を聞いて安心する。少しだけ。
「うっ…うっ…早く抱いてよっ…」
「エミリー。俺考えたんだけどさ」
空元気の鮎川の声。エミリーの頭を撫でながら窓の外に目を向けてる鮎川。泣きながら鼻を啜るエミリー。
「何…」
「また昔みたいに言ってよ」
「…は?ひっく、何が」
「嫌な事あったら俺に言ってよ。今みたいに我慢して溜め込んでたら病気になっちゃうだろ。彼氏の愚痴でも友達の愚痴でも何でも良い。気の利いたアドバイスなんてできやしないけど、ただの捌け口で構わないから。エミリーの為なら何だってするから」
…下心でしょ?そうやって昔みたいにまたヒーロー面して、それを口実にエミリーと関わりたいだけでしょ?会いたいだけでしょ?純粋なその緑の瞳がムカつくの。見透かされていそうでムカつくの。
…エミリーは鮎川の背中をベッドの後ろの壁にドン、って押して、腕を首に絡ませる。男を落す時のエミリーの赤い瞳に映る鮎川は呆然としているけど気にしないの。
「エミ、」
「本当に?本当にエミリーの為なら何だってしてくれるの?」
「あ、ああ…うん。する」
クス、って真っ赤な唇で妖艶に笑って寄せた胸を密着させて鮎川の左の耳に囁く。
「じゃあ鮎川が智になって?」
あんたがエミリーと智を引き離したんだから。あんたがエミリーの為なら何だってするって言ったんだから。智みたいに…うんうん。智以上にエミリーを可愛がって?エミリーの言う事しか聞けないお人形さんになって…?
黒い涙が一滴、頬を伝った。





















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