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First Kiss【完結】
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23分後―――

「……」
「あーっ!くっそー!早く取れろよ猫っ!」
髪をぐしゃぐしゃにしてかれこれ20数回目のチャレンジ。案の定、まだ1匹もとれていない。
もうエミリーは黙りこくったまま冷ややかな視線を俺に送るだけだけど、いつの間にか俺は取ってやる!っていう変な負けず嫌いが発揮しちゃって俺の方が必死になっていた。
眉間に皺寄せてUFOキャッチャーやる高校生なんて、俺以外居ないだろう。周りで高校生のカップルとか男子の集団が何かヒソヒソ言っている気がするけど、それより何より絶対この猫取ってやるんだからな!
「ゲーム、スタート!」
機械からの陽気なこの音声を聞くのも、20数回目。
「…彼方君もういいよ」
「待ってろって!次こそ取れる気がするから!」
「……」
次こそ次こそ…!
ほら、エミリーが欲しがっていたピンクの猫の首についているネックレスにキャッチャーを引っ掛けて…


ストン、

「やったー!取れた!取れた!エミリー取れたよ!」
やばい。超嬉しい。20数回目って事は二の次で!
俺は念願のピンクの猫のぬいぐるみを直ぐ様取り出して、それはそれはご満悦満面の笑顔でエミリーに手渡す。…あれ?エミリーもしかして待ちくたびれた?何か眠たそうかも…。
俺がちょっと屈んで顔を覗くと、ハッ!として我に返ったエミリーは俺が持っているピンクの猫のぬいぐるみを見た途端、幼い子供みたいに目をキラキラ輝かせた。
「にゃんにゃん!」
ぎゅーってして超嬉しそうにするから、4000円程度費やしたのは…二の次でいいや。何か俺まで笑顔になる。
「これでやっと10個目のピンクにゃんにゃん!」
「…は?」
10個目…?え、ちょっと待て。俺は目が点。エミリーはにっこり笑顔で顔を上げて…
「にゃんにゃん全種類持っているんだけどー、1カラーごとに10個は欲しかったの!だってこのにゃんにゃんいっぱい居ると超可愛いし!」
「え、ちょ…」
「今まで取ってくれた奴らは一発で簡単に取れたのに、ヴィン君ってば1個の為に20回以上やるんだもんウケるー!」
毒を、吐いた。


























「じゃー締めはカラオケ行こっかー!」
にゃんにゃん…じゃなくてピンクの猫のぬいぐるみをを抱っこしたまま、ゲーセンを出て行こうとするエミリー。
え、ちょ…言い辛い。言い辛いけどエミリー、アレ忘れてないか?いや、でも俺から言いだすのも…でも正直ちょっとほんのちょーーっと楽しみにしていたし…。何かもう後先考えるのが嫌になって俺は、あと1歩でゲーセンを出て行こうとするエミリーを呼び止めた。
「エ、エミリー!プリクラってと、撮らないのか!?」
「…え?」
嗚呼、俺今超恥ずかしい奴だ。きっと。絶対。
エミリーは頭上にハテナマーク浮かべているし…やばい。目が合わせられなくて下を向いたまま、両手を力強く握ってエミリーからの返事を待つ。
「あー…彼方君撮りたいの?」
「え…」
いや、撮りたいの?っていうか…さっきエミリーお前が撮ろうって言い出してゲーセンに行ったんじゃないのか…って何かエミリーのせいにしているよな、俺。いや、でもここで「撮りたい!」なんて言ったら俺余計キモいし…。
目を泳がせてオロオロしていたら、エミリーが俺の脇を通り過ぎてもう一度ゲーセンへ入る。
「いいよ。撮ってあげる」
何か…何か超偉そうだけど逆らえなくてそのまま、エミリーが入ったプリクラ機の中へ入った。ちょっと…雰囲気がさっきのカーレースの時に逆戻り…?怖いです、エミリーさん…。



























有無を言わさず俺がすぐさまコインを入れれば、機械からまたパラパラみたいな音楽が鳴りだして画面にはええっと…美白モード?とか背景カラー?とかを選択する画面が出てくるんだけど、よく分からないうちにエミリーが1人で慣れた手付きでさっさと選択していくから、いつの間にか機械から「撮るよー!」なんて親しげな音声が流れだしていた。
なにぶんプリクラは初めてな俺は、何処にどう立ってどういうポーズをとれば良いのか全く分からなくてオロオロしているんだけど、反対にエミリーは超慣れていて、いつでも撮って下さい!って感じでカメラの前で口元にピースをくっつけて上目遣い。
…何か、入って良いのか分からないけどエミリーがいる方の反対側…つまり左半分に人1人分が入れるスペースが、ある。え、良いの?俺入って良いの?
「彼方君はやくーっ」
「え、あ、うん」


パシャ!

「あーっ!彼方君入ってないじゃん!」
「あ、本当だ…」
案の定テンパった俺は、半身どころか右腕しか入っていない。
「ばーかっ」
「はぁ!?」
「ふふ、嘘だよっ」
エミリーはにっこり笑顔を向けると、俺の右腕を引っ張りながら自分の隣の空いているスペースまで俺を引っ張る。
すぐ右隣に居るエミリーは、当たり前だけど孤児院に居た頃と違って大人っぽくて、付け睫毛なんて要らないんじゃないのかなってくらい睫毛が長くて目が超大きくて何か…遠く感じた。
「撮るよー!3、2、」
「えぇ!もうかよ!」
「当たり前じゃん!そんなのんびり撮っているわけないし!」
「え、じゃあ何?ピース?え、」
ポーズって普通にピースすれば良いわけ?って頭の中ぐるぐるになっていたら、エミリーがさっきのあのピンクの猫のぬいぐるみを取り出して俺とエミリーの間つまり頬にくっ付けたところで調度撮影。ちょっと、ちょーっと…ドキッとした。



























プリクラが出てきて半分に切ろうかな、と近くにあったハサミを手に取ったんだけど…。
「あ。さっきケータイに画像転送したからエミリー要らなーい」
「え。あ…そっか…」
確かにさっき落書きを終えた後の画面で選んだ画像をケータイに転送していたけど…要らない、って一言がちょっと痛かった。俺は持ったばかりのハサミを置き、出てきたばかりのプリクラを丸々1枚、学生鞄の中へしまった。






















それからエミリーの要望で、最上階13階にあるカラオケボックスへ入った。夕食はおごるから食べたいのを食べて良いよ、って言ったのに「同じ学校の奴らに彼方君と一緒に居るところ見られたくないもん」って笑顔で返されて、結局カラオケの中で夕食を頼むって事になったんだけど…。
――何だよ…そんなに俺と居るのが嫌なら、何で誘ったんだよ。意味分かんないし――
不貞腐れつつも、籠に入ったマイクを2本と俺が飲むコーラとエミリーが飲むメロンソーダの入ったガラス製のコップを持って、指定された部屋へ入った。
2人だからか、部屋は多分一番狭い部屋じゃないかな?ソファーは小さいのが2つだけだから、向かい側にエミリーが腰掛ける。
エミリーはすぐ部屋の電気をブラックライトに切り替えるから、夜空の下って感じの室内がお洒落だ。
こう見えてバンドのボーカルを目指していたから…って言っても、ただカラオケに田中と頻繁に行っていただけだけど。自分で言うのもアレだけどカラオケは超好きで、歌を唄うのは実は得意だから、ちょっとワクワクしながら検索機の画面をタッチペン使いながらお気に入りの歌を探す。
「彼方君って何唄うの?」
テーブルに両手で頬杖着いたエミリーが身を乗り出して聞いてくるから、歌を探す手を止める。
「バンド系かなロックとか」
「えーっ!超意外!アニソンって感じ!」
「ちょ…!それは田中がアニメオタクなだけで俺は全く違うからな!」
「キャハハ!」
「っー!」
思わず声を上げたけど、またアニメオタクだと思われた。あいつの付き添いで結構マニアックな店に行くから、そう見られてもおかしくはないんだけど何か…なぁ。
「例えば何ていうグループ?」
「んー、Rusy'sとかVivienとか。あっ最近ヴィジュアル系とか聴くよ。MARISONとか」
「知らなーいっ」
「あー、すみませんでした」
口を尖らせてつまらなそうにするエミリー。
「そういうエミリーは?」
「エミリーね、ディアナとか西田まりんとか!」
あー、ディアナと西田まりんって確か女子高生に人気ある歌手だっけ?よく分からないけど…。
「彼方君知らないでしょー」
「名前しか…」
「駄目だこりゃ!」
「なっ、別に良いだろ!」
「はいはい早く唄ってくださーい!後がつかえてまーす!」
足をぱたぱたさせて催促するエミリー。ちょっとムッとした顔をしながらも、やっぱりまたおかしいドキドキを感じながらマイクを握り締めた。
































「久々に唄ったから疲れた!」
1曲しかも結構激しいヴィジュアル系の歌を唄い終えてソファーの背にもたれかかる。
あれ?エミリー、キョトンとして俺の事見ているけど…。
「何?」
「彼方君上手なんだねー」
「っ…、」
「あ!今照れた!顔真っ赤になった!」
「ち、違っ…!」
そこで次はエミリーが選曲したパラパラ?トランス系?みたいなノリの良い曲が流れだしてエミリーは立ち上がる。座ったままの俺を見下ろして、微笑む。
「エミリーだって上手だもん!」
ぷくっ、って笑いながら頬を膨らませていたら始まった曲。
――喋る時よりちょっと高い…――
エミリーは普段から高い声だけど、唄っているエミリーの声はそれより高くて甘い感じ。何だろう。美声っていうか…可愛い系…なのかな?よく分からないけど!!
間奏の間はマイクを持ったままパラパラを踊るエミリー。すっごく楽しそうに見えるけど、本当に心から楽しんでくれているのか時々不安になりながらも、エミリーが唄い終わるまで聴いていた。






























「はーっ!ちょっと休憩!」
ぼふっ、とソファーにもたれかかるエミリー。俺も同じだ。夕食をオーダーして食べながらではあるけれど、かれこれ4時間は唄いぱなしだった。2人で4時間だぞ?結構疲れる。
「頭に酸素がいかない感じ」
「そうそうそれそれー。エミリーもそんな感じ」
そう言ってちょっと頬を赤らめてメロンソーダをストローで飲むエミリー。


しん…

…あ。また沈黙だ。
隣の部屋からドンドンと低音で音楽が聞こえてくるだけで、俺達が居る部屋はカラオケボックスとは思えないくらい静か。
エミリーは相当喉が渇いたのか、ずっとメロンソーダを飲んでいるから俺もコーラを飲む。
…やばい。ちょっとこの沈黙堪えられない!
カーレースの時みたいに悪い雰囲気にならないように俺は会話を探すんだけど、すぐ見つかってくれたらこんなに悩まないわけで。
――嗚呼どうしよう!歌上手いね?駄目だ!さっきも似たような事言った!えぇと、――
「彼方君ごめんね」
「え…?」
突然口を割ったかと思えば、エミリーは寂しそうに俯きながらストローでメロンソーダをぐるぐる掻き混ぜている。
「何がごめんねなんだよ」
「エミリー、彼方君に酷い事いっぱい言った。話し掛けないでとか、幼なじみって事バレたくないとか…」
「……」
「彼方君は小さい時エミリーをいじめっこからいっぱいいっぱい守ってくれたのに。エミリーはっ…!」
ぐすっ、て鼻を鳴らして顔が見えなくなるくらい俯いたエミリー。何で急にこんなに湿っぽくなっちゃったんだろう?
俺は、掛ける言葉がなかなか見つからない。
「た、確かに最初は驚いたよ。おとなしかったエミリーが…って。話し掛けんなって言われた時は正直…。でも俺は、たとえエミリーに嫌われようと、エミリーが嫌な事言われたりされたら助けてあげるから」
「……」
「お節介かもしれないけど、エミリーは孤児院の時から俺の妹みたいな存在だし」
「…本当に?」
「うん。本、」
「…妹なんかじゃないでしょ?」
「え、」
ゆっくりそう言いながら顔を上げたエミリーは…何と勢い良くセーターとワイシャツごと脱ぎだした。
「っ…!?エミリー!?」
俺はすぐ顔を下に向けて反らすんだけど、向かいのソファーに座っていたエミリーは上着を脱いで上は下着、下は制服のスカートのまま俺の前に立った…気配がする。
下を向いているからはっきりとは分からないけど、そうだと思う。
「っ…!エミリー!暑いなら冷房、」
ズシッ、と脚の上に重さを感じた。下を向いたままだけど、目を見開いたらネクタイをぐっ、と引っ張られて無理矢理顔を上げさせられて、ばっちり視線が合ったエミリーは熱っぽい目をして、パーマのかかった栗色の髪を肩の後ろになびかせた。
エミリーは俺の上に乗っていて、相変わらずネクタイを引っ張っている。赤地に黒のレースとリボンが一つついた下着が視界に入って、瞬時に顔を反らして再び下を向く。やばい。今どんな状況か理解できない。
「っ…!」
「彼方君…エミリーね超暑いの」
「だだだから冷房つけろって言、」
「違うでしょ。ずっと彼女居ない彼方君でも分かるでしょ?男の子なんだから」
腕を俺の首に絡めてぐっ、と近付いて腰を突き出す体勢のエミリー。
やめてくれやめてくれやめてくれ!エミリーは俺の大切な妹分で、だからこういう事はやめてくれ!
視線は相変わらず下なんだけど、ふと視界に入ったのはエミリーが左手でスカートのポケットの中から取り出したモノ。顔を無理矢理上げさせられてソレを俺の目の前で見せたエミリーの真っ赤な唇が妖艶に哂う。
「調度1個あったぁ。これで安心だね、彼方君」
「なっ…何が…」
「ゴム。あったから安心だねって言ってるの」
エミリーが俺の目の前で見せたモノそれは、俺とは到底縁が無い避妊具。






















それからすぐ目を反らすんだけど、真っ赤になった俺の顔をエミリーはクスクス楽しそうに笑いながら、身体をぴったりくっ付けてくる。
顎を持ち上げられれば更に近付く…いや、近いなんてものじゃない。本当、すぐ其処にエミリーの顔がある。
エミリーはネクタイを解き、俺が着ているブレザーを脱がせて、金属の触れ合うカチャカチャいう音をたててベルトをゆっくり外しながら口を開く。
「彼方君?そろそろ気付かせてあげる…」
テーブルに乗ったエミリーのケータイの青いランプが点滅していた。



































同時刻、繁華街―――

「えーっ!エミリーまーだ繋がんねーの?」
「うん…さっきから何回もかけてる」
「アン姉もうかけるのやめたら?どうせエミリーの奴、まーたどっかで男ひっ捕まえて遊んでんだって!…あっ」
「はは…大丈夫だよ。エミリーちゃんはそういう子だって承知の上で付き合っているから」
「冴、口軽過ぎだろ!」
「ご、ごめんハル…!」
「……」
「杏夏?どうした」
「…何でもない」





































カラオケボックス内――

俺の足下で正座していたエミリーの髪をぐっ、と掴んで口を放させる。
エミリーは口元を拭って髪を肩の後ろへなびかせるとゆっくり立ち上がって、再び俺の上に向かい合う形で首に腕を絡ませて座る。
俺は足下に落ちたエミリーのスカートを踏まないようにソファーに腰掛けたまま、ちょっと俺より目線が高いエミリーを見上げる。お互いの荒い呼吸音は、隣室から聞こえてくるカラオケの音楽に掻き消されそう。
さっき買った下着の入った紙袋を引っ張りだしてショッキングピンクの超派手な下着に着替えると、エミリーは呼吸を乱しながら俺に微笑む。小悪魔なあの笑顔で。
俺はそれを、熱っぽくて霞む視界で捉える。
「…ね?彼方君に下着選んでもらったのはこの為だったんだよっ…」
「んっ…」
「彼方君…気付かせてあげようか」
「…何っ、」
エミリーの人差し指が俺の唇にトン、と触れてエミリーは哂う。
「彼方君はエミリーの事が好きなんだよ」
「!!」























好き…?うん、好きだ。だって大切な妹みたいな…そんな存在…。
俺の脳内で一気にフラッシュバックされていくエミリーと一緒に居る場面。それは、孤児院からのものもあれば、たったさっきのものもある。
最後にエミリーの笑顔が浮かんですぐ俺は目を見開いて、自分でも分かるくらい顔が真っ赤になって全身が火照った。
…した。自覚した。
自覚した瞬間、エミリーの顔を直視できなくて下を向く。エミリーに顔を上げられようとしても、頑固として下を向いたまま横に大きく何度も何度も頭を振るんだ。
「っ…!俺は!俺は!ずっと…孤児院の時からずっとエミリーの事をっ…!」
「ふふ。やーっと気付いたの?傍から見たらバレバレなのにね」
「っ…!」
恥ずかしい恥ずかしい。そんなに俺はあからさまだったなんて、恥ずかしくて死にそうだ。
そんな俺の顔を、エミリーはまた上げさせる。顔がとびきり近い。エミリーの真っ赤な瞳には俺ただ1人が、俺の緑の瞳には、エミリーただ1人がしっかり映っている程。
「…つ、付き合ってもいないのに…」
「みんなそんなもんだよ?彼方君、頭硬過ぎ」
「…っ、だって!」
エミリーは俺の右腕をとる。顔を上げてエミリーを見る。
「エミリーが教えてあげるからだいじょうぶ」
「っ…、エミリー…」
































不規則な呼吸音。床に映るエミリーの影は上下に揺れ、まるで踊っている様。
体勢こそそのままでエミリーの首筋や鎖骨、胸にキスを繰り返すけど、口だけは避ける。こういうコトは初めてだし、俺は超疎いけど、これだけは分かる。口にキスするのって、本当に本当に大切な人からじゃないと女の子は嫌がる、って。男だってそうだけど、女の子は繊細だから特にそうなんじゃないかな、って。
足下に散らかるエミリーの鞄と制服と上の下着と、俺の鞄とブレザーとベルトとネクタイ。
部屋の扉は足下だけ外を通る人が見えるから安心と言ったら安心なんだけど、人が通る度に俺は変に緊張する。
「っ…エミリー、」
これが恋愛感情?
好きだ、って言いたいけど、言ったらエミリーは遠くへ行ってしまいそうだし、何より未だちゃんと自覚しきれていなくて口に出せない。
「っ…!あ、彼方君エミリーもう…」
甘い声で目を潤ませて、ぎゅっ、て俺に抱きついてくるエミリーはさっきのゴムを取り出して、開封していないソレを自分の口でくわえる。さっきまでソレを見ただけで火を吹きそうな程恥ずかしくなった俺も、今は全然平気になったから何か…可笑しい。
「んぅ」
エミリーの口からゴムを取る。取、る…んだけど…
「…彼方君使い方分からないの?」
「!!違、違う!付き合ってもいないのに最後までってやっぱり、やっ、ぱり…」
「ふふ、彼方君やっぱ真面目だね」
エミリーはまたぎゅって抱きついて、目を瞑る。
「じゃあ今日は最後までしなくて良いよ。こうしているだけでも気持ち良いから」
「っ…」
そんなストレートに言われると恥ずかしい!
さっきまで余裕綽々だった俺もほとぼり冷めて理性を取り戻したからか、何か本当に全てが恥ずかしくなってきた。
「じゃあ今日はここまで」
そう言いながら最後に1回ぎゅって抱きついて…その時に俺は感じたものがあって、甘い余韻に浸っていたのも束の間、バッ!と目を見開いて我に返れば何と、俺に跨がったままのエミリーの右手には俺のポケットから引き抜いた青い長財布。
え、ちょっと待てよ…この光景どこかで…。
目が点で口をぱくぱく開閉する事しかできずにいる俺を、エミリーは嗤う。
「エミ、」
「ありがとうございましたーっ!お勘定は6万円になりまーすっ!」
「!?」
意味が分からない。カラオケの料金?いや、違う。何のお勘定だよ。
財布の中から1万円札を6枚取り出して、扇子みたいに仰ぐエミリー。
過去にも似たような経験があるから、我に返ってすぐ様取り上げようとするんだけど、手を伸ばしたらひょい、ってかわされてエミリーは俺の上から降りる。
「待てよエミリー!」
「キャハハハッ!最初の時言ったでしょう?1万円でデートしてあげる。5万円でえっちしてあげる、って!」
…あり得ない。何だよそれって…?何だよそれって!!俺の中の奥底で何かがガラガラと音をたてて崩れ落ちた。
























「エミリーがタダであんたみたいなキモい奴と出掛ける?えっちする?ちょっーと頭で考えればすぐ分かる事じゃない?」
ツン、と自分の指で自分の頭をつつくエミリーはキャハハ、と魔女みたいな高い声で俺を嘲笑いながら下着を身に付ける。ワイシャツを着始める。
俺は黙って脚の上に拳を置いたまま、下を向いている。
「今日さぁ、泊まる所無くて、本当はあんた誘ってラブホでも行こうかと計画していたんだけど。やっぱりさすがにそこまで本格的な場所あんたみたいな奴と行きたくなくて!泊まる場所はまぁ今から考えるとしてー。それなりに暇潰しになって楽しかったよ?きゃはは!」
エミリーの高笑いだけが響き渡る室内。
ワイシャツのボタンを全て留めてセーターの袖に腕を通すエミリー。
一方の俺は、蚊の鳴くような声でポツリと呟く。下を向いたまま。
「…かよ」
「は?何?」
眉間に皺を寄せて煩しそうに顔を歪めたエミリーが俺の前に立った時。
…自分でも何をやっているのか全く分からなくて。
「何、きゃっ!」


ドスン!

音をたてる。
怒りに震えた俺は、自分でも自分が分からないまま、近付いてきたエミリーの細い腕を強引に引っ張るとそのままソファーに押し倒して上に跨がっていた。さすがのエミリーも目が点で、顔から血の気が引いていく。
「っ…やだっ…!ばか!放せ!何すんだよっ!」
叫んで暴れるエミリー。けど女1人で、一回りも体付きが違う男1人を払えるはずが無い。
手首を力強く掴んで見下ろせば、形勢逆転。俺は今までにない悪魔の顔付きでこいつを見下ろして嗤う。
「そうだよ。お前のお陰でやっと自覚したよ。俺はお前を妹分として見てきたんじゃない。昔から今まで、ずっと1人の女として見てきたんだって」
「うざい!黙れ!なら好きな女を急に押し倒すなんて事するなっ!」
「お前馬鹿だろ?好きな女だからこそ、ここまでコケにされて騙されたから…腹立ってんだよ!」
最後怒鳴り声を上げた。あり得ない。怒鳴り声を上げるなんて俺らしくないし、ここまで本気でキレたのは今が初めてに違いないだろう。
























俺の下のエミリーは一瞬目を丸めるんだけど、すぐ強気なあの眼差しに戻って俺を睨み付けてくる。でももう怖くない。そんなの。
「あははっ…エミリーの事超好きなんだねあんた。だからって調子乗るんじゃねぇよ!!」
口調まで乱暴になったエミリーも本気でキレて懇親の力を込めて身を捩らせるんだけど、やっぱり男の俺から逃れる事はできない。だから、その無駄な足掻きに俺は思わず笑ってしまうんだ。
「ははは!馬ー鹿。無理だって」
「っ…!うざい!黙、」
「女のエミリーじゃ、男の俺に力でかなうはずがないんだって」
「…!」
顔を近付けて小声でそう白い歯まで見せて笑いながら言えば、あのエミリーが初めて顔を真っ青にさせた。それが、合図だった。最低最悪の。



































「あっ…!やっ、やだっ…やっ!」
慣れているからなのか、俺が身体に触れただけでエミリーはほぼ自分からまた制服も下着も脱ぐ。別に俺がそうさせたわけじゃないのに、腕を首に絡めて両足で俺の背に絡めて、ぐっ、と近付けるのだって、慣れてしまったエミリーが勝手にしている事。
だからって俺が何もしていないわけはなくて。最後までする前の、前戯を繰り返す。さっきまでの馴れ合いなんかとは違うとびきり大人なヤツを。
「やっ、やだ…あっ!」
言葉は嫌がっているくせに、こういうコトに慣れ切ったエミリーの身体は自分から求めてくる。
「っはぁ…やだっ…や、」
「…本当に嫌だ?」
「あ、あ…ちょーだい…」
指で愛撫して、最後にさっきエミリーが持っていたゴムをテーブルの上から拾う。エミリーは呼吸を乱して左手を口にあてたまま、熱っぽい涙を浮かべた真っ赤な目で俺を見上げている。
「んっ…最後まですんなっ…」
「…別に」
理性なんてものは何処かに置き忘れていて、俺はゴムを開封した。
すると今まで流されるがままだったエミリーも我に返ったみたいで、目を見開くと血相変えてまた暴れだす。
「や…やだ!嫌だ!やめろ!ふざけんなっ!」
「ふざけんなってこっちの台詞だから、」
「んっ…!やだ、や、」
取り返しのつかなくなる事をしようとしているのは痛い程分かる。けど…。俺が、決めちゃいけない覚悟を決めた時だった。
「彼方君、怖いよ…!」
「…!!」
目を力強く瞑って大粒の涙を頬に伝わせたエミリーの昔と同じ声。演技なんかじゃない。本当に本当に怯えているエミリーの声。表情。涙。
俺は目を見開いて、自分が今まさにしようとしていた声なんて忘れて硬直。脳内で、孤児院の時からついさっきまでの、騙されていたとはいえ一緒に楽しく過ごした場面がフラッシュバック。


ドクン…、

「っあ…あ…俺は…俺は…エミリー…!」
途端、我に返った俺は息苦しくなって自分の頭を両手で抱える。その時。


ドッ!

「っぐ…!」
隙を見せた…いや、我に返った俺の腹部をワイシャツ越しからエミリーは思い切り蹴って俺の拘束から逃れる。一方の俺は蹴られて一瞬呼吸ができなくなり、咳き込む。
「ゴホッ!ゴホッ!」
「…最低っ!」
何回もエミリーに鞄で背中を殴られるけど、俺は俯いて頭を抱えたまま何も逆らえず…いや逆らう事なんてできない。暴力的になってはいるものの、エミリーの真っ赤な目は涙で真っ赤に腫れていたから。
…最低だ。俺は泣かせた。一番大切で、一番守っていきたいヒトを、ほんの一瞬の身に任せて泣かせたんだ。
「二度とエミリーに口利くな!お前なんか死ね!!」


バァンッ!

部屋のドアが壊れんとばかりに力強く閉めた後、エミリーが駆けて行った足音がだんだん遠くなって、最後には聞こえなくなった。
途端、俺はそのままソファーに仰向けになる。右腕で目元を隠しながら。
「…はは、最低だ…最低最悪だ…」

































「ありがとうございましたー」
カラオケボックスのビルを出て、真っ暗な夜空の下、ふらつきながら目のしたに隈をつくって1人歩く。
駅前だから辺りのネオンは煌びやかで、午後11時30分をまわっているというのに、人で混雑していて辺りに鳴り響く賑やかな音楽。横断歩道で信号待ちをしている時、隣に居た調度同い年くらいの高校生のカップルは仲睦まじ気に手を繋いでいた。
「あ、青…」
信号が青になって人込みに流されながら渡った。

































「でさぁ!この前ちょっーと遊び半分でえっちしたのに相手マジになっちゃって!」
「あははは!男って騙されているとも知らず本気になる奴多いよねーっ!」
「別にかっこ良くもないのにさぁ!自惚れんなって感じ!」
駐輪場で1人、自転車に鍵を差し込んでいる俺の後ろを、2人の女子高生がそんな事を話しながら過ぎ去って行った。
まるで俺の事を言われているようで、動揺してしまって鍵をうまくあけられない。


ガチャン、

ようやく鍵をあけて鞄を自転車籠に放り込んだ時ふと、少し開いた鞄の中から覗いたものが目に入ってそれを取り出す。
取り出したものそれは、さっきエミリーと撮ったプリクラだ。

『エミリーそれいらなーい』

今思えばあの一言も、カーレースでゲーム機を蹴り付けたのも、俺を騙して内心嘲笑っていたからなんだ。
「…はは、今更気付いたってもう遅い、か…」
プリクラに写るエミリーはすっごく笑顔だったり、変顔をしていたり。そんなエミリーの隣に写る俺は、顔を赤らませてやっぱりとびきりの笑顔を浮かべていた。
「楽しんでいたのは俺だけだったんだ…はは、超かっこ悪りぃー」
プリクラを持った両手が小刻みに震え出してすぐ、プリクラに一滴の水が滲んだ。
俺はただただ1人、暗い駐輪場で肩を震わせて、もう一生結ばれる事は愚か、友人になる事も許されない大切な相手に、謝罪を続けた。
「っ…エミリーエミリー…!ごめん、ごめん、ごめんっ…エミリー…」
エミリーは此処に居ないのに。…居ないのに。























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あきゅろす。
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