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終焉のアリア【完結】
ページ:2



2509年――――

「見えてきました。あちらの青い惑星が地球です」
闇夜にも似た宇宙を飛行する一隻の大型宇宙船。
コックピットのガラスを通して見える惑星地球はとても美しい。地球を見つめる、緑色の人型で顔と思われる部位はダイヤのように真っ赤な大きい瞳が一つある異星人。彼らは異星『プラネット』の人間だ。
プラネットの長である男と、長の妻である女は地球のその美しさに息を呑んだ。
「とても素敵…」
「我々の惑星は寿命が僅かだ。そうとなれば、我々プラネットは地球人に力を貸してもらう以外手段は無い。地球人は知性的だと聞いている。我々が話し合えば彼らならすぐに理解し、我々プラネットを受け入れてくれるさ」
夫婦は寄り添う。
髪も無い為、プラネットの人間の性別を見分ける方法は服装しかない。
長の妻である女性ものの服を着た妻が優しく抱いている、タオルに包まれた赤ん坊。夫婦の息子だ。彼もまた夫婦同様プラネット特有の緑色の身体に赤いダイヤのような瞳が一つある。夫婦は赤ん坊を優しい目をして見つめた。
「ふふ。早く地球人のお友達ができると良いわね。シルヴェルトリフェミア…」







































地球、
バロック帝国―――

「ふふ。ソラったら、おねむみたいね」
白髪(はくはつ)の長い髪に色白で優しそうな、バロック帝国皇帝妃リオナは宮殿の中庭で自分と同じ白髪(はくはつ)のまだ赤ん坊の男児を抱きながら、あやしている。この赤ん坊の名は『ソラ・ライムンド・ハロッズ』
「ふぇ…、ぇっ…」
「あらあら。どうしたのソラ?」
「ほう。母親姿もなかなか様になってきているじゃないかリオナ」
「あら。アリア!」
ソラをあやす母親リオナの元へ、太股に拳銃を付けた兵士姿の女性アリアがやって来る。アリアはリオナの姉だ。
アリアは、リオナの隣に腰をかけてソラの頬をツンツンする。
「ふぇ…ぇっ、えっ…」
「ははは。マシュマロのようにやわらかいなぁ。可愛い奴め」
「あまりいたずらしちゃダメよ」
「悪い悪い。初めてできた甥っ子が可愛くて可愛くてな」
姉妹2人、穏やかに流れる雲を見上げる。穏やかな時間も流れる。





























「アリアには殿方とのご縁談は無いの?」
「あるわけ無いだろう。バロック帝国軍女鬼軍曹と呼ばれる私に!」
「ふふ。そうだったわね」
「そうだったわねとは失礼だぞリオナ。おっと。もうこんな時間か」
アリアは腕時計を見ながら立ち上がる。そんなアリアを見上げるリオナ。
「もう行ってしまうの?」
「14時から訓練でな」
アリアはクルッと拳銃を得意気に一回転してかっこつけるから、リオナはパチパチ拍手をしてあげる。
「とてもかっこいいわ。アリア」
「はは。もしも何処かの国が攻めてきたり、異星人が地球を侵略してきても、私が軍にいるからにはバロック帝国もリオナもそしてソラも守ってやるから安心しろ」
「ふふ。頼もしいわ」
アリアは手を挙げて宮殿へ戻る。
「貴様ら何者だ!」
「気持ちの悪い珍獣め!」
「?」
すると、宮殿の中から皇帝(リオナの夫でソラの父親)や兵士達の怒鳴り声が聞こえてきた。アリアもリオナもピタッ、と止まり、2人キョトンとして顔を見合わせる。
「あれは皇帝殿の声か?」
「何かあったのかしら…。いつも穏やかなあの人があんなに声を荒げるなんて…」


パチッ!

「ソラ?」
すると、眠ったばかりのソラがパチッ!と目を覚ました。リオナは慌ててソラをあやし、寝かせようとする。
「あらあら。ごめんなさいねソラ。私達の話し声で起きてしまったのね。大丈夫よ。ソラは眠って、」


ピョン!

「ソラ!?」
何と赤ん坊には到底無理な速さでソラはリオナの腕から飛び降り、アリアの脇を通り過ぎて宮殿の中へ走って行ったのだ。
「あ、あの子まだ0歳なのにどうして走れるの…!?」
「馬鹿!リオナ!そんな事今は二の次だろう!走って行ったソラが外へ出て車に轢かれでもしたらどうする!追いかけるぞ!」
「え、ええ…!」
血相変えたアリアは、オロオロするリオナの腕を力強く掴み宮殿内を駆けて行った。






































バロック帝国
宮殿内――――

「貴様ら何者だ!」
「気持ちの悪い珍獣め!」
宮殿内。皇帝と兵士達の前には、衣服を着用した3人の緑色の人型異星人プラネットが居た。兵士達は緑色の異星人に銃口を向けている。
「ち、違う!話を聞いてくれ!我々はプラネットという惑星の住人で、地球との相互理解を望み、」
「言い訳は聞かん!どうせ地球を侵略に来たのだろう宇宙人!」
「違います!寿命のもう少ない私達の惑星プラネットを救ってほしいと考えて、」
「撃て!!」
バロック帝国皇帝が振り上げた右腕。それを合図に、皇帝の前に壁の如く並んだ兵士達が一斉に異星人の夫婦と侍女にライフル銃を向けた時。


バッ!

「なっ…!?ソ、ソラ!?何故お前が此所に!?」
皇帝達と異星人達の間に両手を広げて現れたのは何と、まだ赤ん坊のソラ。赤ん坊のソラが1人で立っている事に驚愕して呆然の皇帝と兵士達。
「さ、下げろ!お前達銃口を下げろ!」
皇帝の命令を受け、構えたばかりのライフル銃を下げる兵士達。皇帝はすぐに玉座から降り、愛息子の元へ駆ける。
「おぉ…!どうしたのだソラ。お前、どうして1人で立てるんだ?歩けるんだ?いや、そんな事より。ソラ此処はお前には危険だ。何と言ったって地球を侵略しにやって来た異星人が居るのだからな。兵士!ソラを安全な場所へ連れて行け!」
「はっ!」
敬礼した兵士がソラへ歩み寄り、ソラを抱き上げようとする。
「話を聞いてやってくれよ!」
「!?」
何とソラが。赤ん坊のソラが喋ったのだ。はっきりと。
再び驚愕して呆然としてしまう皇帝と兵士達を余所に、ソラは皇帝と兵士達を睨み付ける。
「ソ、ソラ…?お前、」
「確かに見た目は俺らと違って化物じみてる。けど!見た目だけで悪人と決めつけたら駄目なんだよ!こいつらがいつ、地球を侵略すると言った?こいつらの目を見てみろよ!嘘言ってる目じゃないだろ!?」
「ああ…あぁ…ソラがおかしくなってしまった…あぁ…」
「皇帝陛下!」
真っ青になり倒れる皇帝。兵士は慌てて皇帝を抱える。
一方、他の兵士1人はソラを抱えあげるからソラは身動ぎして兵士の手を離そうとするも、赤ん坊と成人とでは力の差があり過ぎる。
「離せよ!離せってば!」
「きっとこの異星人共がソラ皇子におかしくなる呪いをかけたのだ。でなければまだ赤ん坊のソラ皇子が1人で歩き、喋れるはずがない…」
「違う!違うんだよ!いいから放せよ!」
「総員!直ちにこの異星人共へ銃を構えろ!」


ザッ!

「!」
ソラを抱える隊長の命令に従い、再び銃を構える兵士達。ソラは目を見開く。
「駄目だ!それじゃあ…それじゃあまた繰り返しなんだよ!こいつらは本当に地球侵略なんて考えちゃいない!母星の危機を助けてほしいだけなんだ!」
「ソラ皇子は私が医療班へ渡そう。大変な症状だ」
「いい加減にしろよお前ら!!こいつらを撃ったらまた俺達は、地球は、MADとの戦争が起きるだけなんだ!二度もあいつらをあんな目に合わせるな!!」
「ソラ…?」
「リオナ様…!」
この場に現れたのは、はぁはぁ息をきらしたリオナ。目を見開き、ソラを見ている。



























「ソラ…?今喋っていたのはソラ…貴方なの?」
リオナがソラに近付けば必然的に異星人にも近付く事になるから、兵士がリオナに駆け寄る。
「リオナ様!此処は危険です!ご覧ください!此処に居る異星人が地球を侵略にやって来たのです!」
「ソラ…。MADとの戦争とは何?」
「リオナ様お下がりください!」
兵士の話など無視をしてソラの目線に合わせて屈むリオナ。
「こいつらは本当に地球侵略が目的じゃない。母星が無くなるから、一番近くにあった惑星地球に助けてもらいたくて地球に移住しにやって来ただけなんだ」
リオナは真剣にうん、うんと頷く。
「でも一度今日こいつらMADを兵士達が撃ち殺した事によって、自分達の容姿だけで悪人と決めつけて自分達の言い分を分かってくれなかった地球人に対して、MADが地球に逆襲に来る事になる」
「え…?ソラはどうして未来を知っているの?」
「……」
「ソラ?」
「MADは地球人を食物とする。つまり…食物連鎖の頂点に君臨していた人間(地球人)の上に立つんだMADは。MADは地球人への逆襲として地球を侵略し、尚且つ地球人を食らうようになる。それで地球は戦争を起こす。MADから地球を取り返す為に。でも…」
「でも…?」
ソラは下を向く。
「地球は取り返せない。それに、今日MAD達を撃ち殺したせいでこれから地球人は、MADに食われて殺される未来が待っているんだ」
「……」
「見た目はこんな化物で俺も初め、こいつらは悪人にしか見えなかった。でも、違ったんだ。見た目だけで決めつけちゃいけないんだよ。地球人同士でもそうだろ…見た目が悪人面でも話してみたら善人かもしれない。だから、父さん。母さん。こいつらを見た目だけで決めつけないでほしい。こいつらの話をちゃんと聞いてほしいんだ。そうしないとまた…あいつらが死ぬ」
「リオナ様」
兵士がリオナの肩を叩き、下がるように言う。しかしリオナは下を向いたまま動かず。ソラも不安になる。
「リオナ様!」
「母さん!」
リオナは顔を上げる。真剣な眼差しをして。そして…


カツン…カツン…、

「リオナ様!?」
兵士の手を振り払い、何と異星人へゆっくりゆっくり歩み寄るのだ。慌てた兵士達がリオナを取り押さえようとするが、さすがに妃を手荒に扱う事はできないから肩を叩く程度の止めにしか入れず。
その間にもリオナは、異星人の前に辿り着くと丁寧に一礼。驚きつつも異星人達も一礼した。





























「これが地球の挨拶です。覚えて頂けましたか?」
「え、あ…えっ…」
たった今の今まで撃ち殺されそうになっていたのに、今じゃ丁寧な挨拶をされてオロオロする異星人達。リオナは、異星人が抱いている赤ん坊の小さな手をそっ…と両手で包み込む。
「小さな子。おいくつですか?」
「え?あ…え…、」
「この子はソラといいます。まだ0歳で」
「あ…!そうなのですか?この子もまだ産まれたばかりの0歳です。名をシルヴェルトリフェミアといいます」
「まあ!素敵なお名前ですね。ソラの同級生にあたるのですねシルヴェルトリフェミアちゃんは。すごい偶然!」
リオナは両手を顔の前で合わせて、生まれつきの優しい笑顔を浮かべる。
だからオロオロしていた異星人達も顔を見合わせてから安心したのか、上がりっぱなしだった肩が下りた。ダイヤのような目をしているから彼らの表情は分からないが、雰囲気で分かる。今、彼ら異星人は穏やかな笑みを浮かべているのだと。
「ほ、本当すごい偶然ですね…!」
「ええ。素敵な偶然ですね。ふふ。同い年ですし、大きくなったら是非うちのソラと遊んであげて下さいね」
「よ、喜んで!!」
「貴女がシルヴェルトリフェミアちゃんのお母様ですか?」
女性ものの服を着てシルヴェルトリフェミアを抱く異星人に首を傾げて、笑顔で聞くリオナ。
「は、はい!そうです!」
「シルヴェルトリフェミアちゃんが初めてのお子さんですか?」
「そ、そうです!はい!」
「まあ!偶然!私もソラが初めての子供なのですよ。宜しければ育児に関する私の悩みを聞いてくださいませんか?周りに同じ境遇の方がいらっしゃらなくて…」
「は、はい!わ、私で宜しければ喜んで」
「な…何なんだこの光景は…」
「分からん…。俺達は夢を見ているのか…?」
自国の妃が化物と旧友のように楽しげに会話をする目の前の光景に、銃を構えていた兵士達はただただ呆然として圧倒されている。
「ど、どういう事なのだ一体これは?」
「皇帝陛下!」
先程まで倒れていた皇帝が上半身を起こせば、兵士2人がかりで皇帝を支える。
「リオナ、何故お前は地球を侵略にやって来た化物共と仲睦まじく会話をしているのだ?…ハッ!まさか!ソラがかけられた呪いのように、化物はリオナにも呪いをかけたのか?だからリオナまでおかしくなってしまったのか!?」
「皇帝陛下」
リオナはくるっ、と皇帝の方を振り向く。ソラを抱き抱えながら。
「この方々…プラネットの方々は地球を侵略になどやって来ておりません」
「あぁ…リオナまでおかしくなってしまった…私はどうすれば…!」
「私はおかしくなどなっておりませんよ皇帝陛下。少しお話をしたら分かりました。この方々は地球を侵略に来るような方々ではないと。嘘を吐くような方々ではないと。ソラの言う通りね」
ふふっ、と笑みながらリオナはソラの小さい鼻をツン、とする。ソラは顔を真っ赤にして外方を向くが。






















「本当にこの方々が仰るように、この方々の母星の寿命が残り僅かで住めなくなるそうなのです。ですから一番近くにある地球に移住をお願いに来たそうなのです。プラネットの長家族の方々が」
すると異星人の長、その妻、そして侍女が床に額を擦り付けて頭を下げる。
「お願い致します!!何でも致します!!地球のルールに従います!ですから!ですからどうか、我々を救って下さい!我々を地球に移住させて下さい!」
「死にゆく母星にはまだ生まれたばかりの赤ん坊もたくさん居ます!あの子達の生涯が母星と共に僅かに幕を閉じるのはプラネットの長として見ていられないのです!無理を強いている事は重々承知致しております!ですから…ですからどうか我々プラネットを救って下さい!」
「お願い致します…!!」
「皇帝陛下」
リオナにニコッと微笑まれると皇帝は兵士達と顔を見合わせ、少し間を開けてから縦に頷いた。
「うむ。どうやら襲ってくる気配も無いようだしリオナとソラがそう言うならば」
「ありがとうございます!!」
異星人達は、ぱぁっと顔が明るくなり喜ぶ。そんな彼らの長に皇帝は右手を差し出すから、長は首を傾げる。
「先程は無礼な真似をしてすまなかったな。私の早合点だ」
「いえ。突然私共のような異星人が訪れては驚き、疑うのも無理はありません」
「では誓いの握手を交わそう」
「握…手?」
「地球では交友関係を深めたい相手と握手を交わす事になっておる」
皇帝の一言に長は再び喜び、皇帝の右手を両手で強く握り締めた。
「ありがとうございます!!ありがとうございます!!本当にありがとうございます!!貴方がたは我々プラネットの命の恩人です!ありがとうございます!!」
























「ふふ。良かったわ。これで良いのよね?ソラ」
抱き抱えている愛息子にリオナが微笑めば、ソラは「スー、スー…」と寝息をたててすっかり眠ってしまっていた。
「あらあら」
「しかし驚きましたな。ソラ皇子はまだ0歳だというのに、お1人で歩行ができてしかもあんなにも大人のような言葉をお話になられるとは…」
まだ信じられないといった表情の兵士がリオナに話しかけるが、リオナは優しく微笑む。
「ふふ。この子はもしかしたら未来から来たのかもしれないわね」
「確かにそのような発言をなさっておられましたが、さすがにそれは…」
リオナはソラの頭を撫でる。
「ソラ。貴方の一言が地球を救ってくれたわ。ありがとう、ソラ」
ソラはスヤスヤとそして微笑みながら眠っていた。
宮殿を覆っていた重たい黒い雲が晴れ、太陽の穏やかな陽射しが射し込んだ。




































































17年後、
2526年――――――

「そうそう。でね。今日はドロテアさんとお茶会なのよ。アリアも一緒にどう?」
「生憎私は軍務が忙しくてな」
「ふふ。アリアにはそっちの方が似合っているわ」
目映い朝陽が射し込む宮殿の一室。白を基調としたこの部屋のベッドでゆっくり目を覚ます1人の少年。
どうやら、扉の向こう側廊下から聞こえてくる母親と叔母の楽しそうな話し声で目を覚ましてしまったようだ。少年は頭を掻きながら起きる。


キィ…

「あら。ソラおはよう」
「おお。おはようソラ」
「…おはよ」
部屋の扉をほんの少し開けて廊下に眠たそうな顔を覗かせれば、年相応に皺が寄った顔の母親と叔母が微笑んでくれた。
「話し声で起こしちゃったかしら?」
「ソラ!お前ももう17になった事だ!我がバロック帝国では17から軍に入れる事は知っているな?叔母の元で働いてみないか!?」
「……」


バタン…、

「ソラー!!お前!うんとかすんとか返事くらいしろー!!」
「ふふふ。ソラらしいわ」
























扉の向こうでアリアが騒いで、母親がクスクス笑っている。ソラは扉に背を預け、床に座ったまま窓の外をボーッ…と眺める。
「救えたんだ…俺があの日父さん達がシトリー達を撃たないように説得したから地球は救われたんだ…」
シルヴェルトリフェミアに言われた直後、鵺達の記憶と時計の空間を落ちていったソラが目を覚ますと、自分はまだ産まれたばかりの赤ん坊になっていた。
「でも俺の記憶だけは残っていた…。時だけが戻っていたんだ…」
地球がMADに侵略されてからの記憶は、赤ん坊のソラに残っていた。ソラ以外の人間にその記憶は残っていない。時間が戻ったのだ。MADが侵略する前のあの日に時間が戻っていたのだ。
ソラは手鏡をかざす。赤と黄だったはずの瞳も、両方黄色だ。
「シトリー達を撃たなかったから俺の瞳も赤くないんだ…。シトリーが言っていた意味がようやく分かった。シトリーが時を戻した。俺は赤ん坊なのに今までの記憶が残っている。俺だけ記憶が残っている。だから、時を戻した世界で、MADが地球に初めてやって来たあの日に父さん達にMADを殺さないよう説得すれば地球は救われる…。シトリーはそれが言いたかったんだ」


チュンチュン…

小鳥の囀ずり。目映い朝陽。平和の象徴。
「地球だけじゃない…。シトリー達MADも救われたんだな。…あ。そうだ。MADって呼ぶんじゃなかった。侵略をしたわけじゃないからMADの事をこの世界ではプラネットって呼ぶんだった」























ソラは座ったままリモコンを片手にピッ、とテレビの電源を入れる。
「みなさんおはようございま〜す!今日は日本の東京から中継が繋がっておりまーす!今日、東京には世界の歌姫ミルフィ・ポプキンさんが来日しているのです!ご覧ください!この人の数!世界各地からファンの方々が集まっている様子が見受けられますね!ではイベント前にミルフィさんにお話を伺ってみましょう!ミルフィさん。日本のファンに出会えるこの日について何かコメントを!」
「はい!日本の皆さん!そして全世界の皆さんおはようございます!ミルフィ・ポプキンです!今日は地球人のファンにもプラネットのファンにも響く歌を歌いたいと思いまーす!ミルの応援して下さいね♪」
「以上!世界の歌姫の速報でした〜。続いては今日のバロック帝国のお天気です!」


プツッ、

ソラはテレビの電源を消す。スゥッ…と深呼吸をして、目を瞑る。
「地球は救われた…。時が戻ったこの世界で、時を戻す前のあの惨劇を知る人間は俺しか居ない…。地球人もプラネットもみんなが共存して平和に生きている。…成功だ。俺とシトリーは成功したんだ地球とMADを救う事に。…あいつらは俺の事なんて覚えていない。時が戻ったから。これで良いんだ。俺を知らないあいつらがこの地球の何処かで平和に暮らしてくれていれば、それは幸せな事。これはハッピーエンドだ…」
しかしどこか浮かない表情を浮かべるソラは引き出しから財布を取り出すと、部屋を後にした。


キィ…バタン…、











































「いやぁ。すごいではないかプラネット諸君の並外れた力は」
「そう仰って頂けて光栄です!我々プラネットを救ってくださった地球人の皆様へ少しでも恩返しができればと、我々一同思っております!」
あれから、地球に移住したプラネット達。
元から肉食で肉しか食べない彼らも、時を戻す以前のように復讐と称して地球人を食らう事無く、牛や豚や鳥の肉を主食として地球で生きている。地球が救ってくれたから"地球人を食らう"という発想は無いのだ。
時を戻す以前の世界でMADが地球人を食していたのは、自分達を阻害する地球人への復讐の為だったから。その為、プラネットは全員緑色の人型姿だ(地球人を食さないから地球人の姿に変形できない)。
今この時を戻した世界ではEMS領域やMAD領域、共和派領域なんて一つも無い。そして、プラネットをMADと侮辱して呼ぶ事も無い。
MADをプラネットと呼ぶこの世界で、地球人とプラネットが共存して平和に暮らしているのだ。
「今日数学のテストちょー最悪ー」
「私、問題に出そうなとこまとめてきたよ。ノート見る?」
「マジで!?ありがとう!見る見るー!」
街を見渡せば、登校中の地球人とプラネットの学生が仲良くノートを見せあいっこしていたり。
「今日は仕事が早く終わるから」
「早く帰ってきてね?絶対よ?」
地球人とプラネットのカップルが仲睦まじく腕を組んでいる。これが、普通の光景なのだ。
ソラのたった一言そして、ソラを信じたリオナのたった一言により、地球はあの惨劇を繰り返さずに済んだのだ。










































場所は戻り、
バロック帝国宮殿―――

「ったく!昔はあんなに可愛かったのに生意気になって!」
頭から湯気を出してぷんすか歩くアリアの隣で微笑むリオナ。
「でも、本当不思議な子。プラネットが地球へ初めてやって来た時ソラはどうして大人みたいな事を話したのかしらね。やっぱりソラは未来から来た子かもしれないわ」
「またそれか?リオナ。でも本当…ソラは特別な子かもしれないな。ソラがあの日ああ言ってくれなかったら今頃地球はプラネット達を地球侵略者と誤解し…地球はプラネットとの戦争になっていたかもしれん」
「ソラはそれを経験したから、もう同じ悲劇を繰り返さない為に…って言っていたけれど…」
「やはり不思議な奴だなソラは」
「ふふ。自慢の息子だわ。なんて言ったって地球を救ってくれたんですもの」
「自慢の甥っ子だ!」
「ハァ、ハァ、リオナ様!アリア様!」
「む?」
すると、兵士が慌ててこちらへ駆けてきた。
「どうした。兵士」
「ハァ、ハァ。そ、それが…!ソラ皇子が宮殿を抜け出したそうなのです!」
「何だと!?」
「あらあら。皇帝陛下に似てやんちゃねぇソラは」
「のんきに笑っている場合じゃないぞリオナ!一国の皇子が家出だなんて私は許さん!探すぞ!」
大慌てのアリアと兵士。しかし、リオナはただ優しく微笑んでいるのだった。
































































日本、東京―――――

「世界の歌姫ミルフィ様と握手できるなんて夢みたいだよな!」
「俺、1週間前からまともに寝れてないぜ!」
既に大混雑している東京の街。
大型モニターやビルにはミルフィの巨大ポスターが掲げられ、辺り一帯にはミルフィが歌う可愛らしいポップ調の歌が流れている。今から始まる握手会。長蛇の列の中、たちまち歓声が起きる。
「日本の皆さーん!こんにちは!ミルフィ・ポプキンでーす!」
「ワアアア!」
ミルフィが現れればファンが沸く。そして始まった握手会。
「ああああの!おおおれデビューの時からミルフィちゃんのファファファンですっ!」
「本当!?ありがとう!ミルチョー嬉しいよ♪」
「はい、次の方ー」
せっかく会えたのに、僅か10秒たらずで係員に引き剥がされてしまうファン。しかし、その僅か10秒の間に彼らは思い思いの溢れんばかりの言葉を話すのだ。ただ無言で握手をするファンなどいない。
「あああの!ミルフィちゃん大好きです!」
「ありがとう!ミル頑張るね!」
「ミルフィちゃん新曲すっごく可愛かったよ!全世界1位おめでとう!」
「きゃー!聞いてくれたの?ありがとう!」
膨大な数のファン1人1人に対して両手で握手をして笑顔を絶やさず、1人1人に違った言葉を掛けるところも彼女の魅力だろうか。























前のファンとの握手が終わり、差し出された右手を両手で握るミルフィが笑顔でファンを見る。
「……」
しかし、このファンだけは一言も交わさず。ソラだ。
目すら合わせないから、ミルフィは首を傾げる。
「どうかしたの?あ!まさか順番待ちで具合悪くなっちゃったとか?大丈夫?」
「……」
「何だよあいつ!仮病を使ってミルフィちゃんに心配してもらう作戦か!?」
「汚ねぇぞガキ!」
ファンからは、無言で下を向いたままのソラに罵声が飛ぶ。ミルフィがオロオロしている間にも、係員がソラを引き剥がす。
「はい、次の方ー」
「あ…」
「あの」
「え?」
「…頑張ってください」
引き剥がされてからポツリ呟いたソラの一言に、ミルフィは笑顔を浮かべる。
「うん!ありがとう!君も頑張ってね!」
そして次から次へとファン達との握手会を続けるミルフィを背に、ソラはやはり下を向いたまま1人、握手会会場を去るのだった。決して振り返らずに。

































「今日、東京にミルフィ・ポプキン来てるらしいよ」
「マジで!?でもあの子って男性アーティストで全世界に有名なジョン・ルイと付き合ってるらしいじゃん?」
「じゃあジョンも来てるのかな?」
「ジョンとミルフィとか超ビッグカップルだよね!」
「うん!お似合い〜」
街行く女子高生の会話を背で聞きながら、コンビニの新聞を広げているソラ。見ている記事には"全世界が納得のビッグカップル!"の見出しと共に、とてもかっこいい男性アーティストジョンと幸せそうに手を繋ぐミルフィの写真が一面を飾っている。
「……」
時が戻り、地球を救ったこの世界で出会っていないソラの事は知らないミルフィ。だが、ソラの中には消したくても消えない、時を戻す前の記憶がある。

『雨岬君大好き!!』

時を戻す前のミルフィの声を思い出せば、
「……」


カタン…、

ソラは新聞を置き、コンビニを出て行った。
時を戻し地球を救った事により、皆が平和になった。時を戻す以前の記憶の無い彼らはあの悲劇も知らず平和に暮らしている。これで良い。これが、ハッピーエンド…。









































夏よりも幾分和らいだ陽射しの下。時折そよぐ秋風。街中を笑顔で行き交うたくさんの地球人やプラネットの間を、下を向いてただひたすら歩いて行くソラ。
「はうぅ。お外に出たのは半年振りですから太陽さんが熱いです〜」
「秋だから…これでも夏と違って涼しいんだよ…。月見姉様…いい加減引きこもるの…やめない…?」
長い金髪をなびかせカタカタ震えながら、黒髪セーラー服の少女風希に掴まり怯えている女性月見。
「おめでとう!」
「お幸せに!」
その傍ら。街中の教会からは白い鳩が一斉に羽ばたいている。
大勢の人間に祝福されながら、白いタキシードを着た男性アリスと白いウエディングドレスを着た女性フランが腕を組み階段から降りて、缶を後ろに着けた車に乗り込む。
「わあ。風希ちゃん見てください。結婚式ですよ〜」
「本当だ…ドレス…綺麗…かも…」
「アリス!フラン!幸せになー!」
「おう!」
祝福する友人達に手を振っていたら、たまたま眺めていた通行人の月見と風希と目が合うアリスとフラン。
「あ?」
「綺麗…」
「フラン。其処の通りすがりのガキがお前の事綺麗だってよ」
「え!?本当!?嬉しい!ありがとう!」
「とても綺麗ですよ〜」
車が発進すればアリスとフランを乗せた車は、彼らと面識の無いただの通行人の月見と風希の前を通り過ぎて行く。
そんな人々の間を、ソラは1人やはり下を向いたまま歩いて行く。



































「お兄様見てくださる?とっても素敵なお洋服!」
銀色の髪をした少女レディアナが、ショーウインドウに展示されたピンク色のワンピースを指差しながら兄を手招きする。
茶髪でみつあみ高身長の男性ファンは妹レディアナの隣に立ち、ワンピースをまじまじと見つめる。
「日本で有名なブランドのワンピースだそうですのよ!」
「ふむ。欲しいのか?」
「え!?わ、私は別にそんな事思っておりませんわ!た、ただ素敵なお洋服だなぁと思っただけですの!」
「ふぇ…ひっく、ひっく…お兄ちゃんどこぉ…?」
「あら?この子は?」
「む」
レディアナの足元に、二つ髷をした栗色の髪の幼女がヒクヒク泣きながら立っている。
「お兄様。この子きっと迷子ですわ」
「ああ。何処から誰と来たのだ」
「ひっく、ひっく…アメリカからっ…ひっく、ママとお兄ちゃんとっ…えっく」
「アメリカからか。私達と同じで日本へ来た観光客か。探すのは大変そうだな」
「あぁ!エミリアちゃん居た!」
すると、後方から息を上げてこちらへ駆けてくる金髪の男性ハロルドとその姉の金髪の女性。
「ママ!お兄ちゃぁん!」
少女が一目散に駆け、ハロルドに抱き付く。
「この子、此処で泣いていましたのよ」
「ああ。アメリカから来たそうだが。こんなに幼い子供の目を離してはいかんぞ」
「本当すみませんでした!」
「お兄ちゃん怖かったよぉ!」
「ごめんね本当にごめんね。もうずっと一緒だから大丈夫だからね!」
ファンとレディアナにペコリ一礼をすると、ハロルドと姉はすっかり笑顔になったエミリアを抱き抱えて人混みの中へ消えていった。そんな彼らの脇を、彼らと面識の無いソラが通り過ぎて行く。


































「い、嫌だよ!街中なんてリア充やDQNがいっぱい居るから俺みたいなキモオタは後ろ指指されるだけじゃんか!」
街中を眼鏡で太った体形の少年花月が、藤色でボブヘアーの姉鳥にぐいぐい手を引かれながら歩いている。
「花月は気にし過ぎ。花月が思っているよりみんなは花月の事見てないって」
「で、でも!」
「クスクス。見なよアリス。あの子供あんなに肥えて」
「本当だ〜超デブー!キャハ!」
花月を指差しながら擦れ違ったプラネットのマジョルカとプラネットのアリスのわざと聞こえる声に花月が俯けば、鳥は頭を撫でてやる。
「はあ?チョー邪魔。あんたら退いてよマジキモいー」
見るからに派手な男女の高校生集団の中のリーダー格友里香が、リュックを担いでオロオロしている少年タクローにぶつかり笑いながら通り過ぎて行く。
「キャハハ!見たみた?あのキモいオタクー」
「オタクは秋葉原にいろよって感じー!」
そんな光景を、ショーウインドウ越しにフィギュアを眺めながら少年ryo.がビクビク見ていた。
「ほ、ほらお鳥姉さん!あの人達だってDQN達に後ろ指指されてるじゃんか!だから俺もう街に出たくないよ!」


ドンッ!

「痛っ、」
「痛いやんけ!何処見てほっつき歩いとんのやボケ!」
反対側から歩いてきた、茶髪でいかにもヤーサンな中年男性アイアンと肩がぶつかった花月。
だがアイアンも花月も出会っていない事になっているから、お互いただの通行人同士なのだ。
「す、すみません…」
「チィッ!丸々肥えた気持ち悪いガキやな!」
ぶつぶつ言いながら去って行くアイアンを見て、はぁ…と深い溜め息を吐く花月。
「大丈夫大丈夫。花月はあたしが守ってあげるから」
弟の頭を愛しそうに撫でる姉。姉弟の脇を、下を向いたまま通り過ぎて行ったソラだった。









































行く宛も無く。人混みに流されながら、平和な東京の街を歩き続けるソラ。
「この辺りに美味い店は無いのかよ」
「う〜ん?何処か良いお店あるかしらぁ?」
「俺お腹ペコペコだすけお父さん!お母さん!早くお昼ご飯食べようて!」
「!」
黒髪の中年男性と緑色の人型プラネットの中年女性と黒髪の少年の親子3人と下を向いたまま擦れ違ったソラだったが、聞き覚えある声にハッ!とする。
「鵺!!」
擦れ違ってから立ち止まり、そう名を呼びながら親子に振り返る。
しかし幸雄とグレンベレンバそしてその子供の親子3人はソラには振り返りもせず、楽しそうに会話をしながら人混みの中へ消えていってしまう。
ソラは追い掛けようと一歩前へ足を踏み出すが、止まる。
「お前は昼飯、何が食いたいんだ?」
「そうよそうよぉ〜。愛斗ちんの食べたい物にしましょう!」
「わーい!お父さんお母さんありがとら〜!」
「んふ!愛斗ちんは名前の通り、たくさんのヒトから愛情を注がれる子に育ってほしいからねん。まずはパパとママがたぁくさん愛情を注いであげるわぁ!」
「おいおいグレンベレンバ。過保護にし過ぎじゃないか?」
「良いじゃない!可愛い可愛い1人息子なんだから」
「ま、そうだな」
両親に頭を撫でられ溺愛され、幸せそうに微笑む鵺…ではなく愛斗達親子3人は、人混みの中へ消えていってしまった。
「……」
ソラは口を開いたまま、右手を鵺に伸ばしたまま。だが、ゆっくり口を閉じると右手をぎゅっ…と握り締め、再び1人で歩き出した。鵺達親子が向かった方向とは逆方向を。








































「お父さんいってきまーす!」
「コラコラ楓。はしゃぎ過ぎないんだぞ」
「分かってるって!」
街中から外れた閑静な住宅街。昼間でも静かな住宅街に響く中学生少女の明るい声。
『雨岬』と表札が掲げられた民家から自転車に跨がり出てきた少女楓を、玄関に出て見送る父親。


ザッ…、

「…?お兄さん誰?」
雨岬家の前で、家を見上げて立ち止まったのはソラ。哀愁漂う目をしてただ黙って家を見上げるソラに、少女楓と父親は首を傾げる。
「お父さん知り合い?」
「いや…。見かけない子だね。それに日本人ではないみたいだし…。君、国外の観光客の子かな?迷子になっちゃったのかい?」
楓の父親が優しく話し掛けるがソラはパッ、と下を向いてしまうと、ただただ黙ったまま歩いて行ってしまった。
「…?何だったんだろうねあのお兄さん?」
「さあ…?」
「じゃあお父さんいってきまーす!」
「気を付けるんだよ。雨岬家の大事なたった1人の子供なんだからね楓は」



















































公園――――――


チュンチュン、チュンチュン

「……」
住宅街の奥にひっそりとある公園。遊具が無くベンチしかない。
そのベンチに1人股を広げ、下を向いたまま腰を掛けるソラ。ソラの足元を行ったり来たりする雀しか居ない。地球人もプラネットも誰も居ない静かな昼下がりの公園。
「みんな他人に戻っているんだ…」
今まで街を歩いて来て擦れ違ったかつての仲間達。しかし時が戻り、MADの侵略を防いだ平和なこの地球にはEMS軍など設立されていない。
だから、時を戻す以前は仲間だったハロルド、アリス、ファン、ミルフィ、月見、風希、鳥、花月…全員見知らぬ赤の他人に戻っているのだ。




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