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終焉のアリア【完結】
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同時刻――――――

「ひっさしぶりの東京だぜ!」
日本の東京に到着していたアリス、ファン、風希、鳥の4人。
居る場所はアメリカの墓地とは違い、灰色や黒の長方形の石造りの墓が並ぶ日本の墓地だ。


ミーン、ミーン

鬱蒼と生い茂る木々の中。暑さを増させる蝉の音。
「暑っくるしいなぁ!この音!」
「まだ朝だから涼しい方だ。我慢しろ」
「あ?うっせぇよ」
「あれ…先客…」
「あ?」
風希が指差した先には。誰も居ない朝の墓地に1人、お参りをしている先客が居る。見覚えある後ろ姿に全員が勘付き、鳥は赤ん坊をおぶりながら先客の肩を叩く。


ポン、

「ryo.」
「うわあああ!?だだだ誰かと思いました!びびびびっくりさせないでくださいよ!?」
お参りをしていた先客。それは、ryo.。菊の仏花が供えられた墓には、
"小鳥遊家の墓"と彫られている。
「おー。お前はカズのダチのオタクじゃねぇか!」
「みみみなさんはEMS軍の軍人殿達と峠下氏の姉上達…!」
「あれからryo.1人で日本に帰ったけど。元気にしてる?」
「は、はい。国からは孤児認定を受け、国からの助成金で何とか高校は行けております。その節はたた助けてくださりありがとうございました!!」
深々頭を下げるryo.。ふと、墓前に供えられた同人誌数冊を見て笑む鳥。
「あ。花月に供えてくれたんだ」
「墓前に供えるには罰当たりかと思いましたが、峠下氏が天国でリリアたんがいなくて泣いているのではと思いまして…。し、失礼でしたら今すぐ下げますので!」
「下げなくて良い…」
「風希ちゃん?」
珍しく優しい風希の一言。普段だったらそんなアニメの本は気持ち悪い、とばっさり切り捨てるのだが。
「と、峠下氏の姉上…?」
「下げなくて良い…花月…天国で…見るかもしれない…その本…。弟の為に…ありがとう…」
「あ…!ありがとうございます!峠下氏の姉上!」

























「っしゃー。この墓で、ぐーすか寝てるのはカズだけじゃないんだぜ。ほら。堅物ヤロー。買ってきた、あー…何つった?」
「仏花…」
「ああ。そうだ。仏花供えろ。月見にな」
「…ああ」
ファンは大きく見事な仏花をそっ…と供え、先程日本へ来る間に風希と鳥から教わった"日本の墓参り"を実践。数珠を手につけて目を瞑り、手を合わせる。そうすれば、アリスも風希も鳥もryo.も手を合わせる。


しん……

静寂の後、そっと目を開くファンの目は今までに見た事の無い切ない目をしていた。
「小鳥遊。本当に此処に月見が眠っているのか」
「そう…月見姉様…居る…」
「小鳥遊。お前の霊感とやらで月見は見えないのか」
「え…?」
「見えるだろう。月見は此処に居るのだろう」
「え…?えっ…」
珍しく取り乱すファンに、風希までも戸惑う。冷静沈着硬派な彼が、表情こそ普段通りだが口は戸惑っているから呆然としてしまう鳥とryo.。
「幽霊でもどんな姿でも良い。ただ月見に会い、礼がしたい。そして謝罪したい。だから小鳥遊。月見は今どこに居るか教えてくれないか」
「え…えっ…」
「小鳥遊。どうした。早く教えてくれ」
「ご…めんなさい…見えない…月見姉様…見えない…」
「気を遣わなくて良い。幽霊でもそれが月見なら何も怖がる事は無い。寧ろ喜ばしい。小鳥遊、」

ゴツン!

「っつー…、」
「なぁにぶっ壊れてんだよ堅物ヤロー」
ファンの頭を思いきりグーで殴ったのはアリス。ファンは頭を押さえ、アリスを見る。

























アリスは右手を腰に充てて八重歯を覗かせて、ファンを左手で指差す。
「月見が見えるか見えねぇか?ンなのどうだっていーだろが。きめぇんだよお前!月見ならちゃんと天からいつもてめぇの事を見てるに決まってるだろうが!だからてめぇはあの大戦を生き抜けたんだ。月見が見守ってたから。そうだろが!」
「だ、だが…」
「だがもクソもねぇ!女々しいヤローだな!てめぇ、月見の事信じてねぇな?月見ならてめぇの事ずっと見守ってる、そう信じてやれよ!分かったかボケ!」
言葉は悪いが、ファンは目を見開くと、今までに見た事の無い笑顔を浮かべた。
「はっ…はは、そうか。そうだ。アリス。お前もたまには良い事を言う」
「たまにはって何だよてめぇ!」
「そうだな。そうだ。小鳥遊すまなかった。月見の事だ。私達をいつも見ていてくれてる。そんな事、考えなくとも分かる事だったな」
「うん…」
「そうだよ」
落ち着いたファンを見てふぅ、と息を吐くアリス。
「お参りしたし。今日東京は花火大会があるからさ。ご飯食べてからみんなで花火見ようよ。花火って死者を供養する意味もあるんだよ」
「花火かー!ガキの頃姉貴と見て以来だなァ!」
「行ってみよう…」
鳥が風希の車椅子を押しながら先頭を歩き、その後ろにファン、ryo.が続き、墓地を去っていく。しかし、アリスはまだ小鳥遊家の墓前に立ったまま。
「?アリス。どうした。墓地を出るぞ」
「……」
「アリス?おい。アリ、」
「小鳥遊風希は俺様が世界一幸せにしてやるから安心して寝てろよ風希のオヤジとオフクロー!!」
「!?」
アリスが小鳥遊家の墓に向かって墓地一帯に響き渡る大声を突然上げたものだから、皆びっくりして振り返る。

















「な、何やってんのアリ、」
「おい!風希!」


ビシッ!

風希を指差すアリス。
「前言撤回!やっぱり来世までなんざ待てっこねぇ!風希のオヤジとオフクロもこの墓に居るんだろ!今、許可とったから。風希!俺に貰われろバカ女!」
「……!」
あり得ない時と場所の発言にファンと鳥は顔を見合わせ、肩を竦める。風希は車椅子に乗ったままただいつもの無表情。
「おい風希!返事しやがれ鎌女!てめぇのオヤジとオフクロには許可とったぞ!あとはてめぇの許可だけだ!」
相変わらず無表情でピクリとも顔色を変えない風希。
「風希ちゃん。返事してあげなよ。こんな場所でムードも何も無いバカだけど。ね?」
「……」
「風希ちゃ、」


ドガン!

「どわあああ!?」
無表情のままアリススレスレのところまで鎌を飛ばした風希。危うく首をはねられ、墓地の仲間入りするところだったアリスが鎌をキャッチし、風希の元へ行き目の前に立ち、風希を指差す。
「おいぃいい!風希てめぇえ!墓地で何罰当たりな事してんだよ!それに俺が新しい墓に入るところだったじゃ、」
「許可っていうの…それ…」
「あ?許可とっただろが」
「一方的に言っただけ…。お父さんとお母さんの許可をとった事にならない…」
「うるせぇな。細けぇこたぁいちいち良いんだよ」
「仕方ない…。貰い手いなさそう…。だから…私が…貰ってあげる…」
「!」
顔を上げてそう言った風希の表情は、姉妹の鳥でも生まれて初めて見る満面の笑みだった。涙が一筋頬を伝っていたが。
「風、希…」
「感謝して…。貰ってあげるんだから…」
「お、おう…。おう!おう!!」
アリスが屈んで車椅子の風希を抱き締めれば、お互い本当幸せそうに笑い合う。
「はは…はは!バッカ!ふざけんじゃねぇぞてめぇ!貰ってやるのはこっちの台詞だ!てめぇみたいな無愛想オカルト鎌女、貰い手なんざいねぇんだよ!」
「こっちの台詞…」
「フランやクソ坊っちゃんの分までお前を幸せにしてやるし、お前が一生歩けなくなったのは俺が弱かった責任だ。だから一っっ生お前の足になってやるからな!心配するんじゃねぇぞ!」
「…うん」
















「はぁ〜。見てらんないよね」
「全くだな」
「リア充爆発しろ…」
鳥とファンはそう言いながらも肩を竦め、自分事のように幸せそうに微笑んでいる。(ryo.は別のようだが…)
「ん。じゃ、まだ早いけど花火見るには場所取りしなくちゃだから行こう」
「ああ、そうだな」
鳥が促せば、ryo.も共に墓地を出るのだった。















































その日の晩―――――

ワイワイ。ガヤガヤ。
遠く街の方からは、花火大会を見に行く人々の楽しそうな笑い声が聞こえる。
そんな中。雑木林の中にある人気の無い小高い丘に。いかにもお手製な木で作った二つの板を立てる空。板には"鵺"と"ミルフィ"と手書きで刻まれていた。板の下の土には少し膨らみがある。空が作った簡易的な墓だろう。
それらを夜空の下で見る空の目は悲しみでいっぱいでもあり、どこか覚悟していた目でもあり…。
「鵺…。ミルフィ…。俺だけ平和になった世界で生きて良いのか…不安になる。お前らの代わりに俺が逝けばどんなに幸せだったか…そればかり思うよ」


ドン!ドンッ!

「わー!」
空の背後が赤や緑黄色色とりどりに輝き、大きな音が聞こえ出す。花火が打ち上がる時間になったのだ。遠くからは、人々が花火に魅了され、上げる歓喜の声が聞こえてくる。空はただ振り向く。小高い丘の上よりも遥か上に、大輪の花のように美しい花火が次々上がっていた。
「……。お前に見せたかったのに。お前が死んだ日にお前以外の人達が花火を幸せそうに眺めて笑い合う…。やるせないよ。何でなんだ、って。平和に生きてる奴らがいるのに何でお前はもういないんだって。何でお前なんだ、って…神なんて居ないなって…何度も思ったよ。此処へお前の墓を作りに行く途中すれ違った着物姿で花火を見に行く奴らを睨みたかった。でも…そんな事してどうなるんだって。そんな事してお前が帰ってくるのかって」


ドン!ドン!

空の心情も知らずに花火は次々と打ち上がりそして、人々の幸せそうな声が聞こえてくる。
「だからもうやめた。周りの奴らなんて関係無い。お前が…お前らが生きたかった今日を明日を…俺が生きるしかないんだって…」
空は2人の墓前で膝を抱えて座り込みながら、墓を見ている。
「何て言ってもさ…そんなの理想だよな…。俺はやっぱり、何で死ぬのが俺じゃなくてお前らなんだよって思いばっかりだよ…」
2人の名前が刻まれた板を撫でる。
「ミルフィ…。お前はいつも明るいけど辛い事は隠すから…向こうで平気か?」
空はきゅっ…、と口を強く噛み締める。
「鵺…。お前、向こうでも地球人とMADのハーフだからっていじめられてないか?」


ポタ…ポタ…、

土を、空から滴る水が濡らしていく。空は眼鏡のレンズが見えなくなる程の涙をボロボロ流す。
「俺はまた1人になったなんて思うより、俺は、お前らが独りぼっちになって向こうでいじめられてないかが不安で不安で仕方ないんだよ…!こっちみたいにすぐ俺が助けに行けないから不安で不安で…!ぐすっ…」
空は抱えた膝に顔を伏す。
「神様なんかが居るんならどうか…どうかあいつらが向こうで幸せでいられるようお願いします…」

















































その頃、
アリス達――――


ドン!ドンッ!

「うおー!あれがスターマインだぜ!な!なっ!?」
花火大会にやって来ていたアリス、ファン、風希、鳥、ryo.。大混雑で、まるで東京の朝の地下鉄のような河川敷から花火を眺めている。
「まったく。アリスお前は本当に子供だな」
「騒がしい…黙って見ていられないの…ニコチン…」
「あ?何つったてめぇら!」
「あ!スターマインの後って最後の大きい花火じゃなかった?」
「む。そうなのか小鳥遊」
「確か私も幼少の頃見た花火大会ではそうでしたが」
各々が最後を飾る大輪の花火にわくわくソワソワして目を輝かせていると。夜空の下から上へ向かってヒューッと上がっていく1本の赤い光が。
「ほら!上がるよ!最後の花火!」
フィナーレを目前に皆が目を輝かせる。


ドーン!

「ギャアアアアア!」
「!?」
最後の大輪の花火の心臓に響く大きな音にも勝る叫び声が、花火の音を掻き消して辺り一帯に響き渡った。嫌な予感がしたアリス達が振り向くと。
「なっ…!?MAD!?」
押し寄せた地球人の中に奇妙な緑色の生物MAD達が潜んでおり、花火の見物客を次々と食い千切っているのだった。


ブチ!ブチッ!

「ギャアアアアア!」


ゴロン!

食い千切られた地球人の頭が鳥の足元へ転がり落ちれば、頭だけとなった若い男性は涙を流しながら鳥に訴えかける。
「だ…、だず…げ…で…死にたぐ…な…い"…」
「ひっ…!」
「お鳥ちゃん危ない…!」


ドスッ!

ビル上空から鳥と鳥がおぶる赤ん坊を狙って飛び降りてきたMADを、アリスが剣で凪ぎ払う。
「ギィヤアア!地球人の分際でェエエ!」
しかしこの地球人の人数とMADの人数では、いくらアリス達でも到底かなわない。
「チッ!クソMADが!堅物ヤロー!本部に援軍を要請しやがれ!」
「駄目だ…」
「あ?」
耳に通信機をあてて、目を見開き顔が青白いファン。もたもたしているファンにイラついたアリスは舌打ちしながら、ファンの通信機を取り上げ、自分の耳にあてる。
「何ボサッとしてんだよ!だからてめぇはいつも肝心な時に遅ぇんだ!貸せ!…もしもし!EMS軍アリス・ブラッディだ!場所は日本東京!MADが大量出現した!至急、本部からの援軍を頼む!」
「ギャギャギャ!援軍だぁ?俺らが日本に援軍に行ったらお前ら地球人は余計不利になるんじゃねぇかぁ?ギャギャギャ!」
「んなっ…!?」


ガシャン!

ファンはアリスから通信機を取り上げると、地面に叩き付けた。


















「んなっ…!?堅物ヤロー今の…!」
「…だから言っただろう。駄目だ、と…」
「!?本部がMADに制圧されたって事かよ!?おかしいだろ!?グレンベレンバや上官共は死んだっつーのにどうしてまたあいつら化け物が勢力をあげてんだよ!?」
「知った事か!此処で喚いていたところで何も変わらん。事態は悪化するだけだ。…いくぞ」
「ああ」
アリスとファン、そして鳥は各々の武器を繰り出す。
「私も…戦う…」
「てめぇはおとなしくしてやがれ鎌女!また単独行動されちゃこっちが困るんだよ!」
「戦う…戦、」
「言う事きかねぇなら貰ってやんねぇぞ風希!!」
「……。ごめんなさい…」
「よっし。いい子だ。いくぜ!堅物ヤロー!お鳥!そんでカズのダチもついてきやがれ!死なねぇようにな!」
「ははは、はいぃ!!」アリス、ファン、鳥がMADを攻撃しながら人混みを駆け、その後ろをryo.が風希の車椅子を押しながらヒィヒィ言いながらも走る。























「ギャアアア!こいつら見た事ある!」
「EMS軍の奴らだ!」
「逃げろ!逃げろ!ギャアアアアア!」
「EMS軍だって!?」
「嗚呼良かった!どうか私達地球人をMADの手から助けて下さい!!」
アリス達の攻撃に逃げ惑うMAD達。逆に、希望の光を見出だす地球人達。
「あったりめぇよ!こんな下級クソMAD共なんざ上官クソMAD共より楽しょ、」


ドクン…!!

「う"っ…!!」
突然鼓動が激しく鳴り、左胸を押さえて立ち止まり前屈みになるアリス。
「何を立ち止まっているのだアリス!」
「立ち止まってる暇ないよアリス!」


ドクン…!ドクン…!

熱く発汗し、脈動が異常に速くなる。瞳孔が見開く。この感覚、以前もどこかで感じた事が…。
ファンはアリスの肩を掴み、無理矢理向かせる。
「アリス!しっかりしろ!おい、アリ、」
「ウガアアアア!!」
「アリ…ス!?」
振り向かされたアリスの瞳は血を溢したように真っ赤に染まり、正気を失っており、ファンの肩に噛みつく。


ガブッ!

「ぐっ…!目を覚ませアリス!!」
ファンがアリスを蹴り飛ばす。MAD化したアリスを。




















「くっ…!ここ2年MAD化が起きなかったからもう大丈夫なのだとばかり思っていたというのに、こんな時に限って!」
「きゃあああ!やめて!やめて風希ちゃん!!」
「!?小鳥遊!?」
鳥の悲鳴が聞こえてファンが振り向けば、車椅子から転げ落ちても地を這い、鳥と抱いている赤ん坊に牙を向ける瞳が真っ赤でまるで野生の獣な風希。風希の足元には、噛まれた痕のある首から血をドクドク流して倒れているryo.。
「…!!た、小鳥遊…!まさかお前までこんな時に再びMAD化したというのか…!?くっ…!」
鳥の足にしがみつき噛み付く風希を振り払おうとするファン。
「やめろ!小鳥遊!正気に戻れ!小鳥遊!」
「ヴヴヴヴ…!!」
「聞こえないのか!?小鳥遊!」
「風希ちゃんやめて!風希ちゃん!風希ちゃん!」
「ヴヴヴヴヴ!!」


ドスッ…!

「…!!」
風希に気をとられていたら背後から飛び掛かってきたアリスにファンは頭を蹴られ、その場に伏す。






















アリスは歯をまるで牙のように光らせ、ファンに向けて口を大きく開くから、鳥が涙を流しながらアリスの服を引っ張り、止めようとする。
「アリスやめて!目を覚ましてアリス!アリス!」
「お!美味そうな地球人の赤ん坊いーただきっ!」


ドスン!

「え…?」
背後から忍び寄った真っ赤なMADの爪が、抱いていた赤ん坊の首をはねた。
「ガキの地球人の肉程美味いんだよな!いただきまーす!」
鳥は目を見開き、首の無くなった我が子をただ呆然と見て…我に返る。今何が起きたのかを脳が理解する。
「いやあああああ!!」
蔓延る化け物。ネオンが眩しい東京の街を我先にと他人を押し退け、果てには最愛の家族や恋人を押し退けてまで必死に自分だけでも助かろうと逃げて走る地球人。
「ギャギャギャ!シルヴェルトリフェミア様やドロテア様、アリス様、マジョルカ様が居なくなっても俺達がいる限りMADが地球に居る限り地球に平和なんて訪れないんだ!分かったか下劣な地球人!」
































「嗚呼…そうなんだよな。あの日から…MADが地球人を恨んだあの日からもう地球は、どう足掻いたって破滅の道へしか残されていなかったんだ…」
あの日のように大型スクリーンに映るビールのCMにMADが出ていて、東京の街に蔓延る無数のMAD、そして悲鳴が轟き、血飛沫飛び散る街をビルの屋上から見下ろしている空。
泣きもせず怒りもせず、ただただ諦めた表情で現実を見つめている。
「敵の長を殺せば平和になる…ハッピーエンド…。そんな、ゲームみたいにうまくいかないんだ現実は」
空の赤と黄色の瞳に映るのは、頭を食われ、四肢を食われ、目玉や舌が転がる道端…地獄絵図。
「あいつらは…地球人は知らないんだ…。あの日…俺の故郷に助けを求めにやって来たMAD達を俺の両親が殺さなきゃこんな事にならなかったなんて誰も…この地球上で俺以外誰も知らないんだ…」
先程まで鮮やかな花火が上がっていたはずなのに今は不気味に赤く輝く月が浮かぶ夜空を見上げる。MADが侵略してから赤い月は、まるで地球人を嘲笑っているかのよう。
「じゃあどうすれば良い…?俺が全員MADを全滅させてやる!…そんなの漫画の世界だけなんだ。もう手遅れだったんだ…。地球に侵略された時点でもう俺達は手遅れだったんだ。EMS軍なんて意味が無かったんだ。圧倒的戦力の前では、地球人の抵抗も夢も全て無意味なモノだったんだよ…」
俯いた空の瞳がどちらも赤く輝く…。


ドクン…!

鼓動が突然激しく鳴れば、空は動悸がする。赤く輝かせた瞳に、逃げ惑う地球人を映して悪魔のように笑む。
「嗚呼…駄目だ…腹が減ったな…。ここ最近も鵺にばっかり飯をやってたから空腹なんだよ…。嗚呼…美味そうじゃんあの地球人…だ、ダメだ!」
バッ!と慌てて自分の顔を両手の平で覆う空。
「ダメだ!ダメだ!ダメだろ!!何考えてんだ俺は…!俺は地球人だ!あんな化け物とこれ以上一緒になるな!ダメだ!…ダメだ…」
空は真っ赤な瞳に光る涙を浮かべ、地獄絵図を見下ろす。
「ダメだ…ダメだもう…俺もMAD化してるんだ…。もうダメだ…あんなにみんなで頑張ったのに…何もかももうダメだ…終わりなんだよ始めから…」
「ならやり直そうよ、そら」
「え…?」
振り向けば、其処にはシルヴェルトリフェミアがにっこり微笑んで立っていた。




















「シルヴェルトリ…フェミア…」
「そら。やっと気付いてくれたね。地球に残された選択肢は、たとえEMS軍が設立されたって破滅しかなかった事」


コツ…コツ…

シルヴェルトリフェミアは微笑みながら空に歩み寄る。
「そらはどうして鵺と友達になれたの?」
「どうして…って…」
「MADの血を流している鵺を見たのに。鵺は普通の人間じゃないと知っても鵺と友達になれたよね。それはどうして?」
「それ…は…」
シルヴェルトリフェミアは空の前で、ピタリ…止まる。
「地球人もおんなじ。容姿が醜いとか、普通と違うとか。"普通と違う"ヒトを地球人は、会話もしていないのに見た目だけで否定する。迫害する。でも、緑色の血を流すあきらかに普通と違う鵺とそらが友達になれたのはね、そこに会話があったからだよぅ」
「会…話…?」
「鵺と話した事で鵺の気持ちを知れた。ヒトとヒトは会話をする事で相手の事をお互いの事を知れる。見た目だけじゃ相手が良いヒトか悪いヒトかなんて本当は分からないんだよぅ。それができないから、地球人は何千年経った今も地球人同士で戦争をやめられなかったんだよぅ。MADが侵略してきても地球人同士で初めの内はひとつになれなかった。そらとEMS軍も。そらの目の色が赤いからMADだって言われてたでしょ?でも仲良くなったよね。そこに会話があったから。だから…」
シルヴェルトリフェミアはにっこり笑い、空の額に人差し指を指す。真っ赤な両方の瞳で呆然と見てくる空に、シルヴェルトリフェミアは胸を痛める。
「できるよ。優しいから。できるから最後のチャンス。あげるね。ソラならできるから。お願いだよ」
指した人差し指から白い光が放たれ、辺り一帯が白い世界に包まれる。白い世界には無数の地球人の映像と無数の時計が映し出されている。
「なっ…!?此処は何処だよ!?シルヴェルトリフェミア!?おい…シトリー!?」

































気付くと、さっきまで立っていた足場が無くなっており、足元にも無数の地球人の映像…いや、記憶が。それらに吸い込まれ、シルヴェルトリフェミアがだんだん遠ざかって…いや、空がシルヴェルトリフェミアからだんだん遠ざかり、地球人達の記憶に吸い込まれていくのだ。
「おい!何だよこれは!?何だよ最後のチャンスって!おい!」
「呼んでくれた。シトリーって呼んでくれた。ソラなら優しいからきっとできるってシトリー信じてるからね」
「おい!何がどうなってんだよ!おい!」

『お祖母ちゃん!俺な、でっけくなったらぜってぇお祖母ちゃんにでっけぇ家プレゼントしてやるすけ楽しみに待ってろて!』
『エミリアちゃんお誕生日おめでとう!来年のお誕生日も一緒にお祝いしようね』
『はあ?ったく。おい、馬鹿フラン!仕方ねぇから俺ン家住まわせてやるよ!』
『レディアナ。マディナ帝国にはお前のように生真面目で正義感ある女帝が相応しい。何、心配するな。私が推奨してやる』
『ぱぱ!あのね!ミルはままが居なくて寂しい時もあるけど…でもぱぱがずーっと一緒に居てくれればミルは世界一幸せなんだよ!』
『わたくしはお父様、お母様、妹、弟がもし助からない病にかかったとしてもわたくしが代わりになりたい…そのくらいわたくしには家族が大切なのです』
『もしだったら私が小鳥遊家を継ぐ…。だって…姉様や妹、弟を危険な目に合わせるくらいなら…私が継ぐ…。大丈夫…』
『花月が居なくなったらあたしも居なくなりたいくらい辛いんだよ!?だってあたし花月のこと…!』
『何で俺なんだよ何で何でいつも俺ばかり辛い目に合うんだよ!それならいっそ地球が戦争になってあいつらを殺してくれればいいのに…』


「な…何だよ…これは…」
空の脳に直接響くのは聞き覚えある10人の声。
そして辺りを見回せば、今より少し若い鵺、ハロルド、アリス、ファン、ミルフィ、月見、風希、鳥、花月の記憶が映像となって映し出されている。
「俺は今…地球人達の…こいつらの記憶の中に居る…?はっ。そんな漫画みたいな事あるわけ…、」

『俺っ…俺!雨岬と友達になれて良かったと思った事しかねぇて!!だすけ、居なければ良かったとか、そんげ事思うなて!』
『好きな女の子がやつれる程悩んでいたら誰だって心配するよ!!』
『俺のせいでMAD化しちまって本当にごめんな風希』
『ハロルド達は隠しているが、私には分かっている。…鳳条院。貴様が…月見を殺した!!』
『これからはわたくしがファンさんの左腕になりますから、片腕だけになっても心配しないで下さいね』
『大切な人を食らって…尚且つその姿に化けるなんて…許せない…。そんな非道な化け物なんて…一生生き返れないようにしてやる…』
『じゃあお詫びにこれからずっと一緒に居てね』
『やめろやめろ!やめてくれ!!お鳥ちゃんにはこれ以上何もしないでくれ!!何でもする!俺が何でもするから、お鳥ちゃんにだけはもう手を出さないでくれ!!』


「…!?」
各々の今までの記憶が映像と音声と共に波のように押し寄せてきて、空は目を見開く。


























その時。真正面に自分と同じ白い髪をした男女や兵士達が緑色のMADを乱射している映像が見えた。空は目を細め、その映像を注視する。

『貴様ら何者だ!』
『気持ちの悪い珍獣め!』
『ち、違う!話を聞いてくれ!我々はプラネットという惑星の住人で、地球との相互理解を望み、』
『言い訳は聞かん!どうせ地球を侵略に来たのだろう宇宙人!』
『違います!寿命のもう少ない私達の惑星プラネットとで協力したいと思って、』
『撃て!!』


パァン!パァン!

『ふぅ…。異星人…か。そんなもの架空の生き物だとばかり思っていたが、地球外惑星が存在するという事は異星人が居てもおかしくはないという事ではあるが…。現実に存在し目の前に現れるとは考えてもいなかったな。はは。しかし言葉も通じるとは、』
『何故…何故…まだ何も話していないというのに…敵視したのだ地球人よ…』
『なっ…!?』
『我々はただ…力を貸して欲しかっただけだというのに…話も聞いてくれず地球人達は…』
『なっ、何だ貴様ら!気味の悪い宇宙人め!』
『地球はこんなにも美しいというのに…其処に住む地球人はどうしてこうも…愚かで非情なのだ…』
『お、お前達撃て!直ぐにこの気味の悪い宇宙人共を抹殺しろ!こんな身の毛もよだつ訳も分からない宇宙人共に地球人が適わないなどそんな物語はフィクション!我々地球人がこの宇宙で最も優れている!』
『地球人は愚かで非情だ…争いでしか解決しようとしない…この宇宙で最も下衆な生き物だ…!!』
『何て酷い…!何故そのような事をなさったのですか!貴方は他の惑星の人間とお聞きしました。目的は何ですか?地球侵略なのですね!?』
『…何故そうやって話し合いもせず端から決め付けるのでしょう…。さすがは非道な地球人ですね…!』
『貴方がたは勘違いしていらっしゃる。私達プラネットは地球人と力を合わせ、互いの惑星の寿命を永らえる為この惑星へやって来、』


パァン!

『まだ話は終わっていません。せめて私の話だけでも聞いて、』
『ふざけるなもののけめ!お前らはどうせ、そうやって甘い言葉で私達を引き付け地球を侵略するつもりだ!』
『ですからそれは貴方達地球人の勝手な思い込みで、』
『黙れ侵略者!』


パァン!パァン!

『ソラ!無事だったか。お前の事は私が守ってやるからな。だからもう怖いものを見なくて良い』

大量の記憶の情報量が、空を埋め尽くす白い空間で。空は目を細め、何とも言えぬ表情を浮かべて空間を落ちていく。

























――嗚呼…。そうか。そういう事か。これはババァやシルヴェルトリフェミアが言ってた本当の俺が生まれた母国で…これが初めてMAD達が地球にやって来た日の記憶なんだ。…分かった。シルヴェルトリフェミアが俺に"鵺と友達になれたのは""ソラならきっとできる""最後のチャンス"…そう言った意味がこの記憶を見てようやく分かった――
何処まで落ちても底が無い空間を落ちていく空は、ただただ大量の記憶の映像を眺める。
「俺は漫画や映画の主人公じゃない。世界の危機を救えるヒーローじゃない。俺にばっかり何でもかんでも押し付けんじゃねーよ。でも…」
空は静かに目を瞑り、ただただ落ちていく。
「分かったよ。なってみるのも悪くないかも…な」
空が落ちていった先を、真っ白く目映い光がピカッ!と光り、空はその光に吸い込まれていった。



















to be continued...



















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