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終焉のアリア【完結】
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「な、何だよあの姿…!」
空と鵺以外の8人の姿が混ざり合った異質で不気味な姿に変形し、辺りに禍々しい黒い光を放つグレンベレンバ。空と鵺は呆然。
「イギャッ!!」


ズドン!!

「雨岬!!」
化物のような声を上げてハロルドの黒い羽で飛び、ファンの炎を纏いながら空に突進する。亀裂が走り、足場が二つに割れたビルの西側から鵺が顔を青くして空の名前を呼ぶ。するとグレンベレンバが纏う炎が晴れて其処には、魍魎でグレンベレンバの攻撃を何とか受け止めている空の姿が。まだ安心はできないが、鵺はホッと一安心する。
「っ…、ぐ…!」
「アハハハハ!アハ!アハハハハ!」
8人が混ざった姿で。8人が混ざった声で狂者の如く笑うグレンベレンバを、空は魍魎で受け止めながら歯を覗かせて嘲笑う。
「はっ。キモいんだよ化け物が!!」


ドン!ドン!

「イギャアアアア!」
辺りに血のような真っ赤な光を放ちながら魍魎を大きくブンッ!と振る事でグレンベレンバを吹き飛ばした空。しかしグレンベレンバはギリギリ、ビルの端に掴まり、助かる。


























「雨岬!でぇじょぶらけ!」
「大丈夫なわけないだろ!お前もこいつどうにかしろよド田舎者!」
「うるせぇてば!俺も戦いてぇろも、この床の亀裂が邪魔して俺はおめさんの所へ行けねんだすけ仕方ねぇろ!?」
「助走つけてこっちにジャンプしてこい」
「何らて!?失敗して亀裂に落ちたら俺、あの世逝きだねっか!」
「大丈夫だよ。多分」
「多分言ったねっか!」
「大丈夫だから。ほら、早く来いよ馬鹿」
「〜〜!落っこちて死んだらおめさんの事呪うっけな!」
鵺は西側のビルの端から全速力で助走をつける。亀裂に差し掛かると、目を瞑り、一か八か亀裂の上を東側で手を広げて待っている空目掛け、大きくジャンプ。


タンッ!

「ひぃっ!」


ドシャッ!

何とかギリギリのところで亀裂を飛び越え、空にしがみつく。
空とグレンベレンバ、シルヴェルトリフェミアが居る東側に無事来れた鵺はまだ、後ろにある亀裂を恐ろしそうに見ている。
「ほら。大丈夫だっただろ」
「おおお落っこちたらどうするつもりらったんら!雨岬のうっすらバーカ!!」
「んふ…本当仲が良いのね。お母さん妬けちゃうわ」
「!」


ユラリ…、

端に掴まって一命を取り止めたグレンベレンバはユラリ…立ち上がる。空と鵺はすぐ真剣な眼差しに切り替わり、身構える。
「こいつの母親なんかじゃないっつったり、母親だっつったり。どっちなんだよ化け物」
「んふ…ふふふ…ふふふ…」
「…?笑ってばっかりいないで何とか言ったらどうな、」


スパン!!

「が、はっ…!!」
「あ、雨岬!!」
グレンベレンバはその場からヒュン!と鎌を飛ばし、鎌は空の腹部右側に刺さった。
「ゲホッ!!」
「雨岬!!」
空は緑と赤が混ざった血を吐き、腹を押さえながら倒れこむ。
「雨岬!しっかりしろて!雨岬!」
「鵺ちんは誰のが好みかしらん?」
「!」


ゾワッ…!

いつの間にか背後をとられた鵺。8人の声が混ざった不気味な声に身の毛がよだつ。
恐る恐る後ろを振り向くと其処には、やはり8人の姿が混ざった不気味な姿のグレンベレンバがバサバサと片羽を動かして宙を浮き、こちらをニヤリ笑って見ていた。その光景はホラーさながら…いや、まだ幽霊の方が可愛いかもしれない。

























「鵺ちんは誰のが好みかし…、」
「バ、バーカ!バーカ!うっすらバーカ!おめさんなんて俺のお母さんじゃねぇんら!俺はもう、お母さんなんていなぐても雨岬がいてくれるすけでぇじょぶなんら!化け物なお母さんなんて死んじまえば良いんら!」


ガッ!

鵺はMAD化した体のナイフ程の殺傷力がある赤い長い爪で、声を上げながらグレンベレンバに立ち向かう。
「うわああああ!」
「んふ…。化け物はどっちかしら鵺ちん?」
「!!」


ドン!ズドン!ドン!!

何とグレンベレンバは8人の技全てを鵺に対し駆使してきた。
ハロルドの刻を止める技で鵺の身動きを止めた間に黒い羽で鵺を斬りつけ、アリスの黒い剣で斬りつけ、ファンの炎で呑み込み、風希の鎌で斬りつけ、鳥の大群の蝶を鵺の体に侵入させ内側から攻撃し、花月の魑魅で攻撃し、そして最後に月見の白い暖かな光を身に纏い自分の傷を癒す。
「悪い子にはオシオキしなくちゃ。それが母親の務めでしょ?んふ!」
「が…、はっ…、」


バタン…!

炎で焼け焦げた体。あちこちを斬りつけられた体。鵺はその場に倒れた。
ジワリ…
倒れた鵺の体の下からは緑色の血がジワリ流れ、それは隣で横たわる空の所へも流れていく。
「ぬ、」
「いただきまぁす!」


ガブッ!

「!!」
グレンベレンバは鵺の右足付け根からモグモグと食べ始めたのだ。食べられても叫び声すら上げられない鵺を、横たわりながら呆然と見つめるのは空。


バリッ!ムシャ、ムシャ!モグモグ!

「んー?やっぱり地球人とMADの体だけあってちょーっと不思議な味がするわねぇ鵺ちんの体は。でも不味くはないわぁ。もぐもぐ」
「めろ…、おい…」
「もぐもぐ!もぐもぐ」
「おい…やめろ…やめろよ…」
空の声は聞こえているのかいないのか、グレンベレンバは楽しそうに鵺を食していく。右足付け根の次は太股を。そして膝を。
空は目を見開く。
「やめろ…やめろ…もうやめろっつってんだろ!!」
「じゃあ鵺ちんの次は空ちゃんを食べてイイってことかしらん?」
「は…?」


ガブッ!

「っ"ー!!あ"あ"あ"あ"あ"!!」
鵺の肉を口角に付けたまま次は空の右手の指を小指から順々に食べていくグレンベレンバ。空が片手で魍魎を振っても簡単に振り払われてしまうし、足で蹴って離そうとしても離れず、モグモグと美味しそうに空を食べていくグレンベレンバ。空は瞳孔が開ききった血走った目で、血の気が引いた顔で、ただただ食べられていく恐怖に犯されてゆく。
「う"あ"あ"あ"あ"!!」
「うーん!やっぱりMAD化しつつあっても元が生粋の地球人な空ちゃんの方が美味しいわぁ。はい、次は薬指ー」


バリッ!

「あ"あ"あ"あ"あ"!!」
「モグモグ、んー!美味しい!次は中指〜」


バリッ!

「う"あああああ!」
「空ちゃんは贅肉が無いから脂身が多くなくてホント美味しいわぁ。じゃあ次は、一気にまとめて人差し指と親指同時にイっちゃいましょう!」


バリッ!バキッ!

「あ"あ"あ"あ"あ"!」


ズルッ…、

空の右手から人差し指と親指をグレンベレンバが噛み千切れば、空はその場にうつ伏せで力無く倒れる。

























「はぁ"…はぁ…はぁ"…」
陸にあげられた魚のように肩で呼吸をしながら、指をもがれた自分の右手を見つめながら…その今までに味わった事の無い恐怖と痛みに、自然と涙が頬を伝う。
「はぁ"…はぁ…」
「空ちゃぁん」


ザッ…

グレンベレンバは空を見下ろし、笑う。空は力が無いから目だけでグレンベレンバを見上げる。
「delicious!空ちゃんは今まで食べてきた地球人の中でいちばぁん美味しいわよん。んふ。こんなすぐ近くに絶品がいたなんて。今まで勿体ない事していたわぁ。で・も…」


ガブッ!

「メインディッシュはとっておくモノよねん!」
右手をだんだん上へ上へと食べられていくのに空はもう叫び声すら上げない。いや、上げられない。鵺と同じだ。もう、強烈な痛みと恐怖で意識が朦朧として声すら出せないのだ。涙を頬に伝わせたまま、ボーッと真っ赤な空を見つめる。己が食べられていくのを待ちながら。
――嗚呼、もう終わりだ…終わりなんだよ全部…。最初から分かっていた事だろ…どんなに戦ったって地球(ほし)一つ侵略できる化け物に地球人が敵うはずないって。EMS軍?はっ、馬鹿馬鹿しい。そう思っていただろ…。なのに…いつからだろうな…。こんな腐った世界に。こんな腐った人生に。冷めきっていて何もかも広く浅く…本気を出さないでなあなあとやってきたのに。いつからだろうな…あいつらと会ってから俺が俺じゃないくらい毎日を懸命に生きて、戦って、笑って、そして…いつか地球が元の平和な姿に戻るんじゃないかって期待して生きるようになったのはいつからだろうな…――
「はっ…」
「?どうしたのん空ちゃん。笑っちゃって。あたしに食べられているのに笑う地球人、今までで空ちゃんが初めてよん?」
「バッカみたいだし…」
「?」
「熱くなって懸命になって好きになって大切なモノが増えて…そうなればなる程、叶わなかった時の絶望がデカイから今までずっと冷めて生きてきた。他人とは深く関わらないよううわべだけの付き合いにしてきた。なのに…はっ…」


ポロ…ポロ…

空は腹部や右手から血を流しているし顔面蒼白なのに、笑いながら涙を流す。
「失敗だ。俺の人生失敗だよ。あいつらに会ったせいで今、初めてこんなに悲しいんだからさ…」
























空の言葉に、グレンベレンバは笑う。
「んふ…。地球を取り戻せて。みぃんな生きて無事でハッピーエンドだと期待していたのねん?だから悲しいの?悲しいのよねん?残念だけど現実は、お涙頂戴映画のようにハッピーエンドにはならないのん。空ちゃん達にしたらバッドエンド。でも…あたしにしたらハッピーエンド!シルヴェルトリフェミアも死んだみたいだし。そろそろ終わらせましょう!このチープな戦争を!」


ガシッ!

グレンベレンバは空の額に爪を食い込ませ、持ち上げた頭ごと食べようと口を大きく開く。しかし空はもう抵抗しない。
――嗚呼。何だよ。最後結局死ぬなら俺から先に死にたかった。誰かが死ぬのを見る事が自分が死ぬ以上に辛いんだから、どうせ俺も死ぬ運命なら俺から先に死ねば良かった。くそ、神もくそも無い人生だったな…――
「諦めやすいのがお前の悪い癖だぞ。ソラ」
「え…?」
聞いた事がある。懐かしい声。空はゆっくり…視線を向ける。しかしその声が聞こえた場所には、グレンベレンバしか居ない。
グレンベレンバは目をぱちくりさせ、自分の口をパクパクさせて手で押さえる。
「え?あ…え!?あたし今喋ってないのにあたしの口が勝手に動いたわよ!?え?!何?どうして!?」


ドクン!!

「うああ!」
突然心臓が激しく鳴り出し、苦しみに堪えきれなくなったグレンベレンバは空を手から離し、胸を押さえて座り込む。


ドクン!ドクン!ドクン!

「こ…この感じ…以前も何度かあったわぁ…あたしの中に…もう一つ心臓があるかのよう…な…感覚…う…ウアアアアアア!!」
「!?」
グレンベレンバは頭を抱えながら仰け反る。仰け反ったグレンベレンバの左胸がドクン!ドクン!と外から見ても大きく激しく動いているのが分かるから空は呆然とする。




















「アアアアアア!!」
「な…何…だよ…?一体何が起きて…」
「ソラ」
「!?」
フッ…とおさまったグレンベレンバが顔を上げ、空に優しく微笑む。またさっきのあの懐かしい声で。
「なっ…!?嘘…だろ…その声…もしかして…」
「忘れたなんて言わせないぞ!命の恩人!叔母アリアの声をな!」
「バ、ババァ!?」
懐かしい声…それはアリアの声。
姿は相変わらず8人に変形したグレンベレンバの姿ではあるが、声はアリアの声。それに、表情がとても優しい。
「な…何だよ!!今度はババァの真似して俺を騙そうとしてるんだろ!そんな魂胆見え見えなんだよ化け物!!」
「はぁ。そうやってすぐキレる若者に育ってはほしくなかったのだがなぁ」
「…!本当…に…ババァ…なのかよ…?」
空の問い掛けにアリアは腰に手をあて、笑みながら頷く。
「ババァというな。叔母さんと呼べ。アリアだ。正真正銘、今お前と会話をしているのはお前の叔母アリアだ。恐れる事はない。大丈夫だぞ、ソラ」
いつもだったら悪態をつくのだが。この時ばかりは空も子供に戻ったのだろう。先程流した涙とは別の意味の暖かい涙を流す。
「んー?ソラお前もしや泣いているのか?」
空は下を向き、半分食われた右腕とは反対の左腕で目を擦る。
「バッ…違げぇし。つーか何で生きてるんだよ。しかも何でそいつの中にいるんだよ」
「言っただろう。私はMADが地球にやって来たあの日MAD共にプラネットへ連れていかれ、不老不死の実験台にされたと」
「でも…そいつに食われたって聞いたんだけど」
「確かに体は死んださ。でもこうして意識はグレンベレンバの中にある。私も驚いたぞ。嗚呼、もう駄目だ。そう思ったら意識だけはあったからな。まあ今までずっと暗い闇の中に意識があるだけで、こうして今のようにグレンベレンバの体を通して誰かと会話をする事もできなかった。だが、グレンベレンバを通して音は聞こえていたし映像も見えていた。…ソラ。今まで辛い事ばかりだったな」
姿はグレンベレンバだが意識はアリアが空の頭を撫でる。案の定空はパッ!と手でアリアの手を払う。
「私がこうしてもっと早くグレンベレンバの意識を抑え込み、前へ出ていられればあいつらは死ぬ事が無かっただろうに…本当、悔いているよ。何がお前は絶対に守る…だな。空の事何一つ守れていなかった私は」
「守ったじゃん…」
「?ソラ、今何か言っ、」
「言ってない。で。グレンベレンバの意識を抑え込めて体もババァの思い通り動くなら、もう無問題だろ」
「そうはいかん。じきにグレンベレンバの意識に戻る。だから今こうして私の意識が前へ出ている今の内だ」
「は?何が…」
アリアは空が持つ魍魎を握り、自分の左胸に刃先を向けた。
「!?」

























「バッ…!バッカじゃねぇの!?何かっこつけてんだよ!ババァのくせに!」
「こうすれば。グレンベレンバの意識が水面下にある今の内にソラが私ごとグレンベレンバを刺せば確実に殺れる」
「でも!」
「でも?ははっ。私を心配してくれるのか?悪態ついたり口が悪くても、やはりソラは優しい良い子だな」
「っ…!ち、違げぇし…!」
ぷい、と外方向く空を穏やかな笑みで見つめるアリア。その笑みがだんだん切なく歪んでいく。
「ソラ。お願いだ。殺ってくれ」
「……」
「どうせこのままグレンベレンバの体外へ私の意識が出る事は無い。これから先一生グレンベレンバの中で地球人が殺されていく姿を何もできず、しかも殺す側から見ているなんて私にはできないんだよ」
「ババァのエゴだな」
「はは。そうだな。そうとも。だから…」
アリアは、両手でソラの左手と魍魎を包み込む。そして刃先をトン…、と自分の左胸に服の上から触れる。
「ソラ」
「……」
「お前は私の大切な大切な甥だ。…世界で一番愛しているよ」


グッ!

アリアは掴んだソラの腕ごと魍魎を引っ張る。そうすれば、自然と刃先は左胸に突き刺さる。


ドスッ…!

「あ"ぐっ…!」
「…ハッ!」
体に刀が突き刺さる感触に空はハッ!と我に返り慌てて魍魎を引き抜く。
「おい!おい!!何やってんだよ!おい!ババァ!叔母さん…!」
「よ"ぐも"…やっで…ぐれだわね"ぇ…!」
「!!」
するとグレンベレンバが前へ出てきた為、鬼の形相で睨まれる空。慌ててグレンベレンバから離れる。しかしグレンベレンバは左胸から血を噴出しながらもヨタヨタ歩きながら空に手を伸ばし、近付いてくる。空は後退り。
「なっ…!死なないじゃねぇかよ!」
「ふ…んふふふ…空ちゃあ"ん…アリアちゃ"ぁ"ん"……やっでぐれた…じゃなぁい…。で、も…ごのぐらいで死ぬアタシじゃ…ないんだから!!」


ガシッ!

「っ…!!」
空はグレンベレンバの強大な力によって首を締められ、身動きがとれなくなる。
「がはっ…!」





















――嗚呼、やっぱりだ。やっぱり敵が死んでハッピーエンドになんてならないんだ。そうだよ。そうだよな分かっていただろ。現実なんてこんなものだ。悪者が勝者となる。それが現実だって分かりきっていた事、――


バリッ!

「ギャアアアアア!」
「…!?」
突然悲鳴を上げたグレンベレンバ。その背後からはグチャグチャと咀嚼音。グレンベレンバの背中から食しているのは…
「シ…シルヴェルトリフェミア…!?」
「やだな、そら。シトリーって昔みたいに呼んでよぅ」


ドスッ!

「ギャアアアアア!」
「っ…!」
シルヴェルトリフェミアはグレンベレンバの体内へ腕を突き刺し、心臓を取り出すと、それを丸飲みした。


ドサッ…、

8人の姿が混ざった不気味な姿をしたグレンベレンバは白目を向き、口角から唾液を垂らすとピクリとも動かなくなった。
「死ん…」
「グレンベレンバは死んだよぅ」
「!」
微笑むシルヴェルトリフェミアに、空は魍魎を身構える。しかしシルヴェルトリフェミアはにっこり微笑んだまま。
「くそ!せっかくこいつが死んだのに次はお前かよ!」
「そら」
「こうなりゃ俺が…!」
「そら。言ってたよねそら。俺らの時間を返せって」
「は?いつ…」

『あんたらがあの日、地球に来なきゃこんな事にならなかったんだろうが!!俺らの時間を返せ、化け物!!』

「!」
先程グレンベレンバに向かって言った言葉を思い出す空。
「あんなの別に深い意味じゃ、」
「そらに前見せたよね。シトリーが、シトリーとそらが出会った日の東京を。時間を戻して」
「は?それがどうしたんだよ」
「ん…」
「鵺!」
会話中鵺が目を覚ませば空はすぐ鵺の元へ駆け付ける。そんな空を、シルヴェルトリフェミアは少し悲しそうな笑顔で眺めていた。
「鵺!良かった…生きてた…お前が死んだら…」
「そら」
「!シルヴェルトリフェミア!お前まだ!」
シルヴェルトリフェミアは首を横に振る。
「ぬえは大嫌い。地球人も大嫌い。けどシトリーやっぱり、そらが泣くのを見ていられないの。だからねっ。そらがまた時間を返してほしいって思ったらシトリーはそうするよ。ただ、その時はそらからもシトリーにお返ししてね?そらはシトリーをあの日助けてくれた優しい地球人だから、そらならもう犯さないこと信じてるよぅ」
「は?だから何が言いたいんだ、」


ヒュン!

それだけを笑顔で言うとシルヴェルトリフェミアは消えてしまった。空は首を傾げる。だがあまり気に留めず、すぐに鵺を起こす。
「ん…雨岬…」
「鵺!終わったよ」
「…?何がら…?」
「グレンベレンバは…お前の母親は死んだよ」
「…!」
すると鵺はぶわっと涙を溢れ出すから、察した空は、俯いて肩をヒクヒク動かす鵺の頭をポンポン叩いてやる。
「っ…、く…、ひっく…、お母さん…死んで…地球にとったら良い事…なんだろも…ひっく!俺…俺、素直に喜べねぇんら…!だって…あんなお母さんだろも…ひっく、世界でたった1人の…っ!」
「鵺」
「ぐすっ…、何ら…?」
「メロンパン。買いに行くか」
「…!うん…!」







































































2年後――――――

アメリカ合衆国EMS軍本部。
「おぉい!堅物ヤローてめぇ、まぁた書類を俺に寄越しやがったな!」
デスクワーク中のファンの背中をアリスが蹴りながらギャーギャー騒ぐ。ファンはかけている眼鏡をくいっと上げながら呆れ返った表情をして、アリスの方を椅子ごと振り向く。
「はぁ。全く。アリスお前は28になっても何も変わらんな。それは全てお前がやるべき書類。つまりお前の仕事だ」
「はぁ?俺様の部下のてめぇがやっとくもんだろ!フツー!」
「はぁ…」
「だからそうやって溜め息ばっかり吐いてんじゃねーよ!老けるぞ!ま、もう老けてるか!ギャハハハ!」
パタン。
ファンはノート型パソコンを閉じて立ち上がる。腕時計に目を向けて。
「MADの残存勢力は世界各地、今現在は確認されていないようだ。だが、いつまた地球に残っている残存勢力が現れるかは分からない」
「ンな事分かってるっつーの!でも今は居ねぇんなら良いだろが!それに…」
アリスも腕時計に目を向ける。
「そろそろあいつらが来る頃じゃねぇのか?」
「ああ。私もそう思っていた。では正門へ向かおう」
「なぁにが"正門へ向かおう"だ!堅物ヤローの分際でかっこつけやがって!」
新築された本部を、アリスとファンは歩いて行った。





























EMS軍本部正門前――――

パタン…、

「久々だね」
「うん…懐かしい…かも…」
「おー!調度良かった!」
「げ…出た…」
タクシーから降りてきたのは車椅子に乗った風希と、その車椅子を押しながら背中に自分と同じ髪色の赤ん坊をおぶる鳥。
正門から駆けてくるアリスとファン。すぐさま、ぷいっと外方を向く風希を指差すアリス。
「おいゴルァ!風希てめぇ!今、"げ…出た…"つったよな!?あ"ァ!?」
「すごいな。アリス。あの距離から聞こえたのか。私には聞こえなかったが」
「バッカ。俺も聞こえやしねぇよ。でもあいつの口の動き見りゃ大体何言ったかなんざ分かるぜ」
「気持ち悪い…」
「何だとてめぇ!?」
と言いつつ、鳥とバトンタッチ。鳥に代わってアリスが風希の車椅子を押して、4人は8月の太陽の下、EMS軍本部へ入って行った。





























「懐かしい…。綺麗になってる…。あんなに粉々になったのに…」
本部の中をアリスに車椅子を押されながら見回す風希。アリスは得意気に話す。
「ったりめぇだろ。グレンベレンバとアイアンのヤローにぶっ壊されたんだ。それから建て直したら綺麗にもなるだろ」
「偉そう…自分が建て直したわけじゃないのに…」
「相っ変わらずてめぇは一言も二言も多いなァ風希」
「ところで小鳥遊。脚は痺れたりしないのか」


キィッ…、

応接間の扉を開き、先に風希を部屋へ入れてやりながらファンが問う。風希は首を縦に頷く。
「大丈夫…。でも…動かなくなっちゃった…。それに…EMS軍本部のヒト…ほとんど死んじゃった…」
「…そうだな」
2年前。EMS軍本部を襲撃したグレンベレンバとアイアン。ハロルド・月見・ミルフィ・花月の技を取得したグレンベレンバにあちこちを食われコテンパンにやられたアリス、ファン、風希、鳥だったが、何とか一命を取りとめた。だが風希は脚をやられ動かなくなり、車椅子を余儀なくされた。
そして、グレンベレンバ達から襲撃を受けたEMS軍本部で生き残った者はこの4人だけ。今、新制EMS軍本部に居る人間は各国支部のEMS軍人だ。だからとはいえ、地球全体で見ればやはり対MAD戦以降EMS軍人は勿論、民間人もとにかく地球人の人口は激減した。勿論、MADに食されたからが理由だ。
シルヴェルトリフェミアやグレンベレンバなどMADのトップ陣が居なくなった現在も、下級レベルではあるがMADの残存勢力は存在し、今日もまた何処かの国でMADが人間の肉を食しているだろう。
しかし2年前程の被害は無い。極稀にMADに遭遇する…そのような程度だ。だが、MADを地球から全て排除するまで、EMS軍は機能する。























風希の一言で湿っぽく、そして沈黙になる。革製ソファにアリスとファン。その向かい側に風希と鳥が腰を掛ければ、この沈黙を破るのはやはり明るいアリス。
「ンな暗れぇ話今はいーんだよ!助かったんだ。脚の1本や2本動かなくたって、生きてりゃ儲けもん。そうだろが!」
応接間テーブルに用意されてあるクッキーをバリバリ食べ出すアリス。
「そういや。お鳥のガキを見るのは俺と堅物ヤローは初めてだったな」
「うん。抱っこしてあげて」
「マジかよ!俺、ガキ苦手なんだよな」



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