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終焉のアリア【完結】
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ガタン!

「到着致しました。医療班医療班。直ちに処置室へ。処置できる環境を整えなさい。繰り返します―――」
EMS軍本部の入口が勢い良く開く。白衣を身にまとった大勢のEMS軍医療班の人間が集まる。外からは鼓膜が破れてしまいそうな程の戦闘機のエンジン音。
「其処を通せ!」
「もたもたするな!1分1秒を争うんだぞ!」
「ダメです!エレベーターは最上階へ上がっている最中です!」
「それでは間に合わない!階段を使え!」
医療班の怒涛が飛び交う。ガラガラとストレッチャーを押す音。
「っ…、ひっく…」
「そんな顔すんじゃねぇ!まだ分かんねぇだろうが風希!」
「ん?」
騒がしい音を聞き付けて食堂からひょっこり顔を覗かせる鳥とryo.。
廊下の奥を大勢の人間が通り過ぎて行く光景がほんの一瞬見えた。2人は顔を見合わせ、首を傾げる。
「今の何」
「わ、私が聞きたいくらいですよ峠下氏の姉上…」
「白衣着た人がいっぱいいた。怪我人かな。それより!みんなまだかなー」
ピンクの携帯電話を開くが誰からも連絡は無い。
「そんなすぐに帰還はできないと思いますよ!何せ、地球人の救出任務なのでしょう?」
「うん。でもタイムリミットを設けたって言ってたから正午には帰ってくる」
「なるほど。民間人の私には分からない世界ですなぁ」
「みんなが帰って来るまでさ。花月がやってたっていうサイト見せて」
「おお!良いですよ!峠下氏のイラストサイトでしたら私のケータイにブクマしてありますから、すぐ見れます!」
食堂に戻り、皆の帰還を待つ間カチカチと携帯電話をいじる鳥とryo.だった。







































10階―――――

怪我人が療養するこの階。たくさんの部屋があり、室内には白いカーテンに白いベッドが並んでいる。まるで病院の入院病棟。その中の一室からの黄色い電気の灯りが暗い廊下に洩れている。中からは深刻そうな声で話す医療班リーダーの話し声が聞こえてくる。
室内には、酸素マスクを着けてベッドで眠っているハロルド。ベッドを囲んでいるのは医療班リーダーの青年とアリス、ファン、風希。


ピッ…ピッ…ピッ…

心電図の機械音が寂しく響く室内。
「もって明日の午前中でしょう…」


ガッ!

医療班リーダーの胸倉を掴み上げるアリス。リーダーは怯える。
「ふざけんな!てめぇ医療班のリーダーだろ!諦めてんじゃねぇよ!!」
「あ、諦めてなどいません!我々は最善を施しました!今この瞬間に生存しただけでも奇跡なのです!ですからもって明日の午前中で、」
「ふざけんな!」
アリスがリーダーの顔目掛けて拳を振り上げる。リーダーは目を瞑る。


ガシッ…、

「やめろ。アリス」
振り上げたアリスの拳を後ろから掴んで止めたファン。よく見るとアリスは松葉杖だし片腕にギプスをはめている。ファンは腰にギプスをはめているし、顔中大きな絆創膏だらけ。風希にいたっては、顔が隠れてしまいそうな程の大きな絆創膏を貼り、腹部を押さえている。対ドロテアとの戦闘の爪痕だ。
拳を掴んで止めたファンをギロッと睨むアリス。
「言い争ったところでこいつが喜ぶと思うのか?医療班は最善を尽くしてくれた」
「違げぇ!EMSの医療班様ならもっとできるだろうが!絶てぇ!!」
「お前には、医療班が嘘を吐いているように見えるのか」
「…っ!…チッ!くっそ!!」


ガンッ!!

「ひぃ!!」
リーダーが座っているパイプ椅子を蹴りつけると、アリスは病室を出て行った。
ガタガタ怯えているリーダーに、頭を下げるファン。
「すまなかった。気にしないでくれ。あいつも本当は分かっているんだ。お前達医療班が最善を尽くしてくれた事を。…だが、受け入れられないのだろう。共に戦ってきた仲間が迎えるであろう……死を…」
「わ、分かりました…。大佐、小鳥遊さん部屋を出ましょう。あまり室内を明るくしていては将軍のお体に障ります…」
「ああ。そうだな」


ガタ、ガタッ

パイプ椅子から立ち上がり、ゾロゾロと病室を出る3人。病室の灯りを消すと扉を閉めた。


パタン…、


ピッ…ピッ…ピッ…

廊下へ出ると、厚い扉の奥から心電図の規則的な機械音が聞こえていた。
















































AM4時00分――――


ガラガラッ…

病室の引き戸が静かに開かれる。


ピッ…ピッ…ピッ…

心電図の規則的な機械音しかしない青白い室内。
やって来たのは風希。
「ごめんなさい…」
ベッドの脇に屈み、片腕しかなくなったハロルドの左手を両手でそっ…と包み込むように軽く握る。
「私とアリスさんを…庇ってくれたせい…ごめんなさい…」


ピッ…ピッ…ピッ…

ハロルドからの返事は無い。代わりに、心電図の機械音だけが聞こえる。
「この前…金輪際関わらないで…って…言ったのは…嫌いだからじゃない…。私が…貴方を1人の男性として好きになる事は…ないから…。でも…貴方は私に冷たくされても…今まで通りに…優しく接してくれたから…それがすごく…辛かった…」
自分の左胸をきゅっ…と手で掴む。
「優しくしてくれる度…笑顔を向けられる度…心臓が…きゅっ…ってなった…苦しくなった…。分かる…?私は…分からない…。初めての…感覚…」


ピッ…ピッ…

心電図の音だけがする。風希はハロルドの左胸を服の上から、そっと触れる。


トクン…トクン…

集中していないと伝わってこないくらい微かな鼓動。
「でも…貴方は私より…もっと心臓が…きゅっ…って…なってた…よね…。でも…私は貴方の気持ちには…応えられないから…貴方が私を…嫌いになってくれるように…わざと…冷たくした…。でも…貴方は真面目だから…真に受けた…?ごめんなさい…ごめんなさい…嫌いじゃないの…ごめんなさい…。私が…もっと…器用だったら…貴方は…悲しまなかった…。ごめんなさい…冷たくするしか…突き放すしか…方法が分からなかった…。好き…って言ってもらえたの…初めてで…分からなかった…。でも…あんな言い方…無い…よね…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」
また、きゅっ…とハロルドの左手を両手で握る風希。目の周りに皺ができる程目を強く瞑る。その姿はまるで、祈りにも似ている。だがハロルドは起きないし返事は無い。
「大丈夫…。私の守護霊を…貴方にあげる…。大丈夫…大丈夫…大丈、」


ピーーーッ

「え…?」
心電図が初めて今までと違う音を鳴らした。風希がゆっくり顔を上げて心電図を見ると、モニターの数字が『0』になっていた。
心電図は、まだ無機質で耳鳴りにも似たピーッという機械音を鳴らしている。
「え…?え…?」
何が起きたのか頭が理解してくれていない風希は目を泳がせて、心電図ばかり見ている。だが、医療ドラマで見た事がある定番の場面を思い出したら、一瞬にして全身の血の気が引いた。


ふらっ…、

顔を真っ青にして倒れそうになった時。
「あ…」
ハロルドの顔を見たら、目を瞑っていて相変わらず変化は無し…と思ったら、左目から流れる一筋の涙が頬をツゥーッと伝っていた。
彼は息を引き取ったのにまだ生きているかのようにツゥーッと、今も尚涙は流れていた。



































ポーン。
朝方の暗い10階のエレベーターが着き、中からアリスとファンが出てくる。アリスとファンは両手にコンビニのビニール袋。アリスのビニール袋の中には、瓶ビール6本。ファンのビニール袋の中にはウォッカ5本。
「こんだけ好物を見舞いに持ってきてもらったらクソ坊っちゃんも復活するだろ!」
「だからと言って病室に酒とは不謹慎過ぎないか」
「うるせー。病は気からっつーだろ!具合悪りぃ時はまず好物飲み食いすりゃ元気になんだよ!」
「む。あれは小鳥遊ではないか?」
「あ?」
一番奥の病室から下を向いてこちらへ走ってくる風希を、目を凝らして見る。
「マジだな。あいつ、1人でクソ坊っちゃんの見舞いに行ってたのかよ。堅物ヤローてめぇがモタモタしてるから先越されたじゃねーか!」
「支払いの際金が足りなくて戸惑っていたのはお前だろう」
アリスはファンの小言を無視し、風希に近付いていく。
「おい、風希。てめぇ先に1人で見舞い行ってんじゃ、」


パタパタ…

「あァ?」
下を向いたまま風希は、アリスとファンの脇を走って通り過ぎていってしまったのだ。アリスは後ろを向き、
「風希!」
名を呼ぶが、風希は階段を降りて行ってしまった。
「チッ。相変わらず無愛想な女だぜ」
「……」
黙っているファンは、勘付いていた。





















ガラガラッ、

「よーお!クソ坊っちゃん!てめぇが好きな酒持ってきてやっ、」


ピーーーッ

「…は?」
扉を開き、アリスが先に室内へ入れば。
心電図からの青白い光の青白い室内には、心電図からの無機質な機械音がただただ鳴り響いていた。モニターに表示されていた数字が0になっている事を見るファン。
「は?何だよこの音。まさか心電図ぶっ壊れたんじゃねぇだろうな!?あんのクソ医療班!!何が最善を尽くしましただよ!不良品の心電図使いやがって!」


ポン、

アリスの肩に手を置くファン。
「アリス」
「あァ?」
アリスはファンに背を向けたまま、いつもの態度の大きい返事をする。
「心電図は壊れてなどいない」
「てめぇの耳は耳クソ詰まってんのか!さっきと違げぇ音が鳴ってんだよ!ぶっ壊れたに決まってんだろーが!」
ガタガタと心電図を動かすアリス。
「アリス」
「あァ?何だよ。ボサッとしてる暇あんなら心電図直すの手伝いやが、」
「ハロルドは死んだんだ」


ガシャン!!

「お、おい、アリス…」
その瞬間、アリスは持ってきたビール瓶6本全てを床に叩き付けた。
床に散らかる瓶の破片とビール。消毒臭かった室内が一瞬にしてアルコールの臭いに変わる。

















ファンは、床に散らかった瓶の破片を拾う。
「おいアリス。馬鹿な真似はやめろ。何をやって、」
「てめぇは何でそんなに冷静でいられるんだよ」
「…何?」
ファンに背を向けたままハロルドに体を向けたまま立っているアリスを見上げるファン。ファンも立ち上がる。アリスの背中を見ている。アリスの肩が少し、震えている。
「何でそんなに冷静でいられるんだよって聞いてるんだよ!!」
「……」
「こいつは俺らと同い年のクセにガキっぽい喋り方でぶん殴りたくなるし、いつもニコニコしててムカつく事があってもヘラヘラしてるから見てるこっちがムカつくし、俺に煙草と競馬は良くないだとかおふくろみてぇな口出ししてきて、でもてめぇは酒豪じゃねぇかって俺が言い返したら僕は大丈夫なんてほざきやがって超うぜぇし!…でもよ!ムカつくところが99.9%のこいつでもよ!」
アリスはガンッ!!と病室の壁を折れていない方の手で殴る。強く瞑った目からは一筋の伝うモノが。
「死んじまったらクソ悲しいだろーが…!!」




















「アリス…。医療班に連絡をしよう」
「…ああ」
「死んだ…?やっぱりその音…死んだ…?」
「風希…」
病室の入口から声がして2人が振り向けば、目を見開き呆然とした風希が立っていた。
入口の引き戸を押さえている彼女の右手がカタカタ震えているのが見えたアリスは立ち上がりゆっくり歩み寄り、風希の前に立つ。
だが、風希の視線の先は目の前のアリスではなくその向こうのハロルド。ただただ呆然としている。
「…風希」
「し、ん…だ…?」
「ああ…」
「…!」
アリスの返答に風希は目を更に見開き、アリスを見上げる。アリスも彼らしかぬ眉間に皺を寄せたとても切なく悔しい表情をしていた。
「みんな…みんな…死んじゃう…1人…また…1人…」
「おい。縁起でもねぇ事言うんじゃねぇ風希」
「私が…」
「あ?」
「私が…私が死ねば良かった…。何で庇ったの…何で…庇って…死んじゃうの…月見姉様も…ハロルドさんも…庇ったから…。残される方が…辛い…苦しい…」


ガタン!

「おい風希!」
引き戸に手を掛けたまま崩れ落ちた風希。慌てたアリスが屈み、震える風希の肩に手を置こう…とするが寸前でハッとして、置けない。置けないのは、脳裏で生前のフランの笑顔が過ったから。
「大丈夫か、小鳥遊」
心配したファンも駆け寄る。
「おい風希。てめぇは部屋戻れ。後は俺と堅物ヤローで片付けるから」
「私が死ねば良かった!!」
「!?」
彼女らしかぬ張り上げた声にビクッとしたアリスとファン。風希は俯いたまま、包帯を巻いた肩を自分の両手で抱き締める。カタカタ震えながら。
「私が死ねば良かった!私が死ねば良かった!」
「お、おい大丈夫かよ風希!?頭イカレちまったか!?」
「心臓がきゅってなるの…苦しい…苦しい…。私の事なんて…庇わなくていいのに…」
「風希…」
「残される方が苦しいよ…」
ボロボロと涙を流しながら掠れた声で言う風希。人前でこんなに弱々しい姿を晒した事が無い彼女が、弱々しい自分の姿を躊躇い無く見せるくらいの精神状態なのだろう。アリスとファンは言葉が出てこない。
「風希…」
「うっ…、っく…」


ポン…、

優しく風希の頭に手を置くアリス。風希は顔を上げない。
「残していく方もすっげぇ辛いんだよ。分かるか?」
「うっ…、ぅっ…」
「てめぇみたいな男より男みてぇな性格の奴がビービー泣いてたら、死んだハロルドと月見が天国で心配して死ぬに死にきれねぇだろ?シャキッとしろ。まだ終わっていねぇんだ。ほら!立った立った!」
パン!パン!とアリスが手を叩けば、風希は下を向いて腕で涙を拭いながらも立ち上がる。まだ肩が上下にヒクヒクしているが。
「よっし。堅物ヤロー。てめぇは医療班に伝えてこい。俺はカズとお鳥に伝えてくるわ」
「…そういえばお前は日本に居たからまだ知らなかったな」
「は?何だよ」
「……」
「あァ?急に黙るんじゃねぇよてめぇ!」


きゅっ、

「あ?」
後ろからアリスの上着の裾を引っ張る風希に顔を向ける。泣いて腫れた真っ赤の目をした風希が、ゆっくり口を開く。
「花月も死んだ…」
「…は?」


































EMS軍本部地下
大ホール―――――

「うっ…ひっく…」
「日本支部長の葬式からたった3ヶ月後に将軍もかよ…」
「実はやばいんじゃないか…?俺ら地球人…」
「まさか…」
祭壇に飾られたたくさんの白い花の周りには、ハロルドが入っている棺。生き残ったEMS軍人全員が出席しているこの大ホールには啜り泣く声や、地球側の敗北を示唆するヒソヒソ声。
閉じられた棺に白い一輪の花を置く、涙で顔がぐしゃぐしゃの鳥。隣ではいつもの無表情に戻った風希が鳥の肩を支えてやっている。
「うっ…ひっく…うぅ…。ねぇ風希ちゃん。棺開けられないの?顔見たい。最後にごめんねって言いたい。好きじゃないなんて言わなきゃ良かったよっ…」
「開けちゃ駄目…」
「どうして?そんなに酷いの…?」
「お鳥ちゃんが知ってるハロルドさんじゃないから…」
「うぅっ…」
風希は鳥の隣に立ち、棺を前に頭を下げて両手を合わせて目を瞑る。
「今までたくさん迷惑かけてごめんねって…そして…ありがとう…。天国で元気でね…って言おう…。お鳥ちゃんも…ほら…」
「うん…」
姉妹並んで頭を下げ、両手を合わせて目を瞑った。その姿を、一番最前列のパイプ椅子に腰かけたファンが厳格な顔付きで見ていた。



































式終了後、大ホールからゾロゾロ出てくる黒スーツの軍人達。
「何故日本支部長の時は棺が無くて遺影だけだったんだ?」
「馬鹿!知らないのか?日本支部長はMADに食われて骨すら残っていないんだぞ」
「マジかよ…。普通骨は残っていたよな今までは。支部長があたったMAD骨まで食ったのか…?野蛮な化け物め」
軍人達が話す花月の会話を憔悴しきった鳥が聞いてしまい鳥はまたボロボロ涙を流すから、風希が鳥の耳を塞いでやる。
「風希ちゃん?」
「聞こえない…聞こえない…」
「うん…。ありがとう」
その時。人混みの中でも一際目立ち、頭1人分飛び抜けているファンの背中を見つけた風希。鳥と手を繋いでファンの元へパタパタ駆け寄る。
「ファンさん…」
「む。小鳥遊達か。長時間の式で疲れただろう。今日はもう自由時間で構わんぞ」
「アリスさん…式に居なかった…」
「ああ…。あいつは今頃外で煙草でも吹かしているのではないか」
「どうして出なかった…仲良かったんじゃないの…」
「だからだな」
「…?」
ファンは腰に両手をあてて呆れた溜め息を吐く。
「葬式に出たら仲間の死を認める事になるから意地でも出ないそうだ。はぁ…まったくあいつは。そこがあいつらしいがな…」







































EMS軍駐車場――――

「ふーっ…」
ファンの予想通り、外の駐車場で自分の車に寄りかかりながら空を見上げ1人で煙草を吹かしていたアリス。
「カズも…か」
ぽつり呟いてからふと視界に入ったのは、自分の愛車の隣に停めてあるシルバーのワゴン車。持ち主が居なくなった車だ。
「……」


ガンッ!!

何と、そのワゴン車の運転席のドアを蹴りつけたアリス。煙草を地面に落とし靴で踏みつけて火を消すと本日6本目の煙草に火を点け、空を見上げた。こちらの気持ちはどしゃ降りなのも他人事な空は雲一つ無い真っ青な快晴だ。
「確かあの時もこんな快晴だったなァ…」







































2年前、
2524年、10月31日
EMS軍本部地下大ホール―

「EMS軍第二期生となる新入軍者の皆さんようこそ!アタシは将軍のグレンベレンバよん。よろしくねっ」
EMS軍旗が掲げられたステージに立ち、話しているのはグレンベレンバ。その隣二歩後ろには、アリアが後ろで手を組み立っている。
彼女らの前には、世界中から集まった老若男女問わずEMS軍入隊志願者(第二期生)がざっと数万人。パイプ椅子に腰掛けてグレンベレンバの話を聞いている光景は、さながら学校の入学式の様。だが彼らの顔付きはほぼ皆険しく、漂う雰囲気はピリピリしている。中には、恐らくMADに食われたのであろう片腕・片足しか無い人間もいる。
「んふっ。此処に来たからには死を覚悟して来ているわよね?も・し〜!死ぬのが怖いだなんて甘っちょろい考えで来てる子が居るとしたらぁ〜」
グレンベレンバはアリアと目を合わせる。2人は笑み頷くと…


カチャッ、


ザワッ…!

何とグレンベレンバはアリアの額に銃口を突きつけた。これには志願者全員が顔を真っ青にし、ホール内がどよめく。しかし、当のグレンベレンバとアリアは至って笑顔。
「MADにばーんって殺されちゃうわよん。こんな風に。ねっ!」


パァン!!

「ひぃ…!」
「きゃああ!」
発砲音と同時に気絶して倒れる者、目を強く瞑りステージから顔を背ける者。
ステージ上では、アリアが額から赤い血を流し、倒れている。しかし…
「やれやれ。前回同様、さすがにこのパフォーマンスはやり過ぎじゃないかグレンベレンバ将軍?」
アリアは静かに立ち上がったのだ。
「え…!?」
「ななな何で!?」
「あの人今撃たれたはずじゃ…!?」
「はーい★みっなさぁん!これで死は隣り合わせにある事をご理解頂けたかしらん?んふっ!それじゃあ将軍からのお話はこれで、お・し・ま・い!ホールに出たら各部隊の隊長が皆さんを各部隊に分けるからねん!あっ。そうそう!皆さんはまだ試用期間!1ヶ月以内に使えないと判断した場合は、有無を言わせず即刻お家へ送り返しちゃうから訓練だからって毎日の訓練を怠けないよーうにっ!」
発砲は何だったのか?そんな志願者の気持ちは知っているのにまるで無視して、ベラベラ一方的に話してしかも入軍式をさっさと終えてしまった。そんなグレンベレンバに動揺し、周囲の席の者とヒソヒソ話しながらも席を立ち、ホールから出て行く志願者達。





























そんな大混雑のホール入口が空く様子を、まだパイプ椅子に腰掛けたままチラチラ見ている1人の青年。
白地に水色のストライプのワイシャツに短い金髪、大きな青い目の下には幾重もの隈ができている。ハロルド・パティンスキー当時24歳。
「ふぅ〜…」
緊張して上がりっぱなしだった肩を落とす。
「おい。お前」
「え!?は、はい!?僕ですか!?」
突然、隣に座っていた見ず知らずの人間から話し掛けられ、ガタッ!とパイプ椅子を鳴らす程びっくりして隣を向くハロルド。緊張していたから今まで"隣の人間はどんな人間か?"など気にもしていなかった。
話し掛けてきた隣人は赤いシャツを第2ボタンまで開けて、黒いズボンはだらしなく腰パンをして、ワックスで立てたツンツン髪に鋭い目付きが怖い青年。この隣人がアリス・ブラッディ当時24歳。
――う、うわー…。僕とは到底縁の無さそうな怖い人だなぁ…。だ、だめだめ!人を見掛けで判断しちゃ駄目だってば僕!――
眉間に皺が寄っているアリスの風貌にビクビクしながらも、いつものにっこり笑顔を向けるハロルド。
「な、何でしょう?」
「お前何処出の坊っちゃんだ?坊っちゃんなんかに軍人なんて務まんねーぞ」
「え"!?」
――ななな、何なんだろうこの人!?初対面でいきなりこんな事を言ってくるなんて!――
ハロルドは愛想笑いする。
「あ、あはは…。坊っちゃんじゃないですよっ。一般家庭の庶民です。そ、それにやってみないと分からないじゃないですかー…」
「分かるよ」


ガタン!

わざと音をたてて椅子から立ち上がるアリス。ズボンに両手を突っ込み、ハロルドに背を向ける。
「てめぇみたいな陰気でひ弱なヤローじゃ、あの化け物は殺れねぇ。それにそういうヘラヘラしたヤローがいると足引っ張るだけなんだよ」
アリスは顔だけを向ける。眉間に皺が寄った殺気だっている顔をして。
「お前、死ぬよ?今ならまだ間に合うだろうから、さっさと辞退しろよ」
「…!」
人混みを割り込んでお構い無しにズカズカ歩いて行ったアリスの背中を見てから…


ぐっ…、

ハロルドは自分の拳を強く握った。






































ホールの外、廊下―――

ガヤガヤしたホール外。
「ねぇねぇ一緒の部隊になれるかなー?」
「なりたいよなー!」
まるでクラス発表を待ちわびる学生のように話している者達を横目で見ながら、アリスは自動販売機に小銭を投入。
「ケッ。ああいう平和ボケした能天気ヤローはいっそ自分や身内がクソMADに手足もがれなきゃ、今がどんだけヤバイ状況なのか分かんねぇんだろうな」


ガコン、

「あ?」
横目で彼らを見ていたからまだ自動販売機のボタンを押していないはずなのに、自動販売機からはガコン、と音がしてアロエドリンクの缶が出てきたから、アリスはイラッ。
「はぁ?何だよ。俺はまだ押してねーぞ。ぶっ壊れてんじゃねーのかこの自販…てめぇ!!」
目線を隣にやると、其処にはハロルドがアロエドリンクのボタンを押していた。ぷっつんキレたアリスは…


ガンッ!

「な、何!?」
「うわー…あの人自販機蹴ってるよ」
「不良って感じ」
自動販売機が凹む程思いきり蹴った。
その音に気付いた者達は関わりたくないからと自動販売機から離れていく。
「さっきの坊っちゃんか。てめぇ、ふざけた真似してんじゃねぇぞ!あァ?」
「確かに見た目は君より強くなさそうだけど、やってみないと分からないじゃないですか!」
「あァ?」
「僕は絶対辞退しません!そ、そっちこそ!お、お、大口叩いてる割りに実際どうなんですか!?」
「はぁ?」


ガッ!

「っ!?」
胸倉を掴み上げるアリスにハロルドは内心、言わなきゃよかった!と人生最大の後悔。殺し屋のようなアリスの顔が目の前にあるが、我慢してハロルドも睨み返す。
「てめぇ本気うぜぇわ。さっさとクソMADに食われろよ。そうすりゃ、てめぇのそのうるせぇ口、二度と開けなくなるだろ。俺はな、てめぇみたいな目的も無ぇクセにお気楽気分で入軍してる奴が大っ嫌いなんだよ!」
「っ…!お気楽気分なんかじゃない!入軍した目的だってあります!!」
「チッ。ビービーうるせぇんだよ!黙らねぇんなら黙らせてやんよ!」


ドガッ!

「んなっ!?」
「痛っ!?」
何と、突然誰かに思いきり蹴られたハロルドとアリス。自動販売機の前に派手に転ばされた2人が呆然としていると…


ガコン、

2人の間を割り込んで自動販売機を使っている高身長で茶髪の長い髪を一つに束ねた青年が1人。白のワイシャツを着た体格の良い青年が、2人に顔を向ける。先程2人を蹴った右足を向けて。青年はファン・タオ当時24歳。
「公共の場で言い争うな。邪魔だ。退かなければ先程同様、蹴る」
「んなっ…!?冗談じゃねぇクソ野郎!!」
ぽかーんと尻餅着いたままのハロルドとは対照的に血の気の多いアリスは直ぐ様立ち上がり、ファンの胸倉に掴みかかろうとする。だが、ひょいとかわされてしまい、アリスは更にイラッ。
「てんめぇ…!!」
「品の無い言葉を吐く奴だ。里が知れるな。此処はお前だけの場所ではない。公共の場だ」
「うるせぇ!!公共公共公共うるせぇんだよ!この堅物ヤローが!!」


パァン!

「おわっ!?」
「うわあ!?」
「む…!?」
3人の間の壁に突如発砲され、寸前で回避した3人の頬には冷や汗がタラリ。
「ストップストーップ。初端から喧嘩とは、これまた威勢の良い奴らが入ってきたな」
「んなっ…!?」
銃と一体化した右腕で、銃口からは灰色の煙を吹いて3人の元へ歩み寄ってきたのはアリア。黒い軍服に下はピンク地にチェック模様のスカートを履いている。
























「まあまあ。何があったかは分からんが、初端くらい仲良くやろうじゃないか。な?」
「な、な…!何で目が赤けぇんだよてめぇ!!」


ザワッ…

アリアの瞳が赤色をしている事をアリスが指差しながら言えば、周りに居た志願者達もざわめく。
「本当だ…何であの人目がMADと同じ色なのに…」
「EMS軍に入れるの?」
「怖ーい…」
ヒソヒソ。
顔を青くしながら、アリアの事をまるで汚い物を見る目で見る志願者達。しかしアリアは慣れっこの様で平然としている。
一方のハロルド、アリス、ファンは一番動揺している。
「なななな何なんだよてめぇ!てめぇもしやクソMAD、…!?」
指差してアリアを非難するアリスの目の前に、アリアの蹴りが迫ってきた。


ガンッ!

「危っぶねぇ!!」
それを屈んで避けたアリスを、アリアはふふん!と笑む。
「ほう。咄嗟の攻撃も回避できるとは。ただ威勢の良い悪ガキではないようだな」


ブチッ!

アリアの挑発にまんまと引っ掛かり堪忍袋の緒が切れたアリスは何と、左胸から黒い光を放つ剣を繰り出した。その非現実的光景にハロルドとファンは勿論、志願者達は驚愕。
「あ、あの人体の中から剣を出した!?」
「そ、そりゃEMS軍は特殊な人間しか入軍できないけど体の中から剣を出すなんて非現実的過ぎる!!」
アリアは顎に手をやりながら、まじまじと剣を観察。
「ほほう。お前は剣を扱うタイプか。なかなか歯切れの良さそうな剣だな」
「ベラベラうるせぇんだよ!死ね!クソMAD!!」
アリスがアリア目掛け、剣を降り下ろす。


カァン!

「んなっ!?」
だが、いとも簡単にアリアに蹴られてしまった剣は虚しく床に転がった。呆然としている為隙だらけのアリスの腹に…


ドスッ!

「がはっ!!」
アリアの右拳がヒット。アリスは目を見開いて、まだ尚アリアを睨み付ける。
「ほほう。まだ尚私を睨み付けるか。その負けん気の強さは買おう」
「っぐ…、う…るぜぇ…んだよ…!」
「剣は良い。だがお前自身が全く駄目だ。攻撃が単純だし相手の正面から挑む馬鹿が何処に居る。感情に任せて剣を振り回すだけじゃ宝の持ち腐れだぞ」
「んなっ…!?」
「ふふっ」
「ぷっ」
「てめぇら今笑いやがったな!?あァ!?」
背後で笑ったハロルドとファンに早速またキレるアリス。























「何や何や。アリアお前はん、まーた遊んでおったんかいな」
「あ、あれ見て…!あの人達みんな黒い軍服…!」
ぞろぞろと約20人やって着た黒い軍服の人間達。男女問わず雰囲気だけで分かる。彼らの偉大さが。
「おお。アイアン達。やっと来たか」
「はっ。うるさいやっちゃな。お前はんが早すぎんのや。おーい、志願者共よく聞けー。今からこの掲示板に紙を貼る。そこに、各部隊に編成された志願者共お前はんらの名前が書いてあるさかい、自分の名前が書いてあった隊の隊長の前に整列せぇやぁ。因みに。名前の無い奴は将軍はんと俺ら隊長クラスが話し合って見込み無しの為名前は無いからなぁ。覚悟しときぃ」
「な、名前が無い場合もあるのかよ!?」


バサッ!

若い男女の隊長2人が掲示板に紙を貼る。其処に一斉に集まるその光景はまるで合格発表を見に来た学生の様。
「あたしAグループ!」
「俺はD!」
「うちはGや!」
「な、何で名前が無いんだよぉお!!」
一気に騒がしくなる志願者達を肩を竦めて笑う隊長達。そんな中ハロルドとアリス、ファンの3人も紙に目を向けていた。
「あ!あった僕の名前!Fグループだ〜」
「ま、俺様は名前があって当然だな!Fグループか」
「む。私はFグループのようだな」
「え…?」
3人は苦笑いで顔を見合わせる。
「でぇええ!?てめぇらと同じかよ!?」
「えぇー!やや、やだ!僕絶対嫌だよ?!」
「そ、それは私の台詞だ!何でこいつらと!!」
「おーい。其処騒がしいでー。さっさと並べやー」
アイアンが手を叩けば、志願者から訓練生となった名前のあった者達が各部隊の隊長の前に並ぶ。並んだ瞬間ハロルド、アリス、ファンの3人は苦笑い。なのに対しFグループの隊長は彼ら3人に満面の笑みを向ける。
「ま、まさか…」
「うげ…マジかよ…」
「コントみたいな展開だな…」
「Fグループ隊長アリア・ミリアム少佐だ!今日から仲良くしよう!ビシバシいくから覚悟しておけよ!」

































その後、中庭で行われた射撃訓練が終了した
19時00分―――――

「はぁ、はぁ」
「ひ、ひぃ…拳銃がこんなに重たいなんて…」
まだ半日の訓練しかも入軍初日で、どの部隊の訓練生もバテて倒れている者がほとんど。中には訓練開始直後に吐いて医務室送りの者も軽く3000人は居る。
一方、Fグループは。
「全く。初日だからといってここまでバテているようでは先が思いやられるなぁ。しかし、Fグループの中だとお前達3人だけは全弾命中、尚且つ立っていられたな。初日でこれだけできるとは大したもんだ。誉めてやろうハロルド、アリス、ファン」


パチパチパチ!

アリアが拍手をすれば、同じFグループの仲間も拍手をする。犬猿の中オーラ満載のハロルドとアリス、ファンの3人に。
「ンだよ!てめぇら2人邪魔だ!空気読めよ!ここは俺様1人の晴れ舞台になるはずだろーが」
「黙れ。煩わしい。まあ私は初日という事もあり手を抜いたがな」
「あ"ァ?」
「だ、駄目ですよ喧嘩しちゃ!同じFグループの仲間なんだから自分事のように喜ばなくちゃ!」
「うるせぇ!てめぇのそういうヘラヘラした面が大嫌いなんだよ!」
「うぅ〜…顔は生まれ付きだからどうにもならないですよ〜…」
「ほらほらお前達。喧嘩するな。では本日の訓練を終了する。今から私が配る紙に、各自の部屋番号と同室者名が書いてある。階級を持てるようになるまで3人部屋だが我慢しろ。1人部屋になりたければ毎日の訓練や実戦を頑張るんだな。部屋のメンバーはFグループで私が組んでおいたから、今後同じ部隊・同じ部屋で過ごす仲間同士親交を深めるように」
配られた紙を恐る恐る見る3人。
「な、何かこのパターンって…」
「ぜってぇ…」
「部屋のメンバーは…」
【705号室】
"ハロルド・パティンスキー"
"アリス・ブラッディ"
"ファン・タオ"










































705号室――――

「あ、あのー…2人共、夕食の時間だから食堂行きませんか?」
「……」
「……」
「あのー…」
「うるせぇええ!!」


ガン!

壁を殴るアリスにビクッとしつつも苦笑いのハロルド。ファンは2人に背を向けて入口側のベッドに腰を掛け黙々と読書。
ビジネスホテルの一番安い狭い一室のような部屋。そこにベッド3台を無理矢理入れた造りの室内だから、足の踏み場が無い程狭いしプライベートなんてものは無い。備え付けの洗面所・トイレ・風呂場が一体化したバスルームがあるだけ。
だから、こんな室内でお構い無く煙草2箱目を吸うアリスに、ハロルドは言いたくても言えず。しかしファンは…
「ったく!煙草が無ぇとやってらんねぇぜ!」
「おい」
「あァ?何だよてめぇ」
「室内で煙草を吸うのはやめろ。煙たい」
「はぁ?此処は禁煙じゃねぇだろーが」
「禁煙喫煙の問題ではない。初対面の同室者が居る室内で煙草を吸わないのは一般常識だろう」
「うるせぇ!!出たぜまた堅物発言!本っ当てめぇは堅物ヤローだなァ!あ?」
「け、喧嘩はやめましょうよ〜お腹も減ったし皆で食堂行きませんか?ね?」
「うるせぇ!何が皆だ!てめぇらと一緒にすんじゃねぇ!俺は、てめぇらみたいに平和ボケした奴らとは違うんだよ。何がFグループの仲間だ?何が仲間同士親交を深めろだ?俺はてめぇらみたいに就職するみてぇな生半可な気持ちでEMSに入った奴らとは違う。だから、てめぇらと仲良しこよしやるつもりはこれっぽっちもねぇ」
ベッドから降りるとアリスはドアノブを握り、2人に顔だけを向ける。とても真剣で怖い人相で。
「金輪際俺に話し掛けるな。てめぇらみたいな平和ボケした連中を見てると吐き気がするんだよ」


バタン!

出て行ったアリスの足音がドアの向こうから聞こえるが、やがて聞こえなくなる。静まり返った室内。背を向けて読書再開のファンをチラチラ見るハロルドは気まずそう。
「あ、あの…えっと…ファ、ファン・タオ君…だよね?ファン・タオ君一緒に食堂行かない…かな?」
ファンはスッ…と立ち上がり本を置くと、ドアノブを握る。
「悪いが、生憎私も馴れ合うつもりは無い。私はMADを滅ぼす為だけにEMSへ入ったのだから」


バタン…

「はぁ〜…」































20時00分、
食堂――――――

「同じAグループ同士よろしくな!」
「うん!よろしく!」
「同じグループ同士親交を深めればMADにも立ち向かえるだろうし!」
ガヤガヤ賑やかな食堂。既に同じ部隊の仲間同士でテーブルに着いて食事を採っている面々を羨ましそうに横目で眺めながら、隅の4人掛けテーブルにたった1人で夕食のオムライスを食べているハロルド。
「はぁ〜…1人じゃ美味しい物も全然美味しく感じられないや〜…」
「まあそう言うな。美味しくないなんて言ったら食堂のおばちゃんが可哀想だろう?」
「あ!?あ、あああ!アリア・ミリアム少佐!?」




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