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終焉のアリア【完結】
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キィン!

「っ…!!」
空がそう口にした瞬間。日本刀を突き付けてきた鬼は刀を振り上げたから空は反射的に身を屈め、その場に転がりなんとか免れた。しかし、ツゥッ…と、自分の顎を伝った生暖かくて赤黒い自分の血に悪寒がした。MADと相対した、あの日と同じ感覚。
目の前で刀を構えている小柄な鬼は、トンネルの中で見た黒い死装束。同じ鬼だろう。しかし、空が想像する全長2メートルはあって横幅も大きくて金棒を持った巨大な鬼…とは全くかけ離れた、細身で自分より背丈の低い小柄な鬼。ようやくその姿をはっきり捉えた時空は、桜の花弁が敷き詰まった地面に腰を着きながらも呟いた。
「人…間…?わっ?!」


ドッ!!

待ったなし。鬼は丸腰の空相手に再び刀を振り上げた。今度は刃先が地面に食い込みすぐに引き抜けば、刀を何度も何度も突いてくるから空は冷や汗を伝わせながら、とにかく逃げる。
「んなっ…、何だよ!俺が何したっていうんだよ!つーかお前なのか?!さっきの高校生をぶっ殺したMADはお前なんだろ!」
「MAD…笑わせるな。誰があんな化け物だ!」


ドッ!

「っ…!」
――速ぇ…!!――
間一髪。振り返った空のすぐ隣の桜の木の幹に日本刀がぐっさり刺さっている。そこから僅か10cm右へ刃が動けば刃はぐっさり空の喉を刺していただろう。
「っ…!くそ!」
鬼が刀を引き抜く前にトンネルの中へと、逃げるように去っていく空だった。


























「はぁ…はぁ…あ、れ?追ってこない…?」
しばらく後ろを一切見ず立ち止まりもせず、無我夢中でトンネルの中を走っていたが、ふと振り返ってみれば真っ暗で何も見えやしないが、あの殺気も感じない。何より、追ってくる足音が聞こえないし気配もしない。
「はぁ…はぁ…っ…、何だったんだ…?MAD…じゃない…人間か…?くそっ!」
ただ逃げる事しかできず、MADはおろか、鬼の正体も掴めず養父と妹の仇討ちすらできなかった自分に歯痒さを感じながらも先程の4人の高校生達の骨と皮を避けて走り、トンネルから出ていくのだった。


































鵺山奥――――


カタン…、

「おかえり。鵺ちゃ、…!!どうしたんだいその傷…!」
何万本もの桜の木々に囲まれた人気の無い山奥に建っている一軒の平屋。
強風が吹いたら吹き飛んでしまいそうな木造のこの平屋の引き戸を開けてやって来たのは、大正時代を思わせる襟のついた白の半袖シャツにサスペンダーを付けた丈の短いズボン…という、お世辞でも綺麗とは呼べないいかにも貧しい服装をした黒髪で目がつり上がった少年…鳳条院鵺。EMS軍でアリアの部隊に所属していたあの少年だ。
家の囲炉裏にあたって孫の帰りを待っていたのは背中の丸まった皺だらけで小さい祖母。継ぎ接ぎだらけで綺麗とは呼べない貧しい服装。自由の利かない体を動かして顔を青くしながら鵺の元へ駆けつけて来たのには理由がある。帰ってきた鵺は右肩を緑色の血に染め、肩から腕を伝って緑色の血をポタポタ垂らす大怪我を負っていたからだ。
祖母は慌てて、黄ばんだ包帯を取り出すが、一方の鵺は囲炉裏を囲むように正座をすると、傍にあった蒼い模様入りの手拭いを肩に結び付けて止血している。
「鵺ちゃん、またお友達と喧嘩してきたのかい…?」
「いえ。していません。友人なら優しい人ばかりです。ただ、私が山道を登ってくる時木の根に足を引っ掛けて転んでしまっただけの怪我ですから」
「……」
くるっと振り向いた鵺は祖母にしか見せない、彼らしくない満面の優しい笑みを向けた。
「それよりお祖母さん。夕食に致しましょう。今日は2日振りに来ましたから私が作ります」
「鵺ちゃん…」
止血したから先程よりはだいぶマシになったが、まだポタポタ血を滴らしながらも、鵺は玄関のすぐ脇の今時珍しい薪を組んで火を起こす石造りの上に鍋を用意し、その中には切った大根、人参、ねぎ、味噌を入れていく。その傍ら、木の籠の中に入った昼間川で釣ってきた小さい一匹の鰯を焼いている。
そんな孫の細い背を祖母は目尻を下げ、切なげに見ている事しかできない。自分と孫との間に距離を感じていた。





















「いただきます」
両手を合わせ、ピンと背筋を伸ばして正座をし挨拶すれば、箸を手に取り夕食に手を付ける鵺。一匹の鰯を二人で半分に分け、あとは味噌汁だけ。白飯は無い。
外からは一切の物音が聞こえない静寂に包まれた夕食の席で祖母は遠慮がちに鵺を二、三度見てからようやく口を開く。
「鵺ちゃん。魍魎はやっぱりおばあちゃんが預かるよ」
「え」
箸を持っていた鵺の手が止まる。
"魍魎"とは、鵺が背中に担いでいる一本の日本刀の事。鵺は不思議そうに目を丸める。
「何故ですか。私ではこの魍魎に見合わないからですか」
祖母は切なげに首を横に振る。
「そうじゃないよ。鵺ちゃんが毎日負ってくるその怪我。お友達と喧嘩したものじゃなくて、本当は、MADから受けたものだよね…?嘘を吐かなくて良いんだよ」
「いえ、違います」
「……。魍魎を持っていればMADが襲ってきても鵺ちゃんを守れると思って渡したんだけれど…魍魎を持っているせいで鵺ちゃんがMADに狙われて痛い思いをするなら、おばあちゃんが魍魎を預かるよ…」
手を差し出されるが、鵺はわざと後ろへ下がり、魍魎を渡すまいと唇を噛み締める。
「いいえ。誰も寄り付かなかったこの山にMADが現れるようになった事も、私がMADに狙われる事も、この刀のせいではありません。お祖母さんのせいでもありません。私が、鵺だからです」
「鵺ちゃん…」


ガタン、

空の味噌汁茶碗と、魚が乗っていたヒビの入った皿を乗せたおぼんを手に取り、玄関横の水の入ったバケツの中にそれらを入れてカチャカチャ、音をたてて洗い出す鵺の細い背を切なげに見つめる祖母。
「不幸が訪れるのは私のせいです」
「鵺ちゃん、まだその事を気にしているのかい?鵺ちゃんは鵺とは違うんだよ。おばあちゃんはそんな事、一度も思った事は無いよ。鵺ちゃんが居てくれるから、おばあちゃんは毎日が幸せなんだよ」
洗い終えた皿をボロボロの手拭いで拭き取り置くと、鵺は祖母の方を振り向いた。いつもと同じ、無表情に近い顔をして。
「お心遣い感謝致します。軍の仕事を残してきましたので、今日はこの辺りで帰りますが、明日の朝またお邪魔致します。晩は冷えますので、暖かくしておやすみ下さい。それでは失礼致します」


カタン…、

今にも外れてしまいそうな引き戸を閉めて、鵺は家を出ていった。



















物音一つしない静寂に包まれた晩。一人残された祖母はやはり憂いの表情を浮かべ、ヒビの入った湯飲みの中の温い番茶を啜る。
その時。


コン、コン

「…?鵺ちゃんかい?」
玄関の引き戸をノックする音が聞こえて、祖母は顔を上げる。
――忘れ物でもしたのかねぇ…――
「入っていいよ」
しん……。
おかしい。入ってこない。不思議に思いつつも、この山は自分と鵺しか人間がいないから、重い腰をゆっくりゆっくり上げて不自由な足でゆっくりゆっくり玄関を降りて下駄を履き、引き戸を開ける。
「鵺ちゃん?」


ガラガラ…

「ひぃ…!」
開けた引き戸の向こうには玄関に入り切らない程の背丈をした、顔と思われる部分にはダイヤのように真っ赤な一つの目玉が付いた緑色の人型の化け物が立っていた。
祖母の全身から一瞬にして血の気が引き、顔が真っ青になると同時に、足がよろめきながらも祖母は目の前に現れた化け物の名を口にする。
「MA…D…」


ガシャン!!

先程鵺が洗い乾かしておいた皿が割れてすぐ、家の中からの灯りが消えた。









































その頃の鵺――――

自宅のマンションへと帰る道程を下を向いて1人歩いている。真っ暗で人影も無い閑静な住宅街。ジー、ジーと煩い街灯は点滅していて周囲には蛾が集まっていた。
「鵺…」
脳裏で蘇る鵺の幼少期の記憶達――。

『くそ!騙しやがって人擬いの化け物が!お前は化け物女の子供だ!私の子供じゃない!お前が居ると災いが起きる!何せお前は化け物女の子供だからな!そうだ、お前はまるで鵺だ!』
『せんせー。鵺くんと同じ班はイヤでーす』
『だって鵺くんは鵺だから、近くにいるとわたしたちに悪い事が起きるんだよ!!』
『聞いた?鵺と同じ帰り道のあの子。帰りにMADに食い殺されたらしいよ』
『だってあの子が帰る時たまたま同じ道に鵺も居たんでしょ?』
『だからあの子、MADに遭遇したんだよ!』
『やっぱり鵺が近くに居ると不幸ばっかり起きるじゃん!』
『だって鵺って……なんでしょ?だから鵺がMADを引き寄せているんじゃない?』
『こわーい!うちらの事もいつか食い殺そうと考えているんじゃない?』
『やだっ、どうしよう!あたし席隣だし!やだ〜早く消えてよ〜!』
『おい鳳条院!お前と同じ部活の一年が昨日MADに遭遇して殺されたらしいぞ!』
『どうしてくれんだよお前!お前と関わった奴みっっんな不幸になってんだよ!』
『お前がMADを引き寄せてんだろ?』
『違う違う!こいつが殺して食ってんだろ?だってこいつは……』
『つーか、さっさと退学しろよ』
『てかさ、死ねば?アハハハ!』

ぐっ…、
拳を握り締める。

『鵺ちゃん、またお友達と喧嘩してきたのかい…?』
『いえ。していません。友人なら優しい人ばかりです。ただ私が山道を登ってくる時木の根に足を引っ掛けて転んでしまっただけの怪我ですから』

「友人なんていない…」


カチャ…、

気が付けば自宅マンションへ戻ってきていた。ドアノブに鍵を差し、右へ回す。
「はぁ、はぁ…あ、ども。こんばんは」
「……」
ドアを開く直前で隣から聞こえてきた挨拶に黙ったまま顔だけを向ければそこには、鵺山トンネルから走って逃げてきた空が居た。たった今帰ってきたから息が上がっていて、まともに喋れていない。
そんな彼の事をいつもの無表情ともポーカーフェイスともとれる表情でまじまじと見てペコリと一礼だけすると、さっさと部屋へ入っていってしまった鵺。


バタン…

鵺が部屋へ入っても、隣の自分の部屋のドアの前で立ち尽くしている空は目を丸め驚いた表情をしていた。
「背中に担いでいた刀…右肩に巻いた手拭いに滲んでいた血が緑色…。まさかさっきの…!?」
MADが襲来してから黄色から色を変えた不気味な真っ赤の三日月が、彼らの事を微笑んでいた。

































翌日、6時25分―――

目映い朝陽に照らされる朝の閑静な住宅街。


バタン…

こんな朝から昨日と同じ服装の鵺は部屋を出るとエレベーターを使い、一階へと降りて出掛けていくのだった。
「あのお隣さん、MADと何か関わってんのか…?」
柱の陰からひょっこり顔を出したのは勿論、空。エレベーターが1階に着いたランプを確認すると自分も続いてエレベーターに乗り込み、1階へと降りていくのだった。
――まさかお隣さんも、シトリーみたいに人間の姿をしたMAD?!それとも鬼?!MADと鬼は同一人物なのか?!――


























生い茂る木々達の葉と葉が風に吹かれて擦れ合う音は心地好い。
鵺山トンネルを潜っていくと、あっという間に中の暗闇に溶け込み姿が見えなくなってしまった鵺の事を追ってきた空は、トンネル脇の草村から顔を出す。
「やっぱり此処に来た…俺の予想は…ビンゴ!」
足音をたてぬよう、草村から飛び出して鵺の後を追うのだった。


























鵺山奥―――


コンコン、コンコン

おかしい。いつもは一度目のノック後、すぐに中から声が聞こえてくるのに。マンションで朝早くに起きて作った煮物が入った小鉢を片手に、平屋の玄関前で首を傾げるのは鵺。
朝の目映い陽射しが、何万本もの桜の木々達を優しく照らす景色は何とも美しい。小鳥達のさえずりしか音の無いそれが閑かであり、幻想的でもある。
「まだ寝ているのか…」
いつまで待っても祖母からの返事が無いから、ガラガラと音をたてて平屋の引き戸を開く。
「…?」
囲炉裏の火も消え、窓から射し込む朝陽に照らされている家の中。祖母の姿が無いのだ。おまけに、気配すら無い。鵺は左右をキョロキョロ見回す。
ポタ、ポタ…きっちり閉まらない錆びた蛇口から水が一定感覚で垂れる音。傍には昨日、鵺が洗っておいた二人分の食器が昨日のまま綺麗に立て掛けてある。
「山菜採りにでも行ったのか…」
そう呟いているまさにその時。鵺の視界に入ったものは、石造りの玄関にきっちり揃えられている祖母の小さい下駄。それに気付いた瞬間、山菜採りの予想は取り消され一瞬にして胸騒ぎがし、全身が騒めいた。
「…!」
口数こそ少ない鵺は祖母の名を呼べば見つけるのが早い事を知っているがそうはせず、ただ黙ったまま家の中を見渡す。黙ってはいるが顔が青ざめているし、眉間に皺が寄っている。
下駄を脱ぎ捨て畳の上に上がると、1つしかない窓から身を乗り出して外を見渡す。しかし無情にも、窓の外に広がるのは桜の美しい景色。祖母の姿も影も見当たらない。
「おかしい…一体どこへ…」


ポタ…、

「…?」
その時。一滴の水音と、右肩に何かが上から降ってきた妙な感じがして、鵺は自分の肩に視線を移す。
そこには、昨日怪我を追った為巻いた包帯の上に滲む一滴の新しい緑色の血。
「…!」
ハッと目を見開いた鵺が後ろを振り向くが、そんな鵺が自分に気付いていない事を笑う化け物は、平屋の天井にへばりついて鵺の事を見下ろしていた。
「此処ダヨ、化ケ物」
「なっ…!?ぐあ!!」


ドスン!!

頭上から聞こえた声にようやく鵺が気付いた。今までずっと天井に張り付いて鵺の事を見ていた化け物の存在に気付いたのだ。
声に誘われるように見上げた瞬間、鵺の頭上に、ここぞとばかりに降ってきた1体の化け物。
大きな音と同時に、ボロボロのこの家の畳の床に亀裂が入り、傍の棚の中から食器が雪崩のように落下する。化け物が降りた衝撃で上がった煙が晴れると…
「う"っ…」
気味の悪い緑色をした人型の化け物MADの、刃物のような鋭く長い赤い爪が鵺の頭に食い込んでいて頭をおもむろに掴み上げている。爪が食い込んだ箇所からは、赤色ではなくMADと同じ緑色の血が流れている。























鵺は意識朦朧で痛みを堪えている中、元からつり上がった目を更につり上げてMADを睨み付ける。息が上がっていて途切れ途切れだが、何とか言葉を発す。
「っ…はぁ…くっ…、MADの分際で…」
背に担いでいる刀に触れ抜刀し、MADがいる背後へ向けて刀を振り上げた。


キィン!

「ギャア!!」
MADは斬られた痛みにより鵺から手を放してしまった。成功だった。ようやくMADの手から逃れられた鵺はMADから距離をとり、対面する。MADは斬り付けられた右足を押さえてピョンピョン跳ねている。痛いのだろう。その無様な隙を狙い、刀に手を添える鵺。
銀色に光る刀に鵺の鋭い眼差しが映る。右足を一歩前へ踏み込み直後、目にも止まらぬ速さでMADへ刀を振り上げれば、刀からは何とも言えぬ血にも似た真っ赤な光が放たれる。振り上げた刀がMADの目を、今まさに斬り裂く時。
「鵺…チャン…」
「なっ…?!」
あと一歩で刀が目を斬り裂く時聞こえてきた声は祖母のものではないが、祖母がいつも呼んでくれた自分の名前。
鵺はハッ、と我に返り、すぐさま刀を戻す。彼の気持ちと通じているかのように、刀からもあの赤い光が消える。
























天井を突き破ってしまいそうなくらい巨大なMADの事を鵺は眉間に皺を寄せ目を丸めて見上げ、震える唇を開く。
「お祖母…さん…?」
「そうだよ…鵺チャン…鵺チャンは、お祖母ちゃんの事嫌いになっちゃったのかい…?だから、そんな物騒な物を突き付けるのかい…?」
「本当にお祖母さん…なのですか」
「そうだよ…鵺チャン…」


カラン!

鵺は刀を投げ捨てると、祖母の口調で話すMADの元へ駆け寄る。いつもポーカーフェイスの彼が珍しく取り乱し、感情剥き出しの、不安でいっぱいな表情をしていた。
「何があったのですか!このお姿は一体…!?MADが何をしたのですか!」
「鵺チャンが昨日帰った後…MADが此処へやって来て…私を、こんな姿にしたんだよ…」
「そんな…。MADは人肉を食らう生物なのでは…」
「私もそう思ったよ…だから、あの時は殺されると思った…。けどね、目が覚めたらこんな化け物の姿にされていた…こんな姿にされるくらいなら死んだ方がマシだったよね…」
MADの姿をした祖母は悲しみに浸り、両手で顔を覆ってしまう。鵺は言葉が出てこない。こないから、祖母に抱き付く。切ない表情を浮かべて。
「そんな事を仰らないで下さい!私が…私が必ずお祖母さんを元の姿に戻す方法を見付け出します!軍にはMADの生体に詳しい方がたくさん居ます!ですから、そんな哀しい事仰らないで下さい!」
「ありがとう鵺チャン…でも私はもう、鵺チャンに迷惑かけたくないよ…。このまま、自分で自分の舌を噛み切りたいくらいなんだよ…」
「お祖母さん!私には…私には友人もいなければ両親もいない…お祖母さんしかいないのです…!だからもう、そんな事を仰らないで下さい…!」
「鵺チャン…」
「私が必ず元の姿に戻してみせます…だから…」
「バーカ!お前のババァはもうとっくに死んでんだよ!化け物!!」
「え…、っ!!」


ドン!!

声は違うものの、祖母の優しい口調が同じだった目の前のMADは突然乱暴な口調になると同時に声色を変えると、顔を覆っていた両手をとれば、鵺の頭目がけて大きな拳を振り下ろしてきたのだ。
畳の床は完璧に壊れ、衝撃で壊れかけていた天井や壁からはパラパラと、木の屑が降ってくる。
MADの拳をもろに食らい床にめり込んだ鵺は全く動かず尚且つ、体からは緑色の血を滲ませるから、MADは両手を頭上で叩いて楽しそうに笑う。
「ギャハハハ!!バァカ!バァーカ!薄汚ぇババァなんてとっくの昨日、俺がぶっ殺してんだよ!なぁ〜にが"私が必ず元の姿に戻してみせます"だぁ?!おめぇのバァちゃんとっくに俺の胃袋の中!ギャッ!ギャッ!」
自分の腹を叩き、気味の悪い笑い声を上げて楽しそうに踊りながらMADは畳の上に転がる鵺の刀"魍魎"を手に取ると、頭の上にかざして刀の裏までまじまじと眺めてから、自分の顎に手をあてる。
「ふぅ〜ん。これが俺の下っぱ達をぶっ殺してきた刀かぁ〜。おい、化け物。この山ヘ続くトンネルで俺らプラネット…まあ、おめぇらは俺らの事をMADって呼んでるみてぇだが。プラネットを次々殺してるって噂の鬼はおめぇの事だろう?俺らはおめぇの持ってるその対MAD用の刀を圧し折る為に、おめぇもろともぶっ殺しに来た。おめぇは、あの薄汚ぇババァを守る為に俺らプラネットを殺してきたらしいが、それが仇となったなぁ!おめぇの行いは下っぱ連中からよ〜く聞かされていた。んで!おめぇの行いに堪忍袋の緒が切れた幹部の俺がお出まししたってわけだ!おめぇがババァを守る為に戦っていたせいでおめぇのババァがぶっ殺されたんだぜ?!ギャッ!ギャッ!こりゃあ傑作だなぁ!あとなぁ、おめぇの話は、おめぇのお袋からよ〜く聞いてるから、おめぇの事ぜ〜んぶ分かるんだぜ?すげぇだろ?」
「……!」
身体こそ動かないものの鵺は全身に走る激痛を堪えながらも、MADのその一言に目を見開く。
MADは、長く赤い鋭利な爪で鵺を指差す。
「おめぇはプラネット…おめぇら的に言えば、MADとクソ地球人の間に生まれた化け物。誰にも相手にされねぇ気味悪りぃ化け物のおめぇを、おめぇの親父のババァだけは相手してやって育てた。おめぇにとってこのババァは大事大事だったんだってなぁ?地球人は自分が殺られるより、大事な奴が殺られた時の方が自分の死以上の苦しみを味わうんだろ?!!」
"このババァ"と言いながら自分の腹を叩いてみせるMAD。
「けどな。おめぇにぶっ殺されてきた数えきれねぇ程の下っぱ達も俺にとっちゃあ大事な奴らだったんだよ。…だったら、おあいこだよなぁ?!」
鵺の刀魍魎を鞘から引き抜けば、MADは鵺に刀を向ける。刀には、壊れた畳の床にめり込み緑色の血を流す鵺が映っている。
「おめぇも半分プラネットの血が流れてんなら俺ら側につけば楽だってもんを。地球人側につくなんざ自殺行為だぜ?ま、どーせ俺らにも地球人にも相手にされねぇんならお前を殺したって誰も悲しまねぇよなァ?!」
身動きとれぬ鵺目がけ、ドスドスと重たい音をたてて歩み寄り刀を振り上げるMADを灰色の瞳に映す鵺は、自分の意志でその瞳を徐々に徐々に閉じていく。
――守るべき人がいなくなったのなら生きている意味なんて…無い――
周りの黒い膜の間に映るMADの姿が見えなくなり、目の前が真っ暗になったそれは、鵺が自ら瞳を閉じ、鵺が自ら生を手放した瞬間。





















「ギャアアアアア!!」
「…?」
自分の喉に魍魎の刃先がぐっさりと貫通するんだろう…と思えば、鼓膜が破れてしまいそうなくらいのMADの悲鳴が聞こえてきたから鵺は、ゆっくり目を開いていく。
目の前には、頭を抱え苦しみもがき、ダイヤのように真っ赤な一つの目玉から緑色の血をダクダク流すMADが居た。血が噴き出している目玉には、桜の蕾と花が付いた桜の木の枝が一本ぐっさり突き刺さっているのだ。鵺は目をぱちくり。何が起きたのか思考が追い付かず、もがき苦しむMADの事を見ていたら……


カラン、

「…?」
MADがたった今、目玉の痛みにより手放した刀魍魎が鵺の足元に転がってきた。転がってきた方に視線を移せば、開かれた玄関に立っている一人の人物を瞳に映した鵺。鵺は目を大きく見開く。
「途中からしか話聞いてねぇけど。止めさすのはあんただろ、お隣さん」
そこには、黒い七分丈Tシャツにジーンズというラフな服装の空が、腰に手をあてて立っていた。MADの目玉に桜の木の枝を投げて突き刺したのは、空だ。
「お前は…!」
「グアアアアア!!」
「!?」
そんな間にもMADは今まで以上に苦しげな雄叫びを上げるから、空と鵺が目を見開いてMADを見る。
何とMADは、みるみると更に体を巨大化させていくではないか。しか、ゴキゴキと気味の悪い音をたてて。
壁に映るMADの影がみるみる巨大化していく姿に鵺が呆然とする一方、空は酷く嫌そうに顔を歪めてその様を見上げている。
「おいおい…何だよこれ。SF世界の話じゃねぇんだぞ!」
「グアアアアア!地球人の分際でェエエエエ!!」
空が投げた桜の木の枝を勢い良く引っ込抜けば目玉から緑色の血が噴水の如く噴き出して雨の如く鵺に降り掛かり、べっとり塗らす。
巨大化したMADは小さいこの平屋の屋根なんて簡単に突き破ってしまった。目映い優しい朝陽が、ぽっかり空いた屋根から家の中へ射し込んだ時。MADは血の流れる目玉に空を映す。
「片目が赤色…?はっ…そうか。お前が例のガキか…」
「はぁ?!今何つって…」
「避けろ!!」
「?!」


ドスン!!

MADが口にした言葉が聞き取れず聞き返した空目がけ、MADの巨大化した拳が降り掛かるのを予期した鵺が叫んだ直後、拳は空に振り落とされた。


ガシャン!!

今度は玄関が吹き飛び、既に平屋は家の形をしておらず、外からの光があちらこちらから射し込む程の全壊。煙がたちこめそれが晴れれば、MADは表情は分からないものの、声まで出して不気味に笑い出す。


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