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終焉のアリア【完結】
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3ヶ月後の3月。
日本、埼玉――――

「間もなく2番線に列車が到着致します。白線の内側でお待ちください」
「卒業しちゃったね〜」
「うん。寂しくなっちゃうね。じゃあさ今からいつものあのお店でみんなで夕飯にしようよ!」
「賛成ー!あそこの店の地球人超逸品だよねぇ。あたし、地球人の煮込みが超好き!」
「うそー!しぶーい!うちは地球人の血液ソース付きアイスがオススメー!」
「それも美味しいよね!でもたまに汚い血の奴もいるじゃん?やっぱ綺麗な血の地球人の方が美味しいよねー!」
帰宅ラッシュ時、埼玉駅。電車を待つMAD、MAD、MAD。何処もかしこもMAD。1人たりとも地球人は居ない。新聞を見ながら電車を待つスーツ姿のサラリーマンMAD。きゃっきゃっ話しながら電車を待つ女子高生MADなどなど。
何処もかしこも、あの緑色の人型をしたMADしか居ない。


プァアアン

音を上げてホームへ入ってきた電車の運転手も車掌も、鉄道会社の制服を着た緑色の奇妙な人型のMAD。


























同時刻、
大坂道頓堀――――

「いえーい!今日は飲み会だー!食い倒れの街で食い倒れよう!」
「生一つ!ジョッキで!」
「お客さん。今日は良い地球人が捕れましたぜ。脂の乗った若い24歳女地球人のお造り!如何です?」
「おー!じゃ、それ一つ貰おうかな」
「まいど!」
「ギャアアアアア!!」
居酒屋の厨房からは、出刃包丁で捌く音に混じって、捌かれている地球人の断末魔が聞こえてくる。なのに店内のサラリーマンMAD達はその断末魔にうっとり聴き入っている。
「んー。良い悲鳴だなぁ」
「これも生け捕りの楽しみだよな!」
「まいど!お待ち!」


カタン、

「おお…!」
つまや大葉の上に盛られた地球人の刺身。お造りを前にしたMAD達は真っ赤な舌をジュルリ、鳴らして割り箸を割る。


パチン!

「美味そう!」
「いただきまーす!」






























東京、
ビッグドーム――――

「アンコールだよ!とばしていくよぅ〜!みんなぁ最後までシトリーについてきてくれるぅ?」
「シルヴェルトリフェミア様ーっ!!」
キャー!ワー!大歓声の中ピンクや黄色など色とりどりのスポットライトを浴びながらステージを元気に駆け回り歌っているのは、シルヴェルトリフェミア。絶賛コンサート中。
観客は勿論全員緑色の人型をしたMAD達。ペンライトやお手製うちわが壊れんばかりに振り、大歓声を送っている。



























ビッグドーム楽屋―――

「ふぅ」
シルヴェルトリフェミアのコンサートの爆音が微かに聞こえてくる楽屋では。
1人パイプ椅子に座り、テレビのニュースを見ているドロテア。勿論、ニュースキャスターもスーツを着たMADだ。
「では続いてのニュースです。新潟県で朱鷺の雛が巣作りを始めたそうです」
「平和なニュースばかりですね。地球人から日本全土を奪って以降。しかし、そろそろ食料(地球人)も底をついてきましたね。我々の領土の中東アジアから地球人を輸出してもらいま、」


ザザッ、ザザッ、

「ん?」
テレビが突然砂嵐になりノイズを放つ。ドロテアは椅子に座ったままテレビを軽く叩いてみるが、直る気配はせず。
「おかしいですね。買ったばかりだというのに。不良品でしたか?」


ザザッ、ザザッ、

「ん…?」
砂嵐から次第に映像が映り始めればドロテアはテレビの画面を凝視する。


ザザッ、ザザッ、

テレビの画面が砂嵐からちゃんとした画面に戻った。…が、そこにはEMS軍のマークが入った旗を背に、演説台のマイクの前に立ったハロルドの姿が映っていた。


ガタン!

椅子がひっくり返ったのもお構い無しに勢い良く椅子から立ち上がるドロテア。
調度その頃、MADに墜とされた日本全土のテレビどの放送局にも同じ映像が流されていた。東京原宿の大型モニターに映し出されているハロルドの姿に道を行き交うMAD達は皆立ち止まり、画面に釘付け。
「何?地球人?」
「え?嘘でしょ?日本はうちらのモノになったんじゃなかったの?」























「地球を侵略した侵略者の皆さんお久しぶりです。EMS軍です」


ザワッ…!

MAD達がざわめく。
「どの放送局も映像を替えられないらしい!!」
「地球人にハッキングされたんだ!」
「3ヶ月前までこのような世界地図となっておりました地球ですが…」
ハロルドは3ヶ月前の世界地図の略式を映す。
北アメリカ大陸、東京以外の日本、アジアの一部地域が我々EMS領域。
アジアの一部と日本の東京、ヨーロッパ、アフリカ大陸の一部がMAD領域。
南アメリカ大陸とオセアニアが共和派領域。
何も触れられていない国や地域は、現在領土確保の為三勢力が争っている場所。
以前までは共和派領だった場所もミルフィ脱退後MAD領になってしまった為、MAD領が大半を占めている。
「つい昨日世界地図はこのように変わりました事をご報告致します」


ザワッ…!

「え、まさか!?いつの間に?!」
「何で何で!?地球人なんかは私達より遥か劣る劣勢種でしょ!?」
ハロルドが映した新しい世界地図は、南アメリカ大陸とロシア以外の地域…つまり北アメリカ大陸、日本以外のアジア全地域、ヨーロッパ、アフリカ大陸、オセアニア。以前MAD領だった場所のほとんどがEMS領に染まっていた。


























同時刻、ドロテア――


ガンッ!

パイプ椅子を蹴る。
プルプル震えるドロテアの両手拳。
「こんなもの、どうせただの挑発です…!わたくし達に日本を奪われたから焦って、本当はわたくし達の領土をEMSの領土と偽って混乱させる為の嘘に決まっています!!」
「新たに我々EMS領となった中東アジア諸国では最新の対MAD装置も導入予定です」
「んなっ…!?」
ハロルドの背後に映し出されたのは、MAD領だったはずの中東アジア諸国の映像。其処には近代的なビルが建ち並び、地球人達が笑顔で暮らしている様子が映し出されている。MADの姿は1人とて見当たらない。
ドロテアは動揺を隠しきれず。
「な…、そんな…、地球人の分際で…、」
「そして、訳あって追放処分となりましたグレンベレンバ前将軍に代わりまして新たにEMS軍将軍に就任致しましたハロルド・パティンスキーです」
画面に映っているハロルドは一旦目を瞑ると片手で両目を押さえてから、ゆっくり目を開いた。あの時と同じ黒目と白目が反転した不気味な目をして、彼らしかぬ強気な笑みを浮かべる。それはMADを見下した笑みにも見える。
「地球が元の平穏な日々を取り戻すのもそう遠い未来ではないでしょう。侵略者の皆さんはこの機会に是非、大切な人に会っておく事を推奨致します。侵略者の皆さんは間もなく最期の時を迎えるで、」


ブツッ!

テレビの電源を乱暴にきったドロテア。
「あああああ!!」


ガターン!!

パイプ椅子を狂ったように何度も何度も叩き付けるドロテア。
「はぁ、はぁ…くっ…!烏…!!」
白いハンカチを噛み、怒りにプルプル震える。
「地球人の分際で生意気な…!この蒼い地球(ほし)に見合うのは清らかな心を持つ我々の方です!我々の頼みを聞かず、我々の容姿を見ただけで一方的に長と奥様を殺害したような野蛮な地球人達に負けるわけにはいかないのです…!」















































アメリカ合衆国、
EMS軍本部――――――


ガー、ガガッ、

「こちらEMS軍本部」
「こちら日本、広島。地球人34名の救出を確認」
「了解。至急、本部への帰還を」


ガー、ガガッ、

「こちら日本、沖縄。地球人12名の救出に成功。至急本部へ帰還致します」
「よくやった。了解した」
真っ暗でたくさんの画面からの灯りしかないオペレータールーム。無線が本部へ繋がり、それに対応しているEMS軍軍人達。たくさんの画面には日本の各都道府県が映されており、画面にはEMS軍人達がMADを殺して地球人を救出した映像が映し出されている。この映像にホッと胸を撫で下ろしているのは、ファン。
無線の付いたヘッドホンを外して席を立ったファンは、隣の席に居る若い部下に声を掛ける。
「私は今日はこの辺りにする。後は頼んだぞ」
「了解です、ファン・タオ大佐」


バタン、


































「お仕事お疲れ様ですファン大佐!」
「うむ」
「お仕事お仕事様ですファン・タオ大佐」
「ああ」
廊下を歩いていたファンにすれ違う部下達が明るく挨拶するのは、EMS軍新体制となってからEMS軍が優勢になっているからだろう。見えてきた、勝利が。
しかしファンは全く気を緩めていないどころか、今まで以上に気を引き締めていた。
「お疲れ様…ファンさん…」
「ああ…む。小鳥遊か」
声で気付いたファンが立ち止まり顔を上げると、風希が前から歩いてきていた。
「小鳥遊は今日の仕事を終えたのか」
「うん…。今からご飯…」
「そうか。私もだ」
「そう…」
食堂へフラッ…と入って行く相変わらず無愛想な風希に呆れつつ、笑むファンだった。































EMS軍内食堂―――――

「日本全土がMADに侵略され、ハロルドが将軍に就任。EMS軍新体制になって3ヶ月か。早いものだ」


カチャ、カチャ…

ハンバーグをナイフで綺麗にカットするファン。その向かいには風希が蕎麦を食べている。
食堂には若手の軍人達が大勢夕食をとっている。
「日本全土を墜とされてから中東アジア諸国をMADから取り戻した時のあいつは今までと違っていたな。何か…そうだな、例えるなら覚醒したようだった」
「日本を墜とされて…堪忍袋の緒が切れた…そんな感じ…」
ズズッ…、と蕎麦をすする。
「ああ。しかし、あいつでもキレるんだな。まあ見た目は普段通りだったが」
「おとなしい人程…怒ると…怖い…」
「だな」


ガタン、

もう完食したファンは皿やコップをおぼんに乗せて立ち上がるから、風希が見上げる。
「もう食べた…?早い…」
「そうか?では、私は失礼する」
くるり。おぼんを返しに、背を向けたファン。
「雨岬空と…鵺…」


ピクッ。

風希が発したその名に、ファンは立ち止まる。
「まだ見つかっていない…MADに先殺される前に…私達で…2人を殺すの…月見姉様の仇…とろう…」
ファンは振り向いた。力強い眼差しで。
「ああ。勿論だ」






























ズズッ…、
蕎麦を啜る風希は相変わらず、食べている時だけは幸せそうな表情をする。


カタン、

「…?」
「相席、良いかな?」
風希が顔を上げると、おぼんに夕食を乗せてきた笑顔のハロルド。風希は静かに縦に頷く。
「ありがとう」
風希の向かい側の食堂らしいパイプ椅子に腰掛けるハロルド。
「小鳥遊風希ちゃんそれってお蕎麦?」
「うん…。お蕎麦…美味しい…」
「日本人だね〜」


カチャ、カチャ

ナイフとフォークを使ってアメリカ式で肉厚のステーキをカットするハロルドを見て、風希がぽつり呟く。
「ステーキ…」
「ん?いる?」
「うんうん…。アリスさんよく…ステーキ食べてたな…って…」


カチャ…、

ナイフを静かに置くハロルドは寂しそうな顔。
「アリス君…結局見つからなかったね」
日本を離れる際ハロルド達で探したのだが、見つからなかったのだ。
ハロルドは青い携帯電話を取り出す。
「あの時せっかく電話も繋がるようになったのに、みんなのケータイがアリス君に着信拒否されちゃったんだよね。アリス君…自分がMAD化しているから僕達を避けているのかな」
「メール…」
「え?」
「メールなら…できる…」
「え?嘘!?僕もファン君も小鳥遊鳥ちゃんもアドレス拒否されているよ?小鳥遊風希ちゃんは送れるの?」
「うん…でも…送るばっかりで…返信はこない…」
「そっか…」
再びステーキをカットしていけば、ナイフとフォークの音がする。この2人の席だけ、周りの賑やかな若手軍人とは温度差がある程暗い。話題が話題なだけに仕方ないだろう。
「でもまだ日本に取り残された人達の救出には毎日数部隊が向かっているから、その時にアリス君も捜索してくれるよう頼んでいるよ。勿論、僕も時間が空いたら日本へ行くつもりだよ」
「うん…」



カチッ、カチッ、

風希はハロルドの話に相槌を打っているだけ。話の内容そっちのけでメールを打っている様子だから、ハロルドは少し眉間に皺を寄せる。
「アリス君に?」
「うん…」
「何て打ってるの?」
「そんなの…ハロルドさんには…関係無い…」
「そ…そう…だよね。ごめんね。ははは…」
「……」
「小鳥遊風希ちゃん、あのさ」
「何…?」
呼べば顔を上げてジッ…と見てくるから、ハロルドは頬を薄赤くして目を反らす。
「この後お仕事あるかな?」
「今日はもう終わり…」
「そ、そっか!あのね、良かったらそのー…えーと…あのー、う、うーん、何だろう?あのー…」
「…?」
顔を熱くして頭を右手で掻きながら目が泳いでいてはっきりしないハロルド。風希はそのはっきりしないところにイラッとし、首を傾げる。
「何…?用事無いなら…行く…」


ガタン、

おぼんを持って席を立つ風希。ギョッと目を見開いて慌てたハロルドも立ち上がると、あわあわしながらも振り絞って声を出す。
「あ、そのっ、今ちょっと良いかな?」
風希は背を向けたまま、食器やおぼんをカウンターに返している。
「良くない…」
「あ…いや、ほんのちょっとで良いんだけど…!」
スタスタスタ。
風希はさっさと食堂を出て行ってしまうから、慌てたハロルドがカウンターに急いでおぼんを置く。
「小鳥遊風希ちゃん待って!」


ガシャーン!

「あ"ぁ!!」
急いで置いた為カウンターにしっかり置けていなかったおぼんが皿と一緒に落ちて割れてしまった。その音に食堂内に居た全員が一斉に振り向くから、ハロルドは恥ずかしくて耳まで真っ赤。
「すみませんすみません!」
「あらあら。良いんだよー
厨房から小太りな中年女性が笑いながら出てきて片付けを手伝ってくれる。割れた食器を慌てて片付けるハロルドのその様は、とてもEMS軍将軍には見えない。
「あの、すみませんでした!」
片付け終えたハロルドは猛ダッシュで食堂を出て行った。




















「ハロルド殿、失礼ながら将軍には見えませんな」
食堂の奥で夕食をとっていたryo.と鳥もばっちり見ていた。
「どうせ駄目なのに」
「ん?何がです?峠下氏の姉上?」
「別に」
「?」
















































廊下、手洗い場――――

「小鳥遊風希ちゃん!」
「……」


キュッ…、

誰も居ない1階の手洗い場の水道で手を洗っていた風希はハロルドの声と駆けてくる足音がして、蛇口を強くしめた。
大きなステンドガラスの窓からは真っ赤な月明かりしか射し込まない暗い廊下。
「何…」
心なしか、無表情のはずの風希の目が苛立っている様子。
「お、怒ってる…かな?」
風希はハロルドに背を向けたまま黙りこむ。
「あ…、あのね。明日僕、実家に帰るんだ。両親が元気か様子を見に行く為に。日帰りで。此処から車で2時間もあれば着いちゃうんだ。そのそれでド、ド、ド、ドライブかたがた良かったら小鳥遊風希ちゃんも来てくれないかな、と思ったんだけど…」
「どうして私が…ハロルドさんのご両親に会いに行かなきゃ…いけないの…」
「違う違う!そうじゃないよ!両親には僕が顔を見せる程度だから実家の用事は5分で済むんだ!そのっ…!その道中長いんだけど美味しい喫茶店とか色々お店があるから小鳥遊風希ちゃんを連れて行きたいな、って」
「……」
「アリス君の事でずっと悩んでいるみたいだったし」
「悩んでなんかない…。MAD化した人なんて知らない…どうでもいい…」
「でも返信がこないアリス君にずっとメールを送っているんだよね」
「……」


しん…

この廊下の暗さと静寂さが冷たく感じる。
「送ってない…」
「送ってるよ」
「……。しつこい…」
相変わらず背を向けたままの風希の背中を見ながら、ハロルドは寂しそうに下を向く。
「小鳥遊風希ちゃんがアリス君の事をどう思っているのか、分かるよ。だから、返ってこない相手に何度もメールを送り続ける小鳥遊風希ちゃんが可哀想で仕方ないんだよ…」
「……」
「僕はアリス君にはなれないし、女の子に気の利いた言葉もかけられない。でも…、小鳥遊風希ちゃんがそんなになってまで悩んでいるのは可哀想だし、1人で抱え込んでいたら病気になっちゃうから少しでも気晴らししてあげられたら良いなと思っ、」


バシャッ!

「っ…!?」
振り向き様、水道の蛇口から出した水をハロルドにかけた風希。
ハロルドは突然の事に驚くがそれよりも、今かけられた水でびっしょり濡れた髪と顔を手で拭う。
「た、」
「私がアリスさんの事をどう思っているか分かる…?勝手な事を考えないで…。私は悩んでなんかいない…アリスさんなんてどうだっていい…」
「小鳥遊風希ちゃん勘違いしてる?!僕は確かに…だけどそれはもう諦めている事だし、小鳥遊風希ちゃんにはアリス君しかいない。アリス君以外なんて似合わないと思っているからそれは安心して大丈夫だよ」
「将軍になったからって…調子乗らないで…貴方…うるさいの…。私とアリスさんが何…?悩んでなんかいない…勝手な妄想やめて…」
「好きな女の子がやつれる程悩んでいたら誰だって心配するよ!!」


バシャッ!

「っ…、」
「しつこい…」
再び水を顔面にかけた風希。スタスタとハロルドの脇を通り過ぎて行く。


ピタッ…。

一度止まった風希は振り返る事はせず、互いに背中合わせのままだが口を開く。
「金輪際私に関わらないで…」


コツ、コツ、コツ…

静かな廊下に響く風希の足音が遠退いていき、やがて聞こえなくなった。髪から制服の胸元まで濡らしたまま俯いているハロルドは、唇を噛み締めた。
「っ…、」

































23時00分―――――

「あとは途中でお土産買って…」
「ハロルド」


ガチャッ、

「うわー!?た、小鳥遊鳥ちゃんこんばんは!?」
「こんばんは」
noノックでハロルドの部屋の扉が開いた為とても驚きながらも、訪問客に夜の挨拶をする。訪問客は、鳥。
ほとんど関わりの無い彼女の突然の訪問に首を傾げるハロルド。を余所に、鳥はお構い無しに部屋へ上がり込み、勝手に椅子に腰掛ける。
「ど…どうしたのかな突然」
「明日家に帰るの?」
「え!小鳥遊鳥ちゃんが?」
「違う。ハロルドが」
「え?何で知ってるの?」
「……。ファンに聞いた」
「あれ?僕、ファン君に教えたかな?」
「詳しい事はどうでもいい」
ぴょん、と椅子から降りた鳥はベッドの上で座って簡単な荷造り中のハロルドを指差す。
「あたしも連れてって」
「え!?どうして!?」
「…何となく」






































翌朝、
本部裏駐車場―――

髪をほどき、髪飾りは付けたままだが、フリルがたくさんついた白いブラウス+ふわふわの薄ピンク色シフォンスカート+ヒールが少し高めで花飾りの付いたピンクの靴。薄ピンクの鞄を両手で持ち、駐車場の隅で待っている鳥。
「おい。あれ日本支部の小鳥遊鳥さんじゃね?」
「うおっ!本当だ!お洒落して誰かと出掛けるのかな」
「超可愛くね?」
「俺は月見さん派ー」
「バッカ。月見さんは亡くなったんだよ」
「マジで?!」
駐車場を抜けて訓練場へ向かう若手軍人達が顔を赤くして鳥を見ながらヒソヒソ話している。
一方の鳥はそんな若手軍人達など全く気にせず。何と、割れた箇所をガムテープで止めた蝶の髪飾りに寂しそうに触れる。
「花月…」
「小鳥遊鳥ちゃん」
ハッ!と顔を上げると、いつの間にか駐車スペースから車を動かしてきたハロルドが。シルバーの大きいワゴン車の運転席の窓を開けて笑顔で手を振るハロルド。私服だし黒縁眼鏡をかけているから、いつもと違う雰囲気に鳥は頬を薄らピンクに染める。
「お待たせっ!」
「あ、う、うんっ」
車のドアを開けてしどろもどろしながらも助手席に乗る鳥。


バタン!

鳥がドアを閉めれば、車はエンジン音をたてて駐車場を出て行った。





















「おー!マジかよー!将軍の彼女なのか小鳥遊鳥さんって!」
「げーショックー!とられたー!やっぱ女は地位が上の男が良いのかなぁ」
「お前達。騒いでいないで早く訓練場へ行け」
「わわわ!?ファン大佐!?すみません今行きます!」
背後からやってきた軍服姿のファンに叱られ、ビクッとした若手軍人達は大慌てでピューッ!と逃げるように訓練場へ走って行く。
「はぁ」
今日の訓練指導者のファンは、書類を挟めたバインダー片手に溜め息。
後ろを振り返ると、シルバーのワゴン車が軍本部の敷地を出て行った様子が遥か遠くに見えた。
「……」














































世界の中で圧倒的な戦力と対MAD強化を誇るEMS領アメリカ合衆国とだけあり、街中はMADが侵略してくる以前と変わらぬ街並み。人々が会社へ向かい、日中の買い物をしたり。はたまた、テラスで優雅にコーヒーを楽しんでいる光景を車窓から眺めている鳥。少しドキドキしている。
一方のハロルドは全く普通で、運転をしている。
「びっくりしちゃったよー突然小鳥遊鳥ちゃんに言われて。お買い物したかっただけなんだね」
「う、うん」
「小鳥遊鳥ちゃんとはほとんど喋った事ないからちょっと緊張するね」
と言う割りに、風希の時とは正反対なくらいいつも通りの様子なハロルド。左手だけでハンドルを回して左折する。
「な、何か」
「ん?」
「いつもと違う…ね。眼鏡かけるんだ」
「あ、うん。運転の時だけね」
「そ、そっか」
――花月も昔は眼鏡だったけど最近は勉強の時だけ眼鏡してたな…――
肩が上がりっぱなしで車内を目だけで見回す鳥。
「助手席座っちゃって良かったの」
「どうぞどうぞ〜。乗せる人居ないし」
聴いた事の無い洋楽が流れていてそこにウォークマンが充電されていて、その上にはカーナビ。助手席側の隅に紫色をした車内用香水らしき物。
後ろの座席を覗くと、隅には恐らく軍の書類が投げてある。
「珍しい?」
「えっ!?」
運転しながら前を向いているのに、キョロキョロしていた事を気付かれてドキッとしてしまう鳥。
「キョロキョロしていたから」
「わ、悪い!?」
「悪くなんてないよ〜!」
「家の車以外乗った事無いし、と、と、年上の人と乗るの初めてで緊張する」
「あはは、僕なんかに緊張する事無いのに。リラックスしてて良いよ〜」
「だっていつもとちょっと違うから」
「軍服と私服だと違って見えたりするよね。小鳥遊鳥ちゃんの方が全然違って見えるよ。髪長いね」
「う、うん」
またキョロキョロ見回す鳥。
「車、広いね」
「家族と親戚を乗せる事が多いからね。アリス君の車なんて真っ赤なスポーツカーなんだよ!すごいよねー。ちょっと改造してるみたいだよ。ファン君は黒い車で、僕のなんかよりもっと大きくてかっこいいよ」
「そ、そっか」
――今まで友達誰も車の話する子いなかったし、そもそも高2は免許とれる年齢じゃないから何か…何か何か!車持ってるって大人だなぁ…――
「何処か見たいお店あるのかな?お洋服見たいんだっけ」
「うん?!あー…何処でも良い」
「じゃああそこにしよっか」
左折すると大型ショッピングモールがあり、その立体駐車場に入って行った。


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