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終焉のアリア【完結】
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ザー、ザーッ…

「雨が降ってきたね」
「うん…」
あれから近隣の廃墟と化したホテルへやって来たハロルド、ファン、風希、鳥、花月、ryo.、友里香。
鳥は花月が良いと言い張り、友里香は風希とは絶対に嫌!と言い張った為、ハロルド&風希、ファン&ryo.、花月&鳥、友里香で各自一部屋に入った。

































ソファに正座をして窓の外の真っ暗闇を、いつもの無表情で見つめている風希。静かな室内には、たった今降り出した雨音しか聞こえてこない。
此処へ来てから風希がずっと窓の外を黙って見つめているので、ハロルドはそんな彼女の背を見ながらゴホゴホッと咳をした後に口を開く。
「アリス君が心配なのかな?」
「はあ…?」


ギロッ!

振り向いてハロルドを睨んだ風希にハロルドは「ははは…」と苦笑い。
風希はすぐまた窓の外に向き直す。
「そんなんじゃない…」
「そうかな。僕にはそう見えたよ」
「あっそ…勝手に思っていれば…」
「電話」
「…?」
ハロルドは携帯電話を取り出す。
「かけてみるね」
「……」
「あ。やっぱりまだ圏外だ」
「当たり前…。MADの暴挙以降…電話局に人がいないから…」
「うん。そうなんだけどね。もしかしたら繋がるかもって淡い期待を抱いたんだけど。えへへ、やっぱり駄目でした」
「……。バカみたい…」
「小鳥遊風希ちゃん」
「何…」
「小鳥遊風希ちゃんだったらどうするかな。MAD化してしまったアリス君の事」
「……」
さっきとは違う声色で、真剣になるハロルド。
ズキッ…と痛んだ先程アリスに噛まれた肩。しかし風希はただただ窓の外を無表情に眺めるだけだ。
「殺すしかない…」
「うん…。でもそれはEMS軍人としてでしょ。本当は?」
「は…?」
「本当はどう思ってる?EMS軍小鳥遊風希ちゃんとしてじゃなくて、小鳥遊風希ちゃんとしてならどう思ってる?僕は…きっと殺せないよ…うんうん、殺したくない。EMS軍ハロルド・パティンスキーとしてでも僕にはアリス君を殺すなんてできないんだ」
「バカな事言わないで…。元が地球人であれ…私達はMADを殺す為に存在している…」
ハロルドの方を振り向いた風希の目がほんの一瞬見開かれたのは、ベッドに腰かけたハロルドが自分の太股に着いた腕で頭を抱え俯いていたから。酷く、辛い心境だという事が伝わる。けれども風希はすぐ、いつもの無表情に切り替える。
「雨岬空君が言った事は的を得ている…。MAD化した鳳条院鵺君の事は殺しにかかったのに、僕は、MAD化したアリス君を殺せない…。こんなの絶対に駄目なのに。軍務に私情を持ち込んだら駄目なのに」
「…鵺は月見姉様を殺したから…。そこの違いだから大丈夫…」
「じゃあ小鳥遊風希ちゃんは、身内を殺めていないMAD達は殺さないできたかな?」
「……」
「違うよね…。僕達は今まで、誰も殺めていないMADも殺めてきた。だから小鳥遊月見ちゃんを殺めたからとか、誰も殺めていないからとかは全く理由にはならない事なんだ」
「……」
「くそ…、どうしたらいいんだよ…!」
ぽつりと呟いた声だったが風希にはしっかり聞こえていた。初めて聞いたハロルドの本音に少し驚きつつも、風希はスッ…と静かに立ち上がれば、ハロルドの前に立つ。ハロルドはやはりまだ俯いたまま。
「ハロルドさんが殺せないなら殺さなくていい…私が殺るから…大丈夫…」
「駄目だよ、そんな事言っちゃ。アリス君が悲しんじゃうよ」
「…?何で…」
キョトン。とする風希が首を傾げる。ハロルドは俯いたままだがフッ、と笑んだ。
「何でも」
「…?どういう意味…」
「そうだ!小鳥遊風希ちゃん!お風呂沸いてるよ。先どうぞっ!」
立ち上がったハロルドはいつもの笑顔でバスルームに右手を向ける。途端、風希の目が嬉しそうにキラキラ輝き出した。
「お風呂…あるの…?」
「うん。入るかなと思ってさっき沸かしておいたんだ」
ぱぁっ…!と、キラキラする風希はコクンコクンと子供のように何度も頷く。
「お風呂…すき…」
「良かった!ゴホッ、」
さっさとバスルームへ行く風希。


バタン、

扉の閉まる音がしてすぐバスルームからシャワーの音が聞こえ出せば、ハロルドは室内でホッ、とした笑みを浮かべる。浮かべながらも右手はプルプル痙攣して、血管の浮き出た左腕を強く押さえていた。カーペットの床にハラリ、1枚の黒い羽を落として。












































コンコン、

友里香1人の部屋をノックするファン。その後ろには心配そうなハロルド。
「やはり1人は危険だ。風希や私達が嫌なら、花月と一緒の部屋にしたらどうだ」
「嫌!花月の部屋って言っても花月のお姉ちゃんも居るんでしょ!?友里香あの人嫌いだし!それなら1人の方がマシ!」
扉越しに聞こえるから少し遠くに聞こえる。室内から声を荒げる友里香に、ファンとハロルドは顔を見合わせはぁ、と溜め息。
「でも窓から侵入されるかもしれないよね。ゴホゴホッ、EMS軍大会議の時みたいに」
「ああ。だからいくら室内とはいえ1人は危険だと言ったのだが…。仕方ない。最終手段だ」
「怒るだろうね…」
「まあな。だが、民間人を1人にする事は危険だと話せば分かって…くれるかどうかだが…」
ファンとハロルドは顔を見合わせてはぁ、と深い溜め息を吐くのだった。












































厚いカーテンを閉めきった室内。窓の外から聞こえてくる雨音とは別に室内に聞こえる水音。
ベッドの中で何度もキスを繰り返す花月と鳥。口を離せば、自分の上に重なっている花月の両頬を両手で撫でる鳥は熱っぽい目をしながら息を吐く。
「はぁっ…、風希ちゃんもアリスもメガネ君もMADになっちゃったよ…。花月はならないでね」
「なるわけないじゃんか」
「実は此処に居る花月、花月の姿をしたMADだったりして」
「かもしれないよ?」
「じゃあ質問。あたしが一番好きなケーキは?」
「ショートケーキ」
「ふふっ、本物だ」
幸せそうに笑みながら花月の背中に両腕を回して抱き付き、両脚もしがみ付く。花月は鳥の首筋にキスを落としていく。
「はぁ…花月と居ると幸せ。花月とこうしていると戦いの事を忘れられる。あ。そうだ。ねぇ花月。ボブだった中学からあたしが今の髪型に変えた理由分かる?」
「髪型?うーん…?伸びたから?」


ドスッ!

花月の腹を右足で蹴る鳥。
「ぐあ!マジ蹴りしただろっ…!」
「やっぱ気付いてなかった。鈍感」
「何で変えたの?」
「気付くまで教えない」
「?」
ぎゅっ、と幸せそうに抱き付く鳥。
「花月の好きな同人誌みたいな事していーよ」
「いや〜あれは二次元だから萌えるのであって、三次元じゃあなぁ」
「ムッ。リリアたんの方が良いのかっ」
「そうじゃないよ!でもお鳥ちゃんよりリリアたんの方が1000倍おしとやかだけどw」
「はあ?何か言った?」
「まあ、同人誌はあり得ない展開ばっかりだからさ。三次元では普通にしますよ〜」
「ふぅん」
ベッドの軋む規則的な音と鳥の甘い声が響く室内。


コン、コン

ノックがして、ピタッと動きを止めた2人。
「小鳥遊鳥ちゃん、小鳥遊花月君ちょっといいかな」
「あ。少佐だ」
扉越しに聞こえてきたハロルドの声。
情事を邪魔をされたから鳥はムスッとしながら花月を蹴る。


ドガッ!

「痛って、」
「花月出てきて」
「はいはい〜」
服を着ている花月の傍ら、鳥は頭まですっぽり毛布をかぶった。






























ガチャ、

「はい」
扉を開けるといつもの笑顔のハロルド。その後ろにはいつもの厳格な表情のファンが立っていた。
「あ。小鳥遊花月君。ごめんね、寝てたかな?」
「い、いやー…ははは…」
「…?あのね、お願いがあるんだけど…小鳥遊鳥ちゃんにも聞いてほしいんだ」
「…?何ですか」
苦笑いを浮かべながらファンの方を見るハロルド。
「小鳥遊花月君のお友達の佐藤友里香ちゃん。1人部屋がいいって聞かないでしょ。でも民間人でましてや女の子を1人にするのは危険だと思うんだ。それで佐藤友里香ちゃんに聞いてみたら、小鳥遊花月君と一緒なら1人部屋はやめるって言って、」


ガバッ!

「あいつと花月を2人きりにしろって言うの!?無理無理ぜーったい無理!!」
毛布からガバッ!と顔を出して目を見開いてベッドの中から怒った鳥。鳥の声がしてハロルドが室内を覗き込む。花月は、
「げっ!」
と顔を青くする。
「あ。小鳥遊鳥ちゃん調度良かった。小鳥遊鳥ちゃんにもこの事を聞いてほしく、て…、」
怒りが先立っている鳥は全く気付いていない。だが、毛布から顔を出した鳥の胸元ギリギリの所つまり谷間までが露になっている裸姿をばっちり見てしまったハロルドは硬直し、全身がみるみる真っ赤に染まっていき…


ガタンッ!

「わわわわ?!邪魔してごめんなさいっ!!」
「!?ハロルドどうした?おい待てハロルド!」
ファンを押し退けて、全身真っ赤にして廊下を走り去って行ってしまった。





























バタン、

花月はサァーッと血の気が引いた真っ青な顔で目は明後日の方を向いて、部屋の扉を閉めた。
鳥の姿を見ていないファンは何が起きたのか分からず、ハロルドが走り去って行った廊下を首を傾げながら見ている。
「…?一体どうしたと言うんだあいつは?」
「しょ、少尉。先程の件なのですが、さ、佐藤さんは他の部屋ではダメなのでしょうか?」
「ああ。風希と相部屋は断固拒否られている。残す部屋は私とryo.の部屋だが、男2人の部屋に迎えるのは気の毒だろう」
「いやいやいや!男の俺と一緒ってのもそれと同じじゃないですか!」
「いや、男2人と女1人では気の毒だろう。それに佐藤自身、小鳥遊お前となら良いと言っているし」
花月はぺたん、と床に座り込む。真っ青な顔をしてファンの脚に泣き付いてきたからファンはギョッとして脚を振る。だが離れない花月。
「なっ…!?や、やめろ小鳥遊!お前までハロルドのように意味不明な言動をし出すのか!」
「びえーっ!佐藤さんと2人は勘弁して下さい勘弁して下さいよ少尉〜!こちとら佐藤さんとは過去に色々あったんですよ!そのせいでお鳥ちゃん…じゃなくてお鳥姉さんぶちギレさせたんですよ!だから俺が佐藤さんと同じ部屋になったら、お鳥姉さんの怒りウルトラハイパーバーストモードになって次こそぶっ殺されます!!」
「は、はぁ?…コホン。鳥と何があったかは分からんが」


ビシッ!

花月を指差すファン。
「今のお前はEMS軍小鳥遊花月だ。民間人を守るこれも立派な軍務。軍務に私情を持ち込むな。いいな?」
「EMS軍小鳥遊花月…?」
「そうだ」
「そんなのなりたくてなったんじゃないやい!!俺本当はEMS軍なんて入りたくなかったし!支部長なんてやりたくなかったし!!全部全部父さんに無理矢理押し付けられただけなんだよぉ!!うわああああ!」
「だ…大丈夫か小鳥遊…」
友里香を迎えたら鳥と不仲になる。しかし軍人の自分は民間人の友里香を守る義務がある…。どうすれば良いか分からなくなった花月は頭を抱えて後ろへ反り返り発狂する。


ポン!

「…、あ?」
ファンが花月の右肩に手を置く。ファンの顔を見ればファンは花月に、グッ!と右手親指を突き出して満面の笑み。
「頼んだぞ、日本支部支部長!」
「しょ…少尉の薄情者ーー!!」













































カタン…、

「あ…」
「あ、お風呂よよ、良かったかかか、かな?」
扉の開く音がして風呂上がりで湯気のたつ風希が振り向けば、顔を真っ赤にしてふらついているハロルドが戻ってきた。何だか喋り方がおかしいが、いつもの事なので気に留めない事にした風希。風呂上がりだからか、薄ら汗をかいてほんのり赤い頬をしながらタオルで自分の頬を拭く。
「お風呂…気持ち良かった…ありがとう…」
「そそそそれはそれははははよよ良かったよ〜!あはは…」
「…?いつにも増して変…何かあったの…」
「あー…」
ハロルドは下を向き真っ赤な顔を照れ臭そうに掻きながら、風希とは別のもう1台のベッドに腰をおろす。
「今、ちょっと用事があって小鳥遊花月君達の部屋に行ったんだ。だ…けど…」
「……」
風希の方は見ず、相変わらず下を向いたまま喋る。
「お、お付き合いしているんだねあの2人〜…」
「……」
「い、いとこ同士なな、なんだっけ?だからお付き合いしてもい、良いんだよね確か?い、いやー、仲良いってのは聞いていたけど、び、びっくりしちゃったなー。最近の若い子って早いんだね、色々…」
「…いとこなんかじゃない…」
「え?」
やっと返事をした風希。ハロルドが顔を上げるが風希はもう1台のベッドに腰掛けて、ハロルドに背を向けて窓の外を眺めていた。ハロルドはキョトンとしている。
「いとこじゃ、ゴホゴホッ、な、ないの…かな?」
「……」
「小鳥遊風希ちゃん?」
「いとこ同士だって嘘を吐いて…私達を欺いて…付き合っているの…。本当の姉弟なのに…」
「あ…。そ、そうだったんだ…」
「小鳥遊家はずっと…跡継ぎの男子が生まれなかった…。やっと生まれた花月に…お父さんとお母さんは小鳥遊家を任せた…。なのに…あの子達はそんなお父さんとお母さんの願いを…踏みにじっている…。お鳥ちゃんなんて…花月との子供が欲しいなんて言う始末…」
「言ってるだけならまだ大丈夫なんじゃないかな?さすがにそんな事はしないと思うけど…」
「言ってるだけじゃない…本当にしてる…」
「う、うーんそっか…。それは困っちゃうね…」
思いもよらない風希からの話に、顔は笑顔だがその笑顔も引きつってしまっている。
「む、難しいなぁ。どうすればみんなが幸せになれるんだろうね」
風希がバッ!とハロルドの方を向く。
「みんなが幸せに…?ハロルドさんはそういう考えなの…」
「え?」
いつもの無表情だが明らかに眼差しが鋭い風希。
「じゃあ…あの子達が幸せになれる方法も探すって言うの…?どう転んでも無理…。あの子達が頭おかしいのは…誰でも分かる事でしょう…。ハロルドさんに…失望した…。アリスさんは…"バカなきょうだいをもって大変だな"って言ったのに…」
「!…そ、そっか。ごめんね。小鳥遊風希ちゃんの希望通りの返答ができなくて…」
「……」
「すごいな、アリス君は。小鳥遊風希ちゃんの事よく分かっているんだね」
顔を下に向けて頬を掻きながら立ち上がったハロルドは風希の方を見ていられなかったから、すぐに背を向けるとバスルームへ歩いて行く。
「僕もお風呂入ってくるね」
「……」











































2時間後―――――

「ゲホッ!ゴホゴホッ!」
「ん…」
ぱちっ。
すっかりベッドで眠ってしまっていた風希。室内に何度も聞こえる咳で目が覚めたようだ。
目を擦り、壁掛け時計に目を向ければまだ時刻は23時00分。
「ゴホゴホッ、」
「……」
咳のする方にゆっくり顔を向ける。視線の先にはもう1台のベッドに背中を向けて腰掛け、携帯電話をいじっているハロルド。何度も咳き込んでいる。
「大丈夫…?」
「うわあ!?び、びっくりしたー…小鳥遊風希ちゃん起きたんだね」
背後から音も無くハロルドに忍び寄り声を掛けた風希に、ハロルドは心底驚いてまだ心臓がバクバク鳴っている程。
「起きたんじゃない…起こされた…その咳に…」
「あ!ごめ、ゴホ、ゴホ」
会話中も口を片手で押さえて咳き込むハロルドを、風希はジーっと見ているかと思いきや…。


バフッ!

「!?」
毛布を上から無理矢理掛けて無理矢理ベッドにハロルドを寝かし付けた。風希の行動に目をギョッと見開いている間にもハロルドはベッドに横たわるせられる。
「た、小鳥遊風希ちゃん!?」
「風邪…治すには睡眠をたくさん摂る事…」
無表情だがその温かな言葉に最初は驚くハロルドも、笑顔を浮かべた。
「そうだね。ありがとう」
「お礼言えて素直…。アリスさんと違う…ね…」
「アリス君…か」
「…?」





























「サムダンバダータラアギレラルーダルーベンス」
「た、小鳥遊風希ちゃん…この呪文は何…かなぁ…」
先程からかれこれ10数分、ハロルドが寝るベッドの脇の床に座り、両手を合わせてお経のようなものをずっと唱え続けている風希に、ハロルドは口角をヒクヒクさせて苦笑い。
「元気になる…おまじない…」
「そ、そっか。ありがとう!」
――呪い殺す呪文にしか聞こえないよ!!――
「きっと効いてくる…もう少し待って…」
「う、うん。でも僕の事なんて気にしなくて良いから。小鳥遊風希ちゃん早く寝た方が良いよ」
「ハロルドさんの為じゃない…私が風邪を移されたくない為…」
「ははは…な、なるほど…」
「本当素直…。私がこのおまじないを唱えても…今までみんな信じなかった…。良い人…だね…」
「そ、そんな事ないよ!でも…えへへ。小鳥遊風希ちゃんに褒められると何か嬉しいね。アリス君以外には無関心なのかなって思っていたから」


バキッ!

「!!」
風希はベッドとベッドの間に設置されてある電気スタンドを何と、真っ二つにへし折った。
「アリスさんが…何…」


ゴゴゴゴ…

風希の背中にメラメラと怒りの炎が燃え盛っているから、ハロルドは苦笑いで冷や汗をかきながらも目線を下げて笑う。
「…仲良いからさ」
「はあ…?」
「何でもないよ。うーん!何か体調良くなってきたみたい!小鳥遊風希ちゃんのおまじないのお陰だね。おやすみっ!」
ゴロン、と風希に背を向けて寝返りをうつハロルド。風希は「……」と見つめてから、スタスタと部屋を出て行こうとする。
「小鳥遊風希ちゃん何処か行くの?1人は危ないよ」
「花月の所…。話があるから…」


バタン…、































廊下――――

「あ…」
「な、何…風希姉さん」
暖色の灯りがボウッ…と浮かぶ廊下。たまたま鉢合わせた風希と花月。風希を見たら、顔を嫌そうに歪めて視線を反らす花月。


ザァー…

静まり返った廊下には、外からの雨音しか聞こえない。
「花月…話がある…」
「何…。風希姉さんが話とか滅多に無いから怖いじゃんか」


ビシッ!

「!?」
鎌の先端を花月に向ければ花月は目を見開く。
「な、何だよ!」
「お鳥ちゃんの事…好き…?」
「ま、またその話?!もういい加減放っておいてくれよ!いい加減、」
「揺れてる…」
「え…え?」
「花月…やっぱりどうしたら良いか…自分でも分からないんだ…」
「な、何が」
「お鳥ちゃんに押し負けている…本当はこんなの駄目だって分かっているんでしょ…。でもお鳥ちゃんの事は好きだから…悩んでいるんでしょ…」
「……」


ザァー…

雨音は強くもならず、弱くもならず。一定の音をたてて降り続いている。
花月は俯いてしまったから表情が見えない。風希は相変わらずの無表情で花月をジッ、と見ている。
「…オカルト好きって人の心まで読めるの?」
「……」
「正解だよ、風希姉さんが言ったので正解だ」
花月は俯いたままトン、と壁に背を預ける。
「最初は本当、この人何言ってんだよって思ってた。寧ろムカついてた。弟を好きになるなんておかしいんじゃないか、って。…でもこんなに俺の事を考えてくれて、容姿だけじゃなくて性格も好きになってくれた人は初めてだから嬉しくて、いつの間にか俺も好きになってた。…でもそれってさ。実はお鳥ちゃんが"好き好き"って言ってくるから、嗚呼こんな俺みたいな奴でも好きになってくれたんだだから俺も好きにならないと駄目かなぁ、って思いがすごくあったんだ」
「そう…」
「俺EMS軍入る時全身整形したでしょ。これってお鳥ちゃんにしか言ってなかったんだけど…。中学の頃酷いいじめにあっていたからそんな自分を捨てたくてした事なんだ。俺はずっと、自分のキモい容姿もひねくれて根暗な性格も大嫌いで、自分に本っ当…自信が無かった。だから、こんな俺を好きになってくれたんだから気持ちに応えなくちゃ俺も好きにならなくちゃ、っていう思いが正直大半だった。今まで自分に"そうじゃない、そんな義理な感情で好きなんじゃない"って言い聞かせていたけど」
「…そっか…いじめられてたんだ…」
花月はまだ俯いたままだが、ははっ、と笑う。それは自嘲にも聞こえる笑い。
「ははっ、弱いでしょ。風希姉さんに言ったら怒られると思って言えなかったんだ」


スッ…、

「…!!」
何と風希は無表情ながらも、花月の頭を右手で撫でている。花月は目を見開く。自分の知っている姉にはあるまじき優しさに、驚愕。
「何で整形したのか分からなかった…思春期だから…ただのイメチェンだと思ってた…。辛かったね…今まで気付いてあげられなくてごめん…」
「風希姉さ、」
ぶわっ。
顔を上げた花月の風希と同じ黄色い瞳から堪えきれなくなった大粒の涙が溢れ出してしまった。



























まだ頭を撫でている風希の事は見ず、泣き顔が見られないように下を向いて唇を噛み締めて泣き声を押し殺す。だが、肩はヒクヒク上下に動いてしまう花月。
「っ、ひっく…、っ…」
「お鳥ちゃんと花月がした事は許せない…。小鳥遊家の跡継ぎ問題もある…。でも…結局…妹と弟は…可愛いから…。跡継ぎ問題もそうだけど…妹と弟には幸せになってほしい…」
「ひっく、ひっく…」
「今のままじゃ…2人共…幸せになれない…。お鳥ちゃんの事…本当に好きなら…花月と一緒に居たら駄目…。分かる…?」
俯いたままだが、コク、と縦に頷く花月。
「いじわる…言ってるわけじゃない…」
「分かるよ」
涙を腕で拭い顔を上げた花月は静かに風希の手を頭から退かせて、力強い眼差しで風希を見る。
「跡継ぎ問題の事。それだけじゃなくて、風希姉さんがお鳥ちゃんと俺の事を本当に想って言ってくれている事分かるよ」
「…ごめんね」
「何だよー、風希姉さんいきなりデレるから調子狂っちゃうじゃんか!風希姉さんが優しくなったからこんなに大雨降ってるんじゃない、のぉお!?」


キィン!

スレスレの所に鎌を振り落としてきた風希。花月は真っ青な顔をしながらも何とか避けた。
「危ないじゃんか!!」
「私…いつも優しい…でしょ…」
「どこがだよ!!」
「月見姉様が一番好き…次にお鳥ちゃん…。花月はおまけ…。本当はあんまり好きじゃないけど…」
「はいはい。風希姉さんの中での俺の位置付けなんてどうせそんなところだと思ってましたよー!」
その後はは、と腰に手をあてて笑う花月。
「お鳥ちゃんの事は好きだから何れこうしなくちゃいけないと思っていたんだけど、俺もお鳥ちゃんの事が好きだから言い出せなくて。でも、ありがとう。風希姉さんのお陰で機会を作れたよ。お鳥ちゃんの事本当に好きだし幸せになってほしいから、言ってくる。俺じゃない誰かと一生幸せになって…って」
「修羅場になる…」
「だろうね。でも俺がどんなに頑張ったって、弟の俺じゃお鳥ちゃんを幸せには一生できないから仕方ないよ」
「手に終えなくなったら…言いに来て…手助けしてあげる…」
「やっぱり風希姉さんが優しいと逆に怖いな〜。ありがとう。あと…今まで心配かけてごめんね」
「本当そう…。馬鹿な妹と弟をもって最悪…」
花月はヒラヒラ風希に手を振り、角を曲がって部屋に戻って行った。
風希はフッ、と微笑するとコツコツ、靴を鳴らして部屋へ戻って行った。







































「や、嫌だ…え、嘘でしょ。あたしまた花月にフラレるの?」
その会話を柱の陰から聞いていた鳥。ドクン、ドクン張り裂けそうな心臓の音。ダラダラひっきりなしに流れる冷や汗。ガクガク震えて感覚が無くなる唇。


きゅっ…、

花月がくれた蝶の髪飾りを握り締める。


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