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終焉のアリア【完結】
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ドンッ!!

「雨岬!!」
アリスの剣から放たれた黒い光がこの5階を埋め尽くした真っ黒な中で、アリスからの攻撃を直に食らってしまった空。そのまま勢い良く吹き飛ばされて壁にめり込んだ。辺りには、今の衝撃によって崩れた壁のアスファルト片や灰色の煙が立ち込めている。
「何だァ?威勢良く出てきたクセに丸腰だったじゃねぇか。これ、忘れてるぞクソメガネ!」


カンッ!

足元に落ちている鞘にしまわれた魍魎を蹴り飛ばすアリス。
アリスの言うように、空は魍魎を持たず丸腰のまま攻撃を食らったのだ。それは決して意図的ではない。触れられなかったのだ。MAD化が進行して両目が真っ赤な空を魍魎が拒絶したから、魍魎に触れられなかったのだ。
「雨岬!」
「あ?」
立ち込める煙で姿は見えないものの、すぐ其処空が吹き飛ばされた方向から聞こえる。聞き覚えのある声。アリスは白い八重歯を覗かせ、歯茎が見えるくらいニィッと微笑んだ。






























「雨岬!でぇじょぶらけ!雨岬!」
「ゲホッ、ゴホッ!っ、くっそ…MAD化のせいで魍魎に触れられなかった…。でも…はは…、剣を貫通されたはずの腹の穴がMAD化のお陰でもう塞がってるし…何だよこの矛盾。マジ意味分かんねー…」
「もういい!いいて!やめよう!な!?部屋の窓の外に調度隣のビルの屋上があるすけ、窓から隣のビルの屋上に抜けて逃げようて!な!?雨さ、」


キィン!

「…!!」
鵺の左頬にヒンヤリした感触。恐る恐る顔を動かして見れば、左頬には黒い光を放つ剣がぴったりくっ付けられている。
「残念だったなァ。俺様と対峙して逃げられた奴はいねぇんだよ、クソMAD」
「!!」


ドンッ!!











































その頃、
3階では―――――


ドンッ!!

「ま、また!?アリス君まさかMADと遭遇したのかな!?」
5階からの二度目の爆発音と揺れに、ハロルドは天井を見上げる。天井からはアスファルト片がパラパラ降ってくる程の衝撃。
其処でスヤスヤ眠っている風希をチラッと横目で見てからハロルドは、部屋の扉を開けて階段を駆け上がって行った。


パチッ。

ハロルドが部屋を出た直後、風希の真っ赤な瞳が開いた。











































5階――――


ゴオォッ…

「隠れてねぇで出てこいよクソMAD!」
先程のアリスの攻撃で、5階の壁と天井は吹き飛んでしまった。今初めて此処にやって来た人が居たとしたら"この5階は屋上ですか?"と訪ねてくるであろう。5階だった此処からは真っ暗な夜空が見えている。


キィン!

剣を引きずりながら辺りを見回す。室内にあったデスクや椅子も吹き飛んでしまい、辺りは見晴らしが良くなった。
なのに、其処には散らかったアスファルト片があるだけで、空と鵺2人の姿が見当たらない。
「今のでぶっ飛んでおっ死んじまったか?」
ビルの端に身を屈めて下を見下ろしたアリスの口がニィッと笑った。
ビルの端に何とか片腕だけを掴まって鵺を抱えた空が居たから。見つかってしまった空の表情は、ばつが悪そうに歪む。
「見ぃっけ!ま、あの攻撃を食らって生きてただけでも誉めてやるよ。けどなァ」


ギリッ!

「あ"あ"あ"!!」
何とか端に掴まっている空の右手をぐりぐりと踏みつけるアリス。空からは断末魔にも似た悲鳴が上がる。
「その状態からじゃもうてめぇらの選択肢は@死ぬA死ぬB死ぬしかねぇよなァ!はははは!」
「っぐ…!あ"あ"あ"!!」
「いい気味だぜ。てめぇら人食いは普通に死ぬだけじゃ足りねぇ。原型を留めなくなるくらいグチャグチャになって死にやがれ。てめぇらが地球人にしてきたようにな!!」


ドクン…!!

「っな…!?ぐ、あああああ!」
「っ、はぁ、はぁ、…?」
空の右手を蹴り、2人を下へ突き落とそうとした瞬間アリスの鼓動が大きく鳴るとアリスは叫び声を上げ、苦しそうに心臓を押さえて踞ってしまった。
「あああああ!!」
「何だか分かんねーけど…チャンス!」


ガッ!

大きく反動をつけた右足でビルの壁を蹴り、その反動で渾身の力を込めたら、一か八かではあったがビルの上に飛び乗る事に成功。


タンッ!

「あ、あ、あ、危ねかったねっか!!失敗したらまっ逆さまだったろ!?」
「やらぬ悔いよりやった悔いの方が良いって言うだ、ろ!」


ガッ!

「ぐあっ!!」
"ろ!"の時にアリスの胸倉を掴み上げた空。それでもアリスは目を瞑りまだ左胸を押さえながら叫び声を上げ続けている。





























「ぐあああああ!!」
「何だよ。いきなり発狂し出して意味分かんねー。ま、そんな事どうだって良いか。お陰であんたを殺せる機会が出来たんだ」
強く握った右手拳を勢いよく後ろへ引いた空がその拳でアリスに何をしようとしているのかを察した鵺が駆け出す。
「や、やめろて!雨岬!」
「散々鵺を化物扱いした事。あの世で後悔しろアホ軍人」
「雨岬!!」


ピキーン!

空は大きく右手を振りかぶった状態。アリスは目を強く瞑り苦しみながらも空に胸倉を掴まれた状態。鵺は空を止める為駆け出した状態。そして、夜空を飛んでいる烏の群れは彼らの真上で止まっている。
まるでDVDを一時停止したかのように皆の動きが止まっている。音も無い。


タンッ…、

そんな中、たった1人だけ身動きのとれる人物が3人の元へ歩み寄る。
「良かった。今度は効いたみたいだね」
青年にしては高い声でそう笑む人物は、ハロルド。


スッ…、

アリスの胸倉を掴んでいる空の左手をアリスから静かに離すと同時に、ハロルドがパチン!と指を鳴らせば…
「…ハッ!あ…れ?今、刻が止まっ、…!!」
刻が動き出した空が感じた事のある違和感を思い出そうとした時。目の前に迫っていた拳に気付いた時既に遅し。


ゴッ!

「ぐあ"!!」
拳が空の左頬に入り、駆け寄って来ていた鵺の所まで吹き飛ばされた空。
「雨岬!?」
「っぐ…、」


ポタ、ポタ、

鼻から滴る緑色の血を乱雑に拭う空が、キッ!と目をつり上げて向けた視線の先には、空を今思いきり殴った人物が普段の優男の笑みを浮かべて立っていた。ハロルドだ。
「次はこれくらいじゃ済まないからね」
「っ、てめぇ…!!」
いつもの穏やかな笑みを浮かべている…ように一見見えるが、空には分かった。いつもの笑みとは違う。これは敵に向ける時の笑みだという事に。
空は立ち上がる。鵺が後ろから空の上着を引っ張る。
「だ、ダメら雨岬!少佐は優しげに見えるろも、3人の中で初…いや、EMS軍初の異例の速さで少佐になった人らしいんら!だろも、刻を止める技だけでそこまで上り詰められたとは思えねぇ!まだ他の技が何かあるはずら!それは誰も分かんねぇらしいんら。アリスさんとファンさん達でも…。だすけ、楯突くなて!」
「楯突かなかったら殺されるのを待ってろって言うのかよ?」
「っ…、」
「鵺」
「な、何ら!」
ゆっくり顔を向けた空の瞳。右目が黄色に戻っていた。
「雨岬、目…!」
「ゲーセン行く約束果たすまで死んでも死なねーから。安心してろド田舎者」


ガッ!

黄色に戻った右目のお陰か。今度は魍魎を手にする事ができた空は勢い良く駆け出し、そのままハロルドに振り上げる。
一方のハロルドは丸腰でただにっこり微笑んでいるだけ。だが、先程鵺が言った言葉が気掛かりだ。気は抜けない。
「刻ばっかり止めて卑怯くせぇんだよ!!」
「そうだね。なら、雨岬空君の望み通り刻は止めないよ。僕もコレ、好きじゃないから」


ドンッ!

「…!?居ない!?」
空が魍魎を振り落とした。なのに、其処にハロルドは居なくてただ地面が抉れただけ。


バッ!

後ろを振り向くが、居ない。
「鵺!あいつ何処行った!」
「し、知らねぇて!」
「嘘吐け!庇ってんじゃねーよな!」
「嘘なんて吐いていねぇがて!本当に少佐はパッ!って姿消したんら!」
「くそっ!アイアンみたいに瞬間移動できんのかよ!?」
「後ろに居なかったら上を見ると良いよ、雨岬空君」
「なっ…!?」
ハロルドの声がして、目を見開いた空が咄嗟に上を見上げた瞬間。目では追い付けない速さで黒い影が頭上から空の前を横切り…


スパンッ!!

「なっ…!?」


ブシュウウウ!!

「うああああああ!!」
「雨岬!!」
痛みより先に空の右胸部分から赤と緑が混ざった血が噴き出し、空は右胸を押さえながらその場に崩れ落ちた。右胸が鋭利な刃物のようなモノで切りつけられている。
「雨岬!!」


スパンッ!

「え…?」


ブシュウウウ!!

「あ"あ"あ"あ"!!」
空に駆け寄ろうと駆け出した鵺が空の元へ辿り着く前に、鵺の後ろを素早い速さで横切った黒い影が鵺の背中を空同様、鋭利な刃物のようなモノで切りつけた。赤の混ざっていない緑色の血が鵺の背中からも噴水のように噴き上がり、鵺は前に倒れ込む。



































タンッ、

「ふぅ。まだ他の技が…か。雨岬空君は僕と出会った日に体験しているんだけどね。僕のもう一つを」
返り血一つ浴びていないハロルドがタンッ、と地面に足を着け振り向く。其処には、気を失っているアリスと空と鵺が。
「アリス君外傷は無いのにどうしてあんなに苦しんでいたんだろう。雨岬空君達から攻撃を受けたようには見えないし…」
「ギャッ!ギャッ!騒がしいと思ったら美味そうな地球人共発見ー!」
「……」
背後から声がしたが、ハロルドは慌てる事なく振り向く。隣のビルの屋上に20…いや30体のMADが居て屋上伝いにこちらへゾロゾロと飛び移ってきたではないか。
「ギャッ!ギャッ!見ろよ!地球人同士で争ってたみたいだぜ!」
「おお本当だ!これだから地球人はダメなんだよなぁ、だから俺らに負けるんだよ!ギャハハ!」
「其処でぶっ倒れてる地球人3人死んでんの?死体より生け捕りの方が美味いんだけどなぁ仕方ないかぁ」
「ひぃ、ふぅ…、肉4体か。足りねぇなぁ。こいつらを食い終えたら他の所行くか」
「待てよ。こいつの服EMSの制服じゃねぇか!?」
「ギャッ!ギャッ!何ビビってんだよ!所詮弱っちぃ地球人だぜ?それにこっちは30人も居るんだ!何もビビる事ねぇだろ!」
「そういう君達は地球人の姿に変形する事もできないMADだね」
「あ?」


スパンッ!

ハロルドの挑発に眉間に皺を寄せたMADが振り向いた瞬間、そのMADの首が飛んだ。


ゴロッ…、

「なっ…!?」
「ひぃ…!!」
足元に転がってきたMADの生首に、他のMAD達がバッ!と顔を上げる。
「だから俺らに負ける?」


カツ、カツ、

MAD達に笑顔で歩み寄ってくるハロルドの後ろに伸びる彼の影がゾゾッ…と音をたてながら、どんどん奇妙な形に変形しながら伸びていく。
「ひぃ…!?」
「あの地球人ただ者じゃねぇぞ!?」


カツ、カツ、

「僕達はまだ負けていないよ?」


ゾゾッ…!

ハロルドの後ろに伸び、巨大で奇妙な形に影が変形。
「僕達地球人は弱いからビビる事無い、って言ってたよね?」
「やややばい!!やばいぞあの地球人!にに逃げろ!逃げ、」
「逃げちゃダメだよ」


カッ!

笑顔から、目を見開いたハロルドの両目は白目と黒目が反転していた。
「お前ら逃げ、ギ、ギャアアアアアア!!」









































同時刻――――

「ドロテア〜そら、何処いっちゃったのぅ?見つかんないよぅ〜!!やだやだ!シトリーのそらぁ〜!」
ドロテアと一緒に民家の屋根を伝って走りながら、板チョコを頬張る感覚で地球人の腕を食べているシルヴェルトリフェミア。
「何て事…」
「え?どうしたのぅ〜?」
一方。携帯電話のような小型機器を見ながら呟くドロテア。シルヴェルトリフェミアが後ろから機器を覗き込む。機器の画面には表示されたたくさんのMAD達の名前。それが一斉に次々と消えていくのだ。それは、その名前のMADが死んだ事を意味する。
「わわぁ?!たいへん!たいへ〜ん!みんなの名前が次々消えていっちゃうよぅ!」
「地球人にやられたのでしょう…。しかしいくら下級の者達とはいえ、地球人相手にこんなに次々となど…あの時を思い出しますね」
「あの時って?シトリーにも教えて!教えてっ!」
「ええ。わたくし達が地球に侵略成功した2年前のあの日。どの地点もわたくし達プラネットの圧倒的な力で地球人達を補食する事ができました。しかし、アメリカのとある地点。とある1人の地球人によって、その地点に侵略をかけたプラネット達129名が亡き者とされてしまった事件があったのです」
「ふえぇ〜?!1人で129人も!?」
「わたくしが駆け付け、その場に居た地球人の若い男女数名と幼児達を補食する事はできましたが例の1人は既に逃げた後で、取り逃してしまいました。唯一の生存者からの報告によりますと、その者は若い男で一見普通いえ…か弱く見えたのですがそれが一転。強大な力によって一瞬にして129名の者達を葬ってしまったようです。その攻撃体勢から生存者は例の1人を"烏"と呼びます」
「烏??」
「ええ。わたくしが駆け付けた時、例の1人が去った現場には大量の黒い羽が落ちていました」
「わ〜!!じゃあじゃあっその地球人は人じゃなくて烏さんなのぅ?もしくは鳥人間だねっ!」
「ええ。あの力なら恐らくEMS軍に入隊しているはず。しかしあれから、烏の噂も烏が起こしたと思われる一掃事件も一度も耳にしませんでした。…ですが、この一掃攻撃方法…紛れもなく"烏"の仕業でしょう。地球人側が劣勢になった今。力を発揮しに現れたと思われます」
「うぅ〜!烏なんてどーでもいいよぅ〜!早くそらを見つけよう!シトリーね、そらと遊びたいのぅ!」
「…承知致しました」





















































商業ビル―――――


ゴオォッ…

冷たい夜風。30体分のMADの亡骸。不気味さと寂しさが混じり合うこの場所で、夜風に吹かれながらMADの亡骸を見下ろして立っているハロルド。
「……」
「何…これ…」
「!!」
風希の声が背後から聞こえた瞬間、ビクッとしたハロルドが振り向く。
其処には、黄色いいつもの瞳をした風希がボーッと目の前の惨状を見つめていた。
「あ…小鳥遊風希ちゃん。ごめんね、起こしちゃったかな」
「あんなにすごい音がすれば…誰だって起きる…」
「そ、そうだよね!ごめんね!」
「そんな事どうだっていい…。この人…」
「あ…」
風希は、其処で気を失ってうつ伏せで倒れているアリスを指差す。屈み、アリスの手首にそっ…と触れた。脈をとっているのだろう。
「生きてる…チッ」
「た、小鳥遊風希ちゃん今、舌打ちしたよね…」
すると、風希が見つけてしまった。其処で気を失って倒れている空と鵺を。途端、キッ!と目をつり上げて鎌を握る手に力が込められる。
「月見姉様の仇が居る…死んでる…?」
ハロルドは首を横に振る。すると風希はタンッ!と踏み込み、空と鵺目掛けて走る。
「小鳥遊風希ちゃん」


ピタッ…、

2人の前にハロルドが立ちはだかれば風希は一瞬ピクッ、と目尻を痙攣させて苛立つ。
「何…。邪魔…退いて…月見姉様の仇なの…」
「そうなんだけどね、でも雨岬空君達とは僕達今まで一緒に戦ってきた仲間でしょ。だから、どうせ手をかけるなら…僕が2人の刻を止めている間に痛みを与えずに…したいんだ」
「駄目…そんなの絶対許さない…。月見姉様は苦しまされたのに…月見姉様を苦しめた奴らはどうして苦しまずに死ぬの…。そんなの許さない…どうせなら…グチャグチャになるまで…殺すの…」
「小鳥遊風希ちゃん…」
「ハロルドさんは…こいつらの味方するの…?」
「違うよ。そうじゃないよ。でも、」
「なら私にやらせて…私が殺る…」
「う"う"う"う"!!」
「何…、…!!」
「小鳥遊風希ちゃん!!」


ドスン!!



























背後から獣の唸るような声がして、風希達が振り向いた時。目を真っ赤にしたアリスが唸りながら風希目掛け、尖った八重歯を剥き出して飛び掛かってきた。寸のところでハロルドが風希を押して、回避できたが…。
「何…え…」
「なっ…!?え…?ど、どうしてアリス君の目の色が…赤いの?!」
目を真っ赤にし理性を失いただ唸る飢えた獣のようなアリスを前に、2人は目を見開き顔が青ざめていて、ショックで体が動かない。
「なーにが半MADだ、化物だよ。あんたも同類じゃんっつーね」
「!!雨岬空君…!」
空の声がして2人が振り向けば、何と鵺から白い神秘的な光が放たれ、その光に包まれた空と鵺の傷がどんどん癒えていくではないか。この光、この能力に風希の目がこれ以上ない程つり上がり、鬼の形相になる。
「それは…それは月見姉様の能力…!!」


ガッ!

2人に飛び掛かかろうとした風希の前に腕を出して止めるハロルドを、風希は睨み付ける。
「MADは補食した人間の姿になれる…だから…月見姉様を食べたから…月見姉様の能力が使えるの…?許せない…!許せない…!!鵺…!鵺、許せない…!許せない…!!」
「う"う"う"う"!!」
「…!!」
背後から再び飛び掛かってきたアリス。


ガッ!

「っ…!」
「小鳥遊風希ちゃん!!」
風希の肩に噛み付いたアリス。風希は顔を青くする。
「ごめんねアリス君!」


ドッ!

「ぐあ!」
ハロルドがアリスの腹を蹴り飛ばせば、風希から離されたアリスは強い蹴りを食らったからか、其処で気を失ってしまう。一方の風希は肩を押さえて踞る。
「うっ…」
「小鳥遊風希ちゃん!」
「大丈夫っすか?何なら、こっちが治してあげましょうか?」
「うるさい…!黙って…!月見姉様の力を勝手に使って…!雨岬空、貴方も許せない…!!絶対に殺す…!!」
「そんな事言って良いんですかねー。俺、知ってますよどうしてアリスさんがMAD化しているのか」
「え!?ほ、本当!?」
「な?鵺」
「う、うん…」
鵺は遠慮がちに頷く。
しかし風希は表情を崩さない。
「そんなのどうせはったり…。そう誤魔化して…命を助けてもらおうとしてる…」
「はったり?現に、地球人の俺もMAD化してるんすよ。なら同じ境遇の俺が分からないわけないでしょ。しかも、MAD化を止める方法も知ってる」
「!?」
バッ!と鵺が空の方を見るが空は至って平静を保ち、ハロルドと風希と向かい合っている。
一方のハロルドと風希はどうしたら良いのか分からない。彼らは月見の仇…しかし、何故地球人のアリスがMAD化したのか。そしてそれを止める方法が分かると言う。殺したいのに殺せない。身動きがとれない。しかし…


キィン…!

風希が鎌を2人に向けた。
「どうせ全部はったり…だから殺す…」
「死んだ人間を生き返らせる為、グレンベレンバ将軍に自分の心臓を死んだ人間に分け与えてもらう」
「!?」
「それで死んだ人間は生き返る。けど、グレンベレンバに体の中を触れられた人間は触れられた際、MAD化の薬を投入されている。それが原因っすよ」
「本当…なの…?」
鎌を構えていた手が下がる風希。空は得意気に笑みながら、鵺を親指で指差す。
「俺と鵺がそうなんです。EMS軍に来る前、俺を庇って死んだ鵺を生き返らせる為にグレンベレンバの誘いに乗ったら、俺の心臓半分を入れられた鵺は生き返った。けど、誘いに乗ってしまったが為にグレンベレンバに体の中を触れられた俺はこうなったってわけっすね」
赤くなった自分の右目を指差す空。
























しん…

衝撃の事実に2人は言葉が出てこない。呆然。
「じゃあ…アリス君か、もう1人のどちらかが1回死んでしまった人がいて、どちらかを生き返らせる時にグレンベレンバ将軍にMAD化させられたって事…かな?」
「そういう事っすね。まあ、MAD化は個人差があるみたいです。俺、今までそんな兆候すら無かったのにいきなり目が赤くなって…」
そこで空の脳裏にミルフィを手に掛けた映像が蘇り、全身に鳥肌がたつ。


ぎゅっ、

自分の拳を自分で強く握る事で、忌まわしい記憶を無理矢理消した。
「アリス君が…。そのもう1人も誰なのか気になるけど、アリス君は今までたくさんの人と任務をしてきたから誰なのかは全然検討もつかないね」
「うん…」
「もう1人が誰かなんて関係無いっしょ。ほら。早く。アリスさんを殺さないんすか?」
「なっ…!何を、」
ハロルドを指差して、上から目線で笑む両目が真っ赤な空。
「俺らには殺しにかかっといて、仲間のその人には何も手を出さない?随分依怙贔屓が激しいんすね。じゃあ俺らを民間人に置き換えて下さいよ。MAD化している民間人には攻撃をして、MAD化している仲間のアリスさんは庇うって事でしょ?天下のEMS軍がそんなんだから、化物共にここまで劣勢にさせられたんじゃないですか?」
「っ…、」
「うるさい…調子に乗らないで…」
「う"う"う"、う"う"!!」
「…!!」
気を取り戻したアリスの声がして風希は咄嗟に避けられたが、アリスはまだハロルドと風希の周りを飛び交い、鋭い八重歯を剥き出して飛び掛かってくる。
「アリス君!!」
「う"う"う"!」
「…!!」
何と今度は、左胸から黒い光を放つあの剣を取り出したではないか。さすがの2人も、剣を出されては顔が強ばる。
「攻撃する相手が違う…!」
「MAD化している雨岬空君達の事は仲間だと見なしているんだよきっと!」
「チッ…、馬鹿アリス…!」
風希は鎌を構え、何とアリスに立ち向かっていった。
――まずい!――
仲間同士である2人が交戦するなんて。それに、風希では到底アリスには敵わない。ハロルドは刻を止めようとする。だが…、


ドクン…!

「っ、あ…!!」
ハロルドの心臓が一瞬停止しハロルドは目を見開き、心臓が動き出した直後、左胸に手を押さえ呼吸を荒げる。
「っはぁ、はぁ…くっ…!使い過ぎたんだ…、今まで止めた時間の反動が…!」
その間にもアリスと風希が刃を交える程接近。しかしハロルドは力が使えない。

























「た、小鳥遊風希ちゃ、」


タンッ!

「え…」
アリスの剣が風希の鎌と接触しようとした時。アリスはタンッ!と踏み込み、風希の頭上を飛び越えた。風希は目をギョッとさせて、上を見上げる。


タンッ!

「ア、アリス君!?」
風希を飛び越えたアリスは何とハロルドの前に着地すると、剣を片手に顔を上げる。黄色い目をして。
「…!?アリス君、目が…!」
「ハロルド。風希を頼む」
「え!?」


ギンッ!

すぐ両目が赤くなったアリスはハロルドの脇を通り過ぎた。咄嗟にハロルドがアリスの方を振り向いた時既に遅し。彼は黒い光を放ちながら、剣を思いきり降り下ろした。
「アリスく、」


ドンッ!ドンッ!!
ドン!














































ガラガラ…、

「痛てて…。た、小鳥遊風希ちゃん大丈夫?」
「……」
コクッ。と頷いた風希に、良かったぁとホッとするハロルド…も束の間。
先程のアリスの攻撃はアリス自ら地面を斬りつけた為、ビルごと崩れ落ちてしまったのだ。
すっかりビルの跡形も無くなったビルの瓦礫の山の中、風希の腕を引っ張る。瓦礫の山から道路へ飛び下りるあちこち傷だらけの2人。
「アリス君と雨岬空君達が居ない…」
「また逃げた…」
チッ、と相変わらず舌打ちの風希に、ははは…と苦笑いのハロルド。

『ハロルド。風希を頼む』

アリスのあの言葉。そしてあの時の彼の瞳は、いつもの彼の瞳の色をしていた事。そして、初めて見る寂しそうなアリスの瞳だった事にハロルドは顔をしかめる。
「アリスさん…何でMADになったの…。雨岬空の話が本当なら…もう1人は誰…」
「アリス君…攻撃する直前、目の色が普段の黄色をしていたんだ」
「え…」
「理性を失っていたはずなのに僕にこう言ったんだよ」
ハロルドは真剣な眼差しで風希と向かい合う。
「風希ちゃんを頼む、って」
「何で私…」


きゅっ…、

アリスに噛み付かれた肩を手で押さえる風希。
「……」
目線を下げて何か少し考えている様子だ。
「多分アリス君は、いつまた自分が理性を失ってMAD化して小鳥遊風希ちゃんに攻撃するか分からないから姿を消したんだと思うんだ」
「……」
「小鳥遊風希ちゃん?」

『嘘…死ん…だ?嘘…死んだ…の…?え…?アリスさんが…死んだ…?あのアリスさんが…?』
『風希ちゃん、アリスちんを生き返らせたい〜?』
『…話を反らして誤魔化さないで…』

断片的だが、声と映像が風希の脳裏で少しずつ甦る。風希は頭を押さえる。
「何…この映像…記憶の…?」
「小鳥遊風希ちゃん頭が痛いの?大丈夫?」
「はぁ、はぁ、ハロルド!」
「え?あ、あー!!ファン君!みんな!」
駆け付けて来たのは、息を上げているファンを先頭に、花月、鳥、ryo.、友里香。
「風希ちゃん…!?」
「…?何…」
ハロルドと風希本人は知らないが、ファン達は知っているから驚いた。風希の瞳の色が普段通りの黄色をしていて且つ、様子もいつもと何一つ変わらない事に。























しかし…。
「ひ、ひぃ!来ないで!来ないでよぉおお!!」


ガタンッ!

風希に噛み付かれた事のある友里香は風希を見た途端顔を真っ青にし、半狂乱。まるで死の淵に立ったかのような顔をして腰を抜かし、後退り。
「さ、佐藤さん大丈夫だから…!」
「嫌!嫌!花月どうにかしてよ!だってあいつ、もごっ」
声を裏返らせて叫ぶ友里香の口を覆ったのは鳥。
「風希ちゃん。良かった」
「…?何が…?ていうか…私…お鳥ちゃんと花月の事許してないから…」
ぷいっ、と皆に背を向けてしまう風希にハロルドが苦笑いを浮かべながらも、すぐに真剣な顔付きになり口を開く。
「ファン君!あのね、アリス君が…」
「花月達から聞いている」
「え?じゃあ小鳥遊花月君達と一緒に居た時からアリス君のMAD化現象が起きていたの?」
「はい。その後先輩が風希姉さんを連れて何処かへ行ってしまって…」
「小鳥遊風希ちゃんはアリス君のMAD化をその時既に見ていたって事…?」


ザワッ…

ハロルドが感付いてしまった。ファン達はゴクリ…唾を飲み込む。
「い、いや風希姉さんはその時…!」
「分からない…ずっと寝てたみたい…ハロルドさんに会うまでの記憶が無い…」
「あ。そっか。ビルの中でも眠たいって言っていたもんね」
「うん…」
ホッ…。
ハロルドがニコニコいつもの笑顔でそう言うからファン達もホッと胸を撫で下ろす。…だが、今は平常を保てていても、いつ風希が再びMAD化を起こすか分からない事への不安で正直生きた心地がしない面々。






























「ハロルド。アリスは何処へ行った」
「それが…何処か行っちゃって。ちょうど居合わせた雨岬空君と鳳条院鵺君も居なくなっちゃったんだ」
「雨岬と鳳条院…」


ギュッ…!

その名を聞いたファンは右手拳を強く握り締め、怒りに震えていた。そんな彼の様子にハッ!としたハロルドが話題を変える。
「と、とりあえず何処かで一旦休もう!小鳥遊風希ちゃんも小鳥遊花月君達も怪我をしているみたいだから!ね?」
「…ああ。そうだな」
「ファン君…」
ファン、鳥、花月、ryo.、友里香、風希、ハロルドの順でこの場を去って行く面々。
「花月。お腹減った。ケーキ食べたい」
「我慢しなよー…」
「嫌、嫌、嫌…!何でこんな化物と一緒にいなくちゃいけないの!」
「さ、佐藤氏落ち着いて下さいよ…!」
「小鳥遊風希ちゃんはもうお腹は減っていないかな?」
「大丈夫…」

































タンッ、
ハロルド達が去った後。彼らが今まで居た商業ビルがあった前の道路に着地したドロテア。
商業ビルがあった場所からふわり、道路に舞い降りてきた数枚の黒い羽を手に取る。
「やはり貴方でしたか、烏…」













































荒廃した団地――――


「はぁ、はぁ、っ!くっそが!!」


ガンッ!

MAD侵略の為誰1人居なくなってしまった真っ暗な団地の中のとある一つの棟。出入口の階段に腰を下ろし、壁を殴ったのはアリス。


ツゥッ…、

殴った拳から伝う一筋の緑色の血。薄ら辛うじて赤がまだ残っているだろうか。
下を向きながらアリスの脳裏にフラッシュバックするのは、風希に攻撃しようと飛び掛かったり噛み付いた自分の姿。
「くっそ…!ざけんな!何で俺が人食い化け物と同じにならなきゃなんねぇんだよ…!!」
虫の音一つ聞こえない気味が悪い程静かな団地。出入口のスライド式扉の窓から覗く真っ赤な月を眺め、途方に暮れる。
「クソ坊っちゃんに任せて正解…か。あのままじゃ俺は何するか分からねぇ。けどあいつ風希は自分が化け物になりつつある事、マジで分かってねぇのか?」


ゴソッ、

アリスは制服のポケットの中から取り出した。渡せなかった一つの指輪を。銀色のそれが、生々しい赤い月に照らされる。
「フラン…。俺はどうすりゃ良いんだよ…。MAD化の事も…あいつの事も…」
「誰に渡す指輪っすか?」
「…!てんめぇ、メガネ…!!」
嫌な声がして指輪を隠し、バッ!と起き上がったアリスの前には、月明かりを背にした闇に光る赤い瞳の空。その後ろには鵺が隠れている。


キィン!

剣を繰り出したアリス。
「てめぇらまとめてぶっ殺してやる!!」
「良いんですか?そんな事言って。俺を殺ったら、MAD化を止める方法を知る事が一生できなくなりますよ?」
「そんなのはったりだろうが!!」
声を荒げ、剣を空に振り上げるアリス。

『これ以上喋らないで…傷口が開く…。待ってて…すぐ戻ってくる…』

「っ…!!」


カラン、カラン…!

自分が死の淵をさまよっていた時心配してくれた風希の顔が浮かび、剣を落としてしまったアリス。剣を拾う為屈んだアリスが、剣に手を伸ばすが…その剣を踏みつける空の右足。
「てめぇ…なめたまねしてんじゃねぇぞ…!」
「とか言いつつ俺を殺せなかったじゃないですか。MAD化、止めたいんでしょ?」
「っ…、クソが…!」





























to be continued...










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