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終焉のアリア【完結】
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「何で風希ちゃん達がMADになってるの!?」
背後から突然友里香に噛み付いた目がMADのように真っ赤なアリスと風希。
「う"う"う"…」
野生動物のように唸って理性を失い、花月達を睨み付けてくる2人。
「2人共今まで何ともなかったじゃん!」
「…!EMS軍大会議の時!」
「え?」
「ホテルに集まった各支部支部長がMADになっていたじゃんか!」
「!」
花月の言葉に鳥の脳裏であの忌々しい記憶が早送りで蘇る。
「じゃあ…風希ちゃん達はMADにされたって…事?」
背を向けたまま花月は静かに頷くだけだから恐くなった鳥は後ろから花月の上着の裾を引っ張り、激しく動揺。目が泳いでいる。
「いつ!?何処で!どのMADに!?ねぇ!!」
「うるさいな!そんなの知ってたら今頃先輩と姉さんはMADになんてなってなかっ、」
「う"う"っ!!」
「!!」


ガッ!

「花月!!」
声を荒げ鳥の方を向いた花月が2人に背を向けた一瞬の隙。2人は狼のように背後から花月に襲いかかったが、気配くらい感じ取れる。何の為に今まで訓練を受けてきたのだ。振り向き様花月は、アリスと風希を素手で強く振り払った。


ドシャアッ!

アスファルトの地面に滑るように弾き飛ばされた2人。
「う"う"っ…」
それでもすぐ立ち上がってくるから花月の顔色も青ざめていく。
――くっ!どうする、どうすればいいんだよ!相手は先輩と姉さん…。でもあの目と行動からしてきっと、大会議の時のインド支部長や軍関係者と同じで…地球人をMAD化させる事のできるMADからMADにされたんだ。でも、いつ…?俺とお鳥ちゃんが居ない間…?だとしたら…――
「だとしたら…」
「な、何花月?」
「先輩達と一緒に居た少佐達もMAD化されていたら…」
「え?何?何が?」
「う"う"う"っ!!」
「!!」


ガブッ!!

「っ…!!」
花月の肩に飛び掛かり、噛み付いてきた風希。
「ぐっ…!」
しかし手荒にはできない。しかし姉はもう、人ならざるもので…。
「風希ちゃんやめて!!」
「お鳥ちゃん危ないって!俺の事はいいから下がって!」
風希の体を必死に引っ張って止めに入る鳥。すると…。
「峠下氏の姉上!目を覚ますのです!!」
「ryo.氏!?」
ryo.も鳥と一緒に、風希を引っ張る。
「う"う"う"!!」
しかし2人がかりでも引き剥がせない。
――これもMAD化の影響…!?――
目が真っ赤の風希の歯と歯茎に付着している自分の赤い血。それよりも、真っ赤な目をした姉を目の当たりした事の方がこの傷より痛い。
「風希ちゃん目を覚まして!!」
「う"う"う"!」
「風希ちゃん!お鳥だよ!風希ちゃんの妹だよ!分かるでしょ!?」
「う"う"う"!!」
「あたしの声聞こえないの?!…やだよ…風希ちゃ…、こんなのやだよ風希ちゃん!!」


ポタッ…、

鳥の右目から一滴の涙が地面に落ちた。


ゾゾッ…、

「!?」
すると辺り一帯に黒い光が広がる。
「この光は先輩の剣の…!?」
ハッ!と顔を上げたと同時。何という速さだろう、すぐ目の前に移動してきたアリスが花月目掛け、黒い光を放つ剣を振り上げ…
「…悪りぃ、カズ」
「!!」


ドンッ!!



































ガラガラッ…、

「花月!!」
立ち込めた煙や瓦礫を掻き分けながら鳥が花月に駆け寄れば、あれだけの爆音がしたにも関わらず花月は風希から受けた噛み傷以外は無傷。代わりに、花月の後ろのブロック塀が無惨に崩れ落ちていた。
「花月大丈夫!?」
「い…、」
「どうしよう!今のでアリスと風希ちゃん居なくなっちゃった!」
「先輩は…、始めから、俺じゃなくて俺の背後の塀を狙って攻撃したんだ。攻撃による光と煙幕で俺達から逃げる場を作る為」
「え?」
花月は自分の右目を指差す。
「攻撃してきた時の先輩の目、黄色に戻ってたよ」
「…!?どういう事?MADにされたんじゃなかったの?」
「これは俺の勝手な推測だけど…」
花月は噛み付かれた肩を押さえながら立ち上がる。それを鳥が支えてやる。
「鵺兄さんと同じで、先輩と姉さんはまだ完全にMAD化していないのかもしれない」
「だからってMAD化を食い止める方法は?!誰にも分かんないじゃん!じゃあ結局意味ないじゃん!なら、MAD化を食い止める事ができるみたいな期待させる言い方しないでよバカ!!」
「俺だってどうしたらいいか分かんねぇよ!!」
「っ…?!」
花月の裏返っていて彼にしたら珍しい怒鳴り声に、涙を流しながら怒鳴っていた鳥もビクッとして黙ってしまう。
そのやり取りをただ呆然と青い顔をして見ているryo.と友里香。
拳を震わせ、俯く花月。
「…だって…俺だって…どうしたら良いかなんて…分かるわけないじゃんか…。でも…先輩がさっき"カズ"って呼んだんだ…いつもの先輩の目をして…。だから…まだ完全にMAD化してない…先輩も…姉さんも…。だから…完全にMAD化する前に手を打たないと。でも…でも、どうしたらいいか分かんないよ!!」


ガクッ、

膝から崩れ落ち、両手を地面に着いた花月の真下のアスファルトには雨が降っていないのにポツポツと雫が一滴、また一滴落ちては滲んでいく。
「だ…もう…やだ、こんなの…こんな二次元みたいな世界あり得ないじゃんか…。父さんと母さん…月見姉さん、タクロー氏が化物に食われて…次は先輩と姉さんが化物化…?俺らの大事な人達を奪った化物に俺らの大事な人がなる…?はっ…、ざけんな…!!」


ドンッ…!

震える拳でアスファルトを叩き付ければ、じわり…アスファルトに赤黒い血が滲む。
「花月だけじゃないじゃん!自分ばっかり可哀想みたいに言わないでよ!あたしだって同じ気持ちなんだよ!ryo.だって、友里香だって!みんなっ…、」

『お鳥ちゃん…』

「っ…!!」
風希の声と姿を思い出した鳥の大きな瞳から、ぶわっと大粒の涙が溢れ出す。
「風希ちゃ…、うっ…、うわああああん!」
顔も覆わず、声を上げて泣き出す鳥。ひっくひっく、静かに泣く花月。つられてryo.は、失った家族とタクローを。友里香も失った家族と友人を思い出したら、今まで堪えていたモノが爆発してしまったのだろう、わーんわーんと泣き出してしまった。


ザッ…、

「そんな泣き声の大合唱をしていては、此所に居る事をMADに知らせているようなものだぞ」
「…!?少尉…!」
低い声が聞こえて花月達が顔を上げれば其処にはファンが居た。
ファンはいつもの厳格な表情から柔らかい表情を見せる。
「どうした。地球を守るお前達EMS軍人が泣いていては、其処に居る民間人2人を不安にさせてしまうだろう」
「…理です…」
「ん?」
「無理…です、きっと…無理なんです…、ひっく、俺達がどれだけ必死に戦ってもあいつらを喜ばせるだけであいつらMADの力はまだ…底すら分からない。地球は…地球人はきっとMADに…」
「その先を口にしたら現実になってしまうぞ」
「…!」
顔を上げた涙を流す花月にファンはフッ、と優しく…そう例えるなら、年上の兄のように微笑みかける。
「小鳥遊。お前1人が諦めてしまったらそこでこの戦は我々の敗北で終わる。たかが1人だろうと思うか。されど1人だ。最後の1人が諦めていた事で我々が敗北する事も有り得なくはない。そのくらいの精神でいろ。EMS軍人ならば尚更だ」
「少尉は…少尉はどうして気丈でいられるんですか…?大事な人達を失っているのに…」
「だからこそだろう」
「…?」
ファンの言葉の意味が理解できない花月。
ファンは辺りを見回す。
「ところでだ。お前達が何処に居るか分からず電話も繋がらないから私とハロルドで二手に分かれて探しに来たのだが、アリスと風希とは別行動をとったのか?」


ドクン…!!

2人の名を聞いた途端、花月と鳥の顔色が変わり、目を反らした。あの2人に何か良くない事があった事くらいファンはすぐ察した。
「…何があった」
「っ…、」
「大丈夫だ。ゆっくりで良い。落ち着いて説明してくれ」
「っ…、輩…とっ…、姉さ…がっ、」
「…ああ」
「目の色…が…、赤く…て…」
「…ああ」
顔を上げ、つっかえつっかえになりながらも言う花月。
「MADになっていて…!」
「…そうか」






























































同時刻―――――

「はぁっ…はぁっ…、チッ…!くそっ!!」


ガンッ!!

「くっそ!くそ!くっそぉぉおお!!」


ガン!ガンッ!ガンッ!

風希を連れて花月達から逃げてきたアリスは雑居ビルの裏路地で、壁を殴り続ける。拳から赤い血が噴き出してそれが自分の顔に飛んでも気にならない程。
「くっそ!くそっ!!何でだよ!何で俺が、フランを殺った化物にならなきゃなんねぇんだ!」
殴るのをやめると、俯いて荒い呼吸を肩でする。
チラッ。
其処で壁に寄りかかり気を失っている風希の口には、彼女のものではない赤い血が付着している。
「地球人もMAD化できるクソヤローが現れたっつーのはEMS大会議で知った…。ならいつだ!?俺はいつクソMADにそうされた!?くっ…、畜生ぉおお!!」


ガンッ!!

渾身の一発で壁を殴った。壁にめり込んだアリスの右手拳からツゥッ…と伝った血の色がまだ赤色をしている事に気付く。
「…!良かった…。まだこうして理性も取り戻せるし血の色も大丈夫じゃねぇか。なら…」
「アリス君!?」
「!?ク、クソ坊っちゃん!?」
背後から青年にしては甲高い声が聞こえてビクッ!とアリスは振り向く。
走ってきたのだろうか、肩で呼吸をしているが、笑顔のハロルドが其処に居た。
「なっ…、何だよ」
「良かった!アリス君達は僕とファン君と別行動だったでしょ?アリス君達なら大丈夫って分かっていたけど、やっぱり離れていると安否が不安だったんだ」
「き、気持ち悪りぃヤローだな!てめぇは四六時中誰かに引っ付いていなきゃダメなのかよ!」
「あれ…!?小鳥遊風希ちゃんどうしたの?!気を失っているみた、」
「ああ。大丈夫だ。ちょっと…疲れたんだとよ。別に怪我とかしてねぇから」
「そっか…良かった。でも小鳥遊花月君達は何処行ったの?まさか…!」
「あ?ああ、カズ達とは…カズ達とは…べ、別行動をとったんだよ。あっちとそっちから地球人の悲鳴が聞こえたから助けに行く為にな」
「あっちとそっちじゃ何処を指しているのか分からないよ〜」
「うるせぇ!クソ坊っちゃんの分際で物申すんじゃねぇ!てめぇは俺に返答を求められた時だけ応えやがれ!それ以外は口にガムテープ貼っとけ九官鳥ヤロー!」
「きゅ、九官鳥ヤローって!?また変なあだ名付けて〜。それに僕そこまでお喋りじゃないよ〜」
「うっせー」
くるっ。腕を組みハロルドに背を向けるアリス。悪態をつきつつも、何だかいつものうるさい程の声量やいつもの雰囲気とは違っているアリス。そんな些細な変化にもハロルドは気付いており、向けられたアリスの背を、目をぱちくりさせて見ている。




























「…?アリス君、何かあった?」
「あァ?何もねぇよ」
「そうかな…。アリス君いつもと違うから」
「俺を常に監視してんのか?気持ち悪りぃヤローだな。いつもと違わねぇよ!」
「そう?僕、人の変化に気付きやすいんだ」
「あァ?人間観察でも仕事にしてたのかよてめぇは」
「うんうん、保育士だったよ」
「は?保育…はあ?保育士ぃ?」
「うん。子供が好きだからね!」
「ギャハハハ!てめぇらしい能天気な仕事だぜ!」
「能天気じゃないよ〜大変な仕事なんだよっ」
「んっ…、」
「あ。小鳥遊風希ちゃん!」
2人の賑やかな会話に混じって風希が小さく唸る声が聞こえた。ハロルドがアリス越しに風希を見れば、薄目をゆっくり開閉してからゆっくり首を2人に向ける風希。
「小鳥遊風希ちゃんどこか具合が悪かったのかな?大丈夫?」
「…ハロルドさん…?私今まで…」
――…!!――
その時アリスは、自分の隣で風希と会話するハロルドを横目でチラッと見た。
――いや、オイ待てよ…暢気にクソ坊っちゃんと駄弁ってる場合じゃねぇだろ!?風希が今までどうして気絶していたのかを…MAD化した事をクソ坊っちゃんに喋っちまったら…!――
「あ…。お、おい!そういやさァ、クソ坊っちゃん!」
「具合…悪くない…。今まで…寝てただけ…みたい…」
「!」
「そっか。疲れて寝てるよってアリス君から聞いたから心配だったんだけど、元気なら良かったよ」
「うん…大丈夫…」
――ホッ…――
何とかこの場を切り抜ける事ができたアリス。しかし…。
――風希は自分がMAD化したからカズ達から逃げてきてぶっ倒れてたっつー事をわざと黙ってんのか?それとも…MAD化してる時の記憶がぶっ飛んじまってんのか?あ"ー!ダメだ!こいつの顔色を伺ったって、嘘吐いてんのか吐いてねぇのかさえも分かんねぇお面みてぇな無表情だ!!――
「けど…」
「え?どうかしたかな小鳥遊風希ちゃん」
――!!やめろやめろやめろ!ぜってぇ言うなよ!?こいつには俺らがMAD化した事ぜっってぇ言うなよ!?頼む…!――


ぐうぅ〜…

「は?」
「えっ」
風希から聞こえてきた腹の虫の音に2人は目をぱちくり。
パッ!と2人から顔を反らした風希の髪の間から少し覗く頬が薄ら赤く染まっているのが見えた。
「風希てめぇ…」
「…お腹…減った…」


しーん…

沈黙が起きてから1分後。
「ギャハハハ!てめっ、てめぇっ!笑わせんじゃねーよ!そんな漫画みてぇな腹の音鳴らす奴、初めて見たぜ!?ギャハハハ!」


ドッ!

「どわーっ!?てめぇ!!」
鎌をアリス目掛け振り落としたが避けられた為、壁に突き刺さる鎌。
「うるさい…死ね…」
そうは言いつつも、鎌を振り回しながら頬が薄ら赤く染まってでも目は怒っている風希に、ハロルドは目をぱちくりさせてから口に手を添えてクスッ、と笑った。
「お腹が減っては戦はできぬ、って日本では言うみたいだし。何処か安全な所でまずは食事をとろうか」
「…うん…」
やはりアリスに鎌を振り回しながらも、恥ずかしそうな風希だった。










































商業ビル3階――――


カツーン、カツーン

廊下を歩く3人分の足音がやけに響く。
「にしても、マジで街ン中何処ももぬけの殻じゃねーか。全員避難したのか?何処にだっつー話だぜ」
MADの襲撃により街や店、住宅街には人っこ1人居らずゴーストタウン化していた。
路地の奥にある五階建て商業ビルに響く3人分の足音。真っ暗な中、ギィッ…と鉄製の重たいドアを開ける。
「お邪魔しまーす…」
やはり室内には誰も居らず気配もせず、真っ暗。デスクやPCが並ぶこの部屋はオフィスだろう。
あちこちのデスク上には書類や飲み掛けのペットボトルが散らかっている。仕事中だったがMADが襲撃してきた事により逃げ出した直後…という情景が目に浮かぶ。
「っはー!取敢えず腹ごしらえだ!マジ腹減ったし喉もカラッカラだぜ。まぁ、誰かさん程飢えてはいねぇけどなァ」


ギロッ!

「2人共喧嘩はよくないよ〜!」
ドガッ!とお構い無しにデスクの椅子に腰掛けたアリスは、此処へ来るまでの間にあったコンビニで買ってきた"牛タン弁当"を開封し、早速ガツガツ食べ出す。その隣に風希、その隣にハロルドが座る。
「でも、あれで良かったのかなぁ。店員さん誰も居ないからってコンビニのレジ台に、持ってきたお弁当のお金置いてきただけ、って…」
「あァ?もぐもぐ、いーんだよ!金は置いてきたんだ!払ったも同然だろーが!それに、もくもぐ、合計金額+100円置いていってやったんだから文句無ぇだろ!」
「いや〜でもそれってお金が調度無かったから仕方なしの結果じゃ〜…」
「細けぇ事はいーんだよ!黙って食いやがれ能天気九官鳥保育士クソ坊っちゃん!」
「名前で呼んだ方が早いあだ名になってきたよ〜」
"野菜サンドウィッチ"を開封し、シクシク食べるハロルド。


パリッ。

「……」
無表情・無言で"鮭マヨネーズおにぎり"を開封する風希。
「もくもくっ…」
途端、今まで見た事のないほんわかした笑顔で食べているではないか(相変わらず無言だが)これには両サイドの2人はポカーン。そんな2人の頬が薄ら赤く染まっていた事に当の本人達は気付いておらず。
そんな間にも、パリッ。もう一つの"梅おかかおにぎり"を開封して食べ出す風希。やはり、ゆるキャラのようなほんわか笑顔で幸せそうにもくもく食べていた。…だが。


ギロッ!

「何…」
「あァ!?な、何でもねぇよ!!」
視線を感じた風希は、アリスをいつもの鋭い目付きで睨む。
「見ないで…愚図に見られると…腐る…」
「あァ!?どういう意味だよ!」


ぐうぅ〜…

「ギャハハハ!何だよ風希てめぇ、まーだ食い足りねぇのか?!」
「うるさい…」
まだ腹の虫の音が止まらない風希を、腹を抱えて笑うアリス。
「僕ので良ければ一つあげるよ」
差し出されたサンドウィッチと、差し出したハロルドを交互に見る風希。受け取ると、ペコリお辞儀。
「ありがとう…」
「いえいえ〜!美味しい?」
「もくもくっ…美味しい…」
「良かった〜」
そんな2人を、デスクに頬杖を着きながら眺めているアリス。
「……」







































「ごちそうさまでしたっ」
食べ終えた3人。ふと、壁掛け時計を見上げる。時刻は17時20分。
ブラインドで閉めきった室内にオレンジ色の夕焼けが射し込んでいる。
「どうしよう。ファン君とまだ繋がらないよ」
携帯電話片手にハロルドがそう言えばアリスも携帯電話を取り出して試してみるが、生憎圏外。
携帯電話を閉じたら、頭の後ろで腕を組む。
「おっ死んでんじゃねぇだろうな、あいつ」
「ダメだよ縁起でもない事言っちゃ!」


ぐうぅ〜…

「え」
「あァ?」
何と。まだ腹の音が止まらない風希に、2人は目をぱちくり。
「小鳥遊風希ちゃんお腹…」
「てめぇ普段どんだけ食うんだよ。まだ足りねぇのか?そうそう街に出てられねぇぞ。MADに居場所がバレるだろーが。少しくらい我慢しやがれ」
ギシッ、椅子から立ち上がるハロルド。
「じゃあ僕が買ってくるから、2人は此処で待ってて」
「バッカ。てめぇがそこまでするこたぁねぇだろーが。我慢させりゃあ良いんだよ。特にこいつら小鳥遊家みてぇなお嬢様育ちにはな」
「でも可哀想だよ。僕、さっきの店で買ってくるよ。何が食べたいかな?」
「ハロルドお前…」
「え?アリス君も何か食べたいのある?」
「いや…何でもねぇ」
「?」
下を向き腹を鳴らしている風希にいつもの笑顔で話し掛けるハロルドが、アリスにはいつもと少し違って見えた。何故かは分からないが。


スッ…、

「え?」
「!!」
下を向いた風希が指差したのは何と、ハロルド。アリスはせっかく忘れていた恐怖を再び味わう。
「え?ぼ…、あはは。小鳥遊風希ちゃん意外に冗談好きなのかな?食べたい物が僕だなんて。ダメだよ、MADみたいな事を言っちゃ。何が食べたいかな?買ってくるから遠慮しないで言ってね」
「だから…」
「あーーっ!だーからいいっつってんだろーがクソ坊っちゃんよ!我慢させろガ・マ・ン!これから戦禍が激しくなりゃあ食いモンも不足すんだ。事前練習っつー事で我慢させようぜ。な?」
風希とハロルドの間に入ったアリスは腰に手をあて、空いている右手で頭を掻きながら言う。
「でも…」
「だーから!何回言わせんだ!」
「あ。じゃあ飲み物がないか探してくるね。此処はオフィスみたいだから給湯室がありそう。それに、飲み物でも少しはお腹の足しになるだろうし」
「おう。俺も行く。風希、其処で待ってろよ」
「……」


ドッドッドッド、

表では平静を保ちつつも、アリスの鼓動は大きく速く鳴っていた。
















































給湯室――――


コポコポ…

「ほーう。クソ坊っちゃんのクセにお湯沸かせるんだな」
「だから僕はお坊っちゃんなんかじゃないんだってば〜」
沸かしたお湯をポットに注ぎ、其処にあったお茶の粉末を3人分の湯飲みに慣れた手付きで注ぐハロルドを見て、腕組みをしたアリスが珍しく感心している。狭い室内にお茶の香りが漂ってきた。
「アリス君が勝手に言ってきたんだよ。入軍式の日たまたま席が隣になって。名前も知らない人からいきなり"お前何処出の坊っちゃんだ?坊っちゃんなんかに軍人なんて務まんねーぞ!"って言われて僕びっくりしちゃったよ」
「うるせー。俺は思った事が口に出るタイプなんだよ。けどよ、結局似たようなもんだったじゃねーか。てめぇ保育士だったんだろ」
「子供が好きなんだ、僕。そういえば僕達っていつも一緒に居るのに、EMS軍に入るまでの事、話した事無かったね」
「あン?他人の過去なんざ興味ねーよ」
「アリス君はどんなお仕事をしてたの?」
壁に背を預け腕組みをしたままチラッ、とハロルドを見る。
「鳶」
「すごーい!じゃあ高い所平気なんだ!足場が細くて大変でしょ?尊敬するなぁ」
「あァ?バッカ、てめぇ、鳶って聞いて尊敬するなんざ言う奴そうそういねぇよ。大抵がヤンキーのやる仕事っつってバカにするだろ。本当はてめぇもどうせそう思ってんだろーが」
「え?!何で馬鹿にされなくちゃいけないの?だってすごい仕事だよ?雨風の中建物を作ったり重い資材を運ぶんでしょ?」
ド真面目にキラキラ純粋な瞳をして言ってくるハロルドには、アリスも言い返せない。


ドンッ!

壁を足で蹴る。
「あ"〜〜!面倒くせぇなてめぇは本っっ当!てめぇのそういうところが嫌いなんだよ!」
「だって、馬鹿にされて良い仕事なんてこの世に一つも無いんだよ」
「あーそーですか、すみませんでしたー」
「だからもしアリス君がお仕事を馬鹿にされた事があってそれを気にしているんだとしたら、気にする事無いから。ね?元気出して!」
「う、うっぜぇんだよてめぇはァ!!」


ガンッ!!

壁をまた蹴りつつも、嬉しそうに見えた。






























「大体てめぇはどうなんだよ?能天気な保育士ヤローとは似ても似つかねぇ軍人に何でまた突然なろうと思ったんだよ?」
ピクッ。
ポットを持っているハロルドの手が反応する。
「アレか?ガキ共が好きなヒーロー番組みてぇにMADぶっ倒してガキ共喜ばせてぇって魂胆だろ?」
「う、うん。うん、そう!そんな感じ…かな…」
「はっ!変わらずだなァてめぇは」
出来たお茶。入った湯飲みをハロルドがおぼんに乗せれば、アリスが先に部屋を出ようとドアノブを握る。
「ねぇアリス君。やっぱり僕、何か食べ物買ってくるよ」
「しつけぇヤローだな。いいっつってんだろ」
「僕達の今後の食料調達も兼ねてさ。小鳥遊風希ちゃんも随分お腹減ってるみたいだし」
「だから、てめぇだけあいつの中で自分の株を上げようとしてんじゃねーよ!!」


ガンッ!

「え?」
「あ"…?」
振り返り様に声を荒げ、同時に壁を左拳で殴ったアリス。脳内では、自分が今口にした言葉が早送りで再生された。


しん…

2人の間に起きた沈黙。
――な、な、なぁあ?!俺は今何つった!?あいつのっ…?あいつ!?あの鎌女!?――
「痛てっ!」
「大丈夫?!」
正気に戻ると、チクリと左に痛みを感じた。壁を見たら釘が飛び出していたから殴った時にこれで切ったのだろう。
「ああ、このくらいどうって事、…ッ!?」


ツゥッ…、

小さな傷口から出てくる赤いはずの血が緑色をしている事にアリスは目を見開くとすぐさま右手で左手を乱雑に拭い、ハロルドに背を向ける。
「大丈夫?手切ったの?血は、」
「!!」


ピクッ!

"血"に過剰反応してしまったアリスはドアをバン!と開けて、給湯室から出る。
「アリス君。血が出たなら止血しないと傷口から菌が、」
「うるせぇ!てめぇと違ってこんな掠り傷どうって事ねぇんだよ!てめぇは黙って茶ァ運んでろ!」
「そ、そんな言い方ないよ〜!」
――危ねぇ!見られてねぇよな?大丈夫だよな?!あいつに血の色見られるところだったぜ…。食事といい血の色といい、これからはあいつらにバレねぇようにしねぇと…。…は?あいつらにバレないように…?何でだよ…俺が…?地球人の俺が…?――


ピタ…。

自然と止まった足。ブラインドの隙間から覗く夕陽がだんだん暗くなっている。
「アリス君?どうかしたの?」
ハロルドの声も聞こえていない。
――地球人の俺がバレないようにする?何だよ…意味…分かんねぇ…――
「アリス君?」
「…あ?あ、ああ、ンだよ」
「え?急に止まっちゃったからどうしたのかな、って」
「うっせー!考え事だ考え事!」
「そっかぁ」
お茶の入ったおぼんを持ちニコニコ笑うハロルドを見て、口では普段通りを装いつつもアリスの内心は…
――…こいつはどうするんだろうな。俺が化物化してると知ったら。鳳条院のガキが月見を殺った時、鳳条院のガキの始末に尽力していたこいつは…なった理由がどうであれ、俺の事も殺るんだろうな。俺ら3人の中で一番軍隊に合わねぇクセに俺らの中で一番先に昇級して少佐になったのは、こいつが普段のお人好しな性格からは想像もつかねぇくらい戦場では敵に対して潔いからなんだろう――










































18時40分―――――

「すっかり暗くなっちゃったね」


カシャン…、

ブラインドの隙間から見える外を覗く。携帯電話を見ればやはり圏外。
「電波局もMADに破壊されて繋がらないのかな?」
「じゃねーの」
「困ったなぁ…」
ソファの端に腰を下ろすハロルド。アリスは椅子に座り、煙草を吹かしている。
「スー…スー…」
「ふふ。小鳥遊風希ちゃんぐっすり寝ているね」
ソファの2/3を陣取って眠っている風希に、側にあった膝掛けを掛けてやるハロルド。
「……」


ぐっ、

煙草を灰皿に強く押し付けて火を消しながら2人を眺めるアリス。
「お腹もすごく減ってて変な冗談も言ってたし、ぐっすり寝ちゃっているし…。小鳥遊風希ちゃん相当疲れているみたいだから、此処を出るのは明日の朝にしようか」
「なあ」
「ん?」
「気持ち悪りぃMADの学校で俺が…てめぇを庇って一般人を殺っちまったじゃねぇか。なのに、何でお前は今も俺と普通に接してられるんだよ」
「仲間だから…贔屓目になっちゃっているんだと思う。本当は、仲間であろうがどんな間柄であろうが、故意でないにせよ軍人が一般人に手をかけた事は裁かれる行為なんだ。でも…ダメだね僕は。やっぱりアリス君によく言われるみたいに甘いのかな」
「…じゃあよ。もし俺が鳳条院のガキみてぇにMADになったらどうする。地球人をぶっ殺していなくてもだ」
「それはさっきの話と似ているようで実は全然違う内容だよ。僕は躊躇わない。だってMADが排除される最大の理由は、地球を侵略した事だけじゃない。地球人を食す危険な性質だから。誰かを殺めているいないは関係無いよ」
「…そうか」
「どうしたの急に?アリス君がMADになんてなりっこないよ?」
「…ったりめぇだろ」


ガタッ、

椅子から立ち、背を向けたアリス。
「…?アリス君?」
「何か今日は疲れたなァ。悪りぃ、先寝るわ」
「うん。あ、でもソファ一つしか…」
「上の階に寝れる所がねぇか探してくるわ」
「うん。分かったよ」


キィ…、バタン

部屋のドアを閉めて出て行ったアリスの足音。カツーン、カツーンと静まり返った室内に響いていた。














































同時刻、
同じ商業ビルの5階―――

「あの声ぜってぇあいつらだ」
真っ暗なオフィスの片隅。


グチャッ…ビチャッ…

「っ…、」
鵺の肩の肉を食す音と血の音が静まり返った室内にはやけに大きく感じるし、真っ暗な室内には空の赤い両目がやけに目立つ。
ハロルド達がやって来たこの商業ビルは、空と鵺が先に隠れていたビルだったのだ。


グチャッ、ビチャッ…

「っ〜!痛っでぇ!そんぐれぇにしろてうっすら馬鹿!!」


ドガッ!

空の腹を思いきり蹴れば、離れる空。歯形がくっきり付き抉れた肩を押さえる鵺の右手は緑色の血でべっとり濡れている。
「痛でぇ!加減しろ言うてるがんにおめさんは!!」
「静かにしろよ。あいつらにバレるだろ」
「うっせぇ!!」


カツーン、カツーン、

「!!」
さっきまで4階を歩き回っていた1人分の足音が5階への階段を登ってくる足音に変わる。
ビクッと動揺する鵺とは対照的に、空は真っ赤な目をして澄ました表情。
「ど、ど、どうするて!声がしたすけ、さっきちぃとばかし3階を覗いたろも、下に居たのは少佐とアリスさんと風希さんらろ?!アリスさんと風希さんは好戦的らし、少佐はああ見えて超短期間で少佐になった実力者だって聞いたすけ、きっとおっかねぇんら!窓があるろも、此処から飛び降りたら自殺行為ら!どっか隠れて、居なくなってから此処を出るけ!?」
「隠れる?はっ。コソコソしみったれた事をする必要がどこにあるんだよ」
「!?」
立ち上がり、自ら部屋のドアまで歩いて行く空を鵺が後ろから腕を掴んで引き留める。
「や、やめれてば!何する気ら!?」
「決まってんだろ」
「そんげ事ダメら!!俺は確かに生きてぇ。だろも、俺の存在自体が間違っているんら…。俺を殺しにくるEMS軍は何も間違っていねぇんら。地球の平和を脅かす人食いを殺すのなんて当然の事なんら!だすけ、少佐達に攻撃すんなて!おめさんも敵と見なされちまうねっか!」
「もうこんな体になったなら、攻撃しようがしまいが敵と見なされるだろ」
「だ、だろも…」
「それに俺はもう、人を食ってるから」
「…!」


しん…

2人の間に起きる沈黙。
「大体、端っから納得いかなかったんだよ。お前の目が赤いっつーだけであいつら学園まで追って来て殺しに来た時あっただろ。月見さんを食おうが食わまいがいずれお前を始末しようと思っていたんだろな。お前と関わっているだけの俺の事も、ババァの事も…殺そうみてぇに言ってたし」
「……」
「地球人同士で殺し合う考えを払拭しねぇ限り、ましてや地球を総括するEMS軍人があんなんじゃあ、地球は遅かれ早かれMADのモンになる」
「…でもあの時とは状況が違うろ。俺は月見さんを…手にかけたんら。それが殺意を加速させたはずら。それは事実らろ」
「…はっ。そっか」
「?」
まるで自嘲するかのように鼻で笑った空は、鵺の方を振り向く。
「ダメだわ俺。中立の立場で正論言ってるように見せ掛けて実際、超贔屓意見しか言えてねぇ。悪い、鵺。超矛盾だらけだけど俺、お前が殺されるのなんて絶対許せないし、殺られる前に殺るしかねーから、矛盾しててもあいつら手にかけるしか選択肢がねぇわ」


ガチャッ、

ドアノブを回す。
「ま、待てて雨岬!誰も傷付けねぇで逃げる方法だってあるねっか!なぁ雨岬!!」



































ガチャッ…

ドアが重たくゆっくり開けば、廊下から聞こえていた足音がピタリと止まった。
「!」
「久し振りっす。EMSの軍人さん」
まさか此処に人が居て、しかもそれが空だとは思いもしなかったアリスは目を見開き驚愕する。しかし、すぐに空の真っ赤な両目を見たらハッ!と笑い、八重歯を覗かせてニィッと笑む。
「…よう。まさかてめぇから出向いてくるとはなァ。殺られる覚悟が決まったって事か?クソメガネ」
「はっ、まさか。平穏を脅かす存在には殺られる前に殺っとかないとっつー事っすよ」
「そりゃてめぇらの平穏だろ?目の色も、随分とらしくなってんじゃねぇか。やっぱりメガネてめぇもアリアと同じでMADだったっつーわけか」


ズズッ…

左胸から黒い光を放つ剣を引き抜き、構えるアリス。
「てめぇが此処に居るっつー事はその奥に鳳条院のガキも居るんだろ。まあ、てめぇから片付けるでも良いかァ!」
空から見たアリスの姿が人間の姿からだんだんと美味そうな肉に見えてくれば、空は真っ赤な舌をペロリと出す。
「嗚呼、調度良いな。あいつに食事制限させられてるから全然足りねーんだよ。でもあんま美味くなさそうなんだよなぁ…。…ま、いっか」
一方アリスはタンッ!と踏み込むと、剣を振り上げた。
「月見の仇討ちだクソMAD!!」
「今晩の夕食はてめぇで我慢してやるよ」


















to be continued...













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あきゅろす。
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