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終焉のアリア【完結】
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ドンッ!ドンッ!

「きゃあああ!」
「ギャッ!ギャッ!ビルの陰に隠れたってお前ら地球人のニオイですーぐ見つけられるんだぜ!」
「嫌、いや…!」


ブシュウウ!!


ドサッ、

ビルの陰に隠れていた地球人数人は巨大MADの片手だけで呆気なく切り裂かれてしまう。噴水の如く勢いよく噴き出した真っ赤な血飛沫を浴びながら、地球人のか細い腕をボキッ!ともぎ取り食すMAD。
「バリッ、バリッ。ん〜やっぱり若い女はうめぇなぁ!」
「父ちゃん俺達にもご飯ちょーだいっ」
巨大MADの陰からワラワラと集まってきた小さい子供MAD7人にも分けてやる。バキッ!ボキッ!地球人の首、腕、胴体、脚を7等分に折って。
「ほらよ!たらふく食え」
「わーい!」
「父ちゃんありがとう!」





















「狂ってる…奴ら、狂っていやがる…!」
その惨状を街のコンビニ物陰から覗いている地球人の家族。父親を先頭に、その後ろには赤子を抱いた若い母親が青い顔をして。
「貴方どうするの…このまま死ぬなんて嫌…!」
「シッ!静かにしろ!奴らに気付かれたらどうす、」
「だぁから言っただろぉ?お前ら地球人が何処に隠れたってニオイで分かるんだってなぁ!」
「っ…!MAD…!!」
背後にいつの間にか居たMAD。母親は赤子をきつく抱き締め、父親は妻と子の前に立ちはだかり、目をきつく瞑り、死を覚悟する。
「くっ…!!」
「ギャハハハ!抵抗すらできねぇかぁ!情けねぇなぁ地球人!せめてもの情けだぁ!最期は家族一緒にあの世へ送ってやるよ!」
「神様神様!どうか、どうかこの子だけはお助け下さい…!!」


ピキーン…!


ゴオオオ!

「なっ…!?今一瞬刻が止まったような…、アチチチチ!ギャッ!?ギャッ!?何だこりゃ!?アチィ!アヂィイイ!!」
家族を食らおうとしていたMADの刻が動き出した瞬間、いつの間にか炎に包まれていたMADは火だるまになり、コンビニの壁やガードレールに体を擦り付けて炎を消そうとするが、炎はMADを焼き付くしていく。
その光景に、助かった事すら気付かず唖然としている家族。
「怪我はありませんでしたか?」
「え…、あ、え、ええ…」
「貴方達はEMS軍…?!」
其処にはハロルドとファンの姿が。微笑むハロルド。しかしその間にも遠くからは。
「キャアアア!」
「ギャアアアア!」
地球人の悲鳴がまるで地獄のように聞こえてくるから、ハロルドは赤子の頭を優しく撫でると家族にはすぐ背を向ける。
「ファン君、行こう!」
「ああ」
家族が礼を言う前にこの場を去って行くのだった。
街に放たれたMADの大群の笑い声と地球人の断末魔が交差する此処は、最早地獄絵図と化していた。





























空港――――――

「へへっ!貧乏人共は可哀想だなぁ!おいパイロット!俺達を東京から遠く離れた国へ送れ!」
「は、はい…!」
飛行機に乗り込んだ富裕層の地球人達は、空港に居たパイロットを札の束で言う事を利かせて、自分達だけこの地獄から脱出しようとしていた。


ググッ…、

ゆっくりと飛行機が地上から離れていけば窓から煙の上がる街という名の地獄を見下ろしてホッ、とする富裕層達。
「はぁ!これで俺達は逃げる事ができる!」
「金の力でどうにでもなるんですもの。貧乏人は罪ねぇ」
「そうだな!はははっ!」
札束で仰ぎ、遠くなっていく地上を見下ろす為窓に目を向けた富裕層達。
「んなっ!?」
「ままま、MADですって!?」
何と飛行機は飛んでいるにも関わらず窓にはMADがべったりへばりついていたのだ。


ガタッ!

富裕層達は血の気の引いた顔で立ち上がり、パイロットの肩を掴み大きく揺らす。
「おおおおい!どど、どうなっているんだこれはぁああ!説明しろ!」
「そんな事を言われましても!!」
「ええい!退け!庶民のクズが!私が操縦してあの化け物を振り落としてやる!」
パイロットを無理矢理退かせた富裕層の中年男性は操縦席に着き、窓にへばり付いたMADを振り払おうと操縦幹を闇雲に動かす。
「そ、そんな事をしたらMADにやられる前に機体が墜落して、」
「うるさぁい!黙れ庶民の分際で!」


ガシャーン!

「…!!」
フロントガラスを突き破って飛行機の鼻にヤンキー座りをしてこちらを覗き込んでいるのは、MAD。突き破られた窓から勢いよく風が機内へ吹き込む。
「ひぃっ…!MA、」
「おんなじ地球人同士だってのに仲間割れかい。情けないねぇ。ドロテア様が仰っていた通りだ。あんたら地球人はこの青く美しい地球(ほし)には似合わないよ。だからこの地球はわたしらに譲りな!ねぇ!?」


ドンッ!!

MADの一撃により、飛行機は空中でオレンジ色の炎と真っ黒な煙を上げて墜落していった。
「これは争いをやめられないあんたら地球人に返ってきた天罰だよ。恨むなら我が身が一番可愛い自分を恨む事だね。ま、もう恨む体も頭も無いけどね」

















































同時刻―――――

繁華街から外れたシャッター通りの古びた商店街の小さなスーパーの奥に隠れているのはアリスとミルフィ、風希、鳥、花月、ryo.、友里香。ハロルドとファンに、彼らを守っているよう言われたアリス。
「くっそ…!クソMADの分際で調子ぶっこきやがって!」
「ねぇ花月大丈夫?花月!」
ガタガタ震えて踞っている花月。まるで今までの姿が魔法にかかっていた姿で整形前の姿に戻っている事にさすがにアリスと鳥も動揺を隠せない。
「花月大丈夫だよ。元の姿に戻っても花月は花月。あたしは花月が大好きだからそんなに怯えないで」
「っ…、」
「花月ってば!」
「おい!しっかりしろカズ!」


パシンッ!

「…!!」
「ふ、風希お前…」
「風希ちゃん!?」
花月の左頬を叩いた風希の無表情が花月をジッ…と見る。花月は目を泳がせてすぐまた俯いてガタガタ震えるから、風希は花月の胸倉を掴み、無理矢理顔を上げさせた。
「風希ちゃん何やってんの。やめて!」
「花月本当馬鹿…」
「っ…!馬鹿だよ!どうせ俺は勉強はいつも赤点ばっかりで!」
「違う…。そういう馬鹿じゃない…。人として馬鹿って言ってるの…。容姿が何…性格が何…。昔の容姿に戻ったからって…こんな時に何をメソメソしているの…本当、馬鹿じゃないの…。ならその支部長帽子、私に貸して…」
「あっ…!」
返事を待たずに花月から帽子を奪うとすぐにかぶった風希は銀色に光る鎌の先端を何故か、鳥に向けた。
「花月みたいな子の事をお荷物って言うの…。この子がこんな弱い子に育ったのはお鳥ちゃんが甘やかしたせい…。この前の事も踏まえてお鳥ちゃん…お荷物だから消えて…」
「えっ…!?」


グワッ…!

風希が振り上げた鎌に鳥が映る。
「なっ…!?やめろよ!お鳥ちゃんは何も悪くない!!」


カッ!

花月の体に赤い模様が浮かび上がると同時に金色の光が放たれると、それは風希を包み込み…


ドンッ!ドンッ!!

「風希ちゃん!?」


シュウゥゥ……

花月の攻撃による煙が晴れた其処には、花月の攻撃を鎌で受け止めたものの向かいの八百屋の壁に背がめり込み、軽傷の風希が。
「はぁっ、はぁっ…」
金色に光り、風希を睨み付ける花月をジッ…、とただ見る風希。
「お鳥ちゃんは何も悪くないじゃんか!!そんなに腹がたってるなら俺を殺れば良いじゃんか!!」
「…ふっ。それでいいの…」
「えっ…?」
風希が珍しく笑うと、服に付いた汚れを払って花月の横を通り過ぎていく風希。一体何故風希が笑ったのか全く意味が理解できていない花月と鳥。一方のアリスは風希の真意に気付いていたようで、煙草を吹かせてからハッ、と笑う。
「ま、一件落着って事だな」
「なっ…?何も一件落着じゃないですよ先輩!風希姉さんはお鳥ちゃんの事を殺そうとしたんですよ!?」
「カズ、ようやく顔上げたな」
「え、あ…」
ここで、全てではないが風希の意図に気付いた花月と鳥。アリスはふぅ、と煙草を吹かし、八重歯を見せて笑む。
「カズに何があったかは分かんねぇ。ンな事より、いつまで経ってもしょうもねぇ事で凹んでるカズを奮いたたせる為に、風希はわざと理由をつけてお鳥に攻撃しようと見せ掛けたんだぜ。こんな戦場で好きな女に心配かけて好きな女すら守れねぇような男じゃねぇだろてめぇは、って意味でな」
「…!風希姉さん…!」
「風希ちゃん…!」
「こいつは無愛想で狂暴だけど、何だかんだ言っててめぇら妹と弟の事が一番可愛いんだからな。分かってやれよ、痛ででででぇえ!風希てめっ、馬鹿ヤロウ!足踏むんじゃねぇえ!!」
「勝手な事言わないで…私はそんな事一切思ってない…。第一、2人の事一生許さないから…」
「分ーったよ!そういう事にしといてやるよ!」
花月と鳥は顔を見合わせ、微笑む。
「風希姉さんありがとう!」
「風希ちゃんありがとう!」
「は…?何、勘違いしているの…だから私はそういう意味で…攻撃したんじゃないから…」
素直にならない風希に、クスクス微笑む一同。
その中でたった1人、微笑んでいるが作った笑顔しか浮かべられず心此処に在らずな人物が1人居た。…ミルフィだ。



























「そういやクソ坊っちゃんと堅物ヤローから連絡来ねぇな。あいつらおっ死んでんじゃねぇだろうな?」
「アリス。花月も元気になったから、あたし達もハロルド達と合流しよう。地球人を助けよう」
「おう。お鳥お前もやる気になったか!うっし!行くか!」


ポン!

「やめて…汚れる…」
風希の頭にポン!と手を乗せたアリス…の手を素早く払う風希に、アリスは煙草をくわえながら笑っていた。
「ミルフィ。君も戦力だから一緒に…あれ?ミルフィは」
「え?」
鳥が後ろに居たはずのミルフィに声を掛けたのだが、そこには灰色の壁があるだけ。さっきまでそこに在ったミルフィの姿は忽然と消えていた。その壁の隣に見つけた裏口へ続く扉が開いている。
「ミルフィ?」
「あそこから出ていった?」
「チッ!あのピンク女、メガネを探しに逃げたんじゃねぇだろうな!?」
「きっとそう…」
「追わなきゃ」
「ンな必要ねぇ!裏切りクソMAD共なんざ知らねぇ!」
「そんな言い方酷い!あの子はちゃらけているけど本当は良い子」
「あ?ならお鳥。月見を殺したのはどいつだ?」
「っ…!」


ザワッ…!

いつも怖いと言われていた。しかしその"怖い"はヤクザみたい、不良みたいの意味の"怖い"だった。しかし今のアリスは、鳥と花月が怖じ気付いてしまう程。
いつもの"怖い"とは違う意味の"怖い"を纏ったアリスに見下ろされたら、鳥も呑み込んだ唾がつっかえた喉から反論の声が出てこなかった。此処に居る今のアリスはEMS軍アリス・ブラッディ中尉の威厳を纏っている。
くるっ。背を向けたアリス。
「分かったなら良いんだよ。俺らはお遊びで仲間やってんじゃねぇ。地球を守る為にやってんだ。仲良しこよしが良いならピンクを探しに行け」
風希はチラッと花月と鳥を見てすぐ、アリスに続く。花月に手を引かれた鳥が顔を青くしながらもアリスについて行った。その後ろにはryo.と友里香が。































































同時刻――――


ガシャン、

「っ痛ぇ〜…いくら庇う為とはいえ、突き落とす奴があるかよ」
花月から逃れる為、鳥に押されて自転車ごと小高い坂から落とされた空と鵺。空はベコベコに凹んだ自転車のハンドルを握るものの、ブレーキが利かないし、思いきり『く』の字に曲がってしまっている。
「はぁ…自転車もぶっ壊れたし。やってらんねー。ほら、」
手を差し出して、坂の下に居る鵺の手を引っ張って上へ上げる。
警戒しつつキョロキョロ辺りを見回す空は、ある事に気が付く。
「…?やけに静かだな。それもそうか、夜中の住宅街だしな」
遠く街の方からは灯りが見えたから、ホッとする。
「あいつらは諦めたのか?」
しかしまだ安心できないから、魍魎片手に神経を尖らせて歩く。


ドサッ、

「鵺!?大丈夫か!?」
鵺の倒れる音がして、血相変えた空が駆け寄り揺さぶる。なにぶん体の色が緑色だから顔色の変化が分からず不便。
「おい!どうした鵺!苦しいのか?」
「……」
「喋れないのか?分かった今担いでやるから、」


ぐぅぅ〜

「…は?」
担ごうと体を起こさせた時。鵺の腹から聞こえた音に、空は目を丸めていた。






































AM0時25分、
アパート―――――


ジャァアア、

静まり返った深夜。台所から聞こえてくるキャベツを炒める音。
「空腹で倒れるとか、お前らしいわ…」
「〜〜!」
あれから徒歩でアパートへ戻ってきた2人。
――でも何で空腹なんだ?鵺は…隣の大学生と管理人をさっき食べたはずだろ…。元からこいつは大食漢だったけど、MADは普通、地球人2人以上食うもんなのか?…MADになったら地球人が食う物は食わなくなるのか?―
「…って、うわっ!?やっべ!焦げた!!」
どれがフライパンでどれがキャベツか区別がつかない程真っ黒。
狭い部屋中に充満する焦げ臭さと灰色の煙に、空は台所と外廊下の窓を全開にして喉を押さえ、むせ返る。
「ゲホッ!ゴホッ!っあ"ー!マジあり得ねー!貴重なキャベツ全部パァかよ。悪い!鵺、もう1回何か作るからもうちょっと待っ…って、お前何してんの?」
いつの間にか空の隣に立っていた鵺は、空が毎日スーパーのパンコーナーから貰ってきていたパンの耳を取り出し卵一つを溶いたら、フライパンで炒め始めた。空が隣でキョトンとしている間に出来上がった物は…。

























コトン、

「すげぇ…何これ、パンの耳でラスク作ったのお前?」
コクッ、と頷く鵺。
感動している空が一口食べれば…。
「やばっ!超美味い!」
表情は無い鵺だが、頬を赤らめて頭を掻いて照れている。
「ヤバいよ!お前本当料理上手いんだな!やべー俺珍しく感動したし。そういやお前と会った時も何かくれたよな。煮物だっけ。えっと名前は…」
「のっぺ、ら」
「そう!それそれ!結局あの後MADが来て食えなかったけど」
「じゃあ、今度作るて」
「マジで?じゃあ頼むな」
心のどこかでは互いに、そんな平穏な日が来る可能性が皆無な事を分かってはいたけれど、笑顔を浮かべていた。
「あとさー、お前がいきなり学校行きたいとか言い出した時、昼飯を重箱に作ってきただろ」
コクコク頷く鵺。
「あの時かーお前と初めて大喧嘩したの。そんなに昔の話じゃないのに何かずっと前に感じるな」
「……」
「あ。そうだ。鵺ほら、これ!」
「!!」
空が部屋の隅から持ってきた物は、袋に赤い血が少し付着しているメロンパン。
「メロンパン。しかもチョコチップメロンパン!食べた事ないだろ〜?こんなじり貧生活だってのにお前にだけ奮発して買ってきてやったんだぞ。さっきお前にやるって言ったのにお前暴れて食わなかったからさ。感謝しろっ!」
鵺をビシッ!と指差して笑う空に、鵺は表情は無いが声を出して笑った。
「あはは、人を指差しちゃいけねって初めて会った時から言ってるねっか」
「そうだっけ」
「そうらて」
メロンパンを受け取り袋から取り出すと、半分に割って空にあげる。
「いいよ。俺いらないし」
「ツンデレ」
「はあ?!それお前だろ」
「あははは」



























「ふうっ」
「腹一杯になったか?」
「うん」
「そりゃようござんした」
空は流し台に立ち、鵺に背を向けて皿を洗っている。
「雨岬」
「んー?」
「俺から離れた方が良いて…」
「MADだから、かよ。聞き飽きたし。ボキャブラリー無いなお前は」
「だって、いつまた俺が俺じゃなくなるか俺にも分かんねんら」


カチャ…、

皿を洗い終えた空。しかしまだ背中を向けて立ったまま。
「お前…その時の記憶はあるのか」
「うん…。俺は俺の中の暗い所から見ているみてぇな…うまく言えねんだろも、俺の中にもう1人のMADの俺が居て、本当の俺が暗い所からどんげ叫んでも外には俺の声が届かなぐて…。もう1人のMADの俺に支配されていて体の自由が利かなくなるんら…」
「…そうか」
「俺の意思じゃねんだろも俺の中の俺が月見さんや、いっぱいの人を…!」


ギリッ…!

畳に爪を刺す。
空は鵺の隣に座り、頭をポン、と軽く叩く。
「俺は生半可な気持ちでお前に親友って言ったんじゃないから」
「うん…。ありがとな…」
「どういたしまして」

































「つーか、あいつら近くに居ないよな?」
立ち上がった空が立て付けが悪くて全て開ききらない窓を開け、身を乗り出して外を見回す。
「居ないみたいだけど、花月の能力?は姿を壁とかと一体化して隠れられるやつだからな」
「雨岬」
「何」
「前も言ったんだろも、はっきり言えねかったすけ…その…はっきり言いたいってのは俺の自己満足なんだろも…」
「…うん」
「好…好きなんだろも…」
「……」
「ご、ごめんな!前断られたってがんに、しつこくてご、ごめんな…」
「ごめん」
「あっ…。……。うん…。う、うん…分かってたすけ、うん…」
「……」
「……」
「……」
「…怒ったけ?」
「怒ってねーよ」
「……」
「ふー、あいつら諦めたみたいだな。何処にも居ないわ。気配も無いし。よし、取り敢えず寝るか。これからの事は明日決めよう。取り敢えず今日はお前が喋れて自我を思い出せて良かったし。あ、もう0時だから昨日か」


ガラガラッ、

窓を閉めてボロボロのカーテンも閉めた空は、これまたボロボロの布団を2人分敷くと背中を向けて横になる。
「悪い。ちょっと疲れたから先寝るわ。おやすみ」
「ごっ、ごめんな…気持ち悪りぃ事言って…。雨岬ごめんなっ…」
「……」
ひっく、ひっくと鵺が啜り泣く声が背後からするけど、空はただ黙って目を瞑っている。
「雨岬の彼女は俺の事を友達と思ってくれる良い奴なのに雨岬と仲良いから俺、優しくできねぐて…」
「……」
「うっ、ひっく…駄目思ってたんだろも、駄目思う程好きになって…」
「……」
「雨岬!あのな、一生に1回のお願いがあるんら…」
鵺は空にしか聞こえない声で"一生に1回のお願い"を言う。しかし空の顔色は変わらず。
「…鵺。早く寝た方が良いぞ。また体調悪くなるだろ」
「雨岬…!」
空はこっちを向きながら起き上がる。ちょっと怖い顔をして。
「その願いだけはどうしても聞いてやれない。お前には酷かもしれないけど、その気が無いのに俺がお前の願い聞いてやったところで結局最後に傷付くのはお前なんだよ、鵺」
「っ…、な、ならこれでどうら!?」


ジャラッ…、

「お前、これ…!」
そう言った鵺が空に差し出した物は小銭ばかりではあるが、ちゃんとしたお金だ。目を見開き顔を青くした空を、肩を震わせた鵺がジッ、と見ている。
「す、少ねんだろも、これが今俺が持ってる全財産だすけ…」
「大馬鹿野郎!!」
「っ!?」
「何だよこれ…お前、意味分かって金出してんの?お前これがどういう意味か本当に分かってんのか。お前が俺を買うって事だぞ。そこまでするかよ普通!」
「普通じゃねくたっていい!そんぐれぇ俺は本気って事なんら!」
「あーそう。じゃあ意地でも了承しねーわ」
「だって俺きっともうすぐ死んじまうろ!一生に1回のお願いぐれぇ聞いてくれても良いねっか!何しても良い、乱暴しても良い、どんな事しても良いから!」
「おやすみ」
「っ…、」
鵺の問い掛けには返答せず、再び背を向けて目を瞑る空。
「じゃあもういい!俺どっか行ぐ!」


ガタン!

アパートの重い扉を開ける音がして、空はハッ!と起き上がる。
「おま…!待てよ馬鹿!」
鵺の肩を掴んだ時、振り向き様に振り上げた鵺の右手が空の頬を打つ。


パンッ!

「っ…!」
もしやまたMAD化が進行して鵺の意思とは反対に手が勝手に動いたのでは?と焦った空は、打たれた頬に切り傷と一筋の血を滴らせながら鵺を向かせる。
「おい!鵺!お前また意識が無くなったのか!?」
「俺もう雨岬の事なんて大っ嫌いら!!」
「…!」
この言葉からして鵺の意識はちゃんとある様だ。ならば、今空の頬を打ったのも鵺の意思だろう。そう理解した瞬間、たった今まで顔を青くしていた空の心配は吹き飛び、下を向き、黙る。そんな間にも鵺は金切り声で1人喚く。

























「大体おめさんは俺の気持ちちっとも分かってくれねぇねっか!!」
「……」
「なして駄目なんら!?俺の為?!違ごねっか!本当は俺の事を気持ち悪りぃ思ってるすけそう言ったんろ!」
「……」
「一生に1回のお願いぐれぇ聞いてくれたって良いねっか!ケチ!うっすらバカ!!」
「…ギャーギャーうぜぇんだよ」
「えっ、」


ドンッ!

「っ…?!」
空は下を向いたまま鵺の肩を強く掴みながら、鵺を布団の上に放り投げる。衝撃で背中を強く打った鵺は背中を撫でながら上半身を起こす。
「なっ…、何するんらて!痛ぇねっ、」
空は鵺の上に馬乗りになる。
「ギャーギャーうぜぇんだよ。黙れっつーの」
「っ…!!」
鵺が体を起こそうとしている途中で、鵺に馬乗りになった空の声と表情が初めて見聞きする怖いモノだったから、鵺はビクッとする。抵抗する事さえできない程怖がっている鵺の体が小刻みに震えている。
「お前マジ我儘だよな。自分の思い通りにならないとすぐ癇癪起こすし。ハッ、ガキかよ」


ガタガタガタ…

空の笑い方が怖過ぎるから、震える事しかできない鵺。空は鼻で笑いながら自分の前髪を無造作にかき上げる。
「いいよ。そこまでうぜぇからさ。仕方なく願い聞いてやるよ。けど、俺かなり今キレてるからそこん所踏まえとけよ」
「えっ…な、何…が、」
「もうこんな願い言え無いようにしてやるっつってんだよ。お前の事だから、泣くかもな」
空は鵺の顔右側脇に手を着く。それだけでビクッとしてしまう鵺。白い歯を覗かせた空が笑みながら、鵺が逃げないように鵺の頭を強く畳に押し付けた。
その時。鵺の視界に映っている空の不気味な笑顔が父親の不気味な笑顔と重なった鵺の中で、幼少期に受けていた父親からの虐待がフラッシュバック。
「嫌っ…!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!お父さんごめんなさい!!いい子になるから打たないで!!」
「ぬ、鵺…?ハッ…!」
今にも殺されそうな裏返った声で何故か父親に向けて叫ぶ鵺。最初何が起きたか分からなかった空だが、EMS学園屋上での鵺との会話が脳裏にフラッシュバック。

『家に居れば学校行ってた時より父親から暴力振るわれたんだて。俺にはあんな優しい顔1回も見せてくんねかったのに…。俺には"鵺"っていう不吉な名前まで付けたのに、俺には毎日死ね死ね言いながら殴ってたのに…何で新しい子供にはあんな優しい顔見せるんだて…何で手も繋いでやってるんだて…俺なんて小せぇ頃、手なんて繋いでもらった事ねかったってがんに…手なんて何回も包丁で切られたってがんに…っ…』

鵺の言葉を思い出したら、鵺が何故今、此処に居もしない父親の名を叫んだのか意味が分かった。瞬間、空の全身が、自分が今しようとしていた事への恐怖で震えた。






























「っ…!」
――俺は…俺は今こいつに何をしようとしていたんだ…!?こいつが父親から受けていた虐待を思い出す程の恐怖を与えたのか、俺は…!――


バッ!

鵺の上から離れ、部屋の隅に頭を抱えて座り込む。
鵺が我儘を言うから。頭に血がのぼり、カッとなり我を忘れたから…。だからといって、ここまでの恐怖を友人に与えた自分自身が恐ろしくなった空。瞳孔を開き、ガタガタ震える自分の体を自分の両腕で抱き締める。カチカチ歯が震える。
「俺…はっ…、」


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