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終焉のアリア【完結】
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大広間――――


ガラッ、

「あ〜腹減ったぁ〜」
「もうっ。アリス君!胡座なんて行儀が悪いよ!」
「まるで年をとっただけの子供だな」


ガッ!

「あ"ァ?調子乗ってんじゃねぇぞ堅物ヤロー!」
畳の広間に夕食をとりにやって来た3人。ファンがボソッと呟いた言葉にすぐ目くじらをたてて胸倉を掴み上げるアリス。
「なななな何ですかryo.氏あのDQNヤンキーは!」
「ししし、知りませんよタクロー氏!あんな狂暴893がEMS軍だなんて、日本…いえ、この地球(ほし)存亡の危機…!!」
「あ"ァ?何か言ったかキモオタコンビ」


ギロッ

「ひぃぃい!rrr,ryo.氏が変な事言うから睨まれたではないですかぁぁあ!!」
「タタタタ、タクロー氏が言い出しっぺじゃないですか!何、私に罪を擦り付けているんですかぁぁあ!」
「てゆーか、超ウザいんだけどキモオタ共」
「な、なぁ?!」
ryo.とタクローの隣の座布団に座り、不機嫌そうにテーブルに頬杖ついて携帯電話をカチカチいじってばかりの友里香。2人は小さくなりながら、ヒソヒソ。
「DQNに893にヤンキー、ビッチ…」
「此処は我々には生き地獄な種族が勢揃いですなぁ…」


ドンッ!

「ひぃい!?」
2人のテーブルの目の前に、グツグツ煮えた大きな土鍋が音をたてて運ばれてきただけでビクッ!としてしまう挙動不審な2人。ゆっくり顔を上げると、土鍋を運んできた人物が其処に立っている。
「鍋…そこ3人で取って食べて…」
「ふ、風希タソ!」
「は…?」


ギロッ!

「あ"!あ、な、な、何でもないですぞ!ははは〜」
「な、何やっているのですかタクロー氏!二次元と三次元の区別をつけて下さい!」
「失敬失敬…」
風希の事を思わずオタク全開な呼び方で呼んでしまったタクローは、案の定風希に睨まれてしまった。




























ドスッ、
座布団に胡座をかき、パチン!と割り箸を割るアリス。
「んじゃーま、とりあえず腹拵えだ!」
「腹が減っては戦はできぬと言うしな」
「そうだね。いっただっきまーす!」
3人で一つの鍋をつつく。
「ん?そういや、カズとお鳥が来てねぇな」
右頬に肉団子を二つ入れて口をモゴモゴさせながら、2人分空いた座布団を見るアリス。
「あんな子達なんて…知らない…」
「?どうした風希。機嫌悪りぃじゃねぇか。…って、お前はいつもの事か!ギャハハハ、熱ぢぃい!!風希、て、てめぇぇえ!!鍋の出汁を顔面にかけやがったな!」


ガラッ、

「遅れてすみません」
「あ。小鳥遊鳥ちゃん、小鳥遊花月君来たよ!」
「む。そうだな」
噂をすれば。
広間の障子戸を開けて、少し遅れてやって来た花月と鳥。アリスはおしぼりでゴーグルと顔を拭いている。
「あぢぃ〜!オイ!遅ぇぞてめぇら!」
「すみません」
チラッ。何気なく花月と鳥が風希の方を見る。


ぷいっ

「…?」
あからさまに顔を反らしそっぽ向いた風希に、花月と鳥をはじめ、全員が頭上にハテナを浮かべる。風希が何を考えているのか分からないのは今に始まった事ではないので、気にせず空いている座布団に座ろうとする。


ガシッ!

「え!?」
突然鳥の左腕を掴んだ風希は、自分の左隣に鳥を座らせる。
「何、風希ちゃん?」
「お鳥ちゃんと花月は…並んだらダメ…」
「ど、どうして?」
「……」
「?」
風希の右隣に花月。左隣に鳥を座らせると、何事もなかったかのようにモクモク食べ始めてしまう風希に、皆がやはりハテナを浮かべていた。


































21時30分―――――

支部長室へ戻る為、2階廊下を歩いている花月と鳥。
「風希姉さんどうしたんだろうね」
「分かんない。風希ちゃんが謎なのなんて昔から」
「ははは。それもそうだ」
ピタッ。
部屋の前で足を止めた鳥。花月の方を向き、背伸びをして彼の首に両腕をまわす。顔を近付けた鳥が目を閉じれば、何をするのかを察した花月が鳥の左頬に優しく手を添え静かに目を閉じる。
「お鳥ちゃん…花月…」


ビクッ!

「ななな、何ですか風希姉さん!?」
階段の方から聞こえた風希の声。気配を消してやって来た風希にビクッ!として慌てて離れる2人。頬を真っ赤にする2人とは対照的に、いつものポーカーフェイスな風希から漂ういつもと違う雰囲気を感じ取った2人。妹と弟だから分かる、いつもと違う姉の雰囲気。
「話がある…」





































1階、
風の間前廊下――――

「あ"〜晩酌がねぇなんざ生き地獄だぜ〜…」
廊下をふらふらさまようアリス。ぐったりしているのは、酒が出てこなかったからだ。
奥にある厨房へ酒を探しに、風希の部屋の前をたまたま通りがかる。


ドスン!!

「?!」
室内から廊下まで聞こえてえきた鎌を振り落とす音にビクッ!としてしまう。
「な、何だ?風希の奴また1人でイライラしてんのか?カルシウム足りてねぇんじゃねーの、あの鎌女」
「いい加減にして2人共…」
「2人共?」
室内から聞こえてきた風希の淡々とした…しかしいつもと少し違う、苛立ちが込められた声色。


カタン…、

気付かれぬよう、引き戸を少し開けて室内を覗く。鎌を畳に振り落として立っている風希の背中が見える。その向こうには、紫色の座布団に並んで正座させられている下を向いた花月。と、不貞腐れて外方向いている鳥。
――何だ?お説教食らってんのか?何でだ?――




























その頃の風の間室内の様子は…。
「嘘なら最期まで貫き通せば良い、ってどういう意味…花月…」
「っ…、」
「月見姉様が死んだ直後によくあんな事できるね…2人共…頭おかしいんじゃないの…」
珍しく眉間に皺が寄っていて怒りが顔に出ている風希に何も言えず、ガタガタビクビク下を向いている花月。
対照的に鳥は正座はしているものの腕を組み、外方向いて不機嫌。
「しかも何…いとこだっていうのは嘘だったの…私達を騙していたの…」
「それはっ…」
「別にいーじゃん。あたしと花月がいとこじゃなくたって、本当の姉弟で付き合ってたって。風希ちゃんには関係無い」


ドスン!

ビクッ!

「っ…!」
鳥の前に振り落とされた鎌。花月はビクッとするが、鳥は微動だにせず。
「花月だって騙されてたでしょ…そういう行為をした後にお鳥ちゃんが…本当はいとこじゃなくて本当の姉だ、って告白した…。お鳥ちゃんがいとこじゃない本当の姉だって知っていたらしなかったでしょ…。花月だってお鳥ちゃんに騙されてたんでしょ…」
「それ、はっ…」
「風希ちゃんってさっ。自分の悪いとこ全部棚に上げる。今回のだって風希ちゃんが盗み聞きしてたわけじゃん。風希ちゃんの方が大バカだよ」
「お鳥ちゃん!」
「ふぅん…そう…。そうかもね…でも、自分の欲の為に皆や好きな人まで騙して…自分の我儘の為に両親の思いを踏みにじる…どっかの誰かよりはマシだと思うけど…」
「っ…、ムッカつく!!」


ドンッ!

右手で壁を殴ると鳥は、風希の黒いセーラ服の胸倉を掴み上げる。慌てた花月は立ち上がり、2人の間に止めに入ろうとする。
「や、やめなよお鳥ちゃん」
「花月は黙ってて!」
「は、はい…」























「あたしと花月はもう時間が無いの!あったとしても良いじゃん…良いじゃん!あたしが普通の女の子みたいに幸せになったって良いじゃん!!」
「何で…」
「え?何!?」
「何でだろうね…こんなバカな妹が生きていて…何でまともな月見姉様が…死んじゃったんだろうね…」
「っ…!」
風希のあまりにもな一言に、鳥の目が涙で潤む。


ガシッ!

そこで、風希の腕を掴んだ花月。風希の胸倉から鳥の手は放させて。
「風希姉さん。言って良い事と悪い事の区別もつかないの?」
「やって良い事と悪い事の…区別もつかない子供に…言われたくないんだけど…」
「それと今の発言は全然次元が違うだろ!何だよそれ!お鳥ちゃんが死ねば良かったって言ってんのか!?月見姉さんもお鳥ちゃんも、死んで良い人なんていないんだよ!!」
「……」
「謝れよ…。お鳥ちゃんに謝れ」
「私に謝ったら…考えてあげてもいい…」
「謝れっつってんだろ!!」
「か、花月いいよ…そんなに言わなくても…あたしなら平気だから」
鳥が止めに入ってもその声など聞こえていない花月。初めて聞いた花月の怒鳴り声に、さっきまで怒っていた鳥も顔を真っ青にしてオロオロ。風希はやはり、動じない。

「…バカみたい…。2人がしてる行為なんて…万が一できた子供を苦しませる行為でしかないのに…。近親間…でしかも姉弟間でできた子供は短命だったり色々問題があるから…禁じられているのに…。そんなの気にしないで自分達がしたいからするなんて…バカじゃないの…気持ち悪い…」
「話逸らすなよ!いいからお鳥ちゃんに謝れよ!!」
「い、いいよ花月…もう、行こう」
鳥が花月の手を引っ張り、そのまま部屋を出て行く2人。


カタン…、

「……」
暗い室内に1人残され、立ち尽くす風希。






















ガラッ、

「おーおー。お前らでもきょうだい喧嘩するんだなぁ」
「……」
部屋に入ってきたのは、アリス。しかし風希は振り向きもせず、其処に立ったまま。
「悪りぃ。厨房に酒探しに行こうとしたらたまたま通りがかかってさ。…つーか、夕飯の時イライラしてたのはこの事だったんだな」
「……」
アリスは頭の後ろで腕を組み、柱に寄りかかる。
「同情するぜ。あのメンヘラ2人の相手するのは大変だわな。時間が無い無いっつってた意味がよく分かんねぇけど、だからって姉貴が死んだ直後にアレはねぇわ。風希の言ってる事は正しいと思うぜ」
「……」
「でもな風希。カズがキレたのも分かるんだろ。あれはいくら何でもお前が言い過ぎだ」
「…何の用…。勝手に入ってこないで…変質者…」
「おーおー。相変わらず言ってくれんなァ。お前が頭ごなしに悪者にされてたから、このアリス様がせーーっかく慰めてやったってのによ」
「気分悪い…早く出ていって…」
「礼の酒を出してもらわねぇと無理だなァー」
くるっ。
下を向いたまま振り向き、部屋を出て行こうとする風希。
「なら私が出ていく…」


パシッ。

引き戸に手をかけた風希の左腕を掴むアリス。
ギロッ。睨む風希。
しかしアリスは、彼らしかぬどこか切なそうな表情を浮かべていた。
「叱っても聞く耳持たねぇバカなきょうだいを持って苦労する気持ち、俺も分かるから。…無理すんなよ。お前は責任感があるから1人で何でも抱え込み過ぎだ、風希」


パシッ、

手を払う風希。
「貴方には関係無い…」


ピシャン!


タン、タン、タン…

戸を強く閉めて出て行った風希の足音が小さくなり、やがて聞こえなくなる。


シュボッ、

「ふー…」
柱に寄りかかったまま天井を見上げ、煙草を吹かすアリス。その脳裏で思い出される過去の記憶。





















『だから言ったじゃねぇか!そんな汚ねぇやり方で客とったって、最後は姉貴が困るだけだって!』


ガシャン!

ボロボロのアパート。まだ19歳の弟アリスにビール瓶を投げつけるのは、露出度の高い水色のワンピース、濃い化粧、盛った茶髪の姉。
『うっさいわよ!今まで誰のお陰で生きてこれたと思ってんの!アタシのお陰でしょ?!乞食のクセに偉そうな口利くんじゃないわよ!』
『うるせぇ!姉貴これで何度目だよ中絶手術!てめぇの欲のせいでガキが毎回犠牲になってんのに何も感じねぇのかよ!客をとる為に誰彼構わずヤってるからまた、誰の子かも分かんねぇガキ孕んだんだろーが!それでまた、腹の中のガキぶっ殺すのかよ?!いい加減目ぇ覚ましやがれクソ姉貴!!』
『今回は違うわよ!誰の子かくらい検討ついてるわよ!それに、あんたみたいなガキに何が分かるって言うの!?父さんと母さんに捨てられて親戚からも見放されて、生きていくにはアタシが働かなきゃいけなかったんだから、客をとる為に仕方ないでしょ!?あーもうムカつく!アリスあんたもう社会人になったんだから1人でやっていきなさいよ!アタシ、この子の父親の所に行くから!恩知らずなバカ弟のあんたとは、ここで姉弟の縁を切るわ!』
『あーそうかよ、こっちだって願ったり叶ったりだ!てめぇみてぇなクソ姉貴なんざ、二度と顔も見たくねぇし声も聞きたくねぇ!男にまた騙されてどうにでもなっちまえよクソ姉貴!!』


バタン!
















3日後―――

『奥さん聞いた?』
『聞いた聞いた〜。ニュースでやっていたのってブラッディさん家のお姉さんの事でしょう?』
『何でも、両親に捨てられてから弟と2人で生活する為に働いていた水商売先のお客さんをとる為に、不特定多数の男性と寝ていたそうよ』
『何でも、中絶手術のお金がもう無いからその中の1人の男性に、孕んだ子はあんたの子なんだから責任とってくれ、って詰め寄ったら…殺されたそうよ』
『しかもお姉さんのバラバラにされた遺体を、弟さんが住んでいるアパートに送り付けられたらしいじゃない』
『恐い怖い!人間って何を考えているか分からないわよねぇ』









現在――――

「ふーっ…」
煙草を吹かすアリス。携帯灰皿をしまうと、部屋を出て行った。



















































































































神奈川県内のとある街中とあるコンビニ―――

「いらっしゃいませー」
開く自動ドアから談笑しながら入ってくる男子高校生達。
すぐ近くの東京都と千葉県がMADの支配を受けて地獄絵図と化している事なんて別世界の話のように、この街にはいつもの穏やかな時間が流れる。そんなとある日の、とある夜。
「でさ〜千葉の地球人ほとんどMADにされちまったらしいぜ?」
「マージで?!つーか千葉とかすぐ隣じゃん!」
「おっかね〜!」
「でもさー、いくらニュースで火の海になった千葉とか東京見たりMADを見てもまだ身近に感じねぇっつーか」
「分っかるー。テレビの世界の話だろ?って感じ?」
「そーそー。マジで同じ日本で起きてんの?って思わね?」
「だーよなー。あ。お兄さーん。俺、肉まん一つね」
「俺ピザまん!こいつがあんまんで、あとカレーまんもねー」
「…はい」
ピッ、ピッ、
レジに並んでもまだ迷惑なくらい大声で談笑する男子高校生。商品をレジ打ちするのは、ツンツンした黒髪に、黄色のつり上がった目の少年店員。少年店員は下を向き、暗い雰囲気。ただただ機械的に淡々と、商品をレジ打ちしていく。
「じゃー次ゲーセン行かね?」
「イイねー」
「でもこの時間に制服着てたらヤバくね?入れてもらえねぇんじゃね?」
「脱いで鞄の中突っ込めば大丈夫っしょ」
「でもお前中学生みたいな顔してるから、お前のせいで入れてもらえねぇかもなー」
「はぁ?うっぜー」


ガーッ、

買い物を終え、男子高校生達は店を出て行った。























一方。少年店員はレジを離れ、裏の事務所へ戻る。
「終わりました」
其処にはPCと向き合っている金髪の先輩男性店員。
「んー。じゃああがっていいよー」
「…はい」
ロッカーを開け、制服を脱ぎ白のパーカーに着替える少年の後ろを、男子大学生店員2人が通る。その際わざと少年に聞こえるように言う。
「聞いた〜?どっかのだーれかさんって、バイト帰り近所のスーパーにある無料のパンの耳とかキャベツの周りの余分な葉を貰っていってるらしいよー」
「マージで?チョー貧乏じゃん!ウッケる〜」
「見た事ねぇけど、どうせボロアパートに住んでるんじゃね?」
「あーなるほど〜。だからいつも同じ服着てるのか〜納得納得〜」


バンッ!

「!?」
ロッカーを思いきり閉めた少年に男子大学生店員2人はビクッとして少年を見る。だが少年は下を向き、リュックを右肩にかけたまま。
「…お先に失礼しまっす」
1人、帰っていった。































スーパー――――

「いらっしゃいませー」
「只今からお刺身とお惣菜全品半額でーす」
仕事帰りのくたびれたサラリーマンや若いカップルがポツポツ居るだけの22時過ぎのスーパー。
「良かった。あった」
先程のコンビニでバイトしていた黒髪の少年は、パンコーナーにある無料パンの耳3袋を手に持つ。
「あの」
「いらっしゃいませー。ああ。君?またキャベツの葉っぱかい?」
「はい」
「悪いんだけどねぇ、その事で他のお客さんからクレーム貰ってねぇ。だからこれからはあげられないんだよ」
「そうですか」
「悪いねぇ。代わりにホラ!キャベツ見切っておくよ!キャベツ1/4を30円!どうだい?」
「いや…高いんで買えないんで。すみません」
「そ、そうかい…」
威勢の良いオバチャン店員を背に、トボトボ去って行く少年。
















「まーたあの子来たのかい?」
青果のバックヤードから出てきたもう1人のオバチャン店員。
「30円に見切ったコレも高いんだと」
「あの子まだ高校生くらいじゃないかい?親は一体どういう顔をしているんだろうねぇ!」
「きっと、博打にハマって借金がかさんで貧しいとかじゃないの?」
「かもねぇ」














































街外れ――――


ジー、ジー、

電灯の灯りが点滅している。その奥には2部屋の明かりしかないボロボロの2階建て木造アパートが1軒。


ミシッ、ミシッ…、

帰ってきた少年はパンの耳の袋3つを片手に、今にも落ちてしまいそうな階段をのぼり、2階一番奥の自宅の扉に鍵を差し込む。


カチャッ…、

「ただいま…」
カーテンも閉めきった真っ暗な室内。帰りの挨拶を暗い声でする。扉を開ければ部屋の古い畳の臭いがする。
部屋の明かりをつけた。


カチッ、

障子戸はビリビリに破け、襖やボロボロの畳に飛び散っている緑色の血痕。家具は一つの小さな卓袱台しかない。
「う"う"う"…う"う"っ…」
部屋の隅に背を向けて体育座りをしている黒いTシャツにジーンズを履いた緑色の人型生物MADが1人、唸っている。
「ただいま…鵺」
寂しそうな目をして少年がMADの事をそう呼ぶと、ゆっくり少年の方を振り向くのはMAD化した鵺。
そして、この黒髪黄色の目の少年こそ雨岬 空。
髪は黒く染め、目立つオッドアイを隠す為、黄色のコンタクトレンズを使用。眼鏡も外した。今は『佐伯 涼』という偽名を使って先程のコンビニでバイトをしている。このオンボロアパートで鵺と暮らしている。全てはEMS軍から親友を匿う為。




























「う"っう"う"っ…」


ビチャッ、ビチャッ…

「…!!何やってんだよお前は…!!」
振り向いた鵺の鋭いMADの歯が噛んでいたモノそれは、隣の部屋に住む1人暮らしの男子大学生の白目を向いた生首。大学生の真っ赤な血がボタボタと畳を濡らす。
顔を真っ青にしてすぐさま鵺に駆け寄る空。その拍子に大学生の生首が畳の上にゴロン、と転がり落ちる。
「何やってんだよお前は!人食ったら駄目だってあれ程言っ、」
「う"う"う"!!」


ガッ!

「っ…!」


ビチャッ!

暴れた鵺のナイフのような赤く鋭い爪が空の左頬を切り裂けば、衝撃で空は後ろへ尻餅着く。
自分の赤い血がべっとり付着した左頬を触る。
「う"う"…う"う"う"!」
「鵺…」
野犬のように荒々しく唸りながら空をジッ、と見ている鵺。表情は無いから分からないが、恐らく空を睨んでいるのだろう。敵意剥き出し。
「俺の事も今までの事も全部、忘れたんだな…」
鵺が着ている空の黒いTシャツやジーンズ、口の周りや左手にべっとり付いている大学生の真っ赤な血。大学生の頭しか見当たらない所からして、他の部分は全て鵺の胃の中だろう。

























空は寂しそうな目をして小さなキッチンに立ち、黙って背を向ける。


トン、トントン…

一昨日スーパーから貰ったキャベツの葉を刻む音。


ピーッ!

やかんが湯気を上げて鳴る。


コトン…、

卓袱台に運んできた今日の夕食。キャベツの千切り、パンの耳、飲み物はお湯だけ。
正座した空は、まだ部屋の隅で「う"う"う"…」と唸って空を威嚇している鵺の方を向き、リュックの中から一つのメロンパンを取り出して微笑む。その笑みがとても悲しそうだ。
「ほら、鵺。今日は特別にお前だけにメロンパン買ってきてやったぞ。だから…人食うのなんてもう一生やめろ。ほら」
「う"う"う"…」
「おい。いらねぇの?それならこれ俺が食っちまうけ、」
「う"う"う"!!」


ガシャン!

「っ…、」
左手で卓袱台を引っくり返した鵺。畳の上に無惨に散らかる今日の夕食。
「っ…、バカヤロー、お前さ、人がせっかく作った飯に何て事してくれてんだよ…」
「う"う"!!」


ドッ…!

「ぐあ"っ…!!」
暴れ出した鵺は片腕しかない左腕で空の首を締め付け、そのまま空の背中を押し入れの襖に押し付ける。MAD化した鵺の力は人間の5倍は楽にあって、首を締め付けられた空は顔が真っ青。意識が遠退いていくし、視界が揺らぐ。
「ぐっ…、あ"…、」
「う"う"う"…」
その時。鵺の左手小指に括りつけてある、自分が渡したあの御守りを見つけた。


ドンッ!

強く握った両手で襖を殴り、自分で自分の意識を立て直す。


ドンッ!

「う"う"っ!!」
手荒だが、鵺の腹を蹴れば鵺の手は自然と空から離れて、鵺は後ろへ転がる。
「はぁ…はぁっ…くっ…、其処で待ってろ…今、風呂沸かしてきてやるから…」
「う"う"う"…」





























浴室――――


ザアーッ…

キュッ、

「よし…」
蛇口を閉め浴槽の中に腕を突っ込み、水を掻き回して温度調節。
「よっし。このくらいの温度で良いだろ。鵺お前ずっと風呂入れてねーだろ。そんなんだとまた周りの奴らから"臭う"だの何だの言われるぞ」
「う"う"…」
鵺の腕を引っ張り、浴槽に入れてやる空。
空は濡れないように自分が着ているシャツとズボンを捲って、鵺の腕や脚など体を石鹸で擦って洗ってやる。
――まるで老人介護だな。つーか、おとなしいな。お湯だからてっきりまた暴れ出すと思ったんだけど――
あの日。
月見を食している鵺を見つけた空。MADなんて外見は皆同じで見分けなんてつかない。…なのに空には、これが鵺だと確信できたのだ。根拠は無いけれど。
それからハロルド達EMS軍から逃れ逃れ、このアパートに身を潜める事になる。大家に会う時、勿論鵺は近くの公園に潜ませておき、大家には自分1人で暮らすと言ってある。
先立つ金銭は叔母のアリアの殉職時グレンベレンバから渡された金を使った。しかしそれだけでは生活はやっていけず、アパートから歩いて1時間ある街中のコンビニにバイトをしている。佐伯 涼という偽名を使って。アパート付近のコンビニでは万が一の時不安な為、わざと離れたコンビニで働く事にした。
あの日から鵺は空の声など聞こえていない自我を失い、ただ本能で動く動物と化した完全なMADになってしまった。だから今日まで、何度もその長い爪で切り裂かれたし、暴れるのは日常茶飯事。正直あの空も精神状態がまずい状態。でも…
『俺っ…俺!雨岬と友達になれて良かったと思った事しかねぇて!!だすけ、居なければ良かったとかそんげ事思うなて!』


ぐっ、

シャワーを強く握る。鵺の言葉を思い出した空の眼差しは少しも揺るぎが無く、力強い。
「俺はこう見えて、約束は守るたちだから。お前を1人にはしない。絶対…」
そうは言っても、鵺が街を焼き、月見を殺した…その事実が空の中で黒く渦巻いて離れずにいた。






























23時00分――――

「スー、スー」
「はあ。やっと落ち着いたな。とりあえず今日は」
花柄でボロボロの毛布をかけてやれば、ようやく寝た鵺。空は腰に両手をあてて息を吐き一安心。


カチャッ、カチャ、

扉と窓に全て鍵をかけ、自分も布団に入る。


チクタクチクタク…

時計の針の音が聞こえるだけの静かな夜。


チクタクチクタクチク…

眠れずにいた。
――寝ている間にEMS軍が此処を突き止めてやって来るかもしれない――
そんな恐怖と不安に押し潰されてしまいそうになりながら、かれこれ丸2日眠れていない空。
「スー、スー」
「ったく…。お前は俺の気も知らず、暴れたい時暴れて疲れたら寝るのかよ」
隣で眠るMAD化した親友に話し掛ける。
「メロンパン、明日までの賞味期限…だから…明日こそ…食えよ…な…」


カクン、

「スー、スー…」
2人分の寝息が聞こえ出した、怖い程静かな夜。







































同時刻、空がバイトしているコンビニ前―――

「あいつ超うっぜぇ!」


ガンッ!

先程、空をからかっていた男子大学生店員2人。私服に着替え店を出てすぐ、店外のゴミ箱を思いきり蹴る。
「何あいつ。ロッカー、ガンッ!てさ。言いたい事があるんなら口で言えや!」
「だーよなぁ。ああいう奴がいっちゃんムカつくわ。あいつ明日出勤?」
「出勤、出勤」
「超いじめてやんね?」
「イイねー。発注もレジも品出しも全部押し付けようぜ!」
「アハハハ!イイわそれ〜決ーまりっ」
「夜分遅くに失礼する」
「あ?何だよオッサン達」
大学生2人の前に、サングラスに黒いスーツ姿の長身茶髪の男性と金髪の男性がやって来る。
「この写真の少年を見掛けなかったか」
「少年?」
長身茶髪の男性が取り出した写真には、空が写っていた。


















「知らねーし」
「ん…んん?!何かさ、髪の色も目の色も違うし眼鏡もかけてるけど、あいつに似てね?」
「はぁ?どこが」
「雰囲気っつーの?つーか髪の色違うだけで、髪型もあいつと同じじゃん。この写真んの赤い左目も黄色にしたら、ぜってぇあいつだって。超つってる目とかあいつと同じじゃね?」
「あー…かも」
「だろ?」
「あいつとは誰の事だ。何か知っているのか少年達」
「知ってるも何も、このコンビニでバイトしてるぜ。オッサン、この写真の奴の名前は?」
「雨岬空君だよ」
「えー。じゃあ違うな」
「因みに、君達のバイト仲間君の名前は何て言うのかな」
「あいつ?あいつの名前は佐伯涼っつーんだけど。なーんだ人違いか」
「つーかこいつがどうかしたん?」
「いや、それは…」
「少年達。とりあえずその少年の勤務時間帯を教えてもらえないか」
「んー。17時から22時まで」
「明日も来るか」
「来る来るー」
「そうか。助かった」
「俺らそろそろ帰っていーい?」
「ああ」
「うん。呼び止めたりしてごめんね」
「いいよいいよー。じゃあなー」
去って行く2人の姿が見えなくなると、サングラスの男性2人は顔を見合わせる。
「…偽名を使っている可能性があるな」
「うん。此処に来るまでにMADの緑色の血が点々と落ちていたから…。もし此処でバイトしている子とは別人だったとしても雨岬空君はきっと、この近辺に居るよ」
「ああ」


カチャッ…

サングラスを外した男性2人。金髪男性の正体はハロルド。長身茶髪男性の正体はファン。2人はコンビニを見上げる。
「明日、来よう」
「ああ」

































































同時刻、
MAD領東京―――――

闇のように真っ暗な空の下そびえ建つMADの城。
城内にあるぬいぐるみだらけの一室のソファーに寝転がって足をバタバタさせているのは、シルヴェルトリフェミア。
「地球人って面白いね〜シトリー達に侵略されてもまだひとつになって協力できないんだもーん。仲悪いね〜悪い子ぅ〜」
「そうでございますね。己の地位と名誉、名声の為に醜い争いを繰り返し、同じ惑星(ほし)に住む者同士殺戮を繰り返す…。地球人は生物で最も愚かな生き物です」
「ねっ、ねっドロテア!地球人ばっかり食べてたらシトリーね、地球人の濃い味にあきちゃったのぅ〜」
「あら。そうでございましたか。では今後、シルヴェルトリフェミア様がお好きなプリンをお出しする事に致しましょうか」
「うんうん。そういう意味じゃないの。食べるだけじゃシトリーね、もうつまらないの。ゲーム、しよう?」
「ゲーム…ですか」
「うん」
ソファーからぴょん、と降りたシルヴェルトリフェミアが無邪気に微笑み、両手を広げる。
「シトリー達が先生。地球人のみんなは生徒。おしえなきゃっ。何千年経っても争ってばかりの地球人をシトリー達が、きょういくしなきゃっ。ドロテア!シトリーの学校を開くよ!」
「ふっ…ゲームという名の地球人への調教…ですか。さすがシルヴェルトリフェミア様です…」





































to be continued...







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あきゅろす。
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