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終焉のアリア【完結】
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2526年、秋――――

「明後日のテストに出題される範囲をもう一度復習する。2526年。EMS、MAD、共和派の、大きく三つの勢力に分かれた地球の説明から行おう。まずはこちらの図でどの地域がどの勢力の領地であるかを知ってもらおう。嗚呼、図が見苦しいのはアリア少佐が描いたものなのでご了承頂きたい。
北アメリカ大陸、東京以外の日本、アジアの一部地域が我々EMS領域。アジアの一部と日本の東京、ヨーロッパ、アフリカ大陸の一部がMAD領域。南アメリカ大陸とオセアニアが共和派領域。何も触れられていない国や地域は、現在領土確保の為三勢力が争っている場所と思ってもらおう」


















「それではまず、我々EMSとは?地球人類至上身分維持組織通称EMS。2524年異星プラネットから地球へ侵略してきた異星人(通称MAD)に対抗し、MADを地球から排除する為に結成された、組織という名の大規模軍隊。北アメリカ大陸とアジアの一部区域を確保しているので、その領域をEMSとも呼ぶ。地球人のみで構成されているこの組織は、地球上の全世界から膨大な数の地球人が参加している。だが、地球人全員がEMS領域に参加しているわけではない。確かな事は、共和派より断然に人口が多いということ。EMS人口の半分以上が軍人。残りはシビリアン。軍を置いているという事で一見、共和派の方が良さそうに思えるが、EMSの将軍は財力があるので、貧相な共和派とは違い、EMSに参加すれば、較的裕福な生活を送る事ができるのだ」
「次に軍の構成だ。EMSの軍人はグレンベレンバ将軍が、軍とEMS領を仕切る。ほとんどの軍人達は軍本部の敷地内に建設された宿舎で毎日を過ごすが、軍本部外から通う者も少なくはない。宿舎で暮らしている軍人達も非番の時は、街に出る事が許されている」
「最後に。EMS領域の説明に入る。EMSが確保している領域には、MADが一切入ってこれないよう軍備増強が施されている。しかし、最近ではMADに侵入される事も少なくはない。領域内は極当たり前の地球上の街並み。店も観光地も有る。軍本部が置かれている北アメリカ大陸は、特に栄えている」




















「次に。地球が三つに分かれる元凶となったMADについて話そう。MADとは?2524年、異星プラネットから地球へ侵略してきた異星人。正式名称『プラネット』なのだが、地球を侵略された我々地球人が彼らをMADと呼んでいる。MADは並はずれた知能・身体能力があるらしい。故に、数発撃たれた程度では死なない」
「MADが侵略成功を遂げた領域の事をMAD領域と呼ぶ。アジアの一部と日本の東京、ヨーロッパ、アフリカ大陸の一部を領域としている。人間とは思えないような不可思議な人型をした姿の者が多いが中には地球人と見分けのつかない姿をしている者もいるから厄介だ。主に長であるシルヴェルトリフェミアをはじめ、上層部は地球人を食す事で、食べた地球人と同じ姿に化ける事ができる。通常の人間からは考えられないような、並はずれた戦闘力を持っている。地球人が魚や牛などを食事にし、犬や猫などをペットとして飼うように、MADもEMS又は共和派から連れてきた地球人を同じように扱う。地球で暮らすMADが過半数だが故郷プラネットに残っている者も少なくはない。現時点の研究によれば、地球へ来る時MAD達は必ず何か大きな負担や、失ったモノがあるようだが…」
「では次にMAD領域について説明しよう。領域内は他二つと変わりなく、極当たり前の街並み。店も観光地も有る。MADが住みやすいように改善されているところが多い。しかしMAD全員が戦闘を行うので、領域内の全人間が軍人のようなものだな」




















「では最後に共和派の説明をしよう。共和派とは?2524年、異星プラネットから地球へ侵略してきた異星人(通称MAD)と地球人が共存して生きていこうという事を信条とした者達が参加している領域。南アメリカ大陸とオセアニアを領域としている」
「EMSとMADの戦闘が起こった時仲裁に入る為と、EMS又はMADからの攻撃を受けた時の為の軍も置かれているが、戦闘機などの最新技術を扱う技術者のほとんどがEMSへ参加してしまった為、第四次世界大戦の戦闘機しか所持できていないところが難点だろう。共和派首相はベルギーの名家『ポプキン』家とその親族で構成されている。元を正せば共和派は平和主義者の集まりだ。他二つの勢力と比べると経済力も軍事力も劣る為、貧相な生活を送っている」
「今度こそ、最後だ。共和派領域について話す。共和する事を求める地球人とMADで構成されているこの領域は、シビリアンが戦闘武器を持つ事を厳禁としている。共和派領域内での地球人とMADの暴行・殺人事件が無いわけではない。領域内は極当たり前の地球上の街並み。店も観光地も有る」


キーンコーン
カーンコーン…

「以上でこの時間の授業を終了する」
黒い軍服を羽織った若い軍人が分厚い本を閉じてすぐ。まるで学校のようなチャイムが鳴った此処は、北アメリカ大陸エムスに位置するEMS軍本部。
まるで宮殿を思わせるヴィクトリア調の軍本部の二階大ホールでは黒板を背に教壇に立った若い軍人から、長テーブル長椅子に座っている入隊して間もない所謂新米軍人達が授業を受けていたのだ。
此処EMS軍上官達はMAD侵略以前から各国の軍隊に所属していた軍人の2/3がを占めている。今こうして上官から授業を受けていた者達は元はシビリアン。その為老若男女国籍も様々。上官の中にも極稀に、軍人ではない元シビリアンの強者も数名いる。
















EMS軍の白い軍服を着た彼らは授業内容をまとめたノートや教科書を脇に抱え、席から立ち上がれば、次の授業という名の実技訓練が行われる軍本部中庭へ続々と移動を始める。次の授業は実際に拳銃を使用しての実技。初めて手にする者も少なくはない授業という事もあってか、女性は勿論、男性の中でも浮かない顔をしている訓練生が多い。授業は今日でやっと3ヶ月目にして、産まれて初めて銃器という名の殺人兵器を手にする。




























EMS軍本部中庭射的場――

緑色の芝の上には、一定感覚でMADの緑色の人型をモデルとした的がずらり並べてあり、その前には階級ある上官達が並んでいる。
12人の彼らが待ってましたとばかりに険しい顔付きで新米軍人をお出迎えだ。この時点ですぐ顔を歪めてしまった者さえも見逃さない上官の鋭い眼差しが、ギラリと光る。すると12人の内、中央に立っているブラウンの短髪で無精髭を生やしたいかにもヤクザ風貌で恐ろしい男性『アイアン・ゴルガトス』大佐42歳。アイアンは喉の調子を整えてから口を開く。
「おいお前はんら。ボーッと突っ立っておらへんでさっさと位置につけや!俺らはお前はんら凡人共の教師が仕事じゃあらへんのや。俺らだって他の仕事がこの後山程あるんやで。これ以上無駄な時間使わせんといてな」
早速こんな調子な彼に、新米軍人達は目を泳がせ早くも胃の調子が悪くなる。
先程配られたAグループからLグループまでのどれかが書かれた紙つまり、自分が訓練を受けるグループのアルファベットが書かれた紙と、そのグループの所に立っている上官とを見て、挙動不審にしながらも列につく新米軍人達。
「チッ。4分32秒。今時小学生のガキでも整列だけにこんなに時間使わへんぞ!」
持参の懐中時計で、訓練生が整列完了するまでのタイムを計測していたアイアンの額に浮き上がる血管は、ピクピク動きっぱなし。
「これだからシビリアンは」
「でも仕方ないですよ…彼らは元は一般市民。大目に見てあげても良いのでは…」
「そんな事だから万年少尉なのだぞ、ヘルマン少尉!」
「まあまあ。せっかく初実技の日なんだ。我々上官がもめてばかりいたら新米が可哀想だろう?」
「でも新米達集まるの遅過ぎない?」
上官達だけで会話しているものだから、新米軍人達は黙ったまま内心ビクビクだ。生きている心地がしない程動揺している。特に、今の会話で自分のグループのリーダーである上官が優しい人か恐い人かが明確になったのだから。最も生きた心地がしないのは、アイアン大佐のグループになってしまった軍人達だが…。




















「っとに。何で俺らがこんなシビリアン共の先公にならなきゃいけへんのや!」
「全くです。しかし3ヶ月の試用期間内ならばクズは不採用して宜しいのでしょう?」
「はっはっは!ならお荷物野郎はさっさとペケつけて終わらせようぜ」
「それ良いわねぇ。1/5くらいにすれば教えるあたし達も気が楽ってものだわぁ」
「だな!そうと決まればグレンベレンバ将軍不在の今のうちにひ弱そうな奴からバッサバッサとクビきってやろうぜ!」
「さんせーい!」
「あたしも〜」
あんまりだ。いや、このくらいの精神力でなければ殺し殺される覚悟が必要な戦場へは出向けないのだろう。けれど、外見だけで不採用にするなんて人としてあんまりだ。
訓練生達は上官達への怒りを通り越して、哀しさを覚えた。皆、沈んでおり、下を向いてしまっている。
「…と、いうのはお前達訓練生の肩の力を抜かせる為の冗談だ。安心してくれ」
その時だった。嫌な笑い声まで上げ訓練生を見下していた上官の中でたった1人だけ先程の会話に参加していなかったFグループの小柄な上官が、他の上官の罵声をピシャリと一喝。大きな声でそう言った。これには他の上官だけでなく、訓練生達も一斉にFグループの上官へ視線を注ぐ。
アリアだ。長い髪を黒いリボンで耳の下で二つに結んだ、Fグループ上官アリアは両手を腰にあて、強気な笑みを浮かべてはいるが他の上官の訓練生を見下した笑みとは全く違う。純粋な眼差しで訓練生を見ている。




















「誰も外見だけで不採用になどしない。そんな一流会社の三流社員による馬鹿げた就職試験ではないのだからな」
「ちょ…アリアお前!今の俺達の会話のどこをどう捉えたら冗談だって言えんだよ!」
「そうですよアリア少佐。彼らの肩の力を抜く為の冗談?ふん!誰がこんな元シビリアン共にそんな気を遣うと言うのです?皆さん先程のは冗談ではなく本当のこと、」
「上官に部下の人間性を貶す資格は無い」
「なっ…!?」
部下=訓練生を意味する。アリアのその一言にアイアンをはじめ上官達は目を見開き、言葉を失う。
「チッ!あーあー!てめぇら訓練生とどっかの石頭のせいで7分も時間が押しちまったじゃねぇか!おら!さっさと始めっぞヘボ芋野郎共!」
アイアンの掛け声を合図に、他のグループの上官も訓練生への指導を始めた。心の奥底ではアリアの言葉が嫌になる程繰り返されるのは彼ら自身本当は気付いているから。誰が間違っていて、誰が正しいのかを。しかしそこには階級という上下関係が、本心さえ押し殺し邪魔をしてくるけれど。
「いいなぁ。私もFグループが良かった…」
「アリア少佐のグループだったらなぁ…」
Fグループ以外の新米軍人達はそんな事を呟きながら羨ましそうにFグループを見ている。それに気付かない程鈍くはないアイアンは彼らを睨み、舌打ち。目だけで殺せてしまいそう。























一方のFグループ。
アリアが銃を片手に、新米軍人達に説明している最中だ。
「ではこれよりお前達1人1人に拳銃を手渡す。かと言ってすぐに射的してもらうわけではないから安心しろ。素人にはまず、拳銃の重さに慣れてもらう為、銃を持ち構えた姿勢でのランニングを行ってもら、」


ガシャン!

「…!」
突然、アリアの足元に用意しておいた拳銃が入った籠を誰かに蹴飛ばされたのだ。ガラガラ音をたて散らばる拳銃。Fグループは勿論、他の訓練生や上官の視線が一斉に集まる。
散らばった拳銃からアリアが目線を上げていけば籠を蹴った犯人アイアンが、気味が悪い程の笑みを浮かべて立っていた。
「おーおー、悪ぃなぁ。ひっかかっちまったのや。ま、地べたに置いておいた方が悪りぃやろ、アリアァ!」
「少佐お可哀想…」
「酷い…」
「あ"ぁ?」
「ひっ…!」
新米軍人達の呟きも聞き逃さないアイアンは、例えるなら軍人というよりヤクザの方がぴったりだろう。ガタガタ震える新米軍人達。
一方のアリアはというと散らかった拳銃を平然と籠の中へ戻し始めている。それを、アイアンは嗤った。
「ぷっ…あっはっは!さすがくそ真面目やなアリアお前はんは!」
「アイアン大佐」
「あ〜?何だ?」
「貴殿の脳はいつまで経っても小学生から一向に成長していない事、可哀想に思ってやるぞ」
「んなっ…!?」
銃を拾いながら顔を上げニヤリと笑み、爆弾発言をしたアリア。その一言に、新米軍人達や上官達は口を覆った手の平の隙間から、堪えきれない笑い声が洩れていた。
「くっ…!クソが!」


ガンッ!

Fグループの的を一発思い切り蹴ってアイアンは頭から湯気を出しながら自分の場所へ戻っていった。

















まだ拳銃を拾い集めるアリア。すると、一丁の銃がガシャン、と籠の中へ戻った。自分ではない。アリアが顔を左横へ向けると、真っ黒い短髪に灰色の瞳をした小柄な少年が銃拾いを手伝ってくれていたのだ。驚いたアリアが、ぎょっと目を丸めているのも余所に、少年は黙々と銃を拾い集めてくれている。
「お…おお。ありがとうな。お前は私の隊の奴か」
「はい」
「そうか。名を何と申す」
「鳳条院鵺と申します」
相変わらず視線をこちらへ向けてはくれず、黙々と手伝ってくれるこの少年『鳳条院 鵺(ほうじょういん ぬえ)』17歳。
つり上がった目と、キッとしたいかにも生真面目そうな雰囲気漂う彼に、アリアは笑む。
「ふっ…。感謝するよ、鳳条院」
カチャ…。最後の一丁を鵺が籠の中へ戻すとアリアは立ち上がり、訓練生の方へ身体を向けた。
「ではこれより、訓練を始めるぞ」
まるで何事も無かったかのようにそう言えてしまう彼女へ、新米軍人達からの尊敬の眼差しが注がれた。


























パァン!パァン!

夕焼けが辺りをオレンジ色に染める頃。
途中休憩を挟み、3時間続けて実技訓練だったという事もあってか、本日最後の授業である実技3時間目の現在。訓練生の疲労は困憊。息を乱し、膝に両手を着いて肩で息をする事で精一杯の者も見受けられる。
「おいお前はんら!このくらいでへこたれてるようじゃMADのディナーにされちまうで!」


ガツンッ!

「う"っ…!す、すみません…」
弱音を吐いたり手足が止まる訓練生へ、アイアンをはじめとする上官達の激しい檄が飛び、竹刀で叩かれ、蹴を食らう者もいる。が、これは愛の鞭だ。実技初日とはいえ、訓練如きで弱音を吐いていてはアイアンの言うように、MADの食卓に並ぶ事となるだろう。だからそんなアイアン達には、アリアも口を出さない。


パァン!パァン!

「っはぁ…はぁ…」
「よし。だんだん的に当たるようになったじゃないかその調子だ。お?お前はもう少し腕を上げると、的に命中するようになるぞ」
口調は男勝りではあるが訓練生1人1人丁寧に教えるアリアに、彼らは瞳をキラキラ輝かせている。そんなFグループを遠くから嫌悪の眼差しで見つめるのは、他グループの上官達だった。
「以上で本日の全日程を終了するぞ!敬礼!」
「ありがとうございました!」
汗をかき呼吸を乱しながらも、新米軍人達と上官全員が綺麗に揃った敬礼をする様は、夕陽にも負けぬ美しさがあった。






























軍本部二階―――

窓から射し込む夕陽の美しい光。銃器や的の片付けを部下に任せた上官12人が、中庭から戻ってきて喋っている。その列最後尾ではアリアがぽつんと1人。あからさまに外されているが、当の本人は毅然としていた。
「はぁー!つっかれたなぁ!」
「訓練生に指導だなんて何年振りだろうな」
「全く。貴方のグループは良いわよ若い子達ばかりで飲み込みが早くて!私のグループの訓練生達なんて中年ばかりで、一回教えただけじゃ覚えられないから二度手間三度手間よ!」
「そうでもないですよ。私のグループの若い子達はペアを組ませたら親しくなったようで、私語をする子もいましたから」
「此処をお気楽能天気な学校だと思ってんのかあいつらは!」
「これだからゆとり世代は困りますよね!」
新米軍人達への口が絶えない彼らの会話はアリアにとったら、つまらないモノ。
彼らの脇を1人でスタスタ通り過ぎていく彼女は浮いている。そんな彼女の小さな背を見て顔を見合わせる上官達は、ニヤリ。
「はーあー!どっかの誰かさんのせいで実技訓練の開始が7分も押したから今日は残業で!いやぁ肩がこったこったぁ!」
「本当ですよ。ましてや大佐であり、上司であるアイアン大佐にも口答えするなんて」
「我々の輪へ入れないから、わざと訓練生に良い顔して部下の信頼を得ようとしているんじゃありません?」
「まあ!そうやって汚い策を練って部下から信頼を得ようだなんて、腹が黒いことっ!」
しかし、これだけ言っても彼女は動揺一つ見せないし、エレベーターへ乗り込もうとしているからそれが面白くない上官達は顔を歪めてすぐまた口を開く。
「んじゃぁ今日はグレンベレンバ将軍もいない事だし、いっちょ俺らで飲みに行かへんか?」
「良いですね!11人で飲みに行きましょう」
"11人"を強調する彼らは大声で笑いながら、再度アリアの方に目を向ける。が、エレベーターに乗り込んだアリアはやはり毅然としていた。
アリアが乗ったエレベーターのドアが後少しで閉まる時。アイアンが舌打ちをしてから、声を荒げた。
「あーあ、将軍のお気に入りは良いよなァ!年齢不詳、出生不詳、極め付けはMAD共と同じ赤目…気持ち悪りぃんや!MAD!」


バタン、

エレベーターのドアが閉まった。
「チッ!お前はんら、行くで」
「はい!」
超が付く程機嫌が悪いアイアンの後をついていく10人の部下達であった。




























一方。
ポーン、とエレベーターが到着した音がやけに響く軍本部1階エントランス。まだ夕陽は射し込んでいるものの、徐々に陽も落ちてきた。薄暗いエントランスにはアリア1人。


コツ、コツ…

ブーツのヒールが響く。出入口の大きな金色の扉へと歩む。すると。
「あ」
左通路から歩いてきた先程の少年・鵺と偶然鉢合わせたアリアが声を上げた。鵺は黒いコートを着ていて荷物がたくさん入った鞄と、数冊の本が入った手提げ袋を持っているという両手が塞がる程の大荷物でやって来た。左通路の先には、確か図書室がある。
「図書室から本を借りてきたのか。勉強熱心だな」
コクリ、と頷くだけで表情を一切崩さない度の越えた生真面目な鵺に、アリアは笑う。
「ははは。そう堅くなる事はない。上司だからといってそこまで堅く接されると、こちらもどう接して良いか困るからな」
「……」
「ああ、そうだ。さっきは助かったぞ。ありがとう」
「いえ」
生真面目過ぎるのも問題か?さすがのアリアも困ってしまい、腰に両手をあて天井を見上げ、溜息。



















「そういえば。お前そんなに荷物持って。もしかして宿舎住みではないのか?」
「はい。ダグラスから通っています」
「ダグラスか!私の甥っ子もダグラスに住んでいるぞ」
「軍人ですか」
「いや、学生だ。鳳条院お前はいくつだ?」
「17です」
「そうなのか?もっと若く見えたぞ。ならお前と同い年だな。そう言われると、お前と一緒で甥っ子も目が猫目だな。まああいつは眼鏡をかけているが」
鵺の顔をまじまじ見ながら空を重ねるアリアはまるで、母親のように優しく微笑む。
一方の鵺は荷物を持ち直すと扉を開けて、兵隊の行進のようなキビキビした歩き方で外へ出ていってしまうから調度今から外出するアリアも外を出る。夕陽はもうすぐ沈んでしまいそうだ。
「何を使って通ってきているんだ?」
「電車です」
「なら片道だけで1時間はかかるだろう。なんなら送っていくぞ。調度、街へ買い物に行く用があるからな」
軍本部脇の駐車場にズラリと停まっている車の中でも一際目立つ黒いスポーツカーの愛車を指差してそう言うアリアに、鵺は車をチラと見たが、すぐ前を向き直し、歩き出してしまう。
「いいのか?」
「はい。少佐にご迷惑をおかけするわけにはいきませんから」
その、どこまでも生真面目さにアリアは半ば呆れた調子で笑った。
「ははっ。分かったぞ。彼女に浮気したと思われるからだろう?」
「違います」
「今だけやけに返事が早かったな…」
スタスタ歩いていき、大きな門を潜っていく部下の背が、空にばかり重なってしまう。


















「鳳条院」
「はい」
振り向き止まった彼に、アリアは愛車に寄りかかり、指で車の鍵をくるくる回しながら白い歯を見せて微笑んだ。
「また、明日な」
ペコリ、と会釈した鵺はすぐ門の向こうへと歩いていき、やがて見えなくなった。
アリアは誰もいない静かな駐車場で1人、車に乗り込む。後部座席には缶ジュースサイズのおしるこ缶が散乱しており、とても女性の車内とは思えない汚さ。
バタン!とドアを閉めて鍵を差し込めば、エンジン音が煩い。
「さて、と。おしるこ缶の在庫が切れそうだし、また買い溜めに行くか」
ハンドルを握る。


キキィーッ!

何故そこまでスピードを出す必要があるのか?という程スピードを出し、いつもの荒れた運転で夕陽を背に軍本部の門から出ていくアリアの愛車だった。



































EMS領ダグラス――――

20時13分。
街中から離れた閑静な住宅街に佇む、ゴシック調で20階建てのマンション。7階の705号室のドアの鍵を取り出し、荷物を一旦おろして鍵を差し込むのは鵺。その時。
「あ」
右横から少年の声が聞こえ、顔をゆっくりそちらへ向けた鵺。そこには、鵺が此処に引っ越してから初めて見たこのマンションの住人。704号室に住む隣人が立っていた。白い髪にオッドアイで眼鏡をかけた高校生の制服姿の少年。雨岬 空。
鵺を見た空はハッと我に返ると、一礼。鵺も黙ったまま一礼返し。鵺の生まれ付きのそのつり上がった眉毛と目が若干恐く感じるが。
「あー…。初めまして。先日引っ越してきた雨岬といいます」
「どうも」
「初日に挨拶に行ったんですけどずっと留守だったんで…」
「ああ…。職場が遠いので」
「へー!そうなんですか」
「はい」
ははは、と笑ってみせる空も、鵺の一つも変わらない厳格な表情と寡黙さには正直かなり困っている。
――会話が進まない!――
こういう人って苦手なんだよなぁと思い、さっさとドアを開けて自分の玄関へ踏み込むと。
「…鵺」
「え?」
「鳳条院鵺と申します」
こんな暗い声で自己紹介をされたのは今まさに生まれて初めて経験した空は、目を丸めてしまう。一方の鵺はまるで睨み付けるかのように眉間に皺を寄せてジッ、と空を見ている。
「あ…あ、ああ!鳳条院さんですか!はい、了解でっす。隣人としてこれからよろしくお願いしますね」
「はぁ」
「はは…それじゃあこれで…」


バタン!

逃げるように自室へ入った空だった。























一方の鵺はというとドアを閉め、玄関で1人突っ立ったまんま。
「ダグラスに住んでいる学生。眼鏡…まさか」
そう呟いてすぐ部屋へ入るのだった。



















to be continued...











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