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終焉のアリア【完結】
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EMS軍本部、地下牢獄――


カツン、コツン…

深々と雪が降り積もり、身も凍える中。暖房器具など一切無い石造りの牢獄に響く足音。


カリカリカリ…

それが近付いてきても微動だにせず、鉄格子の牢屋の中で紙にペンを走らせる痩せ細った右手。
「まぁたお手紙書いてるの花月ちゃん?」
鉄格子の前で止まった足音の後に聞こえてきたのは、グレンベレンバの高い声。いつものボンテージ衣装に白いマフラーを巻いただけの格好のグレンベレンバをゆっくり顔を上げて見る花月の目の下には幾重もの隈がある。顔は青白く、全体的に痩せた印象。目は空虚で色が濁っていて、何処を見ているのかよく分からない。
ベージュの小汚くて薄い長袖と長ズボンを履き、首と両手首両足首には重さ10kgの手枷足枷が付けられている。
花月の牢屋の隅には、山になった手紙。そして今下を向いてまた書き始めた物は手紙。それを、鉄格子と鉄格子の間から覗いて読み出すグレンベレンバ。
「"お鳥姉さんへ。約束したのにクリスマス一緒に過ごせなくてごめんね"あら。残念だ事!」
「……」
隙間から手を伸ばしてその手紙を取るグレンベレンバ。花月は動じない。動じたり反応する元気すら無い。





















「でもこうなっちゃったのは仕方ないわよねぇ〜誰のせいで日本の半分が堕ちちゃったか?なんて言わないけど〜!」
すると、ドスドスと地面が揺れる程の音をたててEMS軍の白軍服を着たスキンヘッドで強面の巨漢2人が、グレンベレンバの両隣に立つ。


パチン!

グレンベレンバが指を鳴らすと、鉄格子が自動で開く。
「んふっ。花月ちゃんへのお仕置きターイム☆よろしくねん、2人共」
「了解」
ごつい声で返事すると巨漢2人は花月を立たせて牢屋の外へ出して、このすぐ奥にあるグレンベレンバ特設お仕置きルームへと、ズルズル引き摺って運ぶ。
するとグレンベレンバは胸の谷間から鞭を取出し、花月の顔面スレスレの所で鞭を鳴らす。赤く厚い舌で鞭を舐める。


バチィン!

「んふっ。今日は久々にSの血が騒ぐから、あたしもお仕置き参戦しちゃおーかしら♪」


ドスン!!

「ん〜?何かしらぁ?」
上の階から何かが落下してきたような大きな音と揺れが起こる。それでもグレンベレンバは動じず、暢気に見上げる。
「将軍。見て参ります」
「いいわよぉ〜あたしが見てくるから。その間花月ちゃんの相手お願いねん♪あっ。ちょっと手加減しておいてよぉ〜?後で戻ってきたらあたしがキツ〜いお仕置きしてあげるんだから、その前に倒れられちゃつまんないでしょ〜?んふっ!花月ちゃんイイ声で鳴くからSの血が騒ぐのよねぇ♪」
「了解」
「んふっ。じゃ〜また後でね花月ちゃん♪」
「……」

















グレンベレンバの姿が見えなくなると、巨漢2人は再び花月を引き摺る。


パアッ…!

「む?」
その時。この真っ暗な地下牢獄に金色の光が広がったから巨漢2人が辺りを見回し、視線を落としていくと…
「何っ…!?」
金色の光の発光源は、2人に腕を掴まれ下を向いている花月。彼の周りを包むその金色の光に巨漢2人は目を丸め、その内の1人が花月の肩を掴み顔を上げさせる。
「おい。何だこの光は。貴様何をした」
「…か…」
「何だ。はっきり言え」
「小鳥遊流奥義…桜花昇天…」
「なっ…!?」


ドン!ドン!ドンッ!!































エントランスホール――

「あらぁ〜?」
ピタッ。
地下から登って本部エントランスホールに着いたグレンベレンバは、地下から聞こえた地面が揺れる程の揺れに立ち止まり、地下牢獄の方を振り向く。にっこり微笑んで。
「んふっ!花月ちゃんったらドMのクセに抵抗するなんて悪い子っ♪」
































地下牢獄――――

「ぐっ…、かはっ…!」
「がはっ…!」
石造りの壁紙が崩れ、辺りに残骸が散らかる地下牢。巨漢2人は泡を吹き体中に怪我を負い、2人重なるように倒れている。
「……」
そんな2人を、金色に光る据わった瞳で見下ろすと背を向けて地下牢の階段を登っていく花月だった。































エントランスホール――

「うふふ」


カツン、コツン

今来たばかりの道を不気味なくらい微笑んで戻るグレンベレンバ。地下牢がある階段を1段降りる。
「しょ…将軍…」
「あらぁ〜?」
背後から遠慮がちな声がしてまたすぐ足を止め振り向く。其処には、マフラーを巻いて、両手や髪を地球人の赤い返り血で濡らした鵺が切なそうな顔をしてグレンベレンバを見つめて立っていた。
「あらぁ。どしたの鵺ちん。鵺ちんは今、空ちゃん達とマディナ帝国に居るはずじゃなくって?さっきの大きな音は、鵺ちんが此処へやって来た音かしらぁ?」
「っ…」


カツン、コツン

方向転換し、鵺の方へ歩いていくグレンベレンバはいつもの笑顔。
鵺は震える唇を噛み締めてMAD化した両手をぎゅっ、と握り締め、顔を上げて意を決す。
「お、お母…さん!」
「…!」
ピタッ。
その一言にグレンベレンバは目を丸め、歩みも止め、下を向いてしまう。


しん…

この沈黙が酷く冷たい空気漂うから、鵺は一歩後退りしてしまう。
「お…お母…さん…なんらろ…?」
「……」
「お、お母さんじゃねぇんけ…?」
「それ、誰から聞いたの」
「えっ…大佐…アイアン大佐から聞いたんだろも…」
「そう」
「っ…?お母さ、」
「鵺ちん!!」


ガバッ!!

「〜〜?!」
両手を広げ鵺を抱き締めてきたグレンベレンバに鵺はギョッとする。
「あ、あああのっ!?」
「そうよ!そうなのよ鵺ちん!あたしが鵺ちんのお母さん!」
「…!!ほ、本当け?!やっぱりグレンベレンバ将軍が俺のお母さんなんけ?!」
「そうよ!」
「な、なら将軍…お母さんは地球人じゃなくてMA、」
「あ〜んもうっすっご〜く嬉しいっ!鵺ちんからお母さん♪って呼ばれる日がくるなんて思っていなかったわぁ!」
「う"っ!く、苦しいて」
「空ちゃんもハロルドちゃんもアリスちんもファンちゃんも可愛いけど、やっぱりあたしの子供鵺ちんが一っ番可愛いわぁ!鵺ちん、ぎゅーっしてアゲル!今までできなかった分、ぎゅーっしてあげるからね!」
「うっ…ううっ…」
ぶわっ。
貴女はMADなのか?と聞く事よりももう、グレンベレンバからの言葉が嬉し過ぎて目から大粒の涙を溢れさせた鵺。グレンベレンバの背中を緑色の両手でぎゅっ、とする。
「うっ…うっ…うわああああん!お母さんっ…お母さああん!!」
「よしよし。どうしたの〜。鵺ちんはもう17歳でしょ男の子でしょ。泣くなんて恥ずかしいわよ〜」
「お母さんのせいら!お母さんが俺の事を捨てたすけ、俺ずっとずっと辛かったんら!!お父さんは毎日友達と彼女と遊んでばっかりで、帰ってきたって俺の事を蹴ったり殴ったり手ぇカッターで切ったりで、毎日辛くて悲しくて仕方なかったんらよ!その後お祖母ちゃんが引き取って育ててくれたろも…ろも!俺やっぱりお父さんとお母さん…自分の親と一緒に居たかったんら!!」
「よしよし。そう…幸男君は鵺ちんに虐待していたのね…」
「そうら!父の日にお父さんの絵を描いたり、工作の電車を作っても全部捨てられて、でも俺のお父さんはお父さんしか居ねぇすけ…、うっ…うわあああんっ!お母さんはうっすらバカら!!なして俺の事捨てたんら!!」
「捨ててなんかいないの。分かってくれる?鵺ちん」
「え…」
鵺の両頬を両手で掴み目と目を合わせるグレンベレンバは、切なそうに目尻を下げている。





















「お母さんは地球人じゃない…その事がバレたらあたしの血を引いている鵺ちんは狙われてしまうわ」
「警察とか政府にけ?」
グレンベレンバは首を横に振る。
「鵺ちん。あたしが地球人じゃないと知って、あたしが鵺ちんのお母さんだったという事よりも驚いたでしょう」
「う…うん…。だろも、お母さんはお母さんらて!」
「うふふ。鵺ちんは本当素直な良い子ね」
エントランスのソファーに腰掛ける2人。グレンベレンバは天井の美しいステンドグラスを切なそうな目をして見上げる。
「あたし達MAD…本当の名プラネットは、本当はこの青い惑星地球人の皆とお友達になりにやって来たのよ」
「え?!地球侵略の為じゃねかったんけ?」
「プラネットの惑星の命が残り少ないと分かったから地球に助けを求めたに行くのも兼ねてね。…でもね、MADの長シルヴェルトリフェミアの両親とドロテアが地球人の元へ友好関係を築きに行ったら…。あたし達MADは人間に化けている時以外は見ての通り緑色の人型をしていて、地球人から見たら奇妙な姿をした化け物でしょう。だから、地球人にシルヴェルトリフェミアの両親は殺されてしまったの」
「そう…なんけ…」
「そこから生き残ったシルヴェルトリフェミアとそのメイドドロテアは地球人を憎み、地球侵略を考えたの」
「そうらったんけ…」
「でも、それは間違っているわよね!?」
「!?」
ぎゅっ。
鵺と向き合い両手を握ってきたグレンベレンバの瞳が潤んでいるから、鵺は驚いて目を見開く。
「確かに、あたし達の話をまともに聞かず、化け物の容姿という先入観だけでシルヴェルトリフェミアの両親を殺してきた地球人は卑劣だわ…。でも、だからってそこで仕返しをしたら憎しみが憎しみを生むだけ!希望は見えない。そうよね?」
「う、うんっ…」
「だからあたしは地球人の姿に化けてMADという素性を隠して地球人としてこのEMS軍を設立したの」
「MADなのにMADを敵にまわしたんけ?」
「だってシルヴェルトリフェミアやドロテアのやり方にあたしは納得できないもの!地球人全員が悪い人じゃないって信じたいから。鵺ちんのお父さん幸男君だって、あたしを好きになってくれた。幸男君が生まれた地球(ほし)…鵺ちんが生まれた地球を侵略して地球人を殺すなんて、あたしには考えられないもの!!」
「お母さん…」
「ぐすっ…。ごめんね鵺ちん…感情的になっちゃったわぁ…」

























指で涙を拭き取るグレンベレンバの頬を伝う涙を、鵺の白いハンカチが拭う。
「鵺ちん…?」
「俺に泣いちゃ恥ずかしい言うてたがんに、お母さんは泣くなんてずぅりぃて」
「〜〜っ、鵺ちんっ!」
「わっ?!」


ガバッ!

また抱き付けば、今度はグレンベレンバがわーんわーんと泣き出したから鵺は始めはオロオロしつつも、笑って母親の背中を擦ってやる。
「お母さんはMADだろも良い奴なんらな」
「うっ、うぅっ、ひっく」
「やっぱ俺のお母さんら!」
「今までごめんなさいね鵺ちん…。あたし、鵺ちんがあたしの血を引いている事を大嫌いなドロテアに知られたら、あたしの敵のドロテアに鵺ちんが殺されちゃうんじゃないかと思って、鵺ちんの傍を泣く泣く離れざるを得なかったの。だから捨てたわけじゃないのよ!本当よ!信じて!!」
「あははっ。分ーかったて!お母さんが泣き虫だすけ俺はお母さんに似て泣き虫なんらな」
「うぅっ〜鵺ちん〜!あたしなんかの事をお母さんって呼んでくれるのね!?」
「だってお母さんはお母さんだねっか!」
「鵺ちーん!!」


ぎゅーっ!

「痛でででで!痛ぇてばお母さん!!」
抱き締める力が強過ぎて鵺の顔が青くなる程。だけど、鵺は心からの笑顔を浮かべる事ができた。心から嬉しかった。
「俺、育ててくれたお祖母ちゃんの事がずーっと一番好きらった。でも最近、俺に命を半分わけてくれて俺が化け物になっても友達でいてくれる言うてくれた雨岬が一番好きになった。でも、今は俺の中でお母さんが一番好き人ならて!」
「鵺ちん…」
「えへへ」
「鵺ちんはお母さんの事一番好きなのね?」
「うん!」
すると、グレンベレンバの紫色の瞳が赤く変色。その目を見ていた鵺の両目は瞳の中に幾つもの渦が渦巻く。まるで催眠術にかけられたかの如く首をカクンカクンさせながら。
「鵺ちん。鵺ちんにはお母さんだけ。鵺ちんはお母さんの言う事をきかなきゃダメ」
「お母さんの…言う事…だけ…」
「そう。オッケー?」
コクン。
グレンベレンバが右手で鵺の首を頷かせる。
「うん、って頷いたわね♪さっすがあたしの愛息子鵺ちん♪」
きゃっきゃ片足を上げて喜ぶグレンベレンバとは対照的に、瞳が空虚でまるでソファーに座った人形状態の鵺。そんな鵺を横目でチラッ、と見て「ふふっ♪」と微笑むグレンベレンバが胸の谷間から取り出した1本の注射器。
「お母さんから鵺ちんへ初めてのクリスマスプレゼントよん♪」


ブスッ!!

「っ…!!」
首に思い切り打ち込まれた太い注射針。その激痛で我に返った鵺は首を押さえる。




















「ゲホッ!ゴホッ!痛っ…な…、何したんら!!」
「んふっ♪そんな怖い目で見ないでちょうだ〜い。鵺ちんのお父さんみたいにっ!」
「っ…?」
「鵺ちんのお父さんの幸男君ったらあの日、まだ16歳のクセにぐでんぐでんに酔っ払ってあたしをナンパしてきたクセに。あたしの正体を見ちゃったら"化け物!死ね!"ですって〜!鵺ちん、あの時の幸男君と同じ怖い目をしてるわぁ」
??な、何言ってるんらお母さん…?」
「んふっ。劣等種族の地球人をあたしが好きになるとでも本気で思っていたの?」
「…!?」
にぃっ。
グロスがテカテカ光る唇でにんまり嗤う。
「地球人とあたし(MAD)の子供ってどんな奴が産まれるのかしら〜?っていう興味本位で試しに産んでみたダ・ケ☆」
「…!!」
ガタガタ。
震え出す体。血の気の引く全身。"逃げろ逃げろ!"鵺の本能がそう危険信号を必死に送る。しかし鵺の体はまるでグレンベレンバの催眠術にかかって動けなくされているかの如く、指1本すら動かせない。
グレンベレンバは鵺の両頬に両手を添えて、にんまり笑む。
「鵺ちん約束したわよね。お母さんの言う事だけきく、って。まっ。ききたくないと思ってもきかせちゃうんだけどね☆」


パチン!

「うあっ…あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」
グレンベレンバが指を鳴らせば、鵺は頭を抱え後ろへ仰け反り絶叫。


ゴキゴキッ…

緑色が全身へ侵食していく速さが異常。白目に血管を血走らせていく鵺の顔も、みるみる緑色…つまり容赦なくMAD化していく。
「あ"あ"あ"あ"!!」
「う〜ん。元からMADの血も引く鵺ちんにはこの強化剤適応したけれど、生粋の地球人をこの強化剤でMAD化するのはまだ無理かしらぁ。はーあっ。ドロテアやアリスの奴、地球人をMAD化する技なんて身に付けちゃって腹立つわぁ。悔しいけどその点ではあいつらにかなわない。で・も〜」
「あ"あ"あ"あ"!!」
絶叫しMAD化していく鵺を見て微笑む。
「んふっ♪こっちにはこの子が居るんだもの。薬でMAD化しただけの地球人なんかより、あたし(MAD)の血が混ざったこの子の方が、うんと使えるわ」

























「う"っ…あ"…」
「あらぁ?どしたの鵺ちん?」


ガリッ、ガリッ…

MAD化した赤い爪で床を這うように抉りながらグレンベレンバの元へ近付く鵺に対して、グレンベレンバはその場に屈む。目と鼻と口以外はMAD化した息子を前に、とても嬉しそうにして。
「お…があ"…ざ…ん"…」
「なあに、鵺ちん」
「な"じで…な"、」
「ん〜?まあ聞きたい事は分かるわよぉ。あたしの本当の目的。地球人が可哀想?ノンノン!違うの。鵺ちんも含めEMS軍…いえ、EMS領に参加した地球人達を騙して利用して、あたしを外れ者にしたドロテアを見返してやりたかっただけなのよ〜ん♪」
「っ…!ぞれ"だげ…の"…だめ"に"っ…」
「んふっ♪鵺ちんはお母さんが一番好きなんでしょう?なら、産んでくれただぁいすきなお母さんの為にお母さんの道具となって親孝行し・て・ね☆」
「っ…!!」
溢れ出す鵺の涙。だんだんと周りが黒で埋め尽くされていく視界から見える母親の笑みがまるで、自分を嘲笑っている…いや、確かに嘲笑っていた。


ギリッ…、

歯を食い縛っても止まる事が無く、寧ろより一層溢れる涙。

『鵺ちゃんは人を不幸になんかしないよ。それはお祖母ちゃんが胸を張って言ってあげるよ。お祖母ちゃんの分、いっぱいいっぱい幸せになるんだよ…』

――お祖母ちゃん!お祖母ちゃん!!――

『でも俺は、俺だけになってもお前の味方になってやるっつってんだよ!だから、産まれてこなきゃ良かったなんて言うんじゃねーよ!俺はお前がいなかったら、今こうやって口喧嘩する親友もいなかったんだよ!』

「…!!」
祖母の次に空の笑顔が浮かんで、涙に濡れた目を見開く。


ぎゅっ…、

もう人間の形をしていない自分の両手を強く握り締めた。
――雨岬…雨岬!雨岬!!言いてぇ、さっきあんげ酷い事して悪りかったって。だすけ、また俺の友達になってくれ、これからもずっと死ぬまでずっと友達でいてくれって…!まだ人間でいてぇ!まだ人間でいてぇんら!助けて雨さ、――


ガクン、

「んふっ。完ー了☆」
気絶し、その場に倒れこんだ鵺に歩み寄る。
顔を見れば、二つあるはずの目と一つずつあるはずの口と鼻が見当たらない顔…赤いダイヤのような一つの目玉があるだけで緑色の血管がボコボコ浮き上がり、全身緑色に染まった完全なMADに変貌していた。
「これで鵺ちんもあたしと同じ完全なMADになったわねん♪」


ピカッ…

「ん?」
その時。誰も居ないはずの真っ暗なエントランスホール。グレンベレンバの背後から射し込み、ホール中に広がっていく金色の光に気付いたグレンベレンバが後ろを振り向く。


ドンドン!ドンッ!!

「んふっ。やっぱーりね」
気絶している鵺を脇に抱えて宙を跳んだグレンベレンバ。宙を跳んだお陰で金色の光の攻撃を回避する事に成功。…したのも束の間。
「…!!」
金色の光の中から目にも止まらぬ速さでグレンベレンバ目がけ飛び上がった1人の少年に、あのグレンベレンバが目を見開く。


ドスン!!

そのままグレンベレンバは、少年もろともエントランスの壁に直撃。
そのせいで壁に穴が空き、崩れた壁のコンクリート片が辺りに粉となって舞う。
「ケホッ、ゴホッ…ぐっ…、花月…ちゃん…何…それは…」
壁に背を押しつけられながら首を右腕で締め付けられているグレンベレンバの前には、首から下全身に赤い血管のような模様がボコボコ浮き上がり、金色の目をして鬼の形相をした花月。周りに金色の光を纏っている。
「っ…、この光…魑魅の光…?刀が無いのにこの光は…何処から…どうして…」


ドスン!!

「かはっ…!」
首を締め付けたまま今度はグレンベレンバを床へ叩きつけた花月に、あのグレンベレンバが口から血を吐く。床に叩きつけられた衝撃で頭からもツゥ…と緑色の血が伝う。
「お前はMADだったのか!」
「ゴホッ、ゲホッ!んふっ。やっだー。さっきの話聞いてたのぉ?盗み聞きなんて、名門小鳥遊家のする事じゃないでしょ〜?」
「MADのお前は始めから自分の私情で、EMS領に集めた地球人を利用しているだけだったのかよ!!」
「んふっ…。言葉遣いが悪くってよ、花月ちゃん…。でもあたしが居なかったら。あたしがEMS軍を作っていなかったら、貴方達劣等種族地球人はシルヴェルトリフェミア達MADには何の抵抗もできず、今頃みんなとっくに死んでいた…そうでしょう?」
「許せない…姉さん達や先輩達を自分の私情で利用して最後は自分が地球を乗っ取ろうとしていたなんて許せない…!!」
「んふっ…。実はねぇ…花月ちゃんを牢獄送りにしたのも、あたしの領土の日本の半分をドロテア達に奪われてムカついちゃったからの八つ当たり…よん」
「…!!」


ドン!ドン!!ドン!

ハッ!とし背後に気配を感じた花月が振り向いたと同時に、目にも止まらぬ速さで吹き飛ばされた花月は、先程空いた壁の穴から外へ派手に吹き飛ばされてしまった。
























ぽっかり空いた壁の穴から額に手をかざして見るグレンベレンバ。
「あらぁ〜派手に飛んじゃったわねぇ〜さすが劣等種族地球人っ!鵺ちんよくやったわよ〜。背後から花月ちゃんを攻撃するなんてさっすがあたしの愛息子♪お利口さん☆お母さんがいい子いい子してあげ、」


ドスン!!

「あらぁ〜?もしかしてMAD化して自我を失っちゃったとか?」
グレンベレンバが両手を広げて待っていたにも関わらず、鵺はグレンベレンバ目がけて拳を振り上げて攻撃してきたから、グレンベレンバはまた宙を跳んで回避。


スタッ、

天井の窓に着地して、其処から、MAD化した鵺を見下ろして顎に手をあてる。
「う〜ん。あの強化剤。強大な力を与える事には成功したけれど、自我を失っちゃったら意味無いわねぇ。せーっかくあたしの良い戦闘兵器になると思っていたのにぃ。あーあ。行っちゃった」
まるで本能のままに。自我を失いMAD化した鵺は空いた壁の穴から、そのまま本部の外へ出て行ってしまった。
「まっ、でもイイかしらーん。どうせドロテア達には鵺ちんは抑えられないから♪んふっ。形勢逆転よ。見てなさい、シルヴェルトリフェミア。ドロテ…うっ…!!」


ドクン…!

突然左胸が苦しくなり、左胸に両手を押さえて身を屈めてしまうグレンベレンバ。


ドクンドクンドクンドクン

外へ飛び出してしまいそうな程鼓動が大きく鳴る。
「うぐっ…!なっ…何これは…。聞こえる…。あたしの心臓とは別の…もう一つの心臓の鼓動があたしの体の中から聞こえる…?何…何なのこれは…。あたしの中にもう1人の誰かが居る感覚…?」



ドンッ!ドン!

「ぎゃあああ!」
「MADだ!MADが侵入し、ぐああああ!」
外から本部警備隊の悲鳴と大きな地鳴りがした。
「はぁ…はぁっ…」
息苦しさもおさまったグレンベレンバは窓から飛び降りて、外へと駆け出した。





























グチャッ、ピチャッ…

「んふっ…さすがよ鵺ちん…あたしの愛息子…」
其処には、警備隊数10人の骨だけが転がっていた。先程の身長160cmよりもあきらかに大きくなり現在約3mに巨大化した鵺は両手に警備隊の肉と目玉を持ち、赤い血で濡らした口をモグモグ動かしている。


グシャッ、

警備隊の目玉を握り潰し、口の中へ流し込む。
「バキッ、バキッ」
「うふ…美味しい?美味しいわよねぇ鵺ちん。地球人って劣等種族だから不味いとばかり思っていたけれど意外に美味しいわよねぇ、地球人の肉って」


ドスン、ドスン…

グレンベレンバの声など聞こえていないのだろう。人間の肉を食う毎に巨大化していく鵺は、地面を揺らす程の歩き方でEMS軍本部から離れ1人、線路を歩いて行ってしまった。
「じゃあまずは、奪われて日本の半分を取り返しに向かおうかしらん」


パチン!

指を鳴らすと、グレンベレンバは忽然と姿を消してしまった。





























ガサッ…

その一部始終を、先程吹き飛ばされて着いた木の上からこっそり見ていた花月。鵺から食らった攻撃の傷は勿論、あの赤い血管のような不気味な模様が首から下の全身に浮き上がり、生き物のようにボコボコ動いている。
「何なんだ…?鵺兄さんはいくらMADの血を半分引いているからって、あんな事になるなんて…。くっ…!将軍がMADだったなんて…!じゃあ俺達が今までしてきた事は…!」


ドサッ、

「っつ〜…」
自ら木の上から落ちた花月。着地に失敗して足を挫いたようだが、幸いそれだけで済んだ。
立ち上がり顔を上げると遠くからでも聞こえるドスンドスンという、線路を歩く鵺の大きな足音。姿も見えるくらい巨大化している。
「くそっ、先輩や姉さんは今何処に居るんだろう…いや、その前にお鳥姉さんは何処に…」



トントン、

後ろから花月の肩を叩く人物が居る。しかし花月は考え事に集中していて全く気付いていない。
「お鳥姉さんを先に探さなくちゃ。MADの本拠地は東京って言っていたからまずは東京へ…くそっ、歩くしか手段がないんじゃ、いつになるか分からないじゃんか!一刻も早く行かないとなのに!何か他に早く着ける手段は…」


トントン、

「うるさいなぁ!今考え事して、」
「きゃーっ!また会えたねぇ小鳥遊花月!」
「おまっ…お前は…!!」
背筋が凍り付いた。真後ろに立って肩を叩いてきた人物は赤髪のMADマジョルカだったから。しかも何故か白のウエディングドレス姿。


ジリッ…

一歩後ろへ下がる花月。
「うふふ。どうだい?この前あたいらが奪い取った日本の関東地方にあった店から奪ってきたドレスだよ。ね?綺麗だろう?邪魔な両親はあたいが殺してやったんだから。さあ、早く結婚式を挙げよう!?」
「小鳥遊流奥義…桜花…ハッ…!」
――待てよ…こいつの行く場所にお鳥姉さんが居るんじゃないか?――
途中まで呟きかけた言葉を止めれば、金色に変わりつつあった花月の両目が元の黄色に戻る。
「小鳥遊花月はどんな結婚式が良いんだい?あたいはねぇー、真っ白な大きい教会でぱぁーっと盛大にやるのが夢だねぇ」
「お、俺は別に小さい教会でも良い…けど」
「え…?え…え、え、ええええ!?た、たたたた小鳥遊花月今、あたいの話に乗ってくれたのかい?!えええええ!?」
まさかのまさか。話に乗ってくれた花月に驚いて興奮したマジョルカは花月の方を振り向くと、特攻の如く抱き付く。
「きゃー!小鳥遊花月ー!」


ドスン!

「痛てっ…、」
MADの力は地球人の数10倍だから、抱き付いただけなのにマジョルカの力が強過ぎてそのまま押し倒された花月の全身は激痛に襲われる。そんな彼をお構い無しに彼の上に乗って頬を両手で押さえてきゃっきゃっ喜ぶマジョルカ。
「きゃーきゃー!小鳥遊花月がやっとあたいに興味を示してくれたよ!きゃ〜!」
――BBAのクセにキモい声上げてんじゃねぇよ!―
「痛てて…。俺今まで牢屋に居て全身痛いし、お腹減ってるんだ…よね」
「え?きゃ〜!よく見たらすっっごく痩せたねぇ!怪我もしてるじゃないかい!?」
――顔近けぇぇえ!離れろks!!――
「そ、そうそう…だから早く君の家で休ませても、もらいたいんだ…けど…?この前日本を守れなかった一件で俺はEMS軍から弾き者にされていて家も無くなっちゃって…か、帰る場所が無くて…」
「うんうん。そうだねぇ、そうだねぇ」
――ふっ…ふははは!アニメばかり見てる俺にかかれば、この程度のテンプレ演技くらい楽勝だ!――





















「だ、だから、その…き、君の家に行きたいなぁ…な、なんて」
「うんうん。そうだねぇ、そうだねぇ。…そうやってあたいらの居場所を突き止めてあの女を連れ戻そうっていう魂胆だろう?」
「!!」
「アハハハッ!今ビクッてしたねぇ?したねぇ?!バレバレだよ小鳥遊花月!ま、そんな大根役者なところも好きさ」
――くっそ!!俺が一世一代の演技をしたっていうのに!!――


ぐっ、

「!?」
花月の頬を両手で掴み、顔を近付けてくるマジョルカ。改めて間近で見るとMADの奇妙な姿に鳥肌がたつ。
「あの女のケータイデンワっていう物に小鳥遊花月とあの女のプリクラっていうモノがあったよ。あの女と仲良さそうなメールも残っていたねぇ」
「あ、あの女?!お鳥姉さんは俺の姉貴だし…!」
「ふぅん。それなら尚更だねぇ。あたいに両親を殺されたアンタは姉だけでも取り返そうと、あたいに媚びる演技までしてあたいらの居場所を探りたいんだろう?地球人ってのは、この世で一番家族を大切にするんだろう?」
「ち、違うってば!お、お、俺はそのっ…えっと…き、君の事が気になってて!!」
「アッハッハ!棒読みじゃあ演技にもならないねぇ?両親を殺したあたいの事をアンタが気になる?天地がひっくり返ってもあり得ないだろう?」
「…くっ、くそっ!!」
「え?」


ドスン!!

何と花月は、今度は自らマジョルカを押し倒してマジョルカの上に乗った。だからマジョルカは頭上にハテナをたくさん浮かべている。
「何だい小鳥遊花月?今度はどんな三流演技を見せてくれるんだい?」
「…つってんじゃんか」
「ん〜?」
「だから気になるっつってんじゃんか…。分かったよ、俺が君の事本気かどうか見せりゃ納得するんだろ…」
頬に一筋汗を伝わせながら苦笑いを浮かべる花月。
「え?何言っているんだい小鳥遊花、…!?」
続くはずのマジョルカの言葉を自分の唇で塞いだ花月。


カァッ…!

マジョルカは顔を真っ赤に染める。
「っ、はぁ…」
「た、た、た、たかなしかづきっ…ア、アンタあたいの事本当に…!?」

























































MAD領東京――――

「つーかぁ〜どーこ行ったのよマジョルカババァ〜!!」
ピコピコ携帯電話を弄りながら足をバタバタさせるMADアリス。室内はアリスの趣味全開のぬいぐるみやピンクのファーやリボンがたくさん付いたファンシーな部屋。
アリスの隣には、まるで人形のように空虚な瞳をしてボーッとしている鳥。アリスの趣味で部屋同様コテコテのファンシーなリボンや、フリルの付いた可愛い服装を着せられている鳥。
「ね〜ね〜お鳥ちゃ〜ん。何かして遊ぼ〜。アタイチョー暇〜」
「……。花月…」
「まーたそれー?いい加減別の言葉喋ってよ〜。此処来てからそればっかじゃん!」
アリスはピンク色のくまのぬいぐるみを抱き締めながら、鳥の顔を隣から覗き込む。
「花月…」
「だーかーらぁー!」
「声…花月の…声…聞こえる…」
「はぁ?聞こえないよ?てゆーか居るわけないじゃん此処に!幻聴幻聴!妄想妄想!」
「……」
腕を上へ伸ばして立ち上がるアリス。
「アタイお風呂入ってくるね〜」



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