[携帯モード] [URL送信]

終焉のアリア【完結】
ページ:1



ディスカウントストア――――――

「はああ…凍死するかと思った」
オーバーだが実際本気でそう思っていた空は、鵺を於いてさっさと1人で店内へ入っていった。
くるっ。腰に手をあてて後ろを向くが、まだ見えない。
「ったく。まさか、この近距離で迷子とか言わないだろうな…ん?」


キラッ、

その時。ふと視界に入った紫色に輝く物。
「……」
空はそれを、ジーッと見ていた。


























「はぁっ、はぁ、うっすらぽんつく雨岬何処に居るんらてー!!」
「此処だよ!つーか店の中ででかい声出すなド田舎者!」
時間差でようやく店内へ入ってきた鵺の恥ずかし気ゼロの言動に顔が真っ赤で、他人のフリをしたくて仕方ない空。
「クスクス」
カップル達に笑われたから背を向けてわざと鵺から離れていく。…のに、鵺がまだ「無視すんなてば!」とか「おい!うっすらぽんつく雨岬聞こえてるんけ?!」と、お構い無しに大声で呼んで後ろからついてくるから…
「いい加減やめろ、ド田舎者」
「うっ…冷たっ…」
立ち止まり、くるっと鵺の方を向いた空は呆れた顔をして、冷蔵庫から取り出した1本の缶ジュースを後ろに居る鵺の額にくっつけた。
「あ、これ!」
「何か腹減ったし。夜食にすっか」
その缶ジュースとは、鵺が以前飲んでいた摩訶不思議な"メロンパンジュース"
それを黙って籠の中に入れる空は只今、パン棚を物色中。
「国が違ごうのにあるんらな。メロンパンジュース」
「日本で売れ残って捌き切れなかったやつがこの国にまわってきたんだろ。痛ででで!お前、アキレス腱蹴るなバカ!切れたら慰謝料3倍にして請求するからな!…って言ってるそばからお前は、何、籠の中に勝手にメロンパンどんどん入れてんだよ!!」
「良いねっか。メロンパンジュース買ってくれるんろ?それはイコール、メロンパンも買ってくれるって意味だねっか♪」
「違げぇえ!!つーか俺学生!お前社会人!お前の給料で買え!」
「何ら、そうらったんけ」
「…ま、まあ、割り勘でも良いけど…なっ!」
「じゃ!2/3雨岬で、1/3俺、」
「断固断る」
「ドケチ雨岬!!」
後ろでブーブー文句を言いつつも、鵺はとても楽しそうで、終始笑顔が絶えなかった。
「あ。雨岬!」
「何だよ」
レジへ向かう途中、立ち止まった鵺。
「もしかしたら、これつければちっとは大人っぽくなって未成年と思われなぐて、この時間帯でも色んな店入れるようになるんねっか?」
「これって…」







































23時54分、
カラオケボックス―――

「いらっしゃいませ。大人2名様、翌朝5時までのフリータイムで宜しいですね」
「お願いします」
疑いの眼差し一つ向けずカラオケボックス店員がマイクの入った籠を渡す先に居るのは…何と。濃いブラウンの同じサングラスをかけた空と鵺。
鵺の先程の提案とは…
『このサングラスを買ってかければ、ちぃとは大人っぽく見えるんねぇか?』





























「ご用の際はこちらの電話をお使い下さい。ごゆっくりどうぞ」


バタン…、

部屋を後にした店員の足音がだんだん遠くなり、やがて聞こえなくなる。
カチャッ。
サングラスを下へずらす鵺。
「なっ?俺の作戦大成功だねっか!」
「はぁ…。こんな真冬に2人揃ってサングラスとか、未成年云々以前に逆に変な客だと思われて仕方なく通した感じだろ…」
「それでも結果オーライだねっか!」
「はいはい、そーですね。鵺さんの言う通りでーす」
「何らてその棒読み!!」
隣でギャーギャー騒がしい鵺は無視して、空は歌う曲を入れる端末機を取り慣れた手付きでタッチペンで操作。…していたら…。
ジーッ…。
「何だよ」
隣から視線を感じたから見てみると、冷めた目で空を見てくる鵺。
「……」
「だから何だよ!何か言えよ!」
「俺も曲入れてぇんだろも使い方分がんね」
「あー。歌手名か曲名を押して、あいうえお順かアルファベット順の頭文字打ってそれですぐ出てこなかったらいっそ、歌いたい歌手名か曲名打って…って、歌始まってんじゃん!」
「あ!雨岬待ててば!まだ途中だねっか!」
そんな鵺などお構い無し。空は自分が入れたロック調の曲が流れ出したから、マイクを持って歌い出してしまう。だから鵺は溜息…を吐きつつも、ルンルンの笑顔で端末機で曲を探すのだった。


ガシャン!

「あ"あ"あ"!!」
「何、端末機落としてんだよお前は!!」





























「ぷっ…ぷっ!おま、ちょ、ぷっ…!」
「なっ、何必死に笑い堪えてんだて!人が歌ってる時バカにすんなて!自分がされたら嫌らろ?!」
「いや、だ、だってぷっ…!カラオケ来て国歌歌うって…ぐっ…ぷっ!」
何故か、立ってマイク両手持ちで"日本国国歌"熱唱の鵺に、ソファーに顔を埋めて全身プルプル震わせて必死に笑いを堪えている空。笑い過ぎて目には涙まで浮かんでいる。
一方の鵺は顔を真っ赤にして…


ゴツン!

「痛ってぇ!!」
マイクを空目がけ投げた。
「お前さっきから店の物を自ら壊そうとしてんなよ!つーかその前に俺の頭割る気満々だっただろ?!」
歌い終えたが、プリプリ怒ったままドスッ、とソファーに座る鵺。
「だってテレビもパソコンもねかったすけ、今流行りの歌とか歌手なんて知らねぇんらもん!そんげ笑うんなら、雨岬がさっき歌った歌の歌手教えろて!」
「ああ、あれ?あれはバンドな。何だそういう事かよ。好き好んで歌ってんのかと思った」
「べ、別に嫌いではねぇんだろも、お祖母ちゃんとよく歌ってたすけ歌ってみただけら!」
「いや〜それにしても、カラオケで国歌歌った高校生初めて見た。次は民謡歌うか?」
「何なんらておめさんは俺の事ばっかバカにして!」
「分かった。じゃあ今度俺のウォークマン貸すから聞いてみろよ。俺がさっき歌ったバンドの曲」
「え…う、うん…ありがとな…」
「よっし。ちょっと歌ってろ。俺、トイレ行ってくる」
「う、うん」


パタン…、

トイレへ行った空の足音が遠退いていく。
鵺は足だけ見えるガラス張りのドア越しにずっと空を見て姿が見えなくなると「ふぅ」と息を吐き、ソファーの背もたれに背を預けて天井を見上げる。
「これが普通の高校生…なんかなぁ」
ぐっ、と両腕を上に伸ばす。
「お祖母ちゃん。俺、お祖母ちゃん以外の人と居て初めて楽しいと思えてるて。お祖母ちゃんにも見せてかったなぁ。俺が友達と遊んでいるところ」


トゥルルル

「ん?」
テーブルの上に置きっぱなしの空の携帯電話がピカピカ光って鳴っている。小窓に表示されている発信者の名前は『ミルフィ・ポプキン』


トゥルルル

「……」


トゥルルル

「……」


トゥルルル

「はい」
「雨岬君?!すぐ戻るって言って全っっ然戻ってこなくてもう夜中だから部屋行ってみたら居ないってどういう事?!やっぱり雨岬君は彼女のミルより友達の鵺ちんを優先するんだね!ふ〜ん、そうなんだ。へ〜え」


キーン!

電話を勝手に出た鵺は耳に拡声器を突き付けられた気分だ。大声で怒るミルフィには耳がキーンとなり、片目を瞑って携帯電話から耳を離す。
「雨岬君!今何処に居るの?ていうか誰と居るの?!そこ一番気になるんですけどっ!早く帰ってきなさーいっ!!」
「あ、雨岬なら今俺と遊んでるすけ安心しろて!」
「え。何?これ雨岬君のケータイ…え?何で鵺ちんが出てるの?」
「今雨岬ちぃとばかし席外してるすけ俺が代わりに出てやっ、」
「え〜!?何で何でどうして?!電話勝手に出ても許されるの?!ミルには絶対ケータイの中見せないクセに〜!うえ〜ん!」
「お、落ち着けてば!別に俺が勝手に出ただけで雨岬からは何も言われてねんだろも…!」
「てゆーか。鵺ちん酷いっ」
「え?!」
泣いていたかと思えば、急に低い声になったミルフィに驚く鵺。

















「俺、おめさんに何かしたけ…?」
「したしたした!チョ〜した!っていうかしてるング!現在進行形!すぐ返すって言ったクセに、何で今雨岬君と普通に遊んでるの〜!ミルの気持ち考えてほしかったよ〜…。うぅ…。鵺ちんは良い子だと思ってたのにぃ…」
「あ…そうらった…。悪りかったて」
「じゃあ雨岬君を連れて今すぐ、今・す・ぐ!帰ってきてね☆」
「うぅ…そ、それはダメら…。だ、だってまだからおけ入ったばっかだすけ…」
「ひっどーい!うぅ…うわあーーん!鵺ちんがミルの事いじめる〜〜!!てゆーかカラオケに居るの?」
「ギクッ…!」
「分かった!ミルもう怒った!プンプン!強制連行。今からカラオケに突撃しますっ!」
「なっ…何らて!?別に良いねっか!おめさんはこれからずっと雨岬と一緒に遊んだりできるろも俺はもう先が長くねぇんらて!もしかしたら、遊ぶの今日が最初で最後になるかもしんねぇねっか!ちぃとぐれぇ許せて!このっ…うっすらぽんつく!バーカバーカ!うっすらバーカ!」
「鵺ちんが怒った?!ていうか鵺ちん先が長くないってどういう事!?もしかして、この前左手がMADと同じ色をしてた事…?」
「あ…」
――ま、まずいて…頭に血ぃ昇って、つい…―
「鵺ちん大丈夫?具合は?ハロルドさん達にその事話した?鵺ち、」


ブツッ!
ツー、ツー、ツー…

「……」


しん…

強制的にミルフィの通話を切った鵺。静まり返った室内で俯き、右手に持った空の携帯電話をぎゅっ…、と握り締めたその手が震えていた。




























「さーてと。次は何歌うかなー」
「ごゆっくりどうぞー」


パタン、

――あれ。あの部屋、俺らの部屋じゃね?店員が出てきたって事はあのド田舎者。勝手に何か注文しやがったな――
「ま、あいつが金を払えば良い話だけど」


ギィ…、

トイレから戻ってきた空が部屋に戻る。と、何も歌わずソファーに腰掛けた鵺が背を向けて飲み物を飲んでいるだけだった。
「何だよ。歌ってねーの?」
ドスッ。
ソファーに腰掛ける空。
「つーか何注文したんだよ。その飲み物?ま、いーけど。最終的にお前が払えば…あ。電話?」


トゥルルル

空の携帯電話が鳴り、また光った。壁に背を預け電話に出る空。
「あーミルフィ?…え?はあ?!鵺がさっき勝手に電話出て…って!?ああ、うん…え?!いやー…その、フリータイムだからまだ時間かかるかも…あ!いや!分かりました分かりました!あと1時間したら帰りまーす!」


プツッ、




















「…鵺」
「……」
携帯電話をジーンズのポケットにしまった空が視線を送っても、背を向けたままさっき注文したらしい飲み物をひたすらゴクゴク飲んでいる鵺。


ガシッ、

鵺の肩を掴む空。
「おい鵺!何勝手に人のケータイ出てんだよ!あれか?電話が鳴ったらすぐ出なくちゃいけないっつー昔の風潮しか知らねぇのか?あのな。お前はケータイ知らないかもしんないけど、ケータイっつーのは個人個人の電話で、家電みたいに皆の共有物じゃないわけ。だから人のケータイに出るなんて非常識中の非常識。分かったか?おい。いい加減返事くらいしたらど、」


バシャッ!

「っ〜?!」
「アハハハ!ばーか、ばあーか!アハハハ!」
何と、こちらを振り向いた瞬間鵺はグラスの中の飲み物を空の顔面にかけたのだ。頬を真っ赤にしてケラケラ笑う鵺に対して下を向き、肩がプルプル震える空。


ドンッ!

テーブルを思い切り叩く。
「いい加減にしろよてめぇぇえ!MAD化して具合悪いのはそりゃ可哀想だよ。だからって何してもいいってわけじゃないだろ大バカド田舎者!…って、うっ…お前、酒臭ぇ…」
怒ってやったはいいが、全く聞いていない(否、聞こえていない?)鵺はソファーに倒れてゴロゴロしたり、何がそんなに楽しいのかというくらいケラケラ大笑い。
そんな鵺からは酷く酒の臭いがするから、さっき鵺が注文した大きなグラスの中の紫色の飲み物の匂いを嗅ぐ。
「こいつ絶対、ジュースと間違って注文したな…」
チラッとメニューに目を向ければ、恐らくパインカクテル辺りだろう。匂いとグラスに付いているパインからして。
「つーか、カクテルで酔うとかどんだけ…」
「あーまーさーきっっ!」
「んなぁ?!」


ガシッ!!

普段の鵺だったら、天と地がひっくり返っても絶対有り得ない行動。鵺自ら空の肩を組んできたのだ。やはりまだケラケラ大笑いして。
「何だよ酔っ払い!」
「アハハハ!雨岬おめさん今まで何人のおなごと付き合ったんらて〜?」
「おなご?!あんたいつの時代の人ですか!つーかお前からそういう話するなんて…。普段なら"破廉恥らて!"とか言って顔を真っ赤にするくらいそういう話大嫌いそうにしてるのに…。酒の力は恐ろしいと勉強になったな…。ある意味ありがとな、鵺…」
「だぁーらっ!早よ質問に答えろてばあー!」
「あー…3人?」
「今の彼女も入れてけ?」
「だと4人」
「ふぅーん。じゃあ、とーぜんっ!全員と接吻した事あるんろ?」
「はああ?!何お前!酔うとどこまでも変態オヤジキャラなの?!そのキャラでしばらく通すの?!お前の祖母ちゃんが見たら泣くぞ!!」
「いいから答えろてば、うっすらばぁーかっ!」
「つーか何でそんな事答えなきゃなんねーんだよ…。…ま、まあ無くは無い…けど…」
「じゃあじゃあ!」
「?」
すごく楽しそうにして空の耳にヒソヒソ鵺が話すと…


ボンッ!

空は珍しく顔真っ赤にして顔から火を吹いた。
「バッ…!バッカじゃねぇのお前さっきから!!」
「アハハハッ!恥ずかしがんなて〜」
「つ、つーか普段と真逆じゃん酔った時のお前!!…ああそうか。よく言うもんな。普段大人しい奴が酔うと、怒りっぽくなったり本性が出るって。…そうか。普段あんだけ人の事破廉恥だのあーだこーだ言ってたのは建前で、本当のお前は中年オヤジ並みの下ネタ野郎だったわけだな…。お前自分で自分のキャラ壊すなよ…何か俺、地味にショックだ…」
「アハハハッ!雨岬がさっきからブツブツ何か言ってるて〜!で、で?結局のところどうなんて〜?いいねっか〜俺達親友なんらろ?そういう話すんのも普通の高校生っぽくて、楽しいねっかーアハハハ〜♪」
「ふーん。お前さっきからやたらその"普通の高校生"に拘るよな。そういうのがしたかったわけか。まあ、高校行けなくて働いてたんだもんな」


ピ、ピ、ピ、

空は携帯電話を打って、画面を鵺に見せる。
「?」
「さっきの質問の返事」


カァーッ

文字が打たれた携帯電話の画面を見た途端、酔った赤さとは違う赤さで顔を染めた鵺に、パチン!と携帯電話を閉じて余裕綽々の空が笑う。
「ははっ、そっちの方がお前らしいよ」
「うぅ…大人ら…やっぱ雨岬は大人ら…」






















ガクン…、
テーブルの上に顔を伏せてしまう。たった今までの笑い上戸から泣き上戸へ切り替わってしまったようだ。だから空は可笑しくて、腹を押さえて隣で笑う。
「はははっ。初めの頃も思ったけどやっぱお前面白いわ」
「ううぅ…。俺なんて女子とまともに喋ってもらった事すらねぇってがんに、雨岬は大人ら…」
「まあまあ。色んな奴がいるから気にすんなよ」
「ところで…」
「ん?」
「きもちよかったけ?」
「はあ?!それ聞くのお前!?」
「ご、ごめん…」
「ゴ、ゴホン!つ、つーかさ」
空は頭の後ろで腕を組み壁に背を預けて、天井を見上げる。
「お前は、命を半分貰ってまで生きる友達なんていないとか、友達になったせいでお前の命を減らしてしまったとか言うけど、実際それは俺の方なんだよ」
「え…」
鵺はゆっくり顔を上げる。空はどこか寂しい瞳をして、何処かは分からぬ遠くを見ていた。
「俺がMADに殺されそうになった所をお前が庇ってお前は死んだ。ちょっと前に遡れば、俺の部屋に侵入したシトリー達…あれだってぶっちゃけ俺が居なければ、俺がお前の隣の部屋じゃなければ、お前は電車内で俺を庇って死ぬ事にはならなかった。俺だって同じだよ。俺と友達になったばかりにお前に辛い思いさせた…ってずっと思ってた。俺が居なければ良かったのに、って何度も思ったよ。…えっとその…な、なかなか今まで言えなかったんだけど、こっ、この際だから言ったし…!」
「うぅっ…」
ボロボロ大粒の涙が溢れ出す鵺の瞳。
「だから何でそうやってすぐ泣くんだよ、女かお前は」
「俺っ…俺!雨岬と友達になれて良かったと思った事しかねぇて!!だすけ、居なければ良かったとかそんげ事思うなて!俺なんてバカだすけ、雨岬にいっつも迷惑ばっかかけて、刀だっておめさんに使わせて、民間人のおめさんに戦わせて危険な目に合わせる事になったのだって俺のせいだすけ、嫌われて当然だっていつも不安だったんだろも…!」
ポンポン。
鵺の頭を笑いながら叩く。
「じゃーおあいこって事にするか。な?」
そう言うと空はカラオケの端末機を持ち、ペン片手に次の歌を検索し出す。





















一方の鵺がやたらこっちをジロジロ見てくる視線を感じるから、端末機に目を向けて、曲を探しながら声をかける。
「何」
「雨岬。また今度一緒に遊び行ってくれるけ」
「当たり前だろ。次は昼間遊びに行ってゲーセン行こうな」
「雨岬。これからも一緒に居てくれるけ」
「何回も言ってんだろ。つーかお前に彼女できたら先輩の俺が教えてやるし。普通の高校生がよく遊びに行く場所とかも、教えてやる。ま、もうあんま心配すんな」
「…俺、ずっと雨岬の事かっこいいって思ってたんだろも」
「そりゃどーも」
「そんげ意味じゃなぐて…俺!料理できるし掃除も洗濯もできるすけ、雨岬が良ければそのっ…あのっ…俺を雨岬のっ…」
「あ…。ああ…そ、それはやめとこうな…?えっと…俺はその、さ。お互い白髪の爺さんになってもお前とは友達のままでいたいからさ」
「……」
「えーと…次、お前何か歌う?」
「…ごめん。俺帰るて」
「あー…あのさ。腕時計いつになったらくれるん?」
「ああ、あれけ。あれは…ええぇ?!おめさんなしてその事知ってるんらて!」
「いや、さっき鳳条院空に話してただろ」
「ででで、でもあいつこの会話雨岬には聞こえてねぇ言ってたのに…!」
「あー、ありゃ嘘だよ。脳内に意識があっても俺全部聞こえてるし見えてるし」
顔を真っ赤にして肩をプルプル震わせ怒る鵺…の前に、空がコートのポケットの中から取り出した赤い紙で包装された物を差し出す。
「…?何らて、これ」
「そのー…。お前が俺にクリスマスプレゼント買ってくれてたって聞こえたから…さっきのディスカウントストアで急いで買ったやつで悪いんだけど…。うん…クリスマスプレゼント…かな」
「…!!ほほ、本当け?!俺にくれるんけ!?」
目をキラキラ輝かせて受け取る鵺はすごく幸せそう。まるで、子供が親からクリスマスプレゼントを貰った時の笑顔。頬には嬉し涙が一筋伝っている。
「そこまで喜んでもらえるとこっちも嬉しいわ…って、早速開けんのかよ。お前なぁ…」
バリバリ包装紙を破くB型そのものな破き方に呆れつつ、笑ってしまう空。
鵺が中から取り出したプレゼントとは…
「お守り?」
紫色のお守り。
「小さくてごめん!高いのとかにしようかと思ったんだけど、安いけどそれ渡したかったから。お前MAD化の事すっげぇ悩んでたからそれで気休めになれば良いかなーって」
「あはは」
「何だよ」
「高い値段の物をあげれば良いってもんじゃねんらて。贈り物っていうのは気持ちなんら。雨岬が送りてぇ思った物を贈れば良いんら。それが例え一番安い物だとしても。一番高い物で気持ちがこもっていない物とはその物の価値が変わるんら」
「?何だよ、偉そうに」
「何でもねーて〜♪」
お守りを右手人差し指にはめて、嬉しそうにくるくる回す鵺が喜んでいたしMAD化の事も少し忘れているようだから、安心する空。




















「俺貧しかったすけ、お祖母ちゃんクリスマスプレゼント買えなぐて。お父さんなんて俺の事を子供と思ってねかったすけクリスマスプレゼントを貰うの雨岬が初めてら。毎年クリスマスなんて大嫌いだったんだろも、もう大嫌いなんて思わねぇて」
鵺は空な方を向いて、子供のように無垢な笑みを浮かべる。
「雨岬。友達になってくれて本当にありがとな」
「ははっ。こちらこそどーも」
酒のせいもあるのか、はたまた本当に自分の先が長くはない事を感じるからか、今日はやたら素直な鵺。
そんな鵺を普段なら茶化してからかう空だが、やめた。真面目なこの刻まで茶化してしまったら何だかもうこの先、こうやって真剣に話せる刻がこないような気がしたから。
「会話聞こえてたんなら分かると思うんだろも。俺、おめさんの彼女と同じ腕時計買うたすけ、いらねかったら捨て、」
「ねーよ」
「〜っ、じゃ、じゃあ!どっちが俺からので、どっちが彼女からのか分かるようにしとけて!分かったけ?!」
「はいはい。そうしておくよ」
ダッフルコートの中から取り出した青い包装紙に包まれた小箱は、ミルフィがくれた物と全く同じ物だった。
――ああ、マジでかぶったんだな――
「高かっただろ」
「だからプレゼントは値段じゃねぇんらて!」
「はいはい」
ちょっと照れ臭そうにしながらも、小箱を差しだす鵺は顔を外方向けている。フッ、と笑みながら小箱に手を伸ばす空。





















「お前がクリスマスプレゼントを貰うの初めてなのと似て、俺は友達からクリスマスプレゼントを貰うのは初めてだよ。ありがとな」
箱に空の指先が触れる。


ガッ!

「え…?」
「っぐ、あ"っ…!」
「え…え…!?」
空が小箱を受け取ろうとしたその瞬間。箱を持っていた鵺の両手が勝手に動き出して、空の顎から上にかけて顔を思い切り引っ掻き切り裂いた。ナイフと同等の殺傷能力を持つMADと同じ赤い爪で。


ピチャッ、ピチャッ!

壁や鵺の顔に飛び散る空の真っ赤な血。
「う"っ…あ"っ…あ"あ"…!」
揺れる鵺の両目に映る目の前の親友は血塗れの顔を両手で覆い、激痛に堪え切れぬ声を上げている。


ドロッ、ドロッ…

覆った両手の指の隙間から溢れる空の血。
突然の事に何が起きたか自分で自分が分からない鵺。緑色のMAD化した両手を広げてみると、親友の真っ赤な血がべっとり付着して床にドロリ滴る。
「あ…ああ…なして俺…なしてこんげ事…!!」
震え出す体。青ざめる顔。視点の定まらない瞳。
「な…なして…?!俺、何もしてねぇのに手が…手が勝手に…!」


ガッ!

「あ"あ"あ"あ"!!」
「っ…!?」
鵺の気持ちに逆らうかの如く、MAD化した彼の両手は空の腕や肩を勝手に切り裂く。何度も何度も。
「あ"あ"あ"!!」
「あ…あぁ…あま、さき…あまさっ…、な、何なんらて!なして手が勝手に動くんら!くそっ!止まれ!止まれてば!!」
必死に自分で自分の両手を押さえ込むが、無理だ。両手は鵺の意志を無視して空をひたすら切り裂き続ける。その度に上がる親友の悲鳴と血飛沫に気が狂ってしまいそうになりながらも、鵺は自分の両手を…


ドンッ!!

テーブルに思い切り叩きつけた。


ピタッ…

その強い衝撃で、両手の勝手な動きは止まる。


ボコッボコ…

しかし、1分と経たぬ内にボコボコと血管が浮き上がり両手がまた勝手に徐々にビクビク動き出すから、鵺は自分ができる精一杯の力で両手をテーブルに押し付けて、動かしはしまいと踏張る。




















「雨岬!大丈夫ら、っ…!!」
顔を向けた視線の先には白い髪が赤くべっとり染まり、顔や肩、腕から生々しい血を流す空が息を荒げながら鵺の事を睨み付けていた。
「はあ…はあっ…」


ドクン…!

鵺の鼓動が1回、大きく鳴る。
「あ…あまさ…」


バタン!!

ただ黙って、ただ鵺を鬼の形相で睨み付けて、ドアを大きな音をたてて逃げるように部屋を出て行った空。
「あ…あっ…、あぁ…」


ガクン…、

静まり返り独りぼっちになった部屋。壁やソファーに付着した空の血がポタポタ滴り、鵺の黒い髪を赤く染めていく。
空が居なくなると動きが止まる両手。
「あ…あ…あぁ…」
力無く床に崩れ落ちた鵺の全身がガクガク震え、両手で顔を覆う。赤い爪が自分の顔に食い込み、そこから緑色の血がポタポタ滴る。痛みも感じぬ程心が苦しくて息ができない。
「あっ…ああ…。なして…なして…手が勝手に…勝手になして…。俺の手なのに、なして俺が一番大切な人を傷付けるんだて…なしてこんげ事になるんらて!!」
その時。ふと、視界に入った足元に転がる青い小箱。それを空虚で光の無い目をした鵺が手に取り、包装紙を破く。
キラリ。銀色に光る真新しい腕時計に鵺の顔が映る。


ミシッ…!

その時計の盤面にMAD化した赤い爪で触れただけでガラスの盤面にミシミシと傷が入っていき…


ガシャン!!

MAD化した手を乗せただけで腕時計は真っ二つに割れた。普通の人間では無理な事。
「MADの力は地球人の数倍…。やっぱり俺はもうMADになってるんら…」


スッ…、

コートの中から取り出した護身用折り畳み式ナイフを取り出す。


ユラリ…

ナイフの刃に映る空虚な目をした鵺は、ナイフを思い切り自分の左手に突き刺した。


グサッ!グサッグサッ!

何度も何度もナイフで手を突き刺し、次に左手にナイフを持ち替えると、自分の右手をナイフで何度も刺す。飛ぶ血と同じ量の涙が溢れ、床に飛び散る緑色の血と涙が混ざる。
「この手が…この手が俺の友達を傷付けたんら…やっとできた…たった1人しか居ない友達だってがんに…。こんげ手、無くなれ!無くなれ!!こんげ気持ち悪りぃ手を切り落としちまえば、また雨岬が友達になってくれるかもしんねぇ!こんげ手、無くなれ!無くなれ!!」




















ガチャッ、

「お客様どうなさいました?」
「…!!」
異変に気付いたのか、先程の空の悲鳴が聞こえたのか、1人の若い店員が駆け付けてきたから鵺はビクッとして後ろを振り向く。
「ひぃ…!」
当然目の前の血だらけの室内と、MADと同じ腕をした鵺に顔を真っ青にして驚愕する店員。
「ひぃ…!M…MAD…」


ドスッ!!

「あ…あ…」
突然動き出した両手は鵺の意識を無視して、勝手に店員の左胸に突き刺さった。


グチャッ、グチャッ、

「うぅっ…ぁう…うっ…」
食べたいはずがないのに。なのに、鵺の両手はまた勝手に動いて、店員の頬と腕の肉を引きちぎりその肉を勝手に鵺の口まで運んで、口内へ放り込む。
「うっ…ぁっ…気持ち悪りぃ…んっ…、」


ゴクン、

自分の両手なのに勝手に動く両手によって、自分で自分に無理矢理、人肉を食べさせられる。
ビチャビチャと真っ赤な血で手を汚しながら人肉を食べる鵺の瞳からは涙がひっきりなし。


カラン、カラン…

全て食べ終えれば、店員の骨が音をたてて転がる。呆然と座り込む鵺の口の周りは、店員の真っ赤な血で汚れている。
「あ…ああっ…うっ…うああああああ!!」
鵺は頭を抱え後ろへ仰け反り、叫び声を上げた。





































その頃の空―――――

「はぁ、はぁ…ぐっ…!」
深々と降り積もる雪。誰もいない午前0時をまわった街の中、路地裏の壁に寄り掛かる。左手で顔を押さえ、右手で肩を押さえる。
空が歩いてきた道しるべのように、真っ白い雪には彼の血が点々と続いている。
「っぐ…、はぁっ、はぁ…くそっ…くそっ!!」


ドンッ!!

壁を強く右手拳で殴る。
「くそっ…くそ!くそ!くそ!!俺は、助けてやるって言っておきながら!MADになっても友達でいてやる安心しろなんて言っておきながら!何で逃げてきてんだよ!!っはぁ、はぁ…うぐっ…!…くそっ!!あいつの顔見りゃ、あいつの意志とは関係無くMAD化した両手が勝手に襲っている事くらい分かったはずなのに!所詮俺は口先だけなのかよ…くそ…くそっ!!」
膝まで積もった雪の中。血が流れる大怪我の中。空は今来た道を、さっきの倍の速さで走って戻っていった。

































その頃の鵺――――

「はぁ、はぁ…うっ…!」


ピチャッ、ピチャッ、

カラオケボックス1階。辺りに転がる店員や客の遺体を貪りながら涙を流す。


カラン、カラン…

店内の地球人を全て一通り食べ終えれば、地球人達の骨が足元に散らばる。骨にはまだ薄ら赤い肉が付いているから、それを舌が舐めとれば肉の味なんてしない。ただ血の味がするだけだった。
立ち上がれば、ふらついて出口へと歩く鵺の瞳からは涙が頬を伝っているが光が無いし、腕から肩、首、頬にまで緑色のMAD化が侵食している。
自分の両手が勝手に…とは言っても、自分がこの店内に居る地球人全員を殺してしまった事に違いはない。勝手に両手が動いた!と言っても誰も信じてはくれないだろうし、殺した事実は何も変わらない。


キィ…、


ゴオオオ…

店を出れば雪は鵺の足の付け根まで積もっており、吹雪いていて4m先も見えない。
「はぁ…はぁ…」
「あっちゃ〜。こりゃまた派手にやってくれたなァ鳳条院の坊っちゃん」
「…!」
すると、瞬間移動でもしてきたのかのように突然目の前に暢気に煙草を吸いながら現れたアイアン。鵺はぐっ…!と唇を噛み締める。
「ぷはっ〜。えらく侵食が早いやんか。まあ、そっちの方が将軍はん的には願ったり叶った、」


ドスッ!!

「おっとぉ。危ない危ない」
また勝手に動いた鵺の両手がアイアンの顔を目がけて振り上がる。
…だが、それを分かっていたのだろうか。アイアンは左手だけで鵺の両手を受け止めている。ガクガク震え、アイアンをまだ攻撃しようとしている鵺の両手。
一方、アイアンの左手は片手だけなのにビクともしない。空いている右手で煙草を吸っている程余裕。だから鵺は、自分の両手がアイアンを殺さなくて済んだ事に安心する反面、この男は自分の事を深く知っているような気がして恐ろしくなり、逃げ出したい。しかしやはり体が言う事を利いてくれないから無理。
「難儀やなァ鳳条院。MAD化のせいで、食いたくもない地球人の肉を食う羽目になって。こうなる事が分かっとって、何で俺を産んだんや!って地球人の親父とMADのおふくろを恨んでいるやろ。…でも会ってみたいやろ?まだ会った事のあらへんお前さんのおふくろに」
「っ…、」
ニィッ。
白い歯を覗かせて笑むアイアンの口がゆっくり動く。
「お前さんのおふくろが待ってるんやで」
「お母さんが…俺を…け?」
「そうやそうや、ええ食い付きや。ほな、会いに行こか。お前さんのおふくろ…グレンベレンバ将軍に」
「…!?しょ、将軍が俺のお母さん?!なしてら?なしてなんらて!?将軍はMADなんかじゃ無、い…、」


ガクン、

突然意識が遠退いた鵺がアイアンにもたれかるように倒れ、目を瞑る。
MAD化した鵺の緑色の腕には、アイアンの右手が持つ太い注射器の針が刺さっていた。
ニィッ…。白い歯を覗かせて笑むとアイアンは、顔の脇で手を叩く。
「3、2、1」


パッ!

何と、鵺が忽然と消えてしまったのだ。
























シュボッ。
「ふぅ〜。任務完了っと」
何事も無かったかのように新しい煙草を吸ってカラオケボックスに背を向け、ホテルへ戻ろうと歩き出すアイアン。


ザッ…、

「ん?」
雪を踏む足音が前方から聞こえて、顔を上げて笑む。
「何や。雨岬。未成年がこんな夜中にうろついとったら補導されるで」
アイアンの目の前には、顔や肩や腕から血を流し息を切らして戻ってきて眉間に皺を寄せた空が、アイアンを睨み付けて立っていた。
「あんた今…鵺に何をした…」







































to be continued...








1/1ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!