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終焉のアリア【完結】
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パチン!

「…ハッ!」
《…!》
鳳条院空が指を弾くと、鵺と、脳内に意識のある空は我に返る。
「つーわけだ鵺」
そう言われても、あんな事を最後言われたら言葉が出てこないし、気が滅入って俯いてしまう。
「あらら?」
鵺の顔を覗こうとする鳳条院空。しかし鵺は一向に顔を上げる気配が無いので鳳条院空も覗くのをやめ、部屋の白い天井を見上げた。
「だからよ、いくらおめぇが"俺は鳳条院鵺だ!お前の妻と一緒にすんな!"つっても、俺的には生まれ変わりのおめぇに現世でこそ幸せになってもらいてぇわけよ。よく言うだろ。不幸だったから来世では幸せになれよ!…って。でもさ現世っつーもんは残酷で、鵺おめぇは生まれ変わっても人と化け物(MAD)の子に生まれて周りから化け物扱いされて今、腕も化け物化してきて苦しい思いをしている。だから俺はそんなおめぇの運命をねじ曲げてやろうと、俺の生まれ変わりの雨岬の中に入ってでもおめぇを幸せにしてやりてぇんだ。分かってくれたか?」
「……」
「お〜い鵺。黙りだと俺寂しいぞ〜?」
「俺は…」
「ん?」
俯いたまま、手袋をした自分の両手の指を絡めたり解いたりしながら話し出す鵺。




















「俺は、雨岬の命を半分貰ろうてまで生きてる…そんげ事してまで生きたり、幸せになんてなりたくねがった…」
「じゃあ今、自分で自分の喉を裂いちまうっつーのか?」
「違う!そんげ事が言いてぇんじゃなぐて…!」
「ならもうそんな事一生言うな」
「え…」
鵺は顔を上げ、鳳条院空を見る。とても真剣な目をしていたから少し怖かった。
「雨岬が生かしてくれたんなら、その分最期まで精一杯生きて幸せになれ。それこそが命を半分くれた雨岬への恩返しってもんじゃねぇのか」
「……」
唇を噛み締める。
すると鳳条院空はフッ…と笑みを浮かべて、鵺の頭をポンポン叩く。
「はっはっは!心配すんな!雨岬と俺でおめぇを幸せにしてやっから!とにかく、前世でああなっちまった事には俺も酷く後悔しているし、鵺にも後悔ばかりさせちまった。鵺。俺はおめぇに、来世で幸せになれなんて待ちくたびれる事は言わねぇ。せっかく生まれ変わってこの世にまた生を受けたんだ。前世で幸せになれなかった分、現世の今、幸せになれ。だからよ、MAD化したとか死ぬかもしれねぇとかもうくよくよすんな。そう考えている数秒が数分となって無駄だろ?おめぇにはもう悔い無く幸せに生きてもらいてぇからな」
「悔い無く…」
「おお、そうだ」
「じ…じゃあ!」
「ん?」
顔をもう一度鳳条院空に向ける。口をモゴモゴさせて言い辛そうにしながら。だから鳳条院空は少しからかって、鵺の肩を左腕肘で突く。
「何だよ〜悔い無く何がしてぇんだ〜?俺に言えば欲しいモン何でも買ってきてやるぜ?」
「じゃあ相談があるんだろも」
「おう。何だ何だ?」
「時計!」
「時計?」
鵺は包装された青い小箱を取出して、照れながら目を泳がせる。
「この中に入ってる腕時計。雨岬のクリスマスプレゼントに買うたんだろも、雨岬の彼女が先に同じがんプレゼントしてたすけ…わ、渡し辛ぇんらて!同じの2個もいらねろ?」
《…それでか》
脳内に意識のある空は、先程の鵺の言動を思い出す。

『あ…。雨岬、その時計…』
『…時計。似合ってるねっか。良かったな』





















「良いじゃん。やれよ。別に、同じ物でも渡した奴が違ぇんだし」
「そう思えてたらこんげ悩まねぇてば!だってな雨岬は彼女できたばっかで彼女に夢中だすけ…。俺は雨岬が初めての友達だすけ渡してぇんだろも、彼女に夢中な今の雨岬に、しかも同じがん渡したっていらねぇ言われるのが目に見えてるねっか!同じがんでも、友達何かからのより彼女から貰ろうたがんを優先して使うろ普通」
「使う使わねぇとか二の次だろ。例え使わないとしても渡せ!」


ビシッ!

強気に指差す鳳条院空。
「初めての友達っつったか」
「う、うん…。俺ずっと化物だって言われて、友達1人もいなぐて。ていうかな、お祖母ちゃんしか俺の事を人間扱いしてくれなかったんだろも、雨岬はお祖母ちゃんと一緒で俺の事…他人で初めて俺の事を人間扱いしてくれた奴だすけ、そのっ…」
「礼、ってやつか」
「うん…」
「なら尚更渡せ。この際鵺の自己満でも良いじゃねぇか。ま、あいつは生意気なガキんちょだけどそんなに悪い奴じゃねぇから、使ってくれると思うぜ」
「うん…。あ!この会話は雨岬に聞こえてねぇろ?ねぇよな!?」
「聞こえ…てないぜ」
「ホッ…。良かっだ…」
《めっちゃ聞こえてるんすけど!!》




















ホッとする鵺を優しい笑みで見たら安心したのか鳳条院空も立ち上がり、魍魎を手に取る。
「んじゃ、俺はそろそろおいとまするわ。雨岬にいじめられたら、さっきみてぇに足で魍魎を抜刀して俺を呼び出せよ」
「あははっ。分かったて」


ピカッ…!

赤い光が室内を満たしていき、魍魎が鞘の中へ入っていき…


ガクン、

再びベッドの上に腰掛けた状態で座る空。
「うっ…、」
頭を手で押さえ、ゆっくり顔を上げる。
「雨岬」
「あ…ああ、鵺か」
「雨岬ありがとな。鳳条院空と話せたて」
「ああ…そうか」
「ひょっとして雨岬も見たんけ?俺達の前世」
「ああ…うん、まあ」
「そうけ…」
すると、突然鵺はもの寂しそうに笑みながら下を向き、足をパタパタさせる。
「やっぱり俺も、前世の俺みてぇに雨岬を巻き込んじまうんかな…。…やっぱり俺と友達だと雨岬おめさん駄目ら。だから…」
「気にすんな。あの前世を見ても俺はお前の友達でいてやる。周りが全員敵になっても俺だけはお前の友達で、味方でいてやる。それに、前世は前世だろ。同じ事を繰り返すかどうかなんて分からねーじゃん」


ぎゅっ…、

服の上から自分の左胸を締め付ける鵺。
「うん…。ありがと。雨岬がせっかくくれた命だすけ俺、頑張って生きて雨岬に恩返しする。もう心配かけねぇな。弱音吐くのもやめにするて」
「最初っからそうしろっつーの」
「何らて?!」
「ははっ。お前はそのくらい元気な方が良いよ」
怒って顔を上げた鵺。でも空の言葉に嬉しそうに微笑むと立ち上がったから、空はポカンとして座ったまま鵺を見上げる。
「どうした」


ビシッ!

鵺は笑顔で空を指差す。
「俺、今日から悔い無く生きる事にしたて!だすけ雨岬!今から遊びに行ごて!前約束したろ?」
「はあ?!こんな時間からかよ!?」
「良いねっか!俺が腕以外の服じゃ隠しきれねぇ所までMAD化したら遊びに行けねぇろ?」
「いや、それはそうなんだけど。今、夜の11時だぞ。さすがに今からっつっても遊びに行く場所に未成年は入れてもらえないんじゃねーの」
「うるせぇてば!行ぐ言うたら行ぐんて!」
「おわっ?!おい、おまっ…!」
――勝手に引っ張んじゃねー!!さっきまでの落ち込み様は何処いった?!――
腕をぐいぐい引っ張って強引且つ無理矢理空を連れ…いや、引き摺る鵺。「このド田舎者!」とか「アホ!」と言いつつも、長袖シャツの袖口からチラチラ覗く緑色に変色した鵺の腕を見たら、空の心の奥一番深い所が悟ってしまった。



















「あ。でも、俺が雨岬を借りる言うたすけ、雨岬の彼女が待ってるんらった」
「そうだよ!今頃気付いたか」
「でも、ま、いいろ!彼女とはこれからずっと一緒に居れるんだすけ!」
「そういう問題じゃ…、はぁ…。もういい。自分の決めた事は頑固として曲げないB型のお前に何を言っても無駄だよな」
「何らて?!そう言うおめさんは、いっつも俺の事を上から目線で見下して鼻で笑う大雑把O型だねっか!」
「O型はB型と違って大らかで協調性があるので〜」
「キーッ!O型のそういう所がムカつくて!B型悪く言うと、天国のお祖母ちゃんに言い付けてや、う"っ…!!」
「?おい、鵺どうし、」


ガクン、

「おい!鵺!?」
たった今の今までマシンガンのように騒がしかったのに、鵺は突然左胸を押さえて息苦しそうにすると、その場に膝から崩れ落ちてしまった。
慌てた空が心配したら…
「ぬ、…!!」


ボコッ、ボコッ…

長袖シャツで隠れているのに。シャツの上からでもあきらかに分かる。MAD化した右腕の血管が、まるで生きている化物のようにボコボコ脈打って動いているのだ。
その不気味過ぎる光景に背筋が凍り付き、一瞬にして血の気が引いてしまう空。


ガシッ!

「…!鵺…!?」
すると鵺は、ボコボコ動く自分の腕を右腕なら左腕で。左腕なら右腕で押さえ付けて必死に隠すのだ。
「っ…はぁ、はぁ…うぐっ!」
「鵺!苦しいのか!?ぬ、」
「う"っ…、くっ、あ"っ…!」
「鵺!!」
目をぎゅっ、と瞑り、悲鳴にも似た悲痛な声を上げる鵺の心臓が、まるで外へ出そうなくらいドクンドクン大きく脈打つから、鵺の顔は真っ青でも紫でもない。血の気が引いて、白くなっていく。
唇も白くなっていき全身がガタガタ震え出すから、空は鵺の肩を掴んで強制的にベッドへ横たわらせようと考える。
「鵺!すぐ横になれ!ぬ、」
「ぜってぇ嫌ら!!」


パシッ!

「…!」
大声で力強く否定し、空の手を振り払った。聞いた事の無いその怒鳴り声に空は思わずビクッとしてしまった。
「はぁっ、はぁ…」


しん…

静まり返った室内に、鵺の荒い息遣いだけが聞こえる。そんな彼の苦しさなど知らぬ雪が、窓の外で深々と降り積もっていた。
























蹲ったまま、まだ左腕をぎゅっと押さえる鵺。
「はっ…、はぁっ…ぜってぇ嫌ら…。ぜってぇ…遊びに行ぐ…」
「バカ野郎!立ってすらいられないのにお前そんな状態で遊びに行くバカ、世界中何処探したってお前だけだぞ!」
「俺だけでいい!!」
「っ…!?」
「俺だけでいい…こんげうっすらバカ、世界中で俺だけでも構わねぇて…。っはぁ…はぁ…例えばおめさん、は、明日地球が滅びるの…分かってて…でも具合悪りかったらずっと寝込んだまま、地球最後の日を迎える…んけ…!」
「そんなの規模が違い過ぎるだろ!何、意味分かんねー事言ってんだよ!そんな事言ってないで早く横になれよ!」
「自分が一番分かるんら!もう先が長くねぇのなんて誰よりも自分が一番分かるんら!だすけ俺は今、ぜってぇおめさんと遊び行ぐ!!それで死んでもMADになっても悔いは何にも残んねぇ!だって…だって!雨岬は初めてできた友達なんらもん!!俺がお祖母ちゃん以外で初めて好きになって信じられた人なんらもん!!良いねっか!友達の我儘くらい聞けてば!このっ…白髪メガネ!!」
呼吸が苦しいクセに、声を荒げて涙と鼻水が止まらない鵺。立とうと床に手を着いてもすぐよろめいて立てないクセに、何度も何度も同じ事を繰り返す。まるで産まれたてのヒナのように弱体化してしまっているのに、諦めようとしない諦めの悪さ。



















「ぅぐっ…立てね…、くそっ…!」
「せっかくくれた命だから頑張って生きるっつった矢先。無理して自滅しようとするところ、気分屋のB型らしいわ」
「え、うわっ?!」


ぐっ、

後ろから両腕を引っ張られ立たされた鵺。壁に手を着いて呼吸を乱しながらも空の方を不思議そうに見る。空は呆れ返って頭を掻いていた。
「しっかたねーなー。O型は心が広いから、遊びに行ってやるよ」
「ほ、本当け…!」
「嘘。つってもお前"行がせろて〜!"って、まーた小学生みたいに泣き喚くんだろ」
「〜〜!うるせぇてば!」


ドス!ドスッ!

「痛ってぇ!元気になってんじゃん!」
顔真っ赤にして空の腹を何度も蹴る鵺。悲しみに歪んでいた顔に次第に笑みが浮かび、別の意味の涙が止まらなかった。


















































同時刻、
マディナ帝国――――


ゴオオオ…!

真っ暗な中吹雪く外。
風になびく黄緑色のマフラーを巻き、マディナ城を見上げるのはファン1人。


ゴキッ…ゴキッ…

案の定、先程同様地面から奇妙な音をたてて現れた氷の兵士達。上空からプロペラ音が聞こえてくれば、城の方からやって来た氷のヘリコプター3機。中からはやはり氷の兵士達がファンに氷の銃を向けていた。


ゴキッ、ゴキッ…

敵に囲まれたファン。ゆっくりゆっくり彼へ近寄ってくる大群の氷の兵士。


カッ!

ファンは目を見開けば両腕を横に広げ、両手の平から真っ赤な炎を繰り出す。


ゴオオオッ!

声すら上げない氷の兵士達はファンが放つ巨大な炎に包まれ、跡形も無く溶けてしまった。…が、


ゴキッ、ゴキッ、

再び地面から現れた氷の兵士達に、ファンはマフラーを下にずらして口を出して溜息。
「ふぅ…。突破するしかないようだな」


ゴオオオッ!

両手で左右の兵士達を炎で攻撃し溶かしながら、城目がけ駆けて行く。


ドドドドドッ!!

上空のヘリコプター3機から発射される氷の銃弾。しかし、それらを人間離れした素早さで回避しながら地上の敵も倒していく。
城の前に立ちはだかる鋼鉄の巨大な城門が目の前に迫る。


タンッ!

これまた人間離れしたジャンプ力で門を飛び越える。


ガシャン!ガシャン!

ファンを追ってきた氷の兵士達は城門を越えられず、門にぶつかり粉々に割れて自滅。
「知能はまだ無いようだな」
そんな氷の兵士達を見て呟くと、走って城内へと1人で入って行った。




























城内―――


ピチョン、ピチョン…

天井から、溶けた氷が水となり床に滴る音しかしない不気味な程静まり返った真っ暗な城内。
凍り付いた城内。天井や壁に氷が張っているし、絵画には霜が張っていて肖像画の顔が霜に隠れて見えない。古い匂いがする古城だ。


カツン…コツン…

ファンが歩く足音しかしない。
「すっかり変わってしまったな…」


ヒュン!

「!」
その時、上の螺旋階段で人影が動いたからハッ!と顔を上げ、両手の平を向ける。そんな彼の背後。壁に飾ってある肖像画の口がニヤリ笑い…


ガッ!

「っ!?」
肖像画から外へ勢い良く飛び出した腕が、ファンの首を強く締め付けたのだ。肖像画はまるで生きているかのようにケタケタ笑う。
「お久し振りですね、ファンお兄様…」
「お前は…!!」
すると、他たくさんの肖像画達も一斉にケタケタ笑い出した。
「ケタケタ!」
「ケタケタケタケタ!」
「っ…!」
脳を直接手で触れられたような痛みが走る。真っ暗なな城内に響く、肖像画達の身の毛もよだつ不気味な笑い声。




















「ぐっ…!」
首を締め付けられ身動きがとれないが、両手を後ろの肖像画に向けて炎で焼き払おうとする。
「無駄ですよ、お兄様」


ピキッ…!

「なっ…!?」
何と、ファンの両手が凍り付いてしまい、炎が繰り出せない上、手が動けなくなってしまった。
「っ…、ぐっ…!」
ぶつかった痛みとは違う全身の体温を冷やしていく氷の激痛に顔を歪める。


ギチギチ…

首を締め付ける力が強くなればなる程肖像画は笑う。
「お兄様は本当バカ。あんなに素晴らしいお力を持った方達の下に付けば私達は食人鬼達から逃げ惑う事無く。且つ、力を得る事ができるというのに…」
「くっ…、MADに従う事それは確かに、MADに食べられる事を免れるだろう。しかし、地球人達を食べる残虐非道なMADに屈するなど、地球人として恥だと思わないのか!お前は…お前がMADに屈し、母国を売ったせいで多くのマディナ帝国民と父と母がMADに食われた事、お前は何とも思わないのか!弟や妹達はどうした!?答えろ!」
突然肖像画の口がへの字になり、舌打ちする。
「チッ。お兄様のそういう偽善者ぶった所、昔から大嫌い…。お兄様は世の中を何も分かっちゃいない。強者に屈し、弱者を虐げれば、自分の身が保証される事なんて子供でも分かる事。今更何故この国に戻ってきたの。…目障り。私の邪魔をしないで」


ゴッ…、

「!!」
肖像画の言葉が合図になり天井からは千本もの氷の剣が降ってきた。
「くっ…!」
「ふふふ。ジタバタ暴れても無駄。お兄様の体は今、私の手の中。安心して。朝食の食材に使ってあげるから。ドロテア様に捧げるにはお兄様の肉は不味い気もするけれどね…」
「くっ…!」
剣が目の前まで迫り、ファンに接触するまであと僅か。その時一瞬…
――…!?氷の剣の動きが止まった…!?――


ガシャン!!




























パラッ…パラッ…

降ってきた氷の剣は割れ、床に粉々に散らばる。
「ふ〜危なかった!間一髪ってまさにこの事だね!」
「…誰あんた」
氷の剣の破片の中心にニコニコ穏やかな笑顔で立っていたのは、水色のマフラーに厚手のコートを着た…
「ハロルド…!?」
「ファン君。お店にお財布を忘れたなんて嘘、バレバレだったよ」
ニコッ。
ハロルドが微笑んだ直後。
「…ハッ!え?嘘…何故!?」
たった今ファンの首を締め付けて捕らえていたハズなのに、何とファンは今肖像画から程遠い場所つまりハロルドの隣で平然と立っているではないか。肖像画は動揺を隠しきれない。
「何故!?今一瞬、刻が止まったような気がし…」


ゴオオオッ!

「ギャアアアア!!」
自由となったファンの真っ赤な炎が肖像画や他の肖像画達を焼き払った。





















「ふう…」
「もうっ。ファン君ってば1人で勝手にマディナ帝国まで来るなんて危ないよ。アイアン大佐達と作戦会議をするって言ってたのに」
「いや。私は本当はあの時この城門を1人で越えられた」
「僕もだよ」
「何…?」
「でもあの時は雨岬空君や鳳条院鵺君、ミルフィ・ポプキンちゃんも一緒に居たでしょ。だから一旦引き返して無難だったよね。彼らも一応戦えるけど…ほら、まだ子供でしょ。あの時、未来ある子供の将来を敵から守り切れるか僕不安だったんだよね。…駄目だね。僕は軍人失格だ。子供達や民間人を守る仕事の軍人なのに自信が無いなんてさ」
「いや、誰しもそう考え込む時はある。私も正直、此処へ1人で乗り込むのは生きて帰れる確信が無かったからな」
「ならどうして1人で来たのさ〜」
「……」
ポン。
ファンの左肩に手を乗せて微笑む。
「さっきの肖像画のお化け?が喋っている話少し聞こえちゃったんだけど…。ファン君の過去を僕は知らない。このマディナ帝国にファン君の過去が関係していて、言いたくないなら言わなくて良いよ。でも、手助けしてほしいならそう言って。"過去は話したくないけど手助けはしてほしい"って。僕はファン君が話したくない事を無理には聞かないよ。でも、頼まれれば手助けはするよ。だって僕達仲間だからね!」
「…すまない。迷惑をかけた」
「迷惑なんかじゃないってば〜!」
「フッ…そうか。ハロルドお前はそういう奴だったな」
「え?そういう奴ってどういう奴?」
ハロルドの脇を通り、先を歩くファン。
「何でもない」
「ええ!?な、何か気になるなぁ〜」




























マディナ城、2階―――

真っ暗な廊下を駆ける白いドレスに銀色の長い髪の少女。
「チィッ!お兄様の対策は万全なのに!何なのあの優男!あの優男何をした!?多分…いいえ、優男は確実に一瞬刻を止めた!気付いたらお兄様が私の手から離れていたなんて、刻を止めない限りあり得ないもの!!」
「ワンッ!ワンッ!」
「きゃあ!?」


キキーッ!

曲がり角で犬に吠えられ、急停止した女性の前には…
「なっ…何?この大きな犬は…!?」
見上げる程の4mの巨大犬がそこに居た。茶色の斑点模様で、深い毛で目が隠れている犬。
「ごきげんようミス・レディアナ」
「ドロテア様!」
犬の背中に乗っていたドロテアがひょっこり顔を出せば、女性レディアナは目をキラキラ輝かせる。
「こちらのお犬さんはドロテア様の愛犬でございますか?」
「いかにも。名をベストリーヌといいます。ベス、と呼んであげて下さい。ところでミス・レディアナ。先程侵入者が現れたとの事でしたが」
「そうなのです!懲りずにまた私の兄が!」
「眼鏡をかけた白髪(はくはつ)の少年は一緒でしたか?」
「い、いえそれが、もう1人は兄の仲間と思われる金髪の優男しか…」
ドロテアは顎に手を充てる。
「ふむ。そうですか。それは残念。…ですが、グレンベレンバの部下を食すのも、彼女へわたくし達の力を誇示できる良い材料かもしれませんね」
「え?ドロテア様あの…」
「何でもございませんよミス・レディアナ。それでは貴女にも、目障りな地球人を排除できる最後の力を授けましょう」
「本当ですか!?」
「ええ。とっても素敵な力ですよ。その力で地球人を排除なさい」

































その頃のハロルドとファン―――

「うう〜それにしてもやっぱり極寒の国だねマディナ帝国は…」
ブルブル震えるハロルドの隣で、相変わらず平然としているファン。
2人は壁まで凍った城内の暗い廊下を歩く。廊下に立ち並ぶ鎧像や顔の無い肖像画が不気味で、まるで幽霊城。
――こ、怖い…!!――
「ハロルド」
「な、何ファン君…うぅ…寒い…」
「先程の力は何だ」
「力?何の事かな」
ピタッ。
足を止めたファンは、真剣な顔をしてハロルドと向き合う。
「お前が私を助けた時。気付いたら私は敵の手から解放され、お前の横に立っていた。その時一瞬記憶が飛んだ。お前は一体何をした」
「そんな怖い顔しないでよ〜!僕は俊足の持ち主でねっ!ビューンッ!って目にも止まらないすっご〜い速さでファン君を敵から助けたんだよ!」
えっへん!と腰に両手を充てるハロルド…に対してファンはやはり真剣なままだからハロルドの調子が狂ってしまい、ふざけるのはやめ、どこかもの寂しげな目をして窓の外の銀世界に体を向ける。
「真剣に聞いている。別に悪く言うわけではない。私もアリスも、常人とは掛け離れた特殊な力を持っているからEMS軍に入軍できた。ハロルド。お前の力、そういえばまだ聞いていなかったな。…というだけの事だ。何も、堅くなる事はない」
「うん…ありがとうファン君。でもね、僕本当はこの力、大嫌いなんだ…」
「……」
「僕の力なんて誰も守れないから」
ひんやり。
窓に手をそっ…、と触れたハロルドの体の芯にまで伝わる程の冷たさ。
「…そうか。ならば話さなくて良い。お前に話せない事がある私と同じだ。おあいこだな」
「ありがとう、ファン君」


ドン!ドン!ドン!!

「!?」
「て、敵!?」
城内が大きく揺れ出すのと同時に、爆発音が聞こえ出して2人は辺りを見回す。
「外だ!」
ファンが窓の外を指差せば城外で灰色の煙があちこちにいくつも上がっているし、爆発音も外からだけ聞こえる。
「敵かな!?」
「む…」


ドン!ドン!ドン!

灰色の煙に紛れて、辺り一帯に広がる真っ黒い光を目を凝らして見るファン。
「む。あの黒い光…見覚えないか?」
「う、うん。僕も何だかそんな気がしてきたよ」
キラリ。
爆発の方からこちら目がけて光った黒い光が、城へと猛進してきた。
「避けろ!!」


ガシャーン!!



























パラッ、パラッ…
黒い光が城の窓を突き破って突入。辺りには窓ガラスの破片が飛び散り、破壊された壁のコンクリート片が煙となって舞う。
「ゴホッ!ゴホッ!ファ、ファン君大丈夫だった?」
「ああ。敵に気付かれる事など考えもしないこの荒く乱暴な侵入方法。あの黒い光…」
「どうせ俺だって言いてぇんだろ堅物ヤロー!」
「アリス君!?」


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