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終焉のアリア【完結】
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ぐぅ…

駅から離れた飲食店街に差し掛かった時だった。後ろから聞こえてきた腹の虫の音にそーっと振り向けば、案の定。シトリーが口をへの字にして下ばかり見ていたので、自転車を停め、シトリーは乗せたまま空だけがファーストフード店へ入る。
すぐに出てきて袋の中からフライドポテトが入った紙箱をシトリーに手渡す。自分はそれに一切手を付けず、再び自転車を漕ぎ出した。


























もうじき21時になるというのに、街中というだけあって人通りも車の通りも多い。飲食店街のネオンを駆ける自転車。
「腹、減ってたんだな」
「うぅ…」
「ん?どうした?」
調度信号待ちに差し掛かった為、停まって後ろを向けば。シトリーはフライドポテトを一本口に咥えた状態で何とも不味そうに顔を歪めているではないか。箱に視線を移せば、全く減っていないフライドポテト。その間にもシトリーのお腹は、ぐぅぐぅと虫の音が止まないものだから、空はぽかんとだらしなく口を開けたまま。
「…嫌いだったか?それ」
シトリーは首を何度も何度も横に振るが…。
「じゃあどうして食わないんだよ。俺に気、遣ってんのか?それなら気にしなくて良いし。それ全部お前にやるって」
信号が青に変わって再び漕ぎだす。自転車のライトの、ジージーいう音がやけに煩い。
「シトリーのおうちのごはんとちがうぅ…」
「え?じゃあお前いつも何食ってんだよ」
「うぅ…」
――何だこいつ。安い食べ物なんて食べた事無いって言いたいのか?――
本当に不思議人間シトリーの何から何までが理解に苦しむ。首を傾げながらも、漕ぐ足を止めなかった。






























しばらくして住宅街の小路へ入ると『雨岬』という表札のかかった家が見えてきた。空の実家だ。不思議な事に、まだ21時前にも関わらず、両隣をはじめ、この辺り一帯の民家の明かりは消えており、空の実家しか明かりがついていないのだ。
「そういえばお前ん家どの辺り?お前まだ小学生くらいだろ?両親心配してるぞ」
「シトリーきょう、そらのおうちにお泊まりするっ」
「はぁ!?」


キキィー!

思わず急ブレーキ。閑静な住宅街に響いたブレーキ音はノイズ。目を見開いて、バッ!とシトリーに顔を向けた空の目尻がピクピク痙攣する。
「ちょっと待て!何でそうなるんだよ。第一お前会ってすぐ友達だ!とかぬいぐるみ買ってくれ!だとか、飯奢らせたりだとか何なんだよ!お前小学生?何年生?それより何処住み?」
マシンガンさながらに息をも吐かせぬ速さで質問攻めする空の声色は誰がどう聞いても相当イライラしている為、シトリーはまた涙を浮かべ、大きい瞳を潤ませてくまのぬいぐるみに顔を埋めてしまう。
しかし、もうこの手の泣き落としが通用するレベルではないのだ。空の怒りのバロメーターは最高潮に達する。ギロリ、と睨み付ければポロポロ涙がシトリーの頬を伝うけれど、空は動じない。
「うぅ…こわい…」
「はっ。また泣くのかよ。泣きたいのはこっちだっての。もう知らないからな。小学生でも自分ん家くらい分かるだろ。じゃあな。もう会う事も無いよな。はい、さようならー」
自転車を家の門前に停めた空は、鞄片手にさっさと降りて門をガラガラ開いて行ってしまう。
シトリーは堪え切れず涙を溢れさせ、パタパタ足音をたてて空を追い掛ける。
「うぅっ…」
追い付けば、後ろから空の腰にぎゅっ、と抱き付き、背中に顔を埋めて大粒の涙を引っきりなしにボロボロ流している。



















チラ、と顔だけを後ろに向ければ、背中に埋めているせいで顔が見えないが、ぐす、ぐす、と泣き声がする。空は肩を落とし、思わず溜息。シトリーを離して目線を合わせる為に屈めば、シトリーは小さい両手で涙を拭いながら肩を上下させてヒクヒク泣いていた。
「俺は別に意地悪を言っているんじゃなくて。お前の家を教えてほしいだけなんだ。そうしないとお前一生帰れないだろ?」
「ひっく…ひっく…」
「なぁシトリー。家、何処なんだ?教えてくれたら送ってやるから」
「ひっく…シトリーおうちわかんない…」
「え?」
「ぱぱもままもわかんない…シトリーどーしてここにいるかもわかんないのっ」
「お前まさか…」
――記憶喪失?――
「まさか…な」
しかしこの様子からして本当に何も分からないのだろう。そう言われてみればさっきも、TVの事が分からなかったり、敬語の意味が分からなかったり、ぬいぐるみを買わずに店の外へ持ち出したり…。とにかく、度の越えた世間知らずなところが多々目立っていた。それに、小学生くらいの外見にしては幼稚過ぎる言動。
ふと、視界に入ったシトリーの涙で濡れたオッドアイにまた、あの時と同じ異様な感覚に襲われた。


ドクン…ドクン…

「ぐっ…!」
急に息苦しくなり、左胸を押さえた空に、シトリーは泣きながらも心配して顔を覗き込んでくる。
「そら、だいじょうぶ?」
――くっ…、そういえば俺も雨岬家へ引き取られる以前の記憶がぽっかり抜けていたっけ。こいつは俺と同じ瞳の色…オッドアイ…。元凶は分からない。けど、もしかしたら俺とこいつは同じ何かがあるのか…?――
「はっ…。なんて、漫画の読み過ぎか」
現実離れした己の考えを自嘲。ぐっ、とシトリーの右手を掴めば玄関へと歩いていくから、シトリーは頭上にハテナをたくさん浮かべている。
「えっ?えっ?」
「仕方ないから。今日だけ泊めてやるって言ってんの。明日ちゃんと交番に届け出るけどな」
「ほんとっ!?いーの?」
「いーですよーっ。さすがに両親も家も分からない奴を於いてはいけないだろ」
「わーいっ!わーいっ!」
許してしまえば、すぐこれだ。両手を挙げて大喜びのシトリー。頬にはまだ涙の跡が残っていたけれどすっかり笑顔なシトリーに、空はまるで5年分の疲れが一気にのしかかってきたよう。
「はぁ…っとに。こいつの親の顔が見てみたいよ」


ガチャ…、

「…っ!?」
ドアノブを回した時だった。すぐに手を引っ込める。何故なら、夕方自分の自転車のハンドルに付着していた緑色の粘着質なあの液体が、家のノブにべっとり付着していたからだ。手に付着したそれと、ノブからポタポタ滴るそれとを交互に見ていたら後ろから…
「そらーっ??」
と、催促するシトリーの声が聞こえてきた為、
「な、何でもないからな」
口では余裕そうに言うが空の顔は全くそうは言っていなかったけれど。
取り敢えず、気持ち悪いそれを見ないように。しかし、拭き取ってしまえる程度ではなかった為、意を決して再びノブに触れた時。


キィ…

「あ…開いてる?」
勢い余ってノブを回してしまったのだが、何と、鍵がかかっておらず。
――おかしい。あのしっかり者過ぎて小学生だってのに早々に老けるんじゃね?レベルの楓が戸締りを怠るなんて…――
「俺が帰ってくるから開けておいたとか?いや。そんな事今まで一度も無かったはず。ただ単にかけ忘れたんだよな…」
口では自分に言い聞かせつつも、何故だろう。どうもただ単にかけ忘れとは思えない自分がいた空。生まれて初めて胸騒ぎというモノを感じた空はシトリーの事も忘れ、勢い良くドアを開く。靴も脱ぎ捨て、廊下を駆ける。目指すは最奥のリビング。
「そらーっ!そらー!」
シトリーの声は右耳から入って左耳へと抜けていく。リビングからはTVの音と賑やかな話し声。
「父さん!楓!」
息を切らして、リビングのドアを押し開けると…
「あーら!おかえり空ちゃん」
「今日遅かったじゃない。あっ。まさか彼女ができたとか?」
「あはは!空ちゃんもお年頃ねぇ」
「なっ…何だお前ら…」
夢か現実か?此処は自分の家?此処は自分の家のリビング?そして此処は、現実世界?全てに疑問符をつけたくなる光景が目の前に広がっている。
リビングには、全身緑色をした奇妙な人型の生き物が4人、食卓を囲む形で席に着いているのだ。4人の目と思われるダイヤのように真っ赤な一つ目が空を見ている。テーブル上には、気温の高い日にも関わらず、ガスコンロの火で温めている土鍋。野菜や肉がはみ出る程てんこ盛りの鍋がぐつぐついっている。真っ赤な汁だ。






















『何でやねん!』
『ほな、さいならー!』
リビング奥のTVからは極普通の漫才の陽気なやり取りが聞こえてくるのに、映っている漫才師2人は蝶ネクタイにスーツを着た緑色の人型の生き物なのだ。カメラが客席に向いても客も皆、緑色の人型の生き物。そして今、空の目の前に居る4人も緑色をした人型の生き物。
ぐつぐつ…。鍋の具の煮える音とTVからの音だけがする。
すると1人の、中年女性が着るような派手な紫色のワンピースを着た人型の生き物が立ち上がる。
「空ちゃんどうしたの?顔、青いわよ。さぁ、今日は空ちゃんがだぁいすきな鍋料理よ。さぁ!」


パシッ!

差し出された、指輪が全ての指にはめられた気持ち悪い緑色の手を振り払う空。人型の生き物はゆっくり顔を上げこちらを見てくるが、生憎、表情が全く分からない顔をしている。
目をつり上げた空は普段から揉め事に介入しない為か滅多に怒らない性格の為今、生まれて初めてこんなにも怒りに満ちている。
「あはは。どうしちゃったの空ちゃん。そんな乱暴する子じゃなかっ、」
「父さんと楓は何処だ!」
「何言ってるの空ちゃん?空ちゃんの家族は私達だけじゃない。ねぇ?」
「そうよねぇ」
「ふふ、おかしな空ちゃん」
「夢でも見ているのかしら?」
「ふざけてんじゃねぇよ!答えろっつってんだろ!警察呼ぶぞ!!」
怒鳴り声を上げた空にはさすがの4人も黙り込む。普段、声を張り上げないから息が上がってしまった空が呼吸を整える。その隙に…。


ガシッ!

「っ!?」
人型の生き物2人に両腕をがっちり掴まれ、5人目の椅子に無理矢理座らせられる。暴れるが、がっちり掴まれた腕に注がれる力からは"逃がさない"という彼女達の本心が嫌という程伝わってくる。
「っ!放せよくそっ!何者なんだよお前ら!!」
もう1人の人型の生き物にぐっ、と顎を上げさせられ無理矢理口を開かされる。そして残る1人が小皿によそった鍋の肉。最後におたまですくった真っ赤な汁。
「ほぉら。熱々の内に、たぁんと召し上がれ」
箸で挟んだ肉には真っ赤な汁がドロドロ付着している。無理矢理開かされた口の中へ無理矢理肉を食べさせられ、無理矢理口を閉じさせられる。




















「っぐ…んぐ…!」
「ほら空ちゃん。しっかり噛まなきゃダメよ。ねぇ?」
頭と顎を固定され無理矢理食べさせられる為、嫌でも肉を噛み砕いていた時。
「そっ、そらぁ…!」
「あら?」
リビングと廊下の壁に半身を隠し、ガタガタ震えボロボロ涙を流したシトリーが呼んでいる。振り向いてやりたい空だが、がっちり固定された全身は身動きが取れず。
すると、手の空いている1人がシトリーに歩み寄れば、案の定シトリーは酷く怯える。
「うぅ、うあああっ!」
人型の生き物の脇を擦り抜けると、パタパタ足音をたてて空目がけ駆け出した。すぐに空の膝の上にしがみ付き、ボロボロ涙を流すシトリーが彼の視界に入った時、人型の生き物3人の手の力が緩んだ。その隙をつく。
「シトリー!」
「きゃっ!」
自分を拘束していた3人を振り払い、シトリーを自分の方へ引き寄せる事に成功。シトリーは空の腹部辺りの背丈なので、腹部に顔を埋めて泣き喚いている。
一方の空はキッチンの流し台を背に、人型の生き物4人との距離をとる。しかし4人は遠慮無しに近寄ってくるから、流し台の上に置いてあった包丁を手に取ると、刃先を4人に向けて威嚇。
「来るな!来たらぶっ殺すぞ!」
しかし4人は顔を見合わせてすぐ、腹を抱えて笑い出すのだ。
「ぷっ…あっはっは!」
「物騒な言葉使っちゃって。可愛いわねぇ」
「何が可笑しいんだよ!気持ち悪ぃんだよお前ら!さっさと失せろ!マジでぶっ殺すからな!!」
「うふふ。ねぇ空ちゃん。さっき食べたお肉美味しかったぁ?」
「話反らしてんじゃねぇよ!」
「スープも超絶品だったでしょう?」
「だから反らすなっつってんだろ!!」
「ねぇ。あのお肉何のお肉だったと思う?あ。序でにスープも、」


ドスッ…、

我慢の限界だった。
野暮な質問をしてくる1人の人型の生き物に向けて投げた包丁は、彼女の頭にグサリと突き刺さった。


バタン…

無言。悲鳴すら上げず、人型の生き物はその場に仰向けで倒れこんだ。死んだ、だろう。
残りの3人をキッ!と睨み付けてやる。
「お前らもこいつみたいにしてやるからな!」
「誰みたいに、ですって?」
「なっ…!?」
嘘だろう!?空のその言葉は恐怖のあまり、言葉にならなかった。何故なら、今自分が投げた包丁が頭に突き刺さり死んだはずの人型の生き物が、ゆっくり起きて立ち上がったのだ。包丁が突き刺さった部分からは、緑色の血がドクドク流れているというのに平然としているのだ。
これにはさすがの空も顔を真っ青。後退りしてしまうが、もう、後ろへは下がれず。流し台にぶつかってしまった。
「くっそ…!」
「ねぇ空ちゃん。空ちゃんが答えてくれないからさっきのクイズの答え、教えちゃうわよ?さっきのお肉とスープはぁ…」
4人は顔を見合わせてから口を揃えてこう言った。
「空ちゃんのお父さんと妹ちゃんの人肉と血のスープなのよ!!」



















「うあああああ!!」
「そ、そらっ!?」
4人の揃った声が、まるで脳を直接手で触られたかのように空の脳にダイレクトに響いたのだ。頭を抱え目を見開き、その場に蹲ってしまった空はただただ悲鳴にも似た声を叫び続ける。まだ涙を流しながらも、シトリーが駆け寄る。
「そら?そら!どーしたの、そらっ!」
「あっはっは!空ちゃんってば自分の家族を食べちゃうなんてわ・る・い・子!」
「それよりー。本当に記憶喪失なのね!」
「ドロテア様の言ってた通りのようね。ねぇ?シルヴェルトリフェミア様?」
「うっ…えっ…?どーしてシトリーの名前知ってるのっ…」
怯え、空にしがみ付きながらもシトリーが4人を見て問い掛ければ、4人はまた顔を見合わせて口を揃えた。
「だって貴方は私達プラネットの長じゃありませんか!」
「ふぇっ…?」


ドン!ドン!
ガシャン!

「ぐえええ!!」
突然、道路側から一台の真っ赤な車が家の中へ突っ込んできたではないか。リビングまで突っ込んできた為、人型の生き物4人は気味の悪い声を上げ、車の下敷きに。しかし空とシトリーはスレスレのところで間一髪。無事だ。まるで、意図していたかのように。
車が突っ込んできた爆音にハッと我に返った空が咄嗟に顔を上げた時、目の前の惨状に呆然。


バタン!

すると、突っ込んできた車の運転席から青色のゴーグルをつけ、黒い軍服を羽織った1人の小柄な少女が姿を現す。アリアだ。空と同じ美しい真っ白な長い髪をなびかせ、ブーツのヒールを鳴らして歩み寄ってくる。


















「な、何だよお前!お前もこいつらの仲間か!」


カチャ…

「なっ…!?」
アリアは立ち止まると、懐から取り出した拳銃の銃口をシトリーに向けてきたではないか。反射的にシトリーを庇おうと空が駆け出すが…
「そらっ…!」


パァン!パァン!

「シトリィィィ!!」
遅かった。空が庇うよりも先に、銃口から飛び出した二発の銃弾という名の悪魔がシトリーの額と左胸に命中。撃たれた箇所から灰色の煙が吹き出てバタン、と俯せで倒れこんだシトリー。


ガッ!

血相変えた空はアリアの胸倉を掴み上げた。震える空の身体。その震えは怒りによるものか、はたまた…。
ゴーグルの下のアリアの真っ赤な目と目が合えばその冷たさに一瞬身体を震わせる空。だが歯を食い縛り、恐怖を自分の中から消し去る。
「ふざけんじゃねぇよ!勝手に人の家に突っ込んできて!勝手に…勝手に俺の友達殺しやがって何様だよおま、ぐあっ!」


ドッ!

鈍い音がした。頭に血がのぼり、周りが見えなくなってしまった空は隙だらけ。
アリアの右手拳が空の腹部にめり込めば、一瞬息が止まった。その隙にアリアは愛車の後部座席に空を放り込むと、自分は運転席に着き、エンジンをかける。後退するには有り得ない80km速度でぐん、と後退すると、家から出た細い住宅街を100km出して走行した。


キキィー!

明かり一つ灯っていない不気味で真っ暗な住宅街に響き渡る車の走行音。
一方、我に返った空は運転席のアリアに向かって身を乗り出した。
「おいお前!何者なんだよ!俺を家に帰せって!」


パァン!

「っ〜!」
「これ以上騒ぐようならば降ろすぞ」
アリアによる威嚇の発砲。しかし威嚇と言えど、こんな狭い車内で発砲されたら火薬臭いし、何より耳鳴りが酷い。
「本望だ!俺は此処で降ろさせてもら…っ!?」
降りようと、ドアの把手を握った時。車窓の向こうに映った東京の街はいつもと何一つ変わらぬ眩しいネオン街…のはずだったのに。街を歩いている人々は、先程の緑色をした気持ち悪い人型の生き物達で溢れかえっていたのだ。何処を見渡しても普通の人間はいない。全員、気持ち悪いあの生き物達。




















大型スクリーンに映し出されるビールのCMキャラクターを務めていたはずの有名アイドルも人型の生き物に切り替わっていて。ネクタイを頭に巻いて酔っ払っているスーツ姿のサラリーマン達も皆、あの人型の生き物なのだ。女子高生も女子供もみんな、みんな。
「う"っ…」
先程言われた、"父親と妹の肉"の事を思い出してしまい、顔を真っ青にして両手で口を覆った空は、背もたれに寄り掛かり、俯く。そんな彼の事を運転する傍ら、ルームミラー越しにチラ、と見るアリア。
「あいつらは異星プラネットから地球侵略を目論み襲来してきた通称…MADだ」
「M…AD?はっ!そんな事より。父さんは!楓は!学校の奴らは!?」
「カニバリズム」
「カニバ…それって…」
「知っているようだな。さすがはリオナの子だ」
ニヤリと笑いながらそう口にしたアリアに、空は困惑。
「話を戻すが、奴らMADは我々地球人が鶏や魚の肉を食すように、地球人を何の抵抗も無く食べる。つまり、食物連鎖上我々地球人の上にMADが位置付けられていると言えば、大体の現状が把握できただろう?」
「なっ…意味分かんないし!異星人!?何だよ!そんなのSF世界の話だろ!」
「しかし地球外惑星が存在するという事は、異星人がいてもおかしくはない」
「くっ…!」
何も言い返せない。確かにアリアの言う通りだ。しかし、地球へ到達するまでに膨大な年月を要するはず。地球へ辿り着く前に死んでしまうのではないだろうか?
「けど、」
「シルヴェルトリフェミアにだいぶ気に入られたようだな」
「っ…!シトリーの事を知っていたのかお前!」
空の脳裏では、たったさっきシトリーがアリアに銃殺された場面が鮮明に蘇る。途端、アリアへの計り知れない怒りが込み上げた。
「シトリー?はっ、たった数時間で愛称で呼ぶ程の仲になったか。バカだな」
「ばっ、バカ!?」
アリアは、襲い掛かってくる人型の生き物通称MAD達を車で跳ねながら静かに口を開く。
「シルヴェルトリフェミア…通称シトリーこそが地球侵略を目論むMADを統一する長だ」
「なっ…!?」
次々とMADを轢き殺し、車で金網を突き破った先には、煩いプロペラ音をたててゆっくり着陸した一機のヘリコプター。車窓越しにそれを見上げる空は呆然。アリアが車から降りたので、空も慌てて降りる。





















車のトランクの中からマシンガンや、その他見た事の無い新型の拳銃をいくつも平然と取り出す物騒なアリアに、物怖じしながらも歯を食い縛って声を荒げる空。
「な、何、訳分かんない事言ってんだよ!まだ子供で女の子で…あいつが…シトリーがそんな事する奴なはずないだろ!」
「因みに。シトリーは男だぞ」
「えっ…!」
「はっ。女のように可愛い顔だったから唆されたのか?これだから色ガキは困るな」
「そんなんじゃない!」
顔を上げ、馬鹿にしたニヤリという笑みを向けてくるアリアに、空は口では怒りつつ、耳まで真っ赤に染めていた。


バタン!

トランクを閉じるとアリアは抱えた銃器達を、アリアと同じ白軍服を着たヘリコプターの操縦士の若い男性に手渡す。
「お、おい待てよ!お前は一体何者なんだ。どうして俺を此処まで連れてきた!」
空の半ば苛立った声の問い掛けにアリアの肩がピクリと反応。若い男性を先にヘリコプターの中へ乗せると、アリアは空に背を向けたまま静かに口を開いた。
「私の名はアリア・L・ミリアム」
「アリア…エル…ミリアム?」
「…久しぶりだな。会いたかったよソラ」
「なっ…!?何で俺の名前を…!?」


コツ、コツ…

ブーツのヒールを鳴らして振り向いたアリアの、もの寂しげな真っ赤な瞳に、動揺を隠せない空が映る。
「ソラの事は守り抜いてみせるよ。私の命に代えても」
MADの街と化した東京の空を、一機のヘリコプターが飛び立っていった。










































同時刻――――

「…ミア様!シルヴェルトリフェミア様!」
「んぅ…」
「良かった。やっと見つけましたよ。ルヴェルトリフェミア様」
血や、割れたガラス片が散らばる無残な雨岬家。撃たれた箇所を緑色の血で滲ませながらも目を覚ましたシトリーの前にはMADの姿をした侍女『ドロテア』の姿があった。
「あ…ドロ…テアっ…?」
「はい。そうですドロテアですよ。良かった!記憶もお戻りになられたのですね、シルヴェルトリフェミア様!」
「うっ…?」
「皆、とても心配していたのですよ。一緒に搭乗し宇宙船が壊れ、そのまま地球へ落下し、シルヴェルトリフェミア様とだけ離ればなれになり…」
ドロテアの言葉は右耳から入って左耳から抜けていく。シトリーは忙しなく辺りを見回す。まるで誰かを探すかのように。
「そらっ…?」
「シルヴェルトリフェミア様。空という少年の両親がシルヴェルトリフェミア様のお父様とお母様を手にかけた地球人だと以前、お話ししましたよね?ご安心下さい。今後一切、空というあの少年がシルヴェルトリフェミア様に近付けぬよう、致します故」
ぐいっ、と半ば強引に引っ張られるシトリーの右腕。その時。散乱したキッチンの床に転がる大きなくまのぬいぐるみを見つけたシトリーはハッ!とすると、すぐにそれを抱き抱えた。
侍女ドロテアに腕を引かれるがまま外に出れば宇宙船が一機待っていた。開かれたドアから中へ入る。ドアが閉じる寸前。
「宜しいですか?これからはいよいよ我々と地球人との戦争です。亡くなったお父様とお母様の為にも、シルヴェルトリフェミア様。地球を我が者と致しましょう」
「うぅ…でもそらがっ…!」
「彼も敵です。何れシルヴェルトリフェミア様を殺しに来る我々の敵です。あんな下衆な地球人など忘れましょう。ご友人が欲しいのでしたら、MADの中でも特に勝れた者を手配しておきますからご安心下さい」
くるり、と背を向けるとドロテアは船内の奥へと去ってしまった。
残されたシトリーは 宇宙船の窓から、東京を見下ろす。短い時間ではあったがたったさっき、空と遊んだあの街を。
「そら…」
大きなくまのぬいぐるみをぎゅっと抱き締めていた。


























2526年――――

侵略された地球は、対MAD大規模軍隊EMS領。人口の98%がMADで構成されたMAD領。地球人もMADも共存し合う共和派領。この三つに区分された。









































今日釣られた魚。昨日店頭に並べられた鶏の肉。一昨日潰された蚊。ろくに世話のされないペット。これらが『貴方』に置き換えられる日も、そう遠くはないかもしれません。
くれぐれもMAD達の食卓に並ぶことにならぬよう、細心のご注意をお願い致します。




































「さーて!今日はサラリーマンのムニエル仕立てに、専業主婦の人肉冷製サラダ、デザートは中学生のヨーグルトストロベリー掛けよ。さぁ!今宵も楽しく美味な晩餐を頂きましょう!」




















to be continued...







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