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終焉のアリア【完結】
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「前世?!そんげ事があるんけ?!」
鳳条院空の事を説明し終えた空に、やはり鵺は驚愕そして動揺。だって、非現実的過ぎる。こんなの"お伽噺"の世界の話だろう?と。
「俺も知ったばっかりでさ。でもその鳳条院空っつー奴がそう言うんだからそうなんだろうな。しっかし、すげーよな。いくら前世と言えど、俺は本当はバロックっつー国の人間で、お前は日本人。前世で関わりあった者同士が現世でよく会えたっつーか…何かこれドラマか漫画にできそうじゃね?」
「ムスッ」
「何不貞腐れてんだよ」
「なして俺の前世が女で、よりによっておめさんの伴侶なんらて。納得いがねぇ」
「そんなん俺は知らないし。ま、そういう事らしい。だからお前にこの前変な事を言ったのもアレ俺じゃなくて、俺の中にいる俺の前世の鳳条院空だからな?!変な事言ったらこれからは全部、鳳条院空だと思えよ!」
「あの気持ち悪ぃ事け」
「言うな!掘り返すな!!」
「分かってるて!」
笑う鵺に空ははぁ、と溜息を吐きつつ笑う。が、すぐ真剣な表情になるから鵺は空の顔色を伺う。
「なしたて。そんなおっかねぇ顔して。まだ何かあるんけ?」
「…まあこれはお前絶対驚くし、"嘘らろ?!"って言うと思うんだけどさ。…シトリーが俺のマンションに現れた日、EMS軍本部へ向かう電車の中で鵺、お前は俺を庇って…MADに殺されたんだ」
「なっ…!?う、」
「嘘じゃねーっつってんだろ」
「っ…!!」


ザワッ…!

背筋が凍り付き顔を真っ青にした鵺がガタガタ震え出すから、空は肩をポン、と叩いてやる。それでも震えはおさまらないが。























「でも今、こうしてちゃんと生きてる。あの時グレンベレンバ…将軍が俺の心臓の半分をお前にやったから」
「なっ…で、できるわけねぇねっかそんげ事!!…って言っても現にできたんらろ…だすけ俺、今生きてるし…」
両手を開いたり閉じたりする鵺の動揺は消えず。
「だから俺とお前の寿命は半分半分な。だからそうやってお前ばかり先…みたいな事言うの、もうやめろよ」
「半分半分って…俺にくれたかららろ?!おめさんなしてそんげ事したんら!?そんげ事してまで俺は、生きたくねがった!!」
「何だよ。ならあの時死んだままにしとけ、って言いたいのかよ」
「初めての友達の寿命縮めてまで生きるなんて、世界中何処探したってそんげ迷惑な友達いねぇがて!!俺が居たせいで、俺が雨岬の友達になったせいでおめさんが不幸になってるねっか!!」
「そんな事、…!!」
ガクガク震える自分の太股に爪をたてている鵺の俯いた顔からポタポタ滴る雫。床のカーペットに落ちて、染みとなる前に消えていく雫達に気付いた空は、溜を息吐きながら笑ってしまう。まだ、泣き虫が治っていないから。
「俺が居たからだねっか!全部、全部そうらろ!」
「まー、お前が居なかったら、EMS軍本部に逃げるっつー案が浮かばずに俺は今頃オダブツだっただろうけどな」
「うっ…うぅ…あ、雨岬おめさんズリぃて!いっつもいっつもそうやってかっこつけんなてば!!いっそ、うっすらバカ!って言われた方が楽だねっか!!」
下を向いて目を両手で擦り、鼻をぐすぐす鳴らしている鵺に、隣で空は笑みながら溜息を吐いて、頭をポンポン叩く。
























「う"ぅ…ひっく、ごめ"んなっ…!俺と友達になったばっかりに、おめさんの命が…うぅっ…」
「気にすんなって。俺は気にしてねーし。俺はどっちかっつーと、家族とか親しい奴の死に際を見るくらいなら自分が先に逝った方が良いタイプだから」
「ぐすっ…、それはそれで自己中だねっか…」
「まあな」
「…雨岬」
「何だよ。もうこれ以上お前のネガティブ発言は禁止だぞ」
「鳳条院空と話がしてみてぇんだろも」
「え"え"ぇ?!」
素っ頓狂な声を上げ、思わずベッドから立ち上がってしまった驚きっぷりに、まだ目に涙を溜めている鵺が笑う。
「マジでやめとけ!あいつ、お前の事を前世の自分の嫁の生まれ変わりで姿がそっくりだからってまた何言い出すか分かんねーし!」
「あはは、でぇじょぶらて!そん時は俺がどがーん!と一発、顔面にパンチ食らわせてやるすけ!」
「体は俺のなんだよ!だからお前が鳳条院空にやったパンチの痛みも結局は俺に返ってくるんだよ!!」
「細けぇ事は気にすんなて。早く魍魎抜けてば」
「駄目!絶対駄目!!」
魍魎をガシッ!と抱き締めて、何が何でも抜かないという空。
「ぜってぇあいつはお前にまた何か言う!」
「だすけ、それは雨岬が言ったんじゃなぐて、鳳条院空の言葉なんろ?もう俺も分かったすけ良いねっか」
「画的には俺がお前に言ってる図になるから嫌なんだよ!!」
――…とまあ、焦る事無いか。鵺には悪いけど、こいつの両手がMAD化してそれを魍魎が拒否して鵺は魍魎に触れる事ができねーんだから、鵺が勝手に抜く事は無いんだし―
「隙あり!」
「んなぁぁあ?!」
――こいつ、両足で抜刀しやがったー!!――
手が使えないならば!何と両足で魍魎を器用に鞘から抜いた鵺。室内に魍魎の赤い光が広がると…


クラッ…、

「うっ…くっ、そ…」
空は意識が飛び、ガクン、と鵺の隣に座り込んでしまった。





















しん……

「あれ?」
隣に腰掛けてからずっと俯いたまま黙りの空に、鵺は頭上にハテナをいくつも浮かべる。
「どうしたんらて?あれ?雨岬の話によると、魍魎を抜刀すると雨岬の前世の奴が表に出てくるらしいんだろも…。おーい雨岬?寝てるんけ?それとも死んでるんけ?おーい雨さ、」


ガシッ!

「ほえっ?!!」
顔は下を向いたままだが突然空の両手が鵺の両頬をがっしり掴んだから、鵺は目を見開いて驚く。
「ななななっ?!何して、」
「鵺、やっと2人きりになれたな!」
顔を上げた空はいつもの空らしかぬ(寧ろ正反対)明るい笑顔で目をキラキラ輝かせた好青年っぷりが半端ないから、鵺はすぐ感付き、空を指差す。
「お、おめさんが雨岬の前世の鳳条院空け?!」
「おお〜!何言ってるか30%しか分からねぇ方言バリバリなその喋り!俺の鵺と全く同じだぜ!」
「ぎゃああああ?!」


ドスッ!

「ぐえっ!」
抱き付こうとしてきた鳳条院空に、条件反射で鵺は彼の腹ど真ん中を思いきり蹴る。その後もゲシゲシ、ドスドス何度も何度も蹴り続けるから、現在脳内に意識のある空は…
《あのド田舎者、意識が表に出たらぜっってぇ許さねー!!》



















「ゲホッ、ゴホッ!お"ぇ…い、胃液が腹の中でぐるぐる、ぐるぐる…」
ベッドにうつ伏せで腹を押さえて真っ青な顔をして、口端からは唾液が滴り気絶一歩手前の鳳条院空。いつでも彼を蹴る体勢万端で、顔が真っ赤の鵺。
「はぁ、はぁっ、おめさん頭おかしいんねっか?!いいい、いくら生まれ変わりでそっくり言うても、俺は男だすけ違ぇんだてば!!次、変な事しようとしてきたらぶっ飛ばしてやるっけな!」

《だから、ぶっ飛ばされて被害被るのは俺だっつってんだろド田舎者!》
空の声は鵺には聞こえない為、脳内でこの現場を見ている事しかできない空はヒヤヒヤ。not敵前で自分の命の心配をしなくてはいけない羽目になるとは…。
「ゴホッ、ゲホッ、あ"〜死ぬかと思った…まだ胃の中が気持ち悪ぃ…」
「おめさん謝るとか何とかしたらどうなんて!」
「あー、まあこの際だ。俺と鵺の…つまりおめぇ達にとっての前世の記憶を見せてやるよ。そうすれば例え生まれ変わりが男でも、俺が鵺にこんなにも会いたがる理由、分かってくれるだろ」
鳳条院空はまだ少し顔を青くしながらも、鵺の額に人差し指を充てる。
「な、何らて?何が、」
《あれ?何でだ、脳内にある俺の意識も遠退いて…》
ニヤリ。鳳条院空は白い歯を見せて笑う。
「じゃあ、いってらっさーい」
「なっ…!?」


パチン!












































カラン、カラン…

「牛乳、牛乳はいらんかねー」
「奥様聞きました?あそこの魚屋の息子さん、ご結婚なさるとか!」
「まあ、素敵ですね」
「お母ちゃーん俺、金平糖食いてぇ」
「来月まで我慢おし!」
木造の店が連なった賑やかな町。着物姿の人や洋服の人など、和洋入り混じった服装の人達が楽しげに歩いている。
高いビルも無ければ、車も携帯電話も無い。建物も全て木造。洋服姿の人もいるから、時代は明治〜大正頃だろうか。だけど町並みからしてまるで時代劇のようだから、時代がはっきりしない。
「ふぅ…」
そんな人混みの中、黒い帽子に黒い軍服を着た青年が1人。帽子のつばをくい、と上げる。腰には1本の刀魍魎を携えて。




















「週末は何処もかしこも芋洗いで、歩くのも一苦労だぜ」
帽子のつばの下から覗く黒い短髪。狐のようにつり上がった目と筋の通った鼻。青年の名は『鳳条院 空』
「わ〜いお侍さんだぁ」
「刀見せて見せて〜!」
「おわっ?!何だよガキんちょ共!」
空の足元にワラワラ集まってきたのは、着物を着て鼻水を垂らした子供達。1人の子供が鞘の中の魍魎に手を伸ばすが…
「あれっ?」
刀はまるで生きているかの如く、触れさせないとばかりに子供から勝手に離れてしまうから不思議がる子供達。
「あれ?あれ?」
「はっはっは!残念だったなガキんちょ。この刀はおめぇらは触れる事もできねぇ。俺しか(厳密には鳳条院一族)使えねぇのよ!」
「ぶ〜ぶ〜!何だよそれ〜!」
「お兄ちゃん生意気〜!」
「はーはっは!何とでも言えクソガキ共!」
「こぉら!」


ゴツン!

「痛っ」
腰に両手をあてて笑っていたら、後ろから思い切り頭を叩かれた。頭を押さえながら恐る恐る後ろを向く。
「イサネかよ、ちくしょー」


ゴツン!

「いっでぇ!!」
「ちくしょーじゃないわよ。アンタ、子供達相手にまーた大人気ない事してるじゃない」
頭を叩いてきた人物は、抹茶色の着物を着ている後ろの茶屋の看板娘『片桐 イサネ』
金色の長い髪を後ろにまとめている、細身で美人な女性。彼女は空の幼なじみ。


ビシッ!

空はイサネを指差す。
「大人気なくなんかねぇぞ!このガキんちょ共に真実を教えてやっただけだろ!何が悪ぃんだ!」
「…はぁ」
「あからさまな溜息吐いてんじゃねぇー!!」
「空。アンタ見てると幼なじみとして泣けてくるわ、ホロリ…。アンタの弟の龍はアンタより五つも下なのに大人で真面目でしっかりしているってのに…。長男のアンタがそんなんじゃあ、妖怪退治の名家・鳳条院家の名が廃るわよ」
「うっせぇー!龍は男のクセにおとなし過ぎんだよ!日本男児なら俺みてぇに、活気有る方が良いに決まってる!」
ギャーギャー騒ぐ空に、腰に手を充てて呆れるイサネ。その様子を、子供達は鼻を垂らしながら所々抜けた歯を見せるくらい、口を大きく開けて笑っていた。






















コトン。
「で?今晩も妖怪退治に行くの?」
茶屋の赤い傘の下。畳の椅子に大股開いて腰掛ける空に、茶を出すイサネは隣でおぼんを持って立っている。空はかれこれ5本目の三食団子を平らげていたが。
「きょほは、もぐもぐ、桜ノ宮ほ、もぐもぐ、山のなはにあるむは、もぐもぐ前々から依頼があっへ、」


パシン!

おぼんで空の頭を叩く。
「アンタ、食べながら喋んじゃないわよ」


ゴクン、

茶で団子を流し飲みし、ようやくちゃんと喋る空。
「今日は、前々から依頼のあった桜ノ宮山の中にある村に行く」
「へぇ。桜ノ宮山の村って老夫婦ばかりが暮らしている村よね」
「だからさ。俺的には、痴呆のじっちゃんばっちゃんの見間違いだと思うわけよ。でも村人全員か、"妖怪じゃー妖怪がまた人を食ろうたーわああー"ってうっぜぇくらい依頼があるから、仕方なく行くっつーわけ。1回でも行っときゃ薬と同じで、それだけで気が楽になるもんだろ。特に年寄りにはさ」
「アンタ冷た過ぎ。アンタこそ人間?」
「人間でーす!」
「はぁ…でもさ、人を食うってまずいわよそれ。此処ら辺に出る妖怪は、あたし達を驚かしたり田畑の農作物を荒らすとかそういう類のものばかりで、命を奪うような妖怪は居ないじゃない?」
「まあ今までも人食い妖怪の退治依頼はいくつかあったけど、そう言われると最近はねぇよなー」
「それに、桜ノ宮山ってこのすぐ裏でしょ。そいつらが町に下りてきたらまずいわよ!」
「ま、大丈夫じゃねぇの」


ドンッ!

「うわっ、押すなよ!?」
「大丈夫じゃないっ!ほおーら!早く立って!さっさと妖怪退治してきなさいよ大剣豪鳳条院空様〜」
やる気ゼロの空を無理矢理立たせて、背中をぐいぐい押して店から追い出すイサネ。
「なぁーにが空様だよ!こういう時ばっかり!」
ブツブツ言いながら店を出ていく空を見送るイサネは少し、不安そう。
「空!」
「あー?」
振り向くと其処には、見送るイサネがやはり不安そうな顔をして立っていた。
「生きて帰って来れたら団子1本、タダにしてあげるわよ!」
3。空は人差し指と中指と薬指を立てて、3を表す。
「3本にしとけ」
「それじゃ店が赤字でしょ!べーっ!」
「何だよ、可愛くねぇ女!」
あっかんべーするイサネに背を向け、またブツブツ言いながら町へ姿を消していった空。
ぎゅっ…。
胸元の着物に皺ができるくらい強く握り締めるイサネはやはり不安な顔をして、店の中へ戻っていった。




















日本。
この頃の日本は妖怪が人里へ下りてきては田畑を荒らしたり人を驚かせたりと、極当たり前に妖怪が存在していた。
そんな中。今は数少なくなった武士の中でも名家の剣豪達が立ち上がり、妖怪退治屋として妖怪退治を行っている。
その中でも、妖怪退治用の刀を平安時代から代々受け継いできた名家・鳳条院家は有名だ。


























鳳条院家――――

他の家とは違い、広大な敷地に建つ白壁の屋敷こそ鳳条院家。
その一室。掛軸を背に、胡坐を組む白髪の厳格な父親。その前には、正座をするやる気ゼロの空とその隣にはやる気満々の弟・龍。空は魍魎を、龍は魑魅を腰に帯刀している。
「良いか。今宵は、前々から出没が目撃されていた桜ノ宮山にある村での任務だ。目撃情報によると何でもその妖怪は顔は猿、胴体は狸、手足は虎で、尾は蛇の奇怪な姿をしていたという」
「鵺…ですか」
「そうだ。龍、さすがだな。桜ノ宮山の別名は鵺山とも呼ばれるからな」
「光栄です、お父上!」
――あ"ー面倒くせ。つーか鵺?何それ、知らねー。妖怪は妖怪だろ。種類なんて知らねぇよ――
勉強熱心な弟に対抗意識など全く燃やさず、面倒くさそうにしている空。
「我が鳳条院家だけにきた依頼だ。感謝なさい」
――他の妖怪退治屋がやれば良いのに――
「何でも、人の姿に化けている事もある…という噂もある。それに鵺は1匹ではなく、他に数多の妖怪を従え山里へ下りて人を食らうという。鵺1匹に気をとられ、背後をお付きの妖怪共にとられるなど無様な事だけはしないよう、心して挑むように。以上!」
「はい!」
「へ〜い」



























桜ノ宮山――――
刻は晩21時。


ザァー…

土砂降りの雨。
「ったく!よりによって雨で視界が悪いなんて。おい龍!おめぇ雨男だろ?」
「そ、そんな事ないです!」
「いーや。ぜってぇそうだ。この前の任務も雨だったぜ。なぁ、今度から雨の日は任務やめにしねぇ?」
「兄上!そんな心構えで妖怪退治屋が勤まると思っておられるのですか!」
「はいはーい。すみませんっした〜」
土砂降りの真っ暗な山中。水溜まりをバシャバシャいわせながら走り、村を目指す空と龍。
「何だ?このトンネルに入れば良いのか?」
先を進んで行くと、目の前には蔦の張ったトンネル。
「確か、この先に村があります!」
「ふーん。じゃあ入るか。龍、灯り」
「ええ?持ってきていないですよ!」
「はぁ?ざけんなよ、おめぇ!」


カツン、コツン…

トンネル内は不気味なくらい静まり返っていて、トンネルの中に住み着いているコウモリ達や蔦が見えるだけで、何処にでもある山奥のトンネルと何ら変わりない。
「トンネル内には妖怪は居なさそうですね…」
「何だよ。こういう雰囲気の時にお決まりの展開で妖怪共が出てくると思っ…、」


グシャッ…

嫌な感触が右足の下でした。暗いながらも足元をソーッと見れば…。
「やっぱりお決まりの展開かよ」
空が踏んだモノは血がこびり付いているが、もうそれが腕とは一目で判明しづらい程変わり果てた老夫婦達の皮。
普通の人間なら吐き出してしまうか失禁してしまう光景も、空は今まで何度も任務で妖怪に食われた人間を見てきたから、平然としていられる。龍の方は此処へ来て顔を青くしてしまっているが。
「何だよ龍。いくら勉強ができても、退治屋はこのぐれぇどうって事ねぇ精神じゃねぇと、この先勤まらねぇぞ?」
「こっ、このくらい平気です!」
「漏らすんじゃねーぞ?」
「しません!!」



















足元を見れば、1、2、3…4人分の人骨と、其処にまだ所々付着する血の付いた皮。
足元は勿論、トンネル内の壁あちこちに飛び散ったまだ真新しいドロッとした赤黒い血。
「…?」
その中に、緑色の血の1人分の足跡を見付けた空。
「緑色…妖怪の血か。やっぱり居るんだな」
「だから居るってお父上が言っ、」
「出てこい!鵺だか何だか知らねぇけど、居るなら出てきやがれ!」
「あわわわ…!何、挑発しているんですか兄上!!」


しん…

「居ねぇのか?いや、隙を見て襲う魂胆か」
ブツブツ呟きながらも、物音一つしてこないトンネル内を見渡しながら、奥へと進む。
「足跡…?」
すると奥へ奥へと進む1人分の足跡を見付けた。空より小さい人間サイズの足跡だった。屈んで触ると、指にべっとり緑色の血が付着するからまだ真新しい。
「これは妖怪の血…。やはりこの奥の村へ血の足跡は続いていますね」
「だな」
立ち上がると、その血の足跡に導かれるように奥へ進む空。


ヒタ、ヒタ……

奥へ進めば進む程ひんやり寒くなってきたし、身震いする。その時。
「出口だ!」
果てが無いのではないかと思う程暗く長かったこのトンネルにも、ようやく出口が見えてきた。一筋の光が見えたのだ。空は駆け出す。
少し息を上げながらトンネルを抜けると、目の前に広がった景色は…。
「…!」
思わず息を呑んだ。
トンネルを抜けた其処には、あちこちに美しい桜が咲いていたのだ。闇夜に浮かぶ何万本もの桜の木に咲く桜の花が幻想的で、空は言葉が出てこない。
「すげぇ…」
「すごいですね兄上…!」
今まで荒んでいた心も穏やかになった…そんな気さえした。
人っこ1人居らず、人影の無い桜ノ宮山の桜の木に柄もなく感動していたら、ふと視界に入った黄色い灯り。
「兄上!村が見えました!」
「おお。行くか」
「はい!」
村を見つけた2人が走る。
「誰ノ許シヲ得テ此処ヘ来タ」
「!?」
すると、2人の首が背後から何者かに締め付けられた。人間とは思えぬ妖怪の不気味な腕で。


ドッ!

「っ…!!」
瞬間、もう1本の腕を妖怪が2人に振り上げたから、空と龍は反射的に身を屈めてその場に転がりなんとか免れた。しかしツゥッ…と自分の顎を伝った生暖かくて赤黒い自分の血に、龍は悪寒がした。空は相変わらず平然としていたが。


















ようやく妖怪達の姿が見えるようになる。
今、2人の首を締め付けてきた妖怪の他にゾロゾロと妖怪が現れ、2人を取り囲む。目玉だけの妖怪や巨大蜘蛛の妖怪、頭だけの妖怪など昔の絵巻物に出てくる不気味な妖怪達が今、彼らを取り囲んでいる。
「くっ…!妖怪共め!」


キィン!

金の光を放つ魑魅を鞘から少し抜く龍。
「龍」
「はい!」
背中合わせで立っている空が弟の名を呼ぶ。いつもの面倒くさそうな声とは別人で、力強い。
「おめぇは此処を突っ走って村人の所へ行け。こいつらは俺が片付ける」
「しかしこの数の妖怪、さすがの兄上でもお1人では…!」
「いいから行けっつってんだろ、がり勉!」
「〜〜っ、分かりました!」


ダッ!

龍は魑魅を抜刀し、妖怪達を凪ぎ払い突破すると、村へ1人で走って行った。
「ア!逃ゲタゾ!」
「追エ!追エ!追、」


スパン!

「ギャアアア!!」
龍を追い掛けようとしたのっぺらぼうの頭が真っ二つ。辺りには血のように真っ赤な光が闇夜を赤く染めるくらい広がっているから、妖怪達は恐る恐る空の方を振り向く。
「ナッ…何ダ、アノ人間?!」
魍魎から放たれる赤い光が空を包み込んでいた。その強大な力と威圧感に近寄る事すらできない妖怪達。
「ウググ…!クソッ!人間ノクセシテ生意気ダ!俺達ハ腹ガ減ッテンダ!鵺バッカリガ、コノ山ノ人間独リ占メシテルカラ、俺達ハ腹ガ減ッテンダ!」
「何トシテデモコノ人間ヲ食ッテヤロウゼ!」
「若イ人間ノ肉ハ美味イラシイカラナ!」
「ごちゃごちゃ…」
「エッ?!」


スッ…、

魍魎の刃先が妖怪達に向けられる。顔を上げた空の黄色の目が魍魎と同じ赤色に光ると同時に、魍魎を振り上げた。
「うるせぇんだよ雑魚共が!!」


ドン!ドンッ!

「ギャアアア!!」
「グアアアア!」
刀をたった一振りで、赤い光に包まれた大量の妖怪達は木っ端微塵。


ボトッ、ボトッ、

原型を留めない妖怪達の破片が、緑色の血と共に地面にボトボト落ちる。


グシャッ、

彼らの残骸を踏み、奧へ進む空。
「うっえ。草履の裏に緑の血が付いて気持ち悪りぃ」



























同時刻、
桜ノ宮山奥――――


ドスッ!ドスッ!

「うっ…ぐっ…」
「ギャハハハ!多勢二無勢トハ、マサニコノ事ヨ!」
「弱レ!弱レ!俺達ノ分ノ餌ヲ横取リシテイタ罰ダ!ギャハハハ!」
村から少し離れた林の陰で黒い長い髪でピンク色の着物を着た1人の少女が、10数匹の妖怪達に足蹴りされ、地面に蹲っていた。
妖怪の中の1匹(頭だけの巨大な妖怪)が少女の前髪を掴んで顔を無理矢理上げさせる。少女は猫目で睫毛が長く可愛らしい顔立ちだが、今妖怪達に蹴られていたせいか、白い肌や可愛らしい顔にはいくつもの傷痕。左目瞼に至っては、青く腫れている。
「うぅ…」
「テメェガ1人デ俺達ノ餌(人間)ヲ横取リシテキタセイデ、一体何人ノ仲間ガ死ンダト思ッテンダ!」
「ソウダソウダ!」


グッ…、

1匹の妖怪が少女の頭を踏み付ける。
「生カシテオクト、マタ俺達ノ餌ヲ横取リサレルカラナ。イッソ殺シチャオーゼ。ジャーナ、鵺!!」
「う"っ…」
その時。辺りに赤い光が広がった。
「何ダコノ、赤イ光ハ、」


スパァン!!

「ギャアアア!」


ドサッ、ドサッ、

少女が頭を両手で抱え蹲っている間に、少女をいたぶっていた妖怪達があっさりと木っ端微塵になってしまった。少女はソーッと顔を上げ、辺りを見回す。



















「大丈夫か」


ビクッ!

草村からガサガサと音をたてて現れた青年に、とても挙動不審に驚く少女。背を向けたまま地面を這って逃げようとするが…
「なぁに逃げようとしてんだよ。礼も無しか?」
「!!」


ビクッ!

先回りをして少女の真ん前に現れた青年空は、身を屈めて少女の顔を見ながらニヤニヤ笑っている。その腰には、抜刀された魍魎。魍魎が放つこの赤い光が恐くてビクビクしている少女は、両手で顔を覆う。
――妖怪退治屋…!殺される…!――
「あ?あー悪ぃ悪ぃ。これが眩しいんだろ?」


カチン、

「…?」
――あれ…?――
少女が恐れていた事は起きず。だから不思議そうに首を傾げて、顔を覆っていた両手をソーッと離す。
「怪我してんじゃねぇか」
「ひぃいっ?!」
「は?」
腕を掴んだ空に過剰反応してビクビクする少女に空は呆れ返って、終まいには…
「ぷっ。ははは!何だおめぇ、なぁにそんなにビビってんだよ!」
「〜〜」
その場に胡坐を組んで座ると、空は腰に付けた小さな鞄の中から包帯や傷薬を取り出す。
「どっこいせ。怪我見せてみろ。手当てしてやるだけだから、あんまビビんなよな」
「〜〜?」
「ほい」
「〜〜!!」
「ははは!薬が凍みるんだろ?大丈夫大丈夫。凍みるって事は効いているって事だ。心配すんな。よし、完了っ」
手当てを終えた空は立ち上がり、此処から遠くに見える桜ノ宮山の村に目を向ける。村からは、魑魅の金色の光が広範囲に広がっているのが見える。
「おー。龍の奴やってんなー。じゃ、俺はいいかー。ところで、おめぇ」


ビクッ!!

「そんなビビんなって。村の奴か?でもイサネの奴があそこは老夫婦しか住んでないっつってたし…あ。おめぇ、じっちゃんばっちゃんの家に遊びに来て迷子になって挙げ句の果てにさっき妖怪共にいじめられてた、ってタチだろ?な?」
お構い無しに顔をジロジロ見てどんどん話し掛けてくる空に、少女は顔を背けてビクビク。けど、空は少女が背けた方背けた方に現れるから、逃げられない。





















「おめぇ、名前は」
「さっ…さ、さ…桜ノ宮…」
「で?」
「〜〜」
「おーい。まさか下の名前が無ぇとか言わねぇよな?」
「ぬ…ぬ、鵺…」
「鵺?!」
――まずい、気付かれた…!――
『桜ノ宮 鵺』と名乗る少女は顔を空から背けたまま目をぎゅっ、と瞑り、意を決す。
「よしよし」
「?!」
しかし予想の斜め上をいった空の行動に驚く。空は珍しく神妙な面持ちで、鵺の頭を撫でてやったのだ。
「ひっでぇ親だな。娘の名前に妖怪の名前を付けるなんざ、とんでもねぇぞ」
「……」
「俺が会いに行ってぶん殴ってやろーか!なーんてなっ」
笑顔でそう言うと、鵺の頭から手を放す。
「おめぇのじっちゃんばっちゃん家、あの村のどの辺だ?送ってくぜ」
フルフル。首を横に何度も振る鵺。
「そんな嫌がんなよなー」
「い…嫌がってなんていねぇんだろも…」
「あ。やっと喋った」
「〜〜!」
顔を真っ赤にしてやっぱり顔を背ける少女鵺に、空は腰に手をあてて笑うと、背を向けて手をヒラヒラ振る。
「じゃーな。俺、仕事中でさ。帰る時またクソ妖怪共にいじめられねぇよう気を付けろよ、鵺」
草村を掻き分け、土砂降りの雨の中、山を駆け下りていった空を、草村からこっそり目で追う鵺。
まだ温もりが残る自分の頭を触る。やっぱりまだ、ほんのり温かい。


ボンッ!

顔が真っ赤に染まり、体中が熱くなった鵺は頭から湯気を出すと、あわあわして暗い山奥へと1人、姿を消した。





























鳳条院家――――

「兄上!一体何処へ行っておられたのですか!」
土砂降りの中、下山してきた空と龍。正座をした龍に至ってはかなりおかんむりだが、胡坐を組んでいる空は相変わらずヘラヘラ。
「まあまあ〜良いじゃねーの。今日の手柄は全部龍のモンにしてやっからさ!」
「当然です!!村に現れた妖怪は僕が全て退治したのですから!きっとその中に鵺もいました!」
「何だよ、俺だってトンネル抜けた後に居た妖怪共をぶっ倒したぜ。鵺はあの中に居たね、ぜってぇ」
「あんなの、僕が退治した数に比べたら1000分の1です!!」
「あーはいはい、そーですかー。そりゃすみませんでしたっ」
耳に指を突っ込んで聞こえないようにして、部屋を出て行く空。


ピシャン、

障子戸を閉める。
「まったく、兄上は!」


























「はーあ。面倒くせぇ」
廊下を紺色の着物姿で歩く空。頭の後ろに腕を組み退屈そう。
「坊っちゃま、任務お疲れ様でございました!」
「あーはいはい、どーも」
擦れ違った若い侍女に軽く手を振り、玄関の先にある自室へ歩いて行く。


ガタガタ、

「ん?」
玄関の前を通ると。誰も居ないのに、木の戸が外からガタガタ揺れた。だが、すぐおさまる。
「こんな夜中に客か?ま、大抵は俺らに恨み辛みのある妖怪だろうけどなー」
下駄を履いて玄関に下りると躊躇い無く戸を開ける。


ガラッ、

「居ねー」


ザァァ……

其処には誰も居らず、真っ暗な外は大雨が降っているだけだった。
「風か?」
戸を閉めようとした時。ふと、足元に視線がいく。
「何だこりゃ」
玄関の外。戸の前には、木の葉に包まれた赤や黄色の木の実が置いてあった。雨に濡れてビショビショのそれを手に取り、首を傾げる空。


ピシャン、

戸を閉めると、木の実達を持って自室へ戻るのだった。

































5日後、茶屋――――

「へぇ!すごいじゃない!」
快晴の昼下がり。イサネの茶屋で無料にしてもらった団子を1本食べている空。
「まあな」
「龍がね」
「はあ?何でそうなんだよ」
「だってそうでしょ〜。姿を見ていないにしろ龍が退治した妖怪の中に鵺が居たから、それ以降鵺の目撃情報や食べられる被害が無くなったわけでしょ」
「でも俺が殺った奴の中に居たかもしんねぇだろ」
「それは無い」
「はあ?お前ざけんなよ。あ。分ーかった。おめぇ、龍の事気になってんだろ?ならおめぇが誉めてたって言って龍におめぇのポイント上げておいてやるよ」


パシン!

「痛ってぇえ!!」
「余計なお世話!」
おぼんで空の顔を思い切り叩いたイサネ。
「このっ男女!」
「ほっほっほ〜何とでも仰い!次来た時アンタの団子の中に強力下剤入れておいてやるわ〜」
「おめぇの方がよっぽど妖怪らしいぞ!」
ギャーギャー言う空に対し、余裕綽々のイサネ。
そんな2人の姿を、茶屋の中年女性店員2人が店の奥ののれん越しから微笑まし気に覗いていた。
「イサネちゃんったら、素直じゃないねぇ」
「ねぇ。でももう23でしょ。空君もそろそろ気付いても良いと思うのだけど」

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あきゅろす。
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