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終焉のアリア【完結】
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1ヶ月後の12月―――

MAD日本襲撃後、MAD化した元地球人達がシルヴェルトリフェミアの命により西日本にも攻めてきたが、ハロルド、アリス、ファン、アイアン、新日本支部長風希の力によって何とか西日本は守る事ができた。
日本でのMADとの抗争がようやく落ち着いた1ヶ月後の今日。本部のグレンベレンバからの指令により、アイアン、ハロルド、アリス、ファン、空、鵺、ミルフィの7人は列車に乗り、とある国を目指していた。






















「うわあ!雨岬君見て見て!外!いっぱーい雪が降ってるよ!」
列車の窓に顔をくっつけて感動するミルフィの視線の先。懇々と降り積もる雪。広がった白銀の世界。季節はすっかり冬。
4人掛けの席にアイアン、ハロルド、アリス、ファン。もう一つの4人掛けの席に空、鵺、ミルフィが座っている。
「で。EMS領のクセにMAD側についてる国があるってのはマジなのかよ」
窓に肘を乗せて不機嫌そうなのはアリス。その向かい側の席ハロルドの隣で、平気で煙草を吸っているアイアンは余裕の笑みだ。
「アリスあんさん、上司に向かってタメ口かいな。ごっつ偉くなりおったなァ。まあええわ。そんくらい威勢ええ方がスカッとするわな。どっかの根暗小僧と違ってな」
「カズの事これ以上言ったらぶん殴るぞ。いいから話せっつーんだよクソ野郎」
「ア、アリス君!!」
「分ーった分ーった。ええんやでハロルド。こいつはこういう奴や。ほな、今回将軍はんから送られてきた指令の内容を話そかいな」


ピクッ、

4人の背中合わせの席から聞こえてくる話の内容に反応する空だった。





















「EMS領マディナ帝国。そこの王様はMADが地球に侵略して以降、徐々におかしくなっとるっちゅー噂や」
「おかしく?」
シュボッ。
新しい煙草に火を点けるアイアン。
「何でも、今まで穏やかだった王様が、MADが地球に侵略してから徐々に徐々におかしくなっていったらしくてな。少しでも逆らった奴の首をハネるわ、噂やと、気に入らない奴はMADに献上するわらしいで。オマケに国民から土地も財産も食料も巻き上げ餓死者続出。まあ、何万ある国の中のちっこい国さかい、今まで取り上げられなかったのも仕方あらへんけどな。支部会議はおろか、EMS領に入っとる各国との会合にもマディナだけ出てこんから、出てこれない理由があるんやろ、って将軍はんの目にとまったんやろうな」
「でもそれが、裏にMADが居るなんざ言い切れねぇじゃねぇか。何処にでも居るだろ。そういう独裁者」
「まあな。違ったら違ったでチャンチャン。行かへんと将軍はんおっかないやろ?」
「はっ。部下を散々愚弄しているアンタも、将軍には頭が上がらねぇってか。まるっきり猿山の大将だな」
「アリス君!!」
「カッカッカ!こりゃアリスあんさん怖いもん無しやなァ」
「すみません、本当すみません…」
「ええんや。何、ハロルドが謝る事あらへんやろ。お。着いたで」


ガタン…タタン…

列車の速度が落ちていき、窓の外から見えた光景に目を向ける。終着駅に辿り着いた。





























『マディナ城前ーー、マディナ城前ーー』
「おっわ!ごっつ寒いやんけ!」
「オイ、ハロルド!てめぇのマフラー寄越せ!!」
「わっ?!アリス君後ろから引っ張らないでよ〜首が締まっちゃうよ!」
「首ぐれぇ締まっても死なねぇよ!」
駅に着くと、人っこ1人いないホームに冷たい風と共に吹き込んでくる雪が皆をガタガタ震わせる。…だが。
「ファ、ファン君っ…寒いの平気…なんだね」
「ああ」
「ンだよ堅物ヤロー!本当は死にそうな程寒ぃクセに、こんな時まですかした面してんじゃっ…だ〜〜っ!クソ寒ぃーー!!」
ファンだけ1人全く寒くないようで、震えてすらいなかった。皆がコートのフードを顔が隠れるくらい深々かぶっているのに。
「雨岬君寒いよーう!暖めて〜!」


ガバッ!

「だと思ったよ!」
「あーん!酷いっ!抱き付こうとしたミルを避けるなんて雨岬君、やっぱ鵺ちんに浮気したんだねっ!!」
「はあ?!お前マジでいい加減にしろ!鵺も何とか言えよ!」
「ぎゃー!!近付くなて!話掛けんなて!!」
「なあーんだっ。鵺ちんに嫌われちゃっているんだ?なら、雨岬君の事だーい好きなミルの所に来れば良いだけだよ♪おいでおいで〜♪」
「…もう何もかもどうでもいい…」


























「やっと着いたかこのヤロー!!」
駅から10分しか歩いていないが、真っ白な吹雪の中だったから10分が1時間に感じたのだろう。
目的地のマディナ城前に辿り着けば、巨大な城壁に囲まれた巨大な城へ進むには程遠そう。とりあえず城に入る為の第一関門。この巨大な黒い門はどうすれば開くのだろうか?
「どうしよう。門番さん居ないね」
「ちゅーか、この国は人間が居らへんかってくらい人っこ1人居らへんな」
「ンだよ、こんなの蹴りゃどうにかなんだよ」


ガン!ガン!

「わわわ?!アリス君ダメだよ蹴ったら!器物破損で捕まっちゃうよ?!」
「まだ破損してねーだろ」


ビー!ビー!

『侵入者!侵入者!』
「あ?」
「ほら〜!」
吹雪の風音にも負けない警報が辺りに鳴り響くから、ハロルドはアリスを門から引き剥がす。すると…


パァン!パァン!

「ぎゃああ?!」
「何だよオイ!?」
上空から銃弾がハロルド達全員目がけてとんできたから、アイアンとファン以外の面々が目を飛び出して顔を真っ青にして叫び声を上げて逃げる。
アイアンは煙草を咥えたまま額に手をかざし、上空を見上げる。
「お〜。こりゃ厳戒体制やなぁ」
城の方から飛んできたヘリコプター3機から、ハシゴを使って降りてきた3人の兵士が発砲してきている。そんな彼らをまじまじ見ているアイアンの前に、寒さ知らずのファンが立つ。
「大佐。下がっていた方が良い」
「何や何や?ファンあんさん、俺じゃあこいつらに太刀打ちできないとでも思ってんのかァ?」
「……」
「おーい。ファ、」


シュボッ!!

「!?」
アイアンの言葉など無視したファンは、下を向いたまま両手の平から炎を噴き出す。
炎は空を昇る龍の如く天へ上がっていくと、ヘリコプターのハシゴを使って発砲してくる兵士3人とヘリコプターをあっという間に包み込んでしまった。衝撃的だったのは、その次の光景。
あのアイアンまでも言葉を失ってしまった光景それは、ヘリコプターとそれに乗って発砲してきた兵士がファンの炎に包まれ、溶けて消えてしまった光景。
「な…何や?あいつらとヘリは氷やったんか?!」
アイアンが言う通り、何と兵士とヘリコプターは本物ではなく、氷の作りモノだったのだ。木陰からその光景を見ていた空やハロルド達も仰天。
「何なんやファン!あんさん、あいつらが氷の偽物だって事知っとって炎で溶かしたんか?!」
「…まずい。逃げた方が良い」
「何や?そんな真っ青な顔してどないしたんやファ、……!!」


ゴキッ…ゴキッ…

地面の雪から、ゴキゴキ音をたてていくつもの氷が巨大な兵士の形となって出現。ファンはアイアンや空達を駅の方へと押し…
「走れ!!」
その瞬間、出現した氷の巨大な兵士達が彼らを襲ってきた。


ゴオオ!

ファンが再び炎を繰り出していけば、包まれた氷の兵士達は溶けてしまう…が、それも束の間。また次々現れ襲ってくるから、攻撃してもしてもキリがない。
「何なんだよあいつらは!」
「ファン君知ってるの?!」
『ゴーダ公国行き、間もなく発車します』
「くっ…!皆、列車に乗れ!」


ドンッ!

「きゃあ!?」
「わあ?!」
ファンに押され、駅まで戻ってきた皆は、もうじき発車してしまう列車内へ押し込まれた。


プルルル…

列車のドアが閉まる音。その直前までホームに襲ってくる氷の兵士達を1人で攻撃しているファン。
「ファン君!ドア閉まっちゃうよ早く乗って!」
「くっ…!」
「あ"〜!うっっぜえ!1人でかっこつけてんな堅物ヤロー!」


ぐいっ!

「なっ…!?」


ピシャン!

『ゴーダ公国行き、発車します』
寸の所でアリスがファンを思い切り列車内へ引っ張り、ドアが閉まった。
閉まったドアや窓にベタベタとくっついてくる氷の兵士達。しかし中へは入ってこれず、そのまま氷の兵士達を引きずって列車は動き出した。


























「雨岬君今の何?MADじゃないよね?」
「知らねーよ…。何なんだよ、何処もかしこも化け物だらけで!」
目の前の恐怖に、空にしがみ付いていたミルフィ。空達が呆然としているのも他人事の列車はガタンゴトン…音をたてて、ただひたすら走るだけ。
「何なんだよあいつらは!MADか?違ぇよな?お前知ってる風だったよな堅物ヤロー!」
「……」
「おい!黙ってねぇで何とか言えよてめぇ!」
「アリス君!」
席に座り黙っているファンに怒鳴るアリス。2人の間に入ったハロルドが切なそうな顔をしてアリスの肩を掴み、宥める。
「こんな時に僕達が揉めていちゃダメだよ。とにかく落ち着こう。ね?」


パシン!

ハロルドの手を払うアリス。
「うっせぇな!俺は、こいつのいっつもすかした面して大事な事を話そうとしねぇかっこつけの所が大嫌いなんだよ!」
「そんな事…」
「てめぇもだハロルド!」
「え?ぼ、僕?」
「いっつもヘラヘラ笑ってばっかで、そうやって笑って済まそうとしてんじゃねぇ!てめぇはいつもそうやって笑って現実から目を背けてんだよ!!」
「っ…、そ、そっか…。気付けなくてごめんね…気を付けるよ」
「あとなァ、てめぇ、赤髪の女のMADの事、知ってる風だったよな」
「え?赤髪の?」
「ツインテールの女のMADの事だよ!!」
「え?あのMADがどうかし、」
「まあまあ。そんくらいにしぃや。ガキ共の前でいい年こいた大人がみっともないやろ?な?」
「ガキを陰湿なやり方でいたぶるてめぇに言われたくねぇよ!」


ピシャンッ!!

アイアンの止めに逆らうと、コートのポケットに手を入れて1人で隣の車両へ行ってしまった。























そんな彼を心配そうに見るハロルドと、肩を竦めて呆れるアイアン。ただ黙って座っているファン。
「アリス君どうしたんだろう…」
「あいつがキレやすいのはいつもの事やろ」
「そうかもしれないですけれど、こんなに怒っているアリス君は初めて見ました」
「まあ放っておけばほとぼり冷めてケロッとしてるやろ。まー、とりあえずマディナの隣国に次の駅で着くさかい、一旦其処に降りるで。其処であの氷の化け物で近付けへんマディナに入る方法考えようや」
「はい…」
ハロルドは空、鵺、ミルフィの元へ行く。
「怖い思いをさせたり、揉めている所も見せてごめんね、みんな」
「ミルは全然平気ですよ〜♪」
「ありがとう。とりあえず今日は隣国ゴーダで休む事にするね」


ガタンゴトン…

すっかり静まり返った列車内。
『ゴーダ公国、ゴーダ公国――』
雪降る中、列車は隣国ゴーダ公国に到着した。

































マディナ帝国城内―――

城内最上階の一室の窓から外を覗いている1人の女性。


シャッ、

窓のカーテンを閉め、部屋の中に体を向ける。
「あの白髪(はくはつ)の子供を捕えれば、今よりもっと強い力をそして私も貴女様のようにしてくださるのですね」


コトン…、

女性が話掛ける相手は、真っ暗な室内のソファーに腰掛けたままティーカップをテーブルに置く。
「ええ。彼を連れて来て下さった暁には、わたくしと同等の力を与えましょう」


ボウッ…

室内についた蝋燭の灯りで女性の話し相手の姿が見えるようになる。その話し相手の正体は、ドロテア。
女性は嬉しそうに両手を組むとドロテアの前に跪き、白目を向いた小さい少年を差し出す。死んでいるようだ。
「ドロテア様どうぞ!私にいつも力をくださる事へのほんの細やかなお礼です!どうぞ!私の弟をお食べ下さい!弟も、ドロテア様の血となり肉となる事を望んでいるはずです!」
「ふふ…ありがとうございますミス・レディアナ」


ゴクン!

ドロテアは小さい少年を丸呑み。喉を通り、胃の中へおさめた。
「う…ぁっ…ぅあ…」
「あら?」
その残酷な光景を、部屋の扉の隙間から涙を流し震えて覗いていたのは1人の小さな少女。
レディアナと呼ばれる女性はドロテアに向ける笑顔とは正反対の恐ろしい顔をして少女の髪を鷲掴み。
「きゃあっ!痛い痛い、お姉ちゃんやめてっ!!」
嫌がり暴れる少女をズルズル引き摺り、ドロテアの前へ放り投げる。


ドサッ!

「きゃあ!」
「ドロテア様。こちらはまだ4才の妹です。若い地球人程美味だと仰っておりましたよね?では、こちらの妹をどうぞ!」
「ありがとうございますミス・レディアナ」
「いや!いやあああ!」
暴れる少女を笑顔で差し出すレディアナ。
ドロテアの緑色の手が、泣き叫ぶ少女の顔を鷲掴みし…
「いや!いやぁ!助けてファンお兄ちゃん!!」


ゴクン!












































隣国、
ゴーダ公国―――――

「隣っつーだけで別世界だなこりゃ」
着いた国ゴーダ公国は、マディナ帝国と同じく雪が降り積もっている寒い国。だが、恐ろしい程静まり返っていて人っこ1人いないマディナ帝国とは正反対で、ゴーダ公国の街は明るく賑やかで人で賑わっている。店やビル、木に施された眩しい程のイルミネーションを前に、街の人々も笑顔。
「ゴーダ公国はEMS領の中でもMAD襲撃前の日本のように、MAD進攻率が極めて低い平穏な国ですからね」
「せやなぁ。何や何や。お隣さんは氷の化け物しか居らへん殺風景な死んだ国やっちゅーのに、こっちはクリスマスに浮かれとるんかい。MAD侵略なんて別世界の話っちゅー感じやな」
「もう24日ですからね。じゃあ僕は、今日泊まる宿を探してきますね!」
そう言って街の中へ消えて行くハロルド。
「宿って…あいつ、いつの時代の生まれや…」
「ねぇねぇ雨岬君!あっちもこっちもツリーばっかりだね!きゃー!あのピンクのツリー超可愛いー!ねぇ行ってみよー♪」
「なっ?!ちょ、バカ引っ張んな!」
「おーおー。ガキ共もこの国同様、別世界の話っちゅーか他人事やな。俺も長旅で疲れたさかい、ちょっと1人で飲みに行ってくるわ」
「なっ…待って下さい大佐。ここではぐれては…」
「ファンあんさん相変わらず頭がっちがちやなァ。んじゃ、23時にこのでっかいツリーに集合な。ほな、さいならー」
後ろ手をヒラヒラ振って夜の繁華街へ消えて行くアイアンに溜息を吐くファンの隣から…。
「おいアリス。何処へ行く」
また1人、フラフラと夜の繁華街へ消えていこうとする者が1人。
「うっせーな。俺も此処に戻ってくるし」
「おい、待…、はぁ。これでは何の為にこの国へやって来たのか分からないではないか…」






















「ファンさん!ファンさん!」
「む?」
溜息吐いているファンに呼び掛けるのは、目をキラキラ輝かせたミルフィ。その隣では、ミルフィに腕をがっちりホールドされてげっそりしている空が。
「ミル達も遊びに行ってきてイイですか?!」
「遊び…はぁ…。分かった。気を付けろ。23時までには此処に戻ってこい」
「はあーい♪行こ!雨岬君!鵺ちん!」
「はあぁぁぁ…」
ミルフィにぐいぐい引っ張られる空。そんな2人の後ろをついて行く鵺をがっくり呆れた様子で見送るファン。だがすぐに神妙な表情に切り替わると彼もまた、夜の街へと消えていった。



































「きゃー!これ超可愛いー!ねぇねぇ雨岬君!ミル、似合う?」
花の髪飾りを頭につけてウインクして、きゃっきゃはしゃぐミルフィに対し、げっそりした空は苦笑い。
「はは…似合うん…じゃね?」
「きゃー☆じゃあこれ買っちゃおう♪雨岬君こっちも見よ〜!」
完璧ミルフィにズルズル引き摺られている空。
アイアンが言った通り、MAD襲撃前の日本同様平和ボケしたこの国この街ではクリスマスの音楽が流れる中、親子やカップルが皆幸せそうに歩いている。
「クリスマス…」
雑貨屋の入口で1人、ぽつり寂しげに呟く鵺。
「ねぇねぇ雨岬君これどう?」
「あー、いいんじゃね」
「じゃあこれは?」
「いいんじゃね」
「もうっ!そればっかり!真面目に考えてる?」
「考えてまーす」
「じゃあこの中ならどれがイイか決めて♪」
「はあ?あー…じゃあこれ」
「ミルもそれがイイと思ってたの〜☆」
「嘘くせー」
何だかんだ言いつつも、ミルフィが選ぶ指輪やネックレスを見て選んでやったりと、口では面倒くさそうにしつつも楽しそうな空。そんな2人を遠くから見ていた鵺は、黙ったまま気付かれぬよう静かに1人で店を出ていった。


バタン…






























「ママ、これがほしいー」
「良いわよね、パパ?」
「ああ!クリスマスだ。お前の好きなおもちゃを何でも買ってやるぞ!」
「わーい!パパは僕のサンタさんだね!」
賑やかな街。通り過ぎていった幸せそうな親子の会話が鵺の胸を突き刺す。


カラン…、

「いらっしゃい」
1軒の店に入る鵺。他の華やかな店とは違い年季が入っていて、客が1人も居ない小さな時計店。店主の小さいお爺さんしかいない。ボーッとしてどこか虚ろな目の鵺が1人佇んでいると…。
「珍しいねぇ。僕みたいな子供が来るなんて。お父さんへのクリスマスプレゼントかい?」


ズキッ、

黒の手袋をした両手をぎゅっ、と握り締める。
「……」
「?」
返事が無くて俯いたままの鵺に首を傾げると店主は空気を読み、時計達にはたきをかけ始めた。
「あの…」
「ん?」
「この店で一番高ぇがんってどれらけ?」
「高ぇ…がん?」
「あっ…一番値段の高い時計どれ、って意味ら!」
「ああ。そういう事かい?僕、誰かにプレゼントするのかい?」
「う、うん」
「そうかい。それなら値段じゃないねぇ」
「…?」
店主ははたきをかけていた手を止めると、鵺の隣に立ち、優しい笑みを浮かべる。
「高い値段の物をあげれば喜ぶってものじゃないんだよ。贈り物っていうのはね、気持ちなんだ」
「キモチ…?」
「僕がその人に送りたいと思った物を贈れば、その人も喜んでくれるよ。それが例え、一番安い物だとしても。一番高い物で気持ちがこもっていない物とはその物の価値が変わるんだよ」
「……。じゃあ…これ!」
「この銀色の腕時計かい?」
「うん!それにするて!」
「そうかい。さっき来た女の子も贈り物と言ってこれと同じ物を買っていったねぇ」
「じゃあ人気なんらな、これ」
「きっと喜ぶよ」
「だと良いんだろも。あいつ捻くれ者だすけ、喜ぶか分がんねぇて」
「ははは。じゃあ、おじさんが保証してあげるよ。はい」
「おじいちゃんありがとな!」
青い小箱に入れてリボンもつけて包装された時計を片手に、笑顔で手をブンブン振って店を出ていく鵺だった。
































22時00分――――

「やべぇえ!!鵺居ねぇじゃん!!」
かれこれ数軒の店をまわってから頭を抱えて叫ぶ空は、鵺が居ない事にやっと気付いたようだ。
「やべぇマジやべぇ、あのバカ、超絶方向オンチだから絶てぇ集合場所に辿り着けないだろ…!」
暗い裏小路でブツブツ呟く空をチラ、と見てから周りに人が居ない事を確認するミルフィ。
「あ"〜〜マジでやばい、どうしよう」
「雨岬君」
「悪い。今忙し…え?」
差し出された青い小箱。リボンがついて綺麗に包装されているそれとミルフィを交互に見る。
「…何?」
「クリスマスプレゼントだよ。さっき雨岬君が他の店を見てる時、こっそり買ってきちゃった」
「あ…え。俺に?」
「しかいないよ〜!」
「あー…あ、ありがとう」
見ないように見ないようにミルフィの顔から自分の顔を背けて、両手で受け取った自分の耳まで真っ赤な事はムカつくくらい自分が一番分かっている。だから、すぐに外方向いて話題を反らす。
「あー、くっそ。あいつ勝手に居なくなんなよなマジ迷惑だし」
「雨岬君」
「何」
「こっち向いて」
「は?つーか鵺探しに行かなきゃだし」
「それもそうなんだけどっすぐ!ね。すぐ終わるから!」
「すぐってどれくらい」
「うーんと」
「2秒?」
「…雨岬君って性格悪いって言われるでしょ」
「は?何だよそれ」
「あ。やっとこっち向いたぁ♪」
「〜〜!!」
――最悪だー!!――
思わず振り向いてしまった自分に、更に顔が赤くなる空だった。
ミルフィはニコニコ…していたが、珍しく真剣な顔付きになる。
雪がまたチラチラ降り出した。月が綺麗な寒い夜。しかし月はやはり赤いままだが。
「ミルね、雨岬君の事が好きだよ。いつもみたいにふざけて言っているんだ、って思われていると思う。けど、今日は真剣だよ」
「……」
「もし良かったらミルの彼氏になってほしいんだけど…やっぱ、ミルじゃウザいだけかな?」
「……」
向き合ったまま下を向いて黙りの空。このもの静けさと音も無く降る雪が余計怖さを増していくから、ミルフィはいつもの彼女らしかぬ酷く不安そうな顔だ。空の顔を覗こうとするけど此処からじゃ表情が見えないから、余計不安になる。だからいつものように笑った。自分で自分を保つ為に。
「ふふっ。言ーえた♪これでいーや」
後ろで手を組み、月を見上げる。






















「雨岬君と一緒に居れるだけでイイ。ミルは共和派首相なのに、MADに脅されていたからって地球人のみんなをMADに献上していたバカで最低な子なのに、雨岬君は、これから罪を償おう、って一緒に居てくれた。ミルはすっっごく幸せ者だよ、雨岬君のお陰で」
くるっ。
空の方を向けばやはりまだ俯いたままだ。けど、ミルフィは微笑む。
「雨岬君。突然真面目な事を言っちゃってごめんね。これからもお友達でいてね」
また背を向けると、小路を出て行こうとする。
「よ〜しっ。鵺ちんを探すぞー、オーッ!」
「別に謝る事じゃねーし」
「え?」
やっと聞こえた空の言葉にキョトン、と後ろを振り向く。
「雨岬君?どうし、」
「べ、別に断ってねーじゃん!!な、何勝手に自己完結してんだよ!」
「え…え。え?えぇぇ?!それってそれって、えぇ!?」


ボンッ!

顔に火が点いて真っ赤なミルフィは珍しく頬に両手を添えて、あわあわ。
一方の空も外方向いてはいるが、顔と耳まで真っ赤。深々と降る雪との温度差がある2人。
「雨岬君っ!」
「何だよ!」
「お返事をお願いしますっ!」
「はあ?へ、返事って…返事は今ので良いだろ、普通に!」
「中途半端過ぎて伝わらないんで、簡潔に率直にお願いします!」
「充分伝わってるっぽいんすけど!!」
「全然伝わってないでーす♪」
「〜〜くっそ!!OK!OKでーす!あーもう!これでいーんだろ!」
「雨岬く〜〜ん!」


ガバッ!

いつもの如く抱き付くミルフィ。
「だからさっきまでのしおらしいお前は何処行ったんだよ!!」
「えへへ〜☆じゃあさこれからいっぱいぎゅーってしてイイんだよね?ね?」
「〜〜っ!人の居ない所な!」
「人の居ない所限定だなんて、も〜〜っ雨岬君の照れ屋さん☆」
「照れ屋とかじゃなくて世間体ってのがあって!!あーもう!いい加減離れろっつーの!!」


ドンッ!

軽くミルフィを放すと、すぐ背を向けてしまう。
「ねぇねぇ雨岬君。さっきのプレゼント開けてみて」
「此処でかよ」
「うん♪」
「はぁ…」
渋々包装紙を破き、小箱を開けると…
「腕時計…」
「うん!」
中には、銀色の腕時計が一つ入っていた。
「付けてみて♪」
「ああ…うん」
「きゃー♪やっぱり超似合うね♪」



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