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終焉のアリア【完結】
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しん…

下を向いてしまう鵺。その隣には未だ呆然の空。
「MADの血ぃ流れてるろも見かけだけなら地球人の姿だすけ、心の中では良かった…って少し安心してたんら。でもまさか…こんげん事になるなんて想像もしてなかったすけ…。あははっ。俺、どうなるんらろうな。このまま右手が右腕までMADの血に侵食されていつか隠しきれなくなって、MADになるかもしんねぇて」
黒い手袋をはめた右手を開いたり閉じたりする。
「そうしたらEMS軍に殺されるんかなぁ。小説でもよくあるねっか。全部侵食されて自我も忘れて、見境無く人を殺して…そんげ化け物になった奴の末路は仲間に殺される…。よくあるねっか。そういう感動小説の結末。そんげがん…当の化け物になった奴は感動も何もねぇ、苦しくて辛いだけだってがんに…」


ポタ、ポタ…

下を向いた鵺の目から零れる涙が床を濡らす。
「ぐすっ…」
腕で涙を拭う。
「この前本部が襲撃された時戦ってたMADにこう言われたんら。"貴方の裏切り者のお母さんに言い付けちゃうわよ?"って。俺のお母さんは生きてるんら…。それなら会って聞きてぇんら…何で…何で生まれてきた子供が辛い思いするのも気にしねぇで俺の事産んだんら、って!俺なんて産まれてこなきゃ良かったんら!こんげ思いするくれぇなら産まれてきたくねがった!」
「まだそんなの分かんねーじゃんかよ!!」
「…!」
やっと口を開いた空。鵺はパッ、と顔を上げる。
空は下を向いて、コーヒーの缶を拾うと…


ガン!

乱暴に缶をゴミ箱へ投げ捨てるから、鵺はビクッとする。
「雨さ、」
「化け物になっちまうかなんて分かんねーだろ!お前本っト、ネガティブだよな!」
「だ、だって実際こんげ事になってるんだすけ、誰だって悪い方向に考えるに決まってるねっか!!」
「じゃあ分かったよ!お前の言う通りお前が化け物になっても、俺がどうにかしてやる!」
「なっ…どうにかって何らて!どうせ何もできねぇ民間人のうっすらぽんつくのクセに、口ばっか一丁前な事言うなて!!」
「ああそうだよ!どうにかっつっても何をどうするかなんて全っ然分かんねぇよ!でも俺は、俺だけになってもお前の味方になってやるっつってんだよ!だから、産まれてこなきゃ良かったなんて言うんじゃねーよ!俺はお前が居なかったら、今こうやって口喧嘩する親友も居なかったんだよ!」
「っ…!!」
「…あ"」
――俺今、勢い余って親友って言ったような…―





















我に返った空は急に恥ずかしくなり、顔を真っ赤にして背を向けて頭を掻く。
「あ〜…い、今の最後の方、"友達"に変えといてくんね?その、つい勢い余って…」
「親友」
「う"っ…」
「親友って言ったろ?おめさん」
空は顔を真っ赤にして、勢い良く振り向く。
「うっせぇえ!お前な、そういう時は聞こえなかったふりし、ろ…」
ボロボロと床に染みをつくる鵺の涙。空の顔の赤身が引き、真面目な表情に戻る。鵺は笑顔なのにボロボロと涙を引っきりなしに流していたから。
「化け物の味方についたら自分も殺される羽目になるって事…おめさん頭良いってがんに、なして分がんねんだて…。本っ当おめさんは救いようのねぇ、うっすらバカらて…」
空はフッ、と笑む。ポケットに手を突っ込み、夜景が見える窓の前に立つ。
「今度時間あったら遊びに行こうな。まだ行ってなかったし」
「うん…」
ぐしゃ。
鵺の髪をぐしゃぐしゃにして、脇を過ぎて行く。

















「部屋にトランプあるからさ。ミルフィも居るし暇だし3人でやらね?」
「雨岬」
「何だよ。まだグチグチ弱音吐くのか?明日にしろよな」
「おめさんはなして魍魎を扱えるんらて」
座ったままの鵺が顔を見上げて言う。空は鵺には背を向けて立ち止まる。
「この前花月さんと対峙した時、おめさんはおめさんじゃねかった…。しかも、おっかしい事言ってたろ。俺の事もう死なせねぇとか…。おめさんなしてあんげ事言ったんら」
「覚えてないんだよ」
「え?」
「何も覚えてないんだよ。あの時は鵺を馬鹿にされてムカついたから、何も考えずに風希…さんからお前の刀を奪い返して…その後の記憶、マジでぶっ飛んでんだよ」
「なっ…何らて…?じゃああの雨岬は何らったんて」
「俺が知るかよ。…前もあったんだ。記憶がぽっかり抜けていた事が」
「いつらて…」
「シトリー達に追い掛けられてお前とEMS軍本部へ向かう時の電車の中でお前が死…」
「俺?俺がなしたんら?」
空の脳裏でフラッシュバックするのは、電車内で自分を庇ってくれたが為に命を落とした血塗れの鵺の姿。
「雨岬?」
「あ"ーもう分っかんねーつってんだろ!マジで最近よく記憶がぶっ飛ぶんだよ!まあ、どうにかなんだろ」
「あ、待ててば雨岬!」

ドクン、ドクン…

深い所で大きく鳴る鼓動。本当は自分は何者で、何故鳳条院一族しか抜けない刀を抜く事ができて何故度々記憶が飛んでしまうのか。恐くなってきたから話を有耶無耶にして、廊下をスタスタ歩いていく空。後ろから鵺が追い掛けながら自分の名を呼ぶ声が聞こえる。
だがだんだん遠くに聞こえるようになり、やがて聞こえなくなるくらい自分の鼓動がうるさい程鳴る。
――有耶無耶にしてきたけど、俺は本当に何者なんだよ…――


ドクン、ドクン…


















ベタッ…ベタ、ベタ、

2人が去った自販機脇の窓ガラスに、無数の手形が付着した。









































4010号室―――――

「うわああああ!ryo.氏見ました見ました!?今日の戦隊少女第24話〜〜!!」
鳥がシャワーを浴びている一方。ベッドルームでは、ベッドに顔を伏せてダンダン!何度もベッドを叩きながら携帯電話でryo.と電話をしているバスローブ姿の花月。
「見ましたよ峠下氏!何ですかあの鬼畜展開!戦少スタッフは我々リリアたん親衛隊に何か恨みでもあるのですか!普通ああいうのは主人公のミオがなるポジでしょう!よりによって我々の嫁リリアたんに彼氏をつくらせるなんて、監督やスタッフは何を考え、」
「もうそれ以上言わないで下さいぃい〜〜!!うわああああああ」
「と、峠下氏大丈夫ですか!」
「大丈夫なわけないじゃないですかああああ!ノマカプやっても同人誌なら見なきゃ済みますけど公式でやられたら、俺もうどうすれば良いんですかあああ!俺もう来週から戦隊少女見ません!ていうか、見れません!!ryo.氏、予告見ました?!ここぞとばかりにリリアたんとシュウイチのイチャイチャシーンを予告に入れるなんて、監督やスタッフは鬼畜です!悪魔です!!うわああああ!俺のリリアたんがあんなぽっと出の兵士Aに名前がついたような男に純潔を奪われる展開なんて見れるわけないじゃないですかああああ!」
「落ち着いて下さい峠下氏!死なないで下さいよ!?今の峠下氏なら有り得そうで私恐いですよ!」
「じゃあryo.氏はどうしてそんなに冷静でいられるんですか!!」
「私だって、涙と鼻水で大変な事になっていますよ!」
「でも声が超余裕じゃないですか!!俺もう無理です!俺の心のオアシスを奪った監督とスタッフに明日から毎日、腐ったグラタン送り続けます!!」
「そ、それは随分と地味な嫌がらせですね…」
「ほら!ryo.氏やっぱり冷静じゃないですか!!どうせryo.氏はオタクです、って言っても本当はリア充なんでしょ!だからそんなに冷静なんでしょう!?どうせ心の中で俺の事"このキモオタ、好きなキャラに恋人ができたくらいでピーピー喚いてんじゃねー"って思っているんでしょう?!どうせ俺は根暗でチキンなキモオタですから、リリアたん無しじゃ生きていけないですよーだ!!」
「べ、別に私はそんな事言っていませんが…。あ。今父親に呼ばれたのでそろそろこの辺で…」
「ryo.氏?!え?ryo.氏、」


ブツッ!


ツー、ツー…

「ryo.氏にまで裏切られたあああ!!orz」
一方的に電話を切られ、顔をベッドに伏せて喚く花月。























事の始まりは数10分前。
携帯電話のワンセグで今日放送の戦隊少女第24話を見ていた花月。その内容はリリアファンの彼らには、あまりにも辛過ぎる内容だった。シュウイチという20話から登場したばかりの男キャラとリリアが今日の24話で、晴れてカップルとなってしまったのだ。その事をryo.に嘆いていた花月。
「うぅ…サイト閉鎖しよっかな…同人活動もやめよっかな…。そりゃ、22話辺りからやたらあの男とリリアたんが絡むシーンがあるなぁって思ってたし、フラグだって立っていたのは分かっていたけど…けど…!!ryo.氏もタクロー氏も他のアニメも好きだからあんな冷静でいられるんだよ〜俺は戦隊少女一筋!リリアたん一筋!だから立ち直れないんだよ〜!はぁ…こんな時三次元なら破局するかも?って可能性があるけど、二次元は一度くっ付けば滅多な事じゃ破局しないからな…。そう思うと三次元の方が良い…いや!つい昨日現実を知っただろう!三次元女なんてどうせオタクを毛嫌いするビッチばかりなんだ!騙されたばかりだろう花月!!で、でも…リリアたんはもうあの男のモノ…じゃあ三次元も無理、二次元も壊滅な俺はこれからどうすれば…うわあああ!死にたいよおおおorz」
「花月。あがった」
「はいそーですか、良い湯加減でしたかー!!」
風呂から上がった鳥の声がしても、花月はベッドに顔を伏せてダンダン!とベッドを叩いたまま。
「花月、花月」
「俺、今、傷心なんだよ〜〜用があるなら来年話し掛けて!」
「ごっ、ご主人様の為ならばっ、たとえ火の中、水の中っ、一生お守り致しますっっ、リリア・フランスキー登場ですっっ!!…だっけ?」
「そ、その台詞は…!?」
鳥のギクシャクした声が聞こえて、ハッ!と顔を上げた花月の目の前には何と…
「お、お鳥姉さん何やってんの…!!」
顔を真っ赤にして恥ずかしくて汗を流す鳥…の服は何とリリアの衣装。つまり、リリアのコスプレをしていたのだ。髪の色だけ自毛のままだが、リリアの決めポーズまでちゃんとしている。





















さっきまで大泣きだった花月の涙はもう止まったが、鳥のまさかの格好に唖然。
「ここここれはそのっっ!花月と仲直りしたくて持ってきたっ!!この前MADがイベント会場を襲った後、家に帰ってネット通販でリリアたんのコスプレ衣装、か、買っといたのっ!か、花月喜ぶかな〜ってお、思って…!!」
「え…」
「ごご、ごめんっ!あたしみたいな大根足でチビでブスがやったってムカつくだけだったよね!ごっごめん!今、着替えてくるっ」
「ま、待って下さいっ!」
「ぎゃあ?!スカート引っ張るな変態!!」
「え?!あ、いやこれは引っ張るものが他に無くて!」


ドカッ!

白のブーツを履いた足で思い切り蹴られる花月。しかし、真っ赤な顔で下を向いたまま自分の黒の携帯電話を取出し、鳥に向ける。
「な、何っ」
「ごごごめんっ!写メらせて下さいっ!」
「は、はぁ?!キモっ!ウザっ!調子乗んなっ!」
自分の体を抱き締めるようにして後退りする鳥だが顔は真っ赤で、万更でもなさそう。口は心とは反対の言葉を発していたが。


パンッ!

花月は顔の前に両手を合わせて、土下座してお願いする。
「お願いしますっ!!1枚で良いので写メらせて下さい!!」
「そ、その写真ブログとかに載せないでよ!?」
「載せません!約束します!!」
「じゃあ何に使うの!?」
「べ、別に何にも使わないけど…記念っていうかその、あのっ…」
「あ〜もうっはっきり喋れ!!撮るならさっさと撮って!」
「わ、分かりましたっ!」
――何で敬語なの?!――
ビシッ!と敬礼する花月はプルプル震える右手で携帯電話を構えて、鳥に向ける。


パシャッ!

撮れた写真の鳥は棒立ちで、顔は真っ赤だった。
「と、撮れた?」
「撮れましたっ!!」
「そ、そう。良かったねっじゃあ着替えてく、」
「ごめん!!次、このポーズして!!」
「は、はぁ?!」
ぐいっ、と差し出された携帯電話の画面に映っているのは決めポーズをしたリリアの画像。鳥は顔を真っ赤にしつつも、その画像をまじまじ見る。
「1枚だけって言ったじゃん!」
「言ったけど、せっかくなので!!」
「意味分かんないっ!」
――とか言いつつ、ポーズとらないのお鳥!!――
自分で自分にツッコミを入れつつも、画像通りの決めポーズをとってしまう鳥だった。




















「じゃあ次はこのポーズでお願いしますっ!!」
「もうこれで最後だからね!?」
最後の1枚、最後の1枚…と言い続けて、かれこれ15分は撮影会をやっていた2人。花月よりも鳥の顔の方が真っ赤だ。爆発しそう。
本当の本当にこれで最後にしようと心に決めた鳥は、花月の携帯電話に映っているリリアのポーズを見る。すると、ボンッ!とついに頭から湯気を噴いてしまった。
「何このポーズ!エロい!こんなのさせんなバカ花月!!」
その画像のリリアは四つん這いで後ろを振り向きウインクをしている青年向け雑誌の画像のリリアだから、鳥が嫌がるのも無理もない。
調子に乗り過ぎている花月にさすがの鳥も腰に両手をあてて背を向け、怒っている…振りをしているだけ。
「も、もう知らない!さっきので終わりにする!そういう事してほしいならコスプレしてくれる彼女つくれば?!」
「お鳥ちゃんにやってほしいんだっ!お鳥ちゃんリリアたんのコスプレ、マジでかなりすっごく激似合ってるんだって!!つーか可愛過ぎるんだよっ!!」
「〜〜っ!?あ、あんなフり方しといて今更そんな事言うなバカっ!!花月ってたらしだったの?!信じらんない!死ねっ!!」


パシッ!

後ろから腕を掴まれ、鳥の体温は急上昇。
「ご、ごめん。本当ごめん!確かにお鳥ちゃんの事はまだ驚いてて恋愛対象とかそういう風には見れないんだけど、そのっ…お鳥ちゃんからしたら思わせ振りな態度とるなって思うかもしれないけど…!恋愛対象とかそういうの抜きで、お鳥ちゃんは普通に可愛いんだってば!!」
「〜〜っ!?」
「知らないの?!俺のクラスの男子とか3年の先輩からも"お鳥ちゃん可愛い!"って人気あるんだよ!だから全然細いし小さいし、男から見たら普通に可愛いんだって!」
「〜〜っ!じ、じゃあ交渉条件!きょ、今日だけ一緒にあたしの隣で寝て!」
「お、おkです!!」
「うぅ〜〜っ、分かった!じゃあ、してやるっっ!」


ボスン!

ベッドの上に乗ると、後ろを向き四つん這いになり半ば自棄くそでウインクをして、後ろに居る花月に顔を向ける鳥。
「あ。ご、ごめん、ここもうちょっとこっち向いてほしいんだけど…」
花月が鳥の腰に手を伸ばし、軽く触れる。
「ぁんっ!」
「え!?な、何?!」
「ななな何でもない!」
「と、撮りますっ」
「早くしてバカっ!!」


カシャッ!



























23時40分―――――

ベッド脇の電気スタンドからのオレンジ色の灯りだけの静かな夜。
ベッドは2つあるのに窓際のベッドは空けて、奥のベッドに2人で背中合わせで寝る花月と鳥。2人共バスローブ姿。
顔が真っ赤の鳥に比べて花月の方は幾分、そこまで赤くはない。
「お鳥ちゃん、ありがとう…」
「ふんっ!!」
「そのっ…今度は俺が買うからリリアたん制服ver、リリアたんメイド服ver、リリアたんナースverのコスプレも、し、」
「しないっ!!」
「で、ですよね〜」
顔は見えなくとも、鳥が口を尖らせている姿が容易に想像できる。
「大体、花月は無神経過ぎる。あたしも酷い事したけど、あたしの事をフっといて…か、か、可愛いとか、思っても無いを事言って写真撮って!!あたしは花月のコスプレお姉さんじゃない!」
「ご、ごめん。そういう意味じゃなかったんだけど、ごめん!」
「ふんっ!!」
――とか言いつつ、花月から"お鳥ちゃん"って呼ばれると何か何か何か!!すっごくドキドキする!!――
「お鳥ちゃん」
――思ってる傍からまた呼ばれた!!ドキドキ!――
「な、何っ」
「あんな事を言った後なのにって思われる事は百も承知なんだけど。やっぱりお鳥ちゃんしかいないんだ、俺の事を全部受け入れてくれる人は…。それにお鳥ちゃんと話してると一番楽しいし、何でも話せるし…。今更かよ、って思われるだろうけど…。実は姉弟じゃなくていとこだったとか、そういう事に気持ちの整理がついたら俺…俺、お鳥ちゃんの事、す、す、好きになるように努力する!…」
「努力って何それ!?」
「ごめん!怒っ、」
「たに決まってんじゃん!意味分かんない!無理に好きになってもらわなくていいし!てゆーか、もうその話忘れて。言ったじゃん。あたしもう花月に好きって言わない、って!おやすみ!」


ボフッ!

毛布を頭からかぶる鳥。
「あたしが馬鹿だったの。いとこなんかじゃなくたって男の子なんていっぱいいるんだもん。か、花月よりかっこ良い男の子なんて5万といるもん!」
――心にも無い事言わないのお鳥ー!お鳥のバカバカバカ!!――
口から発する言葉と心の声は全くの正反対な鳥。ぎゅっ、と目を閉じて無理にでも寝ようとする。
「じゃあ…じゃあ、好きになったら俺から、こ、こ…告白するっ…」


ドキッ。

思わず目を見開いてしまう鳥。


ドキン、ドキン…

外まで洩れてしまいそうな鳥の心臓の音。目だけを花月の方へ動かすが、背を向け合っているから、こんなに近くに居るのに此処からじゃ花月の後頭部しか見えない。






















「バ、バカみたい。好きになったらって何。好きになるって、努力してなるとかそういうもんじゃないっ」
「……」
「金輪際あたしと恋愛話は一切しないで!」
「……」
「おやすみっ!!で、でも今日は仲直りできて良かった。ありがとっ!」
「お、お鳥ちゃん」
「……」
「お鳥ちゃん!」
「……」
「お鳥ちゃん、寝た?」
――1秒で寝れるわけないじゃん!!――
「寝たならいいや…。今はまだ言わないでおく…」
――気になる言い方するなっ!!――
聞きたいけど聞くのはまだちょっと怖くて、寝たフリをする鳥。


パチン、

ベッド脇の電気スタンドの灯りを消す花月。
「おやすみ」
「……」
寝たフリを頑固として通す鳥だった。
――ダメだあたし。やっぱり、この人の事大好きなんだ…――


























皆が寝静まり、窓から見えるホテルの部屋の灯りが一つ…また一つ消えていくのと比例して、街の灯りも一つ…また一つ消えていく。闇夜に浮かぶ月は、MADが侵略してから真っ赤な色をしたまま。











































AM0時00分――――

「うぅ…寝返りうてない…」
大の字に寝転がりベッドを占領して寝る寝相の悪過ぎる鳥の隣で、花月は寝返りすらうてずに縮こまっていた。


ズッ…ズッ…、

「…?」
――何の音だ?――
皆が寝静まった真夜中。部屋の外廊下の方から、何かを引きずるような鈍い音が聞こえて花月は目を開く。


ギシッ、

上半身だけを起こす。


ズッ…ズッ…、

音は止まない。何かは分からないが、本能的に嫌な予感がする。眉間に皺を寄せ真剣な顔付きになると、ベッド脇の小さいテーブルの上に置いておいた護身用拳銃を掴む。


ガシャン!!

「くっ…!」


パァン!パァン!

しかし奇妙な音がした方とは真逆の、花月が背を向けていた窓の割れる音がして瞬時に後ろを振り向く。振り向き様に拳銃で発砲。
其処には何と40階のこの部屋の窓を突き破ってきた人間サイズのMADが1体。しかし花月が発砲した銃弾が頭、首、腹に命中すれば、体勢を崩したMADは部屋へ侵入する前に40階の窓から転落してしまった。




















「何?!」
銃声や窓ガラスの割れる激しい音々に、耳を塞いで飛び起きた鳥。割れている窓ガラスを見て、目を見開く。
「MADだよ!」
「MAD!?」
「窓から入ってこようとしたんだ!」
「此処40階だよ?!」
「そんなのこっちが聞きたいよ!廊下の方から変な音が聞こえる。MADが俺達の陽動に乗ったんだろう。俺達が寝静まった頃を見計らって」
早口で喋りながら拳銃に銃弾を注ぎ込むと花月は立ち上がり、ベッドを降りて魑魅を掴む。紺色のダッフルコートを羽織って廊下の方へ走っていくから、「待って!」と鳥もベッドから飛び降りる。白のトレンチコートを羽織って解いたままの髪をなびかせ、ついて行く。
扉の前で立ち止まり、覗き穴から廊下の様子を伺っている花月の後ろで背伸びをする鳥。
「どう」
「最悪だよ。廊下にMADの大群が徘徊している」
「え!じゃあ月見ちゃんと風希ちゃん達は」
「居ない。MAD達はどの部屋へも入っている様子は見られない。廊下を徘徊しているだけ。けど、今窓から侵入してきた奴がいたから姉さん達の部屋にも、もしかしたら…」
「怖い事言わないで!あたし、2人に電話する!」
片耳を塞ぎ、ピンクの携帯電話で月見と風希に電話をかける鳥だが…
「繋がりません、しか言わない…何で!」
「お鳥ちゃん!」
「わっ!?」
突然こちらを振り向き様に抱き締めるように鳥を押してそのまま風呂場へ2人で入り、バタン!と風呂場の扉を閉める花月。花月の顔に胸を埋めている体勢の鳥は、不謹慎ながらも顔を真っ赤に染めている。
「どうし、」
「しーっ」
口の前に人差し指を立てる花月に、鳥はパッ!と自分の両手で自分の口を塞ぐ。花月はヒソヒソ声で話す。
「MADがこの部屋のドアノブを壊そうとしていたんだ」
「え…!」
「だから…」


ガタン!!

「!!」
「!?」
部屋の扉の壊れる音がして2人は言葉を飲み込み、ビクッ!とする。























恐る恐る花月が後ろを振り向けば、風呂場の曇りガラスの扉の向こうにぼやけて見える。壊した扉からMAD達がこの部屋へ次々入ってくる姿が。
しかし皆、両手をぶらぶらさせ腰を曲げてのっそり歩いている。まるでチンパンジーのよう。いつも花月達が遭遇するMADより、何だか弱そうな印象を受ける。


ズッ…ズッ…、

花月が聞いたあの、何かを引きずるような足音が扉一枚隔てた向こうすぐ其処から聞こえる。


ドクン、ドクン…

2人の鼓動が外まで洩れている。
魑魅を持った花月の小刻みに震える右手の上に鳥の小さな左手が重なる。ハッ!と花月が顔を上げれば、鳥は力強い眼差しで花月を見つめていた。無言でも鳥が何を言いたいのかが分かるから、花月は唇を噛み締めて無言で頷いた。


トゥルルル

「!!」


ビクッ!

最悪だ。こんな時に限っていつも着信の無い花月の携帯電話が鳴ってしまったのだ。2人は顔を真っ青にする。風呂場に響くその着信音は勿論、部屋に居るMADにも聞こえている。
すぐボタンを押して着信を切る。画面には発信者『ryo.』の名が。しかしすぐに携帯電話をコートのポケットへ押し込むと…


ガタン!!

風呂場の扉が蹴り飛ばされ壊された。其処には6体のMADが。しかし…
「?」
「?」
キョロキョロ風呂場内を見回すMAD。そう。何と、花月と鳥2人の姿が忽然と消えているのだ。
確かに此処から物音がしたのに…とでも話し合うように顔を見合わせ首を傾げるMAD達は、どうやら喋る事ができないようだ。チンパンジーのように腰を曲げ、腕をブラブラさせながらズッ…ズッ…と、のっそりのっそり湯船を覗いたりシャワーを手に持ったり、壁をペタペタ触るMAD達。


スパン…、

「?」
何かが刃物で切られた音。MAD5体がゆっくり後ろを振り向くと…


ゴトン…、

一番後ろに居た1体のMADの首が床に転がり、そのまま…


バタン、

倒れてしまったのだ。誰も居ないのに。MAD達は顔を見合わせ、また首を傾げる。


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あきゅろす。
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