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終焉のアリア【完結】
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4010号室―――

「ドア開けっぱだったよ。危ないだろ」
開きっぱなしの部屋の扉を閉めて入る花月。
ベッドルームのベッドに腰掛けて、40階のこの部屋から夜景を1人で見下ろしている鳥。
「お鳥姉さんどうしたの。晩ご飯も食べないでいきなりいなくなっ、」
「うん。大丈夫。言われた通りにやってみる」
「姉さん…?」
また独り言を呟いている…いや、誰かに話し掛けている様子の鳥を不思議に思い、肩を叩く。
「お鳥姉さん?」
「ハッ…!」
「!?」
ビクッとして振り向いた鳥の瞳の色が一瞬赤く見えた…気がしただけで、じっくり見てみればいつものピンク色の瞳をしていた。
「か、花月…?」
「晩ご飯も食べないでいきなりいなくなったから皆心配してたんだよ」
「え…あたし…」
「どうかしたの」
「知らない…あたし…此処どこ…?」
「は…?」
――何ですかその、記憶喪失キャラのテンプレ台詞――
「何処って…今日はEMS軍大会議だよ。だからEMSホテルに来たんじゃんか」
「大会議…そっか…」
「お鳥姉さんどっか具合悪いの?大丈夫?」
「っ…」
「姉さん?」
「うぅっ…」
「!?」
ぶわっ。
大きい瞳からボロボロ涙を溢れさせた鳥に、目をギョッとさせ驚く花月。泣いた事なんて見た事…
――この前見たか…――
それでも、この前見たのが初めてなくらいいつも毅然としているから驚く傍ら、自分のせいなのだろうか…と思う自分がいた。
――いや、でもあれはお鳥姉さんが悪いじゃんか!――
















漫画のように涙をボロボロ流しているし、鼻水も垂れているのに必死に唇を噛み締め、目をぎゅっと瞑り、両手でドレスに爪をたてて涙を堪えようとしている。
「うっ、ぐっ…、かづき…この前ごめんっ…」
「…遅いよ」
「う"ぅっ…ごめん…ごめん、ごめんっ…うぅっ…」


ギシッ、

ベッドに腰掛け、鳥の隣に座るのに、わざわざ背を向けて座る花月。
「皆は何も知らないクセに俺が悪いって事になってるけど。言わせてもらうけど俺、あの時かなり傷付いたんだよ。男のくせにって思うかもしれないけど」
「うっ…ぐすっ…ごめっ…ごめん"っ…」
「お鳥姉さんが姉貴だからってのもあるし」
「ごめん"っ!嫌いなあたしなんかにちゅーされて辛かったでしょ、ごめんね花月ごめんね」
ぎゅっ。
後ろから服を引っ張って泣き声で必死に謝る鳥。
「嫌いだから傷付いたんじゃないよ…」
「う"ぅ…ごめっ…」
「…お鳥姉さん」
「う"ぅっ…うぅっ〜」
「ありがとう」
「うっ…?」
「は、始めにこれを言うべきだったね。姉だからとかいとこだからとか、断るにしても言うべきだった。す…す、す、好きになってくれてありがとう、って!」
「…!!」
「だからその…嫌いじゃないから!ずっと姉貴だと思ってた人に言われてびっくりしたからだよ!俺も言い過ぎた事とか酷い言い方してごめん…」
「か、かづきは何も悪くない!全部、全部あたしが悪いの…うぅ…うわあああん!」
「お鳥姉さん?!」
声まで出して大泣きするから慌てて後ろを振り向けば、ベッドに顔を伏せて大泣きしている鳥。こんな鳥を見たのは初めてだし、こういう時どうすれば一番良いのかなんて分からなくてオロオロしっぱなしの花月。

















ドギマギしながらも、鳥の頭をプルプル震える手で、そっ…、と撫でた。
「花月はあの子と付き合ってるの?」
「あの子…?ああ、あのビッチ?」
「昨日夜中に帰ってきた。え、えっちな事してたんでしょ!変態!」
「してないよ!…あ、いや微妙にしたというか…」
「最低!!」
「いやいやいや!違う違う!Bまでだし!」
「Bって何?」
「Bってのはペッティン…って、何言わせんだよ!」
「よく分かんないけど変態!最低!小鳥遊家の恥!」
「そこまで言うなよ!つーかね、フラれた!」
「え?!」
バッ!と勢い良く顔を上げた鳥。
「めっちゃムカつくんだよ!"友里香と付き合うならオタクやめて!オタクと付き合ってるのがバレたら友里香までオタクだと思われるでしょっ!"とか言ってきてさー!あー超ムカついた!リア充爆発しろ!」
「りあ…何それ?」
「てかさ!お鳥姉さん聞いてよ!」
「う、うん。聞く!聞く!」
ベッドの上を張って、花月の真ん前に来る鳥。
「中学の頃いじめられた痣とか火傷さ。俺、痕になってるじゃんか。それを見てキモいとか、そういう痣ある奴なんて一生結婚できないしとか言われてマジムカついた!余計なお世話だし!あー、もう久しぶりにこんなにムカついた!」
「そんな酷い事言われたの」
「でもこれ内緒だよ」
口の前に人差し指をたてる花月に、うん、うん、と何度も頷く鳥。
「あれ。でも痣とかを見たって事は…」
「う"っ…」
「や、やっぱりしたんだ…うぅ…最低!出てけ!!」
「だからBまでっつってんじゃん!恥ずかしいから何回も言わせんな!」
「風希ちゃんに言い付ける!後先考えないでそういう馬鹿な事してデキちゃったらそんな下品な花月となんて一生喋んない!小さい頃は可愛かったのに!今の花月はムカつく!」
「〜っ、ああもう本当しつこいな!愛撫したりされただけで挿入してないっつってんの!!どうせキモオタの童貞ですよーだ!!」
「そ、そこまでリアルに言わないでよ!あたしが恥ずかしくなったっ!」
「だ、だってお鳥姉さんがしつこいから…!〜〜っ、ご、ごめん…俺も恥ずかしくなった…」
互いに顔を真っ赤にして花月は頭の後ろで腕を組み、そのままベッドに寝転がる。隣に座る鳥。

















「あーやっぱ俺、二次元に没頭する!俺みたいなオタクがリア充になるとか無理なの分かった!」
「あたし…」
「?」
「あたしもう好きって言わない。でもまだ好きだしこれから先もきっと好きだし、好きでいちゃうけど花月にはもう迷惑かけないから…から、仲直りしてくれる?」
差し出した小指。花月はフッと笑むと起き上がり、ベッドに正座をして自分の小指を鳥の小指に絡める。
「うん。仲直りしよっか」
「うん!このまま仲直りしないでずっと喋れないかと思った」
「大袈裟だなぁ」
「これからもいっぱい喋っていっぱい遊びに行こう!リリアたんのくじ、また1等当てるから!」
「はは。またあんなオタクの店ついてきてくれるんだ」
「あたしはオタクとかそういうの気にしない!」
「ありがとう。本当ありがとう。俺、また二次元に没頭するけど三次元に興味無いって言うのもうやめるよ」
「何で?」
花月は目を三日月のようにして、鳥の小指を自分の小指で繋ぎながらちょっと照れ臭そうに笑った。
「俺の事本当に好きになってくれるお鳥姉さんが居るんだからさ」
「か、花月っ…!」
やっと止まっていた涙をまたボロボロ溢れさせ、花月の背中をポコポコ叩く鳥を、ベッドの外に出した足をパタパタさせながら「ははっ」と笑う花月。
「お鳥姉さん何も食べてないからお腹空いたでしょ」
リュックの中からスティックのチョコ菓子を取出して鳥にあげれば、鼻水を啜り涙はボロボロ流したままチョコをもぐもぐ食べる。
「お、おいひぃ…」
「え?それ100均のだよ?」
「花月がくれたから美味しいの!ばかっ!」


バシン!

「痛ってぇ!!」
背中を思い切り叩きつつも、本当嬉しそうに食べる鳥。
「おかわり!」
「え?!もう無いよ!」
「用意悪い!」
「ははっ、何だよそれ。あ!アリス先輩達が何か持ってないか聞いて、」
ぎゅっ。
服を引っ張る鳥。
「なら、いい。何処も行かないで!昨日喋らなかった分、今日はいっぱい喋って!」
「…!じゃあ何喋ろうか」
ベッドに座り直す花月。
「リリアたんの話!」
「ええ?!お鳥姉さん、戦隊少女見た事ないでしょ?」
「この前動画サイトの無料配信で見た。1話だけ。リリアたんの事と花月が好きなアニメの事教えて!あたし、花月と話が合うようになりたい!」
「無理しなくていいよ」
「無理なんてしてない」
「分かった。じゃあさ、お鳥姉さんが好きなものの事とか…お鳥姉さんの事。俺にも教えて」
「え?」
「俺の趣味の話ばっかり一方的にしてちゃ悪いじゃんか」
「えっ、えっとじゃあ…」
「あ。ていうかお鳥姉さんって本当はいとこなんだっけ」
「うん、そう」
「何で?」
「分かんない。物心ついた時から小鳥遊家に居た。その後教えてもらった」
「ふーん。じゃあ今度からっていうか、今からお鳥ちゃんって呼ぶ事にする!」
「ぶっ!!」
「何吹き出してんだよ!」
「だ、だって花月が、おちょ…お鳥ちゃ…ぶっ!!」
「俺が恥ずかしくなるじゃんか!!」
ダンダン!と、ベッドを何度も叩き体を震わせて笑う鳥に、顔を真っ赤にした花月は立ち上がると首にバスタオルを巻き、スリッパをパタパタ鳴らして風呂場へ行ってしまった。


バタン!

さっさと風呂場の扉を閉めれば間もなくしてシャワーの音が聞こえてきた。鳥はふふっ、と笑む。
「仲直りできて良かったっ」
ベッドに腰掛け足をバタバタさせ、ご機嫌な鳥だった。

























4009号室――――

「ふええ〜!今日は2年振りの大会議出席で、人の多さに死んじゃうかと思いました〜!」
ベッドの上で目をぐるぐる回しバタンキューしている月見を、隣のベッドに腰掛けて本を読んでいる振りをしながらチラチラ見て気になっているファン。


パチッ、

「はわわ?!真っ暗になっちゃいました!停電ですか?」
「わ、悪い…私が消した」
「ふえ?」
突然部屋の明かりが消灯した為、耳を両手で塞ぎ即行頭から毛布をかぶった月見。しかしそれはファンによるものだったと知ると、毛布の中からひょっこり顔を出す。
――うっ…!まるで小動物のようだ…!!――
そんな仕草1つさえも、ファンのハートに恋の矢を射す事になっているとも知らず。ファンは月見から顔を逸らす。
「そ、その…疲れているようだったので早く睡眠をとるようにという意味で消したのだが。驚かせてしまい、すまなかった」
「そんな事ないですよ〜!わたくしが臆病なだけなのです。ファンさん、わたくしなんかの為に気を遣ってくださり申し訳ありません…わたくしと同室で、さぞたくさん気を遣いましたでしょう…?」
「そ、そんな事ない!小鳥遊が謝る事など何もない!!」
「はわわ〜!ありがとうございます〜!ファンさんはとってもお優しい方ですね。優しい旦那様がいらして、奥様はとっても幸せ者ですね。ふふっ」
「い、いや…。私はまだ独身だが…」
「ふえ?そうだったのですか?とても素敵な方ですから、てっきりご結婚されているのかと思いました〜。ふふっ」
――す、素敵とはどういう意味で捉えて良いのだ…!?――


















「…?ファンさん、お顔が赤いようですが…ハッ!まさか、日本支部へ来るまでの長い道中のお疲れが出てお風邪を召されたのではありませんか?大変です〜!微力ながらもわたくしがお治し致します!」
毛布を払って出てきた月見はファンのベッドに、
「とうっ!」
と掛け声を掛けて飛び移ると、外方向いているファンの顔を何と、頬に両手を添えてこちらに向かせようとしてきたのだ。これには、いつも寡黙でポーカーフェイスのファンも目を見開き全身真っ赤。汗ダラダラ。心臓は破裂寸前。
「ファンさん!今お治し致しますね〜」
「〜っ!い、いい!というか私は風邪など引いていない!小鳥遊!お前の方が体調が悪いんじゃないのか!は、早く寝た方がっ…!」
「いえいえっ!わたくしは戦う事のできない役立たずですから、せめて、得意の看護で軍人の皆さんのお怪我やご病気をお治ししたいのですっ」
「〜〜!だ、だから私は風邪など引いていない!」
思わずファンが月見の方を向いて振り払おうとした時。
「ふわあ?!」


ボスン!

「〜〜!!」
ファンは背中からベッドへ倒れ、その上に月見が覆いかぶさって倒れこんだ為、ファンは風邪によるものではない高熱を出すはめになったそうな。
「ふわわわ!ごっ、ごめんなさい!わたくし重いですよね!今退きます!」
「い、いや全く重くはないが、私の方こそすまなかっ、」


ゴツン!

「〜っ!」
「だ大丈夫ですか?!」
起き上がろうとしたファンはベッド真上の電気スタンドにモロに頭をぶつけてしまいまたベッドに沈むから、ファンの気など知らない月見は上に乗ったままファンの頭を撫で撫でする。ファンは最早、良い意味で死亡。
「痛いの痛いの飛んでけ〜!」
「〜〜!!」
――これはある意味、軍事訓練より辛い…!――
「痛くなくなりましたか?」
「あ、ああ。助かった。と、とにかく其処を退いてもらえないか…!」
「ふわあ?!すすす、すみませんでしたわたくしったらずっと…!重かったですよね、ごめんなさい、ごめんなさい」
「だ、だから重くはないと言っているだろう!」
やっとファンの上から降りた月見だが、ベッドの上で何度も何度もペコペコ頭を下げて土下座を止めないから、起き上がったファンは顔を真っ赤にして頭を掻いていた。

















「そういえば小鳥遊は何故、家に引きこもるのだ」
「わたくしですか?わたくしは生まれつき体が弱くよく体調を崩して学校をお休みしていて、それでお家に籠もりがちになって…そこでMADが襲来してきてもっとお外が怖くなってしまって…。こんなわたくしはEMS軍日本支部幹部失格なのです…。はぅ…。風希ちゃんもお鳥ちゃんも花月も怖くても頑張って戦っているというのに、わたくしは怖い気持ちばかりが勝ってしまって…。しかもわたくしは救護担当ばかりで戦う事もできない役立たずなのです…うぅ…」
下を向き、酷く自分を責めている。
「そんな事はない」
「ふえ…?」
「前線へ出て銃や剣を振り回す事だけが戦いではない。戦士の傷や病を治してくれる人間がいるから、戦士は戦う事ができる。それに、救護班の人間だって傷を負った同胞の為に全身全霊をかけ、充分戦っている。どちらかが欠けていたら軍は成り立たない。だからその…そんなに自分を責めるな。自信を持て」
――な、何を偉そうに言っているんだ私は!!――
すぐ背を向けるファン。読んでいる振りをしている本で、自分の真っ赤な顔を覆う。
「ファンさん…」
「な、何だ」
「わたくし、お父様と花月以外の男性とは仲良しになった事が無いのですが、ファンさんとは仲良しになれる気がします!」
「そ、そうか」
「あうっ?!ご、ご迷惑で、」
「そんな事は一度も言っていないだろう」
「だ、だってファンさんこちらを向いてくださらないから…」
「!」
「うう…わたくし、ファンさんのお気持ちも無視して勝手に仲良しになれるかもしれない、なんて馴れ馴れしい事を申してしまい申し訳ありませんでした…」
「た、小鳥遊」
「はい…?」
顔を上げれば、ファンはこちらを向いていた。しかし相変わらず顔はあからさまに反らしているが。そんなファンの右手には、ブラウン色をした自分の携帯電話。月見は首を傾げる。
「その…。もし良かったらで良いんだが、小鳥遊の連絡先をお、教えてくれないか?私も小鳥遊とは話が合いそうだと思って…な」
月見は両手を合わせ、にっこり笑う。
「わあ!本当ですか?分かりましたっ!はい!これがわたくしの連絡先です!」
「ああ。し、しかしこれは…」
「はいっ!わたくしのお家の住所です!」
手渡されたものは何と郵便番号、住所、名前が書かれた1枚のメモ。















にこにこ天使のように優しい純粋無垢な笑顔の月見には非常に言い辛いのだが、ファンは口をきる。
「その…。これはこれでありがたいのだが…。で、できれば携帯電話の番号かメールアドレスを教えてもらいたいのだが」
「あっ!けいたいですか?それならわたくし、持っておりません」
「え?!」
「恥ずかしながらわたくしは機械オンチで全く使えないのです。風希ちゃん達みたいに使いたいなぁとは思っているのですけれど、前に一度持った時さっぱり使えなくて風希ちゃんから"月見姉様、宝の持ち腐れ…"と言われてしまい、けいたいを風希ちゃんの鎌で壊されてしまいました〜」


ゾッ…!

風希にはなるべく関わらないようにしようと決めたファンだった。
「そうか。残念だがそれならば仕方ないか」
「でもファンさん。今でこそけいたいでんわという便利な物がありますけれど、住所とお名前が分かれば昔のようにお手紙は書けますよ」
「…?ああ、そうだが…?」
「ファンさんが本部にお戻りになられたら、わたくしと文通致しませんか?」
「…!!」


ドキーン!!

真っ白で汚れない純粋無垢で天使のような月見の笑顔と一言にファンはまた、良い意味で死亡するのだった。




























4008号室―――――


ドスン!!

床にぐっさり刺さった鎌。
「わわわ悪かったっつってんだろ!その、いつもの癖でよ!ついうっかり手が煙草に伸びちまったんだよ!風希もあるだろ?うっかり!」
壁まで追い詰められたアリスの珍しく顔を青くした動揺っぷり。そんな彼にここまで恐怖を覚えさせているのは、同室の風希。


ズルッ…、

鎌を床から引っこ抜くとアリス目がけ持ち上げる。その瞳は恐いくらい据わっていた。
「うっかりで何でも済ませられるの…?うっかり店の商品を盗っちゃいました…うっかり人を殴ってしまいました…うっかり人を殺してしまいました…」
「それは極端だろが!俺の場合はたかが煙草だろ?!」
「たかが…煙草…」
「う"…」
「私は煙草が大嫌い…吸ってる人だけならどうでも良いけど…一緒に居る人にまで害を与える…。あれ程忠告したのに…私の前で煙草は吸わない方が良い、って…」
ギラリ。
鎌の鋭い先端が銀色に光り、今まさに振り落とされる。
「死んじゃえば良いのに…」
「ぎゃあああああ!!」


ドスン!!































4006号室――――

「雨岬くぅーん!早くこっち来てー♪」
「マジでお前ふざけんな!」
一方、こちらの部屋では。ミルフィがベッドに入り毛布を広げベッドをバンバン叩いてウインクで空を誘っているが、当の空は顔を真っ赤にしつつもぷんすか怒って自分のベッドにドスン!と腰掛け、ミルフィに背を向けている。が、内心かなり心臓がバクンバクンいっている自分がいるから、そんな自分を自分でぶん殴りたい衝動に駆られている。
「雨岬くぅーん♪」
「だっ、だからいい加減にしろっつーの!つつ、付き合ってもいないのに何で、いいい、いきなりそんな事しようなんて言えるんだよお前はっっ!!」
「そんな事って何??」
「…は?いや、だからその…その…」
「ミルは雨岬君に隣で寝てほしいだけなのに、ダメなの?」
「!!」


カァーッ。

とんでもない方向に勘違いをしていた自分が自分で恥ずかしくなり、顔を真っ赤にして余計ミルフィを見れなくなってしまった空。
「ねー雨岬くーん」
「……」
「ねーねー雨岬くーん」
「……」
「お〜いっ」
「あ"ーもう!ちょっと俺散歩してくる!!」
「え?散歩?」
立ち上がり下を向いてスタスタスタスタと、ベッドの脇を歩いていくが…


ガシッ!

ミルフィに腕を掴まれ、顔を向ける。
「何だよもう!」
「雨岬君。ミル、迷惑?」
「なっ…」
いつも飄々としていて憂いの表情など見せた事の無かったミルフィが、空を見上げている。とても寂しそうな目をして。だから、顔を反らしてしまう空。
「いや…別にそういう事言ってるんじゃない…けど…」
「でも、薄々気付いているの…」
「何が…」
「ミルってテンション高過ぎるのかな?ウザがられてるのかな?って…。直そうとも思ったよ。けど、ミルはこういう性格だから結局直らなくて…。雨岬君はミルみたいな性格の子は好きじゃないみたいだし…。ミルがおとなしいリベイルの姿の時の方がたくさん喋ってくれたから…。ごめんねミル、いつもウザくて」
「なっ…べ、別にそんなん思った事ねーし…」
ベッドにちょこん、と座り、俯いているミルフィ。空はミルフィをチラチラ見ながら頭を掻く。


















「確かに、あまりにもテンション高い奴は苦手…つーか、俺そういう奴に会った事ないからどうして良いか分かんなかったっつーのもあるんだけど。でも明るいのがお前の長所なんだから、迷惑なんかじゃないし」
「本当…?」
「俺なんていつもクールで、文化祭なんだからもう少し盛り上がれよとかクラスメイトからよく言われたりした。だから、お前のそういう明るくて誰にでも気軽に話せるところすげーな、って思うし。その…マジで迷惑なんて思った事無いから…うん。いつもあんな事言うのはその…そ、その…」
「その?」
「そ、その…」
ぐーんと、空の体温のバロメーターが急上昇するのと同時に全身が林檎のように真っ赤に染まっていく。きょとんとして空を見上げるミルフィ。真っ赤な顔を見られないよう、空は背を向ける。
「その、何?」
「そ…、だーっ!!何でもないっ!!」
「え?雨岬君何処行くの?」
「ごめん!ちょっと、散歩!」
「ミルも一緒に、」


バタン!!

部屋を出ていった空。
ぽつん…。1人となったミルフィは、大きな目をうるうるさせる。
「うぅ…雨岬くーん…」


























廊下――――

「はあ、はあ…だーっ!しっかりしろ俺ー!」
部屋を出てホテルの廊下の隅にある自販機で缶コーヒーを買い一気飲みして、窓に額を付けてドンドン叩き暴走中の空。いつもクールな空らしくない真っ赤な顔をしている。
「おかしいぜってー俺おかしい!…いや、待てよ。確かミルフィの能力?だか何だかは、キスした相手を自分に惚れさせてうんたらかんたらつってたよな?そうだよ!だから俺こんな事になってるんだよ!!おかしいのは俺じゃねーし!あの変な能力の方だ!」
「おかしいのは雨岬おめさんらて」
「だーーっ!?鵺いつから居た!?」
素っ頓狂な声を上げ後ろを振り向けば、白い目でこちらを見ている鵺が居た。


ガコン、

鵺は自販機で"メロンパンジュース"という得体の知れない飲み物を買うと、其処にある小さなソファーに腰掛ける。
「あれ?どうしたんだよお前、右手」
缶ジュースを持っている鵺の右手には黒い手袋がはめてあった。晩餐の時はしていなかったのに。
空は隣に腰掛けて、缶コーヒーを開ける。鵺は問いには答えず、窓の外に広がる美しい夜景に目を向けたままジュースを飲んでいる。
「何だよ無視かよ。ま、イーけどさ。お前の無視は今に始まった事じゃねーし」
ジーンズのポケットから携帯電話を取出し、片手で素早くボタンを打つ空。



















「俺。やっぱ本当にMADの血ぃ流れてんだなぁって改めて思ったて」
鵺の一言に、空は携帯電話に目を向けたまま返事する。
「だからその事はもう気にするなっつったろ。風希…さんだっけ?あの人も謝ったんだろ。お前はちゃんと、人間だよ。他の奴にまた何か言われたって気にすんな。俺はお前の事をずっと、人間だと思ってるからさ」
「これを見てもけ?」
「え?…!!」


ドクン…!

何気なく向いた其処には黒い手袋を外した鵺の右手。その右手は手首までが緑色に染まっていて、指はとても地球人のものとは思えないまるで化け物のゴキゴキした指をしていた。爪は全て刃物のように鋭く尖っていて、真っ赤だった。


カラン…、

缶コーヒーの缶を落としてしまった空の足元で、まだ中に残っていたコーヒーが流れ、小さな水溜まりとなる。
目を見開き、空いた口をパクパクさせ言葉が出てこない空を見て鵺は右手にまた手袋をはめると、また窓の外に顔を向け直す。
「…気持ち悪りぃ思ったろ。ごめん。黙っていよう思ったんだろも1人で抱え込んでいるのも怖くなって、雨岬おめさんにしか言えなくて…。だからっておめさんの気持ち考えねぇでこんげ気持ち悪りぃがん見せて悪かったて…」


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