終焉のアリア【完結】 ページ:1 オレンジ色の夕焼けが街全体を染める 18時00分―――――― カー、カー 烏の鳴き声を背に、前に伸びる2人分の影が住宅街を並んで歩いている。花月と鳥だ。 「アリス先輩達、何がしたかったんだろうね」 「知らないっ」 「?」 あれからずっと何故か膨れっ面の鳥に首を傾げる花月。 ――月見ちゃんと風希ちゃん何で余計な事してるの。てゆーかあの様子、あたしが花月を…な事絶対みんなにバラしてる。最悪!!―― カン! 足元の空缶を思い切り蹴って怒りをぶつける鳥に更に首を傾げる花月だった。 「はあ〜アリス先輩達に俺がオタクだって事バレちゃったな〜…明日からどういう顔して会えば良いのか分かんない…はあぁ〜…」 「花月。ブランコ乗ろ」 「ブランコ?…あっ」 鳥が指差した先には、極普通の小さな公園が。遊具はブランコと滑り台しかなくて、あとはトイレとベンチが1台あるだけ。人っこ1人居ない公園を見ていたら花月の脳裏で蘇る思い出。それはまさに、この公園だった。 キィ、キィ… 2人がブランコに乗れば影が前に伸びる。遠くで車が走っていく音が聞こえる。近くの民家から香る晩ご飯の良い匂いもする。懐かしい音と匂い。 「花月今日、た…楽しかった?」 「楽しかったよ。お鳥姉さんに色々バレちゃったけど。やっぱりお鳥姉さんは一番気が合うな〜」 「そ、そう…?」 「小さい頃毎日のようにお鳥姉さんとこの公園に遊びに来たよね」 「うん…」 「あの頃はさ、ブランコ乗ったら地面に足が着かなくて恐かったのに。もういつの間にか高校生だよ。はは、何かあの頃からじゃ想像つかないね」 「うん…」 漕ぐのをやめ、オレンジに染まる空を見上げる花月。 「そんな事言ってる間に大人になって、気付いたらおじさんになって、その頃じゃもうこの公園に子供連れて遊びに来てたりするんだよ、きっと」 「……」 「まあ俺はずっと独身だろうけど。お鳥姉さんは、グズで泣き虫の俺なんかの面倒をずっとみてくれたから、きっと良いお母さんになってるだろうね。月見姉さんは優し過ぎるから躾とかできるのかなー。風希姉さんは絶対怖いお母さんになるよね」 「……」 「MADを絶滅させて、MADが侵略してくる前の平和な地球に戻ったら…なんて、それは当分無理か」 キィ…、 ブランコから降りて、花月に背を向ける鳥。 「あ、あたしトイレ行ってくる」 「うん。待ってるね」 顔を真っ赤にしている事を気付かれないよう、奥のトイレへダッシュで走って行った鳥。 「はぁ…今日は何か走り疲れたな」 ブランコに乗ったまま帽子をとる花月。足元に置いたアニメグッズの袋から覗くリリアのフィギュアを見ていたら、鳥の言葉が蘇る。 『…あたしね、知ってる。花月がオタクな事知ってても花月を好きな女の子』 「本当にそんな子いるのかな。お鳥姉さん案外気、遣うからな」 「花月君?」 「え"」 聞き覚えありまくりの少女の声がして、冷や汗をダラダラ流しつつも恐る恐る顔を上げると… 「やっぱ花月君じゃん!」 ――げっ!同じクラスのリア充DQNギャルビッチ佐藤友里香…!―― 最悪だ。何が最悪って、学校内花月と支部長花月ではない素の花月と遭遇されたのだから。 クラスメイトの『佐藤 友里香』は先週、鳥に喧嘩を売った栗色の髪をした派手な化粧のギャル。土曜なのに何故か制服姿の彼女。たまたまこの公園の前を自転車で通り掛かったらしい。 「花月君1人でこんな所で何してんのー?ウケるー!」 ――げっ!こっち来んなビッチ!!ていうかこの状況じゃ、足元のアニメグッズを隠す場所が無いじゃんか!―― 絶体絶命の危機。脳裏で浮かぶのは、オタクな本性を知った友里香がクラスメイトにその事を言い触らし噂はあっという間に広がりそれは、今まで綿密に作り上げた"支部長花月"キャラまでも崩壊させる…という最低最悪の結末を被害妄想する花月。 「何かいつもと違う雰囲気だと思ったら、眼鏡かけてたんだ〜」 ――だからこっち来んな!あああ…最悪だ…最悪だ!死亡フラグビンビンじゃんか!!やっぱり今日は厄日だ!―― 目の前にやって来た友里香。花月はギュッ、と目を瞑り、もう覚悟を決めるしかなかった。 「…何?これ」 ――やっぱりバレたぁあああ!―― 当り前だろう。足元の紙袋には戦隊少女のイラスト…即ちアニメの美少女キャラがでかでかと描いてあるのだから。しかも友里香はその中の1つを手に取って中身を見ようとするから、思わず立ち上がった花月。 「あ"ーーっ!!」 「え?何?これ花月君の?」 「い…いや…違…」 「キャハハハ!うっそマジ?花月君ってオタクだったの〜?」 ――オワタ…!/(^O^)\―― 「何?どしたの?がっくり座り込んじゃって」 まさにorzの通り、手を地面に着いた体勢で死んでいる花月を見下ろして相変わらずうるさくて甲高い笑い声を上げる友里香。 「お…お願いです…今見た事は内緒に…」 「するに決まってんじゃん」 「え、…!!」 驚いて顔を上げれば、いつの間にか目の前に屈んでいた友里香にぐっ、と顎を掴まれ顔を近付けられるから、全く好みじゃない女子相手にもさすがに顔を赤らめてしまう。 ――こここ、こんなビッチなんてリリアたんと真逆の人種じゃんか!!―― 「花月君が実はオタクです、って事でしょ?内緒にするし〜。友里香超優しいっしょ!」 「は、はあ…」 「キャハハ!何その返事!本当に花月君〜?学校の時と支部長の時とキャラ全っ然違うんですけど!」 「〜〜っ、」 「そーえばさ。この前花月君のお姉ちゃんに、花月君に友里香とカラオケ一緒に行こうーって言っといてって言ったんだけど。聞いてない系?」 「き、聞いてない…です」 「キャハハ〜マジー?やっぱりね〜。でも友里香さー花月君がオタクでも気にしないよ〜?」 「え、何が…」 グロスが光る唇でにっこり微笑む友里香。 「だから友里香と付き合お?イイっしょ?」 「つ…え?付き合…え"え"え"?!付き合うぅう?!」 「キャハハ!何その反応!マジウケるんですけどー」 ズザァァア!とアニメのように後ろへ下がって物凄い驚き様の花月をケラケラ笑う友里香。 一方の花月は顔を真っ赤にし目を泳がせ、冷や汗ダラダラ。 ――ななな、何でこんなビッチにドキドキしなきゃいけないんだよ、しっかりしろ俺!!―― 『…あたしね、知ってる。花月がオタクな事知ってても花月を好きな女の子』 『でも友里香さ〜花月君がオタクでも気にしないよ〜?』 「…!!」 鳥の言葉の後に友里香の言葉を繋げ、ハッ!とした花月。鼓動が大きく鳴る。 ドクン、ドクン… ――そ…そうだったのか…お鳥姉さんが言ってた同じ学校の子って、このビッチの事だったんだ…。い、いやでもこんな、リリアたんと性格も容姿も真逆のギャルだぞ?!し、しっかりしろ俺!!―― 『花月にだって、周りの子みたいに好きな女の子と買い物したりデートしたり楽しむ権利あるよ』 「…っ、」 ――楽しむ…権利…―― 「急に黙っちゃってどーしたのー?」 ――ビッチだしリリアたんとは性格も容姿も思い切り真逆だけど…俺の外見だけじゃなくて、俺がオタクだって知ってもそう言ってくれるんだ…。人は見かけじゃないって言うし…言う…し…―― ガバッ! 「〜?!」 突然抱き付いて背に顔を埋めてくる友里香に、花月は倒れてしまいそうなくらい顔が真っ赤。 「あー。もしかして花月君のその反応。女子と付き合った事無いでしょ?」 「〜〜っ!」 「図星〜!だって本当の花月君はオタクで引っ込み思案って感じっしょ?それじゃあどんだけ告られても断るわけだ〜。本当の自分を受け入れてもらえないんじゃないか、って思って。そうでしょー?」 「っ…、俺は、その…」 ギュッ、 「でも大丈ー夫。友里香ならそういうの気にしないよ〜?だから、友里香と付き合お?」 「〜っ…」 「ダメって言わないからオッケーね!キャハハ♪」 「あ、ちょっ、」 楽しそうに笑うと、手を引っ張って一緒に公園を出ていこうとする友里香の手を放す花月。 「何?ダメ?」 「ダ…ダメじゃないけどそのっ…此処で姉さん待たなきゃだからっ!」 「キャハハ〜そうなん?ま、いーや。許してあげるっ。花月君は今日から友里香の彼氏だしー♪」 「えっ?!」 「ぶ〜っ。違うの〜?だってさっきダメって言わなかったじゃんっ」 「うっ…うん…言わなかったけど…」 「じゃ、アドと番号とらせて♪」 「なっ?!」 ――勝手に人のケータイ奪うな!!―― と、心の中でしか言えない自分の情けなさを痛感している間に、赤外線通信を終えた友里香が笑顔で携帯電話を返す。 「はいっ♪友里香のも入れといてあげたから。かーんりょう☆」 「は、はあ…」 「帰ったら電話するね〜ばいばーい♪」 手を振ってパタパタと去っていく友里香につられて、手を振る花月。 「…ハッ!な、何、手まで振ってんだよ俺!!」 顔を真っ赤にして頭をブンブン振る。 ――で、でも実は密かにリア充に憧れていたんだよな…。支部長就任を機に高校デビューできたから、もしかしたら俺も…って思ってたからちょ、ちょっと嬉しいかも…― ブツブツ呟きながらブランコの方へ戻っていくと… 「お鳥姉さん…」 いつの間に。既にブランコ…ではなくベンチに腰掛けて待っていた鳥。 ――も、もしや見られてた?!って、見られてたってどうって事ないじゃんか!あっちが勝手に話を進めただけで、俺は別に良いとも悪いとも言ってないし!―― 「ご、ごめんお鳥姉さん…その…ま、待った?…よね」 「……」 ――う"っ…何でずっと下向いて黙ってんの…―― こういう時どうして良いか分からないから、頭を抱えながらとりあえず、鳥の隣に腰掛ける。 ぎゅっ、 「え"?!なな、何!?」 腰掛けたと同時に、無言で花月の左手を強く握り締めてきた鳥に驚いて顔を向ける花月。…だったが、次第にその表情が歪んでいったのは左手を握り締める鳥の力がどんどん強くなっていき、男の花月でさえ痛いと感じる強さになっていったから。 「っ…、放せよ、何だよ急に!」 バッ! 乱暴に振り払えば、手はすんなり解ける。 少しだけじん、とする自分の左手を見てから鳥に顔を向けた花月の顔からは、さっきまでの笑顔が消えていた。 「何すんだよ、痛いじゃんか!」 「…で…」 「え?」 「何で…違う…その子の事じゃない…」 「お鳥姉さん…?」 蚊の鳴くような震える声でポツリポツリ呟く鳥の肩が小刻みに震えていたから、苛立っていた花月も心配して、細い肩に手を置く。 「どうしたの…?お鳥姉さ、」 「触らないでよ!!」 バシッ! 「!?」 手を叩かれ弾かれた。同時に、顔を上げた鳥。ポーカーフェイスな彼女の瞳が揺らいでいて、眉間には幾重もの皺が寄っている。こんな鳥は初めて見たから、花月は言葉を失う。 「あの子じゃない…あたしが言っていたのはあの子の事じゃないのに…何で…どうしてっ…」 「お鳥姉さん?さっきから何言って…」 「花月は…」 「え?」 「花月は知ってる…?いとこ同士って好きになっても良いって…」 「な、何だよ急に…。し、知らないよそんなの…」 「…あたし、花月の本当のお姉ちゃんじゃない…」 「…は?」 突然の告白に、目が点の花月。鳥は下を向いたまま。 「それ…何だよそれ…そんなの聞いた事…」 「無いよ…だってお父さんもお母さんも、月見ちゃんも風希ちゃんも知ってるけど…花月だけ知らない事だもん」 「な…何だよそれ!何で俺だけ知らされてないんだよ!じ、じゃあお鳥姉さんは何なんだよ!」 「いとこ」 「いと…」 「うん。いとこ。あたしは花月のお父さんの妹の子。だから、いとこ」 「父さんの妹の…、…っ!?」 両手を掴み、ぐっ、と顔を近付けてきた鳥に目を丸め驚く花月は反射的に後ろへ下がる。 「っ…だよ…。何だよ急に!!」 「小鳥遊家には戸籍上、養子になってるけど…いとこだもん…花月とはいとこだもん。小さい頃いじめられっこでいつも泣いてた花月のお世話をしたのも…皆からオタクって嫌悪されても受け入れたのも…全部、全部あたしだもん…あの子じゃない」 「な、何が言いたいんだよお鳥姉…っ!」 また両手を握る力があり得ないくらい強くなるから、顔を歪める花月。 「花月、あの子のモノになるの」 「は、はあ?べ、別にそんなんじゃ…な…ないし…多分…。別にまだつ、付き合うとか…。ていうか!付き合ったとしてもお鳥姉さんが言ってくれたじゃんか!"花月にも普通の子みたいに楽しむ権利ある"って!だから俺も三次元に興味無いなんて言うのやめようと思って…!」 「ヤ…イヤ…」 「え…お、お鳥姉さん…?」 ポタ、ポタ… 「…!」 揺れる目を開ききり、ボロボロと涙を流し出した鳥に驚いてしまう花月。鳥が泣いている姿は初めて見た。泣いている理由など微塵も分からないが慌ててポケットの中からハンカチを取出し、差し出す。が、受け取る気配は無い。 「ど、どうしたの…突然」 「っ…」 「お鳥姉さん…?」 ギュッ、 花月のワイシャツが皺になるくらい両手の爪をたてる。 「イヤ、イヤ!ずっと、ずっとあたしが!小さい頃からずっと傍に居て、ずっと守ってあげたのはあたし!なのにあんな子に盗られるなんて絶対イヤ!!」 「?!な、何言ってるのお鳥姉さん?だ、大丈夫?どっか具合悪いの?」 そこで鳥はピタリ、と涙を止めると、感情の籠もっていない目をして呟いた。 「盗られるくらいなら盗っちゃえばいい…」 「何…、…っ!!」 両手を花月の頬に添えれば、鳥の小さくてピンク色の唇が花月の唇に音も無く重なる。 ガタガタ震える行き場の無い花月の両手。顔は真っ赤に染まり、黄色の目は見開かれ大きく泳ぐから、すぐ其処に居るのに鳥の姿が瞳に映らない。 「っ…はっ…、」 短いキスが終わり唇が離れれば、顔を真っ赤にした花月は下を向き自分の唇を手で乱雑に拭い、顔を上げる。 「っ…お鳥姉さん!冗談も大概にしろよ!!」 声を裏返らせて怒鳴っても、感情の籠もっていないまるで光を失った鳥の瞳は一切揺らがない。けれど、涙がまたボロボロ溢れ出す。 「聞いてんのかよ!返事くらいしたらど、っ…!」 2度目のキスはさっきより長くて、それが終わって何か言わせる時間も与えさせず3度目のキス。3度目のキスは鳥が花月の唇に歯を立てたから、口の中に少しだけ血の味が広がった。 「っは…、姉さ…、やめっ…んっ!!」 今まで堪えていたものが爆発したかの如く、花月の言葉など無視して4度目のキス。そして5度目のキスをする鳥に、最初は顔を赤らめていた花月も今では、目に薄ら涙を浮かべている。が、脳裏では、自分が一番辛かった中学時代。傍に居て助けてくれた鳥の姿が浮かぶから乱雑には振り払えなくて、そのまま鳥からのキスを受け入れざるを得なかった。 最初は甘いケーキの味がしたキスも、今では互いの口の中に広がる苦い血の味。 「好き、好き…ずっと好きだったの。中学の頃からずっと好きだったの。中学の頃、周りは花月に酷い事言っていたけどあたしは好きだったの。昼間言ってた"花月の事オタクだって分かってても好きな女の子"は、あの子の事じゃない。あたしの事…。良いよね、いとこ同士なんだもん」 「何が良いんだよ!!」 バッ! 次のキスは振り払って回避した。花月の目がつり上がっている。鳥はきょとんとして、涙で濡れた目を丸める。 「花月…?」 「本当はいとこだから良いとかそういう問題じゃないじゃんか!!今までずっと姉貴だと思っていた人に"実はいとこでした"って言われて"はい、そうですか。じゃあ好きになってもOKですね"なんてすぐ漫画みたいに受け入れられるわけないじゃんか!!それに、全部姉さんの勝手じゃん!俺の意見も聞けよ!こっ、こんな事されたって俺は…俺は!いとこだとしても姉さんを恋愛対象には見れないんだよ!!」 「え…」 ポロ…ポロ… また涙が溢れ出すが、鳥は呆然としたまま。 花月は自分の唇を腕で拭い、視線を下げる。 「だって…だってあんな子…花月の事を昔から知らないようなあんな子に盗られたくなかった…。だってあの子この前学校で、花月をカラオケに誘ってえっちな事しようとしてるって言ってた!そんな下品な子に盗られたくなかった!!」 「お鳥姉さんだって同じじゃんか!!女の子じゃなきゃ傷つかないとか、そんなの漫画の世界だけなんだよ!俺だって、男だって、姉貴だと思ってた人に…、す…好きでもない人にいきなりキスされて傷付いてんだよ!!人の事ばっかり悪く言って自分の事棚に上げんな!」 「っ…、」 ズキッ…、 痛む左胸に両手をあてる鳥は何か言いたそうだけど、言えない空いたままの口をパクパクさせ、ガタガタ震える。 両手いっぱいのアニメグッズが入った紙袋を持つと花月は帽子をかぶり、眼鏡をかけ直して鳥には背を向け、1人で公園を出て行ってしまった。 1人残された鳥は両手で顔を覆い、大泣き。しかし声を押し殺し、肩を上下にひくつかせ静かに泣いていた。 カー、カー 烏の鳴き声も遠くに聞こえオレンジ色の夕焼けもすっかり沈み、辺りは真っ暗になる。 ジジジ… 公園内の今にも消えそうな街灯が点いたり消えたり点滅している。 「ひっく…ひっく…花月っ…花月っ…」 「ひっどーい男だよねぇー!マジありえない!」 「…?」 後ろから甲高い少女の声が聞こえた。顔を覆っていた手をゆっくり離してゆっくり後ろを振り向くと… 「はろー」 真っ赤なツインテールの髪に、ウエイターのような服装で八重歯がチャームポイントで猫目の少女が腰に手をあててこちらに手を振っていた。人懐っこい笑みを浮かべて。 「誰…」 「お隣しっつれーい。よっと♪」 ベンチに腰掛けている鳥の隣に腰掛けて、子供のように足をバタバタさせている少女。鳥の顔を覗き込むと、自分のピンクのハンカチで涙を拭き取ってくれた。 「チョー可哀想ー。あの酷い男に泣かされたんでしょー?」 「何…君。見てたの」 「え?怒ってる?ごっめん!」 パン! 顔の前で両手を合わせ謝る少女。しかし、魂の抜けた人形状態の鳥は空虚な瞳で少女をジッ、と見てから俯いてしまう。 「大丈夫?…なわけないか〜ひっどいよねー!断るにしても言い方ってもんがあるでしょーって感じ!アタイもあんたの気持ち分かるよ。アタイちょーっと訳アリでね。人間の男に何回もフラれてるからさぁ」 「……」 鳥の頭を撫でながら少女は八重歯を覗かせ、ニィッ、と笑む。 「よしよーし。辛かったね。うんうん。でもあんな酷いフラれ方しても忘れらんないっしょ。アタイもいつもそうなんだー」 「……」 「アタイが手伝ってあげる」 「…?」 顔を上げた鳥の頬にはまだ大粒の涙が、引っきりなしに流れていた。 「さっきあんたがあの男に強引にキスしたみたいに、そのままでイイんだよ。我慢する必要なんてない。理性なんて捨てちゃいなよ。本能のままに生きな。好きならキスしちゃえば良いし、ムカついたら殴れば良い。きっと楽しいよ。そんな心配そうな顔しなくて大丈夫。アタイが、ちゃーんと手伝ってあげるからさ」 少女の瞳の色が一瞬、闇夜に浮かぶ真っ赤な満月と同じ赤色に変わる。 鳥を抱き寄せた少女の真っ赤で長い爪が、鳥の首筋に突き刺さった。 to be continued... 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