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終焉のアリア【完結】
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同時刻、日本支部2階
支部長室―――――

「花月。一緒に帰ろう」
鳥が金色の襖を開ければ、背を向け1人で書類(だろうか?)に熱心に取り組んでいる弟が居る。
「リア充かと思えばヤンキー口調でしかも魍魎を抜刀するとか俺、空さん3M…空さんなんて一生ROMってれば良いのに…」
「花月、聞こえてる?」
「うわあああ!ノックも無しに何勝手に入ってきてんだよ!!」
「だって呼んだじゃん」
「でもノックした?!」
「ノックはしてない」
「ノックくらいしろよ!大体お鳥姉さんはいつもいっっつもノックしないじゃんか!」
「花月。絵、上手だね」
「うわあ"あ"あ"!見るなよっっ!!」
仕事の書類に熱心に取り組んでいるかと思いきや鳥が後ろから覗き込んだ花月のデスクには、描き途中の漫画が描いてある原稿用紙があった。左側の髪を結び、大きい目のキラキラした少女が描いてある漫画。可愛らしい絵柄でとても上手い。
だがその原稿用紙をデスクに滑り込んだ全身で、絶対に見られまい!と隠す花月。
「何で?何で見ちゃダメなの」
「う"っ…それは…」
――同人誌描いてるなんて、口が裂けても言えないっ…!!――



















「大丈夫。花月がオタクな事知ってるよ」
「そういう問題じゃないんだよっっ!!」
「花月すごいね。漫画描いてるの?しかも仕事場で。その度胸凄い」
「うっ…べ、別に、勤務時間は終わっているんだから良いだろ!だって家に帰ったってお鳥姉さんが部屋にズカズカお構い無しに入ってくるから描けないんだよ!!」
「そんなに見られちゃダメなもの描いてるんだ」
「なっ…何か嫌な言い方するなぁ…。はぁ…もうやだ…今日全然良い事無い…。リリアたんを描く気も起きない…」
深い溜息を吐いてデスクにうなだれる花月。
――可愛い…――
いじめ倒された花月に対し、こっそりそんな事を思っている鳥だった。
「花月」
「え〜…?あっ」
呼ばれ、嫌々顔だけを向けると、さっき空から受けた左頬の傷に鳥がペタッと大きな絆創膏を貼る。ぶっきらぼうに。
「あ、ありがとう…」
「うん」
「……」
「花月、今日元気無いね。負けた事が悔しいの」
「そんなんじゃないよ…」
「あの子の異常行動は風希ちゃんが今調べてくれてる」
「へぇ…。はぁぁ…」
「?」
顔の向きを変える花月。
「空さんに絶対嫌われた」
「何で」
「だって俺"支部長花月"のキャラ作ってるじゃんか。だからあんなに容赦無く攻撃して"空さんには向いていない"とか酷い事を言ったから最後キレて攻撃してきたんだよきっと。はぁぁ〜…"支部長花月"キャラに相応しい事を言った後から後悔したんだ…。それに、他の人からも絶対"あいつ生意気"って思われてるだろうし。はぁぁ…最悪だ〜…」
「花月は何で、軍の中と家の中とで性格変えるの。軍の中では厳しくて敬語で一人称僕で。家に帰ったりあたし達の前だといつもの気弱で引っ込み思案に戻る」
「俺だって変わりたいと思って、父さんに支部長に任命されてからキャラを作る事にしたんだよ…。本当の俺の性格じゃ、人見知りだし引っ込み思案だし人前に出たってきっとオドオドして何もできないから。そんなんじゃ、小鳥遊家の後継ぎとして父さんに恥ずかしい思いをさせて小鳥遊家を笑い者にするだけなんだ。…中学の頃みたいにはもうなりたくないんだよ」
「あ。また水しか飲んでない。また朝と昼、ご飯食べてない」
デスクの上に置いてある500mlペットボトルの水を見付けて口を尖らせる鳥。しかし当の花月はデスクに顔を突っ伏したまま微動だにしない。



















「育ち盛りの男の子なんだから食べなきゃダメ」
「どうせ食べた分太るんだから水しか飲まない。お鳥姉さんには俺の気持ちなんて何も分かんないんだよ…はぁぁ…」
ブツブツ文句ばかりの花月の頭上に鳥が右手拳を翳し…


ゴツン!

「痛っつ!!」
「そうやってキャラ作ったり弱音吐くのキモい」
「っ…!何でそんな言い方するんだよ!」
やっと顔を上げたが、珍しく怒っている花月に内心驚きつつも鳥は表情を変えない。
「だってキモいのはキモい」
「どうせお鳥姉さんも心の中で笑ってんだろ!軍の中だと偉そうに気取ったり厳しい訓練をしてキャラ作ってるくせに、家だと男のクセに絵とか漫画ばっかり描いてアニメばっかり見て友達もネットで知り合った2人しかいなくて…!外見を変えてどれだけキャラを作ったって中身はどうせ変わらない引っ込み思案で人見知りで気弱なオタクのくせに、って!」
「何被害妄想してんの。別にそうは言ってない。オタクとかそういう事を偏見で言ったんじゃない」
「嘘つけ!絶対そうだ!お鳥姉さんが一番知ってるだろ!中学の頃、俺がキモいって言われて毎日辛かったの一番知ってるくせに!!」
「…それはごめん。でもそういう意味で言ったんじゃないよ。キャラなんて作らないで花月は花月でいれば良いって意味」
「だからそれじゃ、また中学の頃みたいに馬鹿にされるだけなんだよ!父さんの期待に応えたいし一番は自分が変わりたいから、本当の自分押し殺してキャラを作ってる、って何十回も言わせんな!」
「でもその恐いキャラのせいで今日も、嫌われたんじゃないかって不安になってるじゃん」
「だから俺もどうしたら良いか分かんないんだよ…!」
俯き黙ってしまった花月の頭を背伸びして撫でてやる鳥。
「よしよし」


パシッ!

その手を振り払った花月に睨まれても鳥はやはり表情を変えない。
花月は鞄の中へ書類と描いていた漫画を詰め込み、鳥の脇を通って…


バタン!

襖を思い切りわざと音をたてて開け出ていくから下駄を鳴らして追い掛ける鳥。
「待って花月。ごめんってば」
「どうせお鳥姉さんや月見姉さんや風希姉さんみたいに、顔にも体系にも性格にも恵まれた人には分かんないんだよ!きっと今日のDQN女だって、昔の俺を知ったら嫌な顔して逃げていくに決まってるんだ!いつもファンレターをくれる人達だってきっとそうなんだ!どうせ皆、人の外見しか見ていないんだよ!」
「どうしたの。今日すごくイライラしてる。嫌な事あった?」
立ち止まり、バッ!と鳥の方を振り向く。
「お鳥姉さんが昔の話を思い出させる事言ったからじゃんか!!」
「あ、あのっ…」
「!!」
今日聞いたばかりの声がして2人が慌てて後ろを振り向くと…其処にはミルフィが1人で立っていた。
揉めていたこの現場をさすがに見られただろう。さすがのミルフィも少し驚いている様子。花月は慌てて"支部長花月"に戻る。
「こ…こんばんはミルフィ…さん…。忘れ物…ですか」
にっこり。"支部長花月"が見せる余裕綽々と自信に満ち満ちている笑みを浮かべた…つもりだが、ミルフィにはすっかりバレている様子。
「あの、えっと…今日の事をお鳥お姉さまに謝りたくて来たんですけど…お、お話中だったみたいですね、すみませっ、」


ガシッ、

Uターンしようとしたミルフィの右腕を掴む鳥。
「謝りに来たの?偉いね。ちょっと見直した」
「ありがとうございますお姉さまっ!」
ミルフィの頭を背伸びしていいこいいこする鳥。一方、背を向けて其処で立っている花月をチラッ、と見るミルフィ。
「ミルフィだっけ」
「え?あ、はいっ!」
「仲直りしよう。今度一緒にケーキ食べに行こうね」
手を差し出した鳥にミルフィは目をキラキラ輝かせ満面の笑みで鳥の右手を両手で握り、ブンブン振る。
「ありがとうございますお姉さま!ミル、す〜〜っごく嬉しいです♪」
「痛い」
「はわわ〜良かった〜もう許してもらえないかと思ってた〜」
そんな間にも花月が黙って歩いて行ってしまうから、鳥は慌ててミルフィの手を放すと花月には聞こえないよう、ミルフィの耳元で囁く。
「あのさ。さっき花月がいつもと違う雰囲気だったところ見たの、みんなに内緒ね。あの子気にするから」
コクコク!ミルフィは何度も頷き、ぐっ!と親指を突き出せば…
ぐっ!鳥もミルフィに親指を突き出しながら、花月の後を下駄を鳴らして追い掛けていった。


ぽつん…

1人残されたミルフィは首を傾げる。
「お姉さまって花月さんの事をかなり可愛がってるけどまさか…でも姉弟だからそれはないよねっ♪よ〜しっ♪雨岬君のお見舞いに行くぞ〜GO!GO!ミル♪」
ピョンピョン跳ねて、部屋へ帰っていくミルフィだった。



























桜花駅前――――

「あれ、花月居ない。おかしい。いつもこの駅で電車に乗って帰るのに」
帰宅ラッシュの賑やかな駅。花月を追い掛けてきた鳥が辺りをキョロキョロ見回す。いつもの2番線ホーム。此処から電車に乗って家へ帰るしか術は無いのに弟が居ない事に首を傾げ、携帯電話で電話をかける。
『只今電波の届かない場所に居るか、電源を切っている為電話に出る事ができません』


ブツッ!

「…ムカつく」


プァァン!

風をふかせて、電車が2番線に到着した。





























その頃――――

「はぁ…」
駅南を1人歩く花月。
白の帽子をかぶり眼鏡をかけリュックを担ぎ、ワイシャツにジーンズという何とも簡単な私服。"支部長花月"の時の華やかさは無く、今の服装は寧ろダサい部類に入る。
本来なら電車に乗れば10分で家へ着くところだが鳥が追い掛けてくると考えた花月は、3駅分歩いて帰宅する事にした。ざっと一時間はかかるが。それ程今は鳥と顔を合わせたくない様子。携帯電話を開けば、鳥からのしつこいくらいの12件の着信。全部無視する。


♪〜♪〜♪

すると着うたが鳴り、鳥以外の人物からかかってきた電話。これにはすぐ出た花月。
「r、ryo.氏ですか!!おおおお電話では初めまして!峠下ですっ!!」
目をキラキラ輝かせ花月がとても楽しそうに話す相手は、ネットで知り合った共通のアニメファンの友人。お互いの顔も分からないが。相手のHNは『ryo.』
因みに花月のHNは『峠下 晃(とうげ あきら)』
「峠下氏〜〜!初電話してみました!いつもサイトでお世話になってますリリアたん親衛隊こと、ryo.です\(^O^)/」
「いえいえ!こちらこそいつも当サイトへのご来訪誠にありがとうございます!いやー、でもいつもBBSやメールでしか会話した事の無い相手と電話するのはド緊張しますね!!」
「はははっ何を仰いますか峠下氏!私達は明日、同人誌即売会で会うのですよ!今から電話で緊張していてはいけないですよー!」
「そ、そうですね…!同人誌即売会…基、イベントはいつも1人参戦していたので友人と行けるなんてwktkしてますが、反面、緊張してガクブルですお…」



















「ところで峠下氏、最近お忙しいのですか?サイト更新もブログもリアタイも止まったままじゃないですか〜。しかも今回も新刊は出さないと?!」
「すみません!最近多忙で、絵師様のサイト巡りで精一杯でして…orz」
「うおお…それは残念です…。実は私もサイトを開設してみたのですが!!」
「えええ!本当ですか?ryo.氏イラスト描くんですか!」
「いえ!私のサイトというものはフィギュアの写真を掲載したり、戦隊少女の各話考察だったりというものなのですか。そして峠下氏のサイトのリンクフリーに甘えてリンクを貼らせてもらいました!」
「本当ですか?ありがとうございます!ryo.氏さえ良ければ相リンおkですか?」
「勿論ですよぉお!ところで峠下氏、明日は11時開場ですが、何時から参戦しますか?私とタクロー氏は7時から並んで参戦する予定ですが!」
「う"っ…。実は俺、明日土曜なのに午前だけ授業がありまして…」
「ええ!このゆとり世代真っ只中にですか?!峠下氏はさぞお勉強熱心な進学高校に通ってらっしゃるのですね!」
「いや、そんな事はないんですけど…。本当は12時45分に授業が終わってから行こうと思っていたんですけど、ryo.氏とタクロー氏が早めに参戦するなら明日は2限まで授業受けたらソッコー、EMSビッグドームへ行く事にします!」
「おおお!さすがはpiclub人気No.1絵師峠下氏!!では明日楽しみにしていますよ!」
「はいっ!では明日!!」
電話を切り、花月は楽しそうな笑顔を浮かべている。電話に夢中で、知らず知らずの内に人気の無い上街灯も疎らな裏通りへ来ていた事も知らずに。
「ついに明日だ〜!今までずっと1人だったからオフ会できるなんて超楽し、ぐあ"っ?!」


ドスッ!!

背後から背中を思い切り蹴られ吹き飛び、道端のゴミ箱に無惨にもぶつかる。
「はっはー!ナイッシュー!」


カランカラン…、

倒れたゴミ箱の中から落ちてきたいくつもの空缶が花月に命中してゴミ特有の悪臭に加え、空缶の中の飲み残しが白の帽子とワイシャツに染みを作る。
「やっぱりだったぜ」
「…!!」


ゾッ…!

馬鹿にした拍手と聞き覚えある少年5人の声がして、花月の顔が一瞬で真っ青になる。蹴られた背中の痛みを堪えながら恐る恐る顔を上げようとする…よりも先に、金髪で鼻や口にピアスをした1人の少年に前髪を思い切り掴まれ、無理矢理顔を上げさせられた。
「よぉ!久しぶり!花ブタァ!」
「!!」
彼ら5人を前にしてフラッシュバックするのは、中学時代の忌まわしき思い出。




















後退りをしてすぐに彼らを振り払って逃げようとする花月だか、背後に回り込まれ、腹に重い拳を一発食らう。


ドッ…!

「がはっ…!」
「EMS軍日本支部支部長様になったっつーから中学の頃のくそ弱ぇ花ブタじゃなくなったと思ってたら。何だよつまんねぇ。中学のまんまじゃん」
顔を伏せそこに倒れている花月の背を何度も蹴りながら言う茶髪の少年。
「俺らが中学の時MADが襲来してその後どうなったかと思えば、パパの任命で花ブタも日本支部支部長かぁ〜おめでてぇこった!今じゃあイケメン支部長なんて雑誌に取り上げられて女の人気者なんだもんなぁ?でもその女の子達も、まさかイケメン支部長が昔デブで弱くてキモいオタクのいじめられっこだなんて思いもしねぇよな?!」
「っ…、」
「逃げんなよ支部長様?」
手をピクッ、と動かしただけで頭をグリグリ踏みつけられる。
「てめぇのパパが権力あるっつーだけで、グズでキモかったてめぇが今じゃちやほやされてんのが胸クソ悪ぃわけよ?顔も随分と変わってさぁ!どうせパパの金で整形したんだろ?きめぇんだよ全身整形男!!」
「っ…、」
「ま、ある人のお陰で花ブタてめぇの本部からの帰り道は此処だっつー事を知る事ができたんだけどなァ!」
「っ…?」
――ある人…?――


ドスッ!

「ぐあ"っ…!!」


ドッ!ドスッ!!

5人から足蹴にされ、息ができなくなる。




















「てめぇをボコボコにして連れて来い、ってある人から言われてんだよ。これがさ、めっちゃ気の良い人でさぁ!花ブタの昔話しただけで給料10万くれんの!良い人だろ〜?だから中学の頃みたいにおとなしく俺達のサンドバックになってろよ、花ブタァ!」
「…?な…何だ?この光…」
「あ?」
突然。倒れている花月の体の下から金色の光が放たれ5人が花月を覗き込むと…


ザッ…!

「うわあ?!」
今までされるがままだった花月。だが、持っていた刀魑魅を抜刀したのだ。ギラリ光る刃が見えて5人は瞬時に避けたが…。


キィン!

「刀!?」
「は、花ブタてめぇ!支部長様だか何だか知らねぇけどな!軍人のてめぇが民間人に手ぇ出して良いわけねぇよなァ?!」
「っ…はぁ…はぁ…!」
「あ!逃げやがった!」


ドスン!!

「くっそ!!」
逃げた花月をそれでも追おうとした5人だったが花月が廃墟ビルの看板を魑魅で斬った為それが5人の前に落下し、5人の行く手を阻んだ。5人は悔しそうに諦める。
「チッ!次こそぜってぇ今日よりボコボコにしてやっからな!!」
「アラアラ。逃がしちゃったのかい?」
「!!」
5人の背後から色っぽい女の声がして顔を青くして振り向く5人。其処には赤く長い髪の妖艶な熟女が1人立っていた。
5人は一斉に土下座。
「す、すみませんっした有村さん!つ、次は必ず捕まえますから!」
「アラアラ。そんなに気に病む事はないんだよ。あの子は明日、此処に現れるよ」
「?」
ピラッ。一枚のビラを5人に見せる熟女。すぐにくるりと背を向けると…
「!!」
「今日の報酬だよ。明日こそ頼んだよ、坊や達」
「あ、あざっす!!」
両手を広げて8万円を5人分ばらまくと、カツカツとヒールを鳴らして暗い夜の街へと消えていく熟女。















「日本への侵攻がなかなかできなくなったのは、厳戒体制を敷いたEMS軍日本支部のせい…。ふふっ。見ていておくれよシルヴェルトリフェミア様。このあたいマジョルカが必ずや日本全土を、あたいらのモノにしてみせるよ。そして…小鳥遊花月もね」


ぐっ、

自分の拳を強く握った熟女の手が人間の肌色からMADの緑色へと変色した。


カツン、コツン…

ヒールを鳴らし、闇夜へ溶けていった。


























19時4分、
小鳥遊邸――――

こちらも支部同様、武家屋敷を思わせる広い屋敷。1階大広間では畳に腰掛け、テーブル中央には白髪混じりで細身で強面の男。彼は四姉弟の父親だ。その隣にはぽっちゃり体型で黒髪が美しく、目は切れ長の母親が。
母親の向かいには月見、風希、鳥が座っている。月見に至っては半年振りに家族と一緒にとる食事だが、長らく引きこもっていただけあって俯きっぱなしでガタガタ震えているが。
「花月がまだ帰ってきておらんな」
鳥の隣の座布団がぽっかり空席な事に父親が眉をひそめる。
「あらあらおかしいわね。寄り道するような子じゃないのに」
母親は紅色の着物の袖口を顎にあてながら、キョロキョロ。
「お鳥ちゃん…花月と一緒に帰るって…言ってなかったっけ…」
「そうなのか鳥。なら何故花月だけまだ帰ってきていない?」
「……」
「鳥。聞こえているのか」
「喧嘩した」
「何だと」
鳥は不機嫌そうに口を尖らせ、バン!とテーブルに両手を着いて立ち上がると皆に背を向け、広間の襖を乱暴に開けて部屋から廊下へ出て行こうとする。
「だから一緒に帰ってない」
「待て、鳥。食事の時間だ。席を立つな」
「見てくる」
「鳥!」


バタン!!

外れそうな程勢い良く且つ力強く閉めた襖。ただでさえビクビクしている月見は、その大きくて乱暴な音にビクッ!と体を震わせて涙目で風希にヒソヒソ話す。
「お、お鳥ちゃん怒っているのですか…?」
「知らない…。お鳥ちゃんと花月はよく喧嘩するから…きっと、いつもみたいにすぐ仲直りする…」
「はぁ。まったく。鳥も花月もまだ17と16とはいえ、EMSから日本を任された身という事をもう少し自覚させねらばならんな」




















「ふんっ。花月が真っ直ぐ帰ってこないのが悪いくせに、何であたしが怒られなきゃいけないの。ムカつく」
腕を組みながら廊下を歩き、口を尖らせブツブツ文句垂れ流しの鳥。
その時。玄関の方からキシキシと廊下が軋む誰かが歩いてくる足音が聞こえた。鳥が柱からひょっこり顔を覗かせれば…
「おかえり。花月」
俯いて帰ってきた花月が居たから、低い声でおかえりを言ってやる鳥。怒ってますよ、という心情を声に込めてみた。
「何処寄り道してたの。お父さん怒って、…!どうしたの、その怪我」
俯いていても分かる。顔や腕の傷からは真新しい血が付着していた。
鳥は駆け寄り、空缶の中に入っていた飲み残しで汚れた花月のワイシャツを引っ張る。
「どうしたのこれ。汚れてる」
ワイシャツ同様に汚れた白い帽子も背伸びして触る。
「帽子も汚れてる。あたしと別れる前までこんなになってなかった。しかも遅く帰ってきた。誰かにまたいじめられたの。あ、ちょっと花月!待て!」
黙って俯いたまま鳥の脇を通り過ぎ、2階の自室への階段を登り出すから、鳥は花月が担いでいるリュックを後ろから引っ張って引き止める。



















「まずは怪我の手当てしなきゃ。早くこっち来なよ。お父さん達も心配して、」
「父さんや母さんにこんな姿で会えるわけないだろ!」
乱暴に振り払われた鳥は呆然。花月は肩を震わせ両手拳をぎゅっ、と握り締めていた。その拳もまた、震えている。
「16にもなってしかも支部長なのにこんなボロボロでかっこ悪い姿、父さんや母さんが心配するから見せられるわけないだろ…!やっと生まれた男の後継ぎがこんな俺じゃ不安にさせるだけじゃんか!…やっと離れられたと思えば中学の頃いじめてきた奴らからまたいじめられたなんて、知られたくないっ…」
「中学の…?またそいつらにいじめられたの?何で」
「そんなのこっちが知りたいくらいだよ!徒歩で帰ってたらたまたま会って…。整形した事も笑われて…あいつらのせいで整形する羽目になったのに…はは…ははは…」


カタン…、

花月は壁に背を預けると俯いたまま笑い出すから、鳥は頭上にハテナを浮かべる。
「花月?」
「俺がさ…あいつらの前で魑魅を抜刀して。たまたま傍にあった廃墟ビルの看板斬ってみせたらあいつら超ビビって腰抜かしたんだ…。ざまあみろって感じだよ…。そうだよ…中学の頃の俺とは違う…俺には今、父さんから譲り受けたこれがあるんだ…」
腰に括り付けてある魑魅に鞘の上から、そっ…と触れる。
「次会ったら絶対これで斬ってやるんだ…あいつらなんてMADより余程MADらしいんだから、あんな奴ら5人が死んだところで誰も悲しまな、」


パァン!

「っ、…?!」
花月の左頬を叩いたのは勿論、鳥。花月は何が起きたのか分からず目を丸め、打たれた頬に手を添える事すら思いつかない困惑っぷり。
一方の鳥は、眉間に皺を寄せ睨み付けている。とても恐い目をして。
「それも支部長花月のキャラで言ったんだよね。ならもうそんなキャラ作りしないで」
「違う!これは俺の…本当の俺の本心だ!」
「ならもっと悪い!いくらムカつく相手でも、軍人が民間人に手を挙げていい理由なんて無い!次その子達の前で今日みたいに抜刀したらお父さんに言う!」
「っ…!何が悪いんだよ!俺は何も悪い事してないじゃんか!!」
「抜刀だけの事じゃない。今、花月が言った事。本当にそう思ってるの」
「え、何が…」
「次会ったらその子達の事絶対斬ってやる、って言った」
「だって、」
「だってじゃない!冗談でもそういう事言わないで。あたしは、そんな物騒な事考える花月、大嫌い!」


バンッ!!

「っ…、」
手に持っていた絆創膏の箱を投げた鳥。それは花月の額に命中したから、額を手で押さえる花月。すると…


















「なっ、ちょっ…!?」
右腕を引っ張られ、鳥に連れられるがままに階段を降り、玄関へ。そして玄関の外へ連れていかれる。今宵の月は生々しい赤に染まった半月だ。
「何すんだよ!やめろよ!」
「花月は今日夕ご飯抜き。さっきみたいな物騒な考えを改めるまで家には入れてやらないから!」


ピシャン!!

「っ…、」


カチャッ…、

外へ閉め出され、鍵までかけられてしまった。
玄関のガラス張りの引き戸から洩れる家の中の灯りは暖かいのに、花月が出された外は闇夜のように真っ暗。秋という事もあって肌寒いから、余計虚しくなる。
「っ…んだよ…、」
ぎゅっ、と拳を握り締めると。と屋敷には背を向け、門を出ていった。


































21時58分――――

「それで…追い出したの…?」
湯煙がたつ此処は、温泉かと錯覚する程…いや、温泉以上の広々した小鳥遊邸露天風呂。暖色のライトがまた美しさを際立てる湯煙の下、露天風呂に浸かっている三姉妹。

ムスッとして口をずっとへの字にしっぱなしの鳥。その隣には口までお湯に浸かり、お湯をぶくぶくさせて心配そうに鳥を見ている月見。更にその隣には、いつものポーカーフェイスを崩さない風希がお湯に浸かっている。
「で、でも花月1人で大丈夫でしょうか…行く場所無いでしょう、何処で寝るのでしょうか…」
「知らない。支部に戻ったんじゃない」
「あ、あっ。なるほど!さすがお鳥ちゃん〜」
ビクビクしながら話す月見と、声まで怒っている鳥。
「でもそんな事言った花月が…悪い…」
「うん。だから追い出してやった」
「でもお鳥ちゃん…」
「何、風希ちゃん」
「1人にして心配じゃないの…お鳥ちゃん…花月の事好きなんでしょ…」
「ぶっ!!」
思わず吹き出してしまった鳥。
「え、え?お鳥ちゃんは花月の事が好きなんですか〜?」
「月見姉様気付かなかったの…?ああそっか…ずっと引きこもっていたから見てないもんね…。お鳥ちゃんの花月に対する態度を見ていたら…すぐに気付く…」
「まあ〜お鳥ちゃんもお年頃なのですねっ!わたくし応援しますよ〜!」
「違うっ!!風希ちゃんでたらめ言わないで」
「うん…分かった…じゃあ言い直すね…お鳥ちゃんは花月の事大好き…」
「だから違ーーう!!」


バシャッ!!

「きゃあ!」
顔を真っ赤にして怒って2人にお湯をかける鳥。バシャバシャと何度も何度もかけて暴れる鳥の背後にこっそりまわった月見は、おとなしい顔をして笑みながら何と…
「ひゃあっ?!」
「うふふ〜お鳥ちゃんったらいつの間にかおっぱいもこんなに大きくなって本トお年頃ですね〜」
「月見ちゃん!ふざけないで!!」
鳥の胸を恥ずかしげもなく触る超ド級天然の月見に、鳥がまたお湯をかける。風希はそんな2人の事を白い目で見ていたが。
「男の子はみんな胸が大きい子が好きですから花月もきっとそうですよ〜」
「だから!月見ちゃんはさっきから何言ってるの!変態っ!」
「私も応援する…頑張ってねお鳥ちゃん…」
「大体、風希ちゃんが変な事言い出した!」
「そんな真っ赤な顔で言われても説得力無い…」
「うそっ?!」
パッ!と自分の頬を慌てて両手で押さえる乙女な行動をとる鳥に、月見と風希は顔を見合わせる。
















「お鳥ちゃんは花月の本当のお姉さんじゃない…従姉なんだよね…?だから…好きになっても問題無い…。だって昔は…血族を絶やさない為にいとこ同士の結婚は普通だったみたいだし…現に曾祖父と曾祖母もいとこ同士の結婚だったって聞いた…。でも花月だけ…お鳥ちゃんが従姉だって話を知らないんだっけ…。お鳥ちゃんとは本当の姉弟じゃない事も…」
「ででででもあたしは戸籍上、小鳥遊家の養子だよ」
「そういう詳しい知識は私、無いけど…結局はいとこ同士で…四等身なんだから大丈夫…」
「てててゆーかあたしは別にあんな弱虫好きじゃないから!」
口を尖らせ、先に風呂からあがる鳥。


ビッターン!!

「ぎゃっ!?」
あがってすぐ、タイルに足を滑らせ派手に転んでしまった鳥。酷く動揺している事が一目瞭然。
「お鳥ちゃん大丈夫ですか〜?」
「大丈夫じゃない!」
「お鳥ちゃん動揺してる…可愛いね…」
「動揺してない!!」
「お鳥ちゃん…」
「何!!」
「お鳥ちゃんが好きな事…花月には秘密にしておいてあげるから安心し、」


ピシャン!!

「あーあ…行っちゃった…」
風希がまだ喋っているにも関わらず、風呂場の引き戸を思い切り閉めて出ていく鳥だった。



























その頃の花月―――

鳥の鋭い勘通り、行く宛てが無いから支部へ戻ってきていた。
真っ暗な支部長室花の間に夜勤時用の布団を敷いてその上で横になって天井を見上げていたら。遠い日の自分や、自分をいじめていた5人の声が脳裏から鮮明に聞こえてきた。

『デーブ!メガネ!きめぇんだよ!』
『アハハ!こいつ何も抵抗してこねぇし!あ。抵抗できないのかなぁ〜?』
『パパにはチクんなよ花ブタァ?てめぇのパパにはさすがの俺らもヤバいからさ〜』
『小鳥遊は聞き分け良いから分かるよなァ?』


場面は自宅の場面に切り替わる。中学時代の、今とは似ても似つかないまるで別人のようにまん丸く太って眉毛が太く、髪の短い学ランを着た中学1年生の花月。その向かいには、ショートボブの髪型で制服を着た中学2年生の鳥。

『お鳥姉さんに相談があるんだ…。父さんや母さん、月見姉さんと風希姉さんには内緒にしてほしい…』
『うん。分かった』
『俺、学校でクラスメイトと他クラスの奴からいじめられてるんだ…。陰口は当り前、教科書、ノート、筆箱に誹謗中傷を書き殴られて金も盗られて…朝授業始まる前と昼休みと放課後毎日トイレに呼び出されて殴られてたんだ…』
『でも怪我してないね』
『だってあいつらズル賢いから、服で隠れる所を殴るんだ…』
そう言えば、鳥は黙って花月の学ランを脱がせワイシャツの上から袖を捲り、ズボンも捲って脚を見れば、無数の青アザや血の跡。更にワイシャツを脱がせれば、腹部や背中には蹴られた足の跡がアザとなってくっきり残っていた。アザに鳥が、そっ…と優しく触れる。
『こんなになるまで何で言わなかったの』
『……』
ぐすっ…。俯いた花月から鼻を啜る音がしたから鳥は頭を撫でながらぎゅっ…と抱き締める。
『お鳥姉さんも俺の事、デブでオタクで根暗なキモい奴って思ってるクセに…!』
『そんな酷い事言われたの?辛かったね。でも、いじめっ子にやり返さなかった花月は優しくて強いね。やり返したっていじめっ子と同じになるもんね。頑張って打ち明けてくれてありがとう。嬉しかった。大丈夫。お父さんや月見ちゃん達には内緒にしてあげる。泣いて良いよ、花月』
『っ…、ぐすっ、』
『よしよし。あたしは優しい花月が好き。いじめっ子みたいに人の痛みの分からない子にならないで。これからもずっと、優しい花月でいてね』


























現在――――

「……」
寝返りをうつと、静かに目を瞑る花月。鈴虫の鳴き声しか聞こえてこない秋の静かな夜…。






































翌日、
ダグラス学園日本校――

「君2―Aだから。そっち」
「はあ…本当何か…すみません…」
朝から賑やかな校内。日本校へ空が編入初日の今日。制服のデザインも校内のデザインも、空が居た本校と何一つ変わらない。
2―Aと書かれた教室を空の隣で指差しているのは、ダグラス学園の制服に身を包んだ鳥。
「鳥さんも学生だったんすね」
「うん。君と同い年。何。老けて見えた?」
「いや、そうは言ってないんすけど。て事は花月さんもですか?」
「花月は16才だから1年生」
「へえ。…あの」
「何」
鳥はジーッ…と見てくるから空は目を反らして頭を掻き、言い辛そうにしつつも口をきる。
「昨日は俺何か色々ヤバい事してたみたいで、その…マジですみませんでした」
「覚えてないの」
「はい…」
「ふぅん」
「……」
――う"っ…俺この人苦手…――
「謝るんならあたしじゃなくて花月に謝って。痛い思いしたのあの子なんだから」
「え"っ!俺、花月さんに怪我させました?!」
「うん。だから土下座しても償いきれないね」
「マ、マジかよ〜…」
ずーん…。窓に手を添えがっくり肩を落とす空。因みに昨日魑魅の攻撃を受けた空の左太股の怪我は、何故か綺麗に治っている。
「じゃあね」
鳥はさっさと階段を降りていった。


















2階、
1年生教室――――

「うおお…!あれは小鳥遊鳥さん!!」
「今日も超可愛いよなー」
「あの胸に顔を埋められる男が居たら全男の敵だ!」
「彼氏いんのかなー」


ドッ!

「ひぃ…!」
「汚い目でジロジロ見ないで。キモい」
鳥の事を下心全開の目でジロジロ見ていた1年生男子達の顔面スレスレのところまで右脚を蹴り上げた鳥。男子生徒達は目を点にし、口をパクパク呆然としていた。






















1―A教室―――

「ねぇ」
廊下側窓から遠慮無く身を乗り出し、机を囲んで朝から化粧に気合いを入れている女子生徒3人に声を掛ける鳥。
「あ〜!花月君のお姉ちゃんだ〜」
「マジで?!」
「おっはよーございまーす」
「うん。おはよ」
「どーしたんですかぁ?」
「花月来てない?」
「来てないですよぉ〜」
「なんかぁー、さっき担任に電話あったみたいでーお腹痛いから休むっぽいですよぉ〜」
「えーマジ?!今日花月君来ない系?超ショック〜理科の実験一緒の班だから楽しみにしてたのにー!」
「てかお腹痛いとかチョー可哀想〜!」
「え、てか、お姉ちゃんは花月君と一緒に暮らしてますよねぇ?何で知らないんですかぁ?」
「ちょっと色々あるの。教えてくれてありがとう。じゃあね」
「あ〜!待って下さい!」
1人の女子生徒は左手でつけ睫毛をつけたまま席を立ち上がり、ダボダボのセーターの右手袖口から一枚のメモを取り出し鳥に渡す。そこには携帯電話番号とアドレスが書いてあった。
「これー、花月君に渡しといてくれませんかぁ?同じクラスの木村香梨って言えば分かると思うんでぇ〜!」
「分かった。渡しとく」
「お姉ちゃんマジ優し〜!頼みまーすっ!」
「あっ、ついでにお姉ちゃん!あたし、佐藤友里香っていうんですけど〜花月君明後日予定空いてたら友里香とカラオケ行かない?って言っといてくれません?」
「カラオケ?」
「そ〜そ〜!花月君に直接言うの超緊張しちゃって〜!」
「友里香なら可愛いからいけるって!!」
「こいつ、花月君の事好きなんすよ〜。友里香胸でかいのに細いから、この際色仕掛けしちゃえばイーじゃん!うちら応援するし!」
「マジ?じゃーカラオケで2人きりの時誘っちゃおっかな〜一応ゴム買っといてさぁ〜キャハハハ!」


ドスッ…、

「え?」
迷惑なくらい大声で笑っていた女子生徒3人が鈍い音がした方を向くと、教室の壁を右手で思い切り殴っている鳥。


ミシミシ…

壁にはヒビが入っている。下を向いている鳥からは、周りの生徒が離れていく程怒りの炎がメラメラ燃えていた。
ゆっくり顔を上げた鳥の目尻はピクピク痙攣していて眉間には青筋がたっていて。言わずとも、ご立腹。
「そういうの自分で言えば。てゆーか花月に下品な事しようとしないで。元の顔が分かんないくらい厚化粧の豚のクセに」
「はぁあ?!」
「何それ?!マジムカつくんですけど!つーかてめぇチビのクセに脚太ぇんだよ!豚はてめぇだろ!」
「おい!待てよブラコン!」
机を乗り越え教室の窓までも乗り越え、廊下へ出て鳥を追い掛ける右半分は完成していて左半分は未完成の顔をした女子生徒3人。しかし鳥は、あっさりと彼女ら3人を撒くのだった。



















昇降口――――

「電話まだ繋がらない。花月…」
「こぉら!小鳥遊!1限も始まっとらん内から何帰ろうとしているんだ!」
背後からやって来たのは、髪が薄く眼鏡をかけていてブラウンのスーツを着た教頭。しかし鳥は全く動じず、教頭に背を向けたままメールを打っている。
「小鳥遊がいくら日本支部幹部とはいえ、此処ではお前は生徒!そして私は生徒を指導する教師!従ってもらうぞ〜?わははは!…って、はぁあ?!」


ザァッ!

鳥の右手の平から現れた大群の蝶達が、教頭の周りを囲む。
「な、何だこの蝶は?!くっ!邪魔だぞ!あ!小鳥遊!待ちなさい!」
下駄を鳴らしてさっさと学園の門を出ていく鳥だった。






















to be continued...






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あきゅろす。
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