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終焉のアリア【完結】
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翌日――――

「再建築まで各支部へ行けぇ?!」
全壊した本部を背に空、鵺、アリスの3人が声を揃えて言う。
グレンベレンバを前に此処に集まったのは空、鵺、ハロルド、アリス、ファン、ミルフィ。
「そっ。だってこんな状態じゃ食事も睡眠もできないし、何より訓練なんてできっこないじゃない。武器庫も建物の下敷きになっちゃったし〜」
「じゃあ俺らが居なくなった此処北アメリカ大陸は誰が守るんだよ!?」
「それなら大丈夫よ。あたしとアイアン大佐と大佐の部隊の部下達、その他大勢で此処を守るわ。此処北アメリカ大陸には本部以外にもう1つEMS軍駐屯地があるからね、そこを拠点にしようと考えているの☆」
ウインクするグレンベレンバ。だがその笑顔もすぐに消え、非常に嫌そうに顔を歪めるグレンベレンバの視線の先には、空の後ろからひょっこり顔を覗かせているミルフィ。
「…で。何でアンタが居んのよミルフィ・ポプキン」
ミルフィは元気良く挙手する。
「はいっ!昨日お話した通り、今までの罪を償う為ミルもEMS軍人になって地球のみんなを守っていきたいと思ったからです!よろしくお願いしますお姉さま☆」
「はんっ!な〜にがお姉さまよ!まあ、いいわぁ。死ぬまで扱き使ってアゲル☆ねぇ、ミルフィちゃん?」
「ふえ〜ん!ミルが若くて可愛いからお姉さまがいじわるする〜!助けて雨岬君っ!」
「うわっ?!何で俺なんだよ!」
泣き真似をしてガバッ!と抱き付いてきたミルフィに口ではそう言いつつも空は顔は勿論、耳まで真っ赤に染める。



















「離れろって!」
「えぇ〜!だってミルと雨岬君はちゅーした仲なのに〜!」
「だっ…!あれはっ…!」
「ヒューヒュー!メガネてめぇスカした面してやる事ちゃんとやってんだなァ!」
「全く…。最近の若者というものは…」
「だだダメだよ雨岬空君〜!未成年がそんな事しちゃ!!」
「だから違うっつーの!!」
頭の後ろで腕を組み冷やかすアリス。呆れて溜め息を吐くファン。顔を真っ赤にするハロルド。
そして、黙ったまま俯き肩をプルプル震わせていた鵺が真っ赤にした顔を勢いよく上げ、空とミルフィの事を指差した。
「おめさん達恥ずかしくねんか!?人前で平気にイチャイチャと!!あ"ーっ!腹立つんらて!そういううっすらバカな奴ら見てっと!!」
「鳳条院つったか?何だよてめぇ、自分がモテねぇからってイライラすんなって。てめぇどうせ彼女いない歴=年齢だろ?ギャハハハ!」
「〜〜っ!!」
「ア、アリス君!そんな言い方したら失礼だよ〜」
「あ?細けぇ事いちいちうっせぇなァ。てめぇもだろが。それにてめぇは俺のオカンかっつーの!」
「将軍っっ!!」
「はいは〜い。んふっ。そんな膨れっ面してどうかしたの鵺ちん?」


ビシッ!

鵺は顔を真っ赤にして、空とミルフィの事をまた指差す。
「各支部に送るって言うんなら俺は雨岬とその恋人とは別の支部にしろて!!こんな破廉恥で下品な奴らとなんて一緒に行動したくねぇすけ!!」
「あらあら〜そうなのぉ?でもごめんねぇ鵺ちん。此処に居るあたし以外の6人みーんな、日本支部の支部長に"しばらくの間面倒見てあげてね(ハート)"ってお願い済みなの〜♪」
「んな"っ?!」
「げっ。マジかよ!このクソガキ共とクソ坊ちゃんと堅物ヤローと一緒だ?!冗談じゃねぇ!!」
「他の皆は別の支部にお願いしたから6人で仲良くね☆」
「え?でも日本支部はミル達だけって少な過ぎません?お姉さまっ」
「はんっ。まだその猫かぶりキャラ続けるつもり?」
「いやだ〜お姉さまったらっ。ミルはにゃんこなんてかぶっていませんよ〜?にゃん♪」
















「日本支部か…」
腕を組みそう呟くファンが何やら浮かない顔をしているので、ミルフィに抱き付かれたままの空が首を傾げる。
「どうかしたんすか」
「いや…少年は知らなくて当然だが、あそこの支部長をはじめとする幹部らは…」
「え"?何?ヤバい人達とか?」
「ヤバくなんてねぇよ!カズ達は俺の後輩で、俺と小鳥遊四姉弟は仲良いからなぁ」
「アリス中尉と仲良いって事はヤバい人達なんらな…」
「あ"?今、何つった?ガキ」
ギロッ。
アリスに睨まれた鵺は空の後ろにソッコー隠れたから、空は顔を引きつらせ苦笑い。一方。グレンベレンバは腰に右手をあててにっこり笑う。
「んふっ♪新米軍人の鵺ちん。先日あたしの学園で大暴れしてくれた問題児アリスちんとファンちゃん。あたしの了承も無しに勝手にミルフィを連れてきた悪い子のハロルドちゃん。猫かぶりの新人ミルフィ。そして、民間人といえど対MADへの護身術を身に付けるべき空ちゃん。貴方達6人は、厳しくて恐〜い事で軍内有名No.1の日本支部でみっちり扱かれてきなさい☆」


ゾッ…

その、優し過ぎるグレンベレンバの不気味な笑顔にミルフィ以外の男性陣5人は顔を青くして苦笑いを浮かべるのだった。
「はぁ…何で破廉恥雨岬とまた一緒なんらて…」
「はあ?」
「何俺の事見てんだて!俺は今、何も言ってねぇっけな!」
「あーっそ。…でも俺も民間人といえど何か…MADに対抗できる術が欲しいと思っていたところなんだよな…」
「え…」
駅へ向かいさっさと前を歩いて行くハロルド、アリス、ファン、ミルフィから少し離れた後ろを歩く空と鵺。神妙な面持ちの空の一言に鵺は、昨日の事を思い出す。
「それって…おめさんを育ててくれたお養父さんや妹や…少佐の仇を討つ為け?」
「……」
「おめさんは民間人なんだすけそんな気張んなて。軍人の俺がおめさんの分まで、お義父さんと妹と少佐の仇を討ってやるすけな」
「鵺…」
「…あ"っ!べべべ別にこれはおめさんの為じゃなぐて俺は少佐の部隊だったからだすけ、俺の為なんだっけな!!」
「…はっ。はいはい、そうかよ」
ポン。鵺の頭に手を置く空は、遠くの青空を見つめる。
「それでもまあ、俺は足手まといにならないよう扱かれる事にするわ。お前の祖母ちゃんの仇を討つ為にな」

















































EMS軍、日本支部―――

監視カメラが映す多くのモニターの明かりのみの真っ暗なモニター室。EMS軍日本領域の平穏を監視する1人の少女。
少女の黄色い瞳に、日本支部の玄関口である桜花駅からやって来たハロルド達計6名の姿が映ると少女は5名分の身分証明書類を一枚ずつパラパラ捲り、確認していく。
「EMS軍少佐ハロルド・パティンスキー…。EMS軍中尉アリス・ブラッディ…。EMS軍少尉ファン・タオ…。EMS軍鳳条院 鵺…。元共和派首相現EMS軍ミルフィ・ポプキン…。…1名、書類の無い侵入者発見…。直ちに排除する…」






















その頃の空達―――

「わぁ〜!ミル日本って初めて来た!でも日本のトーキョーだけMADに侵略されているんだよね?」
昨日の本部襲撃が別世界の事のように、普段通りの街並みの日本領域の光景にミルフィは忙しなくキョロキョロ。
音楽を大音量で鳴らす乗用車が走るその隣の横断歩道では、携帯電話で友人と楽しそうに話す女子高生。MADの気配などこれっぽっちも無い極普通…だけど貴重な極普通の光景。
「そうだよ。でもいつか必ず東京を取り戻すんだ。そこに残されMADの奴隷となっている東京の人達の事も助け出してみせるよ…!」
ハロルドの想いの籠もった言葉にミルフィは目をぱちくり。空の脳裏では養父と妹と暮らしていた空にとったら一番の故郷東京の侵略される前の平和な街並みが蘇っていた。




















「で?日本支部は何処だっけか?」
地図をでかでか広げながら歩く迷惑極まりないアリスに、ハロルドはオロオロ。
「ア、アリス君歩きながらは危ないよ。せめて止まってから端っこで、」
「えっとー!あー、確かこっちじゃね?」
ハロルドの事などお構い無しで右を指差すアリス。
「いや、左だったはずだ」
一方。左を指差すファンに案の定イラッとするアリス。
「あ"ァ?てめぇ俺に歯向かう気か?」
「そういう問題ではない。アリスの示した方角が間違っていたから私が正しい方角を示しただけの事」


ガッ!

ファンの胸倉を掴むアリス。
「上等だゴラァ!じゃあてめぇは左行ってみろ!俺は右を行くぜ!それでてめぇ1人で迷子になって後から電話で"迎えに来て〜"なんてピーピー泣いてみろ!EMS領域全土の笑い者にしてやるぜ!」
「…はぁ」
「あ!おい!何、目ぇ反らして溜息吐いてんだよてめぇ!!」
「ど、どうしよう!ふ、2人共喧嘩は良くないよ!ほ、ほら!ここは公平に右も左もどっちも行ってみようよ!」
「うっせぇ!てめぇは黙ってベンチで茶でも啜ってろクソ坊ちゃんが!!」
「そ、そんな〜…」
















「はぁぁ…」
――本当にあいつら年上かよ…――
ギャーギャーうるさいアリス達と仲間と思われたくない空は、3人から離れた所で大きな溜息を吐いていた。地図を広げ、頭を掻く。
「ったく…。地図が無いならまだしも、有るんならその通りに行けば良いだけじゃん。何であんなに揉めるんだよ。なぁミルフィ…って、おい!」
「きゃ〜☆このお洋服超可愛い〜!あっ!このお洋服も☆日本って可愛いお洋服がいっぱーい♪」
空の話など全く聞いておらず、ブランドショップのショウウインドウ前できゃっきゃ飛び跳ねているミルフィ。
「ったく!何なんだよ!仕方ねーな。鵺。お前も一緒に地図見、」
「すっげぇんらな!!メロンパンだけを売ってるワゴン車?!おじさん、プレミアムメロンパン20個!」
「おい!鵺!」


ガシッ、

後ろから鵺の肩を掴む空。一方の鵺は何か思い出したのか「あ」と呟き、笑顔で空の方を向く。
「雨岬。俺の財布、本部もろとも木っ端微塵になったすけ代金支払ってほしいんだろも!」
「はあ?!」
「はいよ、プレミアムメロンパン20個で5600円ね」
「20個?!…ったく」
――とか何とか言いつつ何、諭吉さん出して支払ってんだよ俺のバカ野郎!!――
「まいど!また来てね〜」
メロンパンが入った紙袋を抱え大満足の笑顔で店員に手を振る鵺の前を、寂しくなった財布の中を覗きながら溜息ばかりの空。しかもまだあの3人は揉めているし(最早行き先云々の問題ではなくなっていた)ミルフィは建ち並ぶ店のショウウインドウの前で楽しそうに洋服選びをしているし。
「はぁ…先行き超不安…」
「まあまあ〜!そんげ溜息ばっか吐いてっと幸せが逃げるすけ!」
「幸せなんてとっくに逃げてるよ!!」
「ほら。メロンパン!雨岬おめさんに1個やるて」
「1個だけかよ…」
「貰えるだけ良いねっか!」
「はいはい…。はぁ…誰が金出したと思ってんだよ…」
メロンパンを鵺から受け取る。


スパン、

「え?」
何と突然メロンパンが綺麗に真っ二つに切れたのだ。突然の事に思考が追い付かないし言葉が出てこなくて、2人はただただきょとんとするしかない。



















「何…は?メロンパンが突然真っ二つになって…」
「身分証明の無い者はMADと見なし、排除する…」
「…え?」


ドゴォン!!

「きゃあああ!!」
「な、何?!」
頭上から聞こえてきた少女の蚊の鳴くような声に空が頭上を見上げた直後。大きな音と共に、辺り一帯に灰色の煙が立ち込める。
「何だぁ?」
騒ぎに気付いたアリス達3人も一斉にそちらを向く。ミルフィも同様に。
「雨岬!?」
煙の中へと駆けて行く鵺に気付いたミルフィが鵺の右腕を掴む。
「何があったの鵺ちん!」
「鵺ちんって呼ぶなてば!!」
「ごめんごめん☆」
「分かんねんだろも、雨岬にメロンパンくれてやったら突然メロンパンが真っ二つに切れてその後すぐこうなったんらて!」
街を行き交っていた人々は口に手をあて、恐そうに酷く顔を歪めている。
「何?何が起きたの」
「ビルの看板が落ちたとか?」
「まさか!」
「でもそのくらいすごい音がしたよね!上から何かが降ってきたのは確実だし…!」
煙が晴れた其処には…
「雨岬!」
「うっ…ぐっ…」
真っ黒おかっぱヘアー、全身真っ黒のセーラー服を着た少女の右手に首を締め付けられながら、体ごと持ち上げられている空がいた。少女の左手には、まるで死神の持つような大きな鎌が。
「きゃあああ!」
「な、何?!」
野次馬も皆、その鎌と少女の行動に顔を真っ青にして次々逃げていく。
「身分証明の無い奴…貴方はMAD…」
「う"っ…ぐっ"MA…D…なんかじゃ…ねぇ…!!」
「そう…でも人に化けられるMADは決まって皆そう言うの…だから貴方もMAD…」
少女は感情の籠もっていないクールな黄色の瞳に空を映し淡々とそう言うと、左手に持った鎌を振り上げた。鎌には、首を締め付けられている空が映る。
鵺の全身から血の気が引き、担いでいた魍魎を抜刀した。
「雨岬!!」
「鳳条院鵺君、下がって!!」
「え、」


パァン!

「……。何…?」

















寸のところで鵺の前に飛び出したハロルドが少女の鎌目がけ発砲。少女はゆっくり振り向く。
「しょ、少佐…?」
「鳳条院鵺君あのね、実は彼女は敵ではなくて…」
「よお。相変わらず容赦無ぇなぁ風希」
「アリス…さん…」
ハロルドの前に出てきたアリスが「よお!」と手を上げて挨拶するから、鵺は目を丸めて彼らと少女を交互に見る。
「え、え?!アリス中尉達の知り合いなんらけ?!」
「知り合いも何もあのね彼女風希ちゃんはEMS軍日本支部の幹部さんなんだ」
「えええ?!だ、だろも雨岬の事殺そうとしてるねっか!」
「っぐ…おい!誰かこの女どうにかしろよ!!」
「あ。そうだった」
未だ首を締め付けられたままの空が擦れた声で叫べば"そうでした"とばかりの返事をする一同に、空は息苦しいながらも目尻をピクピク痙攣させる。
――まあ、こいつも味方だと分かったら首絞めるのももうやめるだろうし…ぐあっ?!――
と思って安心したのも束の間。寧ろ締め付ける力が強くなり、空は目を見開く。
「な、何してるんらておめさん!雨岬はMADなんかじゃねぇてば!」
「いくら皆と一緒に居るからって…身分証明の無い人間はMADと見なし…排除するのが私の務め…」
「は、はあ?!」
「え、え?!な、何でだろうね?将軍は僕達6人を日本支部にお願いしたって言っていたから6人分の身分証明書類を送っているはずだよね!?」
「これはどういう事か…」
「さあ?知〜らね。つーかさ風希。支部ってどっちだっけ?」
「っ…ぐ…、てめぇらいい加減に…!…ハッ!」
――身分を証明できるモノがあれば良いんだな?!――
ハッとした空は苦しいながらも自分のジーンズのポケットの中から財布を取り出し、更にその中からあるモノを取り出し、風希の顔の前に突き付けた。
「これ!生徒手帳!!これで俺がMADじゃないっつー証明ができるだろ!!」
「…?」
目をぱちくりさせ少女が見つめるモノ。それはダグラス学園の生徒手帳。
「ダグラス学園の生徒…」


ドサッ、

「ゴホッ!ゲホ!」
「雨岬!」
「雨岬君!」
やっと手を放したかと思えば、そのまま地面へ空を落とす少女。喉を押さえむせ返る空に駆け寄る鵺とミルフィ。
一方、風希と呼ばれる少女は取り出した書類に空の事を記述している様子。
「ダグラス学園の生徒、雨岬空…承認…」


ポンッ、

書類に判子を押した。
「わあ!さすが雨岬空君だね。生徒手帳で身分証明をするその発想、機転が利いていてすごいね!」
「暢気に誉めてんじゃねーし!」
「ご、ごめんね…怒ってる?」
「なぁ風希」
「何…」
「此処からだと日本支部って右行くんだよな?」
「いや、左だろう」
「あ"ァ?」
バチバチとまた火花を散らし始めたアリスとファンの間に立っている風希はスッ…と真正面を指差すから、2人もそちらに顔を向ける。
「違う…真っ直ぐ…」
「え"っ」


バサバサ…、

木で羽を休めていた鳥達が一斉に飛び立っていった日本の本日の天候。雲一つ無い秋晴れ。




























EMS軍、日本支部―――

「おおっ〜!すごいすごいっ!これぞまさしくジャパニーズビルディングって感じだね雨岬君♪」
「はぁ…」
風希に案内してもらい、ようやく辿り着いた日本支部は本部のように高さは無く2階建で、武家屋敷を思わせる造り。これぞ日本!といった和の造りだ。


ガラガラ…

出入口の引き戸を開けてさっさと歩いていく風希の後をついていく一同。
「おぉ〜、外壁塗り直したか?昔よりも綺麗になってね?」
『アリス・ブラッディさん、入館を許可します』
「うおお?!」
入った瞬間頭上から機械的な声が聞こえ、驚いたアリスが上を向く。
「それ…承認アナウンス…」
「お、おお…ビビったぜ…。しばらく来ねぇ間に何か厳戒体制になってんなぁ」
「…?どうしたんらて雨岬?顔色悪いろも」
「だって俺…」
「あ…」
空が何を言いたいのか察した鵺も顔色を悪くするが…
「大丈夫…此処へ来るまでの間、支部に貴方の事伝えておいたから…入れる…」
「ホッ…」
「だから壁から剣山が突き出たり、天井から槍が降ってくる事は無い…」
「え"ぇ?!ちょ、じゃあ身分証明の無い奴が入ろうとするとそうなる仕組みなワケ?!」
「うん…そうして、ってお父さんが言ってたから…」


ゾッ…、

空達は勿論、ハロルド達3人まで顔を真っ青にし体をブルッ、と震わせていたそうな…。

























「一!二!三!四!」
「まだまだ!声量が足りんぞ!」
「押忍!」
「なっ…!?こ、此処は道場か…?」
中へ入ると、中もやはり和の造り。長い廊下を歩いていると中庭の美しく広大な日本庭園からは、まるで道場の稽古中のような勇ましい掛け声が聞こえてくる。彼らはEMS軍日本支部の人間なのだが本部のように花も無い男だらけ且つ皆、坊主頭でガタイの良い(肩幅なんてハロルド達の倍はある)いかつい軍人ばかり。しかも皆、白い胴着を着用していて重りを括り付けた竹刀を振っている。
「何だよ…このむさ苦しい光景…」
「ムキムキばっから…」
「うぇぇ…イケメンが居ない〜…」


カタン、

「?」
背後から物音がし、皆が一斉に振り向く。
「あ、あ…ああっ…み、見ないでっ…皆さん揃ってわたくしをそんなっ見ないで下さい〜!死んじゃいますっ〜…!」
「…は?」
其処には、柱の陰からこちらを見ている1人の女性の左半身が覗いていた。右半身は柱に隠れている為全身は見えないが、長い金髪で肩を出した白の着物を召した、垂れ目で下睫毛の長いとても美人な女性。
しかし空達が彼女を一斉に見れば酷くオドオドしてガタガタ震え涙を滲ませ、パッ!と、また柱の陰に隠れてしまったから空は「は?」と思わず言ってしまったけれど。
「あはは、相変わらずだね」
「対人恐怖症はまだ治っていないようだな」
「せっかくの美人が台無しの引きこもりだからなァ」
「うん…でも月見姉様…みんなに会えるの楽しみにして…半年振りに部屋から出てきた…」
――は、半年振り?!軍人3人は知ってるみたいだけど…。どんだけヒッキーなんだよ!――
「次は、こっち…」
風希に連れられ角を曲がった時。視線を感じた空がパッ!と後ろを振り向くと…
「ひぃっ…!」
――やっぱり…――
やはりまた柱の陰から美女月見がこっそり覗いていたが、空と目が合うとまたすぐ隠れてしまった。
――日本支部…MADの方がマシなんじゃね、ってくらいマジで変な奴らばっか…――






















2階最奥、
支部長室花の間――――

「いかにも支部長室って感じの面構えの入口だなぁおい」
広過ぎて歩き疲れたが、ようやく辿り着いた支部長室花の間。他の部屋とは外見からして違うキラキラ光る金地の壁に花や鳥、風、月をイメージした絵が描かれている。
「花月、開けるよ…」
「花月…?」
「どうしたミルフィ」
風希が口にした名前に反応したミルフィ。空の問い掛けも無視してミルフィはスタスタと風希の方へ歩いていく。
「あのっ!!」
「何…?」
突然ミルフィは風希の両手をとり、頬を赤く染め目をキラキラ輝かせた。
「花月さんってもしかしてもしかして、あの小鳥遊花月さんの事ですかっ?!」
「うん…そうだけど…何…?」
「あのあのっ!!ミル、花月さんの大ファンなんですっっ!!もしかしてもしかしてこの部屋には花月さんが居るんですかっ?!」
「そうだけど…貴女、"もしかして"言い過ぎ…」
「キャー!どうしよう!超イケメン花月さんに会えるって知ってたらミルお化粧バッチリしてきたのにぃ!キャー!心臓飛び出そう!あのっ!風希さんは花月さんとはどういうご関係ですかっ?!」
「どうって…花月は私の弟…ていうか…手…痛い…」
「そうだったんですねお姉さまっ!通りで花月さんのようにお顔が整っている美人さんだと思いましたっ!」
「いや…私…貴女のお姉さんじゃないんだけど…」
「おいメガネ。あの女てめぇの女じゃなかったのかよ?カズにお熱じゃねぇか」
「知らないっすよ…」
アリスに言われても、肩をがっくり落とし、ミルフィの相変わらずな態度に頭の痛い空だった。
















ガラガラッ、

「花月さーん!サイン下さーい!」
風希の前へ出て勝手に襖を開けたミルフィ。しかし…
「あれ?真っ暗?」
室内の様子が見えない程真っ暗で、しん…としていて人の気配すら無いではないか。がっくり肩を落として口を尖らせ、ブーブー文句を言うミルフィ。
「ぶーっ!せっかく花月さんに会えると思ったのにぃ!」
「あれ…花月どうして居ないんだろう…今日は一日出張無いって言ってたのに…」
「お姉さま〜花月さんは今何処に、」


カッ!カッ!

「!?」
突然、ミルフィを挟んで左右の壁に2つの手裏剣が飛んできて突き刺さった。わざとミルフィを外したようだが。
当のミルフィと風希は全く驚いていないが、男性陣5名はカラクリ屋敷のような仕掛けを前に"早く此処から出ていきたい"と、来て10分で早くも思っていた。





















「花月ならさっき出掛けたよ」


カラン、コロン…

真っ暗な室内から下駄の音と共に聞こえてきたのは、低く淡々とした少女の声。
「お鳥ちゃん…」
風希が呼んだと同時に、暗闇の室内から姿を現した1人のとても小柄な少女。藤色の髪で前髪はクロスしており、左側の髪を蝶の髪飾りで束ねている。
「な、何つー格好…!」空と鵺が顔を赤らめ、そして彼女の事を以前から知っているハロルド、アリス、ファンもやはり顔を赤らめてしまう格好の少女。上はピンクのランジェリーのような姿に、下は黒地にピンクや白の花柄の膝上15cmの着物姿。何よりも、男性陣が必然と目が向いてしまうのは少女の豊満なバストだろう。
空は反らしつつも顔を赤らめていたからミルフィは口をムッ、とへの字にして…


ギュッ!

「痛っつ…!」
空の右足を思い切り踏んだ。
「小鳥遊鳥ちゃん久しぶりだねっ」
「うん。ハロルド相変わらずヘタレな顔してるね」
「ヘ、ヘタレ…」
ガーン。
頭の上に盥を落とされたような顔をしているハロルドの事を隣で腹を抱えてギャハハハ笑うアリスと、笑い声を押し殺し肩をプルプル震わせて笑う空と鵺とファン。
ハロルドは気を取り直して風希と鳥に手を向ける。
「紹介するね。黒い髪の女性が次女の小鳥遊 風希ちゃん」
「どうも…」
「続いて、藤色の髪の女性が三女の小鳥遊 鳥ちゃん」
「うん」
「さっき柱の陰から覗いていた金色の髪の女性が長女の小鳥遊 月見ちゃんだよ」
ハッ!とした皆が後ろを振り向くと…
「ひぃっ…!」
やはり、柱の陰に隠れた月見が皆を覗いていた。
彼女らの名前は上から順に、
長女『小鳥遊 月見(たかなし つきみ)』
次女『小鳥遊 風希(たかなし ふうき)』
三女『小鳥遊 鳥(たかなし ちょう)』



「皆さんは小鳥遊四姉弟といって、EMS軍の中でも有名な、お若いながらに実力のある人達なんだよ。EMS軍日本支部の幹部で日本を守ってくれていて僕達もよくお世話になっているんだ。でも、支部長で末っ子の小鳥遊花月君は今日はお留守みたいだね」
「ったく、カズのヤロー!大先輩のアリスさんが来るんだから、高級和菓子くらい用意して待っとけっつーの」
「やっぱり花月さんお留守なんですね…しゅん…」
「ねぇ」
「?」
落ち込むミルフィの前に遠慮無くズイッ、と立って顔を覗き込む鳥にミルフィは目をぱちくり。
「君。花月の事好きなの」
「え、え、えっ?!ミルに聞いてますか?」
「うん。そう」
ミルフィは赤くした顔に自分の両手を添える。
「えっとえっと!好きですけどその、お付き合いしたいとかそういう好きじゃなくて何ていうか憧れなんです!インタビューとか雑誌の切り抜きは全部切り取って手帳に貼ってあるんですけどっ!何ていうかっ大ファンなんです!やっぱり、お付き合いしたいとかそういう感情は雨岬君に対してであって!まさか花月さんとお近付きになれるなんて思ってなかったから!でもでもっ!花月さんとお近付きになれるならお付き合いしたいなぁ〜なんちゃって!!」
「雨岬…おめさんの立場無ぇな…」
「はは…。別に…俺あいつの彼氏じゃねーしどうでもいーよ…」


















「ふぅん。そうなんだ」
「でもあのっ!お姉さま1つ質問しても良いですか?」
「いいよ。何」
「花月さんって彼女います?!…よね…?」
「いないよ」
「よ、良かったぁ〜」
ホッとして肩の力が抜けるミルフィ。
「花月、女の子と付き合った事ないよ」
「え?!そうなんですか!わーいっ!」
「それに女の子と手を繋いだ事無いし、ちゅーもした事無いし、どーてーだよ。良かったね」
「はいっ♪」
「いや、そこツッコミ入れろよお前…」
アリスの冷ややかな視線も気にしないミルフィは自分の両頬に手を添え、喜んでいた。
相変わらず平淡な言い方の鳥が、皆の事をジーッと見る。
「こんな所で待たせてるの悪い気がする」
「そうだね…。じゃあ花月が帰ってくるまで応接間でお菓子…食べる…?」
「え!良いのかな?やったー!僕、日本のお菓子好きなんだよね。ファン君もだよね!」
「ああ。甘過ぎないところが良い」
「そう…それは良かった…」


カタン…、

襖を閉めて部屋を出た一同は風希を先頭に、此処から去ろうとする。
「月見姉様も…来る…?」
「わ、わたくしは…やめておきますっ…」
柱の陰にまた隠れてしまった月見のキャラにいい加減慣れてきた空と鵺だったが、やはりまた苦笑いを浮かべた。



















「何か何かっ!下の階に居た人達みたいなムキムキで怖そうな人ばっかりだったから幹部の人達もそうかと思っていたんですけど、やっぱり花月さんのお姉さま達というだけあって、皆さんとーっても美人でスレンダーですね♪」
「月見姉様は美人…親衛隊できてるし…」
「うん。月見ちゃん美人」
「つーかさ〜マジでカズのヤロー、俺達大先輩を待たせるなんざ、タカビーになってんじゃね?帰ってきたらぶん殴ってやるぜ!」
「アリス君暴力はよくないよ〜!」
「アリスは何事も暴力で済まそうとするからな。気を付けた方が良い」
「あ?てめぇらに説教される筋合いねぇよ」
「つーか、その花月って人が超厳しい人なんすか」
「そうかな…そんな事ないと思うけど…」
「うぅ…俺新米だからきっと怒られる気がするて…」
各々が喋りながら花の間の前を通り過ぎ、階段を降りていこうとすると…。花の間入口の、花鳥風月の絵が描かれた金色の壁が音も無く人型に浮き上がり、ニィッ…と笑んでいた事に、誰も気付いていない。






















「それにしても日本は平穏そうで良かったよ」
「そっか…本部は襲撃されたんだもんね…」
「うん。でもこの民間人の雨岬空君が丁度その時本部に居なくて本当に良かったよ。僕達軍人でもあの数のMADには苦戦しちゃうからね。…あっ」
そこでハロルドはアリアの事を思い出したのだろう。口に手をあてて申し訳なさそうに空の方をチラッと見るが、後ろを歩いていた空は毅然としていた。
「ご、ごめんね雨岬空君」
「え?何がですか?」
「え、あの、その…」
「あ。つーか俺学生なんすけど、此処に居る間勉強とかどうすれば良いんですか」
「学生も居る、って将軍から聞いてたけど…君の事だったんだ…。それなら大丈夫…将軍が手続き取ったって…。此処にはダグラス学園日本校があるから明日からそこに通って…。新しい制服と教科書も届いてる…」
「編入手続きはちゃんとしておいて俺の身分証明書類は送ってなかったってわけか。はぁ…。分かりました。後で学園までの行き方教えて下さ、…っ?!」


スパン…!

話の途中で何か気配を背後から感じ取った空が咄嗟に後ろを振り向いた。皆も一斉に振り向く。
「な、何だよ…!?」
咄嗟に振り向いた空のその行動は正解。振り向いた瞬間、背後から自分に振り下ろされた刀(と言っても刀は鞘の中にしまってあるけれど)を、空は間一髪のところで両手でスパッ、と受け止めたのだ。
音も無く今まで気配も無く刀を空へ振り下ろしてきた人物は、西洋貴族のような黒服に白の短パン、黒のブーツ。そして黒光りした軍人らしい帽子をかぶっていて眉毛の上に切りそろえた前髪、襟足はぱっつんで、外ハネした少し長い黒髪の少年。身長は空より低く、鵺よりは高い。
その少年を見た瞬間、ミルフィはハロルド達を押し退けて前へ出た。
「なっ…何だよあんた!丸腰の民間人相手にいきなり刃向けて!」
「花月さん〜!!」
「え?…えぇ?!こいつ、あ、いや、この人が?!」
目をキラキラ輝かせうっとりするミルフィと、自分に刃を向けてきた少年を交互に見て驚く空。
「姉さん達、ドッキリ大成功です。ご協力感謝します」
高めの声で言いながら、空から刀を離す。
「花月が壁に隠れている事…うっかりバラしちゃいそうで…こっちがドキドキした…」
「お遊びに付き合ってやったんだから後でお菓子おごれ」
「了解です。…はぁ…何か皆リア充って感じの人ばっかりだな…。俺やっていけるかなぁ…」
「え?今何て…」
「え?え、えっ?!あっ!いえいえ!こちらの話ですので、お気になさらず〜」
月見によく似た垂れ目で下睫毛の長い端正な顔立ちの少年は皆から一歩後ろへ下がると、自分の右手を左胸にあてて、深々頭を下げた。
「先輩方お久しぶりです。そして初めての皆さんお初にお目にかかります。EMS軍日本支部長、小鳥遊 花月と申します。以後お見知りおきを」
この少年が、16歳にして日本支部長『小鳥遊 花月(たかなし かづき)』























to be continued...













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あきゅろす。
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