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終焉のアリア【完結】
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7時20分、
EMS軍本部――――

人気の無いエントランスホール。アリスに続いて歩くファン。2人の足音がやけに目立つ静かな朝。
「将軍がそんな事を言っていたのか?」
「ああ。だから、MADと同じ目をしたアリアやあのガキ2人を住まわせてやっているんだとよ。何でかは分かんねぇけどな。ま、将軍には策があるんだろ。あの3人を利用するみてぇな言い方してたからな」
「…。しかし、いくらMADと同じ瞳の色だからと言ってあの3人がMADの仲間だとは限らないだろう」
「おい。堅物ヤローてめぇ、何あいつらの肩もとうとしてんだよ」


カチャ…、

振り向いたアリスは懐から取り出した拳銃の銃口でファンの顎をぐい、と持ち上げる。長身のファンを見上げながら。口は笑っているが、アリスの瞳の奥にはMADへの恨みによる怒りの炎が灯っていた。
「……」
「はっ。都合が悪くなると黙りかよ」
銃を下ろすと再びファンに背を向け、黒の携帯電話を取り出し耳にあてながらまた歩き出す。その後ろでファンは、銃口を突き付けられた喉元を手で触っていた。
「もしもし?おー、カズ。お久。皆元気か?おおそうか。あのさぁD72とF64の銃、こっち送ってくんね?そーそ。サンキュ。じゃーなー」
通話を終えたアリスに声を掛けるファン。
「カズ…花月か」
「ああ。MADが此処に3人も居るんだからな。今までより多く銃、置いておかねぇとだろ?」
ニヤリ。ファンがあの3人の肩をもっている事を知って、わざとそう言い笑うアリスに、ファンはポーカーフェイスの無言を返す。
「…アリス」
「あ?何だよ、MADの味方さん?」
「花月の呼び方はカズ、ではなくカヅ、が正しいのではないか」
「あ"?んなこたぁ、どーでもいいんだよ!つーかこの流れでよくそんな悠長な話できるよな!てめぇと喋ってると腹立つぜ!」
「……」
「そーいや今日、ハロルドクソ坊っちゃんがお帰りの日だったなァ。久しぶりにいたぶってやるか!ククク!」
「ハロルドなら明日の帰還に変更したぞ」
「は?何でだよ」
「今日正午、EMSと共和派の国境で行われる共和派首相ミルフィのコンサートに向かう急用ができたらしい」
「仕事サボってお嬢ちゃんのコンサート行くってのかあのクソ坊っちゃんは」
「いや、その首相ミルフィは地球人とMADの共存…即ち、争いの無い世界を謳っているが、どうやら実際は違うらしい」
「何がだよ」
「先代共和派アルミネ首相つまりミルフィの父親の時代は謳っている通り共存をしていたそうだが彼が何者かに暗殺され首相がミルフィに代わってからは、背後をMADにとられ、脅されているそうだ。MADとの争いを拒む共存を希望する地球人を集めるだろう。集まったその地球人達を、裏ではMADへ献上しているらしい。そうしないと殺す…とでも脅されているのだろう」
「そのお嬢ちゃんがか?」
「ああ。噂に過ぎないのだが、不幸な事にミルフィ首相は歌手活動も行っており、EMSの若者に人気らしくEMSからも多くの若者がコンサートへ行く。だから彼らの身の安全の為ハロルドは今日、そのコンサートへ任務として行くそうだ」
「ふーん。あっそ。ま、俺の任務じゃねぇし?あー、腹減った。食堂行くぞ、堅物ヤロー」
「ああ…」
頭の後ろで腕を組み、さっさと行ってしまったアリスの後ろでファンは一度立ち止まり、縦長の大きなステンドグラスの窓から空を見上げた。雲一つ無い快晴。
「何故だろう…嫌な予感がする…」
「うおーい!何ボサッと突っ立ってんだよ!行くぞ!」
「…ああ」









































8時32分、
宿舎7階705号室――


ガチャ…、

「おーい、ソラ。おしるこ缶買ってきたぞ。優しい優しい叔母さんが可愛い甥っ子のお前に分けてや、」
「おめさんみてぇな下品な奴と居ると下品が移るすけ、おめさんが出て行がねんなら俺が出て行ぐ!!」
おしるこ缶の入った段ボール2箱を抱えたアリアが空の部屋を訪ねれば、大声で怒鳴りながら勢い良く部屋を飛び出していく鵺と鉢合わせた。アリアが驚いて目をぱちくりさせている間にも、アリアの脇を鵺は走り去っていった。
去っていった鵺の背を見てから部屋へ入ると、そこには空が。
「ど、どうしたんだお前達。喧嘩でもしたな?」
「はぁぁぁ」
「?」
大きな溜め息を吐いてベッドに腰掛ける空。実は昨日から、鵺を空の部屋へ移動させてやったのだ。アリアが。空から、鵺がルームメートのダーズ兄弟から嫌がらせを受けている事を話せば、心優しいアリアが鵺の部屋を空と同室にしてやったのだ。なのに、翌朝来てみれば早速大喧嘩中らしい。
「どうしたソラ。大きな溜め息を吐いて。老けるぞ」
「どうしたもこうしたもねーよ。あいつ、マジ訳分かんねー」
「?」
「っんだよ、女子とキスしたくらいで何で俺があいつから24時間、下品だうっすらバカだ呼ばわりされなきゃならないんだっつーの。つーか、俺からしたんじゃねーし」
アリアには聞こえない声でブツブツ呟くから、アリアは首を傾げる。
「どうした?ソラ」
「別に。何でもねーよ」
また溜め息吐いて、背中からベッドへダイブ。
アリアはおしるこ缶の入った段ボールをテーブルの上へ置くと空の隣に腰掛ける。だから、空は嫌そうに目線をアリアへ移す。
「…何。居据わんのかよ」
「そうか今日は土曜だもんな。学校は休みか」
「質問に答え…はぁ。休みだけど?」
「学校は楽しいか」
「何だよ急に」
「可愛い甥っ子のお前が学校でいじめられていないか心配してやっているんだぞ?」
「っせーよ。別に。普通」
「何だその曖昧な返事。まあ、つまらなくないなら良いんだけどな。…リオナにも見せてやりたいな。お前の息子は元気だぞ、って」
「…何だよババァ。あんた、俺の母親の事知ってんのかよ」
「知ってるも何も、私はお前の母親の姉だぞ」
空は起き上がる。
「あのさ。あんた秘密多過ぎ。話せよ、本当の俺の事」
「前に話しただろう。MADが侵略したあの日」
「あんたが俺の叔母で、本当の俺はバロック帝国の皇子ソラ・ライムンド・ハロッズっつー名前だって事だけだろ?あれだけじゃ訳分かんねーんだよ。つーか、マジであんたは本当に俺の叔母なのかよ」
「…そうだな。何れ話さなければいけないとは思っていたが…。よし。調度良い。私は今日も非番だし、お前は休みだし。この機会に話そう」
アリアはおしるこ缶を2本取り出し、1本を笑顔で空に差し出す。が、案の定空は右手を出して拒否するから、つまらなそうにするアリアだった。


チチチ…、

雲一つ無い快晴を小鳥達が飛んでいく。空とアリアは一つのベッドに2人並んで腰掛けている。
「2509年…MADが地球を見つけ、やって来た。その国がお前の本当の母国バロック帝国だったんだ」
「バロック…そんな国、聞いた事ねーし」
「滅びたからな。その時やって来た当時のMADの長達に、ソラと私を除く、王を始めとする全員が殺されて」
「…!」
「ソラの父親は殺され、城の人間はソラとリオナだけとなった。その時リオナは…お前の本当の母親は、お前の事を命懸けでMADから守ったんだ…だから食われた。私が駆け付けた時にはもう…」
「……」
「同時に、その時既に当時のMADの長とその妻はバロック城の兵に射殺されていた」
「…じゃあ、母さんは誰に殺されたんだよ…」
「シルヴェルトリフェミアの侍女ドロテアだ」
「…!!」
脳裏では、自分のマンションへ押し掛けてきたシトリーの隣に常に立っていたメイド服姿の緑色の気味悪い生き物の姿が蘇る。


ぎゅっ…、

無意識の内に震える拳を強く握り締める空。アリアは拳から空の今の心情を読み取ったのか、切なそうにしつつも話を続ける。
「その時まだ人の姿ではなく…ドロテアのような緑色の奇妙な姿だった赤ん坊のシルヴェルトリフェミアも一緒に居た。どうやらMADは地球へやって来る時、身体の一部の機能を失うらしい。それでシルヴェルトリフェミアは左目の視力を失ったそうだ。だから…ソラ。お前の左目が赤い理由それは、その時シルヴェルトリフェミアに左目の視力を奪われたからだ。…ソラ。お前本当は左目が見えないんじゃないのか…?」
「…!」






















すぐアリアから顔を逸らす。それが空の返事だろう。アリアは空の右手を両手でそっ…と包み込む。
「辛かっただろう。痛かっただろう。もう大丈夫だ、ソラ。私がお前の両親の分までお前を守るよ」
「あんたは…」
空は静かにアリアの手を放す。
「あんたはどうして生きてんだよ。それに、前から思ってたけど俺の叔母にしちゃ外見が若過ぎるだろ」
「何だ?それは褒め言葉か?お世辞を言っても小遣いはやらないぞ?」
「冗談言ってんじゃねー。真剣な話だ」
頭の堅い空に、肩を竦めるアリアだった。
「私の事は絶対に秘密だぞ」
そう言って座り直すと、口を静かに開く。
「私はその時ドロテアに挑発したからだろうな。MADの惑星プラネットへ連れて行かれたんだ」
「なっ…?!」
「MADは常に自分達が上でいなければ気が済まない。だから地球人より上へ上へ…そう考えたMADは不老不死の心臓を作ろうと研究しており…まあ、その実験台として、失敗したって問題無い死んだって問題無い私が選ばれたわけだがな。因みに、その心臓に相応するよう、体も強化されている」
「なっ…!?じゃああんたは不老不死なのか?!」
「らしいな」
アリアは笑う。が、どこか切なそうな瞳をして、自分の右手を開いたり閉じたりする。
「それから私は奴らから奪取した宇宙船を使い、逃げ、地球へ帰ってきた。撃たれても刺されても死なないんだ…だから実験は成功…だから私は地球人からは気味悪がられる。実験のせいで目もMADと同じ赤色だからな…MADの手下だと何度疑われた事か…」
「……」
「…あっ。わ、悪かったなソラ。お前に愚痴るつもりはなかったんだぞ?」
笑って誤魔化すが、それが作り笑いである事くらい、空でなくとも誰が見ても分かる。
「どんなに気味悪がられMADだと陰で言われても、ソラ。お前が生きていてくれるから私は頑張れるんだよ。だから私が守、」
「女になんざ守ってもらもらわなくていーし」
「?」
スッ、と立ち上がる空。アリアは首を傾げながら見上げる。空は扉の前に立つと、アリアには背を向けたままボソッと呟いた。

























「若い奴が年寄りをフォローしてやらないとだし…」
「ソラお前、それって…」
「だーっ、もう!!あんたはババァなんだから出しゃばらないで、黙って若い甥っ子に介護されてろって事だよ!!」
「…!ソラ、お前…!」
「お、俺、出掛ける所あるから!そのおしるこの山片付けておけよババァ!」


バタン!!

決して顔は向けず背を向けたまま、逃げるように部屋を出ていった空が恥ずかしそうに言った言葉に、アリアは嬉しそうにふふっ、と微笑む。とても幸せそうに。
「口は悪いが、お前の子育ては正しかったようだぞリオナ」
アリアは立ち上がると、ノートや教科書が散らかった机上と皺だらけのベッドを前に、腰に両手をあてて「ふぅ!」と、溜め息吐く。
「まったく。これだから男の子は整理整頓がなっていない!よしっ。仕方ない。叔母さんが、甥っ子とその友達の世話をしてやろう!」
口ではそう言いつつも、とても幸せそうに鼻歌まで交えながら、散らかった部屋の掃除を始めるアリアだった。













































11時48分、
EMSと共和派の
国境近郊広場―――――

「ええと…ああ。ぜってぇ此処だな」
色とりどりの花が植えられ、中央には大きな時計台とステージがある広場に電車で1人でやって来た空。手には、リベイルから貰った1枚のあのチケット。
初めて来る場所だったが会場が此処だと確信できたのは、"ミルフィ"の名前入りうちわやタオル、果てには段幕まで持参した約1万人の観客で大混雑していたから。

「ミルフィ様のライブ楽しみ〜♪」
「今日はどんな衣装かな?」
「髪型も気になるね!」
空と同い年くらいの若い男女の観客で溢れ返っている。空は人混みと観客達の熱気で既にヘトヘト。席は決まっていないから、一番後ろの隅でひっそりしている事にした。顔を青くさせながらチケットをもう一度見る。
「つーか、これを渡したリベイルの奴は来ないのかよって話…う"っ…」


ドクン…、

鼓動が深いところで鳴ると空は俯く。が、すぐ、ゆらりと顔を上げた。
「リベイル…いや、違う…リベイルはリベイルじゃない…リベイルの本当の名前は…」
「EMSの皆さーん!!」
「キャー!」
「ミルフィ様ぁ〜!」
「きゃー!」
正午ぴったりになった瞬間。時計台下のステージ両サイドから光々と光るスポットライトが点灯。甲高く可愛いハイテンションな声がマイクを通して会場に広がる。その声を聞いた途端、今までも充分熱気ムンムンだった観客達が更にヒートアップし、飛び跳ねてミルフィへ歓声を送る。
ハッ!と我に返った空が両隣のファンの波に押され、嫌そうに顔を歪めている間にも大音量で、これまたハイテンションな明るい音楽が響き渡り…
「きゃー!!」
大歓声の中、ミルフィがステージ中央に1人で姿を現した。ピンク色でふわふわの髪を大きな青いリボンでお団子にしてまとめ、ハートのサングラスをかけ、ピンクのドレスを着た何とも派手で可愛らしい格好。
マイクを両手で持ち、可愛い声で唄い出すのだが声は勿論、動作や何から何まで所謂ぶりっこでハイテンションな彼女に観客は皆目をハートにして大盛り上がり。顔がとびきり可愛いから許されるのだろう。
しかし、一方の空だけ観客との温度差がある。空の苦手なタイプのハイテンション過ぎるミルフィを前に、更に顔を青くさせていた。
――何、こいつ…俺の超苦手なタイプ…つーか、これを見せて何がしたかったんだリベイルは…―
「はぁ…帰ろ…」
一番後ろに居て良かった…と思い、早くも疲れ切った様子でトボトボ、会場を去ろうとした時。
「一番後ろのシルバー色の髪をした君ぃー!」
「!?」
――俺?!――


ザワッ…、

空が帰ろうとした時丁度歌が終わったのだ。そこでミルフィが呼び止めた声に、空がビクッ!と肩を大きく震わせる。
恐る恐る後ろを振り向けば、観客からは冷めた視線を送られていたが、呼び止めた当のミルフィはにっこり笑顔。
「ライブは始まったばかり。アンコールが終わるまで帰らないでね☆」
バチン☆とウインクでハートを飛ばすミルフィに、空は肩をズルッ、と下げて苦笑い。
「ははは…何なんだよ今日は…厄日か…」






































14時30分―――――

「みんなありがとー!ミルはいつかEMSと共和派のみんながMADと一つになれる事を願っているよー!みんなで、争いの無い平和な世界を築いていこうね☆」
「わあああ!」
「きゃー!ミルフィ様ぁ!!」
「…はぁ」
アンコールが終わり、ミルフィが観客へ満面の笑みで大きく手を振るコンサート最後の場面。今日一番、観客と空との間に温度差が生じた場面となっただろう。
「超楽しかったね!」
「うん!やっぱミルフィ様はあたし達のカリスマだし!」
ミルフィがステージを去り、観客は酔い痴れたまま帰っていく中。空は、約2時間もの超大混雑+超ハイテンションなコンサートにぐったり。一番後ろの隅でぐったり座ったまま、観客が一通り帰ってからゆっくり帰ろうと様子を見ているようだ。
「はぁ…つっかれた…。結局リベイルは俺に何を見せたかったんだ?つーか結局リベイルは何者なんだ…」
「雨岬君っ」
「リベイル!?」
噂をすれば…だ。聞き覚えある声がしてハッと振り向けば、いつの間にか隣に立っていた茶髪のおさげ髪に牛乳瓶の底のようなぐるぐる眼鏡をかけ、何故か制服姿のリベイルが。しかし空は昨日の放課後、意味深な発言ばかりをしていたいかにも怪しいリベイルの態度を思い出すと彼女を睨み付ける。
「…リベイル。お前は一体、」
「雨岬君、こっちへ来てっ」
「え、ちょ?!おわっ?!」
右腕をぐいぐい引っ張られ空はリベイルに連れられるがまま、時計台下のステージ裏まで連れられていった。相手はいかにもおとなしくて華奢な少女。なのに空は彼女の腕を振り払う事ができなかった。それは力量関係が彼女の方が上だからとかではなく…
――な、何だ?この変な感じ…――
それまで、怪しい彼女に対しての怒りが空を満たしていたのに今は彼女に対して妙にドキドキしてしまい全身が火照る。そのドキドキは決して、彼女が怪しい人物だからというものではなく、もっと別の意味のドキドキのような…。
一方で、ステージ裏へと消えていった空とリベイルの2人をこっそり追い掛ける1人の人物が居る事に、2人は気付いていなかった。




























一方。
広場に設置された『ミルフィ・ポプキン☆コンサート特設会場』と書かれた門を潜り観客達が帰ろうとした次の瞬間。
「え?何?何なの!?」
「きゃああ!何?!地面に目が…!」
門を潜った次の瞬間。明るい昼間のはずの辺りが真っ暗になり、地面には観客達を見つめる無数の瞳の影がある。観客が辺りを見回し悲鳴や助けを叫んでいると、1人の少女の肩に背後から手が乗った。助けが来た!と喜んだ少女が後ろを振り向く。
「ああ!良かった!誰かに助けを求めようと思っていたとこ…ろ…、」
「そう。それは良かった。あたし達を待っていてくれたのねェ愚かな地球人共!!」
「ひぃ…!!」


ビチャッ!ビチャッ!

悲鳴を上げさせる時間すら与えさせず、そこで、観客の帰りを待っていましたとばかりに並んでいた大量のMAD達が観客を全て食らっていく。地球人の真っ赤な血が辺りに飛び散る。


グシャ、グシャ…

真っ赤な血を口の周りに付けながら観客の腕の皮と肉を味わって食べている緑色の奇妙な姿のMAD。
「ちょっとあんた。地球人は丸呑みするのが美味しいのよ?何、貧乏人クサくちまちま食べてんのよ。どうせまだこーんなにあるんだから!」
1人のMADは、足元に転がる原型を留めていない観客達の遺体に手を向ける。
「良いのよ。この子は特別美味しいから、この子だけゆっくり味わって食べているの」
「ふーん。ま、別にイイけど」
「それにしても」


ゴキッ、ゴキッ…

「ぺっ!」


カラン、カラン…

骨だけを吐き出し、膨らんだ満腹の腹を擦る1人のMADが喋る。
「あの女よくまあ、俺らの言いなりになってるよなぁ」
「ふふっ!本っ当」
「自分の領域の地球人を全員殺されても、自分の命が欲しい子だもの」
「そうよねぇ。地球人からしたらあの女はあたし達以上の敵ね」
「地球人皆、あの女の容姿と歌声に騙されてひょいひょいついてきて、結局はあたし達に食べられるんだもの!」
「これこそ魔性の女だよなぁ」
「あんたもそういう女には気を付けな!」
「へいへい」


ボキッ、ボキッ、

MAD達はまるで宴会さながらに盛り上がり、大量の地球人の死体…彼らから見れば、大量のご馳走を頬張るのだった。



































同時刻、
EMS軍本部最上階12階――

「ああ…ダメ…これじゃあダメ…まだまだ足りないわぁ…」
昼間だというのに全てのカーテンを閉めきった広く長い真っ暗な廊下の奥から聞こえてくる声。
「将…軍…?」
聞き覚えある女性の声に呼ばれる。暗闇に隠れ、何かをしていた人物グレンベレンバはピクッ、と反応する。ゆっくり後ろを向けばそこには、グレンベレンバに渡す書類を抱えたアリアが目を見開き顔を真っ青にして立っていた。
アリアの真っ赤な瞳に映ったモノ。それは、暗闇に隠れているグレンベレンバの後ろに転がる真っ赤な血に塗れた、自分の部下ざっと10数名の死体。
「将、ぐ…」
「あらぁ、アリアちゃんお仕事ご苦労様っ。偉いわねぇ、書類届けに来てくれたのぉ?お利口さんっ☆」


チュッ、

いつものように笑顔でアリアの右頬にキスするグレンベレンバ。キスをされたアリアの右頬にはグレンベレンバの口紅のキスマーク…ではなく、血のキスマークがべっとり付着した。
「でもどうして此処まで持ってきたの?言ったでしょう?この階は私しか入っちゃいけない階だ、って。アリアちゃんには後でキツーイお仕置きを、」


パァン!


パリン!!

一発の銃声がし、グレンベレンバの背後のステンドグラスの窓が割れた。アリアの右腕が銃と化し、グレンベレンバ目がけ発砲したのだ。
「はあ…っ、はあっ…」
顔を真っ青にさせ呼吸を乱しながらもグレンベレンバを睨み付け、銃口を向け続けているアリア。
一方のグレンベレンバからはみるみると笑顔が消え、冷たい瞳へと切り替わる。
「そこに…居るのは…私の部隊の…私の部下…」
「ええ、そうねん」
「将軍が殺したのですか!!」
「声を荒げないで。可愛いのに台無しよ」
「ふざけないで下さい!!何故彼らを殺したのですか!!」
一向に声を抑える気の無い感情剥き出しのアリアにグレンベレンバは髪をなびかせ、「ふぅ」と溜息。グレンベレンバは窓の方へ歩き出す。アリアは歩くグレンベレンバに銃口を向けたまま。
「実験に失敗したからよ」
「実…験?」
「アリアちゃん。あたしはね。生まれつき心臓が弱いの。だから寿命も皆の半分以下だ、って言われてきた。皆からは劣等種だ、って散々言われてきたわ。死にたくなかった。長く永く生きたいと思った。だから、実験して手に入れようと考えたの。不老不死の心臓を。アリアちゃんそれは貴女が一番分かるでしょう?」


ドクン…!

その言葉でアリアの脳裏を走馬灯の如く駆け巡っていくのは、2509年…MADの惑星プラネットへ連れさらわれた時の記憶。

『やめろ!放せ!!』

暴れ喚いても、この惑星には自分の味方など1人もいない。手を足を体全てを固定されたベッドの上。自分を囲むのは、緑色をした奇妙な人型の生き物達。彼らが太い注射針やメスを一斉にアリアの体へ突き刺す。























「う"あ"あ"あ"あ"!!」


ガクン、

忌まわしい記憶を思い出してしまったアリアは頭を抱え殺されそうな悲鳴を上げ、その場に膝から崩れ落ちた。
「んふっ♪」
ニヤリ。白い歯を覗かせて笑むグレンベレンバはコツコツ、ヒールを鳴らしてアリアへ歩み寄る。
「う"っ、あ"あ"…あ"あ"…」
半狂乱で目が見開き、口端から唾液をポタポタ垂らすアリアの両頬に手を添えて顔を向かせるグレンベレンバ。開ききったアリアの真っ赤な瞳からは涙がひっきりなしに流れ、異常なまでに震えていた。
「そんなに怯えないで。可愛いお顔が台無しよ」
「う"…あ"…あ"あ"…」
「んふっ。アリアちゃんの部隊の皆には"強化薬"って言っておいて不老不死の薬を打っていたけど…失敗しちゃった☆失敗作は用済みでしょう?だから、お腹の減ったあたしは食べちゃったのっ!んふっ♪あの頃はあたしも緑色のブッサイクな姿だったからアリアちゃんは覚えていないでしょうけれど、あの実験の立案者兼指導者はあたしだったのよ」
「う"…将…ぐ、んは…」
「アリアちゃんは…うーん。打たれても死なないようには出来たんだけどまだまだ不完全な不老不死って感じかしら。でもアリアちゃんの心臓なら心臓の弱いあたしも寿命が少しは延びるかしら。でも、まだまだね。足りないわ。あいつらに勝つまでに何としてでもあたしは生きないと。だからこれからも実験に実験を重ねて不老不死の心臓が完成したら、被験体の子の心臓をあたしが貰うの。ね?そうすれば、あたしの寿命が延びるでしょう?」
「…っ、…が」
「え?なぁに?」
「お前があの時のMADだったのか!!」


パァン!パァン!!

半狂乱なままではあるが突然立ち上がったアリアは発砲。とにかく発砲。しかしグレンベレンバは目にも止まらぬ速さで銃弾を回避していくから、一発も当たらない。まるで、人間ではない。
「次の被験体は誰にしようかしら」
「許さない!!お前は人の皮を被り、私達地球人を騙すMADだったんだな!!」
「うーん。あっ。そうだぁ。次の被験体は空ちゃんにしようっと♪」
「!!」
いつの間に。背後からグレンベレンバの声がしてアリアの背筋が凍り付いた。グレンベレンバの長く赤い爪が、背後からアリアの喉に突き刺さっている。
「ソラに…」
「んー?」
「ソラには手を出すな!!」
勢い良く振り向き銃口を向けたアリアは目を見開き、引き金を引いた。


パァン!!





























ピチャッ、ピチャッ…

2人の足元の美しい絨毯に真っ赤な血がゆっくり滴り、だんだんとボタボタ大量に滴り出す。
「あ"っ…かはっ…」
「本っ当に空ちゃんの事が可愛いのねぇ」
グレンベレンバの右腕がアリアの左胸を貫通している。左胸と口から真っ赤な血を流すアリアは目を見開き口はだらしなく開いたまま、もう言葉が出てこない。
一方のグレンベレンバはにっこり微笑む。
「でも残念ねぇアリアちゃん。貴女は軍事も実力のあるデキル人だから生かしておいてあげていたけれど。出しゃばり過ぎちゃったみたいっ!大丈夫よん。空ちゃんにはこう、伝えておいてアゲル。"アリアちゃんはMADとの激闘の末、勇敢に散ったの…"ってね。心配しないで。空ちゃんを被験体にはしないわ。だってあの子はシルヴェルトリフェミアが手を出せない理由の一つだもの。だから、ね?空ちゃんはあたしに任せてゆっくりおやすみなさい。アリアちゃん…」
「っ、ぁ"…ソ、ラ…は…私が…守…、」


ズッ…、


ドサッ、

腕を思い切り引き抜いた直後。アリアは目を開いたままその場に崩れ落ちる。もう息をしていない彼女の瞼にそっ…と左手を添えて離し、瞼を閉じさせたグレンベレンバ。グレンベレンバの右手にはドクン、ドクンと脈打つアリアの心臓が。


ズッ…、

それをそのまま自分の左胸へ押し込むと、グレンベレンバは血に濡れた唇で、にぃっ、と笑む。
「んふっ…これでまたあたしの寿命が永らえる。そうして、あいつらに対抗できる…。さてと」
立ち上がり、後ろに転がっているアリアの部下達…即ち実験の失敗作を前に、ペロリと舌を出すグレンベレンバ。
「お腹も減った事だし、ちょっと遅いけど昼食にしようかしら」
血塗れの部下の腕に噛み付き、皮を噛み切ろうと歯をたてる。


ガシャァン!!

「…!?」
背後のステンドグラスが割れる大きな音がし、グレンベレンバは、今まさに食べようとしていた腕から口を放し眉間に皺を寄せてゆっくり後ろを振り向く。そこには、メイド服姿の緑色の人型の生き物ドロテアが1人で立っていた。


























「あんたは…」
「裏切り者の抹殺を早急にしてほしい、とのシルヴェルトリフェミア様からのご命令の下、来た」
「はん。まだあんなガキの言いなりになっているのねん」
「シルヴェルトリフェミア様への侮辱は許さない」
「あら、そう。じゃあ勝負しましょうよ。あんた1人じゃ無理だと思うわぁ。でも、敵地へ1人で乗り込んできたその度胸だけは認めてあげるわ。でもね、此処はあたしが統率する地球人の軍隊EMS軍本拠地だって事、忘れていたようね」
「私1人で乗り込むと思うのか」
「何…?!」


ドドドド!!

「!?」
軍本部が大きく揺れ、上空からはまるで爆弾が投下されたかのような爆発音と地鳴りがし、グレンベレンバは足元をよろめかせながらも、辺りを見渡す。
「何…!?」
「こちらも多くの兵を連れてきた。甘く見るなよ、グレンベレンバ…!」
ドロテアの長く真っ赤な爪を生やした右腕がグレンベレンバへ降り掛かろうとする。グレンベレンバは、「はっ、」と笑った。
「未だに人間の姿にもなれない劣等生のあんたに言われたくないわよ、ドロテア!!」


































ドン!!

「な、何だ?!」
大きな音がして中庭で訓練中の新米軍人達が振り向けば、最上階から黒煙が上がり何と、本部が崩れていくではないか。
「うわあああ!」
「な、何事だ!?」
皆一斉に出口へと我先に逃げていく。出口の大きな扉を開けた1人の新米軍人。すると扉の向こうには…
「やあ。愚かな地球人の諸君!」
「MA…」


ドッ、

「きゃあああ!!」
待ってましたとばかりに扉の向こうで待ち構えていた大量のMAD。扉を開けた新米軍人の腹をMADの右腕が貫通すれば悲鳴を上げ反対方向へと逃げていく新米軍人達だが、人間では考えられない速さで彼らを追いかけ頭を鷲掴みにして次々と食べていくMAD達。
血が飛び散り悲鳴が響き渡り、背後では軍本部が崩れていく…そんな地獄絵図を、体をガタガタ震わせ、ただただ立ち尽くして見ているのは鵺。
「な、何らて、これはっ…」

『OK。放課後遊びに行くのも学校生活の一環だしな。お前、今日だけの入学なんだろ。仕方ねーなぁ。遊びに行ってやるよ』

そこで空との約束を思い出せば鵺はぎゅっ、と自分の両手を握り締める。
「まだ…まだ、遊びにも行ってねぇってのに…!まだ…友達もできたばっかりだってのに…!」
「あらぁ、地球人の可愛い男の子見ぃっけ!若い子の肉って絶品なのよねぇ」
「っ!?」
背後からした声に鵺が振り向くと、自分の倍以上ある長身のMADが今まさに鵺へ腕を振り下ろそうとしていた。恐怖で体が動かない鵺は、ぎゅっ、と目を瞑る。
――これからいっぺ事やりたい事があったってがんに…雨岬…!――





















キィン!

「ギャアアア!!」
「…っ?」
「何ボサッと殺られんの待ってんだクソガキ!」
目を開けば、今自分を食い殺そうとしてきたMADが緑色の血を上げて倒れた。その後ろには、黒い剣を構えたアリス。その隣にはファン。アリスは剣の刃先を鵺へ向ける。
「てめぇが刀抜かずにボサッと突っ立ってんのはMADの仲間だからか?あ?」
「ち、違ごうてば!俺はMADなんかじゃねぇ!人間ら!」
「なら俺様に刃を向けた時みてぇにこいつらを殺れ!それができねぇっつーんなら、俺は今度こそてめぇをぶった斬んぞ!」
「っ…!」
鵺は唇を噛み締めると、腰に構えた刀を引き抜く。辺りに広がる血のように真っ赤な光。
「クソガキ。てめぇは正門をやれ」
鵺は頷くと、正門へ向かいながらもMADを次々と刀で薙ぎ倒しながら駆けていった。その背を腕を組み、眉間皺を寄せながらも見送るアリス。
「アリス」
「何だよ」
「恐怖故に戦意喪失していた鳳条院の戦意を奮い立たせてやったのか」
「はあ?ちげーよ!軍人のクセに敵を前にビビッてる弱ぇ奴が、俺は大嫌いなんだよ!新米ばっかで戦力になる奴がロクにいねぇから扱き使ってやっただけだ!悪ぃか!」
「ふっ…。いや、良いと思う」
「何笑ってんだ堅物ヤロー!くっそ!将軍にかけても通信繋がんねぇし、あのMAD目したアリアにも繋がんねぇし、アイアン大佐も留守だし!だーっ!ムカついてきた!オラ!とっとと片付けんぞ、堅物ヤロー!」
「ああ、そうだな」
2人背を向け合い二手に分かれると向かってくる無数のMADへ刃を向け、八重歯を覗かせ笑うアリス。
「敵の本拠地乗り込んでくるその度胸は認めてやるぜ。けどな。劣等種のてめぇらじゃあ、俺達地球人様に追い付くなんざ、100億年早ぇんだよ!!」
剣を振り上げると、アリスの周りを闇にも似た黒い光が包み込む。
「跡形も無くぶっ殺してやんよ!!」


ドサッ!ドサドサッ!

MAD達は一瞬の内にその剣で真っ二つにされる。ドサドサと倒れていく真っ二つになったMAD達をアリスはつまらなそうに溜息。
「はっ!クソつまんねぇ。てめぇらは楽しめる奴らなんだろうなァ?!」
キリがない程背後から迫ってくるMAD達を、笑いながら斬り刻んでいくアリスだった。




























一方。
「ギャアア!」
「あ、熱い!熱い!」
「何だいこいつは?!地球人が火を噴くなんて!!」
炎に包まれ、熱い熱いと喚きだんだんと焦げ、最後は炎に飲み込まれ黒い燃え粕となっていくMAD達を攻撃しているのは、ファン。
ファンは両手の人差し指と中指をMADに翳すと、その2本の指から真っ赤な火を噴いて攻撃。MAD達を次々と火だるまにしていく。
そんな合間、ファンはふと空を見上げた。下界はこんなにも争いという名の殺し合いが起きているというのに、空は他人事のように澄み渡っていた。
「これではない別の…嫌な予感がする…」












to be continued...









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あきゅろす。
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