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終焉のアリア【完結】
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3階、
2―C教室前―――

「何?今の音」
「上から聞こえたよね」
「しかも揺れたよねー」
「怖ーい!まさかMADが来たとか?」
「嘘〜!?」
階段の上を見上げている集まった教師や生徒で混雑している2―C教室前廊下。
「雨岬君…」
リベイルも教室の窓から顔を出し、不安そうに階段の上を見上げていた。すると…


ドン!ドン!!

「きゃああ!」
「何?!」
赤い光が此処3階まで広がると、階段の上から逃げるように走ってきた空と鵺。鵺が手にしている刀と彼の真っ赤に染まった瞳を見た生徒達は口を両手で覆い、次々指差す。
「あの子!刀持ってる!」
「しかもよく見たら目の色がMADと同じじゃん!!」
生徒達の声は空に筒抜けだが、我を忘れている鵺には聞こえていないようだ。
「見ぃつけた!!」


ドン!ドン!!

「きゃあああ!」
上から階段を飛び降りてきたアリスの剣と鵺の刀が再びぶつかり合えば、爆風に悲鳴を上げる生徒や吹き飛ばされる生徒。


パリン!パリン!

3階校舎の窓が全て割れたから飛び散ったガラス片で怪我をする生徒も。それに気付いた空とファンがハッとして2人へ駆け寄ろうとするが、2人の刀から放たれる光の圧力で、とても近寄れないのだ。


























「くっ…!鵺、あの馬鹿野郎!!」
「あの転入生、MADだったの?」
「酷い!あたしの友達に怪我させて!」
「おい!しっかりしろ!今、先生呼んでくるから!クソッ!あの転入生MADだったのかよ!!」
「気持ち悪い!人の姿をしたMADだったなんて気持ち悪い!」
「私さっき、MADのあの子と喋っちゃった!キモい!思い出すだけで寒気がする!!」
聞こえてくる人々の声。
――このままじゃお前はMADだと思われて、また独りになるだろ!――
空は歯を食い縛り、光の力で近寄れないのに無理矢理にでも立ち向かっていく。
「いい加減目ぇ覚ませ!このっ、ド田舎者!!」


カラン…!

「なっ…?!あの子供…!」
足元に落ちた魍魎。辺りに広がっていた光も消えた。何故ならば、策も何も無しに2人の光へ突っ込んでいった空が、鵺の刀魍魎を力付くで奪い取って止めに入ったから。
「…ハッ!」
ようやく我に返った鵺が目を見開くと、目の前には、眉間に皺を寄せた恐い顔付きの空が立っている。初めて見る顔付き。そこで鵺は自分の右手に魍魎が無い事に気付き、足元に転がる魍魎を拾うと、空の事を見て声を上げる。
「なっ…、おめさんけ?おめさんが止めに入ったんだか?!」
「そうだよ」
「なして余計な事したんだて!!俺はこいつに、俺がMADじゃねぇって事を証明、」


パァン!


ザワッ…

集まった教師や生徒達が両手で口を覆い、息を呑んだ。あの、クールで何に関してもいつも無気力な空が鬼の形相で鵺の右頬を思い切り打ったのだ。これには周囲の野次馬以上に驚いた鵺は、打たれた方向に顔を向けたまま、目が点。アリスと戦った時受けた傷の方が痛いはずなのに今、空から打たれた痛みの方が勝っている気がした。
「確かにお前はMADなんかじゃない。お前を疑ったこいつらが悪い。鵺。お前はちゃんとした人間だ。けどな、見ろ!」
空が指差した先へゆっくり顔を向けると、周囲には割れた窓ガラス。その破片が体に刺さり、血を流して「痛い、痛い」と泣く生徒。そんな友人を心配し、心を傷め、涙する生徒。


























それらの光景がようやく視界に入った鵺は、口をパクパク、何か言いたそうに…だけど何も言わず酷く戸惑っている。
「頭に血ぃのぼるのも分かる。けど俺が"我慢するなやり返せ"って言ったのはこういう事じゃねーんだよ。関係無い周りの奴らを巻き込む事になるってどうして分かんなかったんだよ!言ってみろ!!」
「っ…て…、だっ…て…っ…、」
酷く暴力的な言い方と声色の空に、根の優しいファンは思わず、空の右肩に手を乗せる。
「少年…。兵士は戦となると我を忘れる刻がしばしある。鳳条院の気持ちも理解してや、」
「あんたらも同じだろ!!」
「…!」
振り向きざまに手を乱暴に払われ睨まれ、怒鳴られたファンは目を見開く。
「あんたらから仕掛けてきたんじゃねーか!俺と鵺がMAD?!冗談じゃねぇ!俺もこいつも正真正銘人間だ!つーかさ、マジでムカつくんだよあんたら!EMSのお偉い軍人さんなんだろ?MADを排除して地球人の平和を守るEMS軍人が、何で民間人を攻撃してるんだよ!疑ったとしてももうちょっと筋通ったやり方ってもんがあるんじゃねーのかよ!いきなり殺しにかかるだ?」


ドン!!

空は校舎の壁を右拳で思い切り殴る。壁からコンクリートの欠片がパラパラ、床へ落ちる。
「あんたらがそんなんだから、地球人はいつまで経っても一つになれねーんだ!だからその弱点をMADに狙われるんだよ!そのくらいてめぇらの頭で気付けドアホ軍人!!」
「っ…、てんめぇ…!言わせておけば…!」
「待て。アリス」
傷が痛む重い体を、剣を床に刺してそれを杖代わりによろめきながら立ち上がったアリスの前に右手を出して止めに入るファン。アリスは眉間に皺を寄せながら頭上にハテナマークを浮かべ、ファンを見上げる。
一方のファンは空と鵺の元へ歩み寄り、2人の間に1人分のスペースを空けた距離のところで立ち止まると右膝を床に着け屈み、空と鵺に対して深々頭を下げたのだ。彼のその行動にアリスは目を見開く。
「ケッ!」
つまらなそうに外方向くアリスだった。























「今回の件、すまなかった。確かに少年。お前の言う通り、疑ったからと言って攻撃をして良いはずがない。我々は言葉が喋れるのだからまずは、話し合うべきだった。そして…我々地球人がEMS、共和派、MADの3大勢力に分かれ1つになれない意味も少年の今の言葉で理解した。…学ばせてもらった。恩にきる。そして本当にすまなかった」


しん…

当然静まり返る。
空はまだ恐い表情のままだが、鵺はあのEMS軍ファン少尉が自分達に頭を下げ謝罪した事に驚き、目を何度もぱちくりさせている。
「な、何…?」
「EMSの人が頭下げてる…」
「雨岬君達って何者…?」
「つーか、結局MADじゃなかったわけ?」
徐々に、ヒソヒソ話しだす生徒達。
「じゃあ軍人達が一方的に雨岬君達を攻撃したって事…?」
「うっそ!?超酷い!じゃあ軍人達が悪いじゃん!」
「しっ!聞こえるよ!」
「ヤバッ!」
派手な女子生徒達の会話が筒抜けだったアリスは彼女らをギロッと睨み付ければ、彼女らは苦笑いを浮かべて後退りするのだった。

















一方、まだ頭を下げて陳謝しているファン。その時、空達の後ろから駆けてくる足音が聞こえてきた為、2人が後ろを振り向くと…
「やーんっ!派手にやってくれたわねぇ〜っ、空ちゃん、鵺ちん♪」


ガバッ!

「〜〜〜っ!?」
勢い良く鵺に抱きついてきたのは、あのボンテージ風軍服のグレンベレンバ。後ろを振り向いた瞬間抱き付かれた鵺の顔に彼女の豊満な胸があたっている為、鵺の顔は真っ赤で、目はぐるぐる回って…


バタン!
「ぬ、鵺?!」
「あら?やっだ〜鵺ちんったらん!ハグされただけでアガっちゃうの〜?んもーっこれだからチェリーボーイはっ!」
頭からボンッ!と煙を噴いて、恥ずかしさで顔を真っ赤にしてその場に倒れた鵺に駆け寄る空。一方グレンベレンバはカツン、コツン、とヒールを鳴らして生徒達の間を笑顔で歩いていく。
「あれが理事長…?」
「生で初めて見た…」
「全校集会はいつもDVD映像だったもんね」
生徒達の前に初めて姿を現した理事長グレンベレンバに、生徒達は目が釘付け。
「将軍!」
「あらっ。ファンちゃん!アリスちんも!」
ファンはようやく立ち上がると、グレンベレンバに敬礼をして言う。
「軍の統率兼、学園の理事。毎日お勤めお疲れ様です」
「ふふっ♪ありがと〜っ!」
「ケッ!」
アリスはファンの隣で腕を組み、1人面白くなさそうにしている。
「アリスちんは素直じゃないわねん。まあ、いいわぁ。じゃ、あ〜。2人にあたしからご褒美あ・げ・る☆」
グロス艶々の厚い唇でにっこり笑んだグレンベレンバが、豊満な胸の谷間から何やら取り出そうとしているご褒美とは…


ドン!ゴン!!ガン!

「〜〜痛っ!?」
教師と生徒そして、空と鵺も青ざめたご褒美とは…
「野球バット?!」
谷間には絶対入らないであろう野球バットを何故か繰り出したグレンベレンバは目をキラリ光らせた次の瞬間、その野球バットでアリスとファンの頭を思い切り殴ったのだ。

























2人は頭にトリプルアイスの瘤を作り顔を伏せてそこで倒れているにも関わらず、彼女はバットを頭の上に翳してにっこりご満悦。
「んふっ♪ホームラ〜ンって感じね☆」
「ホームランじゃねぇぇ!!何で俺らが殴られなきゃいけねぇんだよ!このっ、年齢詐称ババ、」


ゴン!ガン!

「アリスちん、八重歯が見えるキュートなそのお口、次は縫っちゃうわよ?」
「ず、ずびばせんっ…」
反抗したアリスだが、秒殺される。頭の上のトリプルアイスに更にトリプルアイスを追加され、ファンの隣で顔を伏せて倒れてしまった。そんな彼の隣で、ようやく起き上がったファンはアリスの事を顔を引きつらせて見ていた。
いつもにっこり笑顔の彼女の本性を知ってしまった空と鵺や周りの人間が顔を真っ青にしているのも、彼女はお構い無し。後ろで手を組み、空と鵺2人の前に立つ。
「んふっ。ごめんなさいねぇ〜うちの子供達が喧嘩売っちゃって。あらっ!空ちゃんも鵺ちんも怪我してるじゃないっ。大丈夫?」
「いや、平気です…」
「そんな事言わないで!治療してあげるから。ねっ」
「じ、じゃあ…」
「グレンベレンバ将軍のキッス☆で治療してあげるからね☆」
「断固拒否します」
「あ〜ん、空ちゃんつれなーい!」
残念がる彼女から離れる空の顔は引きつっていた。
「アリスちん、ファンちゃん」
ビクッ。
呼ばれた2人は体をあからさまに震わせ、恐る恐る後ろを振り向く。そこには、にっこり笑顔なのに手には常備している鞭を持ち、背後には怒りの炎をメラメラ灯しているグレンベレンバ。
「本部に帰ったら、ドMに目覚めさせてあげる☆」
「冗談じゃねぇぞ!きめぇんだよ、クソババァ!誰がっ、おごっ?!」
背後からアリスの口を塞いだのは、ファン。
「アリス…それ以上喋るな。死期が迫るだけだ…」
「アラ!さっすがファンちゃんは物分かりの早い子ね〜☆ではでは〜、un,deux,trois,はいっ♪」


ボンッ!

グレンベレンバが、怪我を負った生徒達に向けて人差し指をくるくる回しながら数を数えた直後。
「え?何?嘘!怪我が治ってる!」
「本当だ!俺、血が止まってるし!」
「うっそ!?すっごい!何で何で?!」
何と、魔法でもかけたかのように生徒達の怪我が綺麗に治っているではないか。生徒達は不思議に思いつつも、自分や大切な友人の怪我が治った事に大喜び。
一方の空は思い出す。彼女が鵺を生き返らせたあの日の事を。それはとても素晴らしい事なのに、空は何故か酷く悪寒がして体の奥底から込み上げる震えが止まらず、自分で自分を抱き締める。
ガタガタ小刻みに震える空の異変に気付いた、背後に立っていた鵺が声を掛ける。
「雨岬?どうかしたけ?」
「いや、何でもない」
パッ、と軽く手を払われた。笑顔で。しかしその笑顔が作り物だという事に鵺は気付いていたが。


パン!パン!

グレンベレンバが手を叩く。
「さあさあ!皆の怪我も治ったところで、壊れた窓の破片のお掃除するわよ〜ん♪」
「あ、あのっ」
「ん〜?」
皆がこの場を離れていこうと騒がしくなったそこで鵺の声がして、野次馬達が一斉に振り向く。グレンベレンバは笑顔で。空とファンは不思議そうに。アリスは眉間に皺を寄せて。
「今、将軍が治してくれたろも…。こ、こんげ事してみんなにも怪我させて本当…ごめんなさい」
鵺は震える両手拳を握り締めながら深々頭を下げて謝罪。生徒達は顔を見合わせ、戸惑っていた。すると…


ぐっ、

「?」
「こいつらに謝らせといて俺らが謝らないってのは人として最低だからな。皆に迷惑かけて本当、ごめん」
鵺の頭を上から軽く押さえて下げさせながら、空も深々頭を下げて謝罪。
すると…
「…?」
何と、ファンが2人に右手を差し出したのだ。顔は生まれもってとても恐いが、彼から漂う雰囲気はとても暖かい。
「こちらこそすまなかった。少年のあの言葉を忘れず今後、地球人をMADから守りそして、地球人同士も一つになれるよう努力する次第だ」
「…はっ、そりゃどーも」


ぐっ、

空とファンがしっかり力強く握手を交わす。その後ファンが一礼し、鵺に握手を求めて右手を差し出すから、鵺がオロオロして空の顔を見上げれば空が頷きながら微笑むから、鵺もようやくファンと握手を交わすのだった。


パチパチ、パチパチ、

気付けば教師や生徒達からは割れんばかりの拍手と暖かい視線に包まれていたから、空は照れくさそうに頭を掻きながら外方向く。
「何だよ、この在り来たりなラスト。漫画の世界かよっつーの」
そんな空の素直じゃない態度にファンと鵺は顔を見合わせ、楽しげに笑い合っていた。
















一方。そんな暖かい輪から外れた階段下踊り場の壁に、面白くなさそうに腕組みをして寄り掛かっているアリス。その隣にはグレンベレンバ。
「いーの?」
「あ"ぁ?」
「だ・か・らぁ〜。アリスちんもあの感動的青春場面に参加しなくて!」
「はっ!気色悪ぃ。誰がMADと同じ目の色したガキ共と馴れ合うかよ。ファンの野郎、バッカじゃねぇの」
「あらっ。まーだ反省していないのねん?」
「ちげーよ。つーか、マジであのガキ2人何者なんだよ」
「んふっ♪知りたい?」
「そういう言い方されると知りたくねぇ」
「あららっ、我儘なのねっ。空ちゃんも鵺ちんも人間よ」
「じゃあ何で目の色が、」
「けれど空ちゃんはシルヴェルトリフェミアの知り合いで、鵺ちんはMADと地球人の子供よ」
「…!!」
アリスの顔色が一瞬にして変わり、バッ!とグレンベレンバを見るが、彼女は向こうで仲睦まじく和解した空達を見ているだけ。
「おい…ざけんなよババァ。そうだと知っていながら何でそんな奴らの事EMSに受け入れて…」
「さあ?どうしてかしらね〜♪」
「おい!待てよババァ!」
飄々と階段を降りていく彼女を走って追い掛ける。踊り場で彼女に追い付いたアリスは彼女の肩をぐっ、と掴み、無理矢理振り向かせる。とても恐い顔だ。
「正気で言ってんのかよてめぇ…」
「や〜ん。アリスちん恐ーいっ。あたし、襲われるのかしら〜」
「…マジでざけんなよ…。俺や…EMS軍に志願した奴らがどんだけMADを憎んでんのか知らねぇなんて今更言わせねぇぞ!!」
何とアリスは、自分の左胸からまたあの黒い剣を引き抜いたではないか。刃に映るグレンベレンバの笑顔がだんだんと真剣な…いや、真剣とは少し異なる酷く冷めた表情へと変わる。
アリスの手を静かに払うグレンベレンバ。彼女の冷めた瞳にはアリスが。彼の怒りに満ちた瞳にはグレンベレンバが映る。
「大丈夫よ。安心しなさい。あの子達そしてアリアちゃんは対MADに対抗する為に飼っているの。だからもうこれ以上、あの子達の存在と素性を表沙汰にしないでちょうだい。あたしの計画が崩れるわ」
「…!!」


ザワッ…!

その瞳。その口調。その表情…。全て、いつも飄々としている彼女とは掛け離れている初めて見る彼女の恐ろしさに、あのアリスでさえも身震いがし、何も言えなかった。




















カツン、コツン……
静かな校舎をヒールを鳴らして去っていくグレンベレンバの背を見送る。アリスはまだ震えている己の体に鞭打つ為、


ゴン!

壁を思い切り殴り、笑った。
「はっ…ンだよ。分かってりゃ良いんだよ、分かってりゃ…。だよな、フラン…」










































16時35分、
放課後―――――

「すごかったねー今日」
「なーんかドラマの世界に行ったみたいな一日だったねー」
「雨岬君とか、あのEMS軍の人達のバトルとか〜理事長の登場とか!」
「すっごかったよね〜」
「でも理事長、どうやって怪我治したんだろう?」
「うーん?」
「それよりさー、ついに明日だよ明日!ミルフィの生ライブ〜!」
「マジうちらのカリスマだよね!」
「チケット忘れないようにしよーねっ!」
オレンジ色の夕焼けが差し込む、生徒が帰っていった2―C教室。一番後ろの席とその前の席に座った空と鵺が、誰もいなくなった教室でトランプをしている。


バン!

空が持っていたトランプを机の上に置く。
「あがりー!また俺の勝ちな」
「なしておめさんばっかなんらて!!おめさんズルしてっろ?!」
「はぁ?してねーし。つーか2人のババ抜きでどうズルしろっつーんだよ」
「うぐぐぐ〜、くそーっ!雨岬もう1回!もう1回勝負しろてば!」
「はは。いーよ。ま、どうせ俺が勝つけど」
「やる前からそんげ事言うなて!おめさんは本っ当、性悪らな!」
顔を真っ赤にしてムキになる鵺を、トランプを慣れた手付きできりながら笑い飛ばす空。
「次こそぜってぇ負けねんだかんな!」
配り終え、だぶっているカードを机の上へ放り投げながらまだブツブツ呟いている鵺の右頬に貼ってある大きな傷テープに空は下を向く。
「…鵺」
「あ?!何らて!!まさかもうやめようとか言うんじゃねぇろおな?!そんげ事言わせねんだっけな!俺が勝つまでやるんらて!!」
「痛かっただろ。打ってごめんな」
「え」
たまに突然しんみりする空にはいつもギョッとして目を見開いてしまう。空を見ても下を向いてばかりだから、鵺はオロオロ。
「な…何らて雨岬…。おめさんはたまに突然しんみりするよな…し、しんみりする時は、しんみりしますよーっ!って予告しろてば!じゃないと、お、俺、どうしていいか分かんねぇねっか!」
「……」
「〜〜っ…。べ、別に、痛いとかの問題じゃなぐてあれは俺が悪かったすけ打たれて当然の事だすけ、おめさんが謝る事じゃねぇんだすけ…そ、そんげに下ばっか向いてんなて!…って、これは別におめさんの事を心配して言ってんじゃねぇんだっけな!!おめさんがいつまでもウジウジしてんのが腹立つすけ言ったんだっけな!おめさんの為じゃなくて、俺の為なんだっけな!!」
「……」
「〜〜っ、」
一向に下を向いてばかりで口を開かないから、この重い空気に耐えられない鵺。
「なぁ、今からどこ行く?」
「ゲーセン行こうぜ」
「その後カラオケ行かね?どっかで飯食ってからさ」
「あー良いね。俺、バイトの給料出たばっかだし」
「賛成ー」
2―C教室前を談笑しながら去っていった男子生徒5人の会話を聞いていた鵺は何を思ったのか、何かを少し考えてから机をドンドン叩く。ようやく空が顔を上げた。首を傾げながら。
「雨岬!」
「どうした」
「今日これから、げーせん?行がねーけ?」
「は?何急にどうしたんだよお前」
「そんでもって、からおけ?と、めし?も行がねーけ?」
「…何?要するに遊びに行きたいわけ?」
「…あっ!べべべ別に!?おめさんが暇そうだったすけ、遊んでやろうと思っただけだっけな!勘違いすんな!すっとこどっこい!」
腕を組んで外方向く鵺を見て笑む空。だけど、どこかいつもと違ってもの寂しさが漂う。


ガタッ、

トランプを片付け鞄を手に持ち席から立ち上がる空をチラ、と目だけを向けて見る鵺。
「OK。放課後遊びに行くのも学校生活の一環だしな。お前、今日だけの入学なんだろ。仕方ねーなぁ。遊びに行ってやるよ」
「…!」
その言葉に、嬉しそうに立ち上がりザックを担いで空に続き教室を出ていく鵺。
「ほ、本当け?」
「ああ、いいよ。最近遊んでなかったしな。ストレス発散っつー事で」
「よ、良かった〜…」
「あっれ?お前、俺が暇そうだから遊んでやるんじゃなかったの?なのに何喜んでんの?」
「〜〜っ!べべべ別に喜んでなんてちっともいねぇがて!!」
「はいは〜い。優しい雨岬君がそういう事にしておいてあげますよー」
「こんのっ、うっすらバーカ!眼鏡!白髪!」
「は?白髪じゃねーし。シルバー色っつーの」
「白髪だねっか!」
「だから、ちげーし」
「ちごくねーて!」
「はいはい。なあ、鵺」
「何らて!」
空は鵺の前に立つ。窓から射し込む夕陽に照らされた真剣な顔で。また鵺は目をギョッとさせてしまう。前触れ無しに突然真剣になる空の行動は、苦手だ。























「ど、どうしたんらてまた…」
「昼間、グレンベレンバさんが怪我した生徒の怪我。綺麗さっぱり治しただろ。お前アレ、どう思う」
「…。うーん…分がんね。俺も軍に入ったばっかだすけ正直、アリス中尉が胸から剣を出した事も不思議でよく分がんねんだろも…」
「…じゃあ、人の怪我を治したり…一度死んだ人間を蘇らせる事。お前、信じるか」
「怪我はさっき、将軍のアレを目の前で見たすけ信じるしかねぇろ。でも死んだ人を生き返らせる事はさすがに、現実世界じゃ無理らてば」
「……」
「…?雨岬…なした?黙り込んで…」
「鵺」
「は、はいっ!」
真剣に目を見て呼ばれたので思わず敬語になってしまった鵺。
「お前に言わなきゃならない事がある」
「なっ…な、な…何らてそんな畏まって…。あ…ま、まさか俺が昼間周りの奴ら無視して刀振るったすけやっぱりまだ怒ってて…俺と、と…友達やめるって言うんけ…?」
「そんなんじゃねーし。お前と友達やめるなんて思った事ないし。つーかこれからも友達でいたいから言わなきゃならない事がある。ずっと黙ってたけどな…」
「ず…ずっと?な、何らて?内緒にしてたんけ?何を?」
「……」
「あ、雨岬!変な緊張させんなてば!こ、こういうしんみりした空気俺、苦手なんだすけ!」
「…鵺。お前はあの日…シルヴェルトリフェミア達から逃げたあの日…」
「あ、あの日がなした…?」
「……」
「あ、雨岬っ…!」
「雨岬くんっ!」
「ん?」
廊下に居た2人の背後から聞き覚えある可愛い声がして2人が振り向く。そこには、オレンジ色の夕陽に染まったリベイルが立っていた。

























「あー…どうしたんだよ。お前まだ帰ってなかったの」
「雨岬君、鳳条院君、昼休みお怪我ありませんでしたか?」
「あ〜、俺はな。鵺もまあ、あったっちゃあったけど大した事なかったよな?」
「え?あ、うん。こんげがん平気らて!」
「良かったぁ…」
ホッと胸を撫で下ろすリベイルのその優しい雰囲気は、2人を和やかな気持ちにさせる。
牛乳瓶の底のように厚くぐるぐる眼鏡をかけているから、レンズの向こうのリベイルの目はよく見えなくともとても優しい笑顔を浮かべているのは雰囲気で分かる。
「雨岬君っ」
「ん?」
「今ちょっと時間ありますか?」
「え?あー…ちょっとなら良いよな、鵺?」
「長くならねんなら別に良いろも…」
「良かったぁ。鳳条院君。雨岬君をちょっとお借りしますねっ」
「鵺、そこで待ってろよ」
リベイルは両手を口の前で合わせて嬉しそうにすると、空の右手をぐいぐい引っ張り、階段を登っていった2人。


ぽつん…

1人廊下に残された鵺。射し込むオレンジ色の夕陽が、更にもの寂しさを演出させる。
「……」
何かを少し考えてから、2人が登っていった階段をパタパタ登っていく鵺だった。









































5階、
特別教室階―――

名の通り、特別教室ばかりのこの階一番奥の化学者室前の窓際で向かい合う。身長差が軽く約30cmはある空とリベイル。オレンジ色の夕陽が射し込んでいる。「夕陽超綺麗じゃん。最近夕陽もまともに見れないくらい色々な事あったからなー」
「雨岬君」
「あ。悪い。で?何の用だっけ」
「雨岬君はEMS軍の人なのですか?」
「え?あー、昼間のアレ、見てた?見てたわな、あんな大騒ぎしてたもんな」
「はいっ」
「別に。俺は軍人じゃねーし。俺の叔母?がそこで働いてて、住むとこ無いから軍に住まわせてもらってるだけ」
「そうですか!じゃあ、雨岬君はEMS軍の方針についてどう思いますか?」
「え?別に…考えた事も無いな。つーか、対MAD方針つーだけで住んでるだけだし。EMSならMADが来ても軍が何とかしてくれるから安心じゃん」
「共和派は?」
「え?何それ」
「地球は今、EMS、共和派、MADの3つの領域に分かれているのですっ!」
「ああ、それの事?地球人とMADが仲良しこよしで共存しましょう〜って方針の共和派の事?」
「はいっ」
空は髪を掻き上げる。
「あー、無理。だって、何で地球侵略してきた奴らと仲良しこよししなきゃいけないんだよ?」
「でも鳳条院君は人間とMADのハーフさんですよねっ」
「…!リベイルお前、何でそれを知って…」
「うふふっ、何ででしょう♪」
この和やかな雰囲気が突然恐ろしくなった空は一歩後ろへ下がるのに、リベイルは笑顔で近寄ってくる。辺りには自分達以外誰もいない。空の頬を一筋の冷や汗が伝う。
「リベイルお前、何者だ…!」
「そんなに警戒なさらないで下さい。私は、MADの血を引く鳳条院君とお友達の雨岬君なら、きっと共和派に住むべきだと思ってお声をお掛けしただけですっ。共和派なら先程のようにEMS軍の人に疑われずに済みます。地球人の皆さんとMADの皆さんが分かり合い、手と手を取り合い、新たな世界を創るのです」
「そんなのを聞いてんじゃねーよ!お前、EMSの人間じゃないだろ…」
「雨岬君っ」
「何だよ!」
「私が雨岬君にこのお話をした理由は鳳条院君の事や、共和派の良いところをお教えする事も理由の1つです。けれど本当の理由は、友達もいなくていつも教室に独りぼっちで"牛乳瓶眼鏡"や"がり勉"と陰口を言われていた私を嫌がらず話し掛けてくれたり、お昼ご飯も毎日一緒に食べてくれた差別をしない優しい雨岬君の事を…」
「だからお前は何者なんだよ!!」
眉間に皺を寄せ声を荒げる空とは打って変わってリベイルは空の両手を掴むと、背伸びをする。
「雨岬君の事が好きなだけなんです。共和派に来てずっとずーっと、ミルと一緒にいて下さいっ!」
「は?っ…!!」






















――此処が最上階らな。雨岬とあの子どこ行ったんらて?――
同時刻。2人をこっそり追い掛けて階段を登り、全ての階を探していた鵺が最上階5階の階段を登りきった時。柱の陰から2人分の人影が伸びているのを見つけた。
――こんな所に居たんけ!俺に内緒で何やってんらてあの2人は!――
こっそりこっそり…足音をたてず柱の陰から、そーっと2人の様子を覗くと…
「!!」
夕陽が射し込む人気の無い特別教室階。背伸びをしたリベイルにキスをされ、驚いて目を見開き顔を真っ赤にしている空。
「あっ…あ、あ、雨岬…!」
「!!」
聞き覚えあるなんてものではないくらい聞いた事のある声がして空はリベイルを慌てて自分から引き剥がし、声のした方を向くと…。柱の陰に立っていた鵺が全身を真っ赤に染め、空を指差していた。
「雨岬…!!」
「んなっ?!鵺?!下で待ってろつったろ!?」
「雨岬おめさん…!!」
「いや、これは別に俺が無理矢理したとかじゃないし!!こいつが勝手に、」
「勉強する公の場所で女子と、せせせせ接吻だなんて下品で卑猥な事してるおめさんとなんて絶交ら!!遊びになんて行ってやんねぇっけな!!」
「はあ?!あ!おい、待てよこのド田舎者!!お前、1人じゃ帰れないだろ!」
「ふふっ♪雨岬君のファーストキス奪っちゃいました☆」
「ちげーし!3回目だし!」
「えーっっ!そうだったんですか?」
「〜〜って!!そんな事どーでもいいし!あ"〜もう!何なんだよお前はさっきから訳分かんねー事ばっかり!!つーかそんなキャラだった?!」
「雨岬君!」
「何!?」
口では強気を言いながらも顔を真っ赤にした空の両手に、何かを握らせたリベイル。空は手を開く。
「チケット…?」
手の中には、コンサートだろうか。1枚のチケットが握らされていた。
「明日、そのチケットに書いてある場所に会いに来て下さいね!待ってますっ!」
「え?あ、は?!おい!待てよリベイル!」
手を振って柱を曲がって去っていくから、空が追い掛けようと柱を曲がると…
「い…いない…?」
嘘だろう?たった今その柱を曲がっていったリベイルの姿が忽然と消えていたのだ。手摺りに身を乗り出して階段下を見てもしーんとしていて、人影が無い。
「何だったんだよ…つーかMADが侵略してきてから俺の周り、非現実的な事があり過ぎ…」
窓の桟に手をかけ、沈み始めた夕陽を眺める。
「あ"。鵺の奴、ぜってぇ迷ってるし!」
リベイルの事は気掛かりだが、慌て階段を駆け降りて鵺を探しに向かう空。その手の中には、リベイルから無理矢理渡された1枚のチケット。そこに書かれていたコンサート名は『ミルフィ・ポプキン☆コンサート』

























17時23分、
ダグラス学園校舎裏――

「人様の領土を土足で入っておいて。逃がしはしないわよん」
「……」
人気の無い校舎裏から学園を出ていこうとしたリベイルに背後から声を掛けたのは、グレンベレンバ。腕を組みにっこり笑うその笑顔が恐い。一方のリベイルは少し首を傾げながらも可愛い笑顔を浮かべて振り向く。
「こんばんは理事長さん!何かご用ですか?」
「猫かぶってんじゃないわよ侵入者ちゃん?」
「え?え?わ、私猫なんてかぶっていません…理事長、どうしてそんな酷い事を仰るのですか…?」
「入学書類にまんまと騙されていたけど、今日貴女の姿を見たら変装しているけど気付いたわ。声は変えられないものね〜トップアイドルちゃん」
「え?理事長、何を仰っているのか私には分かりませんっ…」
「んふっ、よく出来た芝居ねぇ。空ちゃんに何を吹き込んだの?」
「雨岬君に…?私が…?理事長、やっぱり何を仰っているのか分かりません…」
「そう。んふっ、じゃあ力付くで吐かせてあげる。ついでに、猫かぶったその下の性悪な本性曝してあげるわ、共和派首相ミルフィ・ポプキン!!」


パチン!

天へと上げた右手でグレンベレンバが指を鳴らす。


ザワッ…!

今までオレンジ色の夕陽に包まれていた辺りが突然真っ暗になり、風も無いのに木々が揺れ、唸りを上げる。
「っ…!」
その唸りを聞いた途端リベイルは顔を真っ青にさせ目を見開き、両手で自分の耳を塞ぐ。それを見たグレンベレンバは嬉しそうに鼻で笑う。
「んふっ。言ったでしょう。逃がしはしないわよん?」
「それはどうでしょうね」
「何…?…!!」
ニヤリ。顔を上げ、不敵に笑んだリベイル。ハッとしたグレンベレンバが足元へ視線を落とすと、何と、グレンベレンバの足元の地面に影の無数の瞳がグレンベレンバを見つめていたのだ。その影はリベイルからグレンベレンバへと伸びている。珍しくグレンベレンバが冷や汗を伝わせ、リベイルを見る。リベイルは不敵に笑んでいた。
「動けないでしょう?お可哀想にっ。理・事・長?」
「チッ…!生意気な小娘だこと!」
「褒め言葉ですっ♪それではまたお会いする日まで♪salut〜♪」


ボンッ!

「くっ…!」
リベイルはその言葉を残し、風のように忽然と姿を消した。まるで、魔法でも使ったかのように。
一方。グレンベレンバの足元に伸びていて彼女の身動きを封じていた影の瞳もリベイルが消えたと同時に消えてしまった。


ガクン…、

珍しくグレンベレンバが体勢を崩すが、何とか立っていられた。
「ふっ…。んふ…領土を統率する者同士、そのくらいでなくっちゃね…」
気付けば、辺りにはオレンジ色の夕陽が戻っていた。







































17時39分、
ダグラス駅――――

「世間知らずのくせによく駅に辿り着けたな。感心、感心」
「出た…破廉恥雨岬…」
「誰がだよ!勝手に変なあだ名つけんな!」
駅に着くと、ホームで電車を待っている鵺を見付けた空。
「あ、おい!その、あからさまに離れるのやめろよ!つーか、これから遊びに行くんじゃなかったのかよ?」
「言ったねっか!おめさんみてぇな下品で卑猥な奴となんて遊んでやんねぇって!」
「はぁ?!ざけんな!何だよそれ!」
「気持ち悪りぃすけ触んな!おめさんみてぇな、周りも気にしねぇでイチャイチャする馬鹿みてぇのが俺は大嫌いなんら!さっさとさっきのあの女子…リベイルらっけ?リベイルとデートしてこい!すっとこどっこい!!」
「リベイル…」


ドクン、

「…雨岬?」
「リベ、イル…いや、ミルフィ…」
「ど、どうしたんらて急に下向いて。何ブツブツ言ってんら?」
「え?何?」
「?」
突然下を向いた空。心配した鵺が顔を覗き込んだ直後、すぐ顔を上げると何事も無かったかのように平然としているから、鵺は頭にきたのだろう。外方向くとホームをズカズカ歩いていった。
「もうあったまきたて!心配してやったってがんに何らて、その態度!」
「え?何?俺今何か、マジで一瞬意識が飛んだんだけど。俺、何か言ってた?」
「そうやって嘘吐くんけおめさんは!」
「だから。マジで、よく分かんねーけど今一瞬、意識がぶっ飛んだんだって!」
「ぎゃー!肩掴むな破廉恥雨岬!!おめさんのスケベが移るねっか!!」
「はぁ?!ざけんなよお前さっきから!!おい、待てよ!つーか、乗る電車それじゃねーし!!戻ってこいド田舎者!!」
帰宅する学生で混み合う駅構内に射し込む夕陽が、騒がしく構内を走る2人をオレンジ色に染めていた。


























































「うふふ。みんなみーんなミルの事を好きになるのっ!嫌だと思っても好きになるのっ!雨岬君もね♪」
空の姿をした人形を持ちまるで人形遊びをしながら楽しそうに呟くリベイルだった。














to be continued...










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あきゅろす。
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