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終焉のアリア【完結】
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EMS軍本部宿舎、
19時25分―――――


カタン…、

「うっわ。来たぞ」
「おい、ちゃんと離れろよ。MAD菌が移るぜ」
3人部屋の扉を鵺が開いて室内へ入れば、この部屋の先客ダーズ兄弟が大慌てで部屋の窓際へ逃げる。金髪でそばかすのある団子っ鼻のこの2人は鵺同様、新米軍人の18歳の双子。瓜二つの外見だ。
先日から此処EMS軍宿舎で暮らす事になった空と鵺。空は隣の704号室に1人で、鵺は705号室に3人。1部屋につき人数制限3人までな為、今は1人の空の部屋にも今後軍人が来るかもしれない。
話は戻り、この双子。新米軍人の中でもほんの少し腕が良く、あの鬼教官と恐れられているアイアン大佐のお墨付き。それもあり、同期の軍人たちをいびる、調子に乗っている事で有名な厄介者なのだ。勿論ずる賢いから上官達には媚へ面っている為、上官達のお気に入り。双子の本性は、同期の新米軍人達にしか見せていない。そう、まさに今この状況のように。


ドスッ、

「っ…、」
鵺の頭目がけ投げられた1冊の分厚い本。足元に落ちた本を歯を食い縛り痛みを堪えながら拾おうとすれば…
「あ"ーっ!触んなよMAD!それ、俺の大事な本なんだぞ!MAD菌が移るだろ!」
この調子だ。本当に大事な本なら投げるだろうか?いや、それ程大事な本でなくとも普通、本は投げるものではない。
部屋を狭くしている要因でもある三つあるベッドの窓際に座っているのが双子の兄・ベン。中央のベッドに座っているのが弟・ジム。
そして、鵺のベッドであるはずの出入口側のベッドの上には、わざとらしく2人の荷物が山になっている。




















2人は鼻を摘み手でシッ、シッ!とジェスチャーする。
「マジこっち来んなよ〜俺ら2人で超快適生活送ってたってのに!よりによってMADと3人部屋なんて最悪だぜ!なぁ?」
「マジ、マジ!ありえねぇ!つーか此処、MAD侵入禁止のEMS領なんですけど!何でMADが居るんですかぁ〜?」
「つーかさ、何か臭わね?どっかの誰かさんって軍服以外、毎っ日同じ服着てるから臭うんだよなぁ!」
「まあまあ!そう直球で言うなって。貧乏人は服すら買えなくて可哀想なんだからさ!アハハハ!」


バタン!

鵺は自分の荷物を部屋の隅にかため、俯いて出ていった。まるで逃げるように。
閉じた扉を見て、双子はハイタッチ。
「イエーイ!追っ払い成功☆」
「弱そうだし、あいつ自殺しそうじゃね?」
「それならそれで願ったり叶ったりだろ!MADの血を半分引いてる奴が死ぬなんてさ!しかも俺らが手を汚さなくて済むし?」
「アハハ!だな!」































704号室―――


カタン…、

「ん?鵺?」
静かな部屋に扉の開く静かな音がして空は手を止め、顔を上げる。そこには、音も無くまるで霊のように俯いて立っている鵺が居た。空は明日の宿題中だったが、ノートを机の脇に片付ける。
「どうしたんだよ。つーか今度からノックくらいしろよな」
「…ごめん」
――…?何かあったのか?――
いつもなら自分に非があっても言い返してくるくらい元気なのに様子がおかしいから、机に頬杖着いたままきょとんと鵺を目で追っていると。鵺は机の傍にあるベッドに腰掛けようと腰を屈めた。が、そこで何故かピタ、とやめる。
「?」
「…此処、座っても良いけ」
「あ?ああ、どこでも良いけど」
「あ…ダメか…菌が移るから…」
「…?鵺?」
空には聞こえない声で何かを呟くと部屋をトボトボ歩いて出ていこうとする。その、あかさまに様子のおかしい鵺の左腕を掴む。
「おい。何かあったのかよ」
「……」
「…はぁ。まあとにかく座れって。今、椅子用意してやっから。あ。何か飲む?ついでにさー、ババァが大量に寄越したこのおしるこ缶も飲んでくれね?軽く100本はあんのに全部、賞味期限が来月までなんだぜ?ババァは良かれと思って寄越したんだろうけど、マジ嫌がらせだよなー」
空自身全く意識していないのだが無意識の内に彼は場の雰囲気を明るく和ませようと、笑いながらおしるこ缶を10缶ドン!と、机の上に置く。鵺の椅子も自分の反対側に持ってきてやり、棚の中からはクッキーも出してやる。

















「よっこらせ、っと」
空が椅子に再び座っても鵺は下を向いて椅子に腰掛けたまま。
「……」
頬杖を着いていない方の左手でクッキーを手に取り、鵺に差し出す。
「これもババァが寄越したやつなんだけどさ。ここらで、いちっっ番美味い銘店のやつらしいよ」
「うん…」
受け取って食べるのだがやはり俯いたままの鵺。鵺には聞こえないように溜息を吐いて、目線を天井に向ける。
「何かあったんだろ。言えよ。ちょっとは楽になるだろ」
「……」
「…はぁ〜。お前さ、元気ある時と無い時のギャップあり過ぎ。溜め込むタイプだろ?俺はそういうタイプじゃないからよく分かんねーけど、溜め込むと体に悪いから言いたい事あんなら言えよ」
「…。俺、臭うけ?」
「は?」
――やっと喋ったかと思えば。何言ってんだ、こいつ?――
「全っ然臭わねぇし。大丈夫だよ」
「……」
「…おい。まさか誰かに言われ、」
「雨岬。学校って楽しいんけ」
「え?ああ、まあ…ビミョーかな」
やっと顔を上げて話題を持ってきた鵺に空の不安は募る一方だった。鵺が、見た事無いくらい満面の作り笑いを浮かべているから。
一方、鵺は机の上にある空の数学ノートに目を向け手に取り、パラパラ捲る。
「あ、おい!勝手に触んな!どこまでやったか分かんなくなるだろ!」
「問題見ても全っ然分かんねぇがて。難しいんらな。でも俺も学校行ぎてぇな」
「そうだよな。お前、俺と同い年なのにもう働いてんじゃん。何で高校行かねーの」
「家が貧しかったすけ、行けねかったんらて」
「あ…そっか。悪い…」
「別に謝る事じゃねぇんだろも。学校なんて小学4年の時からまともに行ってねぇすけ」
「何で?小中は日本じゃ義務教育じゃねーの?」
「……」
「…?鵺?」
――あれ、俺また何かマズい事言ったか?――
空は頭を掻いて苦笑い。
「あー…あ!そうだ。今度さ、俺が通ってる学園で文化祭があるんだよ。全学年で食べ物屋とか、お化け屋敷したり体育館で軽音部がライブしたりすんの。再来週だったかなー?訓練とか予定無かったら来りゃ良いじゃん」


パタン、

鵺は空のノートを閉じて嬉しそうに顔を上げる。
「本当け?!俺、行っても良いんけ?!」
「OK、超OK。一緒に廻ろうな」
鵺は大きく頷いてとても嬉しそうにしているから一安心した空が時計を見上げると、いつの間にか20時をまわっていた。
「やべ。数学の宿題明日までの提出なんだよ。悪い。また明日な」
そう言われた途端、鵺の表情が再び曇り出す。だが彼は作り笑いを浮かべて立ち上がり、そそくさと出ていこうとするから声を掛ける。
「鵺」
「な、何らて」
「同室の奴ら、良い奴だったか」
「う、うん。い、良い奴らだったてっ!」
「そっか。なら良かった。お前何か凹んでたからさ。もしかしたらーって思ったんだけど」
「べ、別に凹んでなんていねぇて!じゃ、じゃあまた明日なっ」
「おー」


バタン、

パタパタと足音が去っていくのを聞いてから、空は机に再び着くと大きな溜息を吐いてまた頬杖を着き、天井を見上げる。
「嘘吐くの下手過ぎだっつーの」


















































翌朝、7時30分―――

「これから早朝訓練を始める!まずはMADと対峙した場合の基本動作のおさらいだ!では、トム!やってみろ!」
「はいっ!」














「はぁ〜。朝からめっちゃ堅苦しい…」
目映い朝陽の下。軍の中庭では既に軍人達が綺麗に整列して朝の訓練を開始している。
宿舎の玄関へと続く渡り廊下から吹抜の中庭を見下ろす事ができるから、手摺りに寄りかかりながら訓練の様子を見下ろす空は怠そう。黒い上着に下はピンク地に黒いチェックの入ったズボン。これはダグラス学園の制服だ。制服姿の空は学生鞄片手に溜息。
「でも他人事じゃねぇよな。絶対MADが侵入できない最新鋭の設備が整えてあります!って自身満々に公言してる此処EMSにも現に、この前MADが侵入してきたわけだし」
脳裏で蘇る先日の電車内での悲劇。鵺が死んだ場面が過ると空はハッとし拳をギュッ、と握り締め再び中庭での訓練の様子を見下ろす。
「あいつ危なっかしいからな。上手くやれてんのか」
「はーあ!せっかく出てったと思ったらあいつ寝る時戻ってきたし」
「戻ってくんなよって感じだったよな!MAD菌が移るっつーの」
「……」
背後から朝から煩い声がして視線だけを向けると調度この渡り廊下を並んで歩いてやって来たダーズ兄弟。軍服を着ている。これから訓練に集合するのだろうか。2人の顔は知っているし鵺の相部屋の人間という事も知っている空。だが空の存在に気付いていない程悪口に夢中な彼ら。
「てかジムお前、ベッド3つあんのに、あいつに床で寝ろ!とか、あれ超ウケたんだけど!」
「だってそうだろ?!人間とのハーフつっても結局はあいつにMADの血が流れてんだぜ?視界にも入れたくねぇじゃん!」
「アハハハ!ま、あいつチクらなそうだし」
「チクらないんじゃなくてチクれないんだって!調度良いストレス発散道具ができたって感じだよなー、って、う"お"?!」


ドスン!

「お、おいジム?!」
大きな音がしてジムが顔面から思い切り派手に転んだ為、隣を歩いていたベンが目を丸めて驚く。
よく見てみると、手摺りに寄りかかっていた空の後ろ足がこちらへ伸びているではないか。明らかにジムの足を引っ掛けたその足に、2人が一斉に空を睨み付ける。
一方の空は手摺りに寄りかかったまま、顔だけをこちらに向けていた。空にはあり得ない程の満面の笑みで。
「あっ。おっはようございまーす。EMS軍の方っすか?俺、先日から此処の宿舎で世話になる事になった雨岬っていいまーす。学生なんすけど。確か、隣の部屋の方々ですよね?よろしくお願いしまーす」


ガシッ!

「調子ぶっこいてんじゃねぇぞ、能無し学生の分際で!」
案の定、ジムに胸倉を掴まれる。睨みをきかせた2人の顔を見下ろしてすぐ、空は何と…
「ぷっ。ブッサイクな面」
「なっ…?!何だとてめぇ!調子ぶっこいてんじゃねぇっつったのが聞こえなかったのか!!」
振り上げられたジムの拳。しかし空はひょい、と軽く回避するから、2人の怒りを逆撫でする。






















「てんめぇ!!」


ゴツン!!

「っ〜!!」
「いってぇ!!」
「調子ぶっこいてんのはてめぇらだろ、ドアホ兄弟」
振り向きざまに空を殴ろうとした2人だったが、何と空は両手で2人の頭を掴み、掴んだベンとジム2人の頭を頭突きさせたのだ。勢いが良かったから2人は頭を押さえ、手摺りに寄りかかるがまだフラフラしている。
「てめぇ!!っ…!?」
それでも尚怒鳴り付けようとしたのだが言葉が詰まり、萎縮してしまった。何故なら、そこに立っている空がまるで鬼の形相で2人を見下していたから。
「相部屋の仲間1人と協力できないあんたらが地球を守るEMS軍人?はっ、ざけんじゃねぇよ。次アイツにろくでもねー事言ったりやってみろ。猫被ってるあんたらのその本性、上官に言ってやるからな」


ドンッ!!

「〜っ…!!」
去り際、壁を殴った空。殴ったところだけ、壁が手の形に凹んでいたそうな…。










































宿舎玄関――――

「おーい、ソラ!」
「げっ」
やっと門を出られたと思いきや、手を振って宿舎から出てきたアリアに呼び止められあからさまに嫌そうな顔をする空。
「おい。ソラ。今、嫌そう〜な顔をしただろう?」
「してませーん」
「嘘吐くな!」

「吐いてねーし。つーか何だよ。電車乗り遅れるだろ」
腕時計に目を向ける空。
「おお、そうだそうだ。今日だけダグラス学園に連れて行ってもらいたい奴が居るんだ」
「はぁ?!何それ、此処って俺以外皆軍人じゃねーの?!つか、今日だけって何だよそれ、意味無くね?!」
「しばらく見ない間に、最近の若者特有のバカでドアホな口調になりおって…。うぅっ…叔母は悲しいぞ」
「ハンカチで目拭いたって涙流れてねーのバレバレなんだよババァ!」
「チッ」
「舌打ちかよ…。はぁ。その、連れて行けば良い奴って誰なんだよ」
「何だかんだ言ってもやっぱりソラは物分かりが良いな!さすが私の甥っ子だ!よし、頼んだぞ!楽しんでこいよ鳳条院!」
「鳳条…はぁ?!!」
「雨岬!おめさんの弁当作ってやっといたすけな!!」
扉の裏からひょっこり現れたのは何と、鵺。何と何とダグラス学園の制服を着ており、白い大きなザックを背負って目をキラキラ輝かせているではないか。
――昨日凹んでたから心配してやった俺がバカみてーだし!!――
「つーか良いの?!だってさっき中庭で訓練的なのやってましたけど!?」
「私の部隊は今日、私が所用の為休暇でな。鳳条院は私の部隊だから調度良いと思ってな!」
「調度良いもクソもねーよ!!今日だけの入学って何?!」
「何でも、鳳条院が学校という所へ行ってみたいと言い出してな。あそこの学園はグレンベレンバ将軍が理事長をやっているから頼んでみたら了承してくれて尚且つ、制服と鞄と教科書、ノート、筆箱その他諸々揃えてくれたんだよな!」
「はい!」
「はい!じゃねーよ!あ"〜!!電車あと3分?!」
「おい、ソラ!鳳条院は右も左も分からないからちゃんと連れて行ってやるんだぞ」
「分ーかったよ!鵺!ついて来いよ!はぐれたって置いていくからな!」
――ったく!!こいつがこんなケロッとしてるなら、さっきあのバカ兄弟に喧嘩売るんじゃなかった!!――
走っていく2人の後ろ姿に、アリアは微笑むと、宿舎へ戻っていった。


バタン……

















ガサガサ…、

「おい。切符代ちゃんと持ってきたんだろうな、ファン」
「…はぁ。持ってきた」
「よっしゃ!見てろよMADと関わりあるガキ共!ファン!あのガキ2人を追うぜ!!」
宿舎脇の草村から、八重歯を覗かせて何かを企んでいる笑みを浮かべるアリスの後を、ファンは大きな溜息を吐きつつも渋々ついていってやるのだった。















































ダグラス学園、
8時00分―――――

「おはよー」
「おはよう!ねぇねぇ知ってる?ミルフィ様明日広場でライブやるんだって!」
「きゃ〜!あたし学校サボってでも絶対行くしー!」
「超可愛いよね!あれで整形してないとか、マジ羨ましい〜!!」
高級感漂う立派な五階建ての校舎ダグラス学園。生徒達は楽しげに友人と会話をしながら門を潜っていく。まるでこの惑星がMADの侵略を受けている事なんて他人事のように平穏な場所。
「だーっ!間に"合っ"た"!!」
何とか電車発車30秒前に駆け込み乗車し間に合った空と鵺。空はハァハァ息を切らし、門に手をつき下を向いて息を整えるのに、一方の鵺は初めての学園を前に、目をキラキラ輝かせっぱなしでとても楽しそう。
「雨岬!何ボサッとしてんだて!さっさと行ごてば!」
――こっのくそガキ!人の苦労も知らず!!――
ギロリ。睨んでみても今の鵺には全く効果無しだから玄関へ走っていく鵺を追う。
「あ、おい鵺!お前のその鞄の中に俺の弁当も入ってんだろ?そんな走んなよ!弁当の中身ぐっちゃぐちゃになるだろ!!」
そこで鵺はピタリ、足を止め、こちらを振り向くと顔を真っ赤にし、あわあわしている。
「べべべ別におめさんの弁当を作ろうと思って作ったんじゃねぇっけな!!俺の弁当作ったら材料が調度1人分余ったすけ仕方なく作ってやっただけらっけな!!食べ物粗末にしちゃダメらっけ作ってやっただけだっけな!!勘違いすんなうっすらバーカ!!」
「はいはい、始めから2人分作る気で作ったんですね〜ありがとうございまーす」
「だっ、だから違ごう言うてるがんにおめさんは本っ当、人の話聞かねぇ奴らな!!」
「雨岬君おはようございますっ!」
「あ?あ、ああ。おはよ、リベイル」
2人の会話に入って挨拶してきた可愛らしい声。空が向いた視線の先には茶色の長い髪を三つ編みし、牛乳瓶の底のような眼鏡をかけたスカート丈の長いいかにも生真面目な女子高生リベイル。ニコニコした優しい笑顔を浮かべる彼女に鵺がきょとんとしていると、空がリベイルに手を向けて紹介する。
「あ、こいつは俺のクラスメイトで隣の席のリベイル」
「よろしくお願いしますっ!」
ペコリ、礼儀正しく一礼する彼女に鵺はオロオロしつつも一礼する。
「んで、こいつが今日だけ入学する鳳条院鵺」
「今日だけ…ですか?」
「そっ。変わった奴だろ元から変り者なんだけどさ、いってぇ!!鵺お前今、俺の脛蹴っただろ!」
「蹴ってなんていねぇがて。おめさんの気のせいじゃねぇんけ」
「〜っ、お前!!」
「ふふっ!とっても仲が宜しいのですねっ♪」
「どこが!!」
2人声を合わせて睨んでも、リベイルは相変わらずニコニコ笑っている。
「鳳条院君。今日だけなんて悲しい事を仰らず、これからも毎日来てくだされば良いですのに」
「いや、こいつ働いてるからさ…って!後1分じゃん!教室行かないと!!」
校舎の大きな時計を見上げ、慌てて走っていく空に続く鵺とリベイルだった。























「さぁて。そろそろ門を閉めましょうかね」
「ちょーっと待ったあ!!」
「ん?」
登校時間を過ぎた為、門前に立っている、もうすぐ定年退職であろう白髪の男性教師が門を閉めようとした時。大きな声がして振り向くと、走ってきたのはスーツ姿のアリスとファン。アリスは赤色のスーツでファンは藤色のスーツ。
「はて。どなたでしょうか」
「だーっ!ジジィ!俺らの事を知らねぇってか!?この紋所が目に入らぬかぁ!ってな!」
「…紋所ではないが」
アリスに呆れつつファンも内ポケットから取り出したそれは、自分達がEMS軍人という事の証明書。目を凝らした直後男性教師は驚き、目を丸める。
「お…おお…?おお!!これはこれは失礼致しました!EMS軍の方でいらっしゃいましたか!」
「はっはっは!まあ、仕方ねぇ今日は許してやるぜ!」
腰に両手を充てて天狗のように鼻を高くして笑うアリスにファンは溜息。
「ところでEMS軍人殿がこの学園に何の用でしょうか?」
「あ〜…授業参観だ!」
「はて…?今日はどの学年も授業参観日ではなかったと思いますが…」
「だーっ!細けぇ事はいーんだよ!此処の理事長兼EMS軍将軍グレンベレンバからOK出してもらってんだ!いーだろ!つーかいいよな!OK!行くぞ!堅物ヤロー!」
「あ、おいアリス!…失礼致します」
男性教師に礼儀正しく頭を下げてからアリスを追い掛けるファン。
一方。ポツン、と1人残された男性教師は「はて?」と首を傾げつつも。
「まあ、良いですかね。それにしても今日は良い天気ですねぇ」
全く気にも留めず、門を閉めるのだった。


































ダグラス学園3階、
2―C教室―――――

「今日だけの入学なんだってー」
「あははっ面白ーい」
「…はぁぁ」
4限の国語の授業真っ最中の2―C。窓際後ろから2番目の席の空…の後ろに用意された鵺の席。
クラスメイト達は今日だけ入学の鵺の事をチラチラ見ながらヒソヒソ話している一方で、空は朝からとても疲れ切った様子で机に顔を伏している。
「はぁぁぁ…」
かれこれ今日30回目の溜息。
――ったく鵺の奴。張り切って来たクセに鞄の中身弁当だけって、勉強やる気無いだろ!ノートも教科書も筆箱も忘れたから貸せ?!俺今日、次何かムカつく事あったらぜってーキレる…――
「雨岬。これ、何て読むんて」
「はあ?そのくらい小学校で習う漢字だろ!」
――さっきからこいつに30回は呼ばれてるぞ?!案の定ノート取り逃したし!!――
後ろの席の鵺が何度もトントン、トントン、空の肩を叩いて質問してくるのだ。しかもその読めない漢字というものが小学生でも読める漢字ばかりだから、さすがの空も顔にイライラが表れている。そんなのもお構い無しにまた…


トントン、

「何だよ!」
「雨岬。この漢字、」
「あ"ーもう!わざとやってんのお前!?お前のせいで今日、どの教科もまともにノートとれてねーんだよ!お前は無いけど俺は月末に中間考査があるんだよ!お遊びで来てるお前とは違うんだよ!そのくらいの事でいちいち呼ぶな!」
「……」
「雨岬さん。授業中ですよ」
「…!すみませーん…」
――最悪。授業態度減点されたし――
此処からでも分かる。女教師が、教台の上に置いた名簿にチェックを入れているのが。喋っていたから授業態度を減点されたのだ。
自棄になった空は頬杖を着いて、窓の外に顔を向ける。学園ではいつも感情を表に出さないクールな空が苛立っている事への心配と、空にキツイ事を言われた鵺が急に黙って下ばかり見ている事への心配を、空の隣の席のリベイルが気に掛け、心配そうにオロオロしていた。
「では第二段落を、鳳条院さん。読んでもらえるかしら」
「は、はいっ」


ガタッ、

慌てて立ち上がる鵺。しかし教科書を忘れてきてしまった為、手元に無い。オロオロする鵺が空の背を見るが空は無反応だし、さっき言われたばかりで声を掛け辛い。
「どうぞっ!」
「あ…ありがとな…」
「いいえ」
ニコッ。リベイルがすかさず教科書を貸してくれた為助かった。読む直前に空の背をまたチラ、と見る鵺だが、空はやはり背を向けたままだった。

























「つ…で、め、の…ふ、と…」


ザワッ…

音読を始めた直後、クラスメイトが鵺をチラチラ見ながらヒソヒソ話をするのも納得できるだろう。鵺は何と、教科書に書いてある漢字が全く読めていないのだ。(一応読んでいるのだが、見当違いの読み方)これには教師も、教科書片手に唖然。
「何…?ひらがなしか読めてなくない?」
「日本人だよね?あの子」
「じゃあ何で漢字読めないわけ?」
「ぷぷっ、超頭悪っ。今すぐバカ校に編入すれば?」
クラスメイトの声が気になって音読どころではない自分に喝を入れる為、教科書を持った両手にぎゅっ、と力を込める。


カサッ、

「…?」
すると、前の席の空が背を向けたまま、右手を後ろの席の鵺の机に乗せ、すぐ引っ込めた。机の上に彼が乗せた小さいメモ紙を手に取り開いた瞬間、鵺は目を大きく見開く。一方、鵺が全く漢字を読めていないので、教師が声を掛ける。
「ほ、鳳条院さん?も、もういいわよ。他の人に読んでもら、」
「池の畔を歩いていた少女は言いました。嗚呼、こんなにも空が赤い。まるで鮮血の様」


ザワッ……

突然スラスラと、つっかえもせず音読を再開した鵺に、教師とクラスメイトはぽかん…と口をだらしなく開けたまま驚いて鵺を見ている。
「…ました。先生。ここまでで良いんけ?」
「え。あ、ええ!そうよ!じ、上手に読めたわね。で、では次は第三段落を誰に読んでもらおうかしら!」
パタン。
得意気に教科書を閉じた鵺の机の上のメモ紙。
そこには、鵺が音読をしなければいけない第二段落の漢字が全てひらがなで書かれてあったのだ。そのメモを書いた張本人は授業中、やはり一度も後ろを振り向く事は無かったけれど、隣の席に座っているリベイルはそんな彼の事を穏やかな笑顔で見ているのだった。








































12時45分――――

キーンコーン、
カーンコーン

「お昼どうするー?」
「購買行こうよ!」
「えー、あたし今月金欠〜」
生徒達が待ちに待った昼食休み。学園内に鳴り響くチャイムの音が聞き取り辛い程騒がしくなる教室や廊下。


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