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「じゃあ次のシーンいきます」

スタッフの掛け声にキャスト達は慌ただしく自分の出番の位置を確認して配置に着く。

遠目にいる藤壺の様子をちらりと横目で窺いながら、廊下で女房達を口説くシーンだ。

光の君が中々自分に熱を上げてくれない藤壺に対して妬きもちを妬かせようとする場面──


まるで俺と晶さんそのものだな……

嫌というほど橘さんの書いたこの光の君は今の俺の立場と重なる。

廊下で柱に女房を追いやり迫りながらイチャイチャして見せつける…

そんな子供のような光の君の所業。

舞花の演技力は要らず、俺だけの表情にカメラは向けられる。

女房の髪の束を手に掬い唇を付けながら見つめて藤壺の方へ視線を流した。

「──…」

舞花が妬いた表情を俺に向けている。

台本の中の藤壺はこのシーンで妬いたっけ?

そう思いながら口端に笑みを浮かべて首を傾げ、そのまま女房に口付けた──


「カッ──ト!おつかれっ」

唇が重なる前に合図がなる。カメラワークではしっかりとキスしているように映っている。

取り合えず今のシーンは一発オーケー。

まだ中盤な為に軽く押し倒して迫るくらいで、舞花との本格的な濡れ場撮影はない。

舞花も本気で妬いてるんだろうか?

「……晶さんもあのくらい妬いてくれれば可愛いのにっ」

俺は小さく愚痴を溢した。



愛してるも好きも…

数えきれないくらい俺は言っている。

だいたい、晶さんてほんとたまにしか好きって言ってくれないし、その半分は俺の催促で言わせてるわけで。

残りの半分は晶さんがセックスで俺を早く射かせようという意地悪目的の為の“好き”の連呼──


普通に好きって言ってくれたのは数えるしかない。。。


「愛されてないな〜俺…」

はあっと溜め息が盛れた。

本日のドラマ撮影終了後、俺は事務所に足を向けた。

舞花は当然のように後から着いてくる──
楠木さんが最近、新人の担当に付いたらしく送り迎えのない状況が続いていた。

俺と舞花と新人…

一人で三人は大変だな?

髭のチンピラは経費削減の為にマネージャーをあまり雇わない。


舞花が少し仕事に慣れてきた頃を見計らい、空いた時間を使いながら楠木さんは新人の仕事をこなしている。


ご苦労なこった……

労いながら人気のない局の裏口までくると俺は後ろを振り返った。




「自分でタクシー拾ってくれる?」

「……事務所行くんでしょ?なら一緒でもっ」

「絶対だめ。写真撮られたら困るから」

「事務所に行くんだから写真撮られても──」

「だめ」

その写真撮られて“逢い引きデート”なんて記事でも書かれたらどうすんだよ!?

晶さんに捨てられるっつーのっ!


「マスコミなら二人のことは宣伝になるから写真くらい構わないって社長言ってたよ!」

「……」

歩き出した俺の背中に舞花は叫んだ。

「あのさ…」

局内であまり大きな声でできる会話でもなく、結局舞花の元まで戻った。

「俺、正直マスコミなんてどうでもいいの。芸能人のゴシップ記事なんて世間が騒ぐのは長くてほんの一ヶ月」

俺は何かを理由に晶さんとの仲がこじれることが一番怖い。

「くだらないゴシップで宣伝しなくてもドラマは充分人気あるから」

今から恋愛沙汰起こす方がマイナスだっつーの!

「頼むからドラマの撮影以外で俺に絡まないで──」

「──…っ」

冷たい俺の言葉に悔し気に睨んでくる舞花を背にして俺はそのまま歩き出した。



髭はほんとにテキトーな奴だ。タクシーの中で沸々と怒りが沸いてくる。

名も売れなかった女優の藍原 舞花──

突然のヒロイン抜擢は藤沢 聖夜の恋人だからか──

一時期流れたそんな噂。

初めて受けた大手化粧品会社。その仕事内容は秋に発売された20代後半から30代向けのファンデのCMだ。

テレビCMでは
『25から女──』なんてナレーションが流れる中で、舞花がアップで映る映像が大人の女性の注目を集め始めている──


その後の俺とのドラマ共演抜擢。女性からの舞花の支持率は少しずつ高くなっていた。

売り出すにはいい波に乗ってきている。


「あのさ…」


事務所に着くと俺は挨拶も無しに社長に詰め寄った。

「俺を舞花の餌にするの止めてくんない!?」

「あ〜…」

髭はくたびれたような返事を返す。

「もう売れるチャンス手に入れたんだから俺、必要ないじゃん!」

ドカッとソファに身を沈めた。



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