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「あの微妙な火加減操れるようになったら恋も上級者間違いなしね」
そう言ってマスターが煎れたブレンド珈琲を口に含んだ。
「で、そう言う春子さんは玉子割れるわけ?」
高田さんがくくっと笑いながら顔を覗き込んでいた。
いつもの常連さんでカウンターが賑わう中、あたしは混んできたホールの接客に向かう。
「いつみても気持ち良いわね〜晶ちゃんの仕事っぷり。お客増えたでしょ?」
マスターに聞きながらホールで働く姿を眺めた。
「ああ、前のバイトが悲惨だったからね…はは、ギャップがありすぎる。確かに晶を目当ての客は増えたな」
マスターも一緒にカウンター内で珈琲を飲みながら高田さんに視線を向けた。
その視線に高田さんは思わず珈琲を噴き溢す。
「あら動揺した?」
「別にっ…」
春子さんは一つ席を挟んだ隣の高田さんにずいっと身体を寄せる。
「早くしないと誰かに拐われちゃうわよ〜」
言ってニヤニヤと含み笑いを向けている。
高田さんは二人の冷やかしの視線に顔をポリポリと掻いて目を游がせた。
・
「バツイチ背負ってるとそうそう簡単には手を出せないって…」
呟くように言ってため息を溢すと高田さんはブルマンを口に運ぶ。
「バツイチ32歳!子供無しの将来有望課長──いいじゃん男盛りで!その辺の女なら盛る物件よ?ね、マスター」
「はは、よく動く口だね春子ちゃん」
「家老は口だけ動かす仕事だからね」
マスターに返しながら春子さんは高田さんにけしかけるように楽しんでいた。
ホールを回しながら常連客に何気にあたしはブルマンを進める。
高値のブルマンの売れ行きにマスターも喜んで珈琲を煎れるのを手伝ってくれている。
カウンター内の隅に束ねた古雑誌とは別に置いたあの週刊誌。
店が落ち着いたらあとでゆっくり読んでやる──
そう思いながら売れ行き好調ランチのサラダを皿に盛り付けた。
「なに、晶ちゃん。聖夜の記事気になるの?」
三時を回り、カウンターで休憩しながら同じ頁を睨むあたしにママさんが聞いてきた。
「ちょっとね…」
居候、柏木夏希の情報源──
はっきりいって叔父の会社の社員。その程度でしかあたしは夏希ちゃんのことを知らない。
・
「今週発売のやつにも載ってるよ〜」
読み終えたらしい、買ってきたばかりの週刊誌を開いてママさんはあたしにその頁を見せた。
なになに──
《熱愛発覚──!
・同事務所の後輩 藍原 舞花とは事務所公認の仲だと噂されている。》
事務所公認…
……そか、まあ仕掛けた側だからわかるけど──
なんだかムズいな。
居候してる理由はわかってるけど…
熱愛発覚か…
案外、本命とか?
売り出すネタの筈が焼けぼっくいに火、みたいな?
じゃなきゃプライベートでこのディープキスは有り得ない──
あたしに好きなんて言って彼女に会えずに溜まってただけなんじゃ?
役者だから好きなふりなんていくらでもできる──
手を出さないと言った約束を平気で覆し襲ってきた男……
熱烈に好きだと沢山囁かれた声がどんどん遠く霞んでいく──
人気タレント
名子役
演技力抜群
ドラマ界高視聴率トップスター
週刊誌に張られた数々の見出し──
前回の週刊誌に比べて新刊は急激に頁数が少ない。
どうやらネタ的に今回の頁で終りそうだ…
ふーん…
この分じゃほとぼり冷めるのは早そう…
深入りしないうちに身を退かなきゃ──
休憩を早めに切り上げて、手にした週刊誌を棚に戻すとあたしはバイトに取り掛かった──。
・
冷凍食材たっぷり保存タイプの冷蔵庫。大小に分かれたフリーザーパックがキレイに取り出しやすく並んでる。
「今夜は何を作ってやろう…」
焼き飯にがっつく姿を思い出して自然と笑みが浮かんだ。
周りにまとわりついて料理を眺める仕草はかなり可愛かった上に、肩に顎なんか乗せて甘えられたからたまらない。
あれがスイッチだったってわかってんのかなあの人…
冷蔵庫を簡単に物色すると、シャワー浴びたての濡れた髪を拭きながらリビングのソファに腰かけた。
晶さんの出掛けた後の部屋でカーテンを全開にして室内を見晴らしよくすると小窓から外を覗いた。
八階建てのオートロックマンション──
髭の家主が放蕩なお蔭で案外快適な居候生活。
子役から芸能界の一線で活動していると一般の知り合い何て中々出来ないし、この同居は俺にとっても初の試みでもあった…
「まあさか…惚れちゃうなんてなぁ…」
ソファの上で独り呟く。
芸能界とは関係無しに一般の男友達とやらを望んだ結果の流れってやつだ──
テレビの前に目をやれば昨夜、そこのフローリングでしつこいくらいに抱き合った残像が蘇る──
「──っ…やばい…さっそく興奮してきた……」
ちと自制しなきゃな、うん。
ヤることばっか考えてたら嫌われるし、もっと大事にしなきゃ……
取り合えず、今夜は…
好きと言ってもらえるように頑張ってみよう……。
16時──
あと二時間もしたら喫茶店のバイトから帰ってくる。
時間を確認して閉じた携帯電話が急に鳴り出していた。
・
「おーい、元気か?我が家の住み心地はどうだ?」
「…ちょー最高!初めて社長に感謝した」
「なんだそりゃ?」
事務所の社長からだった。
「ところでなんで帰って来ないの?」
「あ〜、俺の帰りを仔猫ちゃんがあちこちで待ってんだよっ!体一個じゃ足りん、貸してくれ!」
「やだね」
相変わらずの酒池肉林か?
「俺が居なくて淋しいか?」
「とんでもない!」
晶さんと二人っきりですげー最高っ
出来ればずっと愛人巡りしててくれ
「晶とは仲良くしてるか?」
「……してるよ…」
仲良くし過ぎて二回も合体した──
なんていったらビビルか?
「──マスコミはどう?」
「あーまあまあの反応だな…」
「そ、藍原さんは?」
「あー、どうかな…ヘアヌードの話が来てるけど、今時素人も脱ぐ時代だからな…厳しいな…」
「社長が諦めちゃダメじゃん」
「まあな」
「今回のをきっかけにドラマのちょい役でも当たればいいのにね…」
「ああ、後は本人の売り込み次第だな…」
諦めと切り放し──
事務所側は手を尽くした。本人がこの世界でがむしゃらに生きていこうって意地がなきゃ芽は出ない。
24歳──
ちやほやされる歳はとうに過ぎてる……
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