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一人でいつもの席に座ってコーヒーを頼んだあたしの元へ春姉はツカツカと着て前の席に座った。

「こにちゃ〜!あなたこの席好きね〜」

いつものあのテンションだ。

初めて交わす言葉だったけどいつも聞きなれた喋りと顔だった為に違和感もなくあたしは挨拶を返した。

「あら、あなたやっぱり笑うと可愛い〜じゃない〜?もったいないわよ泣きそうな顔してちゃ!」

直球だった──


泣きそうな顔


やっぱりそんな顔してたんだ──


「泣きたいならあたしの胸かしてあげるわよ〜?セットで特注ロールケーキついてくるけど、どする?」

「……っ…食びますっ…」

「食びる?オケ!!」


ぐしぐし泣き出したあたしにここの和らぎロールケーキの味を初めて教えてくれたのは紛れもないこの

43歳 花の独身OL

ご家老様の 大和田 春子さんだった──

ボロボロに泣くあたしをカウンターからオーナー夫婦とスーツ姿のサラリーマンが見守っている景色が見える。




春姉はあたしのコーヒーと食べ掛けのケーキを手にすると

「おいで、向こう行こ!」
そういってカウンターに誘導した。

春姉のお喋りに乗せられて、あたしは就活が上手く行かないこと。失恋で宛もなく友達に付いてきたこと、全てをさらけ出して話し、大泣きしながらケーキを食べた。

豪快なあたしの泣きっぷり。オーナー夫婦は笑い、サラリーマンの高田さんはどこか微笑まし気に見ていたのを覚えている。


甘くて美味しくて柔らかいケーキ。

その日は特別にしょっぱい涙の味がした──


あの味をあたしは今も忘れない。


後から聞いた話し。

あの日のケーキとコーヒーは春姉が高田さんに払わせたらしい──


思いきり泣いたあたしは何かの箍が外れたように失恋を吹っ切りほんとのコーヒーの味を味わえるようにいつしかなっていた……



上質なアロマ

心が穏やかだとほんとに美味しくて味わい深い──


コーヒーってこんなに色んな味があったのかと…


テーブル席からいつしかカウンター席があたしのお気に入りになり、カウンター近くでは挽き立てのコーヒー豆から抽出された煎れたての薫りが直に漂う──



いつかはこんな人達が集まって笑い和えるコーヒーショップを開きたい──


あたしのこの夢は

ここにいる人達との出逢いがあったからこその理想の夢だった──




夕方に差し掛かりそろそろ混む時間帯になってきた。

「晶、少しバイトの日数増やせるか?」

「ここ?」

「ああ」

「できるけど…人足りてるでしょ?ママも居るし新しいバイトも来週から来るし…」

そう、以前募集を掛けたその翌日にバイトの応募があった。


「ああ、店も順調だからな、うちのがガーデニングの資格かなんか欲しいってんだよ──。今まで好きなことさせてなかったからここらでと思ってな…時給50円アップするぞ?どうだ?」

「乗った!」

うーん…あたしは銭の誘惑に弱いな。。。

間髪入れずにあたしはマスターにオーケーを出した。


喫茶店のバイトの帰り道──

あたしはスーパーに立ち寄った。



ドラマの撮影が始まってから夏希ちゃんは多忙をきわめている。

まだドラマの放送はされていない分、番宣の番組出演がかなり多いらしい──


この間家にきた夏希ちゃんは、こぶたの大きな置物を抱えて現れた。

「……なにそれ?」

「漢気じゃん拳で勝っちゃって……」

なんでも、じゃん拳で勝ってしまうと、欲しかろうが欲しく無かろうが指定された品物を気前良く買わなけれ罰があるのだとかいうゲームの番組に番宣で出たらしい…


中国人経営の古物店で仕入れたらしいその置物。


「いくらだったの?」

「25万円…座布団が三千円だったけど御釣り貰えなくて25万と五千円払った…」

「なんじゃそりゃ?」


黒いこぶたの置物には真っ赤な絹の座布団が敷いてある。


「俺だと思って可愛がって…」

夏希ちゃんの言葉通り、あたしはそのこぶたに夏希ちゃんのパンツを履かせて名前入りのプレートを首から提げてあげている。

ホンモノの夏希ちゃんより案外可愛がってるかも知れない。

けっこう哀愁漂う表情をしていて、日を追う事に愛着が沸いている。


再来週放送されるって言ってたから視てみよう──


これからは、夏希ちゃんが出るっていうのはなるべく目を通してみようかと思う。



スーパーで食材をカゴに詰めてウロウロする。

「あった…」


もう一つ──

一番目当ての欲しい物、あたしはそれを捜して廻ると手にとった。

12個入りの三セット──

やっぱり買うのは恥ずかしい──

店が空いていたことに感謝しながら誰も並んでいないレジに素早く向かった。

毎回、お約束のように二回ヤっちゃうから直ぐに無くなるかもな……


そんな思いであたしは精算を済ませた。


“赤ちゃんできなかったね…”

気にかけていてくれた夏希ちゃんのこの言葉が嬉しかった。

中出ししてしまった勢いだけのプロポーズなのかと思ったのに…

ちゃんと事務所の方にまで報告して先の身の振り方まで考えていてくれたことに安心感が沸いた。


夏希ちゃんは子供じゃない──


あたしよりも大人だ…


子供がデキテから行動するのではなく、あの後直ぐに先を考えて動いてくれたことにあたしは信頼を置いていた。


知らないばかりに不安になってたあたしはなんだったんだろう──


高槻にはちゃんと断わらなきゃ……。



ねえ、夏希ちゃん…


手放しで信頼してもいいのかな?


まだまだ不安は尽きないけど、知ることから始めていければいいよね?


これから先の二人の標(しるべ)

それはいったいどこを指すのだろうか──



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